終わりを待つのか 始まりを待つのか カウントダウン
始まりは終わりの続きで 切れめはない
一瞬で過去になる
到達地点ではなく 方向性を重んじよ
ゴール目指して突進する だけでなく
幅をもち大切にすることで 過程で出会う気づきがある
AIが自分の作品のよき理解者であると 慰められ力づけられているという人
理解できない 人とは思えないし 心があるとも思えない
ならば コンクールの応募作品の 選考委員をできるのだろうか
受賞作品を決定することが できるのか
基準を定め 正しく評価し 公正に選出できるのだろうか
人が感動するカンカクを AIが持っているとは思えないけれど
正しく立てない者は、正しく歩くことはできない 正しく歩くことができない者は、正しく走ることはできない 正しく走ることができない者は、正しく投げることはできない 正しく立つには、正しい呼吸と集中が大切 山本選手のトレーナーの教え
正しく立つ どんな感覚なのかな
女子駅伝見ていたけれど みんなフォームが個性ある
正しいフォームって きっと端正で美しく 見ていて違和感ないのだろうね かっこいいんだろうね
「対決」に寄せるコメントから抜粋
一つの出来事には関わる人の数だけ理由があり 理由の数だけ物語がある 一つの正解はなく 勝ち負けもない
人は「正義」を手にした時 自分の正義以外を攻撃してしまうことがある 人は皆それぞれに違う という当たり前のことを忘れてしまう
ハッピーエンドってなんですか? ファミリーが2着なのは ハッピーエンドではない ということですか?
ビッグホープが1着だったことこそ このスケールの大きなドラマの 素晴らしいハッピーエンドだと思いました
長年夢を追い続けた 老害よばわりされそうな男たちの 大きな夢がかなった瞬間 さわやかな余韻でした
若者たちの乗り越えるべき壁になり 馬にかける気持ちが継承される その瞬間だったではないですか
そしてファミリーは走り続ける 凱旋門の勝利はちょっと 盛られ感があるけれど
ほのぼのと 余生を過ごす馬たちの景色
ハッピーエンドのストーリー だったと思います
人により視点は違うのだと 改めて思いました
新しいやり方をやってみた
下を向いて歯磨きする ブラのホックを 先に前でとめて回す なるほど
いいね
何か書かねば と つまらぬ題材でこじつける 結局そういうことなんだね 課している人は
自分的には 気づきと発見は 少し違う気がする
目で見つけたか 心が触れたか
みんな大人だから 自分の言葉で残す ずっと変わらないだろう 誰に感化されることなく 続いてゆくのだろう たのしみがない
記憶に残らない言葉だから その都度チェックするはめに
そうだったね と思い出す程度 だから? ナニ? となるだけ
引っ越す 長い大きな旅に出る 持ちものを減らしてゆく そのコンセプトで 捨てて困らないものは捨てる 要らないものを 残しすぎてるだけ
年末だ 過去最少の手荷物にしたい
茶飲み話はいらない 井戸端会議もいらない はっとする言葉を聞きたい 気持ちが動かされる言葉を聞きたい
年内の病院納め 今年はわりと早めにできた 年末に予定を入れなくていいのは 慌ただしくなくて気が楽だ 先生もその方が楽だよね
アゲゾコだったね 底が見えたよ だまされてた感 たいしたことない内容を こじつけてたんだね
やっぱりテキトーに軽く思いつきで 真しやかに理屈を捏ねていたんだ
同じ〜〜なのにと考えたいなら 鈴虫もゴキブリも虫 ボランティアしているひとも 死ぬまで刑務所の人間もいる
みんな地球の生き物 と括って 同じなのに と 宇宙的俯瞰すれば?
自分も含めて
本当の理由 なんて 自分にしか分からない 見たくなくて目を閉じたら 解決しないだろう 自分を見ることから 始まるはず やっと手にいれたのか 手応えあったのか
伝える意識があるのだと思っていたけれど ただ自分の感覚で気軽に書いていたらしい 推敲なくだらだら書きと同じだったらしい
というわけで 意識の高さを感じるのは 2か所のみになった 自分を正しく立てようとしている人 拝める
恥と思いたくなくて 平然としていたのだろう
恥と思うことは負けで 負けたくなかったのだろう
負け惜しみの言い訳を考えたり 感じぬふりをしたのだろう
そういう人なんだね 負けず嫌いというか 勝ち気な人
不思議に思う 話すことがない? なぜいつも話す側でないといけない? どこでだって話に加われるはず
聞くことができてないから 入れないのでは? 加わるというのは 自分のことを話すだけではない 人の話に自分の言葉を加えることだ 足すこと増やすことだ 濃くすることだ
わびしいことだと思う 機械の手引きに頼り 人ではないかとのたもう 驚きしかない 機械を作り操るのは人なのに
人の手のぬくもりも 労働の汗も 肉声の抑揚も 機械ではない
人との繋がりをすぐ絶ち 称賛ばかり欲する人 自分の求めることを与えてくれる 機械を頼るならば
人間の感性は鈍るだろう 磨かれることはない 批判を得るのは 大切なことだと思う
誉めて育てる と 批判しない は 別と思っている
指導者 という人はやっぱりすごい
ポスト上というのではなく ただ知識や技を伝授するだけでなく 導くということ
将来自分の上に行く人物を 育てるということだ
研究家とは違う 自分で一人遊ぶのとは違う
指導というのは 育てることだ
<かわるとき>
雨の中へ 歩き出せば あしたのわたし
風の中へ 走り出せば あしたのわたし
とんねるを出て かわるとき
この歳になって 生き方を変えるって 難しいだろな
でも この歳だから できるかも
変えたい
人をたてて 相手をたてて ごめんを思い続けながら 生きてゆこうと思う
これまでのいろいろ ほんとにごめん ごめんなさい
いつまでも 中学生みたいに 理屈で言葉を並べても おとなの詩には遠い 高校生みたいに から飛ばししても おとなの詩にはならない おとななら おとなの言葉を生め そう伝えたい
うわべのおつきあいではなく 心の交流のないつきあい わびしい人だな 結局は商売上のお客さんであって 自分に利をもたらしてくれるかだけ あとは相手してくれる人工知能 人を信頼しない人なんだろう 敵対心ばかりむき出しで 好みはイケメンか
自分の心を動かすことがなければ 人の心に響く言葉なんて 吐けないと思うよ?
何だか冷めた
都市部ならたぶん ふしだらな女性と言われただろう 田舎はおおらかだったのか 周りはどう接したのだろう どんな目で見たのか 昔はふつうなのか 血筋なのか
身内の悪口を 語るのは自由だけれど 個人情報を含んで 特定できるカタチで 故人ならなおのこと 公表してる人を好きではない 自分にも因があるだろうに
仁徳のない人だと感じる 敬意を持てない
夢遊病のように漂う メルヘンなのか レトロなのか その感覚を 気持ち悪いと感じた
大地を歩く感覚 そんな言葉を感じたい
誰かのその言葉を 使ってみたかったのだな そのフレーズでくくりたかったのだな と感じた
よく使われるフレーズだ 作られ感がして嘘っぽい だから浮いている
他人の言葉の着地点有りき そう感じた
つまらない 輝きを感じない 地方色忖度
考えが足りなかったのだ
いや 自分ひとりの考えなんて 浅はかなこと なのに人に尋ねなかった
いや 人に尋ねても 鵜呑みではだめなのだ
それぞれイメージは違うのだから すり合わせが必要だった なのに 独り合点して 急いだのだ
それが失敗の大元だ
振り回されてないか
何にというのではなく
自分以外の周りに
自分を・・
(続きをいくつも考える)
みつめる 大切にする
人に振り回されない
ペンネームをつかうんだ ふーん
少し忖度に見えた 地域性をたたえて そんなものだろうけれど 受け狙いになる面も
そこまでいかない実力者のが やっぱり底力がある
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