消えてゆく小さなこと



消 え て ゆ く 小 さ な こ と


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1935年06月30日(日)

平然としてる人がいい
クールにすましてるのがいい
大げさに騒ぐな
見苦しい


1935年06月29日(土)

明るい満月
日蝕のように
欠けて見えるのでなく
赤くなるのを
待っている


1935年06月28日(金)

田舎の人は
自分の地域を
侮っているのか
年寄りばかりで
ネットなど関係ないと
思っているのか
個人名をやたら載せて
大丈夫なのか
ひょっとして
表にさらすという
意趣返しなのか
なんか気持ち悪い


1935年06月27日(木)

尋ねてももいないのに
聞いてもわからないことを
長々語りだす年寄りの
隣で待つ田舎のバス停

あなたの親族の続き柄など
身内の悪口など
若き日の遍歴など
道行く人の
誰に誇りたいのだろう
誰も聞いていない
木のベンチ


1935年06月26日(水)

update し続けること

意味わかりますか?

それは使命です


1935年06月25日(火)

あはは そうか 
きっと うた なんだ
ルビはないけれど

し と読んだから
齟齬を感じた

きっと
誇らしげに高らかに
うたっているのだろう
気持ちが晴れるのだろう

ドラ声であろうと
調子っぱずれであろうと
うたは自由なのだ

懐メロ昭和歌謡編
演歌か艶歌か
それとも童謡か

ま、解決した


1935年06月24日(月)

自分のことをだらだら書いているだけの文章を
詩と称して
誰の感動を得たいと思っているのだろうか
共感を欲しいとねだっているのだろうか

ああそうなのね かわいそうにね
たいへんだったね 苦労したね
モテモテ恋多きだったのね

せいぜい出来事への理解だけで
作品としての感動はない
何かを勘違いしてる人だ
ひっそり叙事詩とでも思っているのだろうか
子供の作文レベル

詩ではない 詩としての掲載は認めない
そう同人からダメ出しを出されたとかで
憤慨してるみたいだけれど
当然と思う
どれだけ読まされても
詩としてのつかみはない
心に届いてこない
詩にオチはいらないと思う
キャッチーである必要はないと思う

ボタン押し合いっこのお友達同士で
ほめちぎられたりしてるのかな
つまらないことだ

はっきり言った人には
耳を向けないのだろうね


1935年06月23日(日)

何度も思う
その人はなぜそれを詩と名付けているのだろう

単に自分史 よく言って自分詩
一般的な詩とは感じない
高校生が短文形式で書いた記録文
そんな感じしか受けない
立派にオトナな年代なのに


1935年06月22日(土)

インドネシアの街歩き
立派なモスクがある
イスラムが大半と
初めて知った

インドネシアの観光は
バリのイメージで
ガムランのイメージで
ヒンドゥー教のイメージだった

あとは寺院の遺跡とか
密林とかの映像の記憶
奥深い自然のイメージ

国のこと
あまり知らなかったな


1935年06月21日(金)

色々変更手続きばかりで
疲れた

PCを買い替えるのが
一番手っ取り早いと
実感したから
行動しよう


1935年06月20日(木)

公園から夏草刈りの
モーター音が聞こえてくる
風が大きくて
枯れ芝の匂いが流れてくる
洗濯物 干せない


1935年06月19日(水)

どんなときも
きれいな瞳(め)でないとだめだ

キラキラでなく
きらりと見据えて

姿勢ただしく


1935年06月18日(火)

叱ってくれたと喜ぶ人は
甘えたいだけの人と思う

叱られなくても
自分の思いで
進む人は進む


1935年06月17日(月)

見届けてきれいな気持ちで
離れよう
そう思ったけれど
途中でやめた

ダメなものはダメだろう
間違いは間違いだろう
正してほしいと思う


1935年06月16日(日)

身の丈(程)を知るというのは
謙虚になれるということだ
身をかがめるということだ
そしてジャンプすれば
高く跳べる

背伸びしてぴょんぴょんしていても
届かなかったところ

そんなところに届く


1935年06月15日(土)

何かね
その字面がひょっとこに見えたんだよ

あちらもこちらも
ひょっとこを思ってしまったんだよ

年取ると皆
ひょっとこになるのかも

それなら
きれいなひょっとこに
なりたいと思う


1935年06月14日(金)

感性が老化するということか
続けると惰性になるのか

それがどうした?系の
つまらないコピーばかり
読む気がしない

自分の道を
自分で進む

オトナなら自分の足で立て
オトナの自負を残せ


1935年06月13日(木)

火垂るの墓
天使の詩

悲しみにうちひしがれて
そのまま死んでゆく子ども

辛すぎる


1935年06月12日(水)

自分の意思だったのか
コントロールされていたのか

自分を慰めながら生きていたのか
理想を持っていたのか


1935年06月11日(火)

ハンドメイド見たけれど
今日のはどれも好きじゃない
早く好きなの出てこないかな


1935年06月10日(月)

不幸の最たるは
落胆だ

再起なしだと
人生の死だ


1935年06月09日(日)

客寄せのコピー
お笑いみたい
ギャグ?


1935年06月08日(土)

独断と偏見で(前にも書いたかも)

年齢と釣り合わない感の人
身近に二人いる
若々しいとお世辞されて
イタイとも思われてる

言動は個人の自由ではあるけれど
オトナの振る舞いというものも
あるだろうに

共通するのが
普通高校卒で社会に出てること
その年代の人なら多くが進学している
大学 短大 専門学校 専門高校へ
ゼミや実習で鍛えられるし
オトナであることが前提となる

家庭の事情だったとしても
大卒にこだわる人は
他の手段で勉学している

そういう時代の高卒は
大昔の集団就職と違って
職場では若さそのものだったかも
チヤホヤ可愛がられて
キモチ高校のままでいる
願望(欲望)に
躊躇いなくまっしぐらな感じ
経年しても変わらず

大半が高卒者の世代の人達は
皆オトナな感じなのに

なんかなぁ
いろんな選択場面で
えっ? と思わされる
オトナな選択しないの?
いいトシのオトナが
そんなでいいんですか?


1935年06月07日(金)

ふと気になって開いた頁
うむ ?
これはひょっとして

出会った感アリ
勉強になる
自分との比較ができる

今のところ
そうだそうだその通り感

亡くなってるひとに
ぽち


1935年06月06日(木)

そのワンパターン
意味があるのか
それで改善するのだろうか

石頭になって
ひたすらモノに当たって
原因究明しないなら
悪化してゆくだけでは?

乱暴に扱えば
モノの劣化や老朽を
早めるだけでは?


1935年06月05日(水)

あぁそうなんですか と
それ以上ない

共通の話題ではないし
カウンセラーでもないし

カウンセラーならきっと
あぁそうなんですね と
相槌して続くのだろうけれど


1935年06月04日(火)

部屋のカーテン
古びてきたなぁと思ってた
買い替え時かな

洗ったら織り柄の部分に
輝きが出た

光沢のある糸の模様は
埃の付着で輝きが鈍るとわかった
なるほどな


1935年06月03日(月)

あたたかい人 というのは
自分のものを
計算なしに
ひとに分け与える気持ちを
持っている人


1935年06月02日(日)

丼鉢 というものを
目障りと思えば
片付くのが早い


1935年06月01日(土)

熱中するけど
気まぐれなんで

自分の本質
今時分に気づくかな



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           天窓より


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     日付は通し番号として記しています


       ∞