消えてゆく小さなこと


消 え て ゆ く 小 さ な こ と

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1931年01月31日(土)

もうすぐお風呂がわきます とか
お風呂がわきました とか
メロディーときれいな声

当初はうるさく感じて
ずっとオフってた
最近ふとオンにしてから
はまってしまった
楽しくなる不思議
ハイハイと返事してみる


1931年01月30日(金)

距離をおこうとしたが
難しかった
今実感としてわかる
適正な距離は
安定の安楽距離
引力も斥力もなく
各々の存在のみ


1931年01月29日(木)

何をどう整理するのか
何をどう捨てるのか
それぞれの生き方
イキザマになる


1931年01月28日(水)

秋晴れ
家の中も
庭も
見回すと
課題がいっぱい


1931年01月27日(火)

凝り固まった断定的な考えから
離れること捨てること
もっとやわらかく
それが自分を救うこと
そう思った

あれ? なんか字面が不思議
思考のダンシャリなのか
モノでなく


1931年01月26日(月)

トラブル発生と
大騒ぎするから
巻き込まれた

トラブルなんて
どこにも起きてなかったじゃん
自分の整理間違いなだけでしょ
こっちは徒労でしたよ
自分で始末してよ と思う


1931年01月25日(日)

親切そうに声をかけるだけで
何の役にも立っていない
というか邪魔してる人
いるよね

無口で無愛想でぶっきらぼうで
冷ややかに見えるけれど
的確に動いている人の方が
よっぽど好きだ


1931年01月24日(土)

頑張ったけれど
思う結果は出なかった
まだまだだな
もう少し進めてみて
成果なければ
方向変換も視野に


1931年01月23日(金)

君から聞いた海辺の話は
釣り人たちが立つ
護岸のテトラや防波堤の話
浜や魚のことはなく
散歩していた犬の話
夜はきっと真っ暗だろう


1931年01月22日(木)

公園でどこかの保育園が
運動会の練習をしている

10月は運動会らしくていいね
お天気がいいといいね

近頃は
小学校の校庭を借り合う都合で
9月にする所もあるけれど
練習が暑くて可哀想すぎる

こなしてゆくスケジュールより
季節感を楽しみながらの
行事であればいいのに
子どもが振り回されている

運動会が済んでいる幼稚園の子は
園庭で虫捕りをしている様子
バッタがいるみたい
だんご虫 も人気みたい


1931年01月21日(水)

都会暮らしで心疲れて
田舎に移る人もいるのに
ずっと田舎暮らしというその人は
そういう系の診療や薬を
都会的でお洒落とでも
思っているのだろうか
隠すことではないけれど
そんなに自慢げに大袈裟には
都市部ではしていないように思う


1931年01月20日(火)

紹介状を受け取って
検査日の予約を取りに
大きい病院に行った

何となくぼんやりした気分で
さほど気に病まなくて
もし結果が悪くても
きっとそのまま
受け入れるのだろうと思った


1931年01月19日(月)

夕方ベランダで緑色のカメムシ発見
もう来ないと思っていた
ティッシュでそーっと逃がす

野菜や果物を育てている庭でもないし
そっと扱えば特に悪さしないし
カメムシの臭いの体験もない

今年やたらやって来て
なんか可愛くなってしまった
のっそりしていて
すぐ逃げようとしないし
飛ぶのもゆっくり
音もそんなにしなくて
怖い感じがしない
とにかくきれいな色

TVで特集をしていた
キンキラの玉虫みたいなのもいる
子育てするお母さんもいる
ふんころがしみたいに
木の実を巣に運んでいた
本を買おう


1931年01月18日(日)

復活したわけでもないのに
もうすぐ何でもできそうな気がして
意気込み過ぎて疲れた
頭がぐるぐるする
気分も悪い

怪我した時に積んだ枝が
庭にそのまま


1931年01月17日(土)

階段をかけ下りて
時間を突破する
星は輝いているか

この部屋は酸欠
頭の芯がぼんやりする
最後の決断ができない


1931年01月16日(金)

大岩を積み上げた
揺るがぬ城壁ではなく

大地を割って石をつくり
重ね 補修しながら
風から葡萄を護り続ける
溶岩の島の石垣のように
つくりたい


1931年01月15日(木)

苛立って設計したものは
方向を誤り 選択を誤り
落ち着かないものになる
最低限の色さえ合わない
ただのため息になる


1931年01月14日(水)

せっせと
リセットする

白く広く
軽く健やかに


1931年01月13日(火)

金木犀の色の大きな三日月が
大樹の影に落ちてゆく
今日一日あたたかだった
カメムシは来なくなった


1931年01月12日(月)

公園隣の幼稚園のお帰り時間
お迎えのお母さんたちが
おしゃべりしながら待っている
赤ちゃんを抱っこしている人もいる
たいへんだろうけれど
幸せそうな平和な景色


1931年01月11日(日)

金木犀の香りの中で作業することは
毎年当たり前の幸せ感なのに
怪我でなかなかできなかった

我慢できずに
今日少し作業する
嬉しさいっぱい


1931年01月10日(土)

その函を開けてはならぬ
現れる幻は
嘘か真か分からぬ話と
まことしやかな嘘
その函に触れてはならぬ
そういう教え


1931年01月09日(金)

すべて切り替えが済んだ気がする
悩んでいた事は振り切れた
忘れてゆくだろう
日々の流れに組み込まれて
当たり前のこととして
小さなことが
毎日風に流れてゆくだろう


1931年01月08日(木)

昨日の雨が過ぎ
今日は朝から晴れてあたたか
庭々から通りに金木犀の香りが満ちる
開けている窓から家中に香る
一年に一度あるかの美しい秋の午後
夕日もきれいだろう
星もきれいだろう


ニュースを見れば
遠い国の戦闘のこと
自分 のんきだな
こんなことでいいわけないな

この国にいたら実感がわかない
よその国の揉め事に何ができるのだろう
避難してくる人に何かしてあげるだけ
こんなことでいいわけないな


1931年01月07日(水)

長かったその日は大過去になった
つながり続ける過去も止まった
踏ん切りのつけ時だよ
思いついての行動は早かった

案外簡単にすっきりした
いろいろ軽くなった
でも もっと早くすればよかった
とは思わない

決行する覚悟には
タイミングがあるのだと思う
長いこと悩んだ後に
ポンとスイッチを押せる時がくるのだと思う


1931年01月06日(火)

もやをかけてみても
心はそのままそこにあるのに

払うつもりがないだけ
なのでは?


1931年01月05日(月)

朝方 寒くて目が覚めた
もぐり込んで丸まって寝た
長い長い夢を見た
目覚めて思いおこしてみる
たくさんの人がいて
服装も言葉も鮮明
3つの話が並行して
訳がわからない
そして長い長い欠伸が出た


1931年01月04日(日)

リアルが失せて
フツーの思慕の話に
仲間入りしたのですね
自分はフツー と
書きたくなったのですね


1931年01月03日(土)

あたたかな陽ざし
ふわっと甘い香りがした
どこからか金木犀が始まった


1931年01月02日(金)

秋晴れな一日
小粒みかんが甘くて
おだやかな気持ち

指の傷は癒えてくる
の置き場もデザイン変えも
なんとか終わった

あとは ささやかに

たまに 微調整


1931年01月01日(木)

Xの わらしべけやき
すごいなあ 奇跡だ
人はあたたかくできているんだな
ネガティブなコメントが
一切なかったというのがすごい
こういうことがあると
SNSも悪くはないのかなと思う

保護犬だったけれどやさしい顔の写真
善意を受けて幸せになれたのだと思う
そのお返しにたくさんの人を
あたたかな気持ちにしてくれたんだね
飼い主さんをもう一度笑顔にしたかったんだね




天窓より          


−ともすれば消えそうになる自分を見失わぬよう−       

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− ささやかに −          

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日付は通し番号として記しています         


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