消えてゆく小さなこと



消 え て ゆ く 小 さ な こ と


1st   index   ≪   ≫   new


1909年09月13日(月)

生きるというのは消化の作業 と思うこともあった
全て消化し尽くして死があるのだ と

今思うのは
生きてゆくというのは
育てることかもしれない と

自分の細胞を育てることも
心や精神を育てることも
ほかの命(食物ふくめ)を育てることも
科学や技術を育てることも
芸術は何かを育てているのだろうし
自分の恋を育てることもある

いろいろ全てに当てはまる気がする
消費だけの人生などないのだ
生きてゆくというのは 何かを育てているのだ
宇宙に命を得たものは きっと何かを育てている
依存するのでなく 自分が育てているのだ

ひとは絶えず何かを育てている
それが生きるということだと思う
哀しみや憎しみでさえ 育てることで生きているのだ
それもアリなのだ
ひとはそう生まれたのだ
死ぬまでいろいろと何かを育て続けているのだ

今 自分が育てているものは何だろう
そう思えば 自分の生き方が見えてくる
何かを育てていることは
たとえ一人の作業としても
寂しいことはない とわかる



        ≪   ≫  

           天窓より


   * * * * * * * * * * * *
   * * * * * * * * * * * *
   * * * * * * * * * * * *
   * * * * * * * * * * * *
   * * * * * * * * * * * *
   * * * * * * * * * * * *
   * * * * * * * * * * * *
   * * * * * * * * * * * *

          �顱� �髻� �鵝� �堯�

     日付は通し番号として記しています


       ∞