生きるというのは消化の作業 と思うこともあった 全て消化し尽くして死があるのだ と
今思うのは 生きてゆくというのは 育てることかもしれない と
自分の細胞を育てることも 心や精神を育てることも ほかの命(食物ふくめ)を育てることも 科学や技術を育てることも 芸術は何かを育てているのだろうし 自分の恋を育てることもある
いろいろ全てに当てはまる気がする 消費だけの人生などないのだ 生きてゆくというのは 何かを育てているのだ 宇宙に命を得たものは きっと何かを育てている 依存するのでなく 自分が育てているのだ
ひとは絶えず何かを育てている それが生きるということだと思う 哀しみや憎しみでさえ 育てることで生きているのだ それもアリなのだ ひとはそう生まれたのだ 死ぬまでいろいろと何かを育て続けているのだ
今 自分が育てているものは何だろう そう思えば 自分の生き方が見えてくる 何かを育てていることは たとえ一人の作業としても 寂しいことはない とわかる
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