ひとのシアワセのオコボレをもらっても シアワセじゃあないと思う ひとりで泣けるほうが よほどシアワセだと思う
毎日ホノボノしていられれば シアワセなんだろうか ひとのものを分けてもらっても
私は自分のナミダの味はしっかり味わって生きたい 哀しみのナミダも憤りのナミダも 私が自分のナミダの味を知りたい時に はっきりそれを手伝ってくれるのがいい
喜怒哀楽もっといろいろ たくさんのココロの振幅を しっかり感じ取れるのがシアワセだと思っている ひとつのことしか感じ取れなくなったら 固まったココロでしかないと思っている 感受性豊かなやわらかなココロを持っていることが シアワセなのだと思う
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