消えてゆく小さなこと
消 え て ゆ く 小 さ な こ と


1st  index       new_


1912年12月31日(火)

冬の 13日の月 (月齢13)

明るい
 
金属的な硬い輝きだ


1912年12月30日(月)

朝から靄っている
昨日の雨が一気に放たれて
あたたかな明るい不透明感
それは少しゴーストの瓶に似て
やわらかな重みを残す


1912年12月29日(日)

まるで勲章をもらったみたいですね
自慢なのでしょうか
珍しいから?
それとも何かの証明だから?
だから大きく触れて回る?
いつまでも持っている方が嬉しい?
そういう病なんですね


1912年12月28日(土)

自然の流れに任せて
自然のままに生きる

自然をねじ伏せようとせず
自然に寄り添い生きる

そういうふうに
生きてみようと思う

努力とか励むとか勤しむとか
そういった意欲的な前進ではなく
ただそぞろ歩くような
小さな林を散策するような
そういう歩き方

ときに立ち止まり
ときに駆け上がり
ときに小さく跳び下りたり
足投げ出して腰おろしたり
小鳥の囀りをみあげたり
赤い葉っぱを拾ったり

林にいろんな喜びや発見が在ることを
歩きながら感じて

誰かと分かち合えたなら
それが幸せ

そんな生き方をしてみようと思う

前進することが目的なのではない
歩いていることが生きてゆくこと


1912年12月27日(金)

労働して日々のささやかな糧を得る
静かに実りを祈り 恵みに感謝する
そんな暮らし
そんな生き方
そういう安らぎ
農婦になりたかった


1912年12月26日(木)

その建物の2階の通路のすぐ横に
隣の庭の大きな木蓮がある
目の前に枝々があり
メジロたちがにぎやかにしていた
毛むくじゃらの蕾はまだまだ固く
冬の快晴にくっきりと尖っていた
とても静かなよい場所だ


1912年12月25日(水)

地面にきらりと光るものが好き
なんだろう
しゃがんで覗き込む
イイモノだったら拾ってきます
宝物

浜辺や川原に流れ着いたものだけでなく
石ころや貝殻だけでなく
山道でも野道でも
結構あったりします

どんぐりでさえピカッとしてる

昨日拾ったのはアオギリの種
葉っぱのボートも落ちていた

からからの地面に日がさして
明るい陽光の満ちたセメント張りの隅っこに
光るというより
そこだけしわしわと
光ってなくて目に付いた

近くの土に埋めました
ピカイチさんが好き


1912年12月24日(火)

生まれ変わる のでなく
生き変わる
 
シガラミを捨てて

綺麗さっぱり捨てて


1912年12月23日(月)

人に優しくできる人は
人からも優しさをもらえるから
だから
幸せな気持ちになれるんだよ


1912年12月22日(日)

オサナイヒトタチハ ミナ ケナゲダ

ケナゲサハ イトオシイ


1912年12月21日(土)

アナタノ 
オモイッキリ YASニハ
ツイテユケマセン

モチロン
ドコニモナイ 
ワタシノ ゾウゴ


1912年12月20日(金)

神経質をやめて
少し離れて

おおらかでも おおまかでもなく

おおざっぱ に生きてみないか


1912年12月19日(木)

ぱっさりと手を入れることだって
手入れに含まれる

ばっさり手を入れることを惜しがって
手を入れずやたら無限に拡げても
それは放置で最早手入れせぬのと同じ
しっかり手を入れて初めて手入れになるのです

だから多分間違ってはいないと思うよ
手を入れたいという感覚は


1912年12月18日(水)

ディンクスガーデン
私が勝手にそう呼ぶ
ディンクス家庭のガーデンではなく
ガーデンがディンクス

オトナの成熟感
子ども的要素なし
種まきや苗育ての場はなく
出来上がった樹木や花
それらの日々の営み移ろいを見せる

日本庭園って そうかも


1912年12月17日(火)

予定に気をとられると
いろんなことが手につかなくて
それで事故るのだと思う
やっぱり神経質なんだ


1912年12月16日(月)

信頼してたサイトでも
期限ぎりぎり土壇場でどんでん返し
そんなのアリ?
本当の最終日だったら大損するところでした

あなたの言うように
何でも早めに も
大事なこともあるんだと分かりました

悠々ではないほんのちょっぴりの余裕だけれど
余裕は余裕 セーフでした
助かった


1912年12月15日(日)

健やかな体は
要求する

赤ん坊が手足をばたつかせるように
動かしたい部分の欲求がある

病んで傷んだ部位の欲求は
安静から運動へ

それが兆しと思う


1912年12月14日(土)

甘い言葉だけ欲しがるひと
疑問や忠告を非難や攻撃といって
受け付けないひと
それで心を割った話が出来るのでしょうか
受け止めてくれない人に
ココロを話す人がいるのでしょうか

所詮はナルちゃん
甘く震えて泣いている自分を愛おしく思うのでしょう
そして周りもそうだと大いなる誤解をしているのでしょう

人が心打たれるのは健気さにだと
人が心惹かれるのは自己中でない柔らかさにだと

気付きの涙を


1912年12月13日(金)

長年営んできたことを
長年築いてきたものを
一瞬に切り捨てた報い


1912年12月12日(木)

今までずっと
食器や花瓶が欠けたり割れるのが嫌いだった
壊れるのが厭だった

でも最近思いがかわった
割れるのが当たり前
壊れてゆくのが当たり前
家具や電化製品や寝具や
何でも買い換えるのと同じ
ステンレスだって傷だらけ
瀬戸物もガラスも
使うものはどこか傷んでいくはず
ずっと残るのは眺めて楽しむ美術工芸品だけ

そう思えて何か吹っ切れた


1912年12月11日(水)

その件の君の要望は認めないことにします
随分考えた
受けてあげたい気もした

でもそれは甘さ
憐憫の情はよいけれど
甘さに流れてはよくない
正しくなくて
君のためにはならない

本当に正しい判断を伝えようと思う
君のためだよ


1912年12月10日(火)

真剣に難病と闘っている人もいる

クリニックという言葉を出しては
わめき散らしてばかりの人もいる

結局何なの
フリーなだけ?


1912年12月09日(月)

やっぱりね
周りが正常なのに
そのことを理解できないひと

だからこじれるんじゃないの?

結局はそこに起因するのでしょ

よかった
私の見解はフツーだとわかって

そりゃそうでしょ
誰もがもうアナタに振り回されるのはごめんだと
思ってると思う

被害妄想とかの事件って
こういうことから起きるのかもしれないと
ふと思う


1912年12月08日(日)

冬の入り日はあかあかと
本当にあかあかと

ゆっくりと街を赤に沈めてゆく

西の空に
金星と木星と三日月が
三角形に並んだ
細い三日月です
明るい星です
見事に明るい


1912年12月07日(土)

思い続けることで
道が開ける
五里霧中だったことが
一瞬霧が切れる
導きだと思う

一つほっとすると
少し安らいで
眠気を思い出す


1912年12月06日(金)

Xmasが近づくと
にわかに絵本コーナーが充実して
きれいなものがたくさん並ぶ
懐かしいのや目新しいのや
オトナになってもほっと嬉しいのが並ぶ
何十年も人気が続く絵本の力はすごい
Xmas本じゃなくて
教育絵本でなくて
ただあったかい絵本はたぶん
お母さんの気持ちをもゆったりさせるからなのだと思う
母親に欲を持たさず一緒にあたたかさに浸れる本だから
ずっと贈り継がれてゆくのだと思う


1912年12月05日(木)

唖然とするだけです
お幸せでよかったですね 
そう皮肉りたいです

多分嘘だろうとは思っていたけれど
でも少しはどこかでちらりと心配した自分って
やはり性善説派なんでしょうかね
やっぱりミゴトに騙されてましたね
まあ 笑うだけですが

でも思う
心底思う
嘘つきにシアワセはこないよ

もういいんだけれどね
他人の人生だし
人を欺くのが好きな人間って
世の中に山といるのだし

ただ ため息が出た
そういうエンディングにしたかっただけなんだね
了解しました

結局のところ
ヒロインをずっと演じていたかった
そういうこと
ただそれだけ

ヒロインで居られる場所を求め続けて
彷徨している人生

タノシイデスカ


1912年12月04日(水)

この国の偉い?人が医療費のことで
自分を節制せずして病気になった人の医療費を
なぜ自分(節制し病気を予防している)が払う?という意味の発言?

ごもっともですよ

それなら なぜ
まじめに納めている人たちの税金を
納めない人たちにまで ばらまく?

還元の意味なら変でしょう
受け取りも使用も面倒なくだらない手続きに
無駄に莫大な経費をかけてまで
ばらまく必要はないし
税金で免除してくれればいいのです

払うべきもので免除してくれればいいのです

国民の税金は 自分のポケットマネーとでも
勘違いしているのでしょうか
最高の権限というものは 最高の自由とでも
思っているのでしょうか
一番プレッシャーがあってしかるべきなのにね

巷で 聡明でないとかノーテンキというのは
ソウイウコトを言うのでしょうね


1912年12月03日(火)

今日 しようと思い立ったことを
今日 いくつできるだろうか

楽しみながら
済ませたい


1912年12月02日(月)

秋の陽ざしの暖かさは
恩恵 という言葉と
惜しむ という言葉を
心に満たす

静かにゆったり
満たしてゆく

人はゆっくり生きればいい
そうやって進めばいい
それだけのことだ

宇宙の時間は
ことのほか 案外
ゆったりしているものだと

あたたかさを残してゆく


1912年12月01日(日)

自分の足で地に立つこと
足裏に地を感ずること
平らかに全神経で
100%の自分で

あまりに簡単なことなのに
あまりに難しく

人はそこから始まったのだね

原点に戻れ
教えを守れ



天窓より___

* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *

* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *

* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * *


日付は通し番号として記しています