2009年11月30日(月)  朝ドラ「つばさ」スピンオフ本読み

脚本を書いた「つばさ」スピンオフドラマ「好きと言えなくて」の本読みに立ち会う。ラジオドラマ以外で本読みに呼んでいただくのは、はじめてのこと。役者さんが台詞を声に出して言うのをナマで聞くと、書いたときとは印象が変わったりして、こういうニュアンスもありだな、などと発見がある。役者さんの癖で語尾や言い回しが微妙に変わったりするが、そのほうが自然に聞こえたりする。台詞が登場人物に吸収されていくようで、ドキドキした。

まずは玉木つばさの弟・知秋(冨浦智嗣)、つばさの幼なじみの宇津木万里(吉田桂子)、鈴本スーパー次期社長の俊輔(三浦アキフミ)の「青春編」。テーブルを囲んでの読み合わせの後、動きのリハーサル。ここで面白かったのが、アクション指導。ほとばしる若さがぶつかりあう山場のシーンの動きをアクション指導の男性が見本を見せながら作り込んで行く。どう動くとダイナミックに見えるかの計算、指先が伸びていると嘘っぽくなるなどのアドバイスを興味深く聞く。「台詞言いながらやってみよう」と指示し、台詞との組み合わせで効果的な動きを探る。繰り返すうち、どんどん見栄えのする動きになっていった。

終わってから「アクション指導が入るとは思いませんでした」と指導の方に声をかけると、「ちゃんと動きをつけないと、ケガしますからね」とのこと。アクション指導者の話を書いてみたくなりました、いつか取材させていただくかも、と話す。

打ち上げぶりに見て、ぐっと印象が変わっていたのが、冨浦君。ずいぶん大人っぽくシャープになった感じ。「僕、大丈夫で下か? あれで良かったですか?」と熱心に聞いてくれた。

8・9週などを演出した福井充広さんが紙コップに「祝スピンオフ」の旗を立てた手作りのお祝いグッズを持って、激励に来る。放送中の「ROMES」に関わっているそう。

青春編のリハーサルの途中で、「中年編(仮)」(※仮までが正式名称)出演の宅間孝行さん(真瀬昌彦役)、ROLLYさん(浪岡正太郎役)、脇知弘さん(ロナウ二郎役)が続々到着。真瀬さんはいきなりジャージに着替え、ROLLYさんはギター持参。そして、もう一人、「つばさ」に登場していなかった新たな登場人物が……。その女優さんとは初対面ながら、同世代ということもあり、親しみを覚えた。

初々しい青春編に対し、中年編(仮)はこなれた感じ。真瀬と浪岡の掛け合いは、演じている宅間さん、ROLLYさんがなんだかうれしそうで、見ているこちらも頬が緩む。笑う場面じゃないのに漫才を見ているような気分になったり。ああ、帰って来た〜とうれしくなった。西谷真一チーフディレクターも、生き生き、ノリノリ、熱と愛がこもっていた。

本読みの詳しい様子やスピンオフの最新情報は、後藤高久チーフプロデューサーが日々更新している「つばさ」スタッフブログをどうぞ。

今週中に撮影、大急ぎで編集して12月下旬に総集編PR番組として放送の予定。総集編予告編を含めて各編10分。どうぞお楽しみに。

2006年11月30日(木)  マタニティオレンジ34 六本木ヒルズで『プラダを着た悪魔』
2005年11月30日(水)  保湿ティッシュは甘かった
2003年11月30日(日)  小津安二郎生誕百年
2002年11月30日(土)  大阪のおっちゃんはようしゃべる
2001年11月30日(金)  函館映画祭1 キーワード:ふたたび


2009年11月29日(日)  twitterと斎藤緑雨とアフォリズム 

やってみると面白いよと言われてツイッターなるものに登録したものの何もつぶやかずに眺めていたら、アメリカに住む友人が見つけて「フォローします」と名乗りを上げたので、わたしも彼をフォローする。mixiのマイミクの敷居をぐっと下げた感じ。

書き込むスタイルとしては、ブログよりも掲示板に近い。文字数制限があることによって、前置きや修飾語が省かれていき、スケジュール帳にメモするような感覚。備忘録として使えるか? とりあえず、日記の更新が数週間も滞っているので(この日記は12/11に書いている)、その時間差を埋めるのに有効かもしれない。


今日はよく歩く。散歩コースにできたカフェへ行き(バナナジュースとバナナケーキがおいしい、バナナ好きにはバンザイ!)、公園で娘が遊ぶ砂場のまわりをぐるぐる歩き、午後は図書館へ。

石田衣良さんが新聞ですすめていた斎藤緑雨のアフォリズムの本を借りたのだが、昔の文体につっかえつっかえしているうちに返却期限が来てしまった。アフォリズム(Aphorism)とは日本語にすると「箴言」。短く簡潔な格言めいたもので、切れ味のいいつぶやきとも読める。ぼやき口調になっているものもあり、緑雨の時代にツイッターがあったら、この人はおびたたしい数をつぶやき、熱心なフォロワーを獲得したかもしれないと想像する。

2008年11月29日(土)  来年の年賀状の季節
2006年11月29日(水)  日本アカデミー賞PR番組「日本映画のミカタ」
2001年11月29日(木)  2001年11月のおきらくレシピ
2000年11月29日(水)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2009年11月28日(土)  「チャイルドオアシスライブ」と「はだしになって」

広告会社時代にお世話になった大先輩の浜田哲二さんが作曲家の佐瀬寿一さんらと取り組んでいる「チャイルドオアシスソング」プロジェクト。21世紀の子どもたちが歌える新しい童謡を作ろうという試みで、わたしも作詞で参加させてもらっている。いまいまさこ作詞第一弾、はだしで春夏秋冬を味わう楽しさを歌った『はだしになって』は佐瀬さんの曲がつき、デュエットでのデモ収録が終わり、さあこれからどう発信していこうかというところ。

2008年09月04日(木)  佐瀬寿一さんと『はだしになって』
2008年04月16日(水)  マタニティオレンジ269 『およげ! たいやきくん』作曲家が贈る新しい童謡

そのチャイルドオアシスソングの活動の一環で親子ミニコンサートが開かれることになり。マタニティビクス仲間のトモミさんとミュー母娘を誘って、娘のたまを連れて四人で参加した。

会場は浜田さんのギャラリー。椅子をたくさん並べて、前方が子ども席、その後ろに大人席。子どもだけで座って大丈夫かなと見ていたら、最前列に陣取ったミューとたまはリラックスした様子で、始まりを待っている。誕生日が一日違いの二人は、一年に数えるほどしか会わないけれど、通じ合うものがあるようで、互いが隣にいることで安心できたのかもしれない。

佐瀬さん作曲の「およげ!たいやきくん」で幕開け。お母さん世代にはおなじみだけど、子どもたちは初耳。続いて「ちくわぶ」というおにいさんとおねえさん(もちろんわたしから見ると、年下!)のバンドが加わり、チャイルドオアシスソングから生まれた野菜の歌などを披露。

佐瀬さんはキャンディーズの「暑中お見舞い申し上げます」や山口百恵の「パールカラーにゆれて」も作詞されていて、数々のヒットを放っているけれど、素顔はちょっぴりシャイで笑顔が人なつこくて子ども心を持ったおじさん。とぼけたトークにも味があった。

真ん中あたりで「寒空はだか」さんという芸人さん登場。いつもは浅草などでお年寄り若干名を相手に話しているらしく、今日の数十名を「大入り」と言う。ばらばらのお客さんが五人だけ、カシオペア座のように点々と座っていたりするらしい。お母さんたちは笑い(わたしはかなり受けた)、子どもたちは困った顔で聞いていた。

寒空さんがCDを出している「東京タワー」という歌があり、「東京タワーにのぼったわ〜」という歌詞ではじまり、最後は「よかっタワー」にあわせて手でタワーの形をつくる。子どもたちが真似するまでやりますよ〜と、マリンタワー版やらランドマークタワー版やら延々と歌い続け、子どもたちも「これをしないと終わらないのでは」と焦ったのか、最後には数人が「よかっタワー」のポーズを決めた。こういうとき、たまは固まっていて、後になって「ミューミューはタワーしたんだけど、たまちゃんはしなかったんだよね」と冷静に話していた。

「いっぽんでもニンジン」「かつおぶしだよ人生は」、再び「およげ!たいやきくん」と佐瀬さんの歌で締め、コンサートは約一時間で終了。大人には短いぐらいが、子どもにはちょうどいい時間。集中して最後まで聴き入っていた。

終了後はおつまみとドリンクが出て歓談。「ちくわぶ」のおねえさんには子どもたちを引きつける磁力があり、子どもたちがハーメルンの笛吹きのようについて行く。うちのたまも一生懸命話しかけていた。たまは輪の外でまごまご、じたばたするタイプで、ミューは対照的に、主張するわけでもないのにすんなり輪の中心にいる。

子どもたちが楽しそうにやっているのを見ながらトモミさんとじっくり話したり、会社時代の知り合いに再会したり、短編小説「クリスマスの贈りもの」の小冊子を配って宣伝させてもらったり、脚本家を目指す男の子と出会ったり、大人にとってもオアシスな時間だった。

当初プログラムにあった「はだしになって」は時間の都合からか披露されなかったが、改訂した最新の歌詞をご紹介。

はだしになって
作詞 いまいまさこ
作曲 佐瀬寿一

春の足音 聞こえてきたら
靴を脱いで 靴下脱いで 
はだしになろう

はるるんるん はるるんるん

はだし はだし はだかの足で
大地にアンテナ ピンと張る
はだし はだし はだかの足で
春をさがしに でかけよう

2)
水がきらきら いいきもち
砂のこちょこちょ くすぐったいよ
はだしになろう

なつつるりん なつつるりん

はだし はだし はだかの足で
お魚たちと こんにちは
はだし はだし はだかの足で
夏の思い出 つかまえよう 

3)
落ち葉のじゅうたん 色とりどり 
サワサワザクザク 踏みしめて   
はだしになろう

あきみのりん あきみのりん

はだし はだし はだかの足で
木の実どんぐり 見いつけた
はだし はだし はだかの足で
秋のぬくもり たしかめよう

4)
ふわふわ雪が おいでおいで   
庭かけまわる 犬おいかけて   
はだしに なろう

ふゆぶるるん ふゆぶるるん

はだし はだし はだかの足が
かじかんだら お湯にざぶん
はだし はだし はだかの足で
冬に足跡 残そうよ

くり返し)
めぐるるるん めぐるるるん

はだし はだし はだかの足で
春夏秋冬 るるるるるん 
はだし はだし はだかの足で
季節のめぐみ あじわおう

2005年11月28日(月)  『ブレスト〜女子高生、10億円の賭け!』制作会見
2003年11月28日(金)  雪菓(ソルガ)
2000年11月28日(火)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2009年11月27日(金)  「つばさ」スピンオフ脚本&「小ぎつねヘレン」じゃ大違い

朝ドラ「つばさ」の脚本が届いたので、恒例の写真撮影(第9週〜26週の脚本はこちらへ)。

タイトルは「好きと言えなくて」。第15週「素直になれなくて」とちょっと似てる。「つばさ」は千代と加乃子、加乃子とつばさをはじめ、登場人物それぞれの「素直になれなくて」「好きと言えなくて」を描いていたドラマともいえる。意地を張ってしまったり、照れがあったりして、思ってもないことを言って衝突を招いたり、遠回りしたり。そんな不器用だけど一生懸命な人たちが好きだったし、スピンオフという形でまた会えるのがうれしい。

季節は最終回が終わって一年半後、川越まつりの少し前の秋という設定なので、撮影小道具に選んだのは、ハートの湯たんぽ。川越も寒くなってくる頃だし、劇中で焚き火も焚かれるし、湯たんぽのぬくもりが恋しい季節。

湯たんぽには「Love is..」と書かれている。ラジオドラマ『夢の波間』でご一緒した柳生博さんの好きな言葉で柳生さんのやっているバーの名前にもなっている「Happiness is...」に似ている。「つばさ」は「Love is..」(愛とは……)を繰り返し問いかけるドラマでもあったと思う。

最終回のその後であり、総集編の少し前。「つばさ」の世界の住人たちがどんな「愛」を見つけたのか。10分弱の短いドラマ2本だけど、観終わった後に湯たんぽのぬくもりを残せたらうれしい。

それぞれのバージョンタイトルは知秋、万里、俊輔が出演する「青春編」と真瀬、浪岡、ロナウ二郎が出演する「中年編(仮)」。中年と呼ぶのはさすがに……ということで、代案のタイトルを考案中なのかと思ったら、(仮)まで含めて正式タイトルとのこと。人を食ったようなタイトルに「つばさ」スピンオフらしさが出ている。

中年(仮)は、仮免と同じく、仮の中年、つまり中年にはなりきっていないという解釈? 38歳という設定の真瀬が中年(仮)なら、わたしも中年(仮)の資格十分。せめて、自称であっても(仮)だけはつけておきたいもの。

ところで、脚本には転売などの防止のため、一冊ごとに通し番号が振られている。「つばさ」本放送では、わたしはNo.117をもらっていた。今回は脚本ということでNo.002に浮上。脚本家と脚本協力では大違いなのだなと、この数字を見て感じた。

大違いといえば、今日届いた別な郵便物を見て「!!」となる。原稿を寄せた掲載誌だが、プロフィール欄で『子ぎつねヘレン』が『小ぎつねヘレン』に、『ぼくとママの黄色い自転車』が『僕とママの黄色い自転車』になっていた。ファックス原稿を先方が打ちかえるというので不安があったのだが、時間がないしゲラチェックはおまかせください、ちゃんと確認しますからと自信たっぷりに言われた。本文は無事だったが、タイトル二か所が見落とされていた。

「小ぎつね」という表記はもちろんあるし、童謡の「小ぎつねコンコン」は「子ぎつね」ではなく「小ぎつね」になっているのだけど、わたしにとっては、今井雅子が今井正子になるぐらいの違和感がある。「ぼく」と「僕」も、意味あいが変わってくる。主人公の大志はまだ「僕」と漢字で書けないだろうからと「ぼく」とひらがなにしているので、「僕」になると、大志のことじゃないみたいな気がしてくる。

作品はわが子だとすると、タイトルには作り手である親の思いが込められている。その思いをくんでいれば、タイトルの文字校正にはとくに注意を払ってくれたはずなのだが……。そこはこちらからも念を押すべきであったか。わたしも鑑賞作品のタイトルをうっかり間違えたり、友人の子どもの名前を勘違いしたりということはあるので、気をつけようと自分を戒める。


2009年11月26日(木)  「たまちゃん」は英語で「いしっころ」

このごろ、娘のたまは「○○は えいごで なんていうの?」というのがお気に入り。『パコダテ人』の前原星良ちゃんのおさがりでもらったアルファベットの布絵本(AはApple、BはBallと各アルファベットのポケットにその文字で始まるものが入っている)の影響かもしれない。

「いすは英語でチェアーよ」などと答えると、
「ちがうよ。イースだよ」。
「じいじ」は「ジイージ」になる。

「たまちゃんは えいごで なんていうの?」と聞くので、
「たまちゃんは、どこの言葉でもたまちゃんよ」と答えると、
「ちがうよ。たまちゃんは えいごで いしっころ」。

ころころ転がる石ころは玉……という連想が浮かぶが、なぜ英語になると石ころ?
子どもが考えることはぶっ飛んでいる。

他に好きなのが「いちばん○○な人ごっこ」。
「ママ きいてきいて」とせがむので、「このうちでいちばんかわいいのはだあれ?」などと質問すると、「たまちゃん!」と遠慮も照れもない返事。わが家でいちばんやさしいのも絵が上手なのも、全部たまちゃん。でも、「いちばん寝るのが好きなのは?」と聞くと、「パパ!」。適当に答えているわけではないらしい。

場所を移して「保育園でいちばんやさしいのはだあれ?」と聞いても、「たまちゃん」。ほんとにたまちゃん?と聞くと、「だって たまちゃん おともだちに おもちゃどうぞって するよ」。たしかに、家にいるとわがまま放題だけど、保育園では譲ることができる子になっているのを先日の保育参加で確かめられた。

昨日保育参加だったという同じ組の男の子のお母さんとお迎えのときに一緒になったら、「びっくりしましたよ。たまちゃんがお友だちの着替えを手伝って、小さいボタンまで留めてあげていたんです」。うちでは「できない〜」とべそかいて甘えるくせに、やさしさを差し向ける対象がいると、しっかりするらしい。

石ころちゃん、やさしさを磨いて、珠になれ!

2007年11月26日(月) 1126 マタニティオレンジ208 たむけんパーティで宴会場デビュー
2006年11月26日(日)  マタニティオレンジ33 百年前の赤ちゃん
2002年11月26日(火)  健康法


2009年11月25日(水)  結婚記念日に『沈まぬ太陽』

3日遅れだが、娘のたまが3歳3か月になった11月22日は9回目の結婚記念日だった。

記念日好きのわたしとは対照的に記念日無視なダンナは、なぜか去年、前日に「記念日ランチはどうか」と提案し、神楽坂のフレンチの店に予約を入れ、成長(そして歩み寄り)を感じさせたが、今年は何も考えていなかった。去年は誰かに入れ知恵でもされたのだろうか。

そこで娘が気をきかせたのかどうかはわからないが、今年の当日朝、「きょう じいじばあばの おうち とまる」と言い出したので、急遽、夜どっかに出かけようかということになった。

新宿ピカデリーのレイトショーで『沈まぬ太陽』を観よっか。
だったら、その近くの気になってたイタリアンで晩ご飯食べよう。
と、話は決まった。

娘を預けに行くのに手間取り、ダンナと落ち合えたのは、6時半。そこからピカデリーで座席をおさえ、店(Briccola=ブリッコラというトラットリア)に着くと、7時前。上映は8時半から、駆け足のディナーになるなあと思ったら、「一時間半もあるね」とダンナ。「記念日のディナーに、一時間半でおつりが来るなんて言っちゃダメよ」と言いつつ、しっかり食べて店を出てからユニクロで買い物する余裕があった。話題はほとんど子どものことだし、せっせと女の子を口説く隣のテーブルを見ると若いなあと思う。結婚9年目って、こんなものかしらん。

映画の感想もまっ二つ。インターミッションをはさんで3時間を超える大作を観終えた第一声は、「いやー、見応えあったねえ」とわたし、「いやー、そうかな」とダンナ。「いやー」しか合ってない。

『沈まぬ太陽』は、映画『子ぎつねヘレン』『ぼくとママの黄色い自転車』、連続ドラマ『快感職人』でご一緒した井口喜一さんがプロデューサーで参加。音楽は「つばさ」の住友紀人さんで、斎藤興業の水村役の市山貴章さんも出演。さらに、『〜ヘレン』律子役の松雪泰子さん、『ぼくママ』琴美役の鈴木京香さん、『天使の卵』特別出演の三浦友和さんの三人が主要な役どころ。録音の郡弘通さんは『パコダテ人』でお世話になり……と今井雅子作品に縁のある方がたくさん参加されているが、贔屓を差し引いても、スクリーンで観てよかった、いいものを観たという満足感を大いに得られた。それなのに……何が不満か?

でも、帰る道すがら、どこが受け付けなかったかを聞いてみると、「組合をやっていようとなかろうと、どの企業でも僻地への異動はあるわけだし、それを飛ばされたと思うんじゃなくて、そこで飛んでやろうっていう意地を見せてほしい」ということらしい。主人公・恩地が不本意な異動にくさらず、地に足着けて結果を出す姿が描かれているとわたしは受け止めていたが、言われてみれば、結果を出すまでの過程は描き足りなかったかもしれない。それは時間の問題もあるだろう。恩地を演じる渡辺謙の迫力が行間を埋めていたとも言え、この人の存在感が映画の重厚感そのものだったなと感じた。

もうひとつ、ダンナが引っかかっていたのは、「完全なフィクション」だとうたいつつ明らかに事実がベースにあり、実際に起きた事故が描かれている以上、ノンフィクションが混ざっていることが、観る側を戸惑わせるということだった。エンターテイメントとして鑑賞するには、事実が重すぎるという。

ダンナの指摘にはうなずけるところもあり、なるほどねえと面白い議論になった。とにかく、映画を観て意見が一致することはめったになく、二人そろって「いい!」となったのは『大統領の理髪師』と少し前の『フィッシュストーリー』ぐらいで、『風が強く吹いている』も、わたしは感涙、ダンナは失笑という天と地の差があった。天と地といえば、「行天」「恩地」と登場人物の苗字で性格を対比させるのは面白い。『白い巨塔』の財前、里見しかり。

作品のモデルとなった企業は映画へのネガティブキャンペーンに躍起になっているというが、その点については、「映画を観て、かえって希望を持った」というのが二人の一致した意見だった。原作を読んでいないので、タイトルの「沈まぬ太陽」は輝かしく君臨し続ける企業の有りようを例えたものだと思っていたら、そうではなく、どんな圧力にも屈することなく胸に燃え続ける強い信念を指しているらしい。

結婚生活は、赤々と燃えなくとも、せめて穏やかな光を灯し続ける「沈まぬ月」であればよろしいか。

2006年11月25日(土)  カミロボ×みちのくプロレス×劇団ヨーロッパ企画
2004年11月25日(木)  ソウなのか、ソウでないのか。


2009年11月24日(火)  ビデオ鑑賞より読書!たま3歳3か月

娘のたまは2日前の11月22日に3歳3か月になった。ここ数か月、すっかり忘れたかのようにビデオを観ていない。読書の秋を意識したのか、この一か月はとにかくよく本を読んだ。本棚からどっさり取り出し、次から次へと読んでとせがみ、さらに同じ本を何度もせがむので、ひと晩に十数冊、のべにするとその倍を読むことになる。おかげでわたしもずいぶん絵本の朗読には自信がついた。

今やドラマの現場で「本読み」といえば役者さんが脚本を読み合わせることだが、その昔、本読みといえば、脚本家が役者を前に読み上げ、意図やニュアンスを伝えたものらしい……とアンデルセンの自伝に書いてあった。脚本家にとって、音読する習慣を持つというのはいいことだ。

たまが絵を見ながらお話をつけるようになったのも最近のこと。ずいぶん言葉が豊かになったなあと感心する。実に楽しそうにお話を作る。わたしは子どもの頃、「つるのおんがえし」の絵本を開いて、「わたしは ほんまは つるやったんです」と大阪弁で読み上げていたらしい。

ダンボールに引っぱり紐をつけた船に乗り込んだり、お人形を乗せて引っ張ったりという素朴な遊びを好む。アナログ派のわたしは、電池を使わない低カロリーのおもちゃで工夫して遊んでくれるのがうれしい。

語彙がふえて、おしゃべりもますます面白くなった。
「ママが ちいさくなっても このふく あげないから! ママが あかちゃんになっても だっこしてあげないから!」
これは、わたしの仕打ち(と本人は思っている)に腹を立て、精一杯抗議しているつもり。だけど、かわいくて、にやにやしてしまう。
「パパは たまちゃんと あそびたくて はやく かえってくるんだよね」
などとナルシストな発言が目立つ。愛されているということを疑わない幸せな季節だ。

アエラの開いたページに容疑者の写真が載っているのを見て、「なに これ? へんな ひと」と興味津々。たまたま手にしていたこんぶで目を隠し、目張りの真似をしておどけて見せる。犯罪も殺意も目張りの意味もまだ知らない。これもまた幸せな季節だ。

2007年11月24日(土)  マタニティオレンジ206 はじめて手をつないで散歩
2006年11月24日(金)  マタニティオレンジ32 「手で舐める」ベビーマッサージ
2002年11月24日(日)  TAMA CINEMA FORUM


2009年11月23日(月)  一条の光の中で〜たま閉じ込められ事件

洗面所のドアを閉めて一人遊びに興じていた娘のたまに、「そろそろ出ておいで」と声をかけ、ドアを開けようとしたら、開かない。間違って中から鍵をかけたのかと思ったら、そうではない。では、たまが止めているのか? それにしては、5ミリほど開くだけで、それ以上は動かない。何か決定的なストッパーが存在している。

「ドアの前に何か落ちてない?」と聞くと、「みえないよー」と答える。中が真っ暗なのだ。「手で触ってごらん」と伝えるが、「わかんないよー」と言うので、ドアの下のほうをたたき、「たまも同じところをたたいて」と指示し、その手を下げていって床をたたかせる。たたく音だけして、発見はない。

たまが「ママぁ」と呼びかける声が不安げだ。ドアの下のほうにあるスリットのような隙間から手を差し込むと、小さな手がぎゅっとにぎり返して来た。この隙間が何のためにあるのかこれまではよくわからなかったが、こういう非常事態に励まし合うという重要な使い道があったのか! 一人で暗闇に閉じ込められたたまも心細いはずだが、親も相当パニックになっている。たまのほうが幾分余裕があるのか、爪やすりを隙間から差し入れ(差し出し?)たりするが、こんなことやっていては進展がない。

ドアを無理矢理開けようと試みるが、やはりガンと跳ね返される。一体何が引っかかっているのだ? 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせるけれど、頭の中では、このまま埒が開かなかったときのことをシミュレーションし始める。

こういうときは119番か? 生まれ育った大阪・堺の地元紙「泉北コミュニティ」でわたしが真っ先に読んでいた110番・119番通報コーナーを思い出す。見開きで数十件の出動記録に、「子どもが閉じ込められはしご車出動」がけっこうな確率で混じっていた。でも、はしご車は要らない、ドアさえ開けてもらえばいい場合は、どこに頼めばいい? カギの119番か? でもカギじゃない。のこぎりでドアを切るか? でものこぎりもドアの向こうだ。蹴破るしかないか? ドアの修理代はおいくら万円……?

それよりもっと怖いのは、ドアを壊せなかったときだ。おむつが持つのか? 最後にいつ買えたっけ? 寝てしまったら、風邪を引くぞ。その前に、不安でどうにかなってしまわないか?

そのとき、一人ブレストの成果なのか、ふと「引っかかっているのは上のほうなのでは?」とひらめいた。床に落ちている何かがストッパーになっているのではなく、上のほうで何かが出っ張っているのではないか。としたら、引き出しだ!

「たま、引き出しが開いてるでしょ? それを閉めて」と確信を持って訴えたが、即解決とはならず、「みえないよー」「わかんないよー」が続く。「引き出し、こっちよこっち」とドアをたたいて方角を知らせ、引き出しを触らせ、「それを閉めて!」。ようやく引き出しが閉まる気配があり、ドアを開けると、開いた!

たまを抱きしめて涙ぐむのは親のほうで、たまは「こわくなかったよ」とけろりと言う。時間にすれば、10分弱の出来事だったが、その何倍にも感じられた。

洗面所に入って灯りをつけ、状況を再現、ドアを閉め、引き出しを開けると、ドアはほとんど開かない。


その状態で灯りを消すと、闇に一条の光が差し込むといった具合で、これでは引き出しが開いているかどうかもわからない。30秒もしないうちに、耐えられなくなって飛び出した。

2009年11月22日(日)  『パコダテ人』で保育園児だった星良ちゃんが……!

今井雅子の映画脚本デビュー作『パコダテ人』で、シッポが生えてしまう函館市役所職員古田はるお(大泉洋)の一人娘まゆちゃんを演じた前原星良ちゃん。映画の中ではひまわり保育園ひよこ組という設定で、「ぴまわりぽいくえん ぷるたまゆ」とたどたどしく愛らしいパコダテ語を披露してくれたが、本人も当時現役保育園児だった。

パコダテ人に出た後の宮韻△いちゃんや大泉洋さんの大活躍にも目を見張るが、見違えるほど成長したといえば、今や中学2年生となった星良ちゃん。身長だけでも50センチ以上伸びて、わたしに追いつき、追い越し、15センチほど引き離してしまった。

ダンス部で青春しながらバレエ教室も続けている星良ちゃん、今日がその発表会。1〜3名ずつの小さなプログラムが並んだ第一部のトリ、『ドンキホーテ』の「キトリ」の赤と黒のカルメンな衣装の星良ちゃんがステージに上がった瞬間、客席はハッと引きつけられ、場内の空気が変わった。扇を仰ぎながらステージから微笑みかけるさまの艶っぽいこと。緊張を感じさせない舞台度胸は、さすが。ひいきを差し引いてもおつりの来る堂々たるプリマぶり。ジャンプは高く、スピンは美しく、手足の表情は実に伸びやか。客席を引きつけ続け、最後のお辞儀も優雅さと貫禄をたたえ、ブラボー! わたしの膝で見ていた娘のたまも惜しみない拍手を贈った。

第二部『くるみ割り人形』では、「あし笛」役。もう一人の女の子との息の合った踊りに、曲の途中で拍手が沸き起こった。

星良ちゃんだけでなく、他の子たちを見ているのも楽しく、衣装もそれぞれ凝っていて、目を楽しませてもらった。幼稚園ぐらいの小さな子たちは立っているのが精一杯で、お辞儀だけがしっかり決まってたりするが、それも微笑ましい。恥ずかしそうに踊る子たちの中で、小さいながらも「わたしを見て」オーラを放っている子もいる。ちゃんと個性が出ていて面白かった。星良ちゃんをはじめ小学校高学年ぐらいの子たちは、「表現する」ことに気を配る余裕が出て、見応えがあった。

踊るのが大好きなたまは動きを真似したりして、バレエに興味を持った様子。習わせてみるのもおいいかもと思うが、先日の棒立ち運動会を思い出し、チュチュ姿で固まっている図を想像してしまった。

2008年11月22日(土)  8年目の「いい夫婦の日」
2007年11月22日(木)  マタニティオレンジ205 たま15/12才ではじめて歌う
2006年11月22日(水)  何かとめでたい「いい夫婦の日」
2002年11月22日(金)  ザ テレビジョンお正月超特大号


2009年11月21日(土)  六義園で七五三写真四人衆

タイトルに三、四、五、六、七をそろえてみました。

それはさておき、娘のたまは明日で3歳3か月。いわゆる七五三は先週だったようだが、写真だけでも撮っておこうかと、妹のとこのおさがりの着物を娘のたまに着せ、日本庭園の紅葉が色づきかけた六義園(りくぎえん)へ。小石川後楽園とともに江戸の二大名園に数えられていたというが、わたしは和歌を庭園で再現しようとしたという六義園に断然親しみを覚える。

撮影は、2004年にブレーン・ストーミング・ティーンを出版した際の雑誌取材で写真を撮ってもらって以来、親しくさせていただいているフォトグラファーの内藤恵美さんにお願いする。いつもこちらがお礼を言う側なのに「撮らせていただいて、ありがとうございます」と言ってくれる気持ちのいい人。とても自然な雰囲気を作って撮ってくれるのと、撮ることを楽しんでくれるのがありがたい。

今日の内藤さんは千歳飴代わりにアンパンマンのお菓子が詰まったクリスマスバッグを持って登場。気遣いの内藤さんに対して、親のわたしたちは、着物を着せて出て来るのが精一杯。たまの髪はボサボサだし、前髪はギザギザのガタガタだし、口のまわりは粉ふいてるし、鼻くそが見え隠れ。それでいてティッシュもタオルも持ってきていないという詰めの甘さ。

将来、たまが今日の写真を見たら、突っ込みどころ満載だけど、それはそれで親の性格がうかがえて面白いかもしれない、と開き直る。

紅葉目当てで、六義園は一年でいちばんにぎわう季節。お年寄りが多く、口々に「あらかわいい」「おめでとうございます」などと声をかけられる。他にも七五三と思しきおめかしした親子連れを何組も見かけた。

「カメラマンを連れ出すなんて贅沢だねえ」と年配の男性。そう、ほんと、贅沢なこと。快くつきあってくださる内藤さんに感謝。写真は、たまを撮る内藤さんをわたしが撮ったもの。

たまは履き慣れない草履を嫌がり、運動靴に履き替え、ついには着物も窮屈だと言い出し、おなかがすいたとぐずり、撮影は一時間ちょっとで終了した。

六義園の南側にはアンパンマンの本を出しているフレーベル館があり、アンパンマンショップを併設している。その正面にあるアンパンマンの像の前で、たまは今日いちばんの表情を見せてくれた。子どものいい顔を引き出すのも、アンパンマン頼み。

六義園近くの名古屋コーチンのお店で焼き鳥ランチの後、わが家に移動して、さらに撮ってもらう。レゴで遊ぶたま。積み木で遊ぶたま。内藤さんは遊び相手になりながら、パシャパシャ撮る。いつの間にか、子守と写真が逆転し、夕方まで遊んでもらった。こちらの写真は内藤さんが撮ったもの。

たまは去年撮ってもらった記憶は残っていないのか、今日が初対面だと思っている様子。すっかり内藤さんになついたが、「サイトウさーん」と呼ぶので、違うよと訂正したら、後々「たまちゃん、ナイトウさんのこと、まちがえてサイトウさんって いっちゃったんだよね。あはははは」とネタにして喜んでいた。

斎藤さん、じゃなくて、内藤さんに、記録も記憶もありがとう。

2006年11月21日(火)  『築城せよ。』と魔女田映画祭
2003年11月21日(金)  押忍!いくつになっても応援団
2002年11月21日(木)  ファミレスの誘惑


2009年11月20日(金)  ドラマも映画も小説も11月は短編月間

脚本を書かせていただくことになった「つばさ」スピンオフドラマ2本は、最後の詰め。一本10分弱ながら、その短時間に起伏をつけて決着をつけるという短編ゆえの難しさがある。加えて、朝ドラ「つばさ」を観ていた人には、その番外編として楽しめ、総集編への期待を高めてもらい、かつ、観ていなかった人には、独立した作品として楽しみつつ総集編を観てみようと興味を持ってもらわなくてはならない。

第1回から第4回まで審査を務めたNHK奈良の「万葉ラブストーリー」脚本募集が約10分のドラマだが、応募作品を読んで、「詰め込み過ぎ」だの「ドラマが乏しい」だの手厳しい指摘をしていたくせに、いざ自分で書いてみると、これまでの万葉ラブの受賞作はよく出来ていたなとあらためてレベルの高さに感心した。これまでの受賞者12名の皆さんは即戦力になれると本人たちにも伝えているけれど、短編があれだけうまく書ければ、長編はもっとうまく書けるのではと思う。

そんなこんなで四苦八苦しつつも、後藤プロデューサー、西谷ディレクターとの打ち合わせは雑談も弾んで楽しく、書かせていただけるのはうれしく、ようやく山頂(決定稿)が見えてきたところ。12月初旬に撮影、総集編が放送される12月29日・30日の前に放送される予定。総集編とあわせてお楽しみくださいませ。

『つばさ』総集編(前後編)
★放送予定※変更になる場合があります)
<前編>12/29(火) 総合・午前8:15〜9:44
<後編>12/30(水) 総合・午前8:15〜9:44


「つばさ」公式サイトは番組放送終了後も進化を続け、スタッフブログもほぼ毎日更新。ファン掲示板もにぎわっているので、感想やスピンオフへのエールなどをぜひぜひ。

短編といえば、前田監督とやった『隣のモンちゃん』『オセロ』以来、ひさしぶりに短編映画の脚本を書いた。オリジナルのコメディで、初稿に皆さんが乗ってくれ、そのままどんどん膨らませて決定稿に持ち込めたという幸せなお仕事。順調に行けば、年明け撮影、春頃完成の予定。どんな風に公開されるのかはまだ決まっていないが、わたしの痛い過去を作品にリサイクルした好例となった。どんな経験も脚本家には無駄にならない、を証明できる一本になるかもしれない。

先日の日記にも書いたけれど、11月はエッセイ(これも短編ジャンル?)の依頼も多かった。仕事の傾向につられてか、手に取る本も短編ばかり。出版社の方によると、短編は売るのが難しいらしいが、電車での移動時間を読書にあてるわたしには、短編の短さがありがたい。

そして、今井雅子の初めての短編小説4編を集めた「クリスマスの贈りもの」は、今日で公開3週間目。まだお読みでない方は、ぜひUSJの期間限定(来年1/6まで)サイトLimited Christmasへ。左から順に4編読むと、少しずつお話がつながっているので、右から読まれませぬように。

2006年11月20日(月)  マタニティオレンジ30 偶然は人生最高の香辛料
2005年11月20日(日)  G-up side,B;session『ゼロ番区』
2004年11月20日(土)  高倉台・三原台同窓会
2002年11月20日(水)  カタカナ語


2009年11月19日(木)  鴻上尚史さんの『恋愛戯曲』ついに映画化

いつか目を覚ますかもしれないという希望を抱いて、今井雅子の書棚で眠り続ける企画たち。そのひとつ、鴻上尚史さん作・演出の『恋愛戯曲』が、映画化の羽を得て、旅立って行った。 わたしが脚本家デビューして何年も経たない頃に、戯曲から映画化脚本をおこす仕事に関わらせてもらったのだが、なかなか映画化の道が拓けなかった。でも、その後もプロデューサーと鴻上さんは粘り強く道を探り、ついに実現させた。その熱意に拍手。脚本は結局鴻上さんが書かれたのか、わたしの書いた脚本は採用されなかったけれど、原作そして鴻上さんの一ファンとして、映画化作品を応援したいと思う。 雲の上の人だった鴻上さんとの打ち合わせは夢のようだったし、2006年の舞台再演時には劇場パンフレットで鴻上さんと対談もさせてもらったし(>>>2006年05月19日(金) 鴻上尚史さんと「恋愛」対談)、楽しい思い出をたくさんもらったので、とても親しみを覚えている。 『恋愛戯曲』は魅力的なキャストを得て、ただ今撮影中とのこと。どうか力強く羽ばたいて、たくさんの人に届いてほしい。

2008年11月19日(水)  美しさを感じる心
2002年11月19日(火)  白い巨塔


2009年11月18日(水)  「黙らせろ」と言われても

デニーズで娘のたまと二人で夕食。なるべく外食は避けようと思っているのだけど、今日は一日中パソコンに向かい、冷蔵庫も空っぽで、買って帰るか外で食べるかの選択となった。

デザートにカシスのシャーベットを注文したのが失敗だった。「半分こね」と言い含めたのに、わたしに似て食い意地の張っているたまは独り占めしようとし、譲ればいいのをわたしも横取りしようとし、最後の一口をわたしが食べた瞬間、「うわ〜〜〜〜ん」と店内に響き渡る声で泣かれてしまった。

泣くほどのことじゃないでしょとなだめ、店員さんの視線が背中に刺さるのを感じつつ、さっさとお茶を飲んで引き上げようとお茶を流し込んでいると、「なんで黙らせないんだ!」と客のおじさんに抗議を受け、たまはさらに泣く。すみません、すぐ出ますから……とひたすらぺこぺこ謝りながら席を立った。待ち合いロビーに保育園で同じクラスの女の子を見つけると、たまはぴたりと泣き止んだが、彼女の一家が呼ばれて席に案内されると、離れたくなくて、また泣いた。やれやれ。

わたしも子どもを産む前は「なんでいつまでも泣かせてるんだろ」と不快に思ったり腹を立てたりしたけれど、黙らせる方法があればとっくに試しているのだ。ちゃんと叱ってるし、なだめているし、決して手をこまねいているわけではないし、そこに怒鳴りこむのは火に油を注ぐだけだ。わたしにも泣かせた責任はあるし、静かな食事を邪魔してしまったことは申し訳ないし、わたしたちが悪いことは確かなのだけど、もう少し大らかさが欲しいと願うのは贅沢なのだろうか。なんだか淋しいなと思ったら、わたしも泣きたくなった。

小豆島へ行った帰り、高松郊外のお風呂屋さんでもたまが洗い場で転んで大泣きして、地元のおばあちゃんに叱られたことがあった。でも、そのとき、その人は「いつまでも泣かせていると母親の器量が疑われるよって」とわたしを叱った上で、泣きじゃくるたまに「どうしたどうした?」と声をかけ、「痛かったんか? よしよしもう大丈夫」となだめ、わたしの援軍になってくれた。問題を分かち合って解決をはかろうとしてくれたお節介が心強く、ありがたかった。

ただでさえ子どもに泣かれて孤独を味わっているところに「黙らせろ」と突き放されると、母親は絶望的に孤立する。「一緒に黙らせよう」と分かち合ってもらえたら、母親は孤立しなくて済む。

何を食べたんだか忘れてしまうほどくたくたになって帰宅し、「たまちゃん、泣くんだったらもうデニーズには行けないね」と娘をなじると、「そうだねえ。ドラえもんのおみせにしよっか」とけろっとして言う。デニーズがダメなら、ココス。そんな問題じゃないんだってばと力がぬけた。

2006年11月18日(土)  アーロンバシャ(Aaron Basha)のBaby Shoes


2009年11月17日(火)  八百屋さんで「ママください」と父のホック

朝食は大阪土産の551蓬莱の豚まん。前回京都駅で行列に屈して買いそびれた雪辱を果たし、堺の実家から持って来たビニール袋に厳重に梱包してにおい封じをして東京に持ち帰った。ほかほか蒸したてではなくチルドにしたのもにおい対策でもあり、新幹線の車内で手を伸ばしたくなる誘惑を断つためでもある。かわりに中華ちまきを新幹線車中での夕食に。海鮮味と、栗としいたけと鶏肉。二つで700円超えとは、けっこういい値段だった。コストパフォーマンス的にも、551といえば、やっぱり豚まん。

わたしが大阪へ発つとき、顔をぐしゃぐしゃにしてぐずった娘のたまは、その後は機嫌良くやっててくれたらしい。昨日は保育園の帰り、パパとなじみの八百屋さんに立ち寄り、「ママください」と言ったとか。それだけ聞くと切ない話でもあるが、明るく弾ける調子だったそうで、しっかり八百屋さんの笑いを取ったというからたくましい。留守番で父と娘の絆も深まるのは、いいことだ。

父と娘といえば、昨日の朝、わたしのワンピースの背中のファスナーが「開いているで」と父イマセンが指摘した。しょっちゅう考え事をしているせいか、ファスナーが途中で止まることがよくある。脚本を学ぶ200人ほどの学生さんを前にパネルディスカッションをやったとき、拍手で迎えられて壇上に来てから気づき、あわてて「ファスナーを閉め忘れるというト書きで登場人物のそそっかしさを描ける」とネタにした。昨日もそのときと同じワンピースだったが、父のおかげで中学生にだらしない大人を印象づける失態を免れた。

帰宅してそのワンピースを脱ぐとき、普段自分では面倒くさがって省略するファスナーのてっぺんのホックが引っかけられているのに気づいた。父にファスナーを上げてもらったのも初めてだった気がするが、がさつなおっちゃんという印象の父がホックをきっちりと留めたことが意外だった。40年近く父娘をやっていても、新鮮な驚きがある。

2007年11月17日(土)  出張いまいまさこカフェ6杯目 「脚本で食べていく」
2006年11月17日(金)  関西映画『メアリ』!?
2005年11月17日(木)  『天使の卵』ロケ見学4日目 電車でGO!
2002年11月17日(日)  学園祭


2009年11月16日(月)  金蘭千里中学校講演「宝物はあなたの中にある!」


大阪にある私立の金蘭千里中学校にて講演。『子ぎつねヘレン』も応援してくださった今井雅子ファンの方のご紹介というわけで、その方が持参されたヘレンちゃんを手に記念撮影。

2年生の皆さんに「宝物はあなたの中にある!」をテーマにお話。先生方の他に父兄の方も何名か。地元大阪出身で、今日は実家のある堺から泉北高速に乗って天下茶屋で堺筋線に乗り換えて来ました、と大阪弁で語り始めると、親近感を持ってもらえた様子。


講演の内容は2年前に大学生を前に話した内容(>>>2007年10月26日(金) 愛知工業大学で「つなげる」出前講義
)をアレンジ。前回は作品ごとに「アイデアをどう結びつけたか」を話したが、今回は事前に授業で『子ぎつねヘレン』を観てくれているとのことで、ヘレンを引き合いに出しながら、「原作から脚本、映像になるまで」を説明したり、脚本開発や撮影の裏話を披露したりした。最初に刷った脚本で役者さんを口説き、決まった役者さんに合わせて脚本を書き直すこと(これを「あて書き」と言う)、ロケハンに行ったら太一とヘレンの家出先に想定していたゲームセンターがなくて、代わりに貨車でどうかと提案されたことなどを話す。


脚本家にとって大事な「つなげる力」は、「引き出しを使いこなす力」と言える。その引き出しの中身は、日々のちょっとした心がけで充実させることができる。それは、好奇心と想像力を掛け合わせて、「おもしろい!」と感動すること。感動したことは記憶に刻まれる。外国語もそう。丸暗記よりも、そうか、なるほど、と感心しながら覚えたほうが身につく。「L'arc en ciel」はフランス語の「虹」で、分解するとarc(アーチ)とciel(空)になる。空にかかるアーチで虹かあとうなずいたら、もう忘れない、


好奇心と想像力のアンテナを張っておくと、おもしろいことや出会いがどんどんあるし、どんどんつながる。金蘭千里中学校は進学に熱心な学校らしいが、おもしろがって学んだことは、受験を乗り切るだけじゃなくて、一生ものの財産になってくれると思う。


最後は『ブレーン・ストーミング・ティーン』の中にある言葉「宝物はあなたの中にある!」で締めくくる。

質疑応答の口火を切ったのは校長先生。「自分の意図したメッセージがうまく観客に伝わらなかった場合、どう感じるか」という質問に「作品は受け取ってくれる人がいて完成する。いろんな見方があっていいし、感想から発見すること、学ぶことも多い」といったことを答えた。

続いての先生は「中学校時代はどんな生徒でしたか」「作品を書くための専門知識はどこから得ますか」。中学校時代はソフトボール部の万年補欠で、週末は試合応援ばかり。でも、クラブ活動は最後まで続けなさいという母の方針で、続けたことが根気強さを養ってくれた。文化祭では脚本を書いたり演出したりした。作品に必要な専門知識は、たとえば『子ぎつねヘレン』なら獣医監修の方がついて、用語などは助けてもらえるが、幅広く知識を身につけるためには新聞を読むのがいちばん、と答える。

生徒さんの質問トップバッターは「小心者で人前で話すのが苦手」だという男の子。でも、手を挙げて真っ先に質問する勇気はさすが。わたしが中学生の頃はみんなの前で声をあげるのが極端に苦手だったが、「活発な人を輪の外から眺めている気持ち」を知っていることは、わたしにとっては大事なこと。恥ずかしいと思うのは自分を否定されるのを怖れるからで、裏を返せば、それだけ自分が好きということ。その気持ちも大切にしてほしい。

彼が「『つばさ』観てました」と言ってくれたのに乗じて、年末放送の総集編とスピンオフの宣伝をさせてもらった。

生徒さんのお母さんからは、母親からどんな風に育てられたかという質問があった。何事も最後までやり通せと言われて、続けることの大切さをたたきこまれたこと、中学一年のときに当時の東ドイツに連れて行かれたことがその後の人生に大きな影響を与えたことを話す。でも、後から思ったのだが、母がしょっちゅう「あんたはおもろい子や」と言ってくれたことが、わたしに自信をくれたように思う。ここにも「面白がることが力を伸ばす」法則が生きている。

質問に反射神経で答えるときの脳内は、ブレーン・ストーミング状態。自分の回答を客観的に聞きながら、へーえと思ったりする。

他には「スランプのときはどうしますか」という男の子からの質問。あまりスランプはないが、やる気が出ないときは無理して書こうとせず、まったく違うことをやって気分転換する。そうすると、また書きたくなる。仕事で一緒になった出演者の印象を聞いてくれた子もいた。

「仕事は楽しいですか」と質問した女の子がいて、そのシンプルさが印象に残った。「楽しいです」と答え、「仕事を楽しくするのもつまらなくするのも自分次第です」と付け足した。彼女は「どうやったら今日の話のような心を打つ言葉が出て来るんですか」と二つ目の質問をした。たとえば、「傘と心は〜」の言葉は、『風の絨毯』プロデューサーの益田祐美子さんが英語を教わっていたときの例文だったと紹介。日々の経験の中でわたしの心を動かした言葉が、彼女の心にも何かを残せたとしたらうれしい。

講演の後に校長室で歓談しているところに、生徒さんたちが次々と訪ねてきたとき、サインではなく握手を求めたのは彼女一人で、「仕事が楽しいのはいいことです」とあらためて言い、しばらく握手の手を離さなかった。もしかしたら、彼女は自分の毎日を楽しくする方法を探しているところなのかもしれない。

時計を持っていなかったので時間がよくわからなかったが、質疑応答も含めて2時間近くだったような……よくしゃべった。

校長室にて、中学校と高等学校の校長を兼ねる辻本賢さんと歓談。気さくでとても話しやすい方。わたしのサインを求めに来た女の子たちに「入れ入れ」と手招き。校長先生と生徒さんの距離が近い。今も教壇に立ち、公民を教えているとか。下敷きやらノートやらペンケースやらに生徒さんの名前と「宝物はあなたの中にある!」と今日の日付と今井雅子のサインを書き入れた。お母さんが質問してくれた生徒さんが来たので、USJの短編小説「クリスマスの贈りもの」の小冊子にお母さんあてのサインを入れて手渡した。

校長先生は映画青年だったそうで、学生の頃、早朝の映画館を借り切って自分の好みの作品を自主上映し、そこでの一年分の収益をつぎこんで無料上映会を開いたりしていたとか。あたたかみのある自慢の校舎は卒業生が設計を手がけたそうで、ゆったりとスペースを取った階段に「赤絨毯を敷いて結婚式挙げたらええと思うてるんですよ」。

学校はホーム、卒業生を含めた生徒とその家族、職員とその家族は大きなファミリーだと考える校長先生。その精神は、障子張りのパネルを開けると登下校する生徒が見える校長室のたたずまいにも見て取れる。わたしもまた帰ってきたいと思える素敵な学校だった。

2008年11月16日(日)  『七人は僕の恋人』→シブヤさんの結婚パーティ
2007年11月16日(金)  三丘スポーツ史3に『寄り道ブドウ』掲載
2006年11月16日(木)  映画『フラガール』に拍手
2005年11月16日(水)  『天使の卵』ロケ見学3日目 ミラクル


2009年11月15日(日)  エクスプレスカードで大阪へ

まわりからすすめられ、JR東日本のエクスプレスガードに入る。年会費が1000円かかるが、割引料金で新幹線の切符が買えて、出発前で発券前なら何度でも変更可能で、乗った回数に応じてグリーン車にアップグレードできるという。後から送られてくるICカードを使えば、料金はさらに割引になり、チケットレス乗車ができて、スイカと重ねて使うこともできるらしい。

今日の大阪出張が、エクスプレスカードデビュー。ICカードは未着なので、ネットで予約したチケット(e特急券+乗車券)をエクスプレスカードを使って駅券売機で受け取ることに。いきなり丸の内側の改札でつまずく。「ここはJR東海の改札なので、こちらの券売機では引き換えられません。八重洲口側におまわりいただくか、スイカで入って精算してください」とのこと。スイカで入り、券売機でチケットを受け取る際に「スイカまたは乗車券があれば入れてください」の指示が出たので、入れた。これで精算ができたことになるらしい。入場券料金がかかったのかどうかは不明。おっかなびっくりだったが、なんとかチケットは入手でき、領収書も出てきた(領収書はオンラインでも出力できる)。

この部分を読んだご近所仲間で鉄道ファンのT氏より以下のような指摘をいただいた。

東海道山陽新幹線の「エクスプレス予約」自体はJR東海とJR西日本の展開するサービスなので、「JR東日本のエクスプレスカード」という記載、大手町側の改札はJR東日本管轄なので東海のチケットの発券ができないのであって記述が逆、事実とちょっと違うものなのでご指摘させて頂きます。

エクスプレス予約は東海と西日本の2社で運営していますが、それぞれ対応するクレジットカードを発行しており、JR東海は「エクスプレスカード」というカード、JR西日本は「J-Westカード」というカードを発行しています。(それぞれICカードの「Toica」、「ICOCA」が対応しているのですが、あまり 複雑になるのでここでは割愛)

エクスプレスカード:
http://expresscard.jp/

J-Westカード:
http://www.jr-odekake.net/j-west/

類推するに、いまいさんはJR東海の「エクスプレスカード」に入会されたのかなと思います。


とのこと。自分の入ったカードの正体もよくわかっていなかったとはお恥ずかしい。上記日記の「JR東海」と「JR東日本」を逆にしてお読み頂きたい。

また、JR東日本のVIEWカード保有者もモバイルSuicaにしている場合のみ、東海道山陽新幹線のエクスプレス予約が可能となる特約(1,050円年会費別途必要)があります。

VIEWエクスプレス特約:
http://www.jreast.co.jp/MOBILESUICA/use/ex-ic/howto.html

東京と関西圏で行動することの多い、いまいさんの行動パターンを考えると、東海道新幹線に乗車すること以外にメリットのない東海のエクスプレスカードに入会するより、東日本のVIEWカードでモバイルSuicaにするか、西日本のJ-Westカードに入会し、ICOCAを持つことのほうが便利でお得だったと思い、事前に聞いて頂ければ…。と、少々残念です。

なお、東京での在来線の利用や、大阪での在来線の利用がある場合は、EX-ICサービスよりもe特急券のほうが安価になる場合などありますので、今後詳しくなってくださいね。


とのことで、鉄道のことならT氏に聞け、を怠ったことを反省しつつ、今後入会を検討される方はご参考になりましたら。

お弁当を吟味する時間があまりなく、駅弁は深川弁当。茶色のグラデーションだったが、なかなかしっとりとおいしかった。このあと大阪で一時から始まった打ち合わせが終わったのは、8時。しっかり腹ごしらえしておいて正解。

移動のおともは『毒笑小説』(東野圭吾)と『からくりからくさ』(梨木香歩)。一冊目を読み終えて二冊目にさしかかった頃に新大阪に着いた。

打ち合わせの後、お好み焼き屋でコースをいただく。餅やらキムチやら豚やら海鮮やら。こんなに粉もんを食べ尽くすのはひさしぶり。大阪やあと感激する。締めの汁ものにまでちっこいお好み焼きが浮かんでいた。

2008年11月15日(土)  陶芸教室の成果
2007年11月15日(木)  マタニティオレンジ204 最近の目覚ましい成長
2005年11月15日(火)  『天使の卵』ロケ見学2日目 旅人気分
2004年11月15日(月)  「トロフィーワイフ」と「破れ鍋に綴じ蓋」
2002年11月15日(金)  ストレス食べたる!


2009年11月14日(土)  11月は締切ラッシュ

来月発売の「月刊シナリオ」作家通信(脚本家の近況を綴るコーナー)の原稿を書く。一年に一度ペースで依頼があり、作品の宣伝をするチャンスをいただいている。今回はUSJサイトで公開している短編小説「クリスマスの贈りもの」と1/21発売の『ぼくとママの黄色い自転車』DVD、脚本協力した朝ドラ「つばさ」総集編の年末放送とその前に放送予定のスピンオフの脚本を書いたことを案内した。

今月は3か月に一度の池袋シネマ振興会のフリーペーパーbukuと、2か月に一度のJR社員向け定期購読誌「クリエイティブ21」の締切が重なった。2と3の最小公倍数は6だから、半年に一度のこと。bukuに連載中のエッセイ「出張いまいまさこカフェ」は12月18日発行の次号で14杯目。「クリスマスの贈りもの」執筆で味わった「原作者のキモチ」について綴っている。一方、クリエイティブ21は11月発行号に第一回〈「書き鉄」スイッチ〉が掲載され、あと5回、一年間の連載予定。第2回は車内アナウンスをネタに「声色いろいろ」というタイトルで原稿を練っている。どちらも11月下旬締切なので、これぐらいにだいたい固めて、何日か発酵させて、締切前に起こして最後の仕上げをする。

さらに年賀状代わりに発行している毎年新聞のネタと文面もそろそろ考えないと。

本業の脚本の締切も重なり、コメディ路線の短編映画と朝ドラ「つばさ」スピンオフ(9分半の短編2本)を決定稿に向けて磨いているところ。

2008年11月14日(金)  百均ブログ探偵と『江戸宵闇妖鉤爪』
2007年11月14日(水)  マタニティオレンジ203 サロン井戸端「お金で買えないもの」
2006年11月14日(火)  マタニティオレンジ29 読書の秋
2005年11月14日(月)  『天使の卵』ロケ見学1日目 なつかしの京都
2004年11月14日(日)  『バニッシング・ポイント』@ルテアトル銀座


2009年11月13日(金)  「クリスマスの贈りもの」に帯コメント!

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの期間限定サイト「Limited Christmas」で読める今井雅子の初めての短編小説4編「クリスマスの贈りもの」、お読みいただけましたでしょうか(こういうときは文体もあらたまります)。

公開されて今日で2週間ですが、思った以上に評判が良く、脚本作品よりも反響があることに驚いたり戸惑ったりしつつも素直に喜んでいます。USJのクルーの皆さんにも評判上々なのは何より。自分たちが働く舞台をいっそう好きになってくれれば、ゲストの人たちにもっと特別な瞬間をプレゼントできそう。


ユンソナさん、SHEILAさん、近藤夏子さん(キャンペーンソング「全部がプレゼントだ〜クリスマスの贈りもの」を歌っています。タイトルも連動!)、和希沙也さんに帯コメントを寄せていただきました。それぞれ自分の言葉で作品の感想を語られていて、感激。帯をクリックすると、コメントの全文を読めるので、ぜひ「クリスマスの贈りもの」ページへ(2010/1/17追記:2010/1/6サイト終了にともない、縦書き文庫に引っ越して再公開)。

プレスツアー用に作った小冊子の増刷版(地元大阪の幼稚園などで配られるそう)にもユンソナさんのコメントが入りました。無事お子様からパパ、ママの手に渡って物語が届きますように。


2009年11月12日(木)  もはや「森ガール」ではない!?

朝の情報番組で「森ガール」なる言葉を知る。昨日の「リア充」といい、知らない言葉が多い。広告会社勤めを続けていれば、情報にアンテナを張った同僚たちから即座に伝わっただろうことが、こもり型フリーランス仕事をしていると、知るまでの時差が生じる。

「森ガール」とは「森のそばに住んでいそうな女の子」を指し、彼女たちが身にまとうものにその特長があらわれるらしい。原色ではないナチュラルな(森にありそうな)色使い、体をしめつけないゆったりしたライン、森の動物たちを思わせるふわふわ、もこもこした肌触りを好むという。森と相性のいいおとぎ話に出てくる世界観も好む。たとえば、赤ずきん。

テレビ画面に映っていたものも、もしかしたらそうかもしれないが、わたしがここ数年愛用しているfranche lippee(フランシュリッペ)のファッションは、まさに森ガール風。Baby Jane Cacharel(ベイビージェーンキャシャレル)の日本撤退にショックを受けたとき、失望を埋めるかのように目の前に現れたこのブランドの、「着られる絵本」のような服に一目惚れしては、ワードローブに加えている。春には「不思議の国のアリス」をモチーフにしたワンピースの大人用と子ども用を微妙にデザインの違うおそろいで買い求めた。情報番組によると「親子で森ガール」という人たちも見受けられるらしい。

森ガールは人が集まる繁華街や夜のにぎわいよりも静かで穏やかな時間を好み、家でお茶をするのがいちばん落ち着くのだという。それはわたしにも言えること。

わたしって、森ガールだったのか!

そう思ったとき、記憶の底から浮かび上がった情景は、会社でひとつ後輩の男の子と会話しているわたしの姿。5つほど下の新入社員の女の子たちを「あの子は○○系ギャル」などと分類したのち、「わたしは何系ギャル?」と聞くと、その男の子は「今井ちゃんは、もはやギャルではない」。あれから10年あまりの歳月が経っているし、とっくにギャルでないなら、当然もはやガールではない。

森ガールでないとしたら、森女?

なんだか、森の奥でスープをぐつぐつ煮ている魔女みたいだ。

2008年11月12日(水)  いろんな思いがぐるぐると『ぐるりのこと。』
2007年11月12日(月)  寝耳に水
2006年11月12日(日)  マタニティオレンジ27 川の字 朝の字
2004年11月12日(金)  何かと泣ける映画『いま、会いにゆきます』
2002年11月12日(火)  棗
2000年11月12日(日)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2009年11月11日(水)  生まれる前の記憶の追伸

朝ドラ「つばさ」の撮りきりセレモニー後のキャスト・スタッフ集合写真を「みせて」と娘のたまが手をのばした。百人以上が集まった写真だから一人一人はずいぶん小さく写っているのだが、その中から「ちゅばさ」「ゆうかちゃん」とお気に入りの登場人物を見つけて行く。「ちゅばさのおじいちゃん」と指差したのは竹雄役の中村梅雀さん。「おじいちゃんじゃなくて、お父さんよ」と訂正すると、「このひと あまたまどう つくってるんだよ」と教えてくれる。「甘玉堂じゃなくて、あまたまだよ」と正したが、惜しい。靴に砂が入ったときに「くつに おすなば はいっちゃった」と言うのと同じく、意味はわかっているのかもしれない。

「つばさ」の放映中は内容がわかってるんだかいないんだかという感じだったが、放映が終わってから言葉が追いついてきて、「ちゅばさとなかよしのしょうたくん」と言ったりする。実はわかって観てたんだなあとうれしくなる。

言葉が追いつくといえば、以前日記に書いた生まれる前の記憶をときどき話してくれる。「たまちゃん おなかのなかでも おゆび すっていたのよ」と言うので、「そんなに長く吸ってるなら気が済んだでしょ」とわたしが言うと、「まだ きは すんでない」と妙に正しい日本語で言い返す。指を吸い続ける言い訳なのかなとも思うが、エコー写真を撮ると、いつも指をくわえていたのは事実だ。「かたが でなかったんだよね」とも言う。超特急で子宮口全開まで進みながら、頭はもう出ているのに肩が引っかかり、その数センチを進ませるのにあと数時間を費やした。「ママを ぎゅって おしてたのよ」とも言うから、たまもたまなりにお産を進めていたらしい。

この話をすると、「うっそー」「へーえ」などと最初は驚かれ、やがて「神秘ねえ」としみじみされる。ノストラダムスの大予言と同じく、言葉をどう解釈するかで「そうとも取れる」という範囲のことかもしれないが、生まれる前から記憶があるということに、やすらぎを覚える人は多い。

2008年11月11日(火)  四半世紀前の「今」の『昔も今も笑いのタネ本』
2007年11月11日(日)  マタニティオレンジ202 子育て戦力外の鈍感力
2006年11月11日(土)  ウーマンリブvol.10『ウーマンリブ先生』
2003年11月11日(火)  空耳タイトル
2002年11月11日(月)  月刊デ・ビュー


2009年11月10日(火)  「リア充」と朝日歌壇

たまった新聞をまとめて読む。新聞ではなく旧聞である。毎日ちょこちょこ目を通せばいいのに、それをさぼって、古新聞が雪崩を起こしそうなほどたまった頃に格闘の決意をする。ばっさばっさとページをめくってもけっこうな時間がかかる。日記も同じく、ためてしまう。この日記を書いているのは約3週間後の11月24日。「新聞整理」というキーワードを手がかりに記憶を掘り起こしている。

「リア充」という言葉を新聞に教わる。リアルな生活が充実していること、の意味らしい。恋愛なりサークル活動なりバイトなり、生身の人間の実感に、ネット上でのつながりや楽しみと区別してわざわざ名前がつく。そういえば、5、6年前に、友人が「ネットの友もリアルの友も大事」と言い、そういう区分けがあるのかと驚いたが、彼女の中では当時すでに二つの生活が並行して存在していた。

自分が手がけた作品をネットで知らせ、反響をネットで知るわたしの場合は、ネットとリアルは分けられるものではなく、密接に結びついている。ネット上で知り合う人とは作品が仲人になる場合が多いし、ネットの生活の充実とリアルな生活の充実は連動している。USJの期間限定サイトLimited Christmasに書き下ろした短編小説は、長年応援してくれた友人の熱意で実現した仕事で、ネットでの広がりをメールで分かち合うことで、また友情をあたためあうという、まさにネットとリアルの掛け合わせだ。

リアルかバーチャルかということを考えつつ新聞を整理していて、朝日歌壇はどちらだろうと思う。インターネット応募はできず、ハガキで出して紙面で確かめるアナログな世界であるが、応募者同士のつながりはリアルではなく、紙面を共有する縁はバーチャルなものだ。けれど、新聞の活字のもたらす効果か、短歌の向こうに生身の人間や生活を感じる。

ホームレス歌人の公田耕一さんとアメリカの獄中から投稿する郷隼人さんが気になり、朝日歌壇観察を続けている。2009年08月03日(月) 応援団と朝日歌壇と子守話はエールつながり以来日記に綴っていなかったので、ひさしぶりの観察記を。

8月16日 公田さん、郷さんともに採用。
馬場あき子選
マクドナルドの無料コーヒー飲みながら方代さんの伝記読み継ぐ (ホームレス)公田耕一
精魂をこめて造園せし我の禅ガーデンは踏み躙らるる (アメリカ)郷隼人
高野公彦選
朝顔もラジオ体操も〈白熊〉もみーんな懐かしい祖国(くに)の夏休み
公田さんのマクドナルドの歌は高野さんにも選ばれていて、「方代さんの伝記」とは「田澤拓也著『無用の達人 山崎方代』か」と選者の推測がコメントされている。
この日は他に、
大寺も我も等しく青時雨回廊に添ふ水音聞くなり
(飯田市)福岡重人 
に心惹かれた。「毎回点字の応募」と選者・永田和宏さんのコメント。

8月30日 この日は郷さん採用、公田さんの歌は見当たらず。
辞書もあり、三食・洗濯(ランドリー)・医療にシャワー全て無料(フリー)のわれらの暮らし

9月7日
瓢箪の鉢植えを売る店先に軽風立てば瓢箪揺れる
公田さんの歌を見つけると、ほっとする。歌が届くことで、安否確認をしている。
点訳の朝日歌壇の今届きなぞりてさがす公田耕一(都留市)長田美智子
この人の歌に、そうそう、と共感。この後約一か月の朝日歌壇が行方不明。毎週月曜の朝日歌壇だけは目を通し、切り抜いて別にまとめてあるのだが、公田さん、郷さんともに掲載されていない場合は切り抜かないので、もしかしたらそういう週が続いたのかもしれない。

10月12日以降、郷さんの採用は続くが、公田さんが姿を見せなくなった。
ソルダッド山の禿げたる稜線に月の船出づ絵本の如き (アメリカ)郷隼人

10月19日  
日本より一日早し秋分の日も真珠湾攻撃慰霊日も
「ひとり寝の子守唄」など呟きて寝床(バンク)より観る月の光(かげ)かな

10月26日 
獄中死遂げたる人が二人共我と同居したことがあった 
夏時間おわり標準時となりぬただそれだけのこと秋は来にけり


11月2日
銀舎利のご飯を常に夢みるは我も山頭火のようなもの

11月9日には郷さんも姿を見せなかったが、興味深い歌があった。
菜菜ちゃんがママになったとアテネから写真が届く「美菜(ミイナ)エレニ靖子」(横浜市)宮本真基子
佐佐木幸綱選第10席のこの歌について、〈安楽死の詠み人 孫の名に「再生」〉の見出しでコラムがあり、オランダで10年、がんと闘った後、97年に安楽死を選択、52年の生涯を閉じたネーダーコールン靖子さんのことが紹介されている。歌にある「菜菜ちゃん」は靖子さんの娘、「美菜エレニ靖子」さんは孫となる。靖子さんは朝日歌壇の常連であり、「臨終を看取った知人が作歌ノートから筆写、ファクス投稿し、選者全員が採り、共選の星印が四つついた」という。その歌、
座すことの叶う日再び来ることを祈りて入りし三たびのオペ室
に覚えがあった。掲載時に見たのか、その後どこかで紹介されていたのが目に触れたのか、一度読むと記憶にくっくり刻まれる強い歌だ。そうか、この歌を詠んだ人の娘さんがお子さんにお母さんの名を……。ここにもバーチャルなはずなのにリアルな生の実感がある。「没後10年余、遺族との連絡を保った歌友の存在に心打たれた」とコラムにあるが、常連だった頃から知る人にとっては感慨もひとしおだろう。巻頭に家族の肖像写真が付されているという遺歌句集『オランダはみどり』も手に取ってみたくなった。

そして、公田耕一さんはどうしていらっしゃるのか。

2007年11月10日(土)  「神憑り」な女優・内田淳子さん
2004年11月10日(水)  トレランス二人芝居『嘘と真実』
2002年11月10日(日)  黒川芽以フォトブック


2009年11月09日(月)  ベルリンの壁崩壊20周年で東ドイツを想う

新聞で「ベルリンの壁崩壊20周年」を知る。壁の残骸の亀裂に一輪一輪花を差し込んだり、美しくペイントされた発泡スチロールの壁を倒したりという祝い方にドイツらしさを感じる。

そうか、あれから、もう20年か。

中学一年の夏休み、母に連れられ、妹とともに向かったはじめての海外旅行先は、旧東ドイツだった。若いうちに地球にはこんな国もあるんやでと教えたいということで社会主義の国を選んだ母のセンスはなかなかのもので、その後のわたしの人生は、この旅行におおいに影響を受けている。

ベルリンの壁の存在を意識していたのも、そのひとつだ。

20周年ということは、壁崩壊は1989年。1993年実施の第2回学生「大陸・夢の旅」作文コンクールで受賞した「再会旅行」(いまいまさこカフェのコンクールに応募したエッセー・論文ページいちばん下に掲載)には、その興奮が綴られている。旅行で知り合って以来文通を続けて来たアンネットとの再会を計画する内容で、大賞賞金を射止めたら双方の国を訪ねあう往復旅行にできたのだけど、賞金に見合った片道旅行となった。

旧東ドイツとアンネットのことは、日記にもときどき登場している。

2002年10月24日(木) JSAを読んで考える 北と南 東と西

2005年03月25日(金) 傑作ドイツ映画『グッバイ・レーニン!』

2009年08月07日(金)  聞きたくないレーガン大統領と東ドイツの絵はがき

アンネットの家へは何度か訪問し、毎回歓待を受けている。いつか彼女の一家を日本に招待して、往復再会旅行を実現させたいと思う。

2008年11月09日(日)  はじめてヤフオクで買い物
2007年11月09日(金)  島袋千栄展『メリーさんの好きなもの』
2006年11月09日(木)  マタニティオレンジ26 六本木ヒルズはベビー天国
2005年11月09日(水)  『ブレーン・ストーミング・ティーン』がテレビドラマに
2003年11月09日(日)  小選挙区制いかがなものか
2002年11月09日(土)  大阪弁


2009年11月08日(日)  ゆったりまったりご近所さんの会

ひさしぶりにご近所仲間でお昼を食べましょうとなり、このメンバーでよく行く播磨坂のイタリアン「タンタローバ」へ。このお店のワンプレーとランチは何度食べても裏切らない。それを知っている人たちで店はいつもにぎわっている。

天気がいいので腹ごなしに小石川植物園まで歩く。そこでまた知り合いの一家に会い、合流する。子どもたちが走り回る傍らで、大人たちは大人の話をする。どんぐりを拾ったり、落ち葉の絨毯を踏みならしたり、体いっぱい秋を味わう。

おいしいカレー屋の話が弾んだせいか(素揚げ野菜どかどかの小金井のプーさんにまた行きたい!と話す)、今度は小腹が空いて、植物園から5分ほど歩いた白山ベーグルで、お茶。高温でカリッと焼き直して出してくれるベーグルは、これまた裏切らないおいしさ。お茶を飲んでベーグルを食べても500円でおつりが来るのもすばらしい。

よく歩き、よくしゃべる。万歩計は11227歩。

2008年11月08日(土)  7か月ぶりにご近所さんの会
2005年11月08日(火)  『スキージャンプ・ペア〜Road to TRINO2006〜』
2003年11月08日(土)  竜二〜お父さんの遺した映画〜


2009年11月07日(土)  『本からはじまる物語』

読書の秋にふさわしい『本からはじまる物語』という名の本と目が合い、手に取った。

「18名の作家が「本」「本屋」をテーマに掌編小説で競演!」という惹句がついている。

「飛び出す、絵本」恩田陸
「十一月の約束」本多孝好
「招き猫異譚」今江祥智
「白ヒゲの紳士」二階堂黎人
「本屋の魔法使い」阿刀田高
「サラマンダー」いしいしんじ
「世界の片隅で」柴崎友香
「読書家ロップ」朱川湊人
「バックヤード」篠田節子
「閻魔堂の虹」山本一力
「気が向いたらおいでね」大道珠貴
「さよならのかわりに」市川拓司
「メッセージ」山崎洋子
「迷宮書房」有栖川有栖
「本棚にならぶ」梨木香歩
「23時のブックストア」石田衣良
「生きてきた証に」内海隆一郎
「The Book Day」三崎亜記

気に入っている作家さん、気になっている作家さんの作品が「当たり」だとほくほくする。巻頭を飾る恩田陸さんの「飛び出す、絵本」は、さすが。ひとつ前に読んだ長編『MOMENT』で出会った本多孝好さんの「十一月の約束」も好き。この人の書く人と人のべたべたしすぎないけれどしっとりした距離感が好き。ずいぶん前に『プラネタリウムのふたご』という分厚い本でファンタジーン世界に浸らせてくれたいしいしんじさんの「サラマンダー」は、やっぱりいしいしんじ色をしていて、大人の童話という雰囲気。一時期はまった篠田節子さんの「バックヤード」は、本屋の地下に集まる霊たちの正体の設定(ネタばれになるので読んでみてのお楽しみ)が秀逸。

面白いのは、本を「鳥」にたとえた作品が多いこと。ページを翼にたとえた作品もあった。一作目と最後の作品がそうだったので、とくに印象に残ったのかもしれないし、あえてそうした編集者も「本とは鳥のようなもの」だと感じたのだろう。本はページの翼でどこへでも連れていってくれる。

そういうわけで、わたしも本を鳥にたとえた子守話を考えてみた。まとめる時間がないので、後日。

2008年11月07日(金)  お風呂で牛乳屋さんごっこ
2006年11月07日(火)  シナトレ6『原作もの』の脚本レシピ


2009年11月06日(金)  クリスマス映画だった『曲がれ!スプーン』

本広克行監督最新作『曲がれ!スプーン』を試写で観る。函館イルミナシオン映画祭で監督と知り合ったときにひっさげてきていた『サマータイムマシーン・ブルース』(>>>日記)と同じく劇団ヨーロッパ企画の戯曲の映画化ということで、観る前から期待は膨らむ。

原題は『冬のユリゲラー』で、エスパーのお話。クリスマスイブに超能力者を探して放浪する超常現象番組スタッフ・米(よね)を演じるのが、長澤まさみさん。ほぼ紅一点と言ってよいキャスティングで、他は舞台系を中心にかなり渋い男性キャストに占められている。エスパーの皆さんそれぞれいい味を出していて、とくに透視の中川晴樹さんから目が離せなかった。テレパシーの辻修さんも雰囲気がある。舞台の人というのは、やっぱり独特で、まわりの空気まで演技しているように見える。寺島進、松重豊、ユースケ・サンタマリアといった名のある役者さんを脇役に持ってくるというぜいたくさも遊んでいて、役者さんたちも楽しんで参加している感じ。

「カフェ・ド・念力」という名のカフェに集まる、世を忍ぶエスパーたちの超能力の使い道のしょぼさが、小市民らしくて、なんともお茶目。そこに現れた米(この「よね」という狙ったような名前にも意味が!)は、彼らにとっては天敵! 果たして米はネタを持ち帰れるのか? エスパーたちはわが身を守れるのか? という一見シンプルな筋立てながら、終始ドキドキし続けてしまう。エスパーの話なのに、彼らの困っちゃったぶりに共感して、観てしまう。

そして、小さな事件を積み重ねた先に、ああ、これをやりたかったのか、という大きな奇跡を見せてくれる。映画作りではよく「ひとつだけ大きな嘘をつくために、あとの部分をいかに真実に見せるか」ということが話されるけれど、超能力とか超常現象ってあるかもしれないけどないかもしれないと思ってるところに、どかんと大嘘。「曲がれ!スプーン」を信じていた頃の気持ちを持ち続けていたいなと思わせてくれるラストに、予想した以上にじいんとなった。

奇跡が起こりそうな夜だからクリスマスイブにしたのかなと思っていたけど、観終わると、これは絶対クリスマスイブじゃなきゃと思える。

子どもの頃、サンタクロースを信じて、待っていた人には、ど真ん中。
UFOを見つけては大人の手を引っ張って大騒ぎしていた人も。
学研の「ムー」を毎月読んで、本気で驚いていた人も。
テレビのユリゲラー特集を観て、真似していた人も。
ESPカードで透視に挑戦したことがある人も。
マジックや大道芸を見るのが好きな人も。
舞台を観るのが好きな人も。
ムロツヨシファンも。

全部あてはまるわたしには、思いがけないクリスマスプレゼントのような作品。11月21日よりロードショー。サイトも、まあかわいい。

UFOの存在は、子どもの頃、かなり本気で信じていて、幼なじみのヨシカとしょっちゅう空を見上げては「確認」し、「今日は何台見た」と親に報告していた。小学校3年ぐらいの頃だったか、ある子ども雑誌で「UFO目撃情報の99%は誤報」という記事を見つけて、相当ショックを受けた覚えがある。

というわけで、今夜の子守話は、UFOのお話。

子守話97「まほうつかいたまちゃん そらとぶえんばんのまき

まほうつかいの たまちゃんの きんじょの こうえんに
うちゅうから そらとぶえんばんが とんできました。

「まほうを つかって こっそり しのびこんでみようじゃないか」と
たまちゃんに まほうを おしえている まじょが いいました。
「まじょの ほうきでは うちゅうまで とべないからね」

たまちゃんと まじょは とうめいになる まほうを つかって
そらとぶえんばんに しのびこみました。

ところが なかに はいったとたん
たまちゃんも まじょも まほうが とけて すがたを あらわしてしまいました。
どうやら そらとぶえんばんの なかは まほうが きかないようです。

たまちゃんと まじょに きづいた うちゅうじんたちは おおよろこび。
ちきゅうに やってきたのは ちきゅうじんを つかまえるためだったのです。
めずらしい ちきゅうじんを うちゅうサーカスの にんきものに するつもりなのです。

たまちゃんと まじょを のせて そらとぶえんばんは
うちゅうへ とびたちました。
たまちゃんと まじょは うちゅうじんに「たすけて」と うったえましたが
ちきゅうの ことばは つうじません。

「まほうが つかえないんじゃ おてあげだ」と まじょ。
まどの そとに みえる ちきゅうが どんどん ちいさくなります。
もう にどと おうちには かえれないのでしょうか。
たまちゃんは パパと ママの かおを おもいだして かなしくなりました。

うわああああああん!
そらとぶえんばんが われそうな おおごえで たまちゃんが なきだすと
なみだが ふんすいみたいに いきおいよく とびちりました。
すると うちゅうじんたちは にげまわるではありませんか。
なんと うちゅうには みずが ないので
うちゅうじんは みずが だいの にがてだったのです。
「いいぞ。そのちょうしだ。もっと おなき!」と
まじょが ばんざいして いいました。

たまちゃんは かなしいことを たくさん おもいだしました。
だいすきな クッキーを ママに たべられてしまったこと。
あめが ふって おさんぽに いけなかったこと。
かくれんぼで かくれたのに みつけてもらえなかったこと。
おたんじょうびを おいわいしてもらったのは うれしい おもいで でした。
でも こんどの おたんじょうびには ちきゅうに いないかもしれません。
そう おもうと なみだが あとから あとから でてきました。

うちゅうじんたちは たまちゃんの なみだが とんでこない
そらとぶえんばんの かたすみに あつまって そうだんを はじめました。

ちきゅうから とおざかっていく そらとぶえんばんを 
みあげていた ひとたちは びっくりしました。
とつぜん そらとぶえんばんが まわれみぎして ちきゅうに もどってきたのです。
うちゅうじんたちは こまった みずを まきちらす ちきゅうじんを
ちきゅうに かえすことに したのでした。

こうして たまちゃんと まじょは まほうを つかわずに
ぶじ ちきゅうに もどってくることが できました。 
「こどもが びいびい なくのも たまには やくにたつもんだね」
いじっぱりな まじょは すなおに おれいを いいませんが
おやつを にばいに ふやす とっておきの まほうを
たまちゃんに おしえてくれました。

2008年11月06日(木)  「遊園地のドレス」「音が降る傘」
2007年11月06日(火)  整骨院のウキちゃん1 伝説の女編
2003年11月06日(木)  よかったよ、ガキンチョ★ROCK


2009年11月05日(木)  レヴィ=ストロース氏を知っていますか

先日のこと。
「レヴィ=ストロースって読んだ?」とある人に聞かれて、咄嗟に何のことだかわからなかった。わたしの耳には「ベビーストロース」と聞こえ、煮込み料理か肉の部位か、がっつりした食べものを連想したが、読むというからには書名か著者名だろう。

「知らないの? 20世紀を代表する文化人類学車だよ。ついこないだ100歳で亡くなった……」と質問した相手は呆れ、
「その人、日本人?」とわたしが聞いたら、絶望的な目をされた。
だって、紛らしい人いるじゃない。ユースケ・サンタマリアとかリリー・フランキーとかケラリーノ・サンドロヴィチとか。
「あのねえ、レベルが違うよ」
その人は、かつて「ケラリーノ・サンドロヴィチって外人?」と聞いたことを棚に上げて、わたしの無知をなじる。悔しいので、レヴィ=ストロースについて解説してみせてよと言うと、文明社会より劣っているとされていた未開社会にも秩序と構造があるという構造主義を唱えた人だと説明された。
「なんとなく、大学の文化人類学の講義で聞いたことある気がする」と言うと、
「だから、さっきから言ってるでしょ。文化人類学車だってば!」
「その人に影響されて本とか書いてる人、けっこういるんじゃない?」
「そんなの、いくらだっているよ!」
「自分だって、コーヒー豆のキリマンジャロをミケランジェロって言ってたくせに」
「あれは言い間違いだよ!」
そうして、その人は、「知らないなら、知らないと、はっきり負けを認めなさい」とわたしの知ったかぶりを責め始めた。

負けずぎらいで意地っ張りなせいもあるけれど、知らないことを聞いたとき、わたしは少しでも、その知らないものと自分との接点を見つけようとしてしまう。それは、人にはみっともない悪あがきに見える。でも、それは、興味を示していることの表れでもある。その後にはちゃんと知ろうとするし、少しずつながら無知を克服しているのだから、いいじゃないのと反論した。

知ったかぶることもなく、自慢することもないかわりに、聞けば何でも知っているご近所仲間のT氏に、「レヴィ=ストロースって知ってますか」と聞くと、当然のように知っていて、「同じくユダヤ系のリーバイ・ストラウスとスペルが同じで、よく間違われるんですよね」と豆知識を授けてくれた。

調べてみると、ジーンズのほうはLevi Straussで、レヴィ氏はLévi-Strauss。レヴィが名でストロオースが姓だと思ったら、レヴィ=ストロースが姓で、ファーストネームはクロードということがわかった。名乗ったときに「pants or books?」と聞かれたというエピソードが面白い。

そんなことがあったので、今日の読売新聞文化面に掲載された「レヴィ=ストロース氏を悼む」の見出しが目に飛び込んだ。人類学者の中沢新一氏が「彼の精神こそ私の神」と題する追悼文を寄せている。レヴィ=ストロース氏を大鷲にたとえ、「その鋭い目は、地上を動くどんな小さな生き物の動きも見逃すことがなく、現代人が無価値なものと打ち捨てて顧みない、ささやかな事象の中に、人間精神の秘密を解き明かす可憐な花を探し当て、その美しさと賢さを賞賛した」彼の精神に神を見ている。「私が思考しているのではない、私をつうじて、人類の心が本性にしたがって思考しているのだ」と語っていた謙虚さをたたえ、「この謙虚を剣として、現代文明という巨大な風車へ立ち向かっていった、偉大なるドン・キホーテなのであった」と評する。「二十世紀文化をかたちづくる星々の中でも、とりわけまばゆい光を放っていた孤独な魂」という例えも美しい。

格調高く力強く尊敬の念に満ちた追悼文の書き出しに、画家だった父が描いたという「少女の格好をして大きな本を読むふりをしている」幼年期の肖像画の話が出てくる。百歳を超えて長生きしたという父親は、息子にも長生きを願って女の子の格好をした絵を描いたらしい。この絵のエピソードに、とてもあたたかなものを感じた。

2007年11月05日(月)  捨て台詞
2005年11月05日(土)  開東閣にて「踊る披露宴」
2004年11月05日(金)  『催眠リスニング』1か月


2009年11月04日(水)  『風が強く吹いている』をもう一度スクリーンで

マスコミ試写で観た(>>>日記)『風が強く吹いている』を劇場公開中のスクリーンでもう一度観る。わたしのサイトに熱烈な感想が書き込まれているのを見て、また観たくなってしまった。試写室のスクリーンは小さいし、映画関係者の多い試写と一般公開では反応が微妙に違うので、同じ作品でも異なる味わいがある。

大きなスクリーンで観ると、美しい場面はより美しく、たくさんの観客の中で観ると、笑える場面はより笑える。登場人物一人一人が物語の時間をしっかり生きていて、いとおしくて、あらためて愛せる映画だなあと思った。でも、二度観てしまうと、もう少しずしりと来るものが欲しくなってしまったのは、欲張り過ぎだろうか。展開を読めてしまっているがゆえに新たな衝撃を求めてしまうのかもしれない。

大学陸上部で長距離をやっていて、へなちょこながら駅伝も走っていたダンナにも、しつこく勧誘して観てもらったのだが、設定を聞いただけで「ありえない」と鼻白んでいた態度は覆せなかった。「でも、箱根のレースの臨場感はすごかったでしょ」と食い下がると、「物心ついたときから箱根を観てるから、既視感があるんだよな」。映画の受け止め方というのは、ほんとに人それぞれ。長距離をやっていたか、箱根を何回テレビで観たか、そんなことが共感の温度差をつくる。

わたしがこの作品に共鳴したのは、授業にも出ないで無謀な夢に向かって走り込む彼らのひたむきさに、応援団で若さを燃焼させていた自分を重ね、「走る」ことの意味を「書く」ことの意味に置き換えて観たからで、陸上から少しズレていたのが幸いしたのだろうか。鐘をついて音を響かせるには引いてみる幅が必要で、実体験にくっつきすぎていると、既視感との答え合わせに忙しくなってしまうのかもしれない。

実際に箱根を走った人たちはどう観たのか、感想を聞いてみたい。関西育ちで箱根駅伝になじみがなかったわたしは、この映画に出会って、来年早々のお茶の間鑑賞がうんと楽しみになった。そして、テレビで箱根を観たら、また映画を観たくなる気がする。そのときまで、スクリーンで走り続けてくれますように。

2008年11月04日(火)  気功教室初級編修了
2005年11月04日(金)  名久井直子さんの本
2002年11月04日(月)  ヤニーズ4回目『コシバイ3つ』


2009年11月03日(火)  「クリスマスの贈りもの」の反響と子守話


先日の「初めてのお弁当」が好評だったのに気を良くして、二度目のお弁当をこしらえ、一家で近所の植物園へ。炊飯器でごはんを炊くのと同時にふかしたさつまいも、じゃがいもとブロッコリーをアンチョビオイルで和えたサラダが加わり、あいかわらず手抜きながらも前回(写真左)より彩り華やかに。今日は風が強く、冷えこみもきつく、ピクニック日和とはほど遠い空模様。震えながら食事して、さっさと退散した。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの期間限定サイト「Limited Christmas(リミテッド・クリスマス」(2010/1/17追記:2010/1/6サイト終了にともない、縦書き文庫に引っ越して再公開)用に書き下ろした初めての短編小説4編「クリスマスの贈りもの」(>>>10月31日の日記)が公開されて、5日目。ちらほら感想が舞い込み始めたが、おおむね好評で、胸を撫で下ろしている。脚本と違って小説は、役者の演技や監督の演出が加わらず、書いたそのままが世間にさらされるところが面白くもあり、怖くもあり。

単行本の予定は今のところないけれど、一作目の「サンタさんにお願い」を掲載した小冊子を作成し、プレスや地元幼稚園向けに配るとのこと。その見本誌が届いた。表紙は大野舞さん。一時期同じ会社の、背中合わせの席にいた。今はフリーのイラストレーターとして活躍されていて、冊子上で再会。

「クリスマスの贈りもの」にちなんで、96話目の子守話は、クリスマスのお話。だいぶペースが落ちてしまったけれど、年初に掲げた「今年中に100話突破」の目標は達成できそう。

子守話96「まほうつかいたまちゃん クリスマスのまき」

クリスマスが ちかづいた あるひのことです。
まほうつかいのたまごのたまちゃんに
まほうを おしえている まじょが いいました。
「どれだけ まほうが じょうずになったか ちからだめしを しよう。
 サンタクロースの プレゼントを まほうを つかって
 よこどりしておいで」

「よこどりして どうするの?」と たまちゃんが きくと
「きまってるだろ。あたしが こどもたちに くばるんだよ。
 そうすれば こどもたちは まじょが だいすきになる」と
まじょは いいました。
かおも こえも こわい まじょですが
じつは とても さびしがりやなのです。

「だったら まほうで プレゼントを つくればいいのに」と
たまちゃんが いうと
「こまごました プレゼントを いちいち こしらえて
 トナカイや そりを よういしてたら
 クリスマスに まにあわないだろ」
まじょは さびしがりやなうえに めんどくさがりやなのでした。

「ぶじ サンタさんの プレゼントを よこどりできたら
 とっておきの まほうを おしえてあげよう。
 それが あたしからの クリスマスプレゼントだよ」
まじょが そういったので たまちゃんは ちからだめしを
してみることに しました。

さあ はたして うまくいくでしょうか。

さいしょに たまちゃんが つかったのは そらとぶ まほうでした。
トナカイが ひっぱっている サンタさんの そりに
そうっと おりるはずが どすんと しりもち。
「おや?」と サンタさんが ふりかえりましたが
やまづみの プレゼントが じゃまになって 
たまちゃんの すがたは みえませんでした。

つぎに たまちゃんが つかったのは 
サンタさんを ねむらせる まほうでした。
「ねむくなあれ ねむくなあれ」
ところが サンタさんの からだは おおきすぎて
なかなか まほうが ききません。

かわりに トナカイが こっくりこっくり いねむりをはじめて
そりが そらを すべりだいみたいに すべりおちていきます。
「どう! どう!」と サンタさんが ちゅういすると
トナカイは ねむけを さましましたが
「キャー!」と さけんだ たまちゃんは
サンタさんに みつかってしまいました。

どうしよう。どうしよう。
まほうつかいの たまごの たまちゃんが つかえる まほうは 
いちにちに たった みっつです。
あと ひとつしか のこっていません。

たまちゃんが いい まほうを おもいつくまえに
サンタさんが やさしく こえを かけてきました。
「おやおや たまちゃん。どうしたんだい?」
せかいじゅうの こどもたちの なまえを しっている サンタさんは 
もちろん たまちゃんの ことも しっていました。
「プレゼントが まちきれなかったのかな。ほうら これだよ」
そういって サンタさんが さしだした ふうとうを あけてみると
おえかきノートと いろえんぴつが はいっていました。
サンタさんは たまちゃんが ほしいものも ちゃんと しっていました。

「せっかくだから いっしょに プレゼントを くばるかい?」
たまちゃんは サンタさんと いっしょに こどもたちの いえを
まわることに なりました。
まくらもとの くつしたに プレゼントを いれるとき
たまちゃんは こっそり おまけを いれました。
サンタさんに もらった いろえんぴつで かいた まじょの にがおえです。
その いちまいを みっつめの まほうで たくさんに ふやしたのでした。

あくるあさ くつしたを のぞいて 
サンタさんからの プレゼントと いっしょに
まじょの にがおえを みつけた こどもたちは
「なにこれ? へんてこな かお」と くすくす わらいました。
そして ちょっぴり まじょのことが すきになりました。

だけど まじょは なんだか ごきげんななめです。
「まだまだだね。
 とっておきの まほうは おしえてやらないよ」
たまちゃんの まほうが へたくそだから?
いいえ。
どうやら たまちゃんが かいた にがおえが きにいらないようです。

魔女が怖いのか、自分がおっちょこちょいな役回りなのが好かないのか、娘のたまはこれまで「まほうつかいたまちゃんシリーズ」に食いつきが悪かったのだが、今回は珍しく聞き入ってくれた。驚いたのは、「まじょ」と聞いて、「ちゅばさが よんでいた まじょの おはなし?」と反応したこと。5月に放送された「つばさ」の8週、9週を覚えていたのか?とびっくりしたけど、先日届いたDVD BOX第2弾の特典映像で『まじょのなみだ』をつばさが朗読(ラジオぽてとの番組「おはなしのへや」で玉木家バージョンを取り上げたという設定)しているのを観ていた。それを思い出したのだろう。「まじょ ないちゃうんだよね」と内容もよく覚えていた。

2008年11月03日(月)  秋刀魚と電車目当てに銚子へ 2日目
2006年11月03日(金)  マタニティオレンジ25 国産車か外車か
2005年11月03日(木)  柴田さん、旅立つ。


2009年11月02日(月)  年に一度の一日保育士さん

今日は保育園の年に一度の保育参加の日。「参観」ではなく「参加」なのは、実際に保育士さんたちに混じって保育に参加するから。去年は近所のお散歩につきあった(>>>日記)が、今年は曇り空のため、園で過ごすことに。

いつも通り登園し、いつもは別れを惜しむところを今日は留まるので、娘のたまは大喜び。週末をべったり一緒に過ごした後の月曜日はとくに甘えたがる。

まずは、物置を改造した秘密の遊び部屋へ。二畳ほどの小部屋に小さなすべり台とマットが置かれている。すべり台はジャンプ台と化し、子どもたちは登っては飛び降りる。すべり台の下の柵の中は格好のかくれんぼ場。

続いて、部屋の押し入れからロディちゃん(わたし好みのカラフルな動物の乗り物。耳につかまってまたがり、ジャンプする)やコンビカーを取り出し、廊下を滑走。「かして」「どうぞ」と譲りあったり、ときには取り合ったり。

たまが「だっこ」とせがむと、他の子たちも「だっこ」と集まってくる。かわるがわるだっこしたり、手をつないで「くるくるまわれ」ごっこをしたり。以前は他の子が寄ってくると「ママをとらないで!」オーラを発していたたまは、わたしが他の子をだっこしても待てるようになっていた。成長、成長。

たまと一緒にエビカニクス(父がピースボートに乗ったときに毎朝踊っているグループがあり、CDを買ってきていたエビとカニをテーマにした体遊びダンス)を踊っていると、担任の保育士さんが「みんなでダンスしよっか」とCDコンポを持って来た。「だんだんだんごむし、だんだんだんごむし」の歌がかかると、子どもたちがハーメルンの笛吹き状態で催眠術にかかったようにくねくねと踊り出す。

ダンスの後は、一人一人名前を呼ばれて、廊下をギャロップ。

わたしが寝転がったたまの足首をつかんで廊下を引っ張ると、他の子たちも集まって来て、かわるがわる背中で廊下を拭き掃除。

教室の中に入ると、こちらはおままごと大会。男の子もエプロンをつけてお母さんになりきっている。

「じゃあお外で遊びましょう」と保育士さんの呼びかけで、子どもたちは帽子をかぶり、ベランダで靴を履いて、すべり台で庭へ下りる。ずいぶん遊んだなあと時計を見たら、まだ一時間しか経っていない。年に一度、半日限りのわたしはイベント気分だけど、保育士さんは、これを一日中、しかも一年中やるんだなあと恐れ入った。

庭では三輪車で走り回ったり、落ち葉の焼き芋屋さんごっこをしたり。たまは得意の缶ぽっくりを黙々と。飽きると砂場遊びを始めるが、これも一人の世界に入り込むスタイル。昨日根津で食べたたいやきが気に入ったと見えて、たいやき型でせっせと砂たいやきを作る。お友だちが「たいやきくださいな」と買いに来ると、渋々売ってあげていた。

庭での濃密なひとときは、時間にすれば30分。ようやくお昼ごはんとなる。

子どもたちは3つのテーブルに分かれ、テーブルに各自のマークのシールが貼られているところを見ると、決まった席で毎日食べている様子。食事前に「たべられないもの ×(バツ) × たべるもの ○(マル) ○ ピコピコピコピコテレパシー」という歌を歌いながら保育士さんがクイズを出す。指輪は「×」。ピーマンは「○」。おばけは「×」……。一問ごとに「あたった、はずれた」と一喜一憂する子どもたち。「おれ、○っていったよ」と正解を自慢する男の子、「こたえ いうの わすれちゃったー」と残念がる女の子。ちょっとした食育ゲーム。

食事は大人の介助なしに子どもたちで。3歳児同士、食事の会話というものが成り立っているのが面白い。わかめを鼻の下に貼り付けて「ひげ」をやる子を真似して、次々と「ひげ〜」。それを見て、「なにやってるのー」とまわりのテーブルの子たちが笑う。

たまは食事が終わるとわたしが帰ってしまうのを察して、「ねえ ママ おしごといっちゃうの?」と心配そう。それを聞きつけた同じテーブルの男の子が、「ねえねえ たまちゃんママ〜。ないしょのはなし」と言うので耳を近づけると、「おひるごはんおわったら、おしごといっちゃうの?」と聞いてきた。「うん、そうだよ。たまちゃんにはナイショね」と言ったのに、「たまちゃんママ、おしごといっちゃうってさ」と言って、たまの反応を試す。3歳児といえども油断ならない。

食べるペースが落ちてきたので、たまのスプーンを手に取り、「だ〜れのおくちにいこうかな?」と食べさせると、「わたしも」「ぼくも」とうれしそうに大きな口を開ける。みんなかわいい、面白い。いつもは送り迎えのときに顔を見るだけのクラスメートの子どもたちに、いっそう親しみを感じる。

わたしが去るとき、たまは大声でわんわん泣いた。

いったん帰って、午後は担任の保育士さんと面談。「言葉で気持ちを表現できるようになり母子ともにストレスが減った」こと、お弁当を喜んでくれたこと、執念深さゆえに記憶力が良いこと、食べることと読むことが好きなら人生楽しく生きていけると考えていることなどを話す。園での様子をうかがおうと思っていたのに、気づいたらわたしばかりしゃべってしまった。普段子どものことを話す相手がダンナぐらいなので、聞いてもらえて調子に乗ってしまった。

「たまちゃんは、遊びが独創的。だから、まわりの子たちが放っとかないのよ」と保育士さん。わが道を行くユニークな子であるらしい。

2008年11月02日(日)  秋刀魚と電車目当てに銚子へ 1日目
2006年11月02日(木)  ハートの鍛え方
2005年11月02日(水)  ウーマンリブVol.9『七人の恋人』
2003年11月02日(日)  ロンドン映画祭にも風じゅーの風!
2002年11月02日(土)  幼なじみ同窓会


2009年11月01日(日)  「おべんとう もっていこうよ」で初めてのお弁当

娘のたまはわたしに似たのか、思い立ったことはやり遂げないと気が済まない。一昨日の夜「ぎゅにゅう かう」と言い出したので、「明日ね」と適当に逃げたら、昨日の朝から「ぎゅうにゅう」と言い続け、忘れたかと思いきや夜になってまた言い出し、約24時間遅れで宿願を果たすことになった。

今朝は起きたときから「どうぶつえんで モロレールのる」(モノレールと言えない)と言っていたが、これも昨日の夜に約束したこと。「どうぶつえん いこうよ。おべんとう もってさ」と言うので、お弁当をこしらえることになった。

どうやら最近保育園でお弁当ごっこがはやっているらしい。こどものともの絵本「おべんとう」もお気に入りだ。冷蔵庫にあるものをかき集めて、ひじきふりかけおにぎり、ほうれん草の玉子焼き、ウィンナー、ブロッコリーを用意した。「子どもの言葉は魔法だねえ」とダンナが驚く。

まったく大したことのない中身なのに、上野動物園でお弁当を広げると、たまは大はしゃぎ。焼き足りなかったのか、うまく足が開かなかった「直立不動たこウィンナー」に「わあい、たこだ!」と大喜びしてくれるのは泣かせるが、「ママー、すごいねー。はじめての おべんとうだねー」とまわりのテーブルに響きわたる大声で言われたのには、まいった。お弁当ぐらい作ったこと……と記憶をたどると、なかった。

動物園で決まって見るのは、キリンとゾウとホッキョクグマ。ホッキョクグマが水に飛び込む瞬間を見たくて、しばらく張りついていたけれど、一向にその気配なし。「なんだか遠く見てるねえ」「せつない目してる」「故郷を思い出しているのかなあ」などとまわりから囁く声がする。佇まいだけで憂いを漂わせるのは大したものだ。とても飛び込む気力は残ってなさそうだなと柵の前を離れた途端、ドボンという派手な水音とともに一斉に歓声が上がり、やられた!

再来園用のチケットをもらって一旦外に出て、ミニ遊園地へ。乗り物はどれもお子様サイズで、料金は大人も子どもも一回100円。動物園のモノレールが大人160円、子ども80円だから、遊園地のほうが乗り甲斐がある。でも結局、動物園に戻ってモノレールに乗り、昨日から一日越しの念願を果たした。

2008年11月01日(土)  「恋愛地理学」の朴教授
2005年11月01日(火)  シナトレ4 言葉遊びで頭の体操
2002年11月01日(金)  異種格闘技
2000年11月01日(水)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)

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