2008年11月12日(水)  いろんな思いがぐるぐると『ぐるりのこと。』

「まだ観てないの?」と何人に言われたかわからない『ぐるりのこと。』をようやく下高井戸シネマでつかまえる。『ハッシュ』の橋口亮輔監督の6年ぶりの新作というだけで観に行く理由十分だったのに渋谷でのロングランも見逃し、今日になった。

ザ・マジックアワーを遅れに遅れて観たら、劇中に登場した日めくりカレンダーがその日へのカウントダウンだったように、今日の『ぐるり』も今日観る作品だったなあと思えた。表面張力ぎりぎりで持ちこたえている感情のコップの水の張りつめた感じやあふれる瞬間を実にリアルに描いていて、「ああ、そうだよね。これ言われたら危ないよね」などと自分の体験に重ねてしまったのだけど、ちょうど今朝、ひさしぶりにダンナ相手にコップの水をこぼしてきたところだった。粗大ゴミを出すが保育園に娘を送るかの二者択一でダンナは保育園を選んだのだが、めったに送ることがないので、そのたびに園に着いてからの手順を説明しなくてはならない。いい加減覚えてよと思いつつ、昨日のうちに着替えなどは翌日分を用意しておいたので、「ほとんどセットしてあるから。あとは、この連絡帳を壁のポケットに入れて、着替えを持ち帰った袋2つを部屋の中と廊下に一つずつかけるだけ」と言ったら、「なんだ、全然セットできてないじゃん」。その最後の一滴で表面張力は破られ、「だいたいねー、送るのはわたしの仕事って決まってるわけじゃないんだから。そっちにももっと行って欲しいんだから」とウラミツラミが飛び出した。娘と保育園まで歩くのは楽しいし、苦痛だと思ってはいないつもりだったのだけど、忙しさに心を亡くしてしまうと、水面下に不満をためこんでしまう。コップの水があふれる瞬間まで、違和感の滴を一滴ずつ集めてコップのすれすれまで満たそうとしていることに本人も気づかなかったりする。

肉じゃがを冷蔵庫から出そうとしたのか冷蔵庫に入れようとしたのか、はずみで皿からじゃがいもがひとつ床にこぼれた瞬間、「もうイヤ!」と皿ごとひっくり返してしまったのは、まだ20代の頃だったか。子どもを産んだ後に、なにげない一言で涙のダムを決壊させたことも何度もあった。そんな自身の「あのときいっぱいいっぱいだったんだなあ」という出来事が次々と思い出された。それでもわたしはささやかな水たまりをこしらえては自然乾燥でやり過ごしている。あふれた水に溺れずに済んでいるのは、こんな自分を受け止めてくれる人たちがいるからなんだろうな、と生きることの厄介さと救いについて考えさせられた。

2007年11月12日(月)  寝耳に水
2006年11月12日(日)  マタニティオレンジ27 川の字 朝の字
2004年11月12日(金)  何かと泣ける映画『いま、会いにゆきます』
2002年11月12日(火)  棗
2000年11月12日(日)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)

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