2008年11月11日(火)  四半世紀前の「今」の『昔も今も笑いのタネ本』

図書館の「今日返された本のコーナー」で目が合った『昔も今も笑いのタネ本』を読む。著者の宇野信夫氏は、歌舞伎狂言作者でラジオドラマも手がけられていたようだから、脚本家の大先輩ともいえる。

「間抜けな泥棒」と「ヤブ医者」がよく出てくる。患者から文句を言われたことがないのは、診た患者がすぐ死んでしまうから、といったオチ。今だったら政治家や官僚がたたかれるところだ。江戸から大正の頃まで、風呂屋の洗い場で、まだ湯船につかっていない人が通るときは「冷えものでござい」と声をかける習慣があったなど、庶民の風俗もずいぶん違う。時代をさかのぼった自分の国に、カルチャーショックを受ける。

それなりにくすっと笑えるものもあるのだけど、笑うまでに考えてしまうものが多い。昔の小咄をまとめたとはいえ刊行は1982年6月だから、まだ四半世紀しか経っていないのだけど、なじみのない言葉が次々出て来る。時代小説や歴史小説を読み慣れていれば、もう少し理解できるのだろうけれど。古典というほど古びていないのに、辞書を引きながらの読書となった。

なげいれ  生け花で壺や筒状の花器に自然の枝ぶりを活かすようなかたちに生けること。
主取(り) しゅうとり。武士などが新たに主人に仕えること。
へっつい  かまど。竈(へ)つ火が変化したもの。
大黒    僧の妻。
反魂香   はんこうこう。たくと死者の霊が煙の中に現れるという香
上布    じょうふ。カラムシからとった糸で織った、上等の麻布。

「莨」という字が何度か登場して、これは何と読むのかと思ったら「たばこ」だった。昔は煙草ではなくこう書いたのか。そういえば、「せりふ」もこの頃は「台詞」が一般的だけど、子どもの頃は「科白」をよく見かけた気がする。ほんの数十年で日本語がずいぶん変わってしまっている。

わからなかったのが、「がれん」。「鯉魚屋(りぎょや)」と客に呼ばれ、「鯉を鯉魚をいう。これしきのことを知らぬとは」となじられた鯉売りが、鯉の値段を聞かれて「がれんにしておきやしょう」と答え、「これしきのことを知らぬとは」とやりこめ返すので、「がれん」は何かの音読みなのだろうと思うのだけど、はて。

声を上げて笑ったのは、「おない年」という小咄。
「右足が痛んでなりません」
「年のせいだよ」
「でも先生、左足も同い年だが、ちっとも痛みません」

2007年11月11日(日)  マタニティオレンジ202 子育て戦力外の鈍感力
2006年11月11日(土)  ウーマンリブvol.10『ウーマンリブ先生』
2003年11月11日(火)  空耳タイトル
2002年11月11日(月)  月刊デ・ビュー

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