2002年11月20日(水)  カタカナ語

■読売新聞夕刊に連載『新 日本語の現場』が面白い。連載がはじまって三か月以上になるが、「とか弁」「ほう弁」(「食事のコーヒーとかはよろしかったですか」「お釣りのほうは百円のほうになります」といった怪しい日本語)を取り上げたり、「チョー(超)のルーツ」「謝る表現のバリエーション」など、少しずつ切り口を変えて日本語の今に迫っている。ここ数週間はカタカナ語について。今日掲載された第103回によると、官公庁の中でカタカナ語率がいちばん高いのは外務省だとか。「テタテ(フランス語で「頭と頭」。転じて「一対一で会うこと」)でやらないと」「リトリート(英語で「隠れ家」「奥まった場所)ではこういう協議になりました」なんて本当に言っていたら、部外者には何のことやらである。「そのカタカナ語を知っているかどうかで、情報の差を作り、暗黙に上下の差を作る。外務官僚のカタカナ語にはそういう選民思想。エリート意識があるような気がする」と専門家のコメントが紹介されていて、苦笑した。広告業界でも同じことが起こっている。わたしの勤務先は外資系なので、とくにその傾向が強い。「おすすめ案」を「レコメン(=レコメンデーション)」、「代案」を「オルタナティブ」と呼び、「しなくてはならない」を「マスト」といい、「プライオリティ」「インサイト」「コラボレーション」といった横文字が飛び交う。「クライアントからプレゼンテーションのフィードバックが来たら、インターナル・ミーティングしましょう」、半分以上カタカナだ。あんまりよく使うので、誤用も目立つ。いちばん多いのは、「フィーチャー」(feature:象徴)と「フューチャー」(future:未来・将来)の混同。「今回のキャンペーンは古き良き日本をフューチャーしました」などとカッコつけて言うのは、思いっきりカッコ悪い。

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