2009年08月31日(月)  愛のないヤツとは仕事せえへん

撮影監督出身の津田豊滋監督に会ったのは、2004年、『丹下左膳 百万両の壺』で監督デビューされる少し前のことだった。前田哲監督の『パローレ』の試写を観終えて、前田さんとお茶をしに入った渋谷のセガフレードで、木下ほうかさんとお茶しているところに加わらせてもらった。大阪弁でよくしゃべる気さくな人柄に好印象を持った。去年、共通の知人の披露宴で再会したとき、ちゃんと覚えていてくれたのは、別な共通の知人がいたからで、その人からお互いのことは何となく耳に入れていた。

その津田監督と、出会ったセガフレードでまたお会いした。津田さんと十年来組んでいる映像技術車の鈴木康公さんを紹介され、三人で二時間ほどお茶したのだけど、これがとても楽しかった。母国語の大阪弁で話すと、言いたいことがちゃんと言葉になって伝わる感覚がある。津田監督とじっくり話してみると、生理的に好きなことと嫌いなことが近いこともわかった。作品の中で人を殺したくないとか血を見せたくないとか、ファンタジーや夢のある話が好きだとか。CMもたくさん手がけられているので、「CM一本の予算で映画作れちゃうんですよねえ」という話で盛り上がった。

『ぼくとママの黄色い自転車』主演の武井証君を『いま会いに行きます』より早く『丹下左膳』で起用した話、今まででいちばん楽しかったのは「世界の車窓から」の撮影、ロスで仕事していた頃もあってマイケル・ジャクソンの『BAD』も撮影したので、ちょっと前は追いかけられて大変だった話……「へー」「ほんまですかー」と身を乗り出しつつ、「そういえば」とわたしもボールを投げる。大阪弁の会話にありがちな、話題があっちゃこっちゃ行っては戻ってくるのが楽しい。鈴木さんも大阪弁だったからすっかり関西人かと思ったら、「つられているだけです」。

「俺は愛のないヤツとは仕事せえへん」という言葉が気に入った。

2008年08月31日(日)  マタニティオレンジ327 くるくる ぐるぐる 何度でも
2007年08月31日(金)  『怪談』より怖い話
2005年08月31日(水)  佳夏の誕生日
2004年08月31日(火)  東京ディズニーランド『ブレイジング・リズム』


2009年08月30日(日)  朝ドラ「つばさ」第23週は「旅立ちのうた」

25日の火曜日に開設された公式掲示板(公式サイトトップページからどうぞ。書き込みもぜひ!)でも賛否両論の「つばさ」。否定的意見もしっかり載せる潔さにもチャレンジを感じるが、わたしのまわりでも「ついていけない」派が少なからずいて、そんな人たちには、「観続けていたら、きっと面白くなるから!」と言い続けてきた。その甲斐あって、踏みとどまってくれた人や舞い戻って人たちが、今では「あと一か月で終わっちゃうの?」と淋しがってくれていたりする。

わが家にも脱落者が一人いて、放送開始時2才8か月だった娘のたまは、「ちゅばさ、きらい」「シーザーきらい」「いないいないばあ、みるー」とテレビの音量をかき消していた。それをあの手この手でなだめすかすこと数か月。7月に会った同い年のアオチンが主題歌を歌い「ゆうかちゃん、かわいい」などと言うのを見て、一気に歩み寄りを見せ、「きょうは ゆうかちゃん でないねー」「ラジオぽてと」などと口走るようになった。第22週で登場した「川越〜チャレンジ〜イエイ!」のジングルを気に入って口ずさんだかと思うと、「たけちゃん、ちゅばさのおとうさん」とまで言い出し、急成長。

3歳児にも毎日の視聴習慣が継続は力なりになることがわかったけれど、「つばさ」は第1週から巻いてきた伏線をどんどん刈り取っていくので、ずっと観ている人にとっては、「あれはこういう意味だったか!」と発見する楽しみがある。今後はさらに回収率が上がるので、乞うご期待。

ところで、昨日、浅草サンバカーニバルの打ち上げを抜け出したご近所仲間のミキ嬢からゴキゲンな電話があった。会社のサンバチームの応援に行っていたらしいが、「うちのチームの指導してるブラジル人ダンサーが、前に朝ドラで西城秀樹さんと共演したことがあるんだって。朝ドラつながりで今井さんに電話しちゃった」と言うので、「それって、つばさの第19週に出てたビバマリア役のアンドレアさんじゃない?」と言うと、「ええっ、前って言ってたけど、今の朝ドラ?」と電話の向こうで動揺するミキ嬢。「ごめん。その週観てない」と言い訳するので、「っていうか、西城さんが出てるといえば、つばさでしょう」と突っ込むと、「ぎゃーどうしよう。ほとんど観てないのバレちゃった」。うろたえる酔っぱらいミキ嬢に「つばさを観てたら、もっとテンション上がったのに、もったいない!」と言うと、「サンバだけでもすっごく感動したのに、もっと感動できたのかあー!」と酔いにまかせて悔しがっていた。

さて、西城さん演じる斎藤は、第22週でラジオぽてとが念願の広場になったのを見届け、明日からの第23週「旅立ちのうた」で川越を出て行くことに。回を追うごとにどんどんカッコ良くなるヒロリン。打ち上げで間近で拝見したご本人も、タダ者でない渋さで、スターの貫禄。ヒロリンファンの皆様にはたまらない週となるはず。しかし、旅立つのは、ヒロリンだけではなく……。

この週のあらすじを聞いて思い出したのは、はるか20年以上前、中学生だったか高校生だったかのときに観た『ファミリー』という洋画。母親の死期が迫った兄弟姉妹が次々と里親に引き取られていく話で、一人去るたびにハンカチ一枚分ほど号泣し、涙を拭く布がなくて困った記憶がある(調べてみると、1983年アメリカABCで放映。日本ヘラルドで配給)。ハンカチ四枚もしくはそれ以上をご用意して、どうぞ。演出は初登場の松川博敬さん。

続く第24週「あなたを守りたい」は再び今井雅子のクレジットが毎日出る増量週間。冨士眞奈美さん演じる城之内房子のラジオぽてとへの揺さぶりが激しさを増し、最終週へ向けて、ますます目が離せない展開に。どうぞ最後まで見届けてくださいませ。

2008年08月30日(土)  インド三昧、のち、『ペガモ星人の襲来』
2007年08月30日(木)  マタニティオレンジ169 布おむつはエコかエゴか


2009年08月28日(金)  『映画とたべもの』と「レシピに著作権がない」問題

ご近所仲間で映画通のT氏に贈呈された『映画とたべもの』を読み始めた。映画評論家の渡辺祥子さんが『マチルダ』のパンケーキや『初恋のきた道』の水餃子やアメリの『クレーム・ブリュレ』など劇中に登場する食べものをキーワードに綴ったエッセイ。登場する食べものの数もさることながら、主演男優の好きな飲み物が紹介されていたり、同じ食べものが登場した他の映画の名前を挙げたり、内容ももりだくさんでおなかいっぱい楽しめる。

読んであらためて気づいたのは、わたしも映画を食べもので覚えていること。食いしんぼだから「おいしそう」と思いながら観てしまうのだろう。ストーリーは忘れてしまって食べものだけ覚えている作品もある。食べる場面を書くのも好きで、とくに映画ではよく食べる。映画における食事回数の平均値(そんな統計はあるのか?)は上回っていると思う。公開中の『ぼくとママの黄色い自転車』では主人公の少年が旅先で出会う人ごとに食事を共にしている。

知り合いの監督やプロデューサーには「食べものの映画、やりたいです」とアピールしている。脚本家じゃなくても試食家でもいいです、と。映画関係車の間でも話題の『南極料理人』(公開中)と『食堂かたつむり』(製作中?)は、すごく観たいし、関わっている人がすごく羨ましい。

何を食べるか、誰と食べるか、どんな風に食べるか。食事は食べる人の生活や人生を豊かに物語る。それを作る場合はなおさら。どんな材料をどれぐらいずつ、どんなスパイスや隠し味を使うのか、そこに料理人の好みや食べる人への思いは色濃く反映される。先日、東京カリ〜番長の調理担当で著書も多数ある水野仁輔君と話しているときに、「レシピには著作権がないんですよ」という話になった。オリジナルのレシピでも材料の「小さじ1」を「2」に替えられたら、真似されたとは言えなくなるとか。「だから、レシピにキャラクターをつけていかなきゃいけないんです」と水野君。簡単に真似されるレシピにオリジナリティをつけるのは、料理人の親しみやすさやユニークさなのだという。水野君の書くレシピには物語が宿っていて、それを読むと食べたくなり、作りたくなる。でも、レシピって本来、作り手のあたたかみを添えて伝えられるべきもの。分量だけを記した指示書みたいな顔つきをしていても、著作権は守られるべきなのではないかしら。

2008年08月28日(木)  3年ぶりの健康診断
2007年08月28日(火)  マタニティオレンジ167 ベビーシッター代ぐらいは稼がないと
2005年08月28日(日)  高円寺阿波踊り2日目
2004年08月28日(土)  『心は孤独なアトム』と谷川俊太郎


2009年08月27日(木)  応援団をやっていて良かったこと

今月初めに七大戦の演舞演奏会を観に行って以来、血中応援団濃度が幾分高まっているところに、親交のあった神戸大学応援団の同期より創立50周年記念誌への寄稿依頼があった。熱のほとばしるまま一気に書いた原稿のタイトルは、「脚本家になるには」。わたしが脚本家になれたのも、あり続けられるのも、応援団で身についた気力体力忍耐力交渉力感動力飲み会サバイバル術などの賜物。脚本家を目指す若者には、応援団に入ることをおすすめしたい。そうすれば、衰退しつつある応援団界も活気づくし、根性のある脚本家も育つ……といった内容。

別に応援団でなくてもいいのだけど、無駄だと思えるようなことに没頭したり、限界まで自分を追い詰めて、己の弱さと向き合う経験をした先にしか見えない風景があると思う。どちらかというとしんどいことや不条理なことが多い応援団という特殊な世界に身を置くうちに、「人生は、自分で何とかしていくしかない」という悟りのようなものと、それに必要なたくましさを得たとわたしは思っている。あれだけ辛い思いをしたのだから、その後何があっても耐えられるというのとは違う。苦労や努力を喜びや楽しみに転換して、自分の人生は自分で面白くしてやるという気構えのようなものができた。

応援団の四年間に何の意味があるかなんて、中にいるときにはわからない。社会に出て、壁にごんごんぶつかり、乗り越えるたびに、案外図太い自分の土台があの四年間に作られていたことに少しずつ気づく。会社員のコピーライターを経てフリーの脚本家という自力本願度の高い立場になって、なおさら応援団で授かった基礎体力ならぬ基礎生き抜き力に気づかされる毎日だ。その反動で、「脚本家になるにはどうしたらいいですか。ヒマなときにでも教えてください」「今の会社がつまらないので脚本家にでもなりたいと思いますが、ぶっちゃけ、食べていけますか」なんてメールを送ってくる他力本願な志願者には喝を入れたくなってしまう。デビューできるかどうか、食えるかどうか、自分の才能を宝の山にするのも宝の持ちぐされにするのも、あなた次第なんですよと。

応援団の経験のもたらすうまみは年を経るごとに熟成され、脚本業だけでなく子育てにも役立つことを日々実感している。思うようにならない育児もまた気力体力忍耐力勝負であり、開き直りや面白がり精神に助けられる。先日は上野動物園で娘のたまを肩車していたおかげで友人のダンナさんに見つけていただいたが、「母親が肩車しているのは珍しいので、つい顔を見た」ところわたしだったのだそう。チアリーダー時代は同じぐらいの体重の部員を担ぎ合っていたので、十数キロの娘を肩に乗せるのは、だっこよりもラクに感じる。

先日、たまが人形を縦に二つ重ねているのを見て、ふと「ショルダースタンドもできるのではないか」と好奇心にかられた。試しに肩の上に立たせてみたら、意外なほどの安定感。しっかりと足をロック(力を入れて固めること)していて、びくともしない。その姿勢でポーズを取らせ、調子に乗って、たまを乗っけたまま360度回ってみた。これは客人が来たときの座興に使えるのではないか、などと考えてしまうのも応援団出身の性かもしれない。宴会芸もまた応援合戦だった。

2008年08月27日(水)  『トウキョウソナタ』『ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一髪』
2007年08月27日(月)  ひさびさのおきらくレシピ「野菜いろいろジュレ」
2005年08月27日(土)  高円寺阿波踊り1日目
2004年08月27日(金)  汐汲坂(しおくみざか)ガーデン
2002年08月27日(火)  虹の向こう


2009年08月26日(水)  エンドロールまで感服『グラン・トリノ』

「今年のナンバーワンだ」「イーストウッド監督作品でベストだ」などと会う人ごとに絶賛し、「まだ観てないの? 観たほうがいいよ」と強烈におすすめされていた『グラン・トリノ』。映画製作に関わる一人として、これぐらい圧倒的に支持される作品を作ってみたいものだわと羨望を覚えつつ、『築城せよ!』や『スラムドッグ$ミリオネア』や神保町シアターの成瀬巳喜男特集を優先させるうちにロングランのロードショーは終わってしまい、待つことひと月。三軒茶屋シネマで一週間上映される情報を得て、つかまえに行った。

広告会社のひとつ上のアートディレクターで、一週間に20回食事を共にするほど仲良くなったタカマツミキが住んでいたのが三軒茶屋で、沿線の鷺沼に住んでいたわたしは、週に何度か途中下車して、会社帰りにご飯を食べていた。三茶に来ると、20代の頃の自分やミキのことを思い出されて、照れくさいような懐かしさが込み上げる。

ミキと映画を観るのは必ず渋谷で、三茶に二つある映画館で彼女と観た記憶はない。見逃した作品を追いかけて、別の人と何度か観に行ったことはあり、沖縄サミットに情熱を燃やしていた小渕恵三元首相が熱烈に薦めていたという噂を聞きつけて観た『ナビイの恋』を観たのも三茶だったと思う。その三軒茶屋中央劇場の手前にあるビルの二階が、三軒茶屋シネマだった。狭い入口から小さな劇場を想像したら、予想外に大きく、二階席まである。いつもの映画館の感覚で座席に腰を下ろすと、座椅子が跳ね上がった。年季が入ってバネが利かなくなっているらしい。椅子を変えても同じことで、座り心地には贅沢は言えないけれど、これもまた味。川越キネマも長い歴史に幕を下ろす前は、こういうガタガタ椅子だったのだろう。

さて、お待ちかねの本編。同じくイーストウッド監督作品の『チェンジリング』にも言えることだけど、扱われるエピソードが劇的でショッキングである分、演出は抑制がきいていて、観客を目撃者の目にさせるところがある。その結果、すごいことが起こってるぞと見せつけられるよりも、むしろ画面に引き込まれ、息を呑んで見守ることになる。そして、「物語を転がす事件のために事件を起こす」ような無理やこじつけを感じさせず、映画の中で起きている出来事が真実味を帯びてくる。ともすれば嘘っぽくなりそうな題材をそれっぽく描く。その違いは、細やかな心配りの積み重ねだろうか。根性焼きやリンチの生々しさ。パンク娘や新米神父や街のゴロつき、隣家に集うモン族の一人一人に至るまでがまとう、いかにもな雰囲気。そして、もちろん、主演のイーストウッド演じる偏屈者の元軍人のもっともらしさ。キャラクターから傷までが映画の時間を生きている。タイトルにもなっている自慢の名車グラン・トリノもまた、主人公に永年寄り添ってきた確かな存在として息づいている。God is in the details(神は細部に宿る).「作り込む」というのは凝りまくることではなく、細部まで目を配り気を抜かないこと、「作り抜く」ことなのだと作品のあちこちに宿る神たちが語っている。

わかりやすいメッセージを連呼するのではなく、どうする、どうすると観客に投げかけ続ける。答えを提示するのではなく、観客に答えを考えさせ、求めさせる。息抜きの場面に見えた何気ない台詞やエピソードが後で重い意味を持つ伏線になっていたりして、高度だなあ、上質だなあと感心する。憎まれ口をたたきあう悪友の理髪師にヒゲを剃らせる場面で主人公の決意の固さを感じさせるとは。心を開き合った隣人のモン族青年をギャングの従兄たちの攻撃から守るために彼が考え、実行した解決策は悲劇ではあるけれど、考えうる最良の方法だと思わせる説得力があった。

エンドロールのバックは、グラン・トリノが走り抜けた海沿いの道をカメラを据えたまま延々と流し続ける。次々と走り去る車が、さまざまな人生を運んで行く。わたしだったら、ついグラン・トリノを追いかけたくなるところだけれど、それは主題歌に任せたイーストウッド監督。諸行無常を感じさせ、流れる人生について立ち止まって考えさせるような深みのあるタイトルバックに唸った。

2008年08月26日(火)  ゴ○○リから「テン」を取って「マル」をつけたら
2007年08月26日(日)  マタニティオレンジ166 お風呂で初U  
2005年08月26日(金)  『道成寺一幕』→『螢光 TOKYO』
2004年08月26日(木)  土井たか子さんと『ジャンヌ・ダルク』を観る
2003年08月26日(火)  アフロ(A26)
2002年08月26日(月)  『ロシアは今日も荒れ模様』(米原万里)


2009年08月25日(火)  7か月ぶりに髪を切って

忙しくなると真っ先に削ってしまうのが、美容院へ行く時間。3月に元同僚の披露宴があったときにヘアメイクをお願いしたけれど、最後に髪を切ったのはその2か月前、1月のことだった。「つばさ」の脚本開発は一段落したし、伸びきった髪をバッサリ切ることに。毎朝セットをする手間ひまを惜しむために、パーマとセットで考えていたのだけれど、美容院へ行った先週水曜日は、お盆明けの定休日翌日ということで混み合い、カットだけになった。長さは肩よりちょっと短いぐらい。ブローしてもらったときは、うまくまとまって、大人のボブというたたずまいになったけれど、それ以降は髪が外向いたり内向いたりで、中学生のおかっぱみたいになっている。こういう髪型の男性経済評論家もいたような……。保育園へ行くと、切りっぱなしのおかっぱ頭の女の子たちが、「おんなじ、おんなじ」「たまちゃんのママ、おそろいねー」と駆け寄ってくる。

毎回の雑誌占い、今回はFIGAROの読書特集。どういう雑誌を持って来られるかで、自分がどういう趣味の人間に見られているのかを占えるわけだけど、ちょうど読みたいものが運ばれてきた。前にもFIGAROを読みふけった気がするから、カルテに「FIGARO好き」とメモされているのかもしれない。雑誌はそもそも買わない上に病院や銀行で待つこともないから、美容院ぐらいでしか読まない。こんなにむさぼるように読む人って、いないだろうなと思う。話しかける隙がないのか、担当のスタイリストさんは必要最小限のことしか声をかけてこないけれど、話したことは何か月経っていてもよく覚えている。ほどよい距離感が好ましくて、いつもその人を指名する。

2008年08月25日(月)  新藤兼人監督最新作『石内尋常高等小學校 花は散れども』
2007年08月25日(土)  マタニティオレンジ165 誕生日の記念写真
2005年08月25日(木)  『クライマーズ・ハイ』(横山秀夫)
2004年08月25日(水)  アテネオリンピックと今井雅子
2003年08月25日(月)  冷凍マイナス18号
2002年08月25日(日) 1日1万


2009年08月24日(月)  電車の中で膝パソコン

電車の座席で膝にパソコンを広げてカチャカチャ打つ人と立て続けに隣り合わせた。以前、新幹線で隣に座った女性が東京から大阪まで打ち続けていて、とても落ち着かなかった覚えがある。それは五年以上前のことで、膝パソコンしながら移動する人を初めて見たわたしは、「よっぽど仕事に追われているんだなあ」と思いつつ、自分も追い立てられているようで落ち着かなかった。

カチャカチャというキーボードを打つ音が平穏を邪魔するのは、音が耳障りというのとは少し違う。自分が打つ耳慣れたリズムとの微妙なズレが生む違和感が、すり傷のように引っかかってくる。音自体はさほど大きなものではないけれど、空気が乱されるような居心地の悪さが生じる。最近はずいぶん減ったけれど、携帯電話のキー操作音をオンにしたまま隣の席でメールを打たれると、ピ、ピ、ピ、ピという不規則な機械音のリズムにムズムズして、なんとも困った。

キー操作音をオフにするのがマナーの常識になったのと入れ替わるように、膝パソコンが台頭してきた気がする。締切に追われている同業者なのか、これから出る打ち合わせの資料を確認しているのか、移動中もネットサーフィンを続けているのか。見ている内容は携帯電話とさほど変わらないのかもしれない。わたしも携帯でパソコンのメールや自分のサイトをチェックする。でも、携帯電話だと気にならないのにパソコンだと耳だけではなく目にも障ってしまうのは、なぜなのだろう。

携帯電話の風景に慣れてしまったというのもあるのだろうけれど、パソコンを打つというのはわたしにとって「人に見られたくない行為」だから気になるのではと思い至る。誰もいないダイニングテーブルで日々キーをたたいているわたしの姿は、とても人にお見せできるものではない。極度の近視だけど眼鏡をかけると目が疲れるので、かけているのはピンホール眼鏡。傍目にはアイマスクをしているように見えるはずだ。肩こり防止のため、足は現代版青竹踏みのような健康グッズに乗せ、締切に向かってダダダダダと打ちまくる。うちに泊まった友人が翌日もわが家でくつろぎながら「わたしのことは気にしないで仕事して」と言ったりするけれど、そういうわけにはいかない。

身を削って書く様は昔話の『鶴の恩返し』のつる、翻案された『夕鶴』のつうのようだと思うことがよくあるけれど、「わたしが機を織っているところを決して見てはいけません」と鶴やつうが言ったように、パソコン作業中のわたしの姿は門外不出のものだ。あまりに時間がなくて、打ち合わせにパソコンを持ち込み、話しながら脚本を手直しするということをときどきやるけれど、背に腹は代えられん、の捨て身の覚悟で衆人環視の中パソコンを打つ。だから、電車で膝パソコンは、わたしにとっては電車で着替えぐらい勇気のいることで、「よくやるなあ」という目で見てしまう。その色眼鏡があるから、音も気に障るのかもしれない。

電車の中もオフィスになるこの光景にもそのうち慣れて、わたしも膝パソコンをするようになるのだろうか。

【お知らせ】『ぼくとママの黄色い自転車』公開3日目

見てくださった方、ありがとうございます。レビューいろいろ書き込んでいただけるとうれしいです。(レビューサイト、拾いきれてないものがありましたらお知らせください)

>>>yahoo映画
>>>moviewalker
>>>@nifty映画
>>>eiga.com
>>>cinematopics
>>>映画生活
>>>シネママガジン
>>>シネマトゥデイ
>>>goo映画
>>>TSUTAYA
>>>レッツエンジョイ東京
>>>mixiレビュー(ページを見るには会員登録が必要です)

書き込みと言えば、朝ドラ「つばさ」公式掲示板、8月25日午後5時オープン。公式サイトトップページからどうぞ。見どころ盛りだくさんのサイト、わたしのお気に入りはスタジオ捜索隊のコーナー。ホーロー看板、あまたま君&ぽてと君、らくらくおそうじセンジュ君など「つばさ」ワールドを彩る小道具などを紹介。第9週に登場した『おはなしの木』も読めます。

2008年08月24日(日)  マタニティオレンジ326 あかちゃんとポポちゃん
2007年08月24日(金)  半年ぶりに髪を切る
2004年08月24日(火)  TOKYO OYSTER BAR 
2002年08月24日(土)  『パコダテ人』ビデオ探しオリエンテーリング


2009年08月23日(日)  朝ドラ「つばさ」第22週は「信じる力」

今井雅子脚本の6本目の映画『ぼくとママの黄色い自転車』公開2日目。初日に観に行ってくれた方から感想が続々。ありがとうございます。あわせて、「つばさ」への感想も。2週にわたってお届けした玉木家の父、竹雄の物語に「ずっしりと重いテーマで見応えがあった」「この週のための中村梅雀さんの起用だったんですね」といったお褒めの言葉に交じって、「つばさはこのままシリアス路線になっちゃうの?」と第1週からのパワー爆発な弾けっぷりを惜しむ声も。ご心配なく、「つばさ」の明るいノリは健在。雨降って地固まるの玉木家では、第22週から「新生・玉木家」モードに突入。部屋割り、席順、それぞれの甘玉堂との向き合い方など、家の中のさまざまなところに明るく前向きな変化が。力を抜いて観られるコミカルな場面もふえるので、ひき続きお楽しみに。

「力を抜く」ことも22週のテーマ。頑張りすぎて失敗を招いたり、よかれと思ってやったことが迷惑がられたり。力を入れることが逆効果になることも。つばさの幼なじみ、お隣の万里(吉田桂子)がぶつかっているのは、新米社員の力みの壁。「お前にあるのは独走性と強調性だ!」と上司に叱られたわたしにも苦い思い出が……。力を入れ過ぎるがゆえに空回りし、つばさとも衝突した万里が、ラジオぽてとの新企画「川越チャレンジ」での挑戦を通して、どう成長するかの一週間。

タイトルは「信じる力」。完成台本では「元気をあげる」となっていて、メルマガ「いまいまさこカフェ通信」でも旧い名前でお知らせしてしまいました。申し訳ありません。「元気をあげる」つもりで応援していたら逆に元気をもらったりするし、応援の本質は「信じる」ことだったりするから、より意味深いタイトルとなった。つばさと万里を信じて見守る家族の姿に、家族が何よりの応援団だなと気づかされる。

演出は、8、9、15、17週の福井充広さん。「脚本協力 今井雅子」のクレジットが毎日出る増量週間なので、オープニングもどうぞお楽しみに。第22週のキーワードでもある「チャレンジ」は、英語でchallenge。この単語の中にchangeとcanが入っていて、しかも、changeはchanceに手を伸ばした形みたいだ、と気づいて、『チャンス!チャレンジ!チェンジ!』というエッセイを月刊ドラマに寄せたことがある>>>こちらのいちばん下のコラム)。チャレンジ精神にあふれた「つばさ」の脚本開発に関われたことは、今井雅子にとっても、『チャンス!チャレンジ!チェンジ!』だったと思っている。あと5週間、最終週まで「つばさ」をお楽しみください。

2008年08月23日(土)  マタニティオレンジ325 じいじばあばあの二度目の子育て
2007年08月23日(木)  マタニティオレンジ164 ついに布おむつの出番
2005年08月23日(火)  たっぷり3時間『もとの黙阿弥』
2004年08月23日(月)  江戸川乱歩と大衆の20世紀展


2009年08月22日(土)  『ぼくとママの黄色い自転車』公開初日+たま3歳

娘のたまの3歳の誕生日と3年ぶりの映画公開が重なった今日、朝から「誕生日おめでとう」と「映画初日おめでとう」のメールが続々舞い込む。半数ほどが「誕生日&初日おめでとう」メール。誕生日ガール本人の希望を聞き入れ、デニーズ(「おむつやさんのうえのレストラン」と呼ぶ)で朝ご飯を食べてから、『ぼくとママの黄色い自転車』一回目の舞台挨拶目当てに新宿バルト9へ。子どもは置いていくつもりだったのだけど、「たまちゃんも、ぼくとママときいろいじてんしゃみたいよう」とせがむので、連れて行くことに。タイトルを覚えて応援してくれているのはうれしいけど、「ぼくとママの」が何度直しても「ぼくとママと」になる。

川越で「ちゅばさ」を見つけるときと同様、『ぼくママ』センサーを働かせるたま。バルト9へ向かう一階エレベーターフロアの壁に備え付けのフライヤーボックスを指差すと、そこにはリーフレットが。9階ロビーでは、小豆島へ行こう!!キャンペーンをめざとく発見。「ぼくとママの黄色い○○○」の○を埋めるオープン懸賞で小豆島への旅や地元の名産品などが当たるというもので、せっせと応募用紙に書き込む人の姿が見られた。たまの写真を撮っているところに、小豆島から上京されたオリーブランドの柳生好彦さんとお嬢さんが現れ、一緒にスクリーン9へ移動。

受付前では、今井雅子コミュニティ管理人であるナルセさんと一年半ぶり、2度目の対面。たまへの誕生日プレゼントにキャロル・リングが歌う「リアリー・ロージー」というテレビ番組のサントラをいただいた。音楽通のナルセさんらしいセレクト。

舞台挨拶は、新堂冬樹さん、阿部サダヲさん、武井証くん、鈴木京香さん、河野圭太監督が登壇。新堂さんの隣に立った阿部さんが 「日焼けってあんまりしたことないんで、びっくりしてます」と言い、 笑いを誘った。 京香さんも、新堂さんのことを「夏って感じの人」と評し、客席も皆さんも新堂さんの日焼けっぷりに驚かれていた様子。

武井くんのはきはきとした受け答えに、今日も大人たちはタジタジ。「どんな役者になりたいですか?」と司会の方に聞かれて、「また一緒にやりたいと言われるような役者になりたいです」。 「武井君の後だと、コメントがしょぼくなる」とぼやいて笑いを取っていた阿部さんは、「ぼくも、またやりたいって言われるように頑張ります」。河野監督は武井くんを「いちばん信頼している役者」と言い、その理由として、勘の良さを挙げた。新堂さんは、自分の作品が映像化されることには不安があるものだけど、この映画は自分の書いた小説以上に感動したと語り、「正直、2度の試写で2度とも号泣しました」と告白。あたたかな笑いと拍手に包まれた和やかな舞台挨拶となった。

この舞台挨拶をダンナとたまとともに一家で舞台袖から立ち見する予定だったのだけど、「たまちゃん、すわりたい」とぐずりだし、これは舞台挨拶の邪魔になると判断して、ダンナに「外に連れ出して」と頼んだところ、「ウワーン」と泣き出した。「ママがいいよう〜」と泣き叫びながら連れ去られる娘を「ごめんね」と見送りながら、引き裂かれる母と子というこの状況は映画の設定とかぶる、と思ってしまった。

どうやら、たまは、ぼくママを観に行くと聞いて、映画館の椅子に座って鑑賞すると思っていたらしい。わが家に届くチラシやポスターやうちわを目にするうちに「ママがつくったえいが」なんだと認識し、興味を持つようになり、今朝になって「いっしょにいく」と言い出した。そして、ロビーで流れる予告編を見て、期待を膨らませていた様子。『崖の上のポニョ』も『旭山動物園物語』も劇場で観たので、今日も当然そういう流れを想像していたのだろう。だから、舞台袖からのぞくという事態に「はなしがちがーう」と困惑し、涙の抗議をしたのだった。さすがに、3歳児に「舞台挨拶 関係者立ち会い」と言っても通じない。

夜、ダンナの実家で誕生日祝いの晩ご飯を食べているときにも、わたしが舞台挨拶の話をダンナの両親にしているのを聞いて、悔しさを思い出し、また泣いた。「そんなに観たかったのか!!」と一同いじらしくなり、「よし、今度、ママと一緒に行こっか」「いや、じいじが連れて行ってあげるよ」と競い合って慰めた。

2008年08月22日(金)  マタニティオレンジ324 指2本で「カニ!」たま2才
2007年08月22日(水)  マタニティオレンジ163 風邪と汗疹と誕生日プレゼント 
2006年08月22日(火)  新作誕生
2004年08月22日(日)  H2O+H2=H4O(水素結合水)
2002年08月22日(木)  鼻血で得意先ミーティングに遅刻


2009年08月21日(金)  パチパチパチ!たま3才(一日前)

2006年8月22日生まれの娘のたまは、明日で3才。明日は今井雅子の6本目の長編映画『ぼくとママの黄色い自転車』の公開日で、そちらの話題が日記を占めることになるので、ひと足早く、たま3才レポートを。

保育園での月に一度の身体測定が今日あり、身長はまた伸びて、88.8センチ。誕生日の前祝いの拍手のような8並び。体重は12.9キロ。先月は13キロの大台に乗ったけど、ちょっと夏やせした。

この一か月の大きな変化は、「ぼくママ」を覚えたこと。毎朝のテレビ視聴と合わせて、脚本や確認用DVDなどの郵便物が届くうちに「つばさ」を覚えたように、チラシやポスターやノベライズが届くのを見て、キービジュアルが刷り込まれ、「ママのおしごとのえいがの、ぼくとママときいろいじてんしゃ」と覚えた。「ぼくとママの」が何度直しても「ぼくとママと」になる。今日は保育園の帰り、チラシを振り回しながら、「ぼくとママときいろいじてんしゃ、はじまりますよー」と触れ回ってくれた。明日の舞台挨拶にも行く気満々。「ママのおしごと」と言ってもどこまで理解しているのかわからないけど、応援してくれるまでに成長したんだなあと3年の時の重みを受け止めている。

あいかわらず、映画『クイール』のビデオが好きで、自宅の電話の受話器を手に取り、「もしもし、とうきょうのみとですけど」と映画の冒頭の台詞をしゃべったりしている。恐竜キャラが活躍するアメリカの子ども向け番組『Barney』のビデオも大好きで、ぐずると、「バーニーみるぅ」となる。「オーマクダーノーハーダーファーム イーヤーイーヤーヨー」と英語の歌をそれらしく真似して歌う。

NHK「みいつけた」でやっている「オフロスキー」にはまったのは、この一か月。空のバスタブにパジャマ姿でつかっているオフロスキーというキャラクターが、毎回単純な挑戦を繰り広げるのだけど、単純ゆえのおかしみがある。「呼んだ? 呼んだよね?」とバスタブから体を起こすお決まりの始まりに、親子でワクワク。演じる小林顕作さんの愛嬌たっぷりの表情にも見入ってしまう。

ここ数日のお気に入りの遊びは、「感動の再会ごっこ」。始めたのはずいぶん前で、部屋の端と端に離れて、「ママー」「たまー」と呼び合いながら駆け寄り、「やっとあえたねー」と落ち合って抱き合うという至極シンプルな遊びというより一発芸。以前は床に物が転がり過ぎて、障害物競走を兼ねてしまっていたのだけど、大掃除の成果で床面積がだいぶ広がったことから、再会までの助走の距離を取りやすくなった。おかげで、たまも以前よりも張り合いを感じて、「もういっかい、かんどうのさいかいするー」と一晩に数十回繰り返すことになる。「かんどう」と「さいかい」のそれぞれの意味はたぶんわかっていなくて、「かんどうのさいかい=ママと抱き合う遊び」だと理解しているのだろう。

冷蔵庫を開けて牛乳を取り出したり、ビデオをデッキに入れて再生ボタンを押したり、もうこんなこともできるのかと日々驚かされる。たくましくなったなあと頼もしく思う反面、わが子ながら軟弱だなあと歯がゆくなることも。人見知りが激しく、人の家に行ったり、お客さんが来たりすると、たちまちぎこちなくなる。打ち解けるまでの解凍時間が親にはもどかしいが、娘には必要な時間なのだろうと待つ。

また、ちょっとでも濡れたり砂がついたりすると、「ふいて!」と金切り声を上げるのも、都会っ子のひ弱さを感じる。子どもなんだから、少々の汚れは気にぜず、大らかに遊べばいいのに。保育園でこまめに手足を拭き、清潔に保ってくれているのはありがたいのだけど、きれい好きになり過ぎてしまった。「べたべたするよー」「どろどろするよー」「ぬるぬるするよー」「よごれちゃったよー」「きもちわるいよー」……不快を訴えるボキャブラリーはずいぶん豊かになったけど、ポジティブ思考の母親としては、ネガティブな表現よりも美しいもの、楽しいことを愛でる言葉をふやしてほしいと思ってしまう。おむつは結局3才までには外れない(今日一晩で奇跡的に外れることもなさそう)のに、紙おむつがずっしり重くなっても、それには不快を訴えない。

思い通りに行かないところが子育ての面白いところ。娘から見た親も「なんでわかってくれないの!」の連続なんだろうなと苦笑しつつ、わたしも明日で母3才。2才最後の贈りものの子守話は、一人で大きくなったんじゃないよ、の思いを込めて。

子守話92「たんじょうびケーキは だれが つくったの?」

たまちゃんの 3さいの おたんじょうび
テーブルに おおきな ケーキが あらわれました。
「わあ すごい ケーキ。だれが つくったの?」
たまちゃんは ケーキに のっている いちごよりも 
めを おおきく みひらいて いいました。

「こむぎこと さとうと たまごと ぎゅうにゅうを まぜて
オーブンで やいて れいぞうこで ひやして
クリームを あわだてて ケーキに ぬって
いちごで かざりつけたのは ママ。
でも ほかにも もっとたくさん このケーキが できあがるのに
おてつだいしてくれた ひとたちがいるの。
ううん ひとだけじゃなくて どうぶつや むしたちも いるのよ」
と ママが いったので
「どういうこと?」と たまちゃんは くびを かしげました。

「ぎゅうにゅうは うしさんたちが だしてくれたものだし
そのうしさんたちを そだててくれたのは ぼくじょうの ひとたち。
ぎゅうにゅうを しぼる ひと
しぼった ぎゅうにゅうを のみやすく きれいにする ひと
きれいになった ぎゅうにゅうを かみパックに つめる ひと
たくさんの ひとたちが いれかわり たちかわり はたらいて
いっぽんの ぎゅうにゅうに なるの。
そして もうひとてま かけて なまクリームに なるのよ。

きれいな あかい いちごが みのったのは
みつばちが はなの みつを はこんでくれたからだし 
はなが さくまで だいじに そだてて 
みが ついたら もぎとって パックに つめる ひとが いたから。

こむぎこだって たべられるように なるまでは たくさんの ひとが 
つちを たがやして たねを まいて みずを あげて かりとって 
こなを ひいて ふくろに つめて おくりだして くれているの。

おさとうだって はたけに みのっているときは さとうきびという 
ひょろりと ながい くきなの。
それが さらさらの つぶに なるまでには 
たくさんの ひとの てが かかっている。
もちろん さとうきびを そだてている ひとたちもね。
 
その ぎゅうにゅうや なまクリームや いちごや こむぎこや おさとうを
ママが おみせで かえたのは
そこまで はこんでくれる ひとが いたから。
それから おみせに しなものを ならべたり レジを うってくれる 
ひとが いたから」

いったい なんにん なんとう なんびきが おてつだいして
このケーキが できたのかしら。
たまちゃんは りょうてを つかって かぞえましたが
10ぽんの ゆびでは たりません。

「わかった? ママだけが ケーキをつくったんじゃないってこと」
ママが そういうと
「パパだって おてつだいしたよ。おみせから うちまで にもつを はこんだんだから」
と パパが くちを とがらせました。
「あら もうひとり ふえた」
「じゃあ たまちゃんも」
たまちゃんは しあげに ろうそくを 3ぼん ケーキに ならべました。
パパが ろうそくに ひを ともして
ママが へやの あかりを けしました。
パパと ママと たまちゃんと 3にんで おたんじょうびの うたを うたって
たまちゃんが ろうそくの ひを ふきけしました。

「3さいの おたんじょうび おめでとう」とパパと ママが いいました。
「ありがとう」と たまちゃんは にっこりしました。
ありがとう パパ ママ それから 
このケーキが できるまでに おてつだいしてくれた みなさん。
てを あわせて 「いただきます」。


この物語のヒントは最近読み返している『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎)。小学生にもわかる平易で美しい文章で「社会で生きるとはどういうことか」という哲学を語りかけ、何気ない日常が違った風景に見え、視界がひらけるような発見に満ちた本。その中に、食卓に上る食べものを逆にたどって、社会のつながりで生きていることに気づかせる章がある。学生時代の知って感銘を受けたけど、年を重ねた今読むと、より深く響いてくる。書かれていることと自分が獲得した気づきの内容が近づいて、共感するところがふえたせいかもしれない。この一冊が手元にあれば、人生の灯台になってくれると信じられる本。たまが活字を読める年になったら、贈りたい。

2008年08月21日(木)  「まとめ食い危険」なROYCE’のナッティバー
2007年08月21日(火)  マタニティオレンジ162 もしもし、たま電話。 


2009年08月20日(木)  一目惚れのその後のその後

7月6日の日記で一目惚れを告白し、7月21日の日記で東京へ呼び寄せることを報告した福岡の家具ショップWA-PLUSさんのチェスト。ONEWOODという名の通り一本の木から作るというのがコンセプトで、なかなかお目にかかれない天然木の木目に心を奪われた。

注文して早速届いたものの配送時にちょっとしたアクシデントがあり、泣く泣く里へ帰すことに。しばしの遠距離恋愛で恋がさめる危機に見舞われたが、誠意ある丁寧な対応をしていただき、すんなり商品を受け取っていただけではうかがえなかったお店の頼もしい素顔を見せていただくことができた。商品は無事、あらためて今週頭にわが家にお目見えした。

まわりに広い空間が取れれば、自慢の木目はより引き立つのだろうけれど、狭いわが家では、そうもいかない。玄関を入った正面、作品棚の隣に鎮座してもらうことになった。お客さんが来るときには花などを飾っているが、花器のコースターは、楽天に商品のレビューを書いたお礼にいただいたもの。このコースターが、小さいながら一点ものの存在感を放っていて、気に入っている。チェストの木目は使い込まれるほどいい味が出るとのこと、末永く愛用したい。

出会いはネットで、デジカメ画像のお見合い写真での決断だったから,対面までも、対面の瞬間もとてもドキドキした。それなりに値の張る買い物だったし、現物を見ないで買うというのはなかなか勇気の要ることだったけど、ネットがなければ出会えなかった縁に賭けてみた。人だけでなく、物との出会いも一期一会で、第一印象の直感はけっこう当たると思っている。

2008年08月20日(水)  映画『歩いても 歩いても』
2007年08月20日(月)  マタニティオレンジ161 はじめての返品


2009年08月19日(水)  日本道〜『文化力―日本の底力』(川勝平太)を読む会

「猫又」短歌の会で知り合って以来、高円寺の阿波踊りをご一緒したり、自宅での集まりに招かれたりと親しくおつきあいしている宮崎美保子さんと、先月、神楽坂の阿波踊りを見に行ったときのこと。以前から聞いていた「日本道」という勉強会が8月から新しい会期を始めるというので、ぜひ参加させてください、とお願いした。その会自体がどういう活動をしているのか、具体的にはわかっていなかったのだけど、以前は江戸しぐさについて学んだとか、集まってくる人たちが好奇心と行動力にあふれていい刺激になるといった断片的な情報から、面白そう、と飛びついたのだった。

今期の教科書は、川勝平太著『文化力―日本の底力』。3センチ近い分厚さで、2520円也。この手の論文のようなものを読むのは、大学時代以来だろうか。会へ向かう電車の中でページを開き、付け焼き刃の予習。文章は難しい単語が多い割には読みやすく、美しい。

テーブルを囲んだ20名弱にまぜていただく。前期からの継続組がほとんどで、新入りはわたしともう一人の女性。毎回担当者が手分けして本文を要約し、その発表を聞いた後、全員で議論するという形。これも大学時代のゼミみたいだ。

一人目の女性は元客室乗務員で、今は後輩の指導に当たったりマナー講座で活躍するベテラン講師。先だってはサミット通訳の指導もされたとかで、人をひきつける話術はさすが。本文に出てきた「パックス・ヤポニカ」(日本の平和)という単語に言及して、「航空業界では、パックス(=PAX)といえば、パッセンジャー、乗客のことで。C23のパックスがタラタラで……などとCA同士で連絡を取り合ったものです。タラタラとは、タラップ to タラップのことですが、専門用語を知らない人が聞いたら、お客さんどうしちゃったんだろって思いますねえ」。

二人目の男性は関西出身とわかるアクセント。表を使ってパックス・ヤポニカの第一次から第三次(1985年以降の現在が第三次なのだそう)をまとめてくれたが、「表1とありますが、表は1つしかないので、1はいらんかったかなと」と自分に突っ込みを入れ、笑いを誘った。

三人目の女性は講談師のような名調子。ところどころ本文に立ち返って読み上げてくれるたびに聞き惚れた。後で聞けば「講談が好きで、神田紅姉さんは友だちよ」。しゃべることがプロだった時期もあったそう。3人の発表者それぞれの語り口に味があり、本文以上に面白い。

さらに、全員の意見を聞く時間が、わたしにとっては自己紹介も兼ねていて、予想通り刺激的なメンバーが集まっていると確かめられた。仕事も経験もばらばらな各自が同じものを読んで違うことを感じ、それを分かち合う。初めて知ることも多く、「そういう見方があったか」と考えさせられもする。平和な時代はオスが弱くなるという本文の指摘に男性たちは「なんとかせねば」と憂慮し、「女性は元来強いのだから、控えめであるべし」という本文の論調に「女を見下している傾向があるのでは」と問題提起する女性あり。静岡出身の美保子さんが、「川勝さんが静岡知事になった日に、ちょうど静岡に帰っていて」と言うのを聞いて、こないだの選挙で、ぎりぎりに立候補して大勝した人であったか、とようやく気づいた。

わたしは、本文中にあった「富の蓄積より、徳の蓄積」という言葉が、数年前に「金持ちより人持ちになろう」と人生の指針を決めたことと重なり、この会に来たことが正しかったと言われた気がした、と語った。この本には他にも美しく耳障りのいい言葉や気づきがたくさんあり、日本人であることに誇りを持てるヒントがある気がする。その一方、コピーライター時代に「コピー演歌は心を動かさない」と指導されたように、きれいごとだけで根っこがないのではという危惧もある。何人か前の首相が掲げた「美しい国へ」という言葉倒れに終わったスローガンのように、裏打ちするものがなければ、机上の空論になる。この本を読んで、具体的にどうすることが必要かを皆さんと話し合って行けたら、深い読書になると思う、と語った。

その後で、会の主宰者で美保子さんの大学時代の同級生のNさんが、「最後まで読めば、具体的なことも書かれていますから」と言われ、本のさわりだけを読んで全体を断じるような言い方をしてしまったな、と反省したが、本の内容が上っ面だというのではなく、本に書かれた理想を実現するためには、読者が掘り下げる必要がある、ということを感じたのだった。

勉強会が終わると、近くの中華料理屋で懇親会。月に一度、こうやって集まり、情報交換をするのが会員たちの張り合いになっている様子。わたしのテーブルでは冨士登山の話題で盛り上がり、では近場の高尾山へまいりましょうか、などと話した。食後には会員の一人が練習中の南京玉すだれを披露。他の皆さんも、芸やらネタやらお持ちのようで、この会そのものが「文化力」と「底力」を秘めている。

主催者のNさんより「初参加、いかがでしたか」とメールをいただき、「日本道に参加した動機を聞かせてほしい」旨が書かれていたので、こんな返事をしたためた。

とくに「日本」「和」を意識するというよりは、幼い頃から「外国」が身近な存在であり、その対比で自然と「日本」を自覚していた気がします。隣人一家がドイツに転勤した間にインド人が隣人になり、インド人の幼なじみと遊びながらドイツにいる幼なじみと文通していたのは、幼稚園から小学校低学年にかけてでした。その経験から海外留学を志すようになり、高校時代に一年留学。大学時代は留学生寮が遊び場でした。外資系企業を就職先に選んだのも自然な流れでした。

そして、昨日の自己紹介でもお話ししましたが、広告代理店時代にカンヌ国際広告祭という「広告のオリンピック」のようなものに参加したときに、世界各国からの参加者と出会う中で、「日本人って」ということを考えさせられる機会がありました。とくに、2回目に参加したときに起きた「JAPANESE論争」はたいへん興味深い事件でした。長くなりますが、その出来事をまとめた懸賞論文をこちらに発表しています。
http://www.geocities.jp/imaicafe/words/essay_koubo.html

この論文は賞を取ったこともあって広告業界ではちょっとした話題になり、また、さらなる議論も呼びました。卑屈にならず、素直に、まっすぐ日本を誇れる人がふえてほしい。少なくとも自分はそうでありたいと願っています。日本人のいいところをたくさん気づかせてくれる川勝先生の本の中には、そのヒントがありそうです。昨日はさわりを読んだだけで、全体を論じるような言い方を
してしまいましたが、「美が日本の平和の鍵」という美しい話が机上の空論に終わらなければいい、そのための具体的な示唆があるのか、なければそれを話していければ、この本がより意味深いものになるのではと感じました。

昨今、「日本人の美徳の衰え」が嘆かれていますが、環境や国柄を美しいものにするのは、日本人一人一人の美徳、美意識だと考えます。そういった生き方の美しさが見直されると、この国はもっと豊かになる気がしています。富より徳、という言葉に深く共感します。美徳、美意識の観点から「江戸しぐさ」にも興味があり、以前宮崎さんが日本道でその勉強をされたと話された記憶があるのですが、それもまたこの会に興味を寄せた理由のひとつです。


返事に登場したのをいい機会に、JAPANESE論争の論文を読み返したのだけど、11年前の自分が、ずいぶんしっかりした意見を持っていたことに驚き、今のほうがふわふわしているようにも感じられ、20代の自分に喝を入れられたような気持ちになった。それだけ深く考えさせられる出来事だったのだろうと思う。広告作りについての考察は、脚本作りにもあてはまることが多く、「どうだ!」という気迫で仕事しなくちゃいかん、と背筋が伸びた。

2008年08月19日(火)  マタニティオレンジ323 おふろでおえかき 
2007年08月19日(日)  マタニティオレンジ160 ヨチヨチ記念日
2004年08月19日(木)  色数はあるけど色気がない
2002年08月19日(月)  大阪は外国!?


2009年08月18日(火)  シリアスな題材をコミカルに『命美わし』(1951年)

今度お仕事することになった監督さんを紹介され、会食していた昨夜のこと。「何十年も真面目に勤め上げてきた人が、ある日突然とんでもない悪さをしてしまうのは、魔が差すとしか言えないんですかねえ」などと話していると、監督が「ためにためた数十年の我慢を解放させる、スカートをめくる一瞬を描きたい」と真面目に語り、大笑いした後で、「その一瞬のために映画一本を撮るところにカタルシスがあるのかもしれない」と思い、監督というのは面白い発想をするなあと感心した。

深刻なことを深刻に描かず、むしろ笑いにまぶすというのは朝ドラ「つばさ」にもある傾向で、人生いろいろあるけど、だからこそ背負い込むより笑い飛ばそうという精神は、わたし自身が「くよくよしない」ことが身上なので、大いに共感できる。そんなわけで、今日神保町シアターで観た『命美わし』(大庭秀雄監督)は、そのタイトルと「自殺の名所で自殺しかけた娘二人が拾われてきて、その家の兄弟と恋に落ちる」というあらすじから、しっとり、ねっとりした作品なのだと想像していたところ、爆笑の連続で、いい意味で裏切られ、気に入った。

旗を持ったガイドが観光客相手に「こちらが自殺のメッカでございます」とうぐいすのような美声で語る冒頭からおかしみがあるのだが、その沼の近くに住む一家の主(笠智衆)が妻(杉村春子)と三味線と琴の手合わせをしている最中に、突然尿意を催すがごとくヌッと立ち上がる。それが、誰かが死のうとしているのを察知したサインで、袴を重ね履きし、長棹を構えて意気揚々と助けに向かうのだが、その張り切りぶりが笑いを誘う。

死ぬところを邪魔された娘たちは嘆いたりなじったりするが、迎える杉村春子の慣れた様子がおかしい。かつて命を救われた者同士がその家で意気投合して結婚し、子どもを連れて里帰り(?)してくると、「こちらが先輩。こちらは新米」と自殺未遂者同士を紹介し合う。この辺りのからっとした描き方が、なんともわたし好み。重くなろうと思えば、いくらでも重くなれるテーマと内容なのに、軽やかに爽やかに描き、それが命を軽んじるのではなく人生を謳歌しているように映るところがお見事。

ラスト近く、「息子たちの結婚相手には過去のない娘をと願っていた」のようなことを杉村春子が笠智衆にぽつりと言うが、苦労を知った分、優しさを備えた娘たちであることも理解していて、表情は晴れやか。それに対し、笠智衆は、「自分はお嫁さん探しに棹を担いで沼へ行っていたようなものだ」といったことを言って笑い、客席も和やかな笑いに包まれる。二人には息子二人の下に妹がおり、「今度は婿を探しに行かねば」のようにおどける笠智衆がさらなる笑いを呼ぶ。自殺の話なのに、なんとも微笑ましく、そのギャップを大いに楽しんだ。

2008年08月18日(月)  『SEX AND THE CITY』とアラフォー
2007年08月18日(土)  マタニティオレンジ159 三世代合同誕生会でたま1才
2004年08月18日(水)  スチームボーイと津嘉山正種さん
2002年08月18日(日)  24時間テレビ


2009年08月17日(月)  成瀬巳喜男の『女が階段を上る時』『乱れる』『妻よ薔薇のやうに』

神保町シアターの企画上映「没後四十年 成瀬巳喜男の世界」が7月4日から8月14日までの42日間の会期を終えた。上映される42作品をわたしがほとんど観ていないことを見越したご近所仲間で映画通のT氏からは事前に資料が送り届けられた。「しっかりお勉強なさってください」と便箋3枚にわたる熱い激励文が添えられ、一本でも多く観るようにとのお達しがあったが、なんだかんだと仕事が立て込み、なかなか神保町へ足を運べないまま二週間が過ぎた。すると、「成瀬の作品の中で個人的にかなり好きな『妻の心』と『乙女ごころ三人娘』をお忙しかったとは存じますがたぶんご覧いただけなかったのは、四年越しで推奨し続けてきただけにとても残念でした」とT氏より嘆き節のメールが届き、あわてて『妻』を観に行ったのが7月26日(>>>日記)。その後、『女が階段を上る時』『乱れる』『妻よ薔薇のやうに』と立て続けに観たが、結局この4作品止まりになったので、T氏としては「勉強が足らん」ということになろうか。

『女が階段を上る時』と『乱れる』は高峰秀子が対照的な役を好演。ともに戦争で亡くした夫を慕うところは共通していて、その一途さは彼女によく似合う。『女が階段を上る時』では、したたかなバーのママを演じたが、どんな役でも分別と良識のある人に見え,汚れないのが彼女のすごいところ。戦争未亡人という人物の肉付けも効いている。モノローグで語られる本音に哀感があった。

『乱れる』では、「加山雄三って、こんなにいい男だったの!」と目を見開いた。見た目だけでなく「ちょっとワルだけど、亡くなった兄の嫁(=高峰秀子)を想う純粋な弟」という役柄もカッコいい。家に居辛くなった兄嫁が故郷へ帰る夜行列車に乗り込み、ボディガードのように付き添う終盤。列車が北へ北へと向かい、客が入れ替わるにつれ、少しずつ座席の距離を詰めていく二人の描写が心に残った。ラストには唐突感があり、「こんな幕切れって……」と面食らったけれど、あえて引っかかりを作ったのだろうか。「これはいかに?」と突っ込みを入れながら巨匠の作品を鑑賞するのは、たいへん勉強になる。

突っ込みと言えば、『妻よ薔薇のやうに』には、いくつかもの申したいところがあった。まず、タイトル。原作の「二人妻」だとそのまますぎるという判断で変えたのかもしれないが、登場する妻も愛人も「薔薇」のイメージはなく、あえて言えば本妻に「トゲ」はあるのだけれど、「薔薇のやうに」ではない。「薔薇のやう」な妻を求めているとすれば、野暮ったい田舎の愛人に心を寄せる内容と矛盾する。謎の深いタイトルだ。

この作品でもったいないと感じたのは、本妻が新聞に夫を想う歌を投稿しているという設定。一緒に暮らしていたときはさほど愛情を示さなかったのに、夫に逃げられてから切々と女心を訴える本妻の怖さと執念深さが出ていて面白いのだけど、劇中では本妻の性格を示すエピソードとして描かれて終わっている。新聞に載るのなら、離れて暮らす愛人の目に触れ、それによって愛人が本妻の気持ちを知るという描き方ができたのでは。愛人宅を訪ねた娘が、新聞の切り抜きを見つける場面などあれば、ドキドキしたのに、などと考えてしまった。この意見をT氏に進言すると、「うむ、なるほど」と一応は感心してもらえた様子だった。

同じ監督の作品を続けて観ると、癖や趣向のようなものがうかがえて、「成瀬らしい」などと通ぶったことを感じるようになる。小ネタがなかなか面白く、女が手にしているものを弄ぶ場面が多いとか、鳥が好きなんだろうかとか。脚本家になりたての頃、シナリオ作家協会が新人ばかりを集めた親睦会を開いたことがあり、どの輪に加わろうかとキョロキョロしていたら、「ナルセ、いいよねー」「今日も観ちゃった」と熱く語る一団があった。その輪の外側に突っ立って聞きながら、「知らない俳優だなあ」と思っていたのだが、今だったら少しは知ったかぶりができそうだ。

【お知らせ】『ぼくとママの黄色い自転車』公開まであと5日!

あと5日で公開ということは、娘のたまはあと5日で3歳。いい誕生日になりますかどうか、皆様の応援よろしくお願いします。初日舞台挨拶上映分は無事完売した様子。

現時点での上映劇場は、こちら。少しずつふえているので、公式サイトbokumama.jpをチェックしてくださいね。ニュースページにて、キャリアマム試写会での今井雅子のトークの模様もご覧いただけます。

8.22 【北海道】札幌シネマフロンティア 011-209-5400
10.3 【青森】 シネマディクト 017-722-2068
9.26 【青森】 八戸フォーラム 0178-44-4411
8.22 【宮城】 MOVIX利府 022-767-7400
8.22 【宮城】 チネ・ラヴィータ 022-299-5555
10.3 【山形】 山形フォーラム 023-632-3220
8.22 【東京】 新宿バルト9 03-5369-4955
8.22 【東京】 T・ジョイ大泉 03-5933-0147
8.22 【東京】 立川シネマシティ 042-525-1251
近日公開 【東京】 船堀シネパル 03-5658-3230
8.22 【東京】 ワーナー・マイカル・シネマズむさし野ミュー 042-567-8717
8.22 【東京】 品川プリンスシネマ 03-5421-1113
8.22 【神奈川】TOHOシネマズららぽーと横浜 045-929-1040
8.22 【神奈川】川崎チネチッタ 044-223-3190
8.29 【神奈川】ワーナー・マイカル・シネマズ港北ニュータウン 045-914-7677
8.22 【千葉】 エクスワイジー・シネマズ蘇我 043-209-3377
8.29 【埼玉】 MOVIX三郷 048-949-2300
8.29 【埼玉】 ワーナー・マイカル・シネマズ浦和美園 048-812-2055
8.22 【茨城】 ワーナー・マイカル・シネマズ守谷 0297-47-0101
8.29 【群馬】 MOVIX伊勢崎 0270-30-1700
8.22 【新潟】 T・ジョイ新潟万代 025-242-1840
8.22 【新潟】 T・ジョイ長岡 0258-21-3190
8.22 【長野】 長野千石劇場 026-226-7665
8.22 【長野】 松本エンギザ 0263-32-0396
10/3〜23【長野】i city cinema 0263-97-3892
9/12〜25【静岡】静岡シネギャラリー 054-250-0283
8.22 【愛知】 ゴールド劇場 052-451-0815
8.22 【愛知】 ユナイテッド・シネマ豊橋18 0532-38-0888
8.22 【愛知】 イオンシネマ岡崎 0564-72-3020
9.5   【愛知】 イオンシネマ・ワンダー 052-509-1414
8.22 【岐阜】 TOHOシネマズモレラ岐阜 058-320-5770
8.22 【大阪】 梅田ブルク7 06-4795-7602
8.22 【大阪】 ワーナー・マイカル・シネマズ茨木 072-621-0807
8.29 【京都】 京都シネマ 075-353-4723
8.22 【広島】 T・ジョイ東広島 082-493-6781
8.22 【広島】 広島バルト11 082-561-0600
近日公開 【広島】 エーガル8シネマズ 084-960-0084
8.22 【島根】 T・ジョイ出雲 0853-24-6000
近日公開 【愛媛】 シネマサンシャイン大街道 089-933-6677
8.22 【岡山】 TOHOシネマズ岡南 086-261-9051
8.22 【香川】 ワーナー・マイカル・シネマズ綾川 087-870-8787
8.22 【香川】 ワーナー・マイカル・シネマズ高松 087-822-0505
8.22 【福岡】 T・ジョイリバーウォーク北九州 093-573-1566
8.22 【福岡】 T・ジョイ久留米 0942-41-8250
8.22 【福岡】 TOHOシネマズトリアス久山 092-957-5555
8.29 【長崎】 TOHOシネマズ長崎 095-848-1400
10.3 【佐賀】 シアター シエマ 0952-27-5116
8.22 【大分】 T・ジョイパークプレイス大分 097-528-7678
8.22 【鹿児島】鹿児島ミッテ10 099-812-6662

2008年08月17日(日)  マタニティオレンジ322 イヤイヤしたり、モーモー鳴いたり。
2007年08月17日(金)  年に一度だけ思い出されても
2004年08月17日(火)  サービスって?
2002年08月17日(土)  浴衣・花火・箏・まが玉


2009年08月16日(日)  朝ドラ「つばさ」第21週は「しあわせの分岐点」

くよくよしないことが取り柄だと心得ているので、「あのとき、あっちの道を選んでいれば」と後悔したり、選ばなかった人生と選んだ人生を比べたりということは滅多にしない。でも、「つばさ」の打ち上げの最中に、「もし、この仕事を受けていなかったら、今ここにはいなかったんだなあ」としみじみとなった。脚本家であるからには脚本として作品に関わりたいし、結果的に脚本協力となった映画『子猫の涙』と『犬と私の10の約束』も、当初は自分の脚本でというつもりだった。自分の脚本でない仕事に一年あまりの時間と労力を注げるだろうか。その間に他の大きな仕事が来たら、チャンスをみすみす逃すことになってしまう。でも、朝ドラの制作に関われるチャンスなんて、最初で最後かもしれない……。数日間考えて、答えを出した。その結論が正しかったと自分に胸を張れるように仕事をしたい。そう願って、力を尽くした。

他の朝ドラの現場は知らないけれど、一生に一度の朝ドラが「つばさ」でよかった、とつくづく思う。「手を抜いている人を見たことがない」と打ち上げの挨拶でチーフディレクターの西谷真一さんが語ったが、ひたむきで熱い人たちがそろっていた。「こんなに人があったかい現場も珍しい」という声もよく聞かれた。そのあったかさは人恋しさの現れでもあり、キャストもスタッフも、淋しがりやで人なつこい、気遣いの人が集まっていた。人と人はわかりあえる、そのことを諦めたくない人たちが、「つばさ」ワールドを作り上げた。

明日からの第21週のタイトルは、「しあわせの分岐点」。分岐点といえば、「つばさ」は、いわゆる朝ドラの定番らしいトーンで作ることもできたし、そうしたほうが安定した視聴率を取れたかもしれないけれど、あえてチャレンジを選んだ。家を守る母ではなく家を捨てた母。夢を追うヒロインではなく、夢を封じてきたヒロイン。その逆転母娘が再会し、26週かけてお互いや周囲に起こす化学変化が絆に昇華していく、というエネルギーの要ることをあえてやっている。わたしが打ち合わせに参加するようになったときには、すでに世界観もテーマもできていたけれど、そのときから、放送が始まって以来も、制作チームがやろうとしていることは一貫している。「思い残すことはありません!」とも西谷Dは爽やかに言い切った。選んだ人生を肯定し、真っすぐに前を向いていく、「つばさ」チームの潔さと強さを今あらためて思っている。

打ち上げ前の撮りきりセレモニーで、玉木竹雄役の中村梅雀さんは、「家族の絆を諦めちゃいけないってことが最後まで描かれている」と語った。「起きてしまったことは変えられないけれど、物語の続きは自分たちの手の中にある」「選ばなかった人生を悔やんではいけない」「人生は元取るようにできている」など、言葉は違っても、「つばさ」は、今自分が立っている場所を受け入れ、そこから次へ踏み出すエールを送ろうとしている。玉木家最大の危機につばさは、家族は、どう立ち向かうのか。どうぞご注目ください。演出は、4、5、7、11、18週の大橋守さん。

そして、続く第22週「信じる力」は「脚本協力 今井雅子」のクレジットが毎日出る増量週間。つばさの幼なじみのお隣の万里(吉田桂子)の成長と友情をお楽しみに。

【お知らせ】『子ぎつねヘレンの10のおくりもの』ラジオ初登場

『ぼくとママの黄色い自転車』の紹介でなにかと引き合いに出される『子ぎつねヘレン』。映画から生まれたいまいまさこの絵本も頑張っています。 『子ぎつねヘレンの10のおくりもの』がNHK新潟放送局のアナウンサーによるラジオの朗読コーナー「絵本の庭」(朝ドラ「つばさ」の「おはなしのへや」みたいな番組のよう)に登場。 8月13日に新潟地区限定で放送されました。こちらで朗読を聴けます。 Macでは再生できませんでしたが……聴かれた方、感想をお知らせくださいね。

2008年08月16日(土)  谷中のうどん屋で雨宿り
2007年08月16日(木)  円周率は音楽だった
2006年08月16日(水)  売れ行き好調『子ぎつねヘレン』DVD
2005年08月16日(火)  いいにおいのお芝居『おじいちゃんの夏』
2004年08月16日(月)  伊豆高原のアンダティバリゾート
2003年08月16日(土)  6人で400才
2002年08月16日(金)  持ち込み企画


2009年08月15日(土)  見つけた!vynilの葉っぱ身長計

朝ドラ「つばさ」打ち上げでひさしぶりに朝帰り。仕事で朝帰りはちょくちょくあるけど、飲んで朝帰りは会社員時代以来かもしれない。ということは、3年余りぶり。昼に起床し、前から約束していた元同僚ゲッシー嬢のイトウ家へ一家で遊びに行く。ダンナ同士も今では妻抜きで会う仲で、娘同士はひとつ違い。うちの娘のたまより10か月後に生まれたタマキちゃんも愛称は「たまちゃん」で、会うときは「おおたま」「ちいたま」と区別している。

イトウ家訪問のお楽しみのひとつが、センスのいいインテリアや雑貨。「これ、どこで買うの?」と片っ端から質問したくなるほど、わたし好みの、だけどカラフルというよりはシンプルで落ち着いた趣味でダンナにも受け入れられそうな物がそろえられている。一か所を留めて、三脚でふんばる壁かけ(壁立ち?)キャンドルホルダーや、背面が鏡になっていてキャンドルが延々と続く箱型キャンドルスタンドなど、キャンドル雑貨がとくに充実。

壁にシルエットのように貼られた黒地のキャラクターを見て、「これ面白いね」と言うと、ゲッシー嬢との共通の友人、元同僚のミユキちゃんちで見つけて、早速真似したとのこと。シール式の壁紙飾りで、壁紙を張り替えずに部屋をイメチェンできる。デザインがとても洒落ていて、アートの匂い。パリ発のvynilという商品だった。

調べてみると、いろんなパターンがあり、その中に、探し求めていたものを見つけた。家具ショップのアクタス(ACTUS)のカタログに植物が身長計になっている壁紙が写っていて、商品の家具よりもそちらが気になっていた。「身長計つき壁紙」なのだと思っていたら、「壁紙に貼り付ける身長計」だったのだ。アクタスのお店にはなく、いっそアクリル絵の具で壁に描いてみるかとも考えていたので、思いがけない形で見つかり、バンザイ。早速購入をと「measuring plants」の値段を見ると12800円也。壁紙を替えると思えば安いが、引っ越しても次の家には持っていけないとなると、「あと何年、この賃貸マンションに住むか?」と計算が働いてしまう。悩ましいところ。

【お知らせ】 『ぼくとママの黄色い自転車』公開一週間前

まだまだ先と思っていたら、あっという間。今井雅子にとっては3年ぶりの映画なので、ドキドキもワクワクも大きく、口コミに励む今日この頃。知り合いのお店にチラシを置かせてもらったり、行く先々でチラシを手渡したり。

以前「でか!あんぱん」を購入(>>>日記)した縁でメール交換している巣鴨の創造パン屋「アルル」のパンG(爺?)さんは、サイトとレジカウンターに今井雅子コーナー(?)を設けて「つばさ」と『ぼくママ』を応援。先日チラシを渡しに行ったら、「チラシ代」と試作品のクッキーをどっさりくださり、恐縮。ファンというのはありがたいものです。今井雅子の顔と名前が一致していなかったパンGさん、わたしを見て、「たくさん仕事なさっているから、もっと年配で怖そうな人かと思っていました」と想像とのギャップに驚かれたよう。


お礼にアルルのパンをご紹介。しょっぱさが甘さを引き立てる塩メロンパンと、ずっしり重いかぼちゃパン。かぼちゃパンは娘のたまが片時も離さず食べ尽くしたので味はわかりませんが、アルルのパンは体にやさしい天然の材料にこだわっているので、子どもも安心。

2008年08月15日(金)  マタニティオレンジ321 ケェコ、またくる?
2007年08月15日(水)  人の名前が出てこない
2004年08月15日(日)  ハリケーン・チャーリーさん
2002年08月15日(木)  川喜多記念映画文化財団


2009年08月14日(金)  半径5メートルの幸せ。朝ドラ「つばさ」撮りきり&打ち上げ

脚本協力として関わっている朝ドラ「つばさ」の撮影終了を祝う「撮りきりセレモニー」と打ち上げの案内をいただき、「一生に一度あるかないかの機会!」とばかり、打ち合わせの予定を急遽早めてもらって馳せ参じた。

5分遅れで渋谷NHKの105スタジオに到着すると、ちょうど最後の撮影を終え、セレモニーが始まったところ。報道陣と関係者でごった返す後ろから伸び上がって拝見。「全156回、撮りきりました。全182日、我々はつばさと共にありました」(リハーサル51日、本番81日、ロケ50日のような内訳だった記憶が……未確認)と後藤高久チーフプロデューサーが挨拶し、万雷の拍手。天井からするすると下ろされたくす玉(「美術部、割れても多部さんに当たりませんよね? ま、当たったら縁起物と言うことで」と後藤P)をヒロインつばさ役の多部未華子ちゃんが割り、クラッカーが鳴らされ、紙吹雪と煙と歓声がスタジオを包んだ。



「ヒロインから一言」と後藤Pがマイクを向けるものの多部ちゃんは「まだ実感が湧かなくて……」と涙で言葉にならず、花束贈呈を務める間にコメントを考えてもらうことに。

大谷翔太(小柳友)→大谷佐知江(手塚理美)→斎藤浩徳(西城秀樹)→篠田麻子(井上和香)→真瀬昌彦(宅間孝行)→丸山伸子(松本明子)→ロナウ二郎(脇知弘)→浪岡正太郎(ROLLY)→真瀬優花(畠山彩奈)→丸山隼人(下山葵)→宇津木泰典(金田明夫)→宇津木佑子(広岡由里子)→宇津木万里(吉田桂子)→鈴本宏夫(佐戸井けん太)→鈴本俊輔(三浦アキフミ)→玉木知秋(冨浦智嗣)→玉木千代(吉行和子)→玉木竹雄(中村梅雀)→玉木加乃子(高畑淳子)の主な共演者19名に、多部ちゃんが一言とともに花束を手渡し、挨拶をもらっていく。セレモニー感とあたたかみのあるコメントリレーに聴き入った。

「私がヒロインだった頃よりずっとしっかりしていて大人だった」と手塚さん。「高校の後輩なんだけど、(仕事ぶりは)先輩で」と井上さん。「メイク室でもぎりぎりまで台詞を覚えている姿を陰から見守っていました」と松本さん。多部ちゃんが「尊敬しています」と言葉をかけた金田さんと広岡さんは「こっちこそ尊敬しています」などと、多部ちゃんへの賞賛の声が続々。「若い人というのは、一年でこんなに変わるのか、と『伸びしろ』をうらやましく思った」と佐戸井さんは多部ちゃんだけでなく若手キャスト一同を褒め讃えた。

「変な大人に囲まれて大変だったね」と多部ちゃんに声をかけられた彩奈ちゃんは、「また撮影があると思います」とコメント。後で聞くと、「また一緒に撮影できるように頑張りたいと思います」と言いたかったのだけど緊張していたとのこと。

「台本もらう役は初めてで、みんなの足を引っ張るんじゃないか不安で……」と涙ぐんだ吉田さんは、多部ちゃんと何でも話せる親友になったそう。

キャスト発表のときの挨拶で「朝ドラに怪奇な風を吹かせます」と宣言したROLLYさんは「わたくしは未来永劫浪岡正太郎であり続けます!」と高らかに。朝ドラ出演で、大阪のお母様もようやくご近所に息子を自慢できるようになったとお茶目なコメントも。

玉木家への花束贈呈は、笑いと涙。「この子、ほんとにアホなんじゃないかって思うこともあって……。不思議な子でした」と多部ちゃんに言われた富浦くんは、多部ちゃんのことを「ほんとにかわいくて大好きでした」。「玉木家でいちばんお茶目な人」と後藤Pに紹介された吉行さんは、「私がいちばん好きな台詞は、つばさを抱きしめて、はばたきなさいと言うところ。初めて千代が素直になれた場面で……」とひとしきり話したところで、思い出したように「お疲れさまでした」。場内は爆笑とともに、「ほんと、天然なんだなあ」とあらためて納得。

梅雀さんには「目を見ているだけで気持ちをわかってくれた」と多部ちゃん。梅雀さんは「振れ幅の大きい役は好きですが、この役は大きいなんてものじゃなかった。迷うこともあったが、そんなときに多部ちゃんを見ると、的確にゆるぎなく存在していて、自分も自信を持ってやっていこうと思えた」と語り、「あんた、ほんとすごいよ。自慢の娘だ」と絶賛。

最後の高畑さんには「これ以上言うと泣きそうなので何も言いません」と多部ちゃん。「スタジオの壁の色、皆さん一人一人の顔、あの時計が今日は違って見えます」と高畑さん。放浪の母という難しい役を負い、「早く終わらないかなあと思ってあの時計を見ていたこともあった」という。「今夜は酔っぱらいが渋谷に二体(加乃子とつばさ?)転がることになると思います!」。この正直さ、潔さが高畑さんの魅力。「今、気になる女優はと聞かれたら、多部未華子と答えます。なりたい女優はと聞かれたら吉行和子と答えます」。どんな現場でも愚痴をこぼさず役に徹する吉行さんの姿に、こんな女優がいるのかと感服したそう。

多部ちゃんにはチーフディレクターの西谷真一さんと脚本の戸田山雅司さんから花束贈呈。このときだったか、打ち上げのときだったか、「皆さんにはとんでもないことをやらせてしまいまして」のようなことを戸田山さんがコメント。

NHK側からの挨拶の後、フォトセッションがあり、つばさ以外の玉木家と翔太を残して、他のキャストはレッドカーペットを歩んで退場。玉木家+翔太が今後の見どころや作品の魅力を紹介。「これまでにまいた種が刈り取られていくのでますます見逃せません」と高畑さん。「家族の絆を諦めちゃいけないってことが最後まで描かれている」と梅雀さん。「総集編でも話は進みます」と後藤P。「女の一生をきちんと描かれている。女として言われたいことが書かれている」と吉行さん。添え物的なおばあちゃんではなく玉木千代という一人の女性として描かれたことをとても喜び、面白がってくださっている。「どんでん返しを楽しんで欲しい。大きくなった大谷翔太を見て欲しい」と小柳くん。撮影の10か月でいちばん変化したのは「やせて10キロ太ってまたやせた知秋」と梅雀さんは言い、「未華子ちゃんは慈悲深い顔になっていった」。

そこに戻ってきた多部ちゃんもインタビューに加わる。「今いちばんやりたいことは?」の質問に、「この後の打ち上げでいかに盛り上がれるか。この日を笑顔で迎えられるためにみんな頑張ってきたと思うので」と多部ちゃん。「投げ出したくなったこともあったけど、みんなに励まされて今日まで来られた」と正直。つばさというキャラクターに対して一言かけるとしたら、「つばさはとてもいい子なので……もうちょっと休んだらと言ってあげたい」。「10か月頑張ったご褒美に何が欲しいですか」という質問の答えは、「もう台詞を覚えなくていい」こと。「川越で一番印象に残った場所は?」の答えは「グラウンド」。翔太との別れや、これから放送の22週など、グラウンドでのロケは何度もあって思い出深く、「なんてことのない場所だけど、そこで季節を感じた」という。「つばさ」での一番の収穫は、「お芝居を楽しんでいる、お芝居が好き、と恥ずかしげもなく堂々と言い切る役者たちに出会って刺激を受けた」ことだとか。そう語る多部ちゃんの目も生き生き、キラキラしていて、こんなにキレイな子だったっけと吸い込まれた。

取材が終了し、104スタジオに移動して、スタッフとキャストの記念撮影。最前列の戸田山さんと後藤Pの間から顔を出すという好位置に入れていただく。宅間さんがぽてと君を、3番手のディレクターの福井充広さんがあまたま君をかぶっている。一枚目は真面目に、あとは「つばさー!」のかけ声とともにガッツポーズで。この写真は家宝になりますな。

2番手のディレクターの大橋守さんが、近くにいた方々に紹介してくださる。今日が初対面の方、一方的に存じ上げている方がほとんど。万里役の吉田桂子さんに、初めましての挨拶。彼女のブログの立ち上げを大学時代の友人、松本拓也君が偶然手伝っていたご縁があり、その話をした。

優花ちゃん役の畠山彩奈ちゃんとお母さんにご挨拶し、「うちの娘が優花ちゃんのファンです」と伝える。その近くにいた西城秀樹さんにも思いきってご挨拶。「YMCAって踊った世代です」と自己紹介し、お子さんの話などをする。西城さん、カッコ良くて、優しくて、惚れ惚れ。顔合わせでご挨拶した松本明子さんはあいかわらず丁寧で、こちらが恐縮するほど腰の低い方だった。

19時から打ち上げ(撮影終了を祝う会)。おお、なんと広い会場! 間もなくここを人が埋め尽くすことに。

撮影現場にはほとんどお邪魔していないし、右も左も知らない人だらけ。キョロキョロ、オドオドしながら会場をさまよっていると、プロデューサーが気をきかせてくれ、テーブルに席を用意してくれたので、何とか居場所ができた。お隣は、鈴本スーパー社長の妻の役で、声のみ出演の加藤みどりさん。とても気さくで明るい方で、話も弾み、おかげで時間を忘れるほど楽しい一次会となった。「つばさ」の台本が届くたび、大笑いされていたそう。キャスト挨拶では、映像では見られなかった鈴本家一家三人集合の図が実現。挨拶する佐戸井さんの後ろから、「あんたー! しっかりしなさい!」と加藤さんが喝を入れる一幕に、場内が沸き返った。

開会の少し前には、中村梅雀さんと吉行和子さんにご挨拶できた。梅雀さんとはディズニー話が弾んだ。コピーライター時代に東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの広告を作っていたので、梅雀さんがディズニー好きと知ってうれしかったです、と話す。梅雀さんは、にこやかで、優しさがあふれていて、本当に素敵な人。

同じテーブルには、斎藤興業社員・水村役の市山貴章さん、横矢みちる役の山本未来さん、城之内房子役の冨士眞奈美さんも。市山さんはとらえどころのない不思議な人で、登壇しての挨拶では意味不明なインチキ(?)中国語トークを延々と。誰か止めて〜という会場の心の叫びを代表して、ボス・斎藤役の西城さんが「やめろ」。市山さんの付き添いで顔合わせのときに来ていたのが、『子ぎつねヘレン』のときに大沢たかおさんのマネージャーだった植木さん。

富士さんは、今井雅子の最初で最後のサスペンスドラマ「ドクター・ヨシカの犯罪カルテ〜診察室に犯人が来た」(坂上かつえさんと共同脚本)で、バットを振り回すお茶目なお手伝いさん役を演じてくれた。その話をすると、歌うような美声で「あの役、とっても楽しかったわ〜」。第25週で房子が玉木家に乱入する場面を同じテーブルの方々に紹介して、「わたくしが、もう、とんでもないことをするの。あれも楽しかったわ〜」。素顔もとてもチャーミングな人。玉木千代の天敵役に指名されたのは、仲良しの吉行さんとの共演を見たいという制作陣の意向もあったので、挨拶では「そのことについては、吉行和子に感謝しています」と語り、会場の笑いを誘っていた。

放送中の第20週「かなしい秘密」に谷村鉄次役で出演の及川いぞうさんともお話できた。とても気さくで、愛嬌のある人。「あまたまのモデルは私です」と坊主頭を撫でながら、渋〜いお声で。9/2(水)〜9(水)新宿スペース107にて昭和芸能舎(新宿芸能社 改め)第14回公演「長ぐつのロミオ」に出演とのこと。作・演出は『パッチギ!』『フラガール』の羽原大介さん。これは観てみたい。


出演者、スタッフの挨拶の締めは制作陣。プロデューサーとディレクターを合わせて、この大所帯。大橋さん、後藤さん、西谷さんと記念撮影。どことなく似ている3人。仲も良く、チームワークはバツグン。お世話になりました。

高畑淳子さんとも写真を撮らせていただいた。ダンナ父がわたしと出会うはるか昔から高畑さんと交流があり、今でも「アツコ、アツコ」と自慢の妹のように言っているので、「巣鴨の父に見せます」と記念撮影をお願いした。でも、他の方々には怖れ多くて……。「ブレスト〜女子高生、10億円の賭け!」のときは、小林涼子ちゃんがいたこともあって、写真を撮りやすかったけど、白いミニのワンピースが眩しい今日の多部ちゃんは、眺めるだけだった。ブレストの頃からずいぶん大人っぽくなったけど、「つばさ」の出演者発表のときと今日とでも顔つきは違っていて、女優のオーラもケタ違い。「今日ここに皆さんがこうして集まれたことを、とてもうれしく思います。人と人をつなぐのが、わたしの仕事ですから!」と壇上で言い切った多部ちゃんは、自信にあふれた実にいい顔をしていた。

多部ちゃんは、二次会の店を出たときに「今井さん、これを」と呼び止め、リボンに「つばさ 2009」と手描きしたストラップを差し出してくれた。共演者とスタッフ全員の分を用意したそう。撮影が続くなか、時間を作ったんだなあ。ほんとうに優しくて気配りのできる人で、年上の役者さんたちが「尊敬しています」と言うのもうなずける。「またご一緒できてうれしいです」と言ってくれたので、「二度あることは、きっと三度あるよ」と答えた。マネージャーの小山理子さんは、宮崎あおいちゃん主演の『パコダテ人』が縁で『風の絨毯』の話を持ってきてくれ、『ブレスト』『つばさ』でもご一緒することになった。

話は戻って、二次会会場はライブハウスのようなところ。最初、後藤さん、戸田山さん、西谷さんと同じテーブルで「打ち合わせが始まりそうですねえ」。戸田山さんには一次会でほとんどお話しできなかったので、あらためてありがとうございましたとお礼を言う。手伝っているんだか足を引っ張っているんだかわからないこともあったけれど、わたしの意見を尊重してくれ、いいところは褒め、悪いところは正し、戸田山師匠の門下で学ばせてもらったような16か月だった(わたしは「つばさ留学」と呼んでいる)。

原宿クエストホールで二人芝居の初日を終えたイッセー尾形さんと小松政夫さんが二次会から登場し、拍手喝采。「遺影の役をやりました小松です」と挨拶された小松さんは、300カットほど撮ったという遺影撮影を百面相で再現。これが異様におかしかった。さらに小松さんの音頭で、一同「つばさ、イエーイ」。Vサインでこんなに盛り上げてしまうとは、やはりタダ者ではない。

NG集の上映に大爆笑し、出演者による一夜限りの豪華ドリームメンバーのバンドの生演奏で「あなたが好き」や「愛の季節」を大合唱したり。出演者と戸田山さんからのプレゼントの抽選大会があったり、打ち上げもサービス精神満点。最後は再びバンドの熱演。なんて贅沢な時間でしょう。ROLLYさんをつかまえて「ファンです。ロッキーホラーショー3回観ました!」と話しかけると、「今でも覚えております」と台詞をすらすらと暗唱してくれ、感激。普段の会話は大阪弁だそうで、この人にあて書きで大阪弁の台詞を書きたいと思った。宅間孝行さん、井上和香さんともお話しできて、思い残すことはございません。

二次会で帰るつもりが、宅間さんのマネージャーさんと話が弾んで三次会に流れ込み、知らない人たちがとても楽しそうに盛り上がるのをまぶしい思いで見ながら、つばさチームの結束の強さと作品への愛をあらためて知った。隣の席に座った女の子から、撮影が始まる前に植え込みなどを仕込む「造園」という仕事があることを教えられる。この人たちは大道具で、あの人はデザイナーで……と紹介されながら、なんとたくさんの人たちが、力を合わせてあの世界を作り上げていることかと感嘆。「半径5キロの幸せ」を描く「つばさ」ワールドにちなんで、今日の打ち上げのテーマは「半径5キロの幸せ」探しだと一次会の開会の辞にあった。その言葉通りの一夜となった。

2008年08月14日(木)  マタニティオレンジ320 ちぇらちゃん、みじゅ、ちぇらまま、きー!
2007年08月14日(火)  マタニティオレンジ158 おおたま ちいたま
2004年08月14日(土)  シナリオ合宿は体育会ノリ


2009年08月13日(木)  脚本作品がカタチになる喜び

今井雅子が第1回から審査を務めている「ドラマ万葉ラブストーリー」脚本募集(ただ今第4回を募集中。9/9必着)の第1回受賞者、藤井香織さんと第2回受賞者、宮埜美智さんがわが家を訪ねて来てくれる。このところの大掃除で、駆け出し脚本家の頃に役に立ったものの眠っている資料が大量に発見され、捨てられない性分のため、「もし使っていただけるのなら、引き取ってもらえませんか」と相談したところ、勉強熱心な二人が駆けつけてくれたのだった。呼びつけた上に手土産まで持たせてしまい恐縮する。NHK奈良で万葉ラブを立ち上げ、今はNHK千葉にいるわたしの大学時代の同級生の高田君に電話をして、「万葉ラブ同窓会やってるよ〜」とうらやましがらせたが、授賞式のその後も交流が続くのが、万葉ラブの特長。第3回の受賞者ともちょくちょく連絡を取り合っているし、審査員と受賞者というよりは脚本家仲間という感じ。

藤井さんと宮埜さんはシナリオスクールで共に学び、今でも刺激し合う仲。わたしのシナリオ講座にも一緒に聞きに来てくれたことがある。先月は2週続けて二人のラジオドラマが放送され(7月14日放送 藤井香織作「幸福再利用研究所」と21日放送 宮埜美智作「エコロ爺」。放送の録音を聴けるので、ぜひ)、わたしも楽しませてもらった。二人ともプロとしてやっていく資質も情熱も十分持ち合わせている。万葉ラブの受賞作品のレベルの高さを見ても、脚本家として一本立ちしているわたしと彼女たちの差は、運だけではないかという気がする。運をモノにするには、もちろん心がけが必要で、「まとめ上手になるのではなく、引っかかりを残すことが大事」というアドバイスをした。

娘のたまが保育園を休んでいたために要所要所で邪魔が入ったが、保育園へのお迎えの時間を気にせず、ゆっくり話すことができた。独学だったせいで脚本家仲間のいないわたしにとっては、年の近い女の子たちと脚本の話をできるのが新鮮。「こんな無理な注文がありました」や「こんなこと言われてボツになりました」などのトホホ話は脚本家にはつきものだけど、三人で笑い合えば、楽しくなってくる。

『子ぎつねヘレン』以降、ヘレンが名刺替わりになって、仕事が来やすくなったけれど、それまでは興味を持って会ってもらったりプロットを提出したりしても梨のつぶてということが多かった。やる気を見せるために「一晩であなたのために脚本一本書きました」みたいなこともしたけれど、今思えば、粗製濫造だったなあと苦笑してしまう。でも、書くことが好きで好きで続けていれば道は拓けるということを身をもって感じているし、藤井さんと宮埜さんの道もそうあって欲しいと願う。

脚本家の仕事の醍醐味のひとつは、自分が手がけた脚本がカタチになり、それをたくさんの人と共有できること。折しも脚本協力で関わった朝ドラ「つばさ」のDVD-BOX第一弾が届いた。21日発売で、ただいま予約受付中。ドラマのDVD化は「快感職人」「アテンションプリーズ〜オーストラリア・シドニースペシャル」に続いて、3度目。どんな作品もDVDになって家に届くと、「おかえり」と声をかけたくなる。

mixiの今井雅子コミュニティでは、管理人のナルセさんが、「『ブレスト』のDVD化運動に皆さん協力してください!」と書き込み。 「テレビドラマデータベース」というサイトの「ブレスト〜女子高生、10億円の賭け!」のページに、「このドラマのDVDが欲しいですか?」の投票欄がある。何票がDVD化の目安なんだろう。テレビ朝日が以前視聴者のリクエストでシナリオ大賞受賞作品をDVD化したという話を聞いたので、ブレストのDVDも人気が集まれば実現するかもしれない。他に「彼女たちの獣医学入門」「真夜中のアンデルセン」「ドクター・ヨシカの犯罪カルテ 診察室に犯人が来た」(坂上かつえさんと共同脚本)、DVD化済みの「快感職人」と「アテンションプリーズ〜オーストラリア・シドニースペシャル」のページもあるけど、いずれもDVD化リクエスト投票は一桁で、ブレストの3桁はケタ違い。多部未華子ファンのパワーかも。

2008年08月13日(水)  言葉という窓
2007年08月13日(月)  『絶後の記録』映画化めざして来日
2005年08月13日(土)  西村由紀江さんの『ふんわりぴあの vol.7』


2009年08月12日(水)  『ぼくとママの黄色い自転車』浴衣舞台挨拶つき試写会

新宿明治安田生命ホールにて、『ぼくとママの黄色い自転車』舞台挨拶つき試写会。場所は「新宿駅前」だと頭に入っていたはずなのに、無意識のうちに新宿三丁目で下り、バルト9へ向かっていた。完成披露試写会も先日のキャリアマム限定試写会もここだったし、「バルト9にて初日舞台挨拶!」と家を出る直線に書き込んだりしていたものだから、体と頭に刷り込まれてしまったらしい。一階のエレベーターホールにごった返す人たちを見て、「この人たち、みんな、ぼくママ試写に来てくれた人なのかな」とほくほくした瞬間、「ちゃうやん!」と脳内信号が警告を発し、あわてて外に飛び出した。

その時点で13時24分。走っても13時半開演に間に合わない!とタクシーをつかまえると、運転手さんが目指したのは、西新宿の裾が広がったビル。「安田生命って、あそこですよね?」「違います! 安田生命ホールです!」。しかも、あのビル、安田生命じゃなくて、安田火災(現「損保ジャパン」)の本社ビルではないか! これでは安田生命ホールを知らなくても無理はないかもしれない。

タクシーを降り、息せき切って走り込むと、お客さんが続々と入っている最中で、のんびりした雰囲気。13時半開演ではなく開場だった。勘違いが重なったおかげで、舞台挨拶には十分間に合った。開演30分前で、客席にはすでに半分以上埋まっていて、出足は好調。

ロビーに飾られた黄色い自転車を撮影したり、プロデューサーに挨拶したり。昨日の夜の九段下での試写会も盛況で、とてもいい雰囲気だったそう。アンケートを読ませていただいたが、あたたかい言葉で綴られたものが多く、ほっとする。とくに子どもたちからの反応が良く、大志に共感して観てくれたのだなあとうれしくなった。母国語の関西弁でノリノリで書いた明石の女の子の場面が人気で、これもうれしい。

開演時間となり、会場はほぼ満席に。最後列の後ろに立って舞台挨拶を見る。司会の八雲ふみねさんが浴衣姿で登場。「小学生のお友だち、入口で配ったうちわを振ってください」の声に、会場の半数近くの客席で、うちわが揺れた。

うちわの歓迎に迎えられ、武井証くん(&犬のアン)、阿部サダヲさん、鈴木京香さんの沖田家一家三人が浴衣姿で登壇。浴衣のポイントとともに来場の皆さんにご挨拶。証君はタイトルにちなんだ自転車柄。白い浴衣の阿部さんは「僕は設計士の役なんで、製図しやすい感じで」。京香さんは浴衣にあしらわれた花を「母が育てていた花で」と紹介。クレマチスとおっしゃっていたような。

夏休みの思い出や、「この夏にしたいこと」といった八雲さんの質問の切り口が新鮮で、初めて聞く話が多く、充実した舞台挨拶だった。阿部さんが子どもの頃に空き地に基地を作っていた話が面白い。誰にも内緒のはずだったのに、親はお見通しで、こっそり持ち出して基地の備品にしていた目覚まし時計がいつの間にか家に戻っていたという。証君は小柄な体を活かして、かくれんぼが得意。阿部さんが「自転車がないので、欲しい。風を切って走ると気持ち良さそう」と話すと、京香さんは自分が飼っている犬を乗せてあげたいと話し、「元気がいいほうをカゴに乗せて……」と言いかけてから、「弱っているおばあちゃん犬をかごに乗せて、元気なほうを走らせるといいかもしれませんね」。京香さんのしっとりと落ち着いた声と話し方には、安らぎをかきたてるものがあり、声に母性が宿っている。子どもと離れて暮らすことを選択する母という難しい役どころについて、その苦渋よりも子どもへの愛情を感じさせることを大切にされたという。

作品の見どころについて、証君が「いろんな人に出会って、大志が成長していく物語。家族で見て、夏休みの思い出にしてほしい」と美しくまとめ、阿部さんは「全部言われちゃった」と困った顔をしつつ、「観た跡に親子でずっと話しあっていける作品」と語り、京香さんも「武井君が全部言ってくれたし」と言ってから、「犬を飼いたいと言い出すお子さんが出てきて、ご両親が焦ってしまうかも」と犬好きらしいコメント。

フォトセッションの後、本編上映。子どもが多いと、反応がヴィヴィッドで、「こんなところで笑うの』と驚くようなところで受けてくれる。犬のアンの動きにひとつひとつがくすくす笑いを誘い、明石の女の子のシーンでは何度か爆笑が起こった。そして、終盤は鼻をすすりあげる音が合唱に。大勢で映画を観る楽しさは、まわりの反応が笑いや涙を増幅させるところ。上映時間は、『子ぎつねヘレン』の110分より15分短い95分。幼稚園へ行っているという小さな子どもたちも最後までぐずらず、集中して観てくれていた。試写会ならではの終映後の拍手もあたたかかく、立ち会えてよかった。『子ぎつねヘレン』でもご一緒したドッグトレーナーの宮忠臣さんやプロデューサーの井口喜一さんや椛澤節子さんとミニ同窓会立ち話をして、会場を後にした。

公開まで、あと10日。前売り券をまとめて購入し、持ち帰ってみると、「さだまさし特製チケット」とある。よく見ると、写真に白抜きで「抱きしめて がんばれ大志 さだまさし」とサインが入っていた。持ち歩いていますので、ご入り用の方はお申し付けくださいませ。


2009年08月11日(火)  本は事件だ!『装幀思案』(菊池信義)

わたしが本を選ぶ場所は大きく二つあり、ひとつは新聞の書評欄、もうひとつは図書館。その二つでアンテナを張り、引っかかったものを手に取る。書評欄で気になったものは、ネットか図書館で取り寄せることが多い。最近読んだ『装幀思案』は、書評で知って図書館で受け取った一冊。書評の言葉の何に引っかかったのか、取り寄せた頃には記憶が飛んでしまったが、裏表紙には、「一万数千冊の本をデザインしてきた装幀家が、書店で心引かれた装幀にはじめて言葉をそえた」とある。

装幀家である著者、菊池信義氏が目に留めた装幀について綴った短いエッセイがまとめられている。共感できるところが多く、「平台で装幀と出会う、一瞬の劇を楽しみたい」という精神にうなずきつつ、取り寄せてレジで受け取る本とは「一瞬の劇がはじけたためしがない。(中略)すでに良くも悪くも私の本として在るということか」という鋭い指摘に膝を打った。

「チリ」という表題のエッセイには、自らが装幀を手がけた蜂飼耳の『孔雀の羽の目がみてる』について綴られている。「蜂飼耳の文は、読むという行為が、一つの事件であり、対象に当事者として向きあうことを要求してある。情報の容器ではなく、読むという事件、その現場としての本の形が問われる」とある。そうか、本は事件の現場なのか。だからこそ、本との出会いは、書店で目と目が合って恋に落ちるような衝撃的な出会いでなければならないのだな、と思う。

表題の「チリ」とは、本文を印刷したページよりひとまわり大きな上製本の表紙がはみ出した部分のことを指すらしい。「チリは、人を読むことへ誘い、読むことで生まれた新たな心の秩序を縁どる、一人一人の罫なき罫ではないか。版面の余白を、さらに表紙のチリへ広げる。深いチリは読むことが一つの事件である文を支えてくれるはずだ」とある。本文の先の余白、その深さが、余韻を受け止める懐の深さということか。菊池氏は、『孔雀の羽の目がみてる』に通常の倍以上のチリを設けることを発案、実行したのだった。タイトルの二つ目の「の」の右側の丸みに沿わせるように作者名の蜂飼耳を配したデザインは「蜂」を連想させて、さすが。

「包む」の項では、「紙は破れる、切れる、千切れる。紙は折れる、曲がる、まるまる。紙は濡れる、溶ける、乾く。紙は日に焼け、黴が生え、虫に食われる。紙は燃える」とある。紙というものの本質を知り尽くした上で、装幀という営みは行われる。レイ・ブラッドベリ原作、フランソワ・トリュフォー監督の映画『華氏451』を思い出した。変質するからこそ印刷された本には電子図書にはない生々しさがあるのかもしれない。

「火種」の項には、「読むとは、書かれてあることを知ることではない。情報化されてあることや物の裸形を知ることだ。一語、一語の意味と印象を主体的に掴み直すことだ。読むという強い思いを人にもたらすのは、得体の知れぬ欠落感であって、装幀にできることは、そんな感覚に火を放つことだと思う」とある。火種になれるのも、紙だからこそ、などと思ったりする。

「予兆としての装幀」には、「作品とは、それを読んだ一人一人の印象が意味に育つ温床。真の作品とは、作者の手によって完成するのではない。読むという行為によって、一人一人の内へ一作一作、誕生する。その予兆としての装幀」とあり、「真に書かざるを得ない心の出口であり、読む事を必要とする心の入口である装幀は静まる」と締めくくられる。この言葉にも深々とうなずいた。「静まる」という表現は「裸形」と並んで本書に何度か登場したが、しっくりとあるべき形に納まった装幀は、雑音を立てず、澄み切った佇まいをしているのだろう。

「あとがき」には「言葉で紡がれた事件としての作品、その装幀も、書店の平台で事件としてありたい」とあらためて装幀家としての心構えが語られ、この一冊もまた、わたしが装幀を見る目を大いに見開かせる事件になったと確信した。本のタイトルに添えられた「その深遠へ」の副題をしっかり味わえる一冊。読み終えると、本はやはり書店の平台で出会うべし、という気持ちにさせられる。「すぐれた文章家は、すぐれた読書家でもある」とよく言われるが、菊池氏の文章自体もデザインされたかのように的確かつ美しい。「すぐれた装幀家は、すぐれた読書家でもある」のだった。

2008年08月11日(月)  マタニティオレンジ319 お姉さんに憧れて成長する
2007年08月11日(土)  マタニティオレンジ156 誰に似ているのか「顔ちぇき!」
2005年08月11日(木)  『子ぎつねヘレン』チラシ第1号
2003年08月11日(月)  伊豆高原
2002年08月11日(日)  ヤクルトVS横浜


2009年08月10日(月)  『ぼくとママの黄色い自転車』原作者・新堂冬樹さんと白黒対面

公開まで2週間を切った今井雅子脚本の長編6本目『ぼくとママの黄色い自転車』。その原作『僕の行く道』を書かれた新堂冬樹さんが映画を気に入ってくださり、ぜひご挨拶をとありがたいお申し出をいただいて、今日お会いすることになった。

約束の時間の前に別件で打ち合わせしていたプロデューサーに「これから新堂冬樹さんに会うんですよ」と言うと、「あの人は働き者ですよー」という反応。作家として書きまくっている一方で、芸能プロダクションの新堂プロを経営し、女の子の撮影に立ち会いつつノートパソコンに原稿を打ち込み、売り込みにも余念がないのだとか。「え、自分で動いちゃうんですか」と驚いたら、「経営努力と行動の人ですよ」。「日焼けにサングラスの怖そうな人」というイメージからは意外で、ご本人との対面がますます楽しみになった。

待ち合わせ場所に20分前に着くと、新堂さんもちょうど同じタイミングで到着。『ぼくママ』の撮影でご挨拶したハツラツマネージャーの成田嬢と新堂プロ所属の女の子3人とともに現れた。初号試写のときにお見かけしたときは畏れ多くて声をかけられなかったけれど、とてもにこやかでフレンドリー。「いやー、脚本読んで、ほんと、感動しましたよー。試写でも泣いちゃいましたよー」と褒めてくださる。もっと年上かと思ったら、3才違いで、「なんだ、同世代じゃないですかー」と親しみが湧いた。小説を出すたびに表紙を入れ込んだ名刺を作っているそうで、今日持ち合わせていなかった『僕の行く道』バージョンは、今度お会いしたときに。

働き者の新堂さん、ご自身のお仕事の紹介をしつつ、3人娘の売り込みもしっかり。写真中央の「篠原楓」クンは、先日試写で見た『引き出しの中のラブレター』(>>>日記)の函館高校生4人組の一人。函館での撮影に立ち会った際に、新堂さんはノベライズ執筆の話を取りつけ、超特急で書き上げたとか。ちゃきちゃきと明るく元気よくノリよく話す楓クン、ブログのタイトルはおしゃべり九官鳥。「あたしの良さは、現場でないとわかりません」と言い切るB型の16才。本番でハッとする演技を見せるタイプだそうで、ひらめきと集中力型の人と見た。

写真左の「朝丘マミ」クンは、昨日うちに来た前原星良ちゃんと同い年の13才の中学2年生ながら、堂々たる落ち着きと存在感。お嬢様風の品の良い微笑みをたたえつつ、「オーラを出して歩いていると、みんなが振り返るんです」などと遠慮のない大物発言を連発し、新堂さん曰く「上から目線の天才少女」。オーディションでもこの自信たっぷりな振る舞いで、大役を射止めているとか。マリー・アントワネットならぬ「マミー・アントワネット」というあだ名がぴったり。ぜひマミー語を開発して欲しい。言葉の最後に「シルヴプレ」とつけるとか。

写真右の「ゆき」クンは、これまた大物感があり、170センチはあろうかというサイズだけでなく、終始涼しい顔で、スマイルの安売りなどするものか、なスタイル。それがかえって気になって、ときどき一瞬笑ってくれると、「笑ったぁ」とうれしくなってしまう。その時点で、こちらは彼女のペースに巻き込まれているということ。自分の売りは「緊張しないこと」とクールなキャラクターは一貫している。時代劇で殺陣なんかやると似合いそうだけど、「どんな役でもやれます」と静かな自信ものぞかせる。

そして、わたしがゆきクンや楓クンと話している間、向かいの席のマミー・アントワネットは、「私を見なさい」のオーラを発し続けるのだった。

三者三様の女の子たちを観察させてもらうのは刺激的で、想像力をかきたてられた。「この3人を姉妹にしてオリジナルのドラマ作ったら面白いかも」と話すと、「ぜひまたなんか一緒にやりましょう」と新堂さん。もちろん女の子たちと作品を出会わせたいという気持ちもあるだろうけど、この情熱が次の作品につながるのだなあ。ほんとにまた何か一緒にやれそうだし、やれたら面白そうだという予感がしてくる。小説を書くときに「ただ書くだけじゃつまんないから、どう転がせるかを考える」と言う新堂さん。その攻めの姿勢も見習いたい。

一緒に写真を撮ると、地黒のわたしも色白に見えて、新堂さんの作品の両極端なカラーと同じく「白と黒」な感じ。同タイトルのブログにお邪魔すると、わたしが日記に書くよりずっと早く書いてくださっていた。やっぱり働き者!

【お知らせ】『ぼくママ』初日舞台挨拶決定!

8月22日公開『ぼくとママの黄色い自転車』の初日舞台挨拶が決定!
◆新宿バルト9 11:45の回 上映前に舞台挨拶 >>> 詳細
◆品川プリンスシネマ 12:15の回 上映後に舞台挨拶 >>> 詳細
◆川崎チネチッタ 13:50の回 上映後に舞台挨拶 >>> 詳細
武井証くん、阿部サダヲさん、鈴木京香さん、河野圭太監督が登壇予定。 新宿は、原作者の新堂冬樹さんも登壇予定とのこと。

2008年08月10日(日)  マタニティオレンジ318 キンダーフィルムフェスティバルで初めての映画
2007年08月10日(金)  あの流行語の生みの親
2004年08月10日(火)  六本木ヒルズクラブでUFOディナー
2003年08月10日(日)  伊豆 is nice!
2002年08月10日(土)  こどもが選んだNO.1


2009年08月09日(日)  星良ちゃんインタビュー&朝ドラ「つばさ」第20週は「かなしい秘密」

今井雅子の映画脚本デビュー作『パコダテ人』で、しっぽが生える大泉洋さんの娘役を演じた前原星良ちゃんの母、せらママから「いつかこんな日が来るとは」という意味深な書き出しのメールが届いたのは、先週のこと。何事かと思ったら、「せらが今井さんを取材したいそう。夏休みの宿題で職業についてインタビューしなくちゃいけないの」というありがたいお話で、今日わが家に来てもらうことになった。

「私が行くと口出ししちゃうから」とせらママは遅れて到着することになり、二人きりでインタビュー開始。「ぴまわりぽいくえんぴよこぐみ ぷるたまゆ」だった星良ちゃんも、はや中学2年生。たくさんある職業の中から「脚本家」を選んでもらって光栄だけど、大人相手のインタビューよりある意味責任重大で、緊張する。星良ちゃんも緊張気味で、「えっと、えっと、どうしよう、何聞こう」と質問を投げるまでに逡巡するのが初々しい。

最初の質問は「コピーライターから脚本家になられましたが、何が変わりましたか」。前の職業から切り込んでくるとは、目のつけどころがいい。「コピーライターと脚本家の仕事は似ている部分が多いけれど、会社員からフリーランスになった違いは大きかった」と答え、「フリーは仕事を選べるし、自由が大きい分、成功するのも失敗するのも自分次第。自分で自分をプロデュースし、売り込む努力も必要」とつけ足した。チョコレート名刺で覚えてもらうのもそう、サイトを充実させるのもそう。

「コピーライターになったときの試験がユニークだったそうですが」と下調べも万全な星良ちゃん。せらママからの情報だそうで、元は日記に書いてあったのだっけ。「10色の地下足袋のネーミングとコピーを考えよ」「紙コップの使い方を思いつく限り考えよ」「馬の耳に念仏の新しい解釈を考えよ」の全3問に3時間。想像力を働かせることが苦手な人は時間を持て余し、得意な人には時間が足りない試験だった、と振り返った。

「コピーライター時代と今とで、世の中が変わったと思うのは、どういうところですか」には「インターネットの登場が広告も脚本も変えた」と答え、「コピーライターになったときと脚本家になったときで苦労したのは、どんなことですか」には、「会社員になったときは、自信はないくせにプライドは高くて人の話を聞かず、空回りしていた。失敗を重ねるうちに、人の意見を取り入れる余裕がでてきて、仕事がやりやすくなった。おかげで脚本家になったときは、さほど苦労しなかった」と答えた。

「脚本というのは、家作りにおける設計図のようなもの」というよくあるたとえを持ち出し、「子ども部屋が欲しいという子どもと、書斎が欲しいパパと広い台所が欲しいママのそれぞれの言い分を聞いて、交通整理しながら解決法を探るような仕事。根気強さと解決のための引き出しがたくさん要る」と話した。

「こういう家にしましょうという全体の計画があらすじ。次に大バコと呼ばれるおおまかな構成を作るのが部屋割りにあたるもの。そこが固まると、窓やドアの形や位置を決めるように、さらに細かくシーンを割って小バコを作る。最後に細かい線を書き込んで図面を完成させるようにト書きと台詞のスタイルにしたら、脚本が出来上がる」と脚本作りの過程を説明し、「脚本を書き始めるまでが半分、初稿を書いてから直す作業が残り半分という感じ」と言うと、「パコダテ人で星良に声がかかったときは、作業で言うとどの辺でしたか」という質問。「決まったキャストに合わせて本を書き直したりするので、早い段階で検討稿としていったん印刷してキャスティングを始めるケースが多いから、後半の最初のほうかな」と答えた。

インタビューが面白いのは、相手の視点によって、自分が普段思い至らない部分に光が当てられるところ。コピーライターだった頃と脚本家の今をじっくり比べたことはなかったから、質問に答えながら、なるほどと自分の言葉に新鮮さを覚えた。コンクール受賞作だった『ぱこだて人』が前田哲監督に出会って『パコダテ人』に化けた経緯を話しているところに、せらママ到着。

星良ちゃんは最後に「脚本を書いて、世の中にどうなって欲しいですか」といったことを聞いた。「どんな作品を書いていきたいですか」ではなく「世の中」という言葉を使うところが面白い。「世の中と関わる」という労働の原点を突いているようにも思った。わたしの答えは、「インターネットの中だけで買い物も人間関係も事足りてしまう時代だけど、人と関わりたいという気持ちになれるような作品を書いていきたい」。

ほどなくインタビューは終わり、せらママは積み上げた資料に興味津々。とくに『パコダテ人』の脚本やパンフを見て、懐かしがっていた。「せら、脚本覚えてる?」「その頃は字が読めなかったから読んでないよ」。前田監督が見本を見せてくれたのを真似して演技していたそう。

夕食から後は、せらママのトーク全開となった。

星良ちゃんとせらママも熱心に観てくれている朝ドラ「つばさ」の第20週「かなしい秘密」は、「いつかこんな日が来るとは」が悪い形で現実となってしまう展開。ここしばらく悶々としていた玉木家の父、竹雄(中村梅雀)の秘めた暗い過去が明らかに。過去からの刺客あらわる!?のハラハラした展開を楽しみつつ、家族と過ごすありふれた幸せのありがたさをしみじみと噛み締める一週間。演出は全26週で唯一の女性ディレクター、亀村朋子さん。いつもは毎週月曜だけの「脚本家 今井雅子」のクレジットが毎日出る増量週間でもあるので、いつもの週より女性の目線が感じられるかも。

竹雄の過去暴露の衝撃の余波は、第21週「しあわせの分岐点」へと引っ張るので、どうぞ続けて「どうなる、玉木家?」をお見守りください。つばさの幼なじみ、お隣の万里(吉田桂子)ちゃんが活躍する第22週「信じる力」は、再び今井雅子増量週間。

2008年08月09日(土)  冷蔵庫に塩豚があれば
2007年08月09日(木)  ちょこっと関わった『犬と私の10の約束』
2004年08月09日(月)  巨星 小林正樹の世界『怪談』
2002年08月09日(金)  二代目デジカメ
1999年08月09日(月)  カンヌレポート最終ページ


2009年08月08日(土)  ミュー&たまフライング3才誕生会

いまいまさこカフェの「144444人目のお客様にいまいまさこ本プレゼント」の権利を獲得したのは、マタニティビクス仲間のトモミさんのダンナさん。トモミさんちに一家でお邪魔したときにご一緒したけれど、まさかサイトを見てくださっていたとは、驚くやらうれしいやら。

プレゼントの本をお渡しするのにかこつけて、ひさしぶりに母娘同窓会をしましょうということで、一家をわが家にお招きする。うちの娘のたまと一日違いに生まれたミューとトモミさんが、まず到着。はにかみや同士のたまとミューは、最初はぎこちなく距離を取っていたけれど、少しすると一緒に遊び始めた。


お人形のぽぽちゃんにタオルの布団をかけて寝かしつけていたはずが、いつの間にかミューがぽぽちゃんを抱き上げ、タオルの下には、たまのふともも。ミューがぽぽちゃんをだっこして立ち去っても、たまはなんだかうれしそう。

おもちゃのピアノを弾いたり、写真を眺めたり、レゴ遊びやデジカメ撮影ごっこをしたりした後、ベランダを走り回る遊びを始めた二人。同じ方向をぐるぐると回遊しながら追いかけっこするうちに、たまはミューと逆方向に走って待ち受ける作戦を発明。見事ミューをつかまえた瞬間、なんとも得意げないい顔を見せた。

ミューパパへの贈呈本、『子ぎつねヘレンの10のおくりもの』は自然な成り行きで、ミューへのプレゼントに。「生きることは おくりものを おくりあうこと」のメッセージを添えたサインの宛名は「ミューちゃんへ」。作者自ら朗読して差し上げましょうとなったが、たまは「たまちゃんの ほんで よんで」と中国語版を持ってきたり、ミューは途中で飽きてしまったり。最後まで物語を楽しめるようになるのは、もう少し先かな。今は、たまは絵を見て動物探しをしたり、自分なりの解説をつけたりして楽しんでいる。

近所の豆腐屋までお散歩がてら買い物に行き、戻ったところに、うちのダンナが帰宅し、トモミさんの旦那さんが合流。二人のパパもそろい、晩ご飯。メニューは、
●大根チーズ(大根の薄切りで切れてるチーズを挟むだけ。超簡単だけど驚くおいしさ。先日友人宅で出されて、これは便利と早速真似した)
●野菜のゼリー固め(ひさびさの登場。すっかり作り方を忘れて、自分の過去日記を参照した)
●ブロッコリーの芯とじゃがいものサラダ(濃いめの塩水で茹でてアンチョビオイルをかけただけ)
●ほたてしゅうまい(トモミさんの差し入れ)
●おくらのお好み焼き(リビングに載っていた「オクラ農家のおすすめの食べ方」をアレンジ。オクラを細かく切り、山芋のすりおろし、卵、小麦粉少々と混ぜて焼くだけ。小さいサイズをいっぱい焼くと、かわいくて食べやすい)
●ビーフシチュー(ビーフカレーにするつもりが、いいお肉だったのでシチューに変更)

大人たちは和やかに話が弾み、楽しい食事となったが、「いっかのちゅうしんはたまちゃんよー」光線を投げかけていたたまがついにいじけて、隣室に立てこもったり泣き出したり。ミューがたまの食器や椅子を使うと、いちいち「たまちゃんのよー」と文句をつける有様で、先日訪ねたY家の次女、同い年のアオチンが見せてくれたホスピタリティーとは大違い。困ったもんだ。

トモミさんがなだめてくれて、たまが機嫌を取り直すと、2週間フライングしての誕生日ケーキが登場。たまもミューも目を輝かせ、自分たちが主役になった感激に小躍り。ケーキは去年の2才のケーキと同じく、近所のル・ボン・ヴィヴァンのもの。ここはメッセージプレートがクッキー(しかも無料!)なうえに、ささやかな誕生日プレゼントとして袋入りのクッキーを添えてくれるのがうれしい。

3本のキャンドルの炎を神妙に見つめながら「ハッピーバースデートゥーユー」の歌を聞き、息の合った共同作業で火を吹き消した。おなかの中にいたときから、隣り合って踊っていたミューとたま。二人が音楽とダンスが好きな子に育って、一緒に歌ったり踊ったりしているのを眺めながら、「3年ってあっという間ねえ」と母たちはしみじみとなるのだった。

2008年08月08日(金)  『ぼくとママの黄色い自転車』ロケ
2007年08月08日(水)  「やきやき三輪」で三都物語の会
2005年08月08日(月)  虫食いワンピース救済法
2004年08月08日(日)  ミヤケマイ展『お茶の時間』
2002年08月08日(木)  War Game(ウォー・ゲーム)


2009年08月07日(金)  聞きたくないレーガン大統領と東ドイツの絵はがき

週末、ひさしぶりにわが家に客人を迎えることとなった。この一年あまり、仕事の忙しさを口実に掃除も炊事もさぼってきたけど、お客さんが来るからには、部屋もそれなりに片付け、もてなし料理も用意することになる。先日お招きにあずかったY家の夫人いわく「家をきれいにしたかったら、人をよぶことよ」。

ここ数週間、8か月遅れの大掃除を続けているが、積年のゴミやガラクタの整理作業の終わりは見えず、週末に向けて、とりあえず「開かずの間」以外の見えるところは何とかしようとペースを上げているところ。

とはいうものの、絵はがき一枚でも「捨てるべきか、取っておくべきか」と悩むものだから、なかなかはかどらない。「聞きたくない」という顔で耳をふさぐレーガン大統領の絵はがきを発掘し、また悩む。レーガンさんはわたしの恩人。彼が大統領で中曽根康弘氏が首相だったときの「ロン・ヤス外交」の副産物の留学制度で、わたしはアメリカに行けた。絵はがきはその留学中に買い求めたものだろう。帰国してから大阪の実家の自室に貼り、大学の下宿部屋に貼り、就職して上京したアパートのトイレに貼り、結婚した家に来てからはガラクタの山に埋もれていた。壁から壁へ20余年の放浪で、セロテープの跡も痛々しく、ずいぶんお疲れの様子。写真に納めて、お別れをすることにした。

2004年06月06日(日)   レーガン元大統領、逝去。
2002年03月31日(日) レーガン大統領と中曽根首相の置き土産

セピア調のこちらの連なった絵はがきは、1982年に当時「東ドイツ」と呼ばれていたドイツ民主共和国=Deutsche Demokratische Republik (DDR)で買い求めたもの。絵はがきのくたびれ度合いを差し引いても、ずいぶん古めかしい国だったんだなあと思ったら、写真が撮られたのは19世紀終わりから20世紀初めにかけて。いちばん上の写真は、1220年に建てられた建造物を1888年にF.Albert Schwartzが、上から2枚目は1907年にMax Missmannが撮影。

娘の初めての海外旅行先に東ドイツを選ぶ母のセンスは大したものだが、この国にただならぬ関心を寄せ、勉強会に参加していた母が「先入観ができる前に、見せておきたい」と中学一年生だったわたしと小学5年生だった妹を連れて行ったのだった。何かと衝撃的だったこの旅の刺激が、4年後のアメリカ留学につながっているので、レーガンさんと同じく、旧東ドイツは今のわたしに多大な影響を与えた存在。映画『グッバイ・レーニン』を観たとき(>>>日記)以来の懐かしさと感慨に浸った。思い出小箱の蓋を一瞬で開けてくれるこの絵はがきとも、写真に納めてお別れする。紙は呼んでも答えてくれないけれど、データは検索して呼び出せる利点もあるよと未練がましい自分に言い聞かせて。

2008年08月07日(木)  暁に帰る
2007年08月07日(火)  シンクロニシティの人
2005年08月07日(日)  串駒『蔵元を囲む会 始禄 小左衛門』
2004年08月07日(土)  ご近所の会・一時帰国同窓会
2002年08月07日(水)  ティファニー


2009年08月06日(木)  すみずみまで水野仁輔君のカレー本と「かがり火」

料理ユニットの東京カリ〜番長で活躍する水野仁輔君から「新刊本を送ります」と、3冊が届いた。『ニッポン・カレー大全』と『インドカレーキッチン (MARBLE BOOKS―daily made)』と『カレーになりたい!』。カレーネタでこれだけ立て続けに本を出せるのはすごい。水野君の作るカレーも好きだけど、彼が綴るカレーは、愛と感謝にあふれていて、なんとも味がある。幼い頃の隣人のインド人一家仕込みの本場の味が刷り込まれてカレー体質になってしまったわたしは、水野君の筋金入りのカレー愛にも「本物」を感じてしまう。

東京カリ〜番長がカレーをオシャレな存在に仕立てたのは、手がける本や印刷物のクオリティの高さが大いに貢献していると思う。添えられたスパイス番長(カリ〜番長とは別にスパイス料理を研究する四人組)のカードも、写真、デザイン共に品があり、飾りたくなるセンスの良さ。さらに、レシピカードにはレシピ開発者が食材の作り手などにあてた手紙が添えられていて、愛とユーモアがあふれた文章をすみずみまで読んでしまう。3冊の本もすみずみまで味わいたい。

すみずみまでといえば、先日「瀬戸内国際子ども映画祭」の準備会(>>>日記)のときに小豆島オリーブランドの柳生好彦会長から紹介された「かがり火」という地域づくりの情報誌を一冊持ち帰った。レイアウトがかっちりしていて、ちょっと官公庁の出版物っぽいお固さがあるのだけど、文章はとても読みやすく、よく調べ、よく書き込まれていて、読み応えがある。

その中に、ドキュメンタリー映画『オオカミの護符』の由井英監督のインタビューを見つけて読んでいて、「!」となった。今も民間に残るオオカミ信仰を扱ったこの作品の舞台は神奈川県宮前区土橋だという。文京区に引っ越してくる前、大阪から上京したわたしが10年前暮らした住所なのだった。田園都市線鷺沼駅近くにひらける「新興住宅街」だと思っていたら、昔から集落がある地区で、そこにオオカミ信仰が根づいているのだという。映画の存在は新聞記事で知っていたけれど、こんな風にかつて暮らした町とつながるとは驚いた。

すみずみまで読んだご褒美のように出会える発見は、ほくほくとうれしくなる。

2008年08月06日(水)  東京大地震の代わりに、小さな天災。
2006年08月06日(日)  アシナガバチの巣
2005年08月06日(土)  下垣真希 平和のリサイタル『命かがやいて』
2004年08月06日(金)  シナリオ『父と暮らせば』
2002年08月06日(火)  『絶後の記録〜広島原子爆弾の手記』


2009年08月05日(水)  ビデオを忘れるほどカメラに夢中

一昨日、七大戦の応援団パレード目当てに東大へ行ったとき、応援団にカメラを向けるわたしに、「たまちゃんが とる!」と娘のたまが手を伸ばしてきて、初めてデジカメで撮らせてみた。シャッターボタンを押す指にうまく力を込められず、「できないよー」とぼやいていたが、そのうちコツを覚えたと見えて、わたしとじいじにカメラを向け、パシャパシャとシャッター音を響かせた。ほとんどがピンぼけで、指が写っていて、人物は顔が切れているが、シャッターを切る手応えがたまらないらしく、メモリーの容量が尽きるまで撮り続ける。昔だったら「フィルムがもったいない」と心配になるところだけど、撮っては消せるデジカメ時代は、おおらかに見ていられる。

デジカメ熱は冷めることなく、うちの中でもパシャパシャ。飽きることを知らず、おかげで、「なんかみる〜」とビデオをせがむことを忘れている。人が撮ったものを見てるより、本人が動いて撮ったほうがよろしい気がする。カメラが上下逆さまだったり、レンズが逆を向いてボケボケ、どアップのセルフポートレートになったり、真っ黒い画面が何枚も続いたり。そんななか、何十枚かに一枚、うまく撮れるものがあり、コカコーラの丸看板の接写はピンぼけながら面白い構図。

壁のオフホワイトと布団の白が画面を二分割し、手前に人形のぽぽちゃんが寝転がり、背後に色鮮やかなカラーボックスという写真も、真横から見たような平面的な感じがあって、なんだか不思議。

そのぽぽちゃん、よく見ると、ソフトクリームのヘアゴムをヘアーバンド代わりにしている(以下の写真はわたしが撮影)。スキンヘッドにソフトクリームとは、ポップというよりパンクだ。こういう使い方は、思いつかなかった。


ぽぽちゃんといえば、少し前のこと、「これ、ぽぽちゃんの まくらね」と言いながら、たまが寝かしつけているのを見ると、枕の上にバインダーを置き、ベッドにしていた。留め具部分のスマイリーを「まくら」に見立てるセンスは、大人には斬新。

今朝は、カーテンレールに吊るした洗濯物に向かって床掃除ローラーの棒を伸ばし、「クリーング」(クリーニングのこと)。クリーニング屋さんが高いところに吊るしたハンガーを取るのに棒を使うのを真似していた。今週から一部が入れ替わった朝ドラ「つばさ」のタイトルバック写真を一枚一枚「これはおんなじ、これはちがう」と言い当てたことにも驚いたが、カメラで撮るように目にしたものを心に焼きつける機能は、大人よりはるかに優れているらしい。

今日の子守話は、カメラの話が作れれば良かったのだけど、以前作ってあった傘のお話。雨降りの日の3点セット、傘とレインコートと長靴がたまは大好きで、晴れていても使いたがる。まほうつかいシリーズは一段落して、次は小人か猫のお話に取りかかる予定。

子守話91「まほうつかいたまちゃん かさのまき」

あめふりの ひの できごとです。
まほうつかいの たまごの たまちゃんは
かさを さして レインコートをきて ながぐつを はいて
みずたまりだらけの みちを あるいていました。

あめが やんで そらに にじの はしが かかりました。
あの にじまで とんでいきたいな。
たまちゃんは そうおもったので そらとぶ まほうを
つかうことに しました。
「ちちんぷいぷい。たまちゃんの かさ たまちゃんを
 おそらへ つれていけ」
まほうは だいせいこう。
かさは ねっききゅうみたいに ふわりと うきあがり
たまちゃんの からだを もちあげて ぐんぐん そらへ
むかっていきました。
たまちゃんが にじの うえで すべりだいあそびを
していると はるかかなたの じめんから おともだちが みあげて
「たまちゃん いいな いいな」
「ぼくも やりたい」「わたしにも やらせて」とおおさわぎ。
「あとで そらとぶ かさを かしてあげるね」
にじの うえから たまちゃんは いいました。
たまちゃんの まほうの ききめは 3かかんも あるので
みんなで かわるがわる そらを とぶことが できるのです。

ところが きゅうに そらとぶ かさの ききめが なくなって
たまちゃんは したへ したへと おちていきました。
そらを とぶのは とても ちからが いることなので
まほうが おもいのほか はやく とけてしまったのです。
「たいへん たいへん。たまちゃんが おっこちてくる」と
ちじょうでは おともだちが おおさわぎ。
「どうしよう。じめんに ぶつかったら いたいよう」と 
たまちゃんも なきべそです。

そのときです。ほうきに のった まじょが ちかづいてきました。
いじわるな まじょですが たまちゃんを たすけに きてくれるとは
やさしいでは ありませんか。ところが まじょは
「そらを とぶのなんて 100ねん はやいよ。
 まほうつかいの たまごの くせに」と いじわるを いうだけで
おっこちていく たまちゃんを みているだけです。
「おねがいです。そらとぶ ほうきに のせてください」と
たまちゃんは ひっしに さけびましたが
「これも しれんだよ。じぶんの まほうで かいけつしな」
まじょは そういって とびさって しまいました。

たまちゃんは もういちど かさに まほうをかけましたが
かさは いうことを きいてくれません。
どうしよう。どうしよう。
そのとき たまちゃんは いいことを おもいつきました。
かさに まほうが かからないなら
ほかの ものに まほうを かければ いいのです。
「ちちんぷいぷい たまちゃんの レインコート、パラシュートになあれ」
ききいっぱつで まほうが きいて
レインコートは パラシュートに へんしんしました。
たまちゃんは ゆっくりと じめんに むかって おちていきます。

じめんが ちかづくと ねんのために ながぐつにも まほうをかけました。
「ちちんぷいぷい ながぐつ トランポリンに なあれ」
すると ながぐつは トランポリンに へんしんしました。
たまちゃんが あしから じめんに おっこちると
ながぐつのトランポリンが ぽーん ぽーんと はずんで
しょうげきを うけとめてくれたので
たまちゃんは けがひとつ しませんでした。
たいそうせんしゅみたいに ポーズを きめて
たまちゃんは みごとに ちゃくちしました。

はらはらして みていた おともだちは ほっとして
おおきな はくしゅを してくれました。
「つぎに そらを とびたい ひと だあれ」と
たまちゃんは ききましたが だれも へんじを しませんでした。
たまちゃんも そらを とぶのは もうこりごりです。

2008年08月05日(火)  マタニティオレンジ317 ビクス母三人と娘三人
2007年08月05日(日)  マタニティオレンジ155 シルバーパスの効用
2002年08月05日(月)  風邪には足浴


2009年08月04日(火)  「役目を終えた」と思えば捨てられる

わが家が片付かないのは、捨てられないわたしの性格のせいだ。掃除術の本や記事を読むと、「片付けることは捨てること!」ときっぱり書かれているが、この「きっぱり!」がわたしには欠けていて、「まだ使える」「また使える」とゴミ箱行き宣告をためらってしまう。「使い切った」と納得することが大事」と掃除のプロは口をそろえて言う。天命を全うした人を見送るときの安らかで穏やかな心持ちと同じく、その物が役割を果たしたと思えば、未練なく旅立たせることができるのだと。

写真を撮って残すのは、ひとつの手だという。プリントが散乱するという新たな問題もデジカメのデータ保存なら問題ない。まずは、冷蔵庫に貼り付けたまま色あせ、水気でしわしわになった雑誌広告の切り抜きを写真に納めることに。"Thank you for being so sweet"(とってもやさしくしてくれて、ありがとう)というカードを読んで涙ぐむm&mイエロー君。チョコの甘さと性格の優しさのsweetをかけたコピーをカードの文面にしてしまい、あとはmms.comとアドレスを小さく表示するだけの潔さ。m&mグッズのひとつとして手元に置いておきたかったけど、台所に立つわたしを数年間励ましてくれたので、ご苦労様と冷蔵庫から外した。m&mといえば、パティシエのはちみつ亜紀子ちゃんの特製ウェディングケーキを取り囲んだクッキーのm&m応援団も、なかなか捨てられず、半年余り取っておいたが、夏が来て、泣く泣く手放すことになった。

「物を捨てられないときは、その物が占めるスペースの家賃を考えなさい」というアドバイスもある。雑誌広告一枚では省スペースにならないが、たった一ページのために雑誌一冊を取り置いているものが、わが家にはゴロゴロしている。それをまとめるとみかん箱数箱分ぐらいにはなりそうだ。まずは、『風の絨毯』の映画紹介が載った2003年の関西ウォーカー。風じゅーの脚本は「モハマド・ソレイマン/今井雅子」と表記されることが多かったが、これは「今井雅子ほか」となった珍しいケースで、大阪に住むダンナの弟がわざわざ取っておいてくれた。


場所をうんと取っているものといえば、ダンボールハウス。一時はかくれんぼしたり隠れ家にしたりと娘のたまの遊び場になっていたが、今は洗濯物干しと化している。大量のタオルや靴下をかけられるので重宝しているが、これをどかせば、一平米以上のスペースが浮く。「壊していい?」と家主(?)のたまに聞くと、「ダメ」の返事。「でも、これがないと、おうち、広くなるよ」と言うと、「そうだね」と納得してくれ、最後の姿を撮影して、解体開始。

手でダンボールを小さく割き、せめてリサイクルにとびっしり貼りつけたシールを剥がし、かなりの重労働となった。たまが喜んで引っ張っていた紐は、取り外してリボン瓶へ。これはプレゼント包装に再利用。

家のあちこちに散らばっている爪楊枝アートもまとめて撮影。保育園の調理士さんが熱心で、四季折々の花や行事をモチーフにした爪楊枝を給食に立ててくださる。糸や針金を使ったり、相当手が込んでいるが、これを月に何度か50余名の園児分用意する手間ひまに頭が下がる。愛だなあ。写真は撮ったものの捨てられず、棚に飾った。

今日の子守話は、掃除機の話。ダンボールハウスの跡地に掃除機が立ち往生しない広さの床が現れ、ひさしぶりに掃除機をかけられた。

子守話90「まほうつかいたまちゃん そうじきのまき」

まほうつかいの たまごの たまちゃんが
いちばん にがてな おてつだいは そうじきを かけること。
たまちゃんには そうじきは おおきすぎて おもすぎて
おもいどおりに うごいてくれません。
そうじきが かってに おそうじしてくれたら どんなに らくかしら。
たまちゃんは そうおもったので まほうを かけることにしました。
「ちちんぷいぷい そうじきさん かってに おそうじして まわれ」
まほうは だいせいこう。
そうじきは たまちゃんの てを かりずに
へやのなかを ひとりでに あっちへいったり こっちへいったりして 
つぎつぎと ゴミを のみこみはじめました。

「いいぞ いいぞ そのちょうし」
たまちゃんは ゆかいになって はたらきものの そうじきを みていましたが
「あ! それは ダメ!」と あわてて そうじきに かけよりました。
なんと そうじきは たまちゃんの だいじな おもちゃまで
てあたりしだい のみこんでいるのです。
どうやら「かってに おそうじして まわれ」と 
まほうを かけてしまったのが いけなかったようでした。
そうじきは とても じぶんかってな あばれものに なってしまい
たまちゃんの おにんぎょうを ふんづけたり
たまちゃんに たいあたりしたり やりたいほうだいです。
そして とうとう たまちゃんと パパと ママまで のみこんでしまいました。

ほこりまみれの そうじきの なかで
たまちゃんたちは げほげほと せきこみながら
まほうが きれるのを じっとまちました。
ところが こんなときに かぎって たまちゃんの まほうは 
いつもより ききめが ながくなってしまうのです。
4かめに ようやく まほうが きれて かってきままな そうじきは
のみこんだ ありとあらゆるものを はきだしました。
もちろん たまちゃんと パパと ママも ぶじに
そとに でてこられました。
3にんは そうじきが すいこんだ おかしを たべて
うえを しのいでいたのです。
そのあと とっちらかった いえのなかを そうじするのに
いっかげつも かかってしまいました。
「そうじきを みるのも いやだろ。これを つかいな」と
まじょが そらを とばなくなった おふるの ほうきを 
もってきて くれました。
「わかったかい? へたくそな まほうは しごとを ふやすんだよ」と
おとくいの いやみを いうのも わすれませんでした。
やれやれ。いちにんまえの まほうつかいには なかなか なれそうに ありません。 

2008年08月04日(月)  宙返りできなかったことが心残り
2007年08月04日(土)  マタニティオレンジ154 タマーズブートキャンプ
2006年08月04日(金)  プレタポルテ#1『ドアをあけると……』
2002年08月04日(日)  キンダー・フィルム・フェスティバルで『パコダテ人』


2009年08月03日(月)  応援団と朝日歌壇と子守話はエールつながり

応援団の演舞について綴った昨日の日記に多方面から反響が届き、わたしだけでなく、多くの人が応援団なるものに関心や共感を寄せていることに驚いた。わたしの気力と忍耐力は応援団仕込みだけれど、応援団を見るだけで元気になれることがわかったので、今日の夕方もパレード目当てに七大戦会場の東大へ。到着したときにはパレードも各校の演舞も終わり、エール交換の最後の一校が「フレーフレー七大」とエールを送っていた。工学部の広場の大木を七大学の応援団が囲む姿は壮観で、それだけでも見る価値があった。

今日は月曜日で、毎週楽しみにしている朝日歌壇の掲載日。2009年04月01日(水)の日記に「(ホームレス)公田耕一氏と(アメリカ)郷隼人氏」を、2009年06月15日(月)の日記に「(ホームレス)公田耕一氏と(アメリカ)郷隼人氏」のその後」を綴ったが、その後も両氏の歌には注目している。紙面を開くと、お目当ての二人の歌がそろった上に、公田氏を詠んだ歌まであり、辺りを見つけたようなほくほくした気持ちになった。

事件より二十四年が経過して今日、命日に両掌を合わす (アメリカ)郷隼人

野毛山を下れば汗の吹き出してドン・キホーテへ涼みに入る (ホームレス)公田耕一

生きていれば詠める ペンあれば書けること教えてくれるホームレス公田氏 (飯塚市)甲斐みどり


歌の交流はエール交換にも似たものがあり、それゆえわたしは惹かれるのかもしれない。他に、最近の掲載作を書き留めたものを以下に記してみる。

6月22日掲載
雨匂ふ五十六年駆け抜けて「グイン・サーガ」は未完のままに (ホームレス)公田耕一

6月29日掲載
KATIEとう仔猫が仔猫(ベビー)を生んだという情報(ニュース)が忽ち所内に伝わる (アメリカ)郷隼人

7月6日掲載
五月晴れとは梅雨の晴れ間 歩くこと休み一日洗濯をする (ホームレス)公田耕一
梅雨に入り「泣くの歩くの死んぢやふの」 この三択を諾ふ朝(あした) (ホームレス)公田耕一

7月13日掲載
湯に沈む熱き抵抗懐かしく久方振りにひかり湯へ行く (ホームレス)公田耕一

7月27日掲載
福島の桃に花咲きまろき実を結ぶ半年われにも半年 (ホームレス)公田耕一

詠まれた歌から見知らぬ人物の輪郭を思い描く興味深さは、週一回配信の連載ミステリーを読むようだが、三十一文字に奥行きと広がりが込められているから、超短編ながら非常に面白いのだろう。広告会社時代に組んだことのあるデザイナーが俳句の世界では大先生の中原道夫さんで、冗談半分に俳句の手ほどきを受けたときに「五七五に400字の情景を込めるイメージで作りなさい」と教えられたが、五七五七七ではそれ以上か。読むは易し、詠むは難しで、6月15日の日記を読み返すと、「身近な題材であるわが子を詠んだ吾子短歌を初投稿してみることに」と書いてあるが、いまだに投稿できていない。

わたしには凝縮するより拡散するほうが合っているかもしれない、と娘のたまの言葉をヒントに膨らませる子守話をまとめることに。ずいぶんおしゃべりになったたまが毎日のように刺激的なネタを投げかけてくれるので(「ねこしんぶん」などと突然口走る)、新作は日々生まれているのだけど、文章にまとめる作業をさぼっていた。「まほうつかいたまちゃん」シリーズの新作3つのうち、まずひとつ。たまは「魔女」というだけで「こわいよー」と逃げてしまう。子守話が母から娘へのエールだってことには気づいていない。

子守話89 「まほうつかいたまちゃん おふろのまき」

まほうつかいの たまごの たまちゃんは プールあそびが だいすき。
でも ほいくえんの プールの じかんは あっというまに
おわってしまうので いつも もっとあそびたいなと おもっています。
そこで たまちゃんは おうちの おふろに まほうを かけることにしました。
「ちちんぷいぷい たまちゃんちの おふろ うんと おおきくなあれ」
おふろは ほいくえんの プールよりも おおきくなりました。
これで たまちゃんは すきなだけ プールあそびが できます。

ところが こまったことが おきました。
ちいさな おうちの めいっぱいまで おおきくなった おふろは
たまちゃんちの ほかのへやを のみこんでしまったのです。
だいどころも ベッドも トイレも ようふくだんすも 
みんな みずのそこに しずんでしまいました。
しまったと おもったときには ておくれでした。

まほうがとけるまでの 3かかん たまちゃんと パパと ママは
じいじばあばの おうちに ひなんしました。
そして 3かごに おそるおそる うちに もどってみると
おふろは もとの おおきさに もどっていましたが
あとの ものは もとどおりにならないぐらい
びしょびしょの みずびたしに なっていました。

たまちゃんに まほうを おしえた まじょが あらわれて
「とんだ しっぱいを やらかしたものだねえ」と 
ゆかいそうに いいました。
まじょは いじわるなので しっぱいを みるのが だいすきなのです。
「おねがいです。おうちを もとどおりにしてください」と
たまちゃんは おねがいしました。
「テーブルに いすに ベッドに ふとんに
 たんすに テレビに カメラに ぬいぐるみに アルバム。
 これじゃあ まほうが いくつあっても たりないねえ」
まじょは おおげさに ためいきを ついて
「この あめだまを なめて もとどおりにしたい ものの なまえを
 となえなさい。ただし ひとつだけだよ」と
ふしぎな いろの あめだまを さしだして きえてしまいました。
「どうしよう。たった ひとつだけなんて」
たまちゃんは こまってしまいましたが
「いい かんがえが あるわ」と ママが いいました。
なるほどと たまちゃんは うなずき あめだまを なめて
ママの おもいついた なまえを となえました。

すると どうでしょう。うちの なかは なにもかも 
たまちゃんが おふろに まほうを かける まえに もどりました。
でも あめだまの まほうで もとどおりに できるのは
たったひとつ だったはず。
そうです。たまちゃんは 「じかん」を もとどおりにしたのでした。
まほうを じょうずに つかうには ちえも ひつようだなと 
ひとつ かしこくなった たまちゃんでした。

2008年08月03日(日)  葉山の別荘2日目 田舎でのんびり
2007年08月03日(金)  ラジオが聴きたくなる、書きたくなる『ラジオな日々』
2006年08月03日(木)  子どもの城+ネルケプランニング『南国プールの熱い砂』
2005年08月03日(水)  『三枝成彰2005 2つの幻』@サントリーホール
2002年08月03日(土)  青森映画祭から木造(きづくり)メロン


2009年08月02日(日)  七大戦演舞も朝ドラ「つばさ」第19週も「太陽がいっぱいだ」

全国七大学総合体育大会、通称「七大戦」。北大、東北大、東大、名古屋大、京大、阪大、九大の7つの旧帝国大学の体育会(運動部)が年に一度、持ち回りで集い、優勝を競う大会で、「七帝(しちてい)」とも呼ばれる。各大学の応援団も応援に駆けつける一方、演舞会やパレードで日頃磨いた技と気力を競い合う。第48回を数える今年の開催地は東大で、今日は本郷キャンパスで演舞会が開かれるというので、後輩たちの活躍を見に出かけた。大会キャラクターは、ハチ公ならぬナナ公。

自分の大学や他大学の先輩後輩とすれ違ったり鉢合わせたり。顔は覚えているけど名前が出てこない人もいるが、応援団ではとにかく挨拶しておくに越したことはない。その昔、鬼と怖れられた先輩がいい大人になり、子どもを連れていたりする。

応援団出身者をおおまかに3つに分類すると、応援団的生き方が抜けず、応援団のつきあいや行事を最優先させる「根っから型」(リーダー部出身者、とくにリーダー部長経験者に多い)、応援団をネタに宴会芸や飲み会の話題に活用する「ミーハー型」(わたしはここに属する)、応援団にいたことを何かの間違い、消したい過去であると位置づけ、カミングアウトを避ける「なかったこと派」となる。「根っから型」は七大戦がどこで開催されようと駆けつけ、「ミーハー型」は近くで開催すると顔を出すのだが、今日も「この日のためにわざわざ!」な方々が多数。演舞が始まると、「気合入れろ!」「声出てねえぞ!」「聞こえないぞ!」と喝を入れる野次が飛ぶが、その声は現役団員のそれより力強く、よく響いたりする。団旗(ご覧のように身長の何倍もある見事なもの)の上げ下ろしにも、自分たちもやっていただけに厳しい声が飛ぶ。途中の旗手紹介で、団旗を床と平行になるまで下ろした姿勢で耐えるという場面があり、わたしがかつて見たことないほどの忍耐を披露してくれたが、「まだまだ!」「気合入れい!」と野次を飛ばすOB軍団は、後半のしんどいときに「上げ方忘れたんか?」と突っ込むなど情け容赦ない。

応援歌3曲、逍遥歌、旗手・鼓手・司会の紹介、マーチメドレー、締めは学歌斉唱という一時間近いステージ(これを7大学分やるので、朝から晩まで一日がかり)。わたしがいた頃はチアだけで20人を超える大所帯だったけど、現在はリーダー部、ブラスバンド部、チアリーダー部あわせて30名。しかし、発せられるパワーや演舞の完成度には目を見張るものがあり、よくやってる、と頼もしさと誇らしさを味わった。チアの振付けはずいぶんシャープになり、衣装もメイクも垢抜けて、部員もスタイルのいい華やかな子ぞろい。今の子はかっこいいなあ、と眩しくなったり、わたしもあんなことやってたなんて若かったんだなあと懐かしくなったり。

応援団の演舞を見ると涙が出そうになるのは、そんな感傷のせいだけではなく、現役時代からそうだった。声を出すのもジャンプするのも力を出し惜しまず、終わったら倒れてやるぐらいの気迫が数十人分集まると、迸るエネルギーに圧倒されて、言葉を失い、ただ痺れる。わたしの結婚パーティでお祝いの演舞を観た同僚の広告関係者らは、「あんなに一生懸命に何かをやってる人って初めて見た」と驚き、「カルチャーショックを受けた」とさえ語っていたが、がむしゃらが敬遠されつつある昨今、どうしてそこまでやるのかというひたむきな姿には希少価値があり、敬意をかき立てられる。

NHK「おかあさんといっしょ」の歌「ドンスカバンバンおうえんだん」が大好きな娘のたまは、「ドンスカバンバンおうえんだん、見に行こっか」とわたしに誘われ、喜んでついてきたのだが、大音量の太鼓と気合の入った大声に恐れをなし、泣き出してしまった。終わった後で「ドンスカバンバンおうえんだん、やらなかったね」と愚痴っていたので、期待していたものと大違いだったよう。他の大学の演舞を見るのはあきらめ、三四郎池を散歩し(大学の中にこんな絶景が!)、前から気になっていた本郷通りにあるレストラン「山猫軒」(カレーが思いのほか美味!)でひと息ついて帰った。

チアに限らず、応援団って、ありあまる若さと時間がなければできないことだと思う。中にいるときは、そんなことには気づかず、無我夢中だったけど、あの4年間が今の自分の大きな栄養源になっているのは間違いない。理不尽でも全力を出し切れば何か得るものがあるとか、気合があれば何とかなるものだとか。後輩たちのエールに力をもらいつつ、昔の自分にも元気づけられた気がした。

折しも明日からの朝ドラ「つばさ」第19週は、誰かを力づけるということが大きなテーマ。長瀞で傷心を癒して、ぽてとに復帰したつばさは、この週の出来事をきっかけに人と人をつなげるチカラを取り戻し、ラジオの仕事を自分の夢にしたいと決意する。物語はここから大きくうねるので、引き続き、ますますご注目を。

劇中も世間もお騒がせのあのサンバと斎藤(西城秀樹)との結びつきが明らかに。ただのにぎやかしではなく、サンバには深い意味と愛があったのだ。ところで、サンバのお膝元、ブラジルでは「つばさ」をどう見ているのだろう。高校時代、体操部で一緒だったカンちゃんはブラジルにて「つばさ」をチェック中。「サンバが出て来てうれしかった」とメールをくれたけど、カンちゃん自身が高校時代からサンバな人だった。ちなみに「ブラジルでは朝ドラは、夜8時15分か夜中なんですよ」とのこと。夜だけど「8時15分」スタートというところに、おなじみ朝ドラへのリスペクトを感じます。

話がちょっとそれたけど、第19週を観ると、サンバが愛しくなること、うけあい。すでに多くの方が指摘されているように、人物や事象への光の当て方を変え、物語の印象をプリズムのように変えていくのが「つばさ」のユニークなところ。第11週の千代(吉行和子)と浪岡(ROLLY)のデート、第14週の千代と葛城(山本學)の再会の伏線もこの週で生かされる展開。最終週の第26週にかけて、どんどん伏線を回収していくので、どうぞお楽しみに。つばさと翔太の劇的な再会も、もちろんインパクト狙いではなく、意図があってのこと。

タイトルの「太陽がいっぱいだ」の通り、まぶしいパワーときらめきにあふれた一週間。演出は1〜3週、6週、10週、14週、16週の西谷真一チーフ・ディレクター。続く第20週「かなしい秘密」は「脚本協力 今井雅子」のクレジットが毎日出る増量週間。第19週から続けてお楽しみください。 写真は、うちにある太陽たちを集めて、台本を囲むの図。左上からロス土産の刺繍ワンピース、絵本『おひさまあかちゃん』(高林麻里)『はらぺこあおむし』(エリック・カール)『わたしのワンピース』(にしまきかやこ)。絵本はいずれも娘のたまのお気に入り。

自分が関わった作品や人を応援せずにはいられないのは、応援団気質ゆえ? ミーハー型応援団と自認していたけど、わたしがコピーライターになったのも、脚本家になったのも、自分の書くもので誰かを力づけたり元気づけたりしたいという気持ちからだから、根っからの応援団といえるのかもしれない。

2008年08月02日(土)  葉山の別荘1日目 海水浴と海の幸づくし
2007年08月02日(木)  ブロードウェイ・ミュージカル『ヘアスプレー』
2002年08月02日(金)  「山の上ホテル」サプライズと「実録・福田和子」


2009年08月01日(土)  朝ドラ「つばさ」ファンミーティングin川越

脚本協力で関わった朝ドラ「つばさ」のファンミーティングを目当てに3度目の川越へ。昨日のうちに日記を書くつもりが、川越でおいしいお酒を飲んで、電車に揺られて家路につくうちに酔いが回り、帰宅したときにはヘロヘロに。これを書いているのは翌朝2日の9時。夢の中にも川越が出てきて、一日中川越で遊ばせてもらった。

川越詣でのお楽しみは、「つばさ」探し。まずは東武線の車内に2連の中吊りを発見。電車の中でパシャリがはばかられ、写真は撮れず。川越駅から商店街「クレアモール」を歩く。ユニクロとGAPがすぐ近くにあり、便利〜。豚料理専門の飲み屋の名前は「とことん」。川越は歩いて楽しい街。「夢のつばさ」という名前のお菓子を売り出している和菓子屋さんの店頭は、つばさ尽くし。第18週の長瀞で傷心を癒し、心あらたに川越に帰って来たヒロインつばさは、今後「自分の夢」を追いかけていく展開。

今回のお目当てのひとつ、鏡山酒造跡地にある昭和館で開催中の「つばさ」展へ。昭和館、大正館、明治館と名づけられた(建てられた年代にちなむ?)3つの蔵が、それぞれ多目的スペースとして活用されている。入口で、ファンミーティング参加者限定のスタンプラリー用紙をいただき、ひとつめのスタンプ(酒瓶の形。お銚子にも見える)を押す。

入口を入るとすぐ、衣装の展示。わたしがいただいたもののもったいなくて袖を通していないTシャツには「非売品」と書いてある。デザインがいいので、売り出したら人気出そうだけど。「つばさ」は美術や小物のセンスが良くて、わたしの古巣の広告業界のアートディレクターたちも注目。

キネマの外観のセット(ちょっと小さめ)の写真を撮る人、多し。これ、中に入ってブースの中にいる姿を記念撮影できるようにしたら、もっと人気が出たと思う。そのためには中も作らないといけないので、構造的に難しかったのかも。今後川越の名所として残していくなら、フォトロケーションにするのも一案。コピーライター時代、東京ディズニーランドや東京ディズニーシーの広告を作っていたときも、フォトロケーションは集客の強力アイテムだった。

甘玉堂の店舗セットにも同意見。ショーケースの中に入って、なりきり女将写真を撮りたい、というニーズはかなりあると思う。三角巾も貸し出されると、なお気分が盛り上がるかも。

小学生ぐらいの女の子が「お母さーん、すごいよ。本物みたい」と興奮していて、その気持ち、すごくわかると思った。子どもの頃、おひな様の雛壇に乗った精巧な食べものや楽器に見入ったものだけど、甘玉堂のショーケースを見ていると、その興奮が蘇る。

明治館に移動すると、木桶のいい香りが満ちて、「酒蔵〜」とうれしくなる。一角にある川越市観光案内所は「つばさ」尽くし。他に鏡山酒造のお酒を扱うコーナー(「時の鐘」というお酒が素敵)、埼玉県の名産を扱うコーナー、地元の野菜を扱うコーナー(新鮮で力強くて、味が濃そうな野菜や果物たち。すぐに帰るのであれば買って帰りたかった)も。ところで、川越はブルーベリーが名産なのだろうか。あちこちに大粒のブルーベリーを見かける。果物といえば、明治館の前に出ているテントで買った果汁を搾っただけのまぜものなしのグレープフルーツジュースがおいしく、よく出ていた。

クレアモールからそのまま続いている石畳の大正浪漫夢通りは、川越のお気に入りの道。そこを通ってスタンプラリーの2つめのポイント、「時の鐘」へ。3つめの「まつり会館」を経て、最後は「菓子屋横町」。前回気に入った楽楽ベーカリーに立ち寄り、メロンパンとさつまいもあんのあんパンを買う。蔵造り通りに引き返し、前回試食で満足しまって買い物しそびれた「まめ屋」さんできなこ豆(一番人気だそう)、こがし豆、あまなっとうを買う。蔵造り通りを渡ったところの亀屋さんで「亀どらのつばさ」を買う。この白あんのファン。

ファンミーティングの会場に着いたのが、開演一時間前。ロビーで展示に見入る人々を見て、胸が熱くなる。こんなにたくさんの「つばさ」ファンが集まっている場面に遭遇したことがなかったし、一人一人が発する好意的な熱気が、なんともあったかくてワクワクする空気を作っていた。とくに「つばさ」に寄せられた応援メッセージが貼り出されたコーナーでは、いちだんとそれが感じられた。細かい文字を子どもや年配の方に読み上げる人の姿が目立ち、感想を共有する瞬間に立ち会えたような感激を味わった。小道具が並ぶショーケースの前では「2週目に出てたあずさ2号だ!」「ベッカム一郎のパンフ、中身まで作ってある!」「ヒロリンのブーメランだ!」などと楽しそうに語り合う姿が見られ、これまた幸せな光景だった。映画公開の劇場でも展示をやったりするし、公開中のイベントには熱心なファンの方が集まるが、それを濃縮したような高揚がロビーを満たしていた。半年も公開が続く映画はなかなかないが、半年も放送が続き、その間に幾度もお祭りを楽しめる朝ドラに関われたことを幸せに思う。

展示の衣装、いちばん右は翔太のいた宮崎ポロナティーヴォのユニフォーム。その左はラジオの男のスーツ。そして、左の二つは? こんな衣装あったっけ、と首を傾げて説明の札に目をやると、「のど自慢のときに竹雄と加乃子が着ていた衣装」とのこと。あまたまのような巨大アフロに目を奪われ、その下の衣装の印象が負けていた。マネキンにもアフロをかぶせていて欲しかったけど、あのアフロはいずこへ?

甘玉堂の看板(これは立派!)の向こうから顔を出して写真を撮る人多し。こういう美術や小道具は撮影が終わると、どこへ行くのだろう。

6時半少し前からNHK埼玉局長、川越市長が挨拶。今回は定員の6倍の応募があったそう。川越市民会館の客席数は1261だそうで、その6倍となるとすごい数。続いて、幕の向こうで準備が整うまでの間を後藤高久チーフプロデューサーがトークでつなぐ。石を投げないで」「席を立つ時はトイレですとわかるように」などとお得意の関西ノリ。「今日の皆さんのテーマは、つまらなくても笑うこと」「笑いは人間だけに与えられた救済」などと説く。客席がほどよくほぐれ、主題歌のインストが歌版に変わり、盛り上がったところで幕が開くと、真瀬社長(宅間孝行さん)、ロナウ二郎(脇知弘さん)、玉木つばさ(多部未華子)が舞台に板つきで現れ、場内にどよめきのような歓声と拍手が沸き起こった。

渋谷のファンミーティング同様、幕が開くと同時にラジオぽてとを舞台にした寸劇が始まる。「アイラブ川越」というスペシャル番組を放送中という設定で、ブースのつばさと二郎が川越のいいところを紹介。「川越にはおいしいお菓子がたくさんある」と言うつばさに、「僕も食べ過ぎて太っちゃいました」と二郎が言い、突っ込みの視線を受けて「元々でした」。ブースの外では甘玉堂の加乃子から「川越名物あまたま」のちゃっかり売り込み電話を受ける真瀬。一方、「ラジオぽてとがあるから川越が好き」というお便りを紹介するブース。身内が書いたんじゃないかと疑う真瀬は、優花が書いたお便りだと知ってメロメロに。すると客席から「つばさちゃーん」と声がして、リポーターの伸子が登場。アドリブで客席の3名に「川越のいいところ」を聞いたが、一人目の外人さんとは片言英語でのやりとりがあったり、「郊外の雑木林もすばらしい」「ラジオぽてとの名前にもなっているが、これだけさつまいもの食べものがあるのは世界でも川越だけ」などと味のあるコメントが飛び出し、微笑ましい笑いを誘っていた。寸劇の脚本にも関わっているので、客席の反応を確かめられた(なかなか受けた!)のはうれしかった。

伸子もステージに上がって寸劇が終わると、埼玉放送局の結城さとみアナウンサーと後藤高久チーフプロデューサーが加わり、トーク開始。川越でロケした場面をダイジェストで振り返った後、それぞれの好きな場面紹介のトップバッター脇さんは、第17週のキネマ屋上でビール片手につばさと語る場面(実はアルコールがまったくダメでノンアルコールビールの微量なアルコールで酔ってろれつが怪しくなったそう)を選んだ。ベッカム一郎(麒麟の川島明さん)との漫才が良かった、と他の出演者から褒められると、「ベッカムと比べて、ロナウ二郎が売れなかった理由がわかった」と脇さん。

松本さんは第12週ののど自慢で「あなた」を歌う場面を選んだ。第12週でのど自慢をやりたい、しかも「あなた」を松本さんに歌って欲しいという演出の大杉太郎さんの具体的な所信表明から本作りは始まったが、事前のインタビューで松本さんからも「ぜひ歌を」と言われていたそう。つばさ班は折りに触れて役者さんの意見を聞き、物語に取り入れており、伸子がいつも算盤を弾いているのも「算盤が得意」というヒアリングがあったから。でも、松本さんがファンクラブに入っていた田川陽介さんを夫の良男役に決めたのは偶然だったそう。田川さんがクランクアップの花束受け取りを「まだ出たい」と拒否したため、その後にも出番を用意することになったエピソードも披露された。この後、田川さん演じる良男がラストに向けてボディブローのように登場するところも、いかにも「つばさ」らしい遊び心があるのでご注目を。

続いて真瀬さんが選んだ場面ものど自慢だが、歌っているのは千代と浪岡。流すVTRを間違えたのかと思いきや、客席にエキストラで出演している宅間さんの姿が。真瀬とは別人の観客に扮しているので、帽子を目深にかぶり、シャツはワイシャツの下の肌着の腕をまくっているという怪しい姿。真瀬として登場している場面では、同じく第12週で優花を叱り、優花に「お父さんなんか大嫌い」と言われ、「お父さんて呼ばれた」と感激するところを選んだ。

このあたりにサプライズゲストで優花ちゃん役の畠山彩奈(はたけやまりな)ちゃんが登場。緊張しつつも一生懸命おしゃべりする姿が、なんともけなげで愛らしい。のど自慢で歌った「やきいもグーチーパー」を宅間さんと振りつきで披露してくれ、客席は「かわい〜」ととろける寸前。優花ちゃんはうちの2歳児娘のたまが最も心を寄せる登場人物なので、たまを連れて来れば喜んだだろうなと思った。

今日は参加できなかった浪岡(ROLLYさん)が選んだのは、渋谷ファンミーティングで爆笑を買った第15週の「眼鏡吹っ飛び」場面。今回も大いに受け、何度も再生されることになった。他のドラマならNGとなるハプニングカットを歓迎していただいてしまうのは、「つばさ」らしいところ。多部ちゃんが選んだ場面は、第10週の優花ちゃんがキネマにやってくるにあたっての引っ越し騒動。優花ちゃんが退場し、続いて登場したサプライズゲストは、なんと竹雄(中村梅雀さん)と加乃子(高畑淳子さん)。わたしも人一倍興奮してしまう。

高畑さんが選んだお気に入りは、第3週の工事現場近くでつばさと語り合う場面、そして橋の上で知秋を抱きしめる場面。梅雀さんが選んだ場面は、第一週の川越祭りの曳っかわせと重ねての千代と加乃子の母娘喧嘩。このシーンの最後に「行かないで〜」と涙まみれの竹雄が加乃子にすがる。つばさが選んだ玉木家を象徴するシーンは、第17週で翔太がいなくなって落ち込むつばさの前に家族が入れ替わり立ち代わり現れ、優しさを差し出すところ。多部ちゃんはリプレイを観るたびに涙ぐみ、スタッフがハンカチを差し入れたり引っ込めたり。撮影中の中締めに偶然立ち会ったときも感極まって涙していたし、とても感激屋さんのよう。「あと少しで家族じゃなくなっちゃうじゃないですか」と言う多部ちゃんに、「何言ってるの。ずっと家族よ。結婚式行くわよ」と高畑さん。「そのときは夫婦として行きましょ。どうせあたし一人だし、いいじゃない」と梅雀さんに言う口調は、まさに加乃子。高畑さんは「子どもを捨てる母」という突拍子もないキャラクターを作るのにずいぶん苦労されたそうだけど、繊細さの裏返しの大胆さは素顔の高畑さんにも通じるものを感じる。

高畑さんと梅雀さんが桐朋学園の先輩後輩(一年違い)だったとか初めて聞く話も多く、楽屋のおしゃべりをのぞかせてもらっているような楽しさがあった。19週から23週までの5週分の予告を上映したり、あらかじめ受け付けておいた出演者への質問に答えたり(「川越で食べておいしかったものは?」「川越の好きな場所はどこですか」など)があった後、最後に一人一言で締めくくり、あっという間に2時間弱が過ぎた。個人的には、梅雀さんのコメントがどれもあったかく、本当にいい人だなあとますますファンになった。

入場の際に配られた「つばさ袋」(帰り道は、しっかり歩く広告塔に)の中には「つばさ」やNHK関連のチラシやリーフレットと埼玉放送局のノベルティのボールペン。さらにアンケート用紙に記入した人には、特製のぽてとステッカーが配られた。スタンプラリーの景品は一筆箋、携帯ストラップ、もう一点(これもストラップだったような)から選択。

このまま東京に戻ってしまうのももったいなくて、川越で晩ご飯を食べて帰ることに。夕方の散策で気分はすっかりうなぎ(川越にはなぜか鰻屋が多く、どこもとてもそそられる店構え)だったのだけど、帰り道にうなぎ屋はなく、看板に惹かれて「ごくらく屋 鶴と亀」というクレアモール途中のお店に入ったら、大正解。突き出しの温泉卵に始まり、「ゴーヤの梅サラダ」「ごぼうの唐揚げ」「牛すじシチュー」と食べるものがどれもおいしく、ボリュームもあって大満足。締めの「たまごかけご飯」に至っては、メニューに「炊きたてご飯」と書かれていたものの、ほんとに釜で炊くとは驚いた。これに卵をぶっかけ、塩昆布を混ぜて食べる。「十四代」を置いていることも入店の動機のひとつだったけど、酔っぱらって東京に帰り着けないと困るので、サングリアと焼酎のグレープフルーツ割をいただく。このお店、また行きたいほど気に入った。入口脇に「つばさ」のポスターを貼ってあったのも好感。

ファンミーティング目当ての川越訪問で、ますますアイラブ川越に。わが家からはちょうど一時間で行けて、近場の旅に打ってつけ。また行きます。

2008年08月01日(金)  地震の噂のたびに部屋が片づく
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