2007年08月17日(金)  年に一度だけ思い出されても

今年も24時間テレビの季節がやってきて、新聞でもテレビでもネットでも番宣記事を連日見かける。そのたびに、少し前に会った方に言われた言葉を思い出す。「年に一度、24時間テレビの日だけ思い出されて、あとの日は忘れられてもなあ」とその脳性麻痺の男性は言った。日本中が注目し、共感し、涙するその24時間の前にも後にも続いている日常がある。その日だけ、思い出したように思い出すことより、意識の片隅に意識して置いておくことのほうが意味がある。それはわかっているけれど、流されるように、追い立てられるように生きていると、きっかけでもなければ、立ち止まることを忘れてしまう。

花火のように派手でパーッと盛り上がって散るものは目を引くし、人を集めやすい。それに引き換え、燃え盛った火の名残を小さく灯し続けることはずっと地味だけれど、ずっと難しく、根気を要する。少し前に戦争関係の記念日が続いたこともあり、原爆の火を受け継ぐ人々のことを思ったりしながら、「年に一度だけ思い出されても」という一言が頭から離れなくなっている。

back<<< >>>next

2004年08月17日(火)  サービスって?
2002年08月17日(土)  浴衣・花火・箏・まが玉



My追加