2004年08月06日(金)  シナリオ『父と暮らせば』

■シナリオを読んでいると、シンクロ二シティを感じることが多い。野沢尚さんの訃報を聞いたときは、読売テレビで放映されたドラマ『砦なき者』を読んでいた。原爆記念日の今朝、何気なく月刊シナリオのページを開くと、今夏公開の黒木和雄監督作品『父と暮らせば』(脚本:黒木和雄/池田眞也)があった。広島で被爆した父と娘の、原爆投下数年後の物語。原作は井上ひさしさんの戯曲で、今年は映画上映と舞台上演があり、新聞などでも度々取り上げられている作品。わたしは戯曲も舞台も未見なので、シナリオに最初に出会うことになった。映画脚本化にあたっては試行錯誤の後に原点の戯曲をなるべく生かす形に落ち着いたらしいが、映画にしてはシーン数がずいぶん少なく、登場人物も少なく(父と娘と後から広島入りした若い男性の学者。学者は映画化にあたって加わった)、その割りに台詞が長い。この台詞の力がとにかく強い。井上ひさしさんは何人もの原爆体験を読んで戯曲に凝縮されたそうだが、事実に裏打ちされた一言ひとことの重みや深みはただものではなく、突き刺さるように響いてくる。頭では書けない(思いつかない)台詞の連なり。最初は戯曲的過ぎる気もしたけれど、読んでいるうちに、この台詞がいちばん生きるよう計算された脚本なのだと思えてくる。7月31日より岩波ホール他で全国ロードショーのこと。■子どもの頃は毎年、親に連れられて原爆写真展を見に行った。千羽鶴の像のモデルになった佐々木禎子さんの物語など、原爆関係の本もよく読んだ。平和のありがたみを考える機会はずいぶん与えられたほうだと思う。そんなわたしでも、原爆記念日を経るごとに、記憶や危機感は薄れてしまってきている。原爆のことよりも考えなくてはいけないことが年々増えているせいもある。平和ボケのせいもあるかもしれない。だからこそ、8月6日と9日ぐらいは立ち止まって思いをめぐらせる時間を持つべきなのだ。偶然ページを開いた『父と暮らせば』はそんなメッセージだったのかもしれない。■原爆記念日になると、思い出す本がある。数年前、義父にすすめられた『絶後の記録』。原爆で失った妻への手紙という形で綴られた被爆体験の手記で、妻への思いにあふれた言葉があまりに優しく美しく恋文のようでもあり、原爆で引き裂かれた夫婦の悲恋が痛い。遺された夫である著者の小倉豊文氏は、被爆当時は広島市内の大学教師。原爆の正体を知らされないままに、悲しみに暮れる間もなく復興のために奔走し、その合間を縫って天国の妻にあてて地上の様子を書き綴っていた。1948年に出版され、海外でも版を重ね、1982年に中央公論社の文庫となり、今に読み継がれている。

2002年08月06日(火)  『絶後の記録〜広島原子爆弾の手記』

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