2008年05月31日(土)  全日本ろうあ連盟創立60周年記念映画『ゆずり葉』

「ゆずり葉」という言葉をひさしぶりに聞いた。河井酔茗という人の書いた『ゆずり葉』という詩があり、そこに登場する言葉として記憶していたので、小学校の国語か道徳の時間に習って以来かもしれない。

まさにその詩をモチーフにし、『ゆずり葉』をタイトルにした映画が生まれようとしている。全日本ろうあ連盟が創立60周年を記念してつくる映画で、今夜、その「成功させる会」に参加してきた。

会場は、文京区シビックセンター最上階にあるスカイホール。会がはじまる少し前に足を踏み入れると、集まった百名を超えると思われる参加者たちが手話でおしゃべりに花を咲かせている。その、にぎやかなこと。大きな身振りと生き生きした表情から、会話の内容が楽しげであったり懐かしげであったりすることがうかがえる。

ああ、この言葉がわかったら、と思った。

今から遡ること四半世紀、中学校の必修クラブで手話を習い(松久先生というたしか理科の先生が教えてくれた)、アメリカの高校に留学したときには市民講座でAmerican Sign Languageを教わったわたしにとって、手話は言語のひとつであり、文化の一部だという認識がある。

なかなか再び手話を学ぶ機会がなかったのだけど、今夜は浴びるように生きた手話に触れられるチャンス。耳から入る情報と目から入る情報を同時に味わい、データベースに保存していった。

刀で斬りつける仕草は「斬新」、旗を振る仕草は「応援」。首を軽くつまむような「幸せ」、こめかみに人差し指を当てる「思う」、両手で時計の文字盤と針を表現する「とき」などは、記憶の底に残っている。

体で覚えた知識は記憶に定着しやすいというけれど、四半世紀のブランクを経ても五十音とアルファベットは指が勝手に動いた。

手のひらを自分のほうに向け、体の前で両手を揺らすように上下させる動きが、「映画」。これもたしか「テレビ」として習った覚えがある。テレビは小さめ、映画は大きめに手を動かすのだとか。「映画」の動きに「書く」仕草を続けると、「映画脚本」となる。

アメリカ留学時代、生徒数千人を超えるマンモス校には数十人の聾者が学んでいて、他の生徒と同じ教室で手話通訳とともに授業を受けていた。彼らが集う部屋にはタイプライターで打ったものが電送されるというメールの先駆けのような機械があった。

それが1987年のこと。

「君の唇は読みにくい」と笑いながら、わたしの拙い英語に誰よりも辛抱強くつきあってくれたのは、彼らだった。

日本に帰ってからは聾者と知り合う機会すらなく、昨年保育園の役員会で一緒になった山岸さん(パン好きで、パン教室を開くほどの腕前)が、最初の友人となった。山岸さんの幼なじみの早瀬久美さんの夫の憲太郎さんが脚本・監督を務める映画ということで、今夜の会に声をかけてもらったのだった。



ともに聾者の早瀬久美さん、憲太郎さん夫妻には、人を引きつける圧倒的な魅力があり、きびきびした手話とよく動く表情にもそれは現れている。夫婦そろってこんなにも目が輝いているカップルは、結婚式以外ではなかなか見かけない。映画という夢があるからなのか、ありあまる好奇心と行動力ゆえに映画に首を突っ込んだのか。

久美さんは聴覚障害者初の薬剤師免許取得第一号となった人だという。会の司会進行も務めていたが、彼女の手話は力強くて表現力豊かで、このバイタリティで道を切り拓いてきたんだなあと想像した。動くだけで元気と勇気の粉をふりまくような早瀬夫妻。この人たちに会えば、どんな映画を見せてくれるのか、無関心ではいられなくなる。

初監督作品で、脚本を書くのも初めてという憲太郎さんは、連盟の理事の友人である漫画家の山本おさむさんに師事を仰ぎ、脚本を練ったという。プロット段階から関わったという山本さんの「脚本づくりは宝さがしのようなもの」という言葉に共感。プロットにある宝物を見つけては肉付けする作業を繰り返し、準備稿が仕上がった。

これからオーディションを経て、今秋撮影、来年6月から全国四百か所を目標に上映をしていく予定だという。ロケ地は古い町並みが残っている本郷、谷中、根津、千駄木エリアとのことで、わたしの散歩圏。ろうあ連盟がはじめてつくる映画が地元で撮影されることにも縁を感じる。聾者親子のかけあいでロケ地を案内するビデオも楽しかった。

全日本ろうあ連盟が映画をつくる意義についても語られた。活字ではなく幅広い人たちが共有できる映像で、聾者の想いを形にし、届けたい。折しも連盟は60周年。人間で言えば還暦を迎え、映画という赤ちゃんに連盟の想いを託すことになった。

連盟理事長で製作委員会委員長でもある安藤豊喜さんは、連盟が歩んできた60年を「聾者が置かれていた谷間から引き上げるたたかい」だったと語った。今日では考えられない苦労や屈辱を跳ね返しながら、ひとつひとつの権利や約束を勝ち取ってきたのだろう。その運動の歩みそのものが、ゆずり葉になっている。

より生きやすい社会を子らにゆずり渡すことを願い、懸命に生きた親たち、そして、そのまた親たち。そんな『ゆずり葉』の生き様が映画に描かれることを期待し、一人でも多くの人に届く作品になればと思う。

ロケ地にもなる文京区の成澤区長(「文京区長」の手話が受けた)をはじめ、出席者のスピーチはそれぞれ味があり、映画についている応援団のたのもしさが伝わってきた。もちろん、想いはあっても「資金」がなくては映画の完成は難しくなる。けれど、一人一人の想いが合わさり、うねりとなったとき、映画づくりに必要なもの(お金はもちろん物や人も)を吸い寄せる力が生まれることも事実。

今夜の会には、すでに熱い波が立ちはじめていた。その滴を持ち帰り、冷めないうちに日記に記したつもりだが、読んだ方に熱が伝わり、映画『ゆずり葉』を応援する波がひろがることを願っている。




back<<< >>>next

2005年05月31日(火)  G-up presents vol.3『Deep Forest』
2002年05月31日(金)  ワールドカップ
2001年05月31日(木)  2001年5月のおきらくレシピ
1979年05月31日(木)  4年2組日記 先生ずるい


2008年05月30日(金)  相続税も所得税もかからない財産

茨木のり子さんの詩集『寸志』を読み、またまた言葉の力に圧倒された。「思うに 言葉の保管所は お互いがお互いに他人のこころのなか」(『花ゲリラ』)などとふんわりやさしい言葉遣いなのに胸にずしずしと響いてくる質量と存在感がある。茨木さんが大学で化学を専攻されていたことは、以前読んだ詩集に記されていたプロフィールで知った。「元素どもの化けるさまには なぜかしらけっぱなし (中略) 言偏に寺のほうへと さまよい出て (中略) 言葉の化けるさま三十年」(『言葉の化学』)とあるが、この人の詩は、言葉が化学変化を起こす面白さをしみじみと味わわせてくれる。

「どこかで 赤ん坊が発声練習をしている」ではじまる表題作の『寸志』は、子育て中の娘が言葉を獲得するさまに興味津々の今のわたしには、とくに響いた。「相続税も払わずに ごくずんべらと我がものにした」「わたしの語彙がいま何千語なのか 何万語なのか計算できないほどなのに どこからも所得税はかかってこない」母国語というものに「しみじみ御礼を言いたいが なすすべもなく せめて手づくりのお歳暮でも贈るつもりで 年に何回かは 詩らしきものを書かなくちゃ」とある。ちょうどこの一週間は間もなく2歳になる娘の語録や、娘に子守唄代わりに聞かせている物語をまとめたりしていて、自分の母国語の面白さと豊かさをあらためて感じていたところ。つきあえばつきあうほど味わい深く、飽きることのない日本語という宝物を自由に使えるありがたさ。この特権を大いに楽しみ、喜び、宝の持ちぐされにしないことが、何よりの御礼になるだろう。「私の祖国と呼べるものは日本語」という詩人石垣りんさんの名言も引用されていて、その感覚にも共鳴する。

母国語の相続、獲得には相続税も所得税もかからないけれど、わたしの場合、その言葉を元手に所得を得ているわけで、寸志を贈るつもりがお返しのほうが大きくなっている状態。そこから所得税を支払っているし、将来著作権を家族に譲る折には相続税も発生することになろうから、その税金がまわりまわって母国語への恩返しに役立つことがあれば帳尻が合う。

back<<< >>>next

2007年05月30日(水)  マタニティオレンジ126 ピアスを見たり赤ちゃんを見てもらったり
2005年05月30日(月)  脱力系映画『イン・ザ・プール』
1979年05月30日(水)  4年2組日記 男子べんじょ


2008年05月29日(木)  マタニティオレンジ295 「うちの子、ここがかわいい」保護者会

保育園にてクラス別保護者会。先生方と父兄が交流と情報交換を図るもので、13時半からという早めの時間にほぼ全員が出席。会社勤めの人たちは、早退したり休んだりして駆けつけているわけで、大変だ。わたしが会社勤めを続けたまま子どもを育てているとしたら、保護者会のために休むのは難しい気がする。

0歳児クラスからの持ち上がり組と今年からクラスに加わった人たちがいるので、自己紹介を兼ねて「うちの子、ここがかわいい」自慢をする。「おばけが出るよ」とママにおどかされたのを真似して、ママを驚かせ、「こわいよ〜」と泣き真似をしたママの名演技にだまされて「だいじょうぶ。おばけいっちゃったよ」と慰める男の子。同じ1歳児クラスでもそんなに話せるのか、とびっくり。お姉ちゃんとママが喧嘩していると仲裁に入る男の子。おもちゃをひとつひとつつぶさに点検してから遊ぶ慎重派学者肌の男の子。内弁慶で家ではお山の大将なのに外では引っ込み思案で人ごみをみるだけで泣き出してしまう男の子。お笑い番組の芸を片っ端から真似する女の子。まだ2歳前後でも一人一人個性の差がくっきり出ているのが面白い。

わたしは、「かわいいかわいいと持ち上げすぎたせいで調子に乗り、かわいいという言葉を聞くと自分のことだと自惚れる」という話をしたが、これだと「うちの子、ここがかわいい」ではなく、「うちの子、自分がかわいと思い込んでいる」話で、趣旨とずれているではないか。他に「突っ込みを期待する受け狙い性格」の例として、「ボールをシャツの中に入れて『おっぱい』とおどける」話、世話焼きエピソードとして昨夜の夕食の話を披露した。ウィンナーを食べているときに、おいしいねと声をかけたら、口の中から取り出したウィンナーをわたしの口に放り込み、「おいしい」のベビーサインでわたしのほっぺたをペタペタ。ミンチ状態のウィンナーを噛みしめ、ビンタ(力加減を知らないので軽く叩けない)を浴びながら、おいしさを独り占めするんじゃなくて分かち合いたい、そんな気持ちが芽生えたんだなあと愛おしくなった。

「このクラスの子たちがとってもかわいいのは、かわいいかわいいと思われているからなんですね」と保育士さんたち。たしかに、同じクラスの子どもたちを見ていると、愛されているんだなあと思う。「みなさんがわが子自慢をしたので、私は園自慢をします」と四月に着任した新園長先生。「ひとつ、子どもたちがかわいい。ふたつ、お父さんお母さんがすばらしい。みっつ、職員がやさしい」とほめて一同を照れさせた。自分が関わる相手を愛しく思える、そんな人たちが集まって、園のいい雰囲気を作っている。

フリートークでは、「家事と仕事の育児、どうやりくりしてる?」で盛り上がる。「洗濯物は畳まない」「でも、山を掘るのは大変」という話になり、わたしは最近実践している「ざっくり分類して箱に放り込む」術を紹介。大量にあるのに、なかなか目指すものが見つからずに手を焼いていた子ども服を「シャツ」「ズボン」「つなぎ」の3箱に分けただけで、探す手間がずいぶん省けるようになった。

今夜の子守話は、娘から毎夜リクエストされる「わぁに」の話。昨日の話にもわにが登場したけれど、わにが主役の話は『わにのばす』以来。「わぁに ぞぞ」(わにとぞうの話)も催促されているので、たまの好きな動物1、2位がダブル主役の話も考えなくては。20話とまとまった数になったので、昨日のたま語銀行に続き、いまいまさこカフェ内に子守話ページを開くことにする。
子守話20 わにのだんす

おどることがだいすきなわにが
みちばたで だんすをはじめました。
あしをどんどん しっぽをばんばん
じめんをちからづよく うちならしたり
しっぽを みぎへひだりへ ぶんぶんふりまわしたり。

  わにのだんすは どんどんだんす
  わにのだんすは ばんばんだんす
  わにのだんすは ぶんぶんだんす

なかまのわにたちが あつまってきて いいぞいいぞとはやしたて
おどっているわににむかって きらきらひかる おかねをなげました。
そのおかねで だんすわには きらきらひかる せびろをかいました。

せびろをきたわには おおきなまちにでて
ばすていのまえで だんすをはじめました。

  わにのだんすは きらきらだんす
  わにのだんすは くらくらだんす
  わにのだんすは ぐらぐらだんす

ばすをまっていた わにたちは よろこんで
せびろのぽけっとに おかねをたくさんほうりこみました。
そのおかねで だんすわには おおきなぼうしをかいました。

おおきなぼうしをかぶり せびろをきたわには
ばすにのって でんしゃのえきへいき だんすをはじめました。

  わにのだんすは いきいきだんす
  わにのだんすは うきうきだんす
  わにのだんすは どきどきだんす

いろんなまちからあつまってきたわにたちが はくしゅかっさい。
おおきなぼうしは あっというまに おかねでいっぱいになりました。
そのおかねで だんすわには でんしゃにのって しゅうてんまでいきました。

しゅうてんで でんしゃをおりたのは だんすわにだけでした。
そこには わにのこどもたちだけがくらすむらがありました。
みんなだんすがだいすきで だんすわにをとりかこんでおどりだしました。

  わにのだんすは ぐるぐるだんす
  わにのだんすは ずるずるだんす
  わにのだんすは ぶるぶるだんす

こどもわには おかねをもっていなかったので
だんすわには しゅうてんのえきから でんしゃにのらずにかえりました。

  わにのだんすは またまただんす
  わにのだんすは まだまだだんす
  わにのだんすは だだだだだんす

あんまりたのしかったので おどりながらかえっていくと
だんすわにの おおきなぼうしと せびろのぽけっとは
いつのまにか おかねで ずっしりおもくなりました。

そのおかねで だんすわには ぴあのをかって
わにのこどもたちのむらにおくりました。
またいっしょにおどりましょうと てがみをけんばんのうえにのせておきました。


back<<< >>>next

2007年05月29日(火)  マタニティオレンジ125 ちょちちょちあわわ
2005年05月29日(日)  『昭和八十年のラヂオ少年』を祝う会
2004年05月29日(土)  幸せのおすそわけ
2002年05月29日(水)  SESSION9
1979年05月29日(火)  4年2組日記 お母さんのおてつだい


2008年05月28日(水)  マタニティオレンジ294 たま語銀行オープン

昨日は打ち合わせがあり、ダンナの実家に預けていた娘のたまを迎えに行くのが9時頃になった。そのせいか、夜中に起きだし、「バーニー み!」とビデオを観たいとせがんだり、「の!」と絵本『わたしの』を読めとせがんだり、「じじ かく」とペンを握りしめたり、元気スイッチが入ってしまった。わたしがトイレに行くとついてきて、トイレットペーパーを引っ張ったり、水を何度も流したり、花瓶をひっくり返したり。わが家のトイレには、たまの大好きな花とハートとにぎやかな色があふれ、押せば応じてくれるウォッシュレットのボタンまであり、たまにとってはワンダーランド。

壁に貼ってある自分の写真を見るのも好きで、写真と自分をかわるがわる指差しては「ここ」(わたしの写真ね!)と主張するのだが、昨夜は「あま」と言った。「タッチ」も「ママ」も言えるのに、いつまで経っても「たま」と言わないのが不思議だったのだけど、はじめて自分の名前の発音を試みた。ずいぶん言葉の再現能力が発達してきたようで、「パパこわいって逃げたらパパ悲しむから、パパ好きって言おうね」と教えたら、だっこの仕草とともに「パパ きー」。ひと晩で二つも新しい言葉が口から出て来た。

新しく言葉を獲得するとき、ためこんだ言葉が突然堰を切ってあふれだす瞬間がある。わたしがアメリカ留学したとき、一か月後ぐらいにそれが訪れた。端から埋まっていったパズルが、空白が少なくなるにつれて加速度的につながるようなことが、頭の中の言語回路にも起こるのだろうか。今のたまも、そんな時期を迎えているように思う。わたしにとって、言葉は、この世で最も興味があるもの。とれたての娘語録を書き留めておかない手はない。これから一気にふえると思われるたま語を、それを初めて口にした状況も含めて記録することにし、いまいまさこカフェ内にたま語銀行を開設。利息が利息を呼んで言葉貯蓄がふえていくさまを観察したい。

もうひとつ、まとめようとしているのが、今日で19話目になる「子守話」。もっと未完成なものや中途半端なものを含めると倍ほどの話が生まれているけれど、ようやく20話に手が届くところまで来た。19話目は、おつきさまに手が届く話。たまは「おつきさま」は言えないけれど、『はらぺこあおむし』の絵本を見て、「おつきさまどこ?」と聞くと指差す。文京区から贈られた『おつきさまこんばんは』も大好き。大人から見ると絵が暗い気がするのだけど、何度でも読んでとせがむ。

子守話19 おつきさま つかまえた

つきあかりのしたに あつまった どうぶつたちが
よぞらをみあげて いいました
もっと おつきさまのちかくに いきたいね
そしたら おつきさまを つかまえられるかな

でも おつきさまは はるかとおい そらのうえ
ぞうがはなをのばしても まだまだとおい
ぞうのはなのうえに きりんがのって くびをのばしても まだまだとおい
きりんのあたまのうえに わにがさかだちしても まだまだとおい
わにのしっぽのうえに さるがのって てをのばしても まだまだとおい
さるのてのうえに うさぎがのって みみをのばしても まだまだとおい
うさぎのみみのうえに ねずみがのって てをのばしても まだとどかない

さーかすみたいに そらへそらへのびた どうぶつたち
よかぜにゆれて ゆらりゆらり やじろべえ
いちばんうえの ねずみが はるかかなたの じめんをゆびさした
あっ あんなところにおつきさま
いけのなかに まんまるきれいなおつきさま
ねずみにうさぎがひっぱられて うさぎにさるがひっぱられて
さるにわにがひっぱられて わににきりんがひっぱられて
きりんにぞうがひっぱられて
いちれつにつながった どうぶつたち ざぶんと いけにとびこんだ

ほら こんなにちかくに おつきさま
ぞうときりんとわにとさるとうさぎとねずみは
ぐるりとわになって てをつないで おつきさまをつかまえた


back<<< >>>next

2007年05月28日(月)  高田さんからの招待状
2005年05月28日(土)  このごろの通販ショッピング
2004年05月28日(金)  日本映画エンジェル大賞授賞式
1979年05月28日(月)  4年2組日記 がっけんのふろく


2008年05月27日(火)  マタニティオレンジ293 聴診器ごっことマススクリーニング

保育園に娘のたまを迎えにいくと、シャツをパッとまくり、現れた白いおなかをしきりと指差して「ここよ、ここよ」と訴える。「おもちゃの聴診器を当てて、もしもししたんですよ」と保育士さん。お医者さんではもしもし(=診察)をいやがるくせに、遊びだとうれしいらしい。

わが家に聴診器の代わりになるものはなかったかと見回し、吸盤のついたひよこの歯ブラシホルダーが目に留まる。耳に当てることはできないけれど、おなかにペタッと吸いつく感触は近い。早速、たまのおなかに当ててみると、あたしがママを診るのよ、とヒヨコ吸盤聴診器を奪い、わたしのシャツをめくって診察。認め印にみたいにポンポンとせわしなく押すので「もっとゆっくり診てくださーい」とお願いすると、じっくりと押し当て、神妙な顔つきに。今度はお医者さん交代とばかりに自分のシャツをまくって診察をせがむ。そのラリーが延々と続き、よく飽きないものだと感心した。

4月は二度も発熱に見舞われたたまは、5月は一日も休まず保育園へ行っていて、小児科にはひと月以上行ってない。聴診器を当てるのが遊びだけで済んでいることのありがたさを思う。平和と同じく健康も、それが続くと、「ある」子とに対して鈍感になってしまうけれど、平和も健康も、たくさんの人に支えられ、偶然や幸運に助けられて実現する「ありがたい」ものなのだ。

ちょうど先日、大学時代の友人の妹まーちゃんから「大阪府で新生児のマススクリーニングが有料になるかもしれない」という話を聞いた。マススクリーニングとは先天性代謝異常等の検査のことらしく、早期に異常を発見し、対処を急ぐことで重症化を防ぐ効果があるのだという。初めて聞く言葉だと思ったのだけど、生まれて数日後に足の裏から採血するという検査方法を聞いて、ああ、あれがそうだったかと思い出した。結果が異常なしだったこともあって、記憶にひっかかってなかったのだ。

けれど、検査で異常が見つかっていたら、その検査は忘れられないものになっていたわけで、まーちゃんの友人のお子さんが、そのケースなのだった。今でも治療は続いているけれど、早期発見ができたおかげで、体への負担は最小限に食い止められたという。このマススクリーニングは今のところ四十七都道府県で無料で実施されているのだが、大阪府の「事業廃止案」が通れば、全国で唯一「任意の有償検査」となってしまうことも初めて知った。同じことを新聞記事で目にしても通り過ぎていたかもしれないけれど、友だちの友だちの話となると他人事ではなくなる。

健康で何の異常もなくても、小さくて弱い赤ちゃんを育てるのは気苦労がつきまとう。便秘で泣き止まないだけで休日外来に駆け込んだ身としては、そのときに覚えた不安や焦りを数十倍に膨らませて、まーちゃんのお友だちママの闘いとがんばりを想像してみる。だけど、先天性異常を携えて生まれたことは不運であっても、早めに見つけられたのは幸運だった。それを得られたのは、検査が無料だったことが大きい。「お金がかかりますが、どうしますか」と聞かれたら、気づく機会を逃す人が出てくるだろう。だから、まーちゃんのお友だちは自らの体験をふまえて「有料にしないで」と切実な声を上げている。御堂筋パレードのイルミネーションもいいけれど、ちいさな命を輝かせることのほうが大切だ。



back<<< >>>next

2007年05月27日(日)  大人計画『ドブの輝き』
2005年05月27日(金)  『シンデレラストーリー』@ル テアトル銀座
1979年05月27日(日)  4年2組日記 みんないっしょに


2008年05月26日(月)  いい広告を作るには、いいオンナになれ。

季節外れの大掃除で家の中がずいぶん片付き、洪水の濁流が退いた後に点々と遺された漂流物のごとく、あらアナタこんなところにいましたか、と思わぬものが顔を出す。その多くは紙。部屋のあちこちで何かの下敷きになっていたA4用紙の束は、昔書いたプロットだったり、売り込むタイミングを逸した『パコダテ人』の小説晩だったり、チェーンメールで届いた「いい話」のプリントアウトだったり、『ウンザリガニ』という脱力系アニメの企画を書くための大量のザリガニ資料だったり。

その中に「OJTレポート 第1回 5年4月〜7月」の表紙がついたものを発見。5年とは、わたしが広告会社マッキャンエリクソン博報堂(入社した翌年ぐらいに「博報堂」が取れた)平成5年、1993年のこと。ちょうど広告業界での実体験を膨らませた小説『ブレーン・ストーミング・ティーン』(2004年春に刊行)のケータイ配信が決まり(ケータイ読書館にて。6月25日より)、ひさしぶりに読み返して「4年前とってもひと昔だなあ」としみじみしていたのだけど、それよりさらに遡ること11年。本人が記入する自己評価とトレーナーである上司のコメントがびっしりと書き込まれたレポートを読んで、15年前、社会に出たばかりの自分はこんな風に仕事に向き合っていたのか、上司からこんな風に見られていたのか、と懐かしくなったりこそばゆくなったりした。

当時から社内でエース級の活躍をしていた上司のコメントはさすがに味があって、読ませる。たとえば、「習得(勉強)してもらいたい知識、読んでおくべき、本、資料、その理由など」という項目。

広告とは、広告主の一方的なメッセージである、ということを前提に、よりわかりやすく、より魅力的な、サービス精神あふれる広告づくりを目指すこと。そのためには、常に自分を冷静に見つめるもう一人の自分が必要であるし、かたよった(もしくは、せまい)価値観にとらわれない、いい意味でのニュートラルさを身につけなければいけない。
では何をすればそうなるのか、というものでもないと思うが、一言でいえば、魅力的ないい女になること、である。結局、人と人とのコミュニケーションが、私達の仕事のベースだから、人に好きになってもらうにはどうしたらよいか、これから考えておくといいと思う。こびを売ってもだめだし、ウソもだめ、人並の倫理観は必要、さらに自分らしい個性もアピールしたい。
いろいろ大変だけど、むずかしく考えることもないので、とりあえず、自分が好きなこと、やりたいことを徹底的に、とことんやってみる。←(あきるまで)単に仕事のために、本を読んだり映画をみたりしなくてもよい。そういうのは、あまりよくない。
で、あとは本人しだい。それと仕事を好きになることです。

これだけぐいぐい読ませるチャーミングな文章を手書きで一気に書ける昔の上司をあらためて尊敬してしまう。一方、駆け出しコピーライターのわたしのコメントは肩に力が入っていて、質問項目並みに固くて面白みに欠ける。

●担当した仕事について本人の感想、達成度など
広告というものをよくわからないままに仕事に手をつけてしまい、ひとつ終わるたびに「広告とは」を知っていく状況。ただし、こちらは修業の身でもプロとしての扱いを受けるべく、きちんとした仕事をこなしていかなくてはならない。楽しみながらもしっかり責任持ってやらなくては、いい仕事はできないと思っている。

● 全般的な本人の感想(うれしかったこと、悲しかったこと、困ったことなど)
広告とかコピーとか漠然としかわかってないゆえにひとりよがりなアイデアを量勝負で出してしまうのは困ったものだが、これに質が伴えば私も“うれしいことのひきもきらない人”になるはずだ。しばしば使い方のあやしい日本語もたたき直さねば…。

といった具合。それに対して上司は、「仕事をこなすごとに、くやしがったり、反省したり、感心したり、よろこんだり、いろいろ感じているが、それを自分のこやしにしている、次の仕事に生かしているのはいい。コピーにいいものを持っているので、それをチョイスし、なぜいいか理解できる力を早くつけること」「パワーのある広告づくりをするためには、地味なつみかさねが必要。今の努力が必ず何年後に生きてくる。正しいプロ意識を養ってほしい」などと記している。「広告」を「脚本」に置き換えても通用するアドバイスばかり。「いい脚本を書くためには、魅力的な人間になってください」なんてシナリオ講座などでえらそうに言っているけれど、それは15年前の上司の言葉の受け売りだったのだ。

この上司からは「お前のコピーは核心を突くにはほど遠い。大気圏の外をさまよっている」とダメ出しを食らい続け、自分の能力を過大評価していたわたしはあり余る若さをぶつけて全力で反発し、「今井の相手をしていると、疲れるよ」とぼやかせていた。「最初はガッツが空まわりしていたが、だんだんギアがかみ合ってきたようで、これからが楽しみです」という所属長のクリエイティブディレクターのコメントもあり、「今井にあるのは独創性と協調性ではなく、独走性と強調性」と言われた新人時代の暴走ぶりがうかがえる。

でも、苦笑しつつも面白がってわたしを引き受けてくれる上司に恵まれたおかげで、わたしは同じ会社に12年もいられた。あんまり楽しくて居心地が良くて、脚本の仕事が忙しくなってからも、辞めますとなかなか言い出せなかった。『』に、わたしは「宝物は自分の中にある。それを宝の山にするのも、宝の持ちぐされにするのも自分次第」というメッセージを込めた。わたしがいた会社は、今井雅子という石ころを磨くのに最高の場所だった。そこで出会った人たちや出来事、あの12年間はまるごとわたしの宝物。いいオンナになれたかどうか自信はないけれど、キラキラするものをたくさんもらった。


back<<< >>>next

2007年05月26日(土)  マタニティオレンジ124 役員仕切りのクラス会
2004年05月26日(水)  ニヤニヤ本『言いまつがい』
1979年05月26日(土)  4年2組日記 かみなり


2008年05月25日(日)  カレーパーティ当日

朝から怒号を飛ばし合いながら大掃除の仕上げ。空かずの間にしている二部屋のうち一部屋を空けようと急遽決めたことから大騒ぎとなった。トイレを掃除し、窓を拭き、掃除機をかけ、昨日買った花を鉢植えに移したり花瓶に生けたり。三時間以上働き続けて、なんとか掃除は間に合ったけれど、トイレットペーパーを客人仕様のオレンジに替えるのを忘れた。玄関に「CURRY」の張り紙を出したり、メニューボードを作ったりという構想はあったけれど時間がなかった。加えて、カレーの味見はこれからだし、お米も洗ったばかりという状態で、出せるものが何もない。新婚のK嬢が持ってきてくれた手料理三品(ローストビーフ、トマトの黒酢漬け、千切りじゃがいものサラダ)に助けられる。

さて、本日の主役、『きりん屋』カレー。味見をして、塩と砂糖で調整する。甘みが味の決め手になる、ときりん屋さんよりアドバイス。そういえば、はちみつのほか、チョコレートやキャラメルを隠し味に入れる人もいる。砂糖を足したものの先日食べて感激した本場きりん屋のテイクアウトカレーとは非なる味。同じスパイスを使ってレシピ通りに作っても味が再現できるわけではない。でも、これはこれでありかな、というレベル。お手本のきりん屋カレーを知らない客人たちは喜んで食べてくださる。これまたきりん屋さんのアドバイスで、りんごのスライスとバターとともに炊いたアップルライスもよく合う。いちばん人気は基本のじゃがいもカレー。これにカリフラワーのサブジ、なすとひき肉のカレー、南インド風カレーが続いたが、カレー以上に人気を集めたのが、キウイのチャツネ。これはわたしの手作りではなく、きりん屋さんにレシピを聞いたところ「説明が難しいので」と厚意で作って送ってくださったもの。お店のメニューにもないもので、「珍しい」「初めて」と大好評。このチャツネと一緒に食すると、わたしのカレーもぐぐっと本場に味になった。タンドリーチキンは思いのほかおいしくできた。スパイシーだけど辛すぎず、絶妙な味。ヨーグルトを多めにし、はちみつを入れて正解。

先日『ダバ インディア』で発見した「ワインとカレーが合う」を今日もあらためて実感。乾杯のシャンパン、CTTIER BRUTにはじまり、フランス土産という白のMercurey(名前もどことなくcurryに似てる)、スパイスに合うワインをと選んでくださった赤のTE TERA、ココファームの赤のOAK BARREL。どれもカレーとおいしさを引き立て合って、気持ちよくボトルが空いていった。ダンナの仕事関係の客人なので、わたしとは普段接点がない人たちなのだけど、皆さんお話上手で、知らない人の話題でも聞いていて楽しく、噂の主の顔やその場の情景が目に浮かぶよう。

5時間近く食べ続けたけれど、デザートは別腹。皆さんに持ってきていただいた千疋屋のプリン、ババロア、マンゴープリンと、フランス土産のマカロン(全12種類。きれい!)と、谷中のかりんとう、どれもおいしくいただく。

いつもは昼寝をするのにお客さんが来て興奮していた娘のたまは、お茶の時間になって電池が切れたようにコテンと眠りに落ちた。最初は緊張気味だったのが、慣れてくると調子が出て、「ゾウさんやって」「コッコさんやって」などのリクエストに応えたり、「一人で子ども椅子に上る」芸で拍手喝采を浴びたり。いちばん受けたのは、「ラジャー」のポーズ。NHKの朝ドラ『瞳』で子どもたちがやっているのを見て「ジャジャ」と一発で真似するようになった。手のひらがひっくり返って盆踊りのようになっているのもご愛嬌。子どもの存在というのもパーティのいいスパイスになる。

家路についた客人たちからお礼メールが続々と届くなか、後片付け。去年は毎月誕生会と称して家でパーティをやっていたけれど、一歳を過ぎてからは人を呼ぶ機会がめっきり減ってしまった。やっぱり家飲みは良い、帰らなくていいし、と傍らで寝息を立てる娘を見ながら思った。何より家が片付くのが良い。

back<<< >>>next

2007年05月25日(金)  車椅子専用クッションのすわり心地
2005年05月25日(水)  オペラに恋して〜愛ラブ3テノール
2003年05月25日(日)  レトルトカレーの底なし沼
2002年05月25日(土)  イージーオーダー
1979年05月25日(金)  4年2組日記 おかあさんが帰ってこれるか


2008年05月24日(土)  カレーパーティ前日

明日わが家にやってくる客人には、カレーをふるまうことになっている。その前に掃除をはじめ、やることが山積み。普段からある程度整っていれば慌てずに済むのだけど、手抜きのツケは恐ろしい。ただでさえ時間がないのだけど、子どもがいると作業効率が半減するので、子守どうする?も課題となる。

で、朝食を終えてから、やったこと。
●ダンナに娘のたまを皮膚科(汗疹)に連れて行ってもらう。
○その間に仕事を一件。原稿を打ってメールで送る。
●皮膚科から直行してダンナに娘を実家に預けてきてもらう。ついでに、実家近くの格安八百屋で野菜を買い、家にははかりがないので実家でタマネギと茄子の重さを計り、砂糖とワインもいただいてきて、お昼も食べてきてもらう。
○その間に洗濯を干し、真っ黒になった窓の桟を拭き、昨日の残り物をかきこむ。
●娘を実家に残して帰って来たダンナにすぐさま電球を買いに行かせる。仕事場兼ダイニングの天井灯がディスコ状態になって久しい。
○その間に冷蔵庫のスペースを確保すべく、冷たい化石となったあれこれを捨てる。
●電球を換えるダンナに下から指示と野次を飛ばし、喧嘩しかける。
○買い物に出かけ、花と野菜を買う。園芸屋は3000円以上買うと配送してくれるというので、200円の鉢植えに観葉植物を組み合わせて3050円分購入。
スーパーには2軒ともバターがなく、「次回入荷は未定」の札を前に主婦たちがため息をついていたが、コンビニにはたくさんあった。
家に帰ると花が先着。紅茶とバームクーヘンでひと息つく。
●ダンナに肉屋で肉を、ついでにショップ99で牛乳と水を買ってきてもらう。
その間にシンクを空けるべく、たまった洗い物をやっつける。
●ダンナに娘を迎えに実家に行きがてら夕飯を食べてきてもらう。
○ その間にカレーを仕込む。

今日やるべきことのメインである「カレーを仕込む」に着手できたのは、6時過ぎ。麻布十番にあるテイクアウト専門店『きりん屋』のスパイスで作るカレーに初挑戦。店頭または通販で購入可能の本格スパイス各種は150円〜450円と良心的なお値段。
手はじめに、じゃがいもとグリーンピースの「基本のカレー」。ヤングコーンも足してみた。
次に「タンドリーチキン」の鶏に下味をつける。レシピには「30分から一時間」とあったけれど、ひと晩漬け込み、お客さんが到着するのに合わせて焼き上げることに。ヨーグルトを多めにし、はちみつも加える。
お次は「南インドカレー」。いんげん、ズッキーニ、玉ねぎ、人参、トマトと具沢山。ヨーグルトも入る。
続いて「カリフラワーのサブジ」。汁のないカレーみたいな感じ。グリーンピースの代わりにオクラとじゃがいも少々。
なべが全部埋まってしまう前にパスタをゆでて晩ごはん。
最後に「なすとひき肉のカレー」を作る。水は加えず、「サラダ油100g」とレシピにある。少しおさえて70gほどで作ってみた。

きりん屋のスパイスに添えられたレシピは、これで本当にいいの、と心配になるぐらいシンプル。基本のじゃがいもカレーの「ひたひたの水」って適当でいいのだろうか。「弱火で1〜2分煮る」とあるけど、それではじゃがいもはやわらかなくならない。他のレシピと見比べてみようと思い、家にある『俺カレー』(東京カリー番長監修)を開いて、驚いた。きりん屋が1ページを割いて紹介されているではないか。きりん屋さんとは最近ちょっとしたご縁があって、お近づきの印にスパイスをどっさり分けていただいたのが、明日のカレーパーティの発端。『俺カレー』本はといえば、東京カリー番長のメンバーである水野仁輔さんの夫人、深雪ちゃんが広告会社時代の後輩で、「今井さん、カレー好きだったら、どうぞ」と進呈してくれたもの。カレーアンテナを張っていると、カレーがカレーを呼ぶ。しかし、もうひとつ、思わぬ発見。ひと晩置いたほうがおいしいと思って今夜中に仕込んだのだけど、きりん屋さんは本の中で「できてすぐ食べるのが美味しい」と語っていた。

一通りカレーができたところで、ダンナが娘を連れて帰宅。カップの茶渋を取るために漂白剤を分けてもらおうとしたけれど、実家にはなかった。そのかわり「あれは取らないと客に失礼だ」とダンナ父がぽつりと言ったとか。お義父さんにはきれいなカップでお茶出してたつもりなんだけど、見られてたか。茶渋もまた手抜きのツケ。飲んですぐに洗えばつかないのに、ほったらかしにしておくから汚れる。

ダンナとたまが遊んでいる間に、洗い物。「たま何歳って明日聞かれたら一歳って答えるんだよ。指立ててね」などと来客向けのネタを仕込んでいる。「ハッサイ」「カンサイ」などとボケるたま、笑いを取りに行く気まんまん!? 「ママ何歳? グサイ」と余計なことを教えるダンナ。朝から働き詰めで、二時間も台所に立ち続けて、足がむくんで靴下が食い込んでいるときに愚妻呼ばわりとは! グサグサ。

back<<< >>>next

2007年05月24日(木)  マタニティオレンジ123 モンスター親とアリガター親
2002年05月24日(金)  清川虹子さん
1979年05月24日(木)  4年2組日記 しゅうじで「ビル」


2008年05月23日(金)  春の大掃除週間と娘の運動能力

この一週間、いちばん時間と労力をかけたのが、大掃除。日曜日にひさしぶりに大勢(といっても6人)の客人がやってくることになり、わが家の3人と合わせて9人を収容すべく、床面積を急遽広げる必要に迫られている。わたしの友人であれば「狭くてちらかってるけど、気にしないで」で済むのだが、ダンナ関係の友人の方々なので、あまり驚かせてもいけない。

床を占拠している物体の大半は古新聞と衣類。溜まりに溜まった古新聞をまとめ(その前に目を通し、気になる記事を切り抜く。この作業を面倒がるのせいで、溜め込んでしまう)、木曜日の資源回収と地域でやっている金曜日の古紙回収の二回に分けて10袋を放出。加えて段ボール10箱分も片付くと、4平米ほどの床が出現。一方、洗ったものと洗ってないものが混じり合って山を成している衣類は、まとめて洗濯し、あるべき場所に帰らせる。こうして、さらに4平米を確保し、わが家の体感面積は数割ほどアップした。掃除をしていると、なくしたと思ったものが次々と顔を出し、感動の再会となる。この4か月行方不明だった一才半検診の無料診察券も、書類と衣類の山から掘り出された。

子どもを持つお母さん同士で話していると、おもちゃを散らかされて困るという話題が出て、きっと片付いているお宅なんだろうなあと想像する。子どものおもちゃよりも母親のガラクタが散乱しているような家は少ないだろうし、子どもがつまずくと危ないので、床にものを置かないよう心がけるべきなのだろう。最近、娘のたまを外で遊ばせていて、「段差に強い」ことに気づいた。転がっている丸太を、砂場の縁を、足をひょいと上げ、軽々とよけて駆け回る。見ている大人が「危ない!」とヒヤリとなるような場面で、鮮やかに段差を飛び越えて見せる。日々、家の中で障害物をよけた成果!と驚いたが、大きな声では自慢できない。


back<<< >>>next

2007年05月23日(水)  マタニティオレンジ122 おはなしたまちゃん
2005年05月23日(月)  ミヤケマイ/ミヤマケイ展『花よりだんご』
1979年05月23日(水)  4年2組日記 とみさわくん


2008年05月22日(木)  マタニティオレンジ292 我慢と自惚れを覚えた1歳9か月

2006年8月22日に生まれた娘のたまは、今日で1歳9か月。自分で靴をはいてマジックテープを留めたり、自分でベビーカーや椅子に上って座ったり(椅子はジャングルジムの要領で、よじ上る)、自分の手で(スプーンはあまり使わず、まさに手づかみ)食べたりするようになった。

お気に入りの絵本トップ3は常連の『わたしの』と『わたしのワンピース』に、『たべたのだあれ』(五味太郎)が加わった。さくらんぼを食べたゾウのしっぽの先がさくらんぼになったり、いちごを食べたライオンの鼻がいちごになったり、牛乳を飲んだカラスのおなかが白くなったり。「さくらんぼ食べたゾゾどれ?」と問いかけると、「こえ」(これ)と指差して、あてっこ遊び。同じく五味太郎さんの遊び心にあふれた『きんぎょがにげた』もお気に入り。金魚鉢を飛び出した金魚がカーテンの柄や置物に紛れながら逃げ続けるのを、間違い探し感覚で「あった!」と見つける。

この一か月で「かいだん」「トック」(トラック)などを覚え、牛を「ぎゅうにゅう」と呼び(生協の牛乳パックに牛のイラストが描かれているので覚えたらしい)、「ぱい」と呼んでいた「おっぱい」をはっきり言えるようになった。とくに教えたわけではないけれど、『子ぎつねヘレン』のぬいぐるみに「ヘーン」と呼びかける。大人の会話を聞いて、これは○○というのだなと見当をつけるのだろう。「ないねー」「ここよ」などと語尾に「ね」や「よ」をつけることがふえた。疑問形の「か」も使うようになり、ダンナの実家に電話して、ダンナ母に「じいじ寝ちゃったよ」と言われと、「じいじ、ねんねかー」などと言う。なんとなく受け答えらしきものができるようになってきた。

言葉ほど面白いおもちゃはないと思っている物書きのわたしにとって、日々成長する娘の言語表現を観察するのは、この上ない楽しみ。獲得した単語を駆使して想いを伝えようとする一生懸命な姿。それが通じたときのとびきりの笑顔。身振りまじりの片言が通じて欲しいものが手に入った喜びが外国語の吸収率を上昇させるように、たまは母国語をどんどん取り込んで栄養にしている。

それでもまだまだ言葉が気持ちに追いつかないらしく、話すより先に噛みつく癖が抜けない。保育園のお友だちに立て続けに噛みついたので、厳重に注意したけれど、今でも歯形がくっきりつくほどの力でわたしの太ももや指に噛みついてくる。ただ、数日前、保育園でお友だちにおもちゃを取られそうになったとき、自分の手の甲を噛んでじっと耐えたという。我慢を覚えたんだなあと感激し、えらいねと抱きしめてほめた。

そして、今日獲得した言葉は、「かーいー」(かわいい)。保育園の帰り、保育士さんに「かわいいね」と言われて、「かーいー、ここ」と自分を指差した。家に帰ってからも、自分の写真を指差し、「かーいー」を連発。謙遜を覚えるのはもう少し先になりそう。

今日の子守話は、自分だけじゃなくて、まわりと一緒に幸せになれたらいいねの願いを込めて。毎日一遍物語を作ろうと思っていたけれど、なかなかそうはいかない。子どもを寝かしつける前に自分が眠ってしまったり、いい話が思いつかなかったり。このところ「わぁに ゾゾ」の話をリクエストされているのだけれど、わにとゾウがからむチャーミングな物語ができず、「わにとゾゾが一緒に遊びました」から発展しない。病床の妻のために毎日ショートストーリーを贈った眉村卓さんや一○○一話を紡いだ星新一さんや小説を五百冊書いた赤川次郎さんの偉業にあらためて感服する。
子守話18 おはなのぼうし

おはなばたけに あそびにいった たまちゃんが 
おはなをつんで ぼうしに さしました。
はなから たねがこぼれて めがでて はっぱがでて はながさきました。
ぼうしが ひとまわりおおきくなったので
たまちゃんは せのびして ぼうしを くまさんに かぶせました。

くまさんのあたまの ぼうしのうえで
たねがこぼれて めがでて はっぱがでて はながさきました。
ぼうしが ぐっとおおきくなったので
くまさんは ぼうしを らいおんさんに かぶせました。

らいおんさんのあたまの ぼうしのうえで
また たねがこぼれて めがでて はっぱがでて はながさきました。
ぼうしが ぐぐっとおおきくなったので
らいおんさんは ぼうしを ぞうさんに かぶせました。

ぞうさんのあたまの ぼうしのうえで
また たねがこぼれて めがでて はっぱがでて はながさきました。
ぼうしが ぐぐぐぐっとおおきくなったので
ぞうさんは ぼうしを おやまに かぶせました。

おやまのあたまの ぼうしのうえで
たねがこぼれて めがでて はっぱがでて はながさきました。
ぼうしが ぐぐぐぐぐぐぐぐっとおおきくなったので
おやまは ぼうしを ちきゅうに かぶせました。

おはなのぼうしを かぶった ちきゅうで
たまちゃんは また おはなをつんで ぼうしにさしました。



back<<< >>>next

2007年05月22日(火)  万葉ラブストーリー2007脚本募集
1979年05月22日(火)  4年2組日記 外でしゅくだい


2008年05月21日(水)  マタニティオレンジ291 徒歩20分の冒険

娘のたまがベビーカーに乗りたがらないので、徒歩通園を続けている。その理由のひとつは、「あんまんくっく」で、アンパンマンのキャラのカレーパンマンの靴をはいて歩くのが、うれしくて仕方ないらしい。保育園からわが家まで大人の足で5分、ベビーカーを押すと10分の距離が、歩きだとさらに倍の20分ほどかかる。その20分の間、たまは全身をアンテナにして冒険を楽しみ、つきあうわたしもドラマティックな散歩を楽しむ。

バスやトラックが通ると、「バスー」「トックー」「おっきー」と興奮し、夢中で手を振るたまは、大忙し。段差があれば上り、「ママも!」とわたしにも上らせる。シャッターがあれば手のひらを這わせ、チェーンがあれば握ってずるずるとたどり、たっぷり汚れたその指を口にくわえ、ガラスをベロリとなめる(ひえーっ!)。かと思うと突如うずくまり、寝転がり、寝返りまで打ち、寝そべったまま石畳の間から顔を出している草をむしる。なんとも大胆。

目に留まったものを次々と指差し、「これ、なぁに?」。「階段」を教えると、すんなり繰り返して、覚えた。自分の名前はいまだに言えないのに、言いにくそうな単語をすらりと言えたりする。早速、通り沿いの建物を一軒ずつのぞきこんで、「かいだん、あった」「かいだん、なーい」。そんな目で街を観察したことがなかったけれど、探してみると、ガラス戸の向こうに階段が見えるつくりの建物が多いことに気づく。インド料理屋の店先にはゾゾ(置物のゾウや数珠つなぎゾウや屏風ゾウ)がいること、定食屋のウィンドウにはニャーン(招き猫)がいること、真っ黒いブルドッグが流行っているらしく、今や標準装備のごとくお散歩犬がまとっているわんちゃん服を彼ら黒ブルは着ていないこと(黒光りする自前のボディスーツが自慢?)。子どもの目線で眺めると、見飽きたはずの道で新発見が続々。

マンションに着いても冒険は続いている。「かぁぎ、くださーい」と急かされて鍵を手渡すと、エントランスのドアの鍵穴に差し込もうとして、「はいんないよ」。そんな言葉、教えてないのに、覚えたの。エレベーターに乗り込むと、行き先階のボタンを押したがるので、抱き上げる。当てずっぽうに押していたのが、いつの間にか「4」を覚えて押すようになった。「4が見えたら、開くを押してね」と言うと、窓の外に目を凝らし、壁のタイルに貼った「4」のプレートが目に飛び込むなり力いっぱい「開」ボタンを押す。ドアは自動的に開くのだけど、たまは自分が開けたと思って得意そう。小さな冒険者を観察していると、自分にも世界をこんな風に見てた頃があったんだなあと懐かしいようなくすぐったいような気持ちになる。

back<<< >>>next

2007年05月21日(月)   マタニティオレンジ121 ついに床で寝る
2005年05月21日(土)  『サッシペレレ』でサンバナイト
1979年05月21日(月)  4年2組日記 水やり


2008年05月20日(火)  物書きは孤独なさびしがり屋

ずいぶん長く関わっている作品の会議に出た。一緒に本づくりをしてきた人より初めて会う人が多くて緊張する。しかも、脚本についての意見をうかがう会なので、出された意見について、こちらの見解や直しの方針を返さなくてはならない。まな板の鯉のような気分を味わいつつ、自分のこと、本に込めた意図をわかっていただこうと言葉を投げかけた。

脚本を書いてお金をもらうようになって10年。脚本業に専念するようになって間もなく3年。それでも、原稿を書くたびに、プロデューサーや監督の反応にドキドキする。初稿を送ってから感想を聞くまでの時間はとくに長く感じられるし、二稿、三稿と改訂を重ねて、本当に良くなっているのか、この方向でいいのか、不安になる。「面白かったですよ」「よくなってますね」と言ってもらえれば、これでいいんだと安心して、またパソコンに向かえるのだけど、いいんだか悪いんだか微妙な反応をされると出口を見失う。

物書きというのはさびしがり屋だとつくづく思う。書くという孤独に耐えられるのは、書き上げた先に待っててくれる人がいるからだ。力を振り絞って倒れ込んだら、タオルで包まれ、あたたかい飲み物を差し出されるのだと信じていたい。だから、最近いちばんうれしかったのは、はじめてわたしの原稿を読んだ仕事相手に、次に会ったとき、「面白かったよ。思わず電話しようかと思った」と言われたこと。大勢の打ち合わせで会ったばかりで電話どころか一対一で口をきいたこともなかったので、そんな相手に「電話しようかと思った」ほど気に入ってもらえたんだ、と勇気が湧いた(「湧」という漢字は、まさに勇気がふつふつ湧いてきそう)。


back<<< >>>next

2007年05月20日(日)  マタニティオレンジ120  たま9/12才
2005年05月20日(金)  『シェ・ルネ』→『ラ・ボエム』8時間の宴
2002年05月20日(月)  ともだちの写真集デビュー
1979年05月20日(日)  4年2組日記 はちがみねキャンプ場


2008年05月19日(月)  マタニティオレンジ290 クラスのお友だちがわかる

昨日、娘のたまと後楽園近くの野球グラウンドを通りがかったときに、保育園で同じクラスのミミちゃんに会った。そのときのたまはあまり反応がなかったのだけど、日中友好会館のロビーでもまた遭遇。別れてからは、「ミミ、あった」と報告したり、「ミミ、なーい」と見回したり。お友達がちゃんとわかっているんだなあと成長を感じた。

今日の保育園の帰り、「ミミちゃん、いた?」と聞くと、「ミミ、あった」に加えて、「ミミ、おっきい」。ミミちゃんは、月齢はたまとほぼ同じだけれど、身長はすでに10センチ以上の開きがある。「ミミちゃん、たまより背が高いね。ほかにたまより大きい子いる?」と聞くと、「あーるくん」。はるくんも確かにたまよりずいぶん大きい。たまはこの二人がお気に入りのようで、「たまは誰と仲がいいの?」と聞くと、「ミミ、あーるくん」。お、なんだか会話になってきたぞ。クラスメートについて娘と話せる日がこんなに早く来るとは思わなかった。



back<<< >>>next

2007年05月19日(土)  MCR LABO #3「審判」@shinjukumura LIVE
2006年05月19日(金)  鴻上尚史さんと「恋愛」対談
2005年05月19日(木)  鬼界浩己事務所公演『グレートエスケープ』
1979年05月19日(土)  4年2組日記 大きなこぶ


2008年05月18日(日)  マタニティオレンジ289 東京都内子育てカルチャーショック

小学三年生と間もなく二歳の女の子がいるY家と会食。子連れで少々うるさくしても気兼ねのいらない中華の店を毎回転々としているが、今回はわが家おすすめの飯田橋の『中国茶芸苑 馥(ふく)』へ案内。日中友好会館の中にあり、味は本格的ながらリーズナブル。ジャスミン茶入り水餃子、春巻き、黒酢の酢豚、上海やきそば、チャーシューまん、野菜まん、小龍包、四色餃子、野菜スープ、白身魚炒め、豆苗炒め、ごま饅頭……一歳児ももりもりと心配になるほどよく食べる。誰を連れて行っても喜ばれるけれど、飲茶好きのY家は一品ごとに感激し、「来週も来るかも」。あまり宣伝していないせいか、いつ予約しても個室が空いている。それはありがたいのだけど、やっていけるのかなあと心配になる。

子どもが退屈してくると、店を出て、広いロビーを散歩させて気分転換。上海美術館の展覧会をやっているギャラリーをのぞくと、バナナとりんごの静止画が。「バニャ」と指差して、たまはにんまり。お店の人も子どもに親切で、今日は食後に「お子様に」と杏仁豆腐をサービスしてくれた。

お店のすぐ脇にある後楽園を散歩して(虫が多く、砂利道で、子ども向きではなかった)、後楽園ラクーアまで歩き、ムーミンカフェでお茶。パンケーキが想いのほかおいしい。以前平日に来たときには各テーブルにムーミンがいたのだけど、今日は不在。リストラされたのか、混み合う休日は非番なのか。せっかく大好きなムーミンのお店なのに、肝心の一歳児二人はベビーカーで熟睡。

Y夫人のユメちゃんはおおらかに育児を楽しんでいて、彼女と子どもの話をしていると、ほっとする。穏やかでマイペース性格に加え、二人目で肩の力が抜けていて、いい感じ。ユメちゃんが子どもたちを診てもらっている歯医者さんは「指しゃぶりはどんどんさせなさい」と言うそうで、その根拠は「あごが発達するから」。文京区の健康診断でも近所の歯医者でも「やめさせなさい!」と𠮟られてばかりだったわたしには新鮮な新説! さらに、「母乳は天然のフッ素コーティング」説も。これまた飛びつきたくなる親切な新説! 「文京区では、早くやめさせないと虫歯になるって指導されたよ」と言うと、「三鷹市の友人は、二歳まであげなさいって指導されたそうよ」。日本と外国ならいざ知らず、同じ東京都内でもいろんな説が飛び交っているんだなあと驚いた。

back<<< >>>next

2007年05月18日(金)  数学の本 日本語の本
2003年05月18日(日)  風じゅーの風よ、吹け!
2002年05月18日(土)  『パコダテ人』のかわいい絵の安井寿磨子さん
1979年05月18日(金)  4年2組日記 西佳先生好きょ


2008年05月17日(土)  マタニティオレンジ288 気の済むまでやらせる

娘のたまは自己主張が強くなり、なんでも自分でやらないと気が済まなくなってきていて、手を貸そうとすると「いーの!」とはねのける。ズボンをはくのも靴をはくのも自分でやりたい。結局は「ママ(やって)」となるが、できないと納得するまで延々と根気強く挑戦する。おむつの上にもう一枚おむつをはこうとしたり(パンツ式おむつはゴムで伸びるので、けっこうはきやすそう)、玄関のものをキッチンに移動させたり、大人から見れば無意味で不可解な行動も本人は目的意識を持って取り組んでいる。ビデオに撮ったり日記のネタにしたり、鑑賞を楽しみつつ、気の済むまでやらせるしかない。

気の済むまでやらせていたら、できないと思っていたことが、できたりする。子ども用の椅子に自分で登りたがるので、危ないけれど、落ちたら手を出せるようにして見ていると、安全バーに手をかけて体を引っ張り上げ、木登りみたいにするすると登ってしまった。子どもにとってはアスレチック感覚なのだろうか。上がったり下りたりを繰り返し、親をハラハラさせて喜んでいる。

鍵を開けるのも、エレベーターのボタンを押すのも、自分でやりたくて手を伸ばしてくる。自分が、自分がとなるのはこれぐらいの年の子どもによくあることのようだけど、出しゃばりなわたしの性格が遺伝したのかもとも思う。

買い物に出かけると、スーパーのかごを持つと言い張って聞かない。かごを床から持ち上げられないからずるずると引きずることになり、かごが単独で移動しているようにも見える。ベビーカーのときは自分の腕で商品を抱きかかえようとして、ベビーカーの中がかご状態になり、野菜がぽたぽた落っこちる。レジまでたどり着くと、レジ台に商品を載せるのをやりたがる。後ろの人がつかえていたりすると焦るのだけど、皆さんおおらかに「お手伝いしてるの? えらいわねえ」などと言ってくれるので、たまは余計に調子に乗る。これだけは片時も離したくないという商品はレジ台に載せるのを拒むので、店員さんがバーコードリーダーを伸ばして読み取ってくれる。会計を終えた商品も持つと主張し、でも疲れたのでだっこを要求する。こっちは体力が急降下する年頃だってのに、弱ってもいられない。


back<<< >>>next

2007年05月17日(木)  マタニティオレンジ119 麻疹の予防接種を受けるべきか
2003年05月17日(土)  脚本が届く日
2002年05月17日(金)  人生最高の日〜『パコダテ人』最終日
1979年05月17日(木)  4年2組日記 今日から日記


2008年05月16日(金)  ダバインディアでカレー三昧

親しくしているCMプロデューサーの山下さんより「アサミちゃんとカレー食べに行きませんか」のお誘い。お店の名前を聞くと、「僕の大好きな店で、八重洲の『ダバ インディア』っていうんですけど」。知人でもある東京カリ〜番長の水野仁輔さんの本『東京カレーバイブル』で知って、すごく気になっていた南インド料理のお店だった。青い壁の店内は満席(予約も取りにくいとか)で、外国人客が目立つ。テーブルにつき、まずは山下さんとアサミちゃんが舞台批評フリーペーパー『プチクリ(Petit Clitique)』(サブタイトルは「読むステージパフォーマンス」)のレイアウト打ち合わせ。山下さんが編集人の一人として関わっているプチクリのデザインを手がけているのがアサミちゃんで、打ち合わせがてらおいしいカレーを食べようということになり、だったらとカレー好きのわたしに声をかけてくれたのだった。二人の話が終わるのを待つ間、プチクリのバックナンバーを読ませてもらう。前号(vol.24)は「神保町カレー・古本特集」で、山下さんが『エチオピア』のカレーを熱く語っている。カレーの好みがわたしに似ていて、このお店にも期待が高まる。

注文は、「僕にまかせてくださいね」と山下さん。ダバパーティという3150円のコース。これでもかというぐらいカレーが出て来るとのこと。早速、ひと皿目が運ばれてくる。ポテトを包んだ筒状のパリパリした揚げもの(ドーサというらしい)。ちょこっとココナッツのチャツネとカレーペーストが添えられている。どれも他のインド料理屋であまり出てこないもので、珍しく、おいしく、どことなく上品。チーズクルチャというピザみたいなパンがこれまた絶品。タンドーリチキン2種類に続いて、海老と貝柱のシャクティマサラ(汁気のないカレーみたい)とカレー三種類がどかどかとやってくる。鳥、野菜、マトン。辛さを含めてスパイスの効き具合が絶妙で、適度な刺激が食欲をそそる。ナンとライスはお替わり自由。カレーとともにどんどん胃に納める。普段カレーとともにアルコールを飲むことはあまりないのだけど、カレーと白ワインがよく会うことを発見。

食べるのに忙しいはずなのに、会話も途切れることなく、演劇に詳しい山下さんに「『ポツドール』のお芝居ってどんな感じですか?」と聞いたり、アサミちゃんとわたしがはまった劇団MCRを山下さんにすすめたり、三人で応援しているイラストレーター・ミヤケマイの活躍を自分のことのように喜んだり。わたしとアサミちゃんは広告会社での同僚で、アサミちゃんは山下さんのCM制作会社とCMを作っていたので、共通の知り合いにも話題にも事欠かない。三人のうち二人ずつで会う機会はよくあるのだけど、三人そろうのは2006年の3月にタンタローバへ行って以来。これおいしい、これ食べて、と言い合ってわいわい食べるのが大好きな三人で、食事がいっそうおいしくなるメンバーだなあとあらためて思った。

食後はデザートまたは飲み物のチョイスということで、ババロアを選んだ。カレーに比べると印象薄し。チャイにしたほうがよかったかなあと思いつつ、場所を変えてお茶しましょうと店を出る。いつものことながら、また山下さんにごちそうになってしまった。金曜夜のにぎわいでほぼ満席の三階建てバーの三階の夜風が入る窓際カウンターがうまい具合に空いていて、お茶のつもりがまたお酒を飲む。今度はどこで集まりましょうか、押上のスパイスカフェもすごくおいしいんですよ、山下さんちのホームパーティーにもよんでくださいよ、などとほろ酔いで話した。

back<<< >>>next

2002年05月16日(木)  パワーランチ


2008年05月15日(木)  マタニティオレンジ287 財布から消えたお札と『相棒』チケット

保育園へ迎えに行くぎりぎりまで仕事をしているので、娘のたまを連れ帰ってから夕飯の準備に取りかかる。その間、娘に邪魔をさせないために、今日は何で遊んでもらおうかと頭を悩ませる。少し前までは「バーニー、み!」(恐竜ッキャラのBARNEYのビデオを観る)でおとなしくしてくれていたのだけど、なるべくテレビに子守りをさせたくないなあと思い、しばらく封印していたら、忘れてしまったのか、観たいと言わなくなった。おやつのバナナやおせんべいは、口に入っているうちはおとなしいけれど、あっという間に平らげてしまい、子守効果は五分と持たない。食べ終えると、「なーい」と訴えてうるさくなる。絵本は読んでもらわないと飽きるし、お絵描きは「ママ!」とわたしに描かせたがる。一人遊びをしてくれたら楽なんだけど。

ところが昨日、スープをたっぷり作るためにずいぶん野菜を刻んだところで、ふと、静かだなと気づいた。一度も「ママ」と呼ばれていない。子どもの場合、便りがないのは良い便りではなく要注意。わたしの携帯をいじっているか(あまりかけてほしくない人に、勝手にかけていたりする)、デジカメをいじっているか(「オールクリア」の操作をして、寸前で止めたことが何度か)、書類を封筒から引っぱりだしているか(大事な部分を狙ったかのように破る)。振り返ると、たまはダイニングテーブルの下で、わたしの財布の中身を床に広げていた。

以前は硬貨を口に入れたりお札を破ったりするのが心配だったけれど、お金は大事なものだとわかったらしく(床に落ちた十円玉や一円玉を見つけると、拾って差し出してくれる)、それなりに丁重に扱うようになった。財布が子守りになるならいっか、と放っておくことに。札入れ部分に入っている中身を出しては戻す動作を飽きもせず繰り返す集中力はなかなかのもの。ビデオカメラを向けても、カメラを見ようとしない。おかげで家事がはかどった。

そんな昨夜のできごとがあり、今朝、財布の中を見て、あれっと思った。商品券と図書券とレシートとポイントカードの類はあるのだが、お札が一枚も入っていない。一万円札と千円札がたしか入っていた気がするのだけど。使ってしまったのかもと思ったが、もうひとつ何かがなくなっている気がした。「あ、相棒のチケット!」。となると、お札もやはり消えた可能性が高い。疑わしき犯人はただ一人。だけど、「どこに隠したの?」と聞いても、「はい」と人を食ったような答えしか帰ってこない。夕方になって、わたしの花柄の手提げを何気なくのぞきこんだら、出てきた(後でビデオを再生すると、財布で遊ぶたまの傍らに花柄バッグがしっかり写っていた)。そういえば、昨日、財布で遊ぶ前だったか後だったか、たまが手に提げていたので、「大事なもの入れておでかけしたら?」と声をかけたのだ。相棒のチケット2枚とお札(3万8千円也)だけを選り分けた識別能力、おそるべし。


back<<< >>>next

2007年05月15日(火)  三島由紀夫はなぜ死んだのか
2004年05月15日(土)  レイモンド・ローウィー展→フォトモア展
2002年05月15日(水)  パコの不一致


2008年05月14日(水)  マタニティオレンジ286 プチ反抗期で「いーの!」

数日前から、娘のたまは「いーの!」を連発するようになった。食べ物をおもちゃにしたり、おたまを振り回したり、ティッシュを延々と取り出したりすると、携帯をいじったりすると、わたしやダンナに「いいの」と言って取り上げられる。それを、「やめさせるときには、こう言えばいいのだな」と覚えてしまったらしい。「いーの!」と言いながら背中を向け、おもちゃにしている携帯やらデジカメやらを体を張って守るので、そのディフェンスを交わして取り上げなくてはならない。どんどん知恵がついて手強くなってきた。

自己主張が強くなるとともにプチ反抗期に突入していて、パパがだっこしようとすると、「ママ、いー!」とはねのける。わたしには「ママに」と聞こえていたが、幼児語翻訳の達人、保育園の先生に「ママ、いーと言ってますよ」と教えられる。「パンパン、いー」(パンを食べたい)、「あんよ、いー!」(歩きたい)などと応用する。

ベビーカーに乗せようとすると、足をばたつかせて、「あんよ、いー!」と言い張るので、歩いて行くことに。途中で抱っこをせがまれるのかと思ったら、大人の足で5分の道のりを最後まで歩き通した。自己主張だけじゃなくて足腰も強くなっているのは、いいこと。


back<<< >>>next

2007年05月14日(月)  遠山真学塾で『障害者権利条約』勉強会
2005年05月14日(土)  病は気まで 『ぎっくり背中』の女
2002年05月14日(火)  戯曲


2008年05月13日(火)  マタニティオレンジ285 OH!ボール OH!三枚目

先日、トイザラスで「OH!BALL」なるものを買った。丸いジャングルジムみたいな網目状の軽量ボールで、手先が不器用な子どもにもつかみやすい。二か月前のクラス会にクラスメートの子が持ってきて、娘のたまが夢中で遊んでいて、見つけたら買おうと思っていた。これを紐でくくりつけているベビーカーをよく見かけるので、かなりの人気商品だと思われる。

早速たまは投げたり転がしたりして大喜び。ゴムボールほど弾まないし重みもないので、マンションの床に響かないし、当たっても痛くない。しばらく猫のようにボールとじゃれあっていたたまは、突然何を思ったか、ボールをシャツの中に入れて「パイ」。そんな一発芸、どこで覚えたのか。今ひらめいたのか。「おっぱいはもっと上でしょ。もう一ついるでしょ」と余計なことを教えるパパもパパだ。

三枚目でお調子者のたまは、よいしょも上手。資料で届いた少女漫画の巻き髪美少女を指差し、「ママ」とうれしいことを言ってくれる。「ママはこんなのじゃないでしょ」とパパが真実を教えようとするが、「これ、ママ」と譲らない。そうかそうか、こんな風に見えているのか、と悪い気はしない。やっぱりママがいちばんなのね。新聞の芸能欄に載っていた壇れいさんの写真を指差して、これまた「ママ」と持ち上げるので、「たまは?」と聞くと、一緒に写っていた高橋惠子さんを指差した。


back<<< >>>next

2007年05月13日(日)  マタニティオレンジ118 母の日は「わたし」の日だった!
2004年05月13日(木)  246CAFE<>BOOK
2002年05月13日(月)  ディレクター


2008年05月12日(月)  マタニティオレンジ284 アップリカに教えられたMOTTAINAI!

二台目に乗り換えようかと思いつつ乗り続けているアップリカのAB兼用ベビーカーがはじめて故障した。先日、小石川植物園の砂利道をがたがたと走らせたせいか、帰り道、ネジを受ける留め具が一箇所はずれているのに気がついた。ハンドルと本体をつなぐ要の位置にあるそのネジ一本がぐらつくだけで、操作はずいぶん不安定になる。ガムテープと紐でぐるぐる巻きにして応急処置をし、
やっぱりそろそろ二台目かなあと思ったもののサービスセンターに電話してみると、「ハンドルサポートピンですね。早速送ります。また。後日、点検にもうかがいます」と思いがけない丁寧な反応。その後で、「買ってからどれぐらいになりますか」と聞かれたので、「うちの子が1歳8か月なので、一年半ぐらいですかね」。保証書には一年以内であれば無料修理と書かれていたので、当然有償になるだろうと思っていたのだけど、修理も点検も無料でやっていただけるという。

数日後にネジが届き、その数日後の今日、点検の方が家まで来てくださった。外は冷たい雨が降っていて寒いのでお入りくださいと申し出たのだけれど、「スペースが必要ですので外で」と玄関外の通路で作業される。10分ぐらいで終わるかなと思ったら、「終わりました」と声をかけられたのは40分後。ネジをつけ替えたところだけではなく全体を点検し、ネジというネジに油を注し、ベルトの正しくつけ替え、これだけの時間がかかった。一箇所留め具が飛んだだけでここまでしていただいて恐縮し、留め具一つの修理を億劫がって買い替えようなんて考えた自分が恥ずかしくなった。アップリカさん、もうしばらく使わせていただきます。


back<<< >>>next

2007年05月12日(土)   「海老が……死んでた」volo cosiでランチ
2005年05月12日(木)  段ボールから発掘ぁ ̄筆は何キロ走ったのか
2004年05月12日(水)  『ジェニファ』完成披露試写@TATOU TOKYO


2008年05月11日(日)  美容院とまつ毛と鏡

ダンナに子守りを頼んで美容院へ。母の日だし、堂々と甘えさせてもらう。「仕事がないときも保育園に預けてくださっていいですよ」と去年の春の保護者会で言われたのだけど、最近は風向きが変わり、「預けるのは、どうしても保育が必要なときだけに」と通達が出て、平日に美容院へ行けなくなった。

それだけが理由ではないけれど、美容院はずいぶんごぶさたで、3月に披露宴のためにセットとメイクとネイルをお願いして以来。髪を切るのはさらにさかのぼって昨年12月以来で、伸び放題の盆栽のようになっていた。いつもお願いしている担当の女性美容師さんがとても感じがよくて腕もよくて、「次回はもっと早く来よう」と思うのだけど、わたしの中で美容院の優先順位は低いらしく、どんどん後回しになって数か月が経ってしまう。


ひさしぶりに「キレイ」に気合いを入れたのは3月の披露宴のときで、当日美容院まかせで限界に挑戦してもらう四日前に別なサロンで「まつ毛エクステ」なるものをやってみた。地毛のまつ毛に接着剤で人工まつ毛をつけるという増毛術で、通常60本12600円(一本あたり210円)が初回半額で6300円。それでも一本あたり105円。丁寧に扱えば地まつ毛が抜け落ちるときに運命共同体で落ちるまで数か月持つという話だったけど、知らず知らず目をこすったり、娘に顔をたたかれたりしては一本また一本と落ち、そのたびに「ああ105円〜」。まつ毛一本で洗濯ネットが買える、ビニールシートが買える、傘が買える(百均で)。それこそ、つけまつ毛だって百均で買える。こっちのほうがわたし向き。

話を美容院に戻して、美容院の鏡を見るのが苦手だ。いかがですか、と声をかけられても、鏡の中の自分をまっすぐに見れない。子どもの頃のわたしは鏡を見るのが大好きで、小学六年生のとき授業中に書いた小説は、「世界でいちばん鏡を見ている女の子が鏡の国の女王に選ばれる」という自分をモデルにしたものだった。昔は好きだったけど今は嫌いになったというのではなく、昔も今も鏡に映った自分を意識しすぎるのだと思う。

鏡といえば、先日、買ったばかりのMacのアイコンを適当にいじってたら、突然画面にノーメイクの中年女が現れた。見たことある顔だと思って画面に顔を近づけると、相手も前のめりになり、目が合った。そこでようやく、ど近眼のわたしは、ああわたしだ、と気がついた。パソコンに内蔵されたカメラが起動したらしい。無防備なわたしってこんな間の抜けた顔してるんだとショックを受けた。保育園に娘を迎えに急ぐときも、打ち合わせで考えをめぐらせるときも、この顔をさらしているのか。朝出かける前に鏡を見る時間がなく、娘に貼られたシール(「会議」と書いてあった)をおでこに貼りつけたまま保育園へ行ったこともある。鏡を見ないから髪はぼさぼさ、もちろんノーメイク。「この人、ほんとに働いているのかしら」と保育園では不思議がられているかもしれない。

back<<< >>>next

2007年05月11日(金)  お茶することが仕事
2006年05月11日(木)  さよなら交通博物館
2005年05月11日(水)  段ボールから発掘 BarNoneみっけ!


2008年05月10日(土)  ひばちゃま、あーちゃまと「平和」な休日

娘のたまが産まれた年の秋以来、一年半ぶりに、ダンナのおばあちゃんに会いにいく。娘のたまにとってはひいおばあちゃん。昨秋に101歳になり、たまとは年の差100歳。二人暮らしをしているダンナ父の76歳のお姉さんが「ひばちゃま、あーちゃまと呼ばれているの」というので、わたしもそう呼ばせていただくことに。

ひばちゃまは前に会ったときより少し小さくなった気がしたけれど、耳が遠いほかは元気。ゆったりとした動作ながら、自分で歩き、ケーキを食べ、コーヒーを飲み、たまを抱っこして「かわいこちゃんですねえ」と繰り返した。

一年半前に初めて会ったあーちゃまは、よく本を読み、よく映画を観る人で、わたしの仕事にもとても興味を持ってくれている。前回圧倒された旺盛な知的好奇心は衰えておらず、「ヒップホップってすごいわよね」「うちは二人とも後期(高齢者)よ」と朝ドラから時事ネタまで話題も豊富。大学で栄養学を学んだこと自体ハイカラな人である。前回は手作りクレープのおもてなしに感激したが、今回のシフォンケーキとパンプキンの絞り菓子もやさしく上品な甘みで、たまと奪い合っていただいた。

そのあーちゃまが、13歳で終戦を迎えた熊本での悲しい思い出を聞かせてくれた。家は戦災にはあわなかったものの家族八人が赤痢に感染。父は医師だったが、薬も注射も食料もなく、どうすることもできなかった。弟と祖母と妹が相次いで枕元で亡くなり、次は自分の番かと思っていた。長崎で被爆したお姉さんも亡くなった。あーちゃまは栄養失調でやせ衰え、髪をおさげに結んでも小筆の穂先ほどしかなく、やせたお尻がクッションにならず自転車の後ろに乗ると痛かったという。三人の子を戦争で失ったひばちゃまは、終戦後、食べ物が少しずつ出回るようになると、「亡くなった子供たちに食べさせてあげたかった」とよく泣いた。

「戦争反対!」とあーちゃまはきっぱり言った。わたしはあーちゃまとひばちゃまが味わい、ダンナ父も受け止めた苦しみの重さを思った。ダンナ父は昨年保育園の祖父母の会に参加した折に「ぼくらの時代は戦争で幼い命がずいぶん奪われた。クラスの子が全員そろって進級できる平和な時代はありがたい」といった話をしたそうで、今でも「あの話に感動しました」と保育士さんに声をかけられる。だけど、あーちゃまが語ってくれたような辛い過去をわたしは知らなかった。爆弾にも伝染病にも飢えにも怯えずお茶を楽しめる今は、わたしたちの前やその前の世代の人たちがたくさん傷ついた上にもたらされたものだ。たまをだっこするひばちゃまにビデオカメラを向けながら、大切にしなくてはと思った。今ある平和も、今ある家族も。


back<<< >>>next

2007年05月10日(木)  遠崎さんとGOGO!イゾリーナ
2005年05月10日(火)  段ボールから発掘◆‐森のおばちゃまのサイン
2004年05月10日(月)  脚長美人計画


2008年05月09日(金)  マタニティオレンジ283 傘と長靴と風呂掃除

少し前から娘のたまは「かぁさ」(かさ)という言葉を覚え、街やテレビ(電車内モニターでも)などで見かけると、うれしそうに指差すようになった。自分でも差したがるので、雨の日は娘に傘を取られる。わたしはもちろん、うまく傘を差せないたまも保育園に突く頃にはぬれネズミになっている。

子ども用の小さくて軽い傘なら差しやすいかしらん。銀座四丁目から松竹のある東銀座方向へ少し歩いたところの傘屋にかわいい傘が飾ってあったのを思い出し、銀座に出た折に立ち寄った。ひよこをあしらった黄色い傘と、ついでに目に留まったえんじの水玉の長靴を買った。

たまは傘よりも長靴に興奮。早速、足を突っ込んだ。長靴の左右に紙袋のように持ち手がついていて、吊るすときに使うのだろうかと思っていたら、手先が不器用な子どもが上手に履くための補助具だった。なるほど、長靴の淵はうまくつかめなくても、持ち手をつかんで引き上げれば、簡単に履ける。

雨の日を待たずに出番はないものかと思い、風呂掃除のときに履かせてみると、裸足よりもすべりにくくて、これはいい。最近たまは風呂掃除を手伝うのが大好きで、せっせとボロ布で浴槽を磨いてくれる。汚れたボロ布をそのままほったらかしておくと、きれいなお湯を張った湯船にどぼんとつけられるので閉口する。


back<<< >>>next

2007年05月09日(水)  ラジオ『疑問の館』と『アクアリウムの夜』再放送
2006年05月09日(火)  大人計画本公演『まとまったお金の唄』
2005年05月09日(月)  段ボールから発掘  悗泙舛砲い辰燭个△佑襪舛磴鵝
2002年05月09日(木)  奇跡の詩人


2008年05月08日(木)  マタニティオレンジ282 どうしてお友だち嚼んじゃったの?

娘のたまを保育園に迎えに行くと、「たまちゃん、『ママ、おかえり』って言葉を覚えて、何度も言ってますよ」と保育士さん。教えてもらわなければ、「ママ、かーえって何だろ」と首を傾げたままだった。保育士さんは幼児語の翻訳名人。たまはお友達の親が次々と迎えに来るときに交わされる「おかえり」の挨拶を覚えたのだろう。保育園での生活は、言葉にも刺激をくれる。

「もうこんなことができるんだ」と頼もしく思う一方で、「まだできてなかったのか」とショックを受けることもある。「また、たまちゃん、嚼んじゃいましたよ」と保育士さんに言われたのは三日前。おもちゃの取り合いをして、同じクラスの男の子に噛みついたという。思うようにならないと歯を立てる癖があることを聞かされたのは、昨秋の保護者面談のとき。言葉が出て来て意思を伝えられるようになると自然に治るでしょうと言われたけれど、いまだに言葉より歯が先に出るらしい。

「たま、どうしてお友だち噛んじゃったの?」と尋ねたら、「オイチー」と人を食ったような返事。「おいしいじゃなくて、ガブしたらダメでしょ。痛いでしょう」と目を見て説いていると、わたしの頭をなでて慰めにかかる。まったく反省の色なし。その証拠に、わがままを聞き入れられないと、わたしにも噛みついてきた。

そして今日、また別の男の子とおもちゃの取り合いになり、今度はほっぺたに噛みついたという。男の子のほっぺたにはくっきりと歯形が残り、噛んだときは相当痛かったと想像する。お迎えのときにお母さんに謝ると、「いいのよ。うちの子が先に仕掛けたんだから気にしないで」と言ってくださる。以前肩に噛みついた男の子のお父さんも「この年で女の子にキスマークをつけられるなんて幸せ者ですよ」と笑ってくださった。おおらかな対応に救われているけれど、この先何人に謝ることになるのか。噛みつくより噛まれる側になったほうが気は楽かもしれない。


back<<< >>>next

2007年05月08日(火)  マタニティオレンジ117 愛情と責任と○○
2005年05月08日(日)  佳夏の置き土産、高倉三原同窓会やるでー。
2004年05月08日(土)  STRAYDOG公演『母の桜が散った夜』


2008年05月07日(水)  シナトレ10 ラジオドラマってどう書くの?

コンクールで脚本家デビューを目指す人たちに、わたしは「ラジオがいいですよ」とすすめている。映像脚本のコンクールに比べて応募数が少ないので入賞確率が高いこともあるけれど、脚本の自由度が高いところが面白い。コンクールの応募原稿には制約がなくても、映像化となるとどうしても予算やスケジュールの都合で「ロケ地は国内に」「外国人をたくさん出せない」となると変更を迫られる。その点、ラジオドラマなら、宇宙へ行くのも戦国時代へ行くのも動物にしゃべらせるのも自由自在。世界の少数民族をキャスティングすることだって可能だ。

「ラジオの脚本ってどう書くんですか」とよく質問される。先日のシナリオ講座創作論講義では「ラジオドラマって、効果音を書かなきゃいけませんよね。あの書き方がよくわからないんですが」という質問が出た。効果音を書かなきゃいけないのではなく、「ト書きを音で表現する」と考えてください、とわたしは答えた。「トントンと刻む包丁」「ガラリと窓が開く」と書けば、登場人物の動きが音から見えてくる。「グツグツとカレーが煮える」の「カレー」は音では表現できないけれど、「グツグツと鍋が煮える」というト書きに続けて、「今夜はカレーか」と台詞があればいい。「電車の発車ベルが鳴る」と書けば、そこが駅のホームであるとわかるし、「駆けて来る足音」があれば、電車に飛び乗ろうとしていることがうかがえる。そこに「携帯電話の着信メロディが鳴る」ことにより、「立ち止まる足音」となれば、電話がかかってきて立ち止まった様子を描ける。

実際にラジオドラマを聴いてみて、音がかき立てるイメージを実感してみるといい。野球部の練習のかけ声を聴けば放課後の校庭の絵が浮かぶ。ひとつの音で時間と場所を表現することがおわかりいただけるはず。聞こえてくる音をト書きに書き起こす翻訳作業をしてみると、書き方が身につく。月刊ドラマなどに脚本が掲載された折には、「こう書くと、こういう音になる」(あるいはその逆で、この音は、こう書いてあったのか)と脚本と対比させながらドラマを聴くと勉強になる。

というわけで、コツさえつかめば難しいことはない。まずは一本書いてみては、いかが。手始めに映像や漫画をラジオの脚本にしたり、映像を想定して書いていた脚本をラジオ版に書き直したりするのも、いい練習になる。今日はとくに熱心にラジオをおすすめしたい気分。というのも、デビューのきっかけをつかんだ『雪だるまの詩』とラジオ放送80周年の平成14年に制作した『昭和八十年のラヂオ少年』(ともにNHK-FM FMシアターで放送)を聴き返して、やっぱりラジオはいいなあと思ったから。ひさしぶりに実家に帰って、故郷はいいなあとしみじみうれしくなるような気持ち。映像は脚本が化けるのを見る楽しみがあるけれど、ラジオは自分の紡いだ言葉が大切に守られている感じがあり、脚本家のスタートを切るのには向いていると思う。

2008年04月27日(日) シナトレ9 ストーリーをおいしくする5つのコツ
2008年04月22日(火) シナトレ8 コンクールでチャンスをつかめ!
2007年10月27日(土) シナトレ7 紙コップの使い方100案
2006年11月07日(火) シナトレ6 『原作もの』の脚本レシピ
2006年03月02日(木) シナトレ5 プロデューサーと二人三脚
2005年11月01日(火) シナトレ4 言葉遊びで頭の体操
2005年10月12日(水) シナトレ3 盾となり剣となる言葉の力
2005年07月27日(水) シナトレ2 頭の中にテープレコーダーを
2004年09月06日(月) シナトレ1 採点競技にぶっつけ本番?



back<<< >>>next

2007年05月07日(月)  甘いものは何が好きですか
2005年05月07日(土)  甥っ子二人、弟三人。


2008年05月06日(火)  マタニティオレンジ281 梅拾いの才能は隔世遺伝!?

娘のたまを連れて小石川植物園に行こうかとダンナと話していたら、「今日はどうしてる?」とダンナ父から電話があり、四人で出かける。雨降りの三日に訪ねたときはがらがらだったのに、今日はよく晴れて花見のときのようなにぎわい。先日、日本庭園へ続く小径でたまが突然しゃがみこみ、梅の実を拾いはじめた。三月から四月にかけて花を咲かせて楽しませてくれた梅がつけた実が、あちこちに落ちている。その黄緑の実を緑の草の中から器用に見つけ出してはうれしそうに差し出すのだった。

かがんで地面に目を凝らし、梅の実を見つけると、「おっ」と目を輝かせ、手を伸ばして拾う。その仕草をダンナとダンナ父にも見せたいと思い、梅の木のもとへ案内した。たまは一度やって飽きたのか、先日ほどは情熱を見せず、収穫量もいまひとつ。代わって、ダンナ父が次々と実を運んできて、たまに手渡し、わたしにリレーされた。たまの梅拾いの才能は、じいじ譲りだったのか。

先日も今日もビニール袋いっぱいの梅が集まった。持ち帰り、家で眠っていたラム酒(コピーライター時代にラベルのコピーを書き、「作品」としてもらったBACARDI)や飲みかけの日本酒や焼酎で漬け込んだ。小さめの梅で梅醤油と梅酢を漬けた。傷だらけの梅からおいしいエキスが出るだろうか。

「娘が産まれた年に梅酒を漬けるといい」と聞き、産まれてから初めて旬がめぐってきた昨春に漬けた梅酒は間もなく一年。たまがお酒を飲める二十歳になったら一緒に飲む計画だけど、今のところいい色に育っている。


back<<< >>>next

2007年05月06日(日)  マタニティオレンジ116 泣き止まなくて急患
2005年05月06日(金)  吉村公三郎作品『眠れる美女』『婚期』
2002年05月06日(月)  古くても新聞


2008年05月05日(月)  マタニティオレンジ280 子どもの日にワークライフバランスを考える 

朝からダンナ父と娘のたまのデートを送り出し(最近のデートスポットは舎人ライナーに乗って舎人公園。広々とした森なのだとか)、ダンナとともに日比谷へ。お目当ては1日に公開した『相棒』。『アテンションプリーズ』の脚本の追い込みの頃に深夜に帰宅してテレビをつけたらドラマシリーズの再放送をやっていて、明け方まで一挙に四話見て以来、はまってしまった。3日放送のスペシャルも観て、ますます映画に期待が膨らんだのだけど、同じような人が多数いると見え、夜の上映まで立ち見とのこと。「朝9時半の回も厳しいでしょうね。30分前でしたら座れないこともないかもしれませんが」劇場のおじさまのクールな口調も、どことなく右京さん風。

三越の地下の子ども服フロアを冷やかし、セガフレードでカフェラテを飲み、家に引き上げた。ダンナと二人ででかけるのなんてひさしぶりだけど、「たま、どうしてるだろうねえ」などと話題は娘のことになる。でも、今こんな仕事してるよ、と互いの近況報告らしきこともできた。

夜はダンナの実家でたまと合流。ダンナ妹のケイコちんも来て、お好み焼きの夕食の後に、子どもの日らしく柏餅。柏餅といえば、先日ダンナが「この柏餅は葉っぱの塩味が効いている」と言って驚いたのだけど、「柏餅の葉っぱって食べるの?」「桜餅の葉っぱは食べるけどねえ」などと話す。以前ダンナ一家に「空豆の皮を食べるのは変」と指摘されたのだけど、柏餅の葉っぱよりは食べられると思う。

ケイコちんが勤務先の機関紙に掲載されたコラムを見せてくれた。ワークライフバランスについて綴ったもので、休日に姪っ子と遊ぶ時間が充実していて幸せといったことが書かれてある。たまを抱いた写真が添えてあって「そっくり」と同僚たちに大反響なのだとか。ワークライフバランスという言葉、最近よく聞くけれど、今のわたしは、とてもいい感じで仕事と生活のバランスが取れている。仕事と子育てが互いに張り合いと息抜きを与えている感じ。締切前にはリズムが崩れることもあるけれど、子どもを保育園に預けている間に仕事を片付け、子どもが家にいる間は一緒の時間を大切にするというメリハリが心身の健康バランスも保ってくれている。もちろん、保育園やダンナの実家という強力な味方に支えられ、仕事相手の理解と協力に恵まれてのこと。子どもの日に、大人のみなさんに感謝。


back<<< >>>next

2007年05月05日(土)  マタニティオレンジ115 つかまり立ちがはじまった!
2005年05月05日(木)  店主も冷蔵庫も味な居酒屋『串駒』
2004年05月05日(水)  映画『チルソクの夏』
2003年05月05日(月)  日本橋三越に「風じゅー」現る!


2008年05月04日(日)  マタニティオレンジ279 子どもを一人のゲストとしてもてなす

先日知り合い、わたしをいたく気に入ってくださったIさんという女性がお宅に招いてくださり、ダンナと娘のたまとともに一家でうかがった。お得意のカレーをふるまってくださるというので、カレーに目がないわたしとダンナは前日から「どんなカレーだろねえ」とそわそわしていたのだけど、想像以上に本格的で味わい深いスパイシーカレーに五感がとろけて陶然となった。「たまちゃんにはお子さまようにアレンジしますね」と出されたのは、豆のカレーを牛乳で伸ばしてドリアにしたもの。初めてだけど、やめられないわね、という感じで、たまもせっせと食べた。食後のデザートには手作りの「たまちゃん旗」を立てたプリンが用意され、感激した。

「うちには小さなお子さんをもてなせるものはありませんが」と事前のメールに書かれていたので、「お気遣いなく」と返事をしたのだけど、図書館で借りてきたという絵本は、どれもたま好み。「一歳八か月の女の子がよろこぶ本」を相談してくださったのだろうか。クッションをベッドに見立て、人形を寝かしつけて遊んだり、ピアノを弾いたり、器用なダンナ様の手作り万華鏡をのぞきこんだり、たまは退屈するひまもない。

シターを習っているダンナ様は、澄んだメロディで童謡を奏でてくれた。『どんぐりころころ』や『ぞうさん』や『むすんでひらいて』にたまが反応するのを見て、「ちゃんとわかるんだ」とうれしそう。シターを作ったこともあるというダンナ様、本当に物づくりの名人のよう。器用でいて大きな手を活かしたマジックもお見事で、たまは「あれえ?」と歓声を上げ、目を丸くしていた。その顔をまた見たくて、ハンカチが何度も消えたり、色が変わったり。大人もすっかり騙されて、タネは見破れなかった。

気がつくと五時間が経ち、カレーをおみやげにいただいて帰る。家の外まで見送りに出てくれたI夫妻の姿が見えなくなるまで大きく手を振るたまを見て、いい一日だったなあと心がほくほくした。子どもは子ども、大人は大人ではなく、子どもが大人に巻き込まれ、大人も子どもに巻き込まれ、一緒になって楽しむ。子どもを一人のゲストとしてもてなすってこういうことなんだと教えられた。


back<<< >>>next

2007年05月04日(金)  マタニティオレンジ114 二世代で同級生
2005年05月04日(水)  一緒に飛べなかった『アビエイター』
2002年05月04日(土)  フランスのパコダテ人、函館のアメリ。


2008年05月03日(土)  80BOYS AND BABYの会

先日のシナリオ講座創作論講義でいちばん受けたのが、「いろんな年代、職業、性格の友達を持つと書くものが広がる」という一例として紹介した今井雅子ファン最高齢である80歳の現役医師、余語先生の話。コンクールに寄せられる脚本のお年寄りは、縁側で渋茶をすすっている人が多いけれど、実際の70代80代はかなり元気。「アテンションプリーズ、観逃しましたので、DVDプリーズ」とお茶目なメールを寄越してくれた余語先生、観逃した理由は当直夜勤だったから。仕事をし、展覧会やら演劇やら同窓会やら俳句の会やらに精力的に出かけ、実にハツラツ。だから、わたしが描く70代80代は、じっとしていない。

余語先生とは放送文化基金関係のパーティで知り合い、その後、先生の幼なじみを何人か紹介された。最初に紹介されたのが高田さんで、余語先生とわたしと高田さんの三人で会うことが多い。お二人とは産後二か月の頃に出産祝いに駆けつけていただいて以来ごぶさたしていて、また集まりましょうねと言っているうちに一年半経ってしまった。

『アテンションプリーズ』放送のお知らせでひさしぶりに連絡を取った余語先生から「近いうちにお目にかかりたく思います。なにぶん後がないもので、早めに日をお決めくださいませ」と催促があり、今日の再会が決まった。「80BOYSの会」と余語先生自ら命名した後で、「お子さんもご一緒でしたら80BOYS AND BABYでしょうか」と修正。

小石川植物園でピクニックを提案したのだけど、昨日からの雨が朝になっても降り止まず、最寄り駅の三田線白山駅で集合して「どうしましょうねえ」。昼から上がるという予報だし、とりあえず行ってみましょうと向かうと、ひっそりとして、雨に煙る庭を貸し切り。雨宿りできるベンチで横一列になり、余語先生の奥様が朝からこしらえてくださったおにぎりとおかず、高田さんが持ってきてくださったシェ・ルイのパンと赤ワイン(グラスも持参)をいただく。

余語先生と高田さんは小学校の同級生で、お二人の他の同級生の何人かにも以前お会いしている。「皆さんお元気ですか」と訪ねたら、「80過ぎた者に、元気ですかなんて聞いちゃあいけませんよ。どこかしらガタが来てますから。生きてるだけで大変なことなんです。故障しているのがわかっている車に走れますかと聞くようなものです」と高田さん。

では、なんと聞けばいいのでしょう?「調子はいかがですか、と聞かれたら、なんとか生きてますと答えます」とのこと。「でも、そうすると、お元気そうで、なんて言われるんですよねえ」と不服そうな高田さん。「そろそろお迎えが来そうですなんて言うと、いやいやまだまだなんて言われるんですけど、そこで話が終わっちゃうんです」。

では、どう反応すればいいのでしょう?「いつ頃来るんですか、どうやって来るんですかって聞いてもらえたら、話が続くんですけどねえ」。高田さんいわく、「70代と80代では感覚ががらりと変わる」そうで、「80代はあの世とこの世に股をかけている感覚」なのだとか。傍らで聞いていた余語先生は、「はあ、そうでしょうか」。「余語先生みたいな人は例外ですよ」と高田さん。同い年でも80BOYSの感覚には個人差があるよう。

そういえば、出会って間もない8年ほど前、浅草サンバカーニバルで撮った露出度の高い美女のスナップ写真を余語先生が高田さんたち同級生に配る場面に遭遇したことがあった。先生は「若返りの薬です」とおどけ、シャレをきかせて処方薬を入れる袋に写真を納めていたのだが、同級生の面々には「私にはかえって毒です」と困惑されていた。

雨が小止みになったので、園内を散策。娘のたまは、普段じいじにかわいがってもらっているせいか、驚くほどすんなり80BOYSになつき、「こっちこっち」と手招きしたり、自分から手をつないだり。椿を見ながら、「女房がこの花を苦手で、その理由を結婚してからずっと知らなかったんですが、やっと話してくれましてね。戦争で父親が亡くなったとき、暑い季節で、棺に入れる花がなくて、これだけが咲いていたんですって。真っ赤な椿だったそうですよ」と余語先生。

歩き疲れたたまは高田さんにだっこされて眠りに落ちた。「たまちゃんが寝ている間にお茶しましょう」という80BOYSの提案で、白山ベーグルへ。「見返りを期待するわけではないけれど、自分がやったことに対して、礼を尽くされたい」という話が白熱。もっぱらわたしは聞き役で、二時間のティータイムとなった。「忙しい今井さんにおつきあいいただきまして、刺激をいただきました」と恐縮されるが、いつもながら、わたしのほうが元気と刺激をいただいた。やっぱり元気ですよ、余語先生も高田さんも。



back<<< >>>next

2007年05月03日(木)  中原道夫さん目当てにサイエンス俳句
2004年05月03日(月)  渋谷川ルネッサンス
2002年05月03日(金)  スペクタクル・ガーデン「レジェンド・オブ・ポリゴン・ハーツ」


2008年05月02日(金)  マタニティオレンジ278 2380円のピアノ

先日、高校時代の同級生のはるちゃんが遊びにくる前、「遅くなったけど、出産祝い、何がいい?」と聞いてくれたので、「絵本か90センチサイズのズボン」をリクエストしたら、両方を贈ってくれた。その絵本が、わが家になかったオルゴールつきのもの。「おつかいありさん」「あめふりくまのこ」「とんぼのめがね」「おもちゃのへいたい」の四曲が収録されていて、ありのイラストのボタンを押すと、「おつかいありさん」が演奏される。澄んだ音色が気に入って何度もかけているうちに、たまはメロディに合わせて歌詞らしきものを口ずさむようになった。

この絵本を出しているのがミキハウス。他にもシリーズがあると聞き、書店で探してみると、今月発売されたばかりの『ぴあの(ポカポカフレンズのおんがくえほん)』というピアノつき絵本を発見。自動演奏もできるし自分でも弾けるすぐれもので、2380円(税込み2499円)。

わたしやダンナの実家にあるピアノを弾くのが大好きなたまは、早速飛びついた。自動演奏のボタンを次々と切り替えて摩訶不思議な新曲を編み出したり、でたらめに弾く曲が聞かせるメロディになっていたりして、「末はピアニストか作曲家か」と親ばかの夢はふくらむ。

「ママ(も弾いて)」とピアノを差し出され、ひさしぶりにピアノを弾いてみる。「何弾く?」とリクエストを受け付けると、たまは口に手を当てて『ちょちちょちあわわ』、両手をぐるぐるして『いとまき』などをリクエストし、曲に合わせて踊りだす。『おしりかじり虫』やBarneyビデオの『If All the Raindrops』も楽しい。もちろん、わたしが作詞作曲したオリジナルたまソングを演奏することもできる。

わが家にある音階の出る楽器といえば、出産祝いに贈られたチビハーモニカだけだった。これだと演奏中は口がふさがれてしまうのだけど、ピアノがやってきて、奏でながら歌うことができるようになった。子どもの頃、音楽教師だった母のピアノに合わせて、いろんな歌を一緒に歌ったことを覚えている。メロディがついた思い出は、とくに深く記憶に刻まれるのかもしれない。

今日の子守話は、ずいぶん前に作った「DJたま」シリーズから、『ピアノ』に『かえるのうた』が収録されていて思い出したカエル編。。たまがDJをやっている番組に動物たちからお便りが届くという設定で、軽いノリのおしゃべりが楽しいのか、喜んで聞いていた。
子守話17 DJたま カエルさんからのそうだん

ハーイ、こちらDJたまです。
きょうのおはがきは みどりいけの カエルさんから。
こんにちはDJたまさん。はい、こんにちはカエルさん。
うちのおとうさんのことで そうだんがあります。
おとうさんは うたがだいすきで うたをきいていないと きげんがわるいのです。
ぼくたち10ぴききょうだいに いちにちじゅう うたっていなさいというのですが
あさからばんまで うたっていると くだびれますし
ほかのことが なにもできません。
なにか いいほうほうは ありませんか。
いやあ カエルさん これは こまりましたねえ。でも ごあんしんを。
『カエルのうた』という カエルさんに ぴったりなうたがありますよ。
このうたは すこしずつ はじまりをずらして うたえるのです。
ちょっと このスタジオにいるみんなで やってみましょう。
カエルのうたが カエルのうたが カエルのうたが カエルのうたが ほらね。
なんだか だいがっしょうに きこえるでしょう。
きょうだいが10ぴきいらっしゃるなら かわりばんこにやすんで
そのあいだに しょくじをしたり トイレにいったりできますよ。
ためしてみてくださいね。


back<<< >>>next

2007年05月02日(水)  マタニティオレンジ113 上野動物園でいちばん面白い生き物
2002年05月02日(木)  永六輔さんと「しあわせのシッポ」な遭遇


2008年05月01日(木)  マタニティオレンジ277 いつの間にやら、いっちょ前。

娘のたまを近所の公園に連れて行ったダンナが、「知ってた? たま、すべり台の階段一人で上れるよ!」と子どもみたいに声を弾ませて帰ってきた。自分より体の大きな子たちよりも堂々たる足取りで、階段を駆けるように上るのだという。ダンナは下から見上げる感じで手を広げて付き添っていたのだけど、落ちそうにない安定感だったとか。見たことがないわたしも、「すごい。見たい。ずるい」と興奮した。ひと月ほど前は、だっこして滑り台を滑り下りるのもこわごわだったのに。いつの間にか、できないことができることになっていく。

いつの間にかといえば、1から10まで数えられるようになっていることに先日気づいたばかり。お風呂につかりながら「いーち、にーい、さーん」と10まで数えることを毎日やっているけれど、親に唱和しているたまの発音はいい加減で、リズムだけが合っている感じだった。ところが、よく聞いてみると、数字がはっきりとした音になっているではないか。6以降の後半は、ひとつひとつの数字がしっかり差別化できている。いつの間に、と驚いた。

コップから水や牛乳を飲むのも、いつの間にかうまくなり、こぼすことが減った。家で珍しくお酒を飲んだ日、自分もワイングラスで飲みたい、とたまが手を伸ばして主張したので、水を注いで持たせてやると、「カンパーイ」とグラスを合わせようとする。そうか、乾杯がしたかったんだね、と微笑ましくなった。大人の真似をしながら、いつの間にか、がふえていく。


back<<< >>>next

2007年05月01日(火)  今井雅子という人物は存在しない!?
2005年05月01日(日)  天才せらちゃんと神代植物公園
2004年05月01日(土)  池袋サンシャイン国際水族館『ナイトアクアリウム』
2002年05月01日(水)  きもち



My追加