2008年04月22日(火)  シナトレ8 コンクールでチャンスをつかめ! 

シナリオ作家協会のシナリオ講座にて、一日講義。受講生は四月から脚本の勉強をはじめた基礎科の生徒さんが中心とのことで「励みになる話を」とリクエストされ、タイトルは「コンクールでチャンスをつかめ!」に。自らコンクールでデビューのチャンスをつかみ、運と縁に助けられて現在に至る今井雅子の体験談をまじえ、脚本を書く腕と気持ちを後押しできそうな話をすることにした。

脚本は何歳になってからでも学べるし、何歳になってもうまくなれるとわたしは考える。脚本家は芸術家というより職人であり、天才でなくとも努力家であれば道を拓いていける。その努力とは書き続けること。しかも、ただ紙を埋めるのではなく、自分の描きたいものを形にする修行を重ねること。そのことを何に例えればわかりやすいだろうと考え、脚本を「料理」に置き換えてみた。

脚本コンクールは、挑戦者が自慢の一皿を送りつけて審査員に食べ比べさせ、腕を競うもの。見知らぬ料理人の作った得体の知れないものを延々と食べさせられ、審査員は食傷気味。そんな相手に食べる気を起こせ、感動させ、食後に高得点をつけたくなる一皿を届けなくてはならない。となると、「ネタの新鮮さ、面白さ」が決め手となる。

わたしの場合、デビューのきっかけをつかんだ札幌放送局主催のオーディオドラマコンクール入選作『雪だるまの詩』は、記憶の蓄積ができない前方性記憶障害を扱った。『博士の愛した数式』や『私の頭の中の消しゴム』で世に知られる前のことで、コンクール受賞作がドラマ化された後に受賞した放送文化基金賞の審査員もまだ知らなかった。もちろん、目新しい食材を皿に盛るだけでは審査員の心は動かせない。どのように調理するかが料理人の腕の見せ所。『雪だるまの詩』では、はかなく消える記憶と雪を重ね、雪のようにはかなく消える夫の記憶を自分の中に雪だるまにして残そうとする妻の視点で描いたことが評価された。

映画脚本デビューのチャンスをつかんだ『ぱこだて人』(『パコダテ人』として映画化)は、「女子高生にしっぽが生える」という飛び道具的設定を使って、「しっぽは欠点ではなくオマケ」と個性の話をし、そのオマケがついた気分を「はこだて」が「ぱこだて」になると表現した。はひふへほがぱぴぷぺぽに変換されるぱこだて語の言葉遊びもスパイスとなり、目を見張って楽しく食べてもらえる一皿となった。

料理と同じで、脚本も毎日書き続けていると手際も勘も良くなってくる。ありあわせの材料を組み合わせておいしいものを作れるコツとワザが身に付き、「あれとあれを組み合わせたらこうなる」という読みもできるようになる。わたしの場合、コピーライターの傍ら脚本家デビューし、しばらくは二足の草鞋をはき続けていたのだけれど、広告を作る作業が「料理」の修業にもなっていたように思う。そう考えると、いきなりフルコースの長編に挑戦するより、CMのようなおつまみサイズのドラマを描くことから始めて、自信と技術がつけていくやり方もありだと言える。

食材(ネタ)×調理(発想)法の組み合わせでコンクールの上位に食い込むために、今日からでもできる勉強法を紹介。まず、新鮮で面白いネタを集めるためには、「人脈(幅広い世代のいろんな人と)」と「ストック」を持つこと。ネタのストックについては、新聞や雑誌を切り抜き、項目別にファイルにまとめることをおすすめした。このとき、記事のどこに惹かれたかに線を引いたり、記事を見て思いついたことをメモしておくと、必要になったときに取り出しやすいだけでなく、頭にもネタを仕込むことができる。デビューした後は、プロデューサーに「予算これだけしかないけど、最高に感動できるもの食べさせて」などと無理な注文をされることになる。そんなとき、手元に使える食材を使いやすい形でどれだけ用意できているかが、競争の激しい料理人(脚本家)の世界で生き残る明暗を分ける。

調理(発想)法を鍛えるやり方として紹介したのは、「レシピ分析」と「食材からの発想」。「レシピ分析」は、名店で感動の味に出会ったときに「これ、どうやって作るんだろ」と想像するのと同じように、お手本にしたい作品がどういう要素をどう調理して成り立っているかを分析する。さらに、そのレシピを真似して作ってみると、より力がつく。「食材からの発想」は、冷蔵庫にあるものやスーパーの特売ありきでメニューを組み立てる主婦のやりくり術の脚本版。ある食材(ネタ)をどう調理するのがおいしいか、考え、実際に作ってみる。同じ素材でいろんなパターンを作って食べ比べたりすると、めきめきとアレンジ力が身につく。

そして、忘れてはならないのが「試食」。料理人本人だけでなく、まわりの人にも食べてもらい、聞いた意見を反映させること。その柔軟性と応用力があるかどうかが料理人として伸びる鍵。締切ぎりぎりに書き上げた初稿をそのままプリントアウトしてコンクールに応募するのは、自分のレストランを出せるかどうかの勝負の一皿を、味見もしないで出すようなもの。料理人の顔が見えなくても、手を抜いた一皿には気の抜けた味しかしない。でも、食べる人の顔を思い浮かべ、その人を喜ばせようというサービス精神と意気込みを注いだ一皿は、作った人の顔が見たくなる。……と例えてみると、思った以上に脚本と料理はよく似ているなあと話している本人が納得してしまった。

質問の手がいくつも挙がった昼の部の講義が終わると、「運命の出会いです!」と駆け寄ってくださる人あり、「お茶をしませんか」と誘ってくださる人あり。夜の部までの2時間強を近くのカフェで過ごす。以前教えたクラスにいた男の子が1人と、今日会った人が4人。「50歳以上は去れ」だの「書けないやつは一生書けない」だのきつい言い方をする脚本家もいるらしく、「誰にでも書ける」というわたしの話に勇気づけられたという。生徒を引き受けた以上、いいところを引き出して教えるのが講師の仕事だとわたしは思うし、初心者の生徒であっても相手に敬意を払うべきだと考える。だけど、下手な期待を抱かせちゃっているのかなあという迷いもある。料理と同じで作り続ければうまくはなるけれど、料理と同じく、プロとしてやっていけるかどうかには壁があるのかもしれない。それでも、食材と調理法の掛け合わせがうまくいけば、コンクールの一点突破は夢ではない、そう言い切れる。だから、コンクールでチャンスをつかめ!

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