2005年05月08日(日)  佳夏の置き土産、高倉三原同窓会やるでー。

■今回の帰省のもうひとつの目的が、小中学校の同窓会の企画会議。中学校を卒業して今年で20周年になるのだが、小学校時代に転校してしまった人も一緒に集まれるよう、「三原台中学校卒業20周年記念 高倉台小学校・三原台小学校合同同窓会」という名のもと、同級生も先生方もまとめて呼んじゃえという企画。準備を進めている地元組に「一度会って話し合いたいから、近々帰ってけーへん?」と声をかけてもらい、合流することに。4月にも「企画会議」と銘打ったものが行われていたが、写真を見る限り、単なる飲み会と化していた。「人数が多すぎたのと、お酒が入ったのがあかんかった」という反省をもとに、今回はわたしの実家で少数精鋭・酒抜きの会議。集まったのは、わたしの他に女子4人と黒一点(と言うのか?)のノリオ君。「女子が頑張ってるから、男子もなんかせんと」と1歳半の息子君を連れて参加したノリオ君は、野球部出身のスポーツマン精神を発揮してか、中学校の学級名簿を頼りに、連絡のつかない同級生の実家に電話までかけてくれていた。「13人にかけて、ことごとく怪しまれた」そうで、携帯電話番号を伝えておいたところ、かかってきたのは一人だけだったとか。「○○君の同級生で……」なんて口実は、いかにも振り込め詐欺っぽい。「電話やと疑われるんやったら、家庭訪問しかないか」と話す。年を取ったとはいえ昔の面影の残っている顔を見れば、ご家族も少しは警戒を緩めるのでは。「卒業アルバム持って行って、ほら同じ顔でしょって見せればええやん」「それ、わたしアウトやわ。アルバムの写真すごいことになってんで」「まあとにかく、いちばん頼りになるのは友達の輪やね」。まずは今日決めた同窓会の日時と場所をメールでどんどん回しつつ、地元のママチャリ部隊が家庭訪問をかけることになった。ときどきネットサーフィン中に「いまいまさこカフェ」を発見する同級生もいるので、そうやって同窓会情報をキャッチしてくれる人が現れるといいのだけど。連絡方法についで議題となったのが、出席人数の把握と会費の徴収。ドタキャン続出で会費が集まらず、赤字が出るのだけは避けたい。「事前に振り込んでもらう?」「あかん、それこそ詐欺やと思われる」「料理は少なめに注文するとして……」「直前で念押しメール出す?」「幹事がんばってるでーって姿をアピールして、軽々しくキャンセルできないようにしよう」。中学校時代はけっこう白けた空気が漂っていて、ホームルームも静まり返っていたのだけど、卒業して20年も経てば、ブレストも盛り上がる。あの頃想像もしなかった光景が繰り広げられていると思うと、なんだかとてもおかしくてうれしい。■こんなに同窓会に力が入るのは、去年亡くなった同級生であり幼なじみでもある寺岡佳夏のことが大きい。大学時代から地元を離れてしまったわたしは、佳夏の死という降って湧いた出来事がなければ、同級生たちとの間に空いた距離と時間を埋める機会を逃したまま年を重ねていただろう。佳夏を喪ったかわりに突然用意された再会があり、佳夏と自分が同じクラス、同じ学年、同じ学校というつながりの中で成長したことにあらためて気づかされた。同級生という存在が、自分にとってどれだけ大切なものであるかということも。企画会議の前、集まったメンバーたちで佳夏の実家を訪ねた。かつてわたしの一家が住んでいた隣に建つ家で、お父さんとお母さんに迎えられ、アルバムをめくりながら佳夏の思い出を語った。佳夏と言葉を交わしたことのない同級生も、「みんなから話を聞いて、親しみを覚えてます」と一緒に偲んだ。こんな形で出会う同級生もあるなんて、佳夏がいちばん不思議がり、面白がっているかもしれない。佳夏が引き合わせてくれた同級生との縁が形見であり、同窓会は佳夏の置き土産だと思っている。高倉・三原の同級生の皆さん、同窓会で会えるのを楽しみにしています。

2004年6月20日 日本一おしゃべりな幼なじみのヨシカのこと
2004年11月20日 高倉台・三原台同窓会

2004年05月08日(土)  STRAYDOG公演『母の桜が散った夜』

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