2008年04月30日(水)  Macは真っ暗、爆風でガラスは粉々!

快調快調と喜んでMacをカタカタ打っていたら、突然画面が真っ暗になった(この日記を書いているのは5月13日で、そのひと月前の4月13日の日記を書いているときに起こった)。再起動しても反応なし。いきなりフリーズか、と目を凝らせば、ぼんやりとアイコンが見える。画面が極端に暗くなったのだった。コールセンターに電話し、延々と保留音を聞かされ、待つこと40分。オペレーターの方の指示通りの方法を試してみたものの症状は改善せず、買って早々修理に出すことになった。引き取り、修理、配送まで無料だけれど、携帯電話と違って代替機種を貸し出してもらえないので、再び鈍行パソコンの出番となった。遅いけれど、ないよりはマシ。iPodの中身を30曲ほど捨てると、少しは動作が速くなった気がしないでもない。古いパソコンをあわてて引退させなくてよかった。修理の途中経過はパソコンメールで送られてくるのだけど、「もう一台ありますか」とは聞かれなかった。いまどき、二台持っているのが標準なんだろか。

ついてない日はとことんついてないもので、夕食を作っていたら、圧力鍋を火にかけているガス台でピキッ、バンッと鋭く不吉な音がした。見ると、ガス台のコンロに立てるように置いてあったガラス蓋が粉々に割れているではないか。圧力鍋を蒸し器として使うとき用の蓋で、数センチの至近距離で振り子を振り回している圧力鍋の熱と蒸気を浴びた衝撃でガラスに亀裂が入り、砕け散った模様。

その隣に立てかけてあった小さいガラス蓋(こちらは圧力鍋とセットで買った小鍋の蓋)は幸い無傷。あわててガス台からどけ、流しに置くと、その瞬間、ピキッという音とともにガラスにマスクメロンの網目状の亀裂が走った。蒸し物に煮物に活躍している大小のガラス蓋を相次いで失い、呆然としてしまった。

なんでコンロにガラス蓋を立ててたの?とダンナが素朴な質問。洗い物を伏せておくかごが満杯で置くところがなかったから。だけど、シュンシュン言ってる圧力鍋の脇に置いたりしないよね普通、とダンナ。それがわかっているから、落ち込んでいる。実際には、ガラス蓋を立てたのが先で、後から鍋をシュンシュン言わせたのだけど、蓋をどける発想もスペースもなかったし、圧力鍋の破壊力に思いをはせる余裕もなかった。ガス台に飛び散ったガラスの破片を拾い集めながら、原爆の爆風でガラス窓が粉々になったという話を思い出し、圧力鍋の蒸気の何万倍の熱い風だったのだろうと想像した。

2007年04月30日(月)  友だちの友だちは友だち
2004年04月30日(金)  日本映画エンジェル大賞受賞
2003年04月30日(水)  2003年4月のカフェ日記
2002年04月30日(火)  焼肉屋『金竜山』で酒池肉林
2001年04月30日(月)  2001年4月のおきらくレシピ


2008年04月29日(火)  マタニティオレンジ276 上野動物園で小動物と遊ぶ

おでかけ日和のいい天気なので、一家で上野動物園へ。家からの最短距離をベビーカーを押して走って行くと、30分ほどで到着した。3月に購入した年間パスポート2400円は、半分元を取ったことになる。

前回は夕方に行ったので見られなかったきりんとしまうまに、娘のたまは大喜び。「きりん」と言えないので、手を高く上げて「首長〜い」の仕草をし、しまうまを指差して「まうま、おっきい」と驚いていた。

子ども動物園へ向かう途中で、たまが脇へそれて入って行ったのが、小動物館。建物の中は大きいの小さいのいろんな種類の「ぴょんぴょん」(うさぎ)や「ちゅーちゅー」(ねずみ)が檻の中の森を跳ね回っている。たまはガラスに張りついて、目を見開いて眺めていた。二次元の絵本で大好きになった動物が目の前で動いているのを見るのは、どんな気分なんだろ。

子ども動物園はゴールデンウィーク中とあって大混雑で、モルモットをだっこできるコーナーは長蛇の列。その最後尾に並び、待つこと40分。椅子に掛け、膝掛けを掛けた上にモルモットを置いてもらう。たまは広げた両足の間にモルモットが挟まった姿勢のまま完全に固まってしまった。見ているのは楽しいけれど、ふれあうのはまだ怖い様子。

いちばん喜んだのは、やっぱりゾウ。最近はワニがお気に入りで、「何の話してほしい?」と聞くと、以前は「ゾゾ」だったのが「わぁに」になった。本物を見せるチャンスだったのに、ワニをさがすのを忘れてしまった。今夜の子守話は、ワニとたくさんの動物たちの話。三晩ほど語り聞かせて、この形になった。


子守話16 わにのばす

あるひ わには おもいました。
かっこいいばすに なりたいな。
ぼくのからだは ながいから なれるかもしれないな。

さっそくわには 「わにのばす」とかいたふだを くびからさげて
おきゃくさんをまちました。
すると「のせてくださいな」と ねずみのかぞくがやってきました。
「どうぞ どうぞ せなかにおのりください」とわにはよろこんで いいました。
おとうさんねずみと おかあさんねずみと たくさんのこどもたち。
16ひきのねずみがのっても わにのばすは まだまだ ひろびろしています。

「わにわにわにわに わにのばす わにわにわにわに わにのばす」
わにとねずみたちがうたいながら すすんでいくと うさぎのきょうだいがやってきました。
「くたびれたから ばすにのせてくださいな」
「もちろんですとも」
16ひきのねずみと2ひきのうさぎをのせても 
わにのばすは まだまだ ひろびろしています。

「わにわにわにわに わにのばす わにわにわにわに わにのばす」
わにとねずみたちとうさぎたちがうたいながら すすんでいくと
らいおんのおやこが てをあげて ばすをとめました。
ねずみのかぞくとうさぎのきょうだいは こわくなってみをよせあいましたが
「たのしそうだから いっしょにのせてくださいな」
らいおんのおやこはやさしいこえでいいました。
16ひきのねずみと2ひきのうさぎに2ひきのらいおんがくわわって
わにのばすは ちょっぴりきゅうくつになりました。

「わにわにわにわに わにのばす わにわにわにわに わにのばす」
わにとねずみたちとうさぎたちとらいおんがうたいながら すすんでいくと

こんどは 3ひきのぶたきがばすをとめました。
16ひきのねずみと2ひきのうさぎと2ひきのらいおんと3ひきのぶたをのせた
わにのばすは ずいぶんきゅうくつになりました。
それでもわには みんなのたのしそうなようすがうれしくて しあわせでした。

「わにわにわにわに わにのばす わにわにわにわに わにのばす」
おおきなこえで がっしょうしながら わにのばすがすすんでいくと
きりんがながいくびをかしげて ばすをとめました。
「まんいんでーす」と16ひきのねずみと2ひきのうさぎと
2ひきのらいおんと3ひきのぶたがいいました。
けれど わには 「ゆずりあっておすわりください」ときりんをのせました。

「わにわにわにわに わにのばす わにわにわにわに わにのばす」
わにが いきをはあはあさせながら すすんでいくと
ぞうがながいはなをもちあげて ばすをとめました。
「こんどこそ まんいんでーす」と16ひきのねずみと2ひきのうさぎと
2ひきのらいおんと3ひきのぶたときりんががいいました。
わにもとうとう 「またこんど おのりください」といいました。
けれど ぞうはなんとか わにのばすにのろうとしました。
わにのせなかで おしくらまんじゅうが はじまりました。
そして ついに ぞうはわにのばすに のりこみました。

わにはもう うたうげんきもなくなって
  おなかをじめんにこすりつけながら しゅうてんまで すすんでいきました。
16ひきのねずみと2ひきのうさぎと2ひきのらいおんと
3ひきのぶたときりんとぞうをおろすと からだがふわっとかるくなりました。
あれれ なんだかへんなかんじ。
ふりかえったわには びっくりしました。
しっぽのさきっぽが ずいぶんとおくに ありました。
おきゃくさんをのせすぎて せなかがのびきってしまったのでした。
「わにわにわにわに わにのびた わにわにわにわに わにのびた」
わにはながいからだをずるずるひきずって いえにかえっていきました。

2007年04月29日(日)  マタニティオレンジ112 「自立とは」を考える
2002年04月29日(月)  宮崎あおい写真集『happy tail』にいまいまさこ雑貨


2008年04月28日(月)  鈍行Windowsから快速Macに乗り換えた

ここのところ日記の後進が滞ったのは(この日記を書いているのは15日後の5月13日)、以前から調子が悪かったパソコンがますます手に負えなくなったから。立ち上がるのに早くて15分。ボタンに反応するまでにさらに10分。インターネット画面を開いて、そこに情報が現れるまでに(それまでは真っ白)下手するとあと30分。送られて来たファイルのプリントアウトが間に合わず、打ち合わせ先で出力してもらう事態になる。

ワード文書を開くと、半分以上の確率で一面グレーの画面が出る。運良く開けても、変換が異様に遅い。一行変換すると、昔のスコアボードがスローモーションでひっくり返るみたいに、ひらがながパタリパタリと漢字に変わる。機嫌が悪いときには、変換までに5分ほど待たされ、忘れた頃に漢字が現れる。こんな具合なので、携帯電話に打ち込んだものをメールで送ってコピー&ペーストするという面倒なことをやる羽目になった。スピードが命の執筆活動で、商売道具に職務妨害をされてしまうとは、命取り。パソコンを買い替えることにした。

ビックカメラで向かったのはAppleコーナー。パソコンの調子が悪いんです、と相談すると、何人もの人から「Macにしたら?」と勧められていた。ウイルスが圧倒的に少なく(ほぼ、ないらしい)、XPやVISTAのような重装備ではないので身軽ゆえに機敏なのだとか。それでもわからないことだからけで、売り場のおじさんを独り占めして質問攻めにしたけれど、機械音痴なのでやはりよくわからない。「速いんですね」というところだけはしつこく確認して、緊急値下げで14万9000円になっていたMacBookを購入。ソフトが別売になっていて、ワード、エクセル、パワーポイントのセットが5万ちょっともする。半額ぐらいの学生やファミリー用ソフトもあったのだけど、「仕事で使いますか」と聞かれたので、はいと答えると、高いほうを買わされた。違いがなになのか、わからない。「Windowsも使えますがソフトをMacと同時に立ち上げることになり、スピードが若干遅くなります」と説明され、Windowsと互換性があるというMac用のソフトを購入する。でも、パッケージにはWindowsと書かれてあり、結局なんだかよくわからない。

わからないままに買って帰り、つないでみて、驚いた。電源ボタンを押して立ち上がるまで、一分もかからない。恐竜が飛行機に進化したよう。前のパソコンで苦労したインターネット接続の設定は不要で、いきなり使える。しかもワイヤをつなぎ忘れていたのにつながった。これが無線LANかあと感動。

速さは桁違いだけれど、使い慣れたパソコンとは勝手が違うので、パソコンの動作に比べて、わたしの動きがたどたどしくなってしまった。表示文字がやたらと小さかったり、W前のパソコンで表示されていた文字が化けていたり(その逆も今後発生するのだろう)。完全に乗り換えるよりは、用途によって二台を使い分けてもいいのかも。重いデータをMacに移し替えたら、鈍行パソコンも少しは機敏になってくれるだろうか。

2007年04月28日(土)  三枝健起監督の新作『オリヲン座からの招待状』
2004年04月28日(水)  黄色い自転車
2002年04月28日(日)  日木流奈(ひき・るな)


2008年04月27日(日)  シナトレ9 ストーリーを面白く(おいしく!)する5つのコツ

目黒にあるバンタンスクールにて、アニマックス大賞公式ガイダンスイベントのパネルディスカッションに参加。開始一時間前にパネラー三人が初顔合わせ。共同テレビのディレクター佐藤源太さんと、バンタン講師であり作家の斉藤ゆうすけさん。今日のパネルディカッションは参加者から寄せられた「ストーリーを面白くするコツ」を取り上げながら進行するので、それを見ながら「この人、一人で何通も書いてる」などと雑談するうちに時間になった。

定員の百人をオーバーした130人ほどがぎっしりと詰まった会場の後方から壇上へ。司会の井上実さんに紹介され、着席して、はたと気づいた。ワンピースの背中のファスナーが上がりきっていない! 家を出てから見かけた人はファッションだと思ったか、声をかけるのをためらったか、黙殺したか、冷笑したか。背中に手を回し、ファスナーを20センチばかり上げすながら、せめて会場にいる参加者には言い訳をしとこうと考えをめぐらした。で、「ストーリーを面白くするコツ」募集で「キャラクター」と書かれた紙を選び、「さっきから、ここで怪しい動きをしてましたが、実は、ファスナーを上げていました」と白状。「わたし、次のことをやると、それまでやってたことがところてん式に押し出されちゃうんですよ。よく電子レンジから取り出し忘れて冷えたおかずが出てきます。上げかけのファスナーで一度にいろんなことやろうとする性格を描く、これがキャラクターです」。と、転んでもタダでは起きないたくましさもキャラクター。

佐藤さんは「ベタに描かない」を選び、斉藤さんは「気合い」を選び、パネラー三人が順に「コツ」を選んでコメントする形でディスカッションは進む。他の人が選んだものにもコメントを入れたので、どれを自分が選んだのか記憶が曖昧だけれど、参加者が寄せた「コツ」をパネラーが膨らませると、「ラストから逆算して書く」など今すぐ使えるヒント満載。参加者が記者会見のごとくメモを書き込んでいたのが印象的だった。

最後に、各パネラーが考える「ストーリーを面白くする5つのコツ」を披露。わたしは先日のシナリオ講座創作論講義の延長で、料理にたとえてみた。

ストーリーを面白く(おいしく!)する5つのコツ 

1 素材 
2 調理法 
3 スパイス 
4 試食 
5 サービス精神

「素材」は受け手(コンクールであれば審査員、ドラマや映画であれば視聴者や観客)が食べたことのない新鮮で面白い題材を使うこと。そのためには日頃からアンテナを張り、ネタを仕入れることが大事。審査員は同じものばかり食べさせられて食傷気味なので、目新しい食材には飛びつく傾向がある。また、プロになってからは、急な客のわがままな注文にいかようにも応えるのが腕の見せどころ。ネタをアレンジしやすい形でストックしておくと使える。
「調理法」は題材を感動的な味に仕上げる組み合わせと味つけ。テーマやモチーフの斬新さ、アイデア一発勝負ではコンクールには勝てない。どう調理すれば、いちばんおいしくなるのかを考え、そこに自分らしさを出す。
「スパイス」は食後に余韻を残す遊び心。小ネタだったり言葉遊びだったり、サブキャラだったり。
「試食」は脚本を自分で読み返し、まわりの人にも読んでもらい、「うまい」と思えるまで改良すること。味見もしないものを食べさせるのは言語道断。
「サービス精神」は受け手が喜ぶ顔を思い浮かべて作ること。また、受け手の反応を次の料理に活かせること。想像力が乏しいシェフの料理は上達しない。

料理と同じで、脚本は誰にでも書けるけれど、おいしく作るにはコツが要る。それを意識しながら作り続けることが上達の鍵。コンクール応募時代にできるだけネタを仕込み、調理法を身につけておくと、プロになっても手際よくリクエストに応えられる。おいしいストーリーを作る腕を磨き、コンクールで開店のチャンスをつかみ、行列のできる店になってほしい。

2008年04月22日(火) シナトレ8 コンクールでチャンスをつかめ!
2007年10月27日(土) シナトレ7 紙コップの使い方100案
2006年11月07日(火) シナトレ6 『原作もの』の脚本レシピ
2006年03月02日(木) シナトレ5 プロデューサーと二人三脚
2005年11月01日(火) シナトレ4 言葉遊びで頭の体操
2005年10月12日(水) シナトレ3 盾となり剣となる言葉の力
2005年07月27日(水) シナトレ2 頭の中にテープレコーダーを
2004年09月06日(月) シナトレ1 採点競技にぶっつけ本番?

2007年04月27日(金)  マタニティオレンジ111 「祝・出産 祈・安産」の会
2004年04月27日(火)  二級建築士マツエ
2002年04月27日(土)  映画デビュー!「パコダテ人」東京公開初日


2008年04月26日(土)  マタニティオレンジ275「これ、なぁに?」

朝から娘のたまが「これ、なぁに?」を家のあちこちを指差している。冷蔵庫。冷蔵庫の中身の野菜のひとつひとつ。洗濯機。洗濯機から取り出した洗濯物のひとつひとつ。パパのよれよれTシャツの大きなプリントを指差し、「これ、なぁに?」としつこく聞く。アメリカのストーンマウンテンズのお土産Tシャツ。蛍光色のエンボスインクでマークらしいものがプリントされているのだけれど、具体的なモノの形をしていないので、なんとも説明しようがない。「これはねえ、マーク。英語」などと適当に返事すると、納得がいかないのか、「これ、なぁに?」と食い下がる。何事にも疑問を持つ知的好奇心は大いに伸ばしてほしい。だけど、延々と質問される親にも、それに応える根気と体力が要る。

たまは明らかに自分が写っているとわかる写真を指差し、「これ、なぁに?」。「これはたまでしょ。お食い初めのときの写真。鯛をあむあむしているね」などと話すと、写真から広がる物語をうれしそうに聞いている。そういえば、外国語でも、「これは何?」は最初に覚える表現のひとつ。英語でもドイツ語でもフランス語でも、覚えたての表現を試すのが楽しくて、指差して回ったっけ。「何」の答えそのものよりも、そこから会話がはずむことを期待して。

2007年04月26日(木)  マタニティオレンジ110 保育園のPTAはイベント盛りだくさん
2002年04月26日(金)  『アクアリウムの夜』番外編:停電ホラー


2008年04月25日(金)  マタニティオレンジ274 予算の使い道は未来の使い道

 打ち合わせが長引いて出席がかなわなかったけれど、今日、保育園で年に一度の総会があった。園の方針などを説明するガイダンスのようなもので、終わった後に続けて父母会の総会が行われる。昨年度の父母会の会計だったわたしは、ここで会計報告をすることになっていたのだけれど、昨年度の副会長に急遽代理をお願いした。
 今月12日に新役員との引き継ぎを行って以来、2週間足らずの間に何十通というメールを飛び交わせながら、引き継ぎの補足や会計報告作りをし、今年度の予算案作りに意見を出した。昨年の引き継ぎは顔合わせ程度だったし、予算案も会長が作った案を「こんな感じでいいんじゃない」と役員一同で承認しただけだったのだけど、今年度は仕事熱心なパパ会長のもと、かなり突っ込んだ議論をしながら予算案を詰めていった。「こういう活動が発生しそうだから」と予想した上で項目を立て、活動の優先順位や重要性を検討した上で予算を振り分け、「本当にこの金額が適正か」と検証する。予算とはこうやって立てていくものなんだと感心しつつ、会の予算をどう使うかを話し合うことは、この会がどうありたいかという方針を話し合うことなのだと思い当たった。お金の使い道は未来の使い道。予算案から未来予想図が立ち上る。だから、国会の予算案成立があんな大ニュースになるんだなあ。
 国家予算よりずっと小さなわが家の一家予算は、物品購入費は控えめで行事費が突出し、「モノより思い出」の傾向。

 打ち合わせが長引いて間に合わなかったものが、もうひとつ。今日最終締切だった『ネスカフェこれでもかコレクション」に駆け込み応募しようと思い、朝からネスカフェやキットカットを買い込んだ。娘のたまをモデルにデザインした景品のバッグとカップは、「モノ」であるけれど「思い出」でもある。打ち合わせから保育園のお迎えへ向かう山手線の車内で応募ハガキをせっせと書き、あとは出すだけだったのに、近所のポストの回収は終了。24時間やってる郵便局まで子連れでとなるとタクシーで行くしかない。そこまでする気力がなくて断念した。応募はどっさり集まり、かなりの競争率だと聞いているので、当日消印有効に間に合ったとしても当選は厳しかっただろう。当選された人は強運の持ち主!

2007年04月25日(水)  教え子四人とシナリオ合評会
2005年04月25日(月)  美保子さんちで桃を愛でる会
2003年04月25日(金)  魔女田本「私、映画のために1億5千万円集めました」完成!
2002年04月25日(木)  田村あゆちの「ニュースカフェ」に演


2008年04月24日(木)  マタニティオレンジ273 アルバム絵本『かまくらへいきました』

友人セピー君のセカンドハウスのある鎌倉で半日を過ごした4月5日のこと。撮った写真をその日の夕食の後にセピー君がMacのスライドショーで見せてくれた。どれもいい写真だったのだけど、BGMを入れられたり、写真が切り替わるときに拡大縮小移動などのエフェクトが付いたりする効果で、さらにドラマティックに見えた。わたしが使っているWindowsのスライドショーにはこんなことできない、とうらやましがりつつ、「写真をメールで送ってね」と言うと、「ちょっと別な方法でお渡ししますよ。数週間ぐらいお待ちを」とセピー君。

そして数週間経ち、送られてきた封筒を開けて、「わあ!」となった。鎌倉の一日がハードカバーのアルバムに印刷されて届いたのだ。わたしもダンナも感激して、「なんと心憎いことを!」とセピー君に電話したのだけど、娘のたままでこの「本」に恋してしまった。この絵本読んでと言うようにわたしのところに持ってくるので、「ある日 たまちゃんはパパとママと一緒に鎌倉に行きました」と写真にストーリーをつけて読み聞かせると、「もっかい」(もう一回)とせがみ、何度でも聞きたがる。「鎌倉には桜がたくさん咲いていましたね」と語りかけると、「ね」と相づちを打ち、「このたまちゃんはおなかが出てますね」とからかうと、照れくさそうに笑う。写真を見ながらあの日を振り返っているのだろうか、ときどき思い出し笑いのような反応をする。

歴史が物語であるように、歴史をつくる記憶のひとつひとつも物語なんだなあと思う。

自分が主人公で、自分の知っている人たちが登場人物の物語。アルバム絵本がもっと欲しくなった。Macなら簡単に作れるのだろうか。ちょうどパソコンの調子が悪くて買い替え時期かなあと思っていたところで、Macにぐぐっと気持ちが傾いてしまった。

2007年04月24日(火)  4000人と出会った男、大阪へ。
2002年04月24日(水)  天才息子・西尾真人(にしお・なおと)


2008年04月23日(水)  マタニティオレンジ272 二語でおしゃべり、たま1歳8か月

2006年8月22日に生まれた娘のたまは、昨日で1歳8か月になった。1歳になるまでは、12分の1歳にはじまり毎月誕生会を開いていた(子どものためというより、外食の機会が減った親の楽しみのため)ので、「次は○か月だ」とそわそわしながら当日を迎えたけれど、20回目ともなると、過ぎてから、「あ、昨日だったね」となる。

この一か月は二度の発熱に見舞われ、保育園を休んで家でべったり過ごす日が何日かあった。さらに、締切にも追われず、休日もしっかり一緒に遊べた。「もうこんなことができるようになったのか」と今月も驚かされることが多々あった。ズボンを一人で履こうとし、何回かに一度はおしりの半分ぐらいまで上がるようになった。テーブルや床にごはんを飛び散らせながらもスプーンを使って食べようとし、割れるグラスで乾杯したがる。玄関では「かぁぎ」と自分で施錠したがり、雨の日には「かぁさ」と自分で傘を指すと主張する。大人と同じことを自分でやりたい。その自己主張にも言葉がついてくるよになった。手も足も口もずいぶん動くようになり、要注目、要注意。良くも悪くもますます目が離せない。

言葉もひと月でまた増えたけれど、先週末の熱海旅行から帰って以来、この数日でいちだんとおしゃべりになった気がする。帰省や友人宅への外泊以外ではじめての旅行で、はじめて新幹線や船に乗るなど刺激に満ちた体験が何かを伝えたい気持ちをかき立てたのかもしれない。「これ ママの」「ママ こっち」「パパ ねんね」「ニュウニュウ(牛乳) くださいな」など「二語」のおしゃべりが出るようになった。近所のプランターの中にゾウの置物を見つけて、「ゾゾ、ゾゾ」と指差していたのが数日後に消えて以来、通りがかるたびに「ゾゾ、なぁい」と言う。ここにゾウがいたことを覚えていた上に、なくなったことに気づき、前はいたのに今はないと言い続ける。ずいぶん複雑なことができるようになったものだ。

ボキャブラリーもさらに豊かになった。「ピョンピョン」(うさぎ)「チューチュー」(ねずみ)「ニャーン」(猫)「ワンワン」(犬)「ワァニ」(ワニ)「ゾゾ」(ゾウ)「ガオ」(ライオン)「マウマ」(シマウマ)「ナンナ」(花)「ハッパ」(葉っぱ)などの動植物。「パンパン」(パン)「ゴ」(いちご)「カン」(みかん)「ベ」(せんべい)「ビ」(ビスケット、クッキー)などの食べ物。家中に飾ってある「アート」(ハート)。家でも保育園でも使う「トン」(布団)。熱海旅行では「ビューン」(新幹線)を覚えた。「こわい」「いたい」「おおきい」「かたい」などの形容詞も。ケガをすると、自分がぶつかった相手(壁だったり地面だったり)を「メッ」と𠮟ってたたく。

熱海の戸田幸四郎ショップで買い求めた『リングカード・あいうえお』と『リングカード・どうぶつ』のイラストカードを一枚一枚見せていくと、知っている単語は早押しクイズみたいに見た瞬間に答える。その顔の得意げなこと。世界を覚えていく楽しさと興奮を持ち続けられたら、学習は心躍る冒険であり続ける。

今夜の子守話は、めがねの話。リングカードの「めがね」を見せると、たまは「パパ!」と答える。
子守話15 パパのめがね

たいへんたいへん パパがめがねをわすれて かいしゃにでかけちゃった。
めがねはあわてて まどからとびだし パパをおいかけました。
もちろん レンズがわれないように やわらかい しばふのうえに とびおりました。

えきへいそぐパパのせなかが めがねにはよくみえます。
けれど なかなかおいつけません。
めがねのあしはみじかいうえに いつもパパのみみにこしかけているので
はしるどころか あるくことにも なれていないのです。

ようやくえきに つきました。
めがねは きっぷもかわず かいさつのしたをくぐりぬけて でんしゃにのりこみました。
おなじでんしゃに パパがのったのを みとどけたのですが
でんしゃはぎゅうぎゅうづめで どこにだれがいるのか かおがみえません。
めがねは たくさんのあしにふみつぶされないように きをつけながら
しらないだれかの くつのうえで ひとやすみしました。
けれど がたんとでんしゃがゆれると くつからすべりおちるので ねむるわけにはいきません。

でんしゃはパパがいつもおりるえきにつきました。
まいにちパパといっしょにかよっているので めがねはちゃんとおぼえています。
おりるひとの くつにひょいとのっかって めがねはじょうずにでんしゃをおりました。
そのくつには みおぼえがありました。
パパのくつです。

めがねはおもいっきりたかくとびあがって パパのめのまえにとびだしました。
わあ、とパパがびっくりしたときには めがねはりょうあしを パパのみみにひっかけていました。
パパは きのうのよる どこにめがねをおいたかわすれてしまっていたのです。
だけど めがねをさがすためには めがねがひつようだったのでした。
めがねのほうから さがしにきてくれるなんて とパパはおおよろこびしました。

2007年04月23日(月)  はちみつ・亜紀ちゃんのお菓子教室でお買い物
2005年04月23日(土)  根津神社のつつじまつり
2004年04月23日(金)  くりぃむしちゅー初主演作『パローレ』(前田哲監督)
2002年04月23日(火)  プラネット・ハリウッド


2008年04月22日(火)  シナトレ8 コンクールでチャンスをつかめ! 

シナリオ作家協会のシナリオ講座にて、一日講義。受講生は四月から脚本の勉強をはじめた基礎科の生徒さんが中心とのことで「励みになる話を」とリクエストされ、タイトルは「コンクールでチャンスをつかめ!」に。自らコンクールでデビューのチャンスをつかみ、運と縁に助けられて現在に至る今井雅子の体験談をまじえ、脚本を書く腕と気持ちを後押しできそうな話をすることにした。

脚本は何歳になってからでも学べるし、何歳になってもうまくなれるとわたしは考える。脚本家は芸術家というより職人であり、天才でなくとも努力家であれば道を拓いていける。その努力とは書き続けること。しかも、ただ紙を埋めるのではなく、自分の描きたいものを形にする修行を重ねること。そのことを何に例えればわかりやすいだろうと考え、脚本を「料理」に置き換えてみた。

脚本コンクールは、挑戦者が自慢の一皿を送りつけて審査員に食べ比べさせ、腕を競うもの。見知らぬ料理人の作った得体の知れないものを延々と食べさせられ、審査員は食傷気味。そんな相手に食べる気を起こせ、感動させ、食後に高得点をつけたくなる一皿を届けなくてはならない。となると、「ネタの新鮮さ、面白さ」が決め手となる。

わたしの場合、デビューのきっかけをつかんだ札幌放送局主催のオーディオドラマコンクール入選作『雪だるまの詩』は、記憶の蓄積ができない前方性記憶障害を扱った。『博士の愛した数式』や『私の頭の中の消しゴム』で世に知られる前のことで、コンクール受賞作がドラマ化された後に受賞した放送文化基金賞の審査員もまだ知らなかった。もちろん、目新しい食材を皿に盛るだけでは審査員の心は動かせない。どのように調理するかが料理人の腕の見せ所。『雪だるまの詩』では、はかなく消える記憶と雪を重ね、雪のようにはかなく消える夫の記憶を自分の中に雪だるまにして残そうとする妻の視点で描いたことが評価された。

映画脚本デビューのチャンスをつかんだ『ぱこだて人』(『パコダテ人』として映画化)は、「女子高生にしっぽが生える」という飛び道具的設定を使って、「しっぽは欠点ではなくオマケ」と個性の話をし、そのオマケがついた気分を「はこだて」が「ぱこだて」になると表現した。はひふへほがぱぴぷぺぽに変換されるぱこだて語の言葉遊びもスパイスとなり、目を見張って楽しく食べてもらえる一皿となった。

料理と同じで、脚本も毎日書き続けていると手際も勘も良くなってくる。ありあわせの材料を組み合わせておいしいものを作れるコツとワザが身に付き、「あれとあれを組み合わせたらこうなる」という読みもできるようになる。わたしの場合、コピーライターの傍ら脚本家デビューし、しばらくは二足の草鞋をはき続けていたのだけれど、広告を作る作業が「料理」の修業にもなっていたように思う。そう考えると、いきなりフルコースの長編に挑戦するより、CMのようなおつまみサイズのドラマを描くことから始めて、自信と技術がつけていくやり方もありだと言える。

食材(ネタ)×調理(発想)法の組み合わせでコンクールの上位に食い込むために、今日からでもできる勉強法を紹介。まず、新鮮で面白いネタを集めるためには、「人脈(幅広い世代のいろんな人と)」と「ストック」を持つこと。ネタのストックについては、新聞や雑誌を切り抜き、項目別にファイルにまとめることをおすすめした。このとき、記事のどこに惹かれたかに線を引いたり、記事を見て思いついたことをメモしておくと、必要になったときに取り出しやすいだけでなく、頭にもネタを仕込むことができる。デビューした後は、プロデューサーに「予算これだけしかないけど、最高に感動できるもの食べさせて」などと無理な注文をされることになる。そんなとき、手元に使える食材を使いやすい形でどれだけ用意できているかが、競争の激しい料理人(脚本家)の世界で生き残る明暗を分ける。

調理(発想)法を鍛えるやり方として紹介したのは、「レシピ分析」と「食材からの発想」。「レシピ分析」は、名店で感動の味に出会ったときに「これ、どうやって作るんだろ」と想像するのと同じように、お手本にしたい作品がどういう要素をどう調理して成り立っているかを分析する。さらに、そのレシピを真似して作ってみると、より力がつく。「食材からの発想」は、冷蔵庫にあるものやスーパーの特売ありきでメニューを組み立てる主婦のやりくり術の脚本版。ある食材(ネタ)をどう調理するのがおいしいか、考え、実際に作ってみる。同じ素材でいろんなパターンを作って食べ比べたりすると、めきめきとアレンジ力が身につく。

そして、忘れてはならないのが「試食」。料理人本人だけでなく、まわりの人にも食べてもらい、聞いた意見を反映させること。その柔軟性と応用力があるかどうかが料理人として伸びる鍵。締切ぎりぎりに書き上げた初稿をそのままプリントアウトしてコンクールに応募するのは、自分のレストランを出せるかどうかの勝負の一皿を、味見もしないで出すようなもの。料理人の顔が見えなくても、手を抜いた一皿には気の抜けた味しかしない。でも、食べる人の顔を思い浮かべ、その人を喜ばせようというサービス精神と意気込みを注いだ一皿は、作った人の顔が見たくなる。……と例えてみると、思った以上に脚本と料理はよく似ているなあと話している本人が納得してしまった。

質問の手がいくつも挙がった昼の部の講義が終わると、「運命の出会いです!」と駆け寄ってくださる人あり、「お茶をしませんか」と誘ってくださる人あり。夜の部までの2時間強を近くのカフェで過ごす。以前教えたクラスにいた男の子が1人と、今日会った人が4人。「50歳以上は去れ」だの「書けないやつは一生書けない」だのきつい言い方をする脚本家もいるらしく、「誰にでも書ける」というわたしの話に勇気づけられたという。生徒を引き受けた以上、いいところを引き出して教えるのが講師の仕事だとわたしは思うし、初心者の生徒であっても相手に敬意を払うべきだと考える。だけど、下手な期待を抱かせちゃっているのかなあという迷いもある。料理と同じで作り続ければうまくはなるけれど、料理と同じく、プロとしてやっていけるかどうかには壁があるのかもしれない。それでも、食材と調理法の掛け合わせがうまくいけば、コンクールの一点突破は夢ではない、そう言い切れる。だから、コンクールでチャンスをつかめ!

2007年10月27日(土) シナトレ7 紙コップの使い方100案
2006年11月07日(火) シナトレ6 『原作もの』の脚本レシピ
2006年03月02日(木) シナトレ5 プロデューサーと二人三脚
2005年11月01日(火) シナトレ4 言葉遊びで頭の体操
2005年10月12日(水) シナトレ3 盾となり剣となる言葉の力
2005年07月27日(水) シナトレ2 頭の中にテープレコーダーを
2004年09月06日(月) シナトレ1 採点競技にぶっつけ本番?

2007年04月22日(日)  植物は記憶のスイッチ
2002年04月22日(月)  ワープロ


2008年04月21日(月)  マタニティオレンジ271 本を破った。はじめてぶった。

二週間前の風邪が治りきってなかったのか、わたしとダンナにうつした風邪をうつし返されたのか、熱海ではしゃぎすぎたのか、娘のたまが朝から発熱。熱と咳をタスキにして家族で風邪リレーになっている。

保育園を休んだたまは、熱のせいか、いつも以上に聞き分けがない。「魔の二歳児」に向けて日に日に活発になり、暴君化しているのだけど、風邪の熱でわがまま度も過熱気味。何が気に入らないのか、いきなり絵本のページをびりびりと破いてしまった。以前も図書館で借りた本を破ったことがあり、厳しく注意したのだけど、それが悪いことだとわかっていないのか、親が困ると知ってやっているのか。今度こそちゃんと言い聞かせなくてはと顔をのぞきこみ、目を合わせ、「本を破っちゃダメでしょう。本が痛い痛いって言ってるよ」と叱った。ところが、糊で破れ目をつなぎ合わせていると、またしても手を出してきて破ろうとする。「ダメ!」ときつく言い、手を取って甲を叩いた。激しい叩き方ではなかったけれど、親に初めてぶたれたたまは、しゅんとしおらしくなった。

カッとなって声を荒げたことも手を挙げたことがなく、おおらかに子育てをしているつもりだけど、単に甘やかしているだけなのかもという反省もある。しかることから逃げて、子どもを甘やかすというより親自身が甘えているのではないか。保育園の先生を見ていると、子ども相手にビシッとしかっていて、その本気の空気を察して、子どもたちも神妙におしかりを受けている。「𠮟るときはタイミングが大事。ぶれないことが大事」だそうで、悪いことをしたらその場ですぐにしかり、しかっている途中で態度を軟化させてはいけないらしい。大人が迷うと、子どもは戸惑う。厳しくするのは甘やかすよりずっと難しく、親のほうが試されている気がする。

(※パソコンをMacに変えたせいなのか、Windowsでは「しかる」の漢字が化けているとの指摘があり、ひらがなにしました。逆にWindowsで打った丸数字はMacでは文字化けします。互換性があるといいつつ、ところどころで破綻があるのは困ったものです)

2007年04月21日(土)  マタニティオレンジ109 ご近所仲間とたま8/12才
2002年04月21日(日)  貧しい昼食


2008年04月20日(日)  団体新婚旅行in熱海2日目

昨日の雨が上がり、今日は暑いぐらいのいい天気。バイキングの朝食で腹ごしらえし、船着き場まで15分ほど歩いて遊覧船に乗る。ディズニーランドの『カリブの海賊』の上下動を大きくしたみたいに揺れるので、船酔いに弱い福ちゃんはみるみる顔色が悪くなり無口に。途中、甲板に出て、船のまわりを飛び交うカモメの群れにえさ(かっぱえびせん)を投げる。娘のたまは「わあわあ」と興奮。

続いて、太宰治や坪内逍遥など文豪たちに愛された旅館を熱海市が買い取って公開している『起雲閣』へ。ここは前に来てとても気に入ったので、また来たいと思っていたのだけど、福ちゃんさとちゃん夫妻は昨日も来たのだとか。「ここをつぶして高層マンションが建つところだったのを2万人の署名が救ったんです」とガイドさん。1919年に別荘として築かれ、1947年に旅館となり、2000年に熱海市の所有となったそう。毎日話しているうちに名調子が生まれるのか、起雲閣について話しだしたら止まらない。

そのガイドさんおすすめの喫茶室で休憩。見事な庭を望み、アンティークのソファに体を沈め、優雅にいただく熱海紅茶(熱海産マーマレードでいただく)が400円。熱海産マーマレイドを添えたクラッカーが100円。入場料500円を足しても、このティータイムはお値打ち。

花が咲き乱れる庭を散策すると、市民コーラスの練習の声が聞こえてくる。建物の一部は市民の文化活動に開放されている様子。歴史と趣のある建物に歌声を響かせるなんて、贅沢で粋だ。熱海市は本当にいい買い物をしたと思う。

起雲閣の方に「この辺りでお昼をするのにいいところはありますか」と尋ねたら、「どこかを特別におすすめするわけにはいかないんですが」と付近の地図を渡してくださった。3時までやっているという『柴竹』を訪ねると、これが大当たり。「金目鯛の煮付け」「桜えびのかき揚げ」など四品から一品を選ぶと、刺身や小皿がついた定食に。その皿のひとつひとつが「むむ、これは!」と目を見張る出来ばえ。刺身は新鮮だし、煮付けの味付けは絶妙だし、ごはんが進むこと進むこと。

おなかいっぱいになって店を出ると、もう四時。関西組は今から出ても着くのは夜。名残を惜しみ、「また旅行しようね」「今度は関西?」「北海道か九州もいいねえ」などと話して解散。たまが眠ってしまったので、駅までベビーカーを押して歩いていると、絵本が並ぶお店を見つける。熱海に美術館がある戸田幸四郎さんの絵本やグッズを扱っているショップだった。入口の鍵はかかっていて、お隣の洋品店に声をかけると、洋品店を閉めて応対してくださる。色づかいも絵のタッチも明るく楽しく優しく、わたし好み。記念に何を買って帰ろうかと目移りして選んだのが、『リングカード・あいうえお』と『リングカード・どうぶつ』。カルタみたいに絵を描いた一枚一枚をリングで束ねたもので、学生時代の英単語帳の子ども版のような感じ。帰りの新幹線でたまがぐずったときに見せたら、泣くのを忘れて見入り、早速役に立った。

2007年04月20日(金)  マタニティオレンジ108 助産院で赤ちゃん同窓会 
2005年04月20日(水)  東京ハートブレイカーズ公演『黒くやれ』
2002年04月20日(土)  16年ぶりの再会


2008年04月19日(土)  団体新婚旅行in熱海1日目

3年前にわたしの同僚カップルE君とT嬢の披露宴ではじめて会って意気投合したE君の高校時代の同級生の福ちゃんが、タイガースファン同士で盛り上がったさとちゃんと1月に海外挙式。E君T嬢披露宴で仲良くなったメンバーで、旅行でお祝いすることになった。E君T嬢夫妻とうちの一家は関東から、福ちゃんさんちゃん夫妻と、E君の中学時代の同級生の池ちゃんと夫人のさんちゃんは関西からということで、行き先は熱海に。「新婚旅行といえば熱海」はひと昔の話だけど、団体新婚旅行と相成った。

熱海はけっこう好きで、個人的には「日本のカンヌ」だと思っている。海沿いに年季の入ったホテルが建ち並んで、遊覧船が行きかう昔からのリゾート地。南仏カンヌはパリからさらに飛行機を乗り継いで汽車に揺られる長旅だけど、日本のカンヌは東京から新幹線で一時間足らず。あと二週間で出産予定日というときに、「子どもが生まれたら、しばらくは旅行どころじゃなくなる!」と決行したのが熱海旅行。「熱海なら、陣痛がはじまってから新幹線で戻っても間に合う」という腹づもりだった。

その産前駆け込み旅行以来の熱海。パンパンのおなかに内蔵されていた娘のたまはあと3日で1歳8か月。おなかを蹴っていた足は、地面を蹴って走っている。たまが3時間も昼寝をしたせいでわが家はすっかり出遅れ、他のメンバーがひと風呂浴びた後に旅館に到着。急いで浴衣に着替えて夕食となった。

一人一人に立派な脚つきのお膳が用意され、左右の人とは手を伸ばせるほどの距離があり、向かいの人とは数メートルも離れての食事。でも、みんな大きな声でよくしゃべる。担当の仲居さんもよく気がついて世話を焼いてくれ、「お子さんには白いご飯をお持ちしますね。あ、それは塩がきついですから、お水で薄めてあげてください」などと子どもへの目配りもばっちり。

この日はちょうど今年初めての熱海の花火大会。部屋から見えるというので、福ちゃんさとちゃんの部屋に集合。大きな窓いっぱいに花火が広がり、ほとんど時差もなく音が轟く。「あ、ニコちゃんマークや」「魚の形してる! さすが熱海!」などと大人がはしゃぐ傍らで、たまは「こわい〜」と怖じ気づく。でも、最後のほうには「なんな」と言いながら花が開く仕草をして見せた。子どもにも花火は花に見えるんだなあ。15分ほどであっという間だと聞いていたけれど、十分見応えがあり、「ええ日に来たわあ」と予約した福ちゃん株は急上昇。

自ら日を決めて宿を取った新郎新婦は、「前座のほうが派手やったなあ」と言いつつ、持参したMacのスライドショーで南半球の小さな島での挙式と新婚旅行の模様を披露。白い砂がどこまでも続く波打ち際で、はだしの結婚式。ウェディングドレスは「船場で8000円で買うた」とさとちゃん。

スライドショーの後は、わが家が持ってきた「水で描けるシート」を舞台に、お絵描き大会。アートディレクターのE君と福ちゃんはもちろん、池ちゃんも絵が得意。そこに、たまが生まれてから腕を上げたうちのダンナも参戦。描き慣れた「ゾウ」や「ウサギ」は描けるけど、「サイ」「カバ」はお手上げ。ディズニーランドの広告を手がけているE君はディズニーキャラはお手のもの。「スフィンクス」まですらすらと描いたのは驚き。寝てたまるものですかと、たまは目をらんらんとさせ、見入っていた。

2007年04月19日(木)  焼きたてのパンのにおい
2005年04月19日(火)  ありがとうの映画『村の写真集』
2002年04月19日(金)  金一封ならぬ金1g


2008年04月18日(金)  マタニティオレンジ270 おやつでごきげん延長保育

昼過ぎからはじまった打ち合わせが5時前には終わるかなと読んでいたら、思いのほか白熱。気がつくと保育園のお迎えの時間が迫っていた。プロデューサーは「そろそろですか」と時計を気にしてくれたけれど、打ち合わせは引き出しの中身をひっくり返した状態。この中身をどう仕分けるのか、何を捨てるのか、そのヒントぐらいはつかんで帰らないと、「後は宿題で」と言われても何から手をつけていいかわからない。

そのとき、「そうだ、延長があった」と思い出した。文京区の保育園では延長保育で7時15分まで預かってもらえる。連日6時15分ぎりぎりに走って迎えに行くわたしは、時間がある限り甘えてしまうので、延長保育は申請しなかったのだけど、一歳児クラスからは一回400円で「スポット保育」を利用できますよと教えられ、ちょうど昨日「スポット保育登録」の書類を出したばかりだった。保育園に「今日の今日ですみませんが」と電話し、7時過ぎに迎えに行くことに。おかげで何とか今後の方向性を見届けるところまで居合わせることができた。

電話に出た保育士さんには「なるべく早めにお迎えに来てくださいね」と言われた。子どもは親が迎えに来る時間に敏感で、「あの子のママが来たから、つぎはうちのママ」などと順番を読んで待っているという。いつもよりほんの十分迎えが遅くなっただけで不安が募って泣き出す子もいる。果たしてうちの娘のたまは大丈夫かなと駆けつけると、機嫌良く「ママ!」と飛びついてきた。延長保育に入ると「延長おやつ」が出るのだけど、いつも6時15分にたまが帰るのと入れ替わりに延長組はいそいそとおやつのテーブルに着く。たまはそれがうらやましくてしょうがなく、指をくわえて見るのが日課になっていた。その憧れのおやつに今日はじめてありつけたのがうれしくて、ごきげんだったのかもしれない。

2007年04月18日(水)  マタニティオレンジ107 子どもの世界の中心でいられる時間 
2005年04月18日(月)  日比谷界隈お散歩コース


2008年04月17日(木)  『パコダテ人』の縁でバンタンと再会 

脚本を書くようになって、縁の面白さとありがたさをいっそう感じるようになった。「縁ですねえ」という出会いがいくつも重なって、ようやく作品は世に出る。脚本家が無名だったり低予算だったりすると、なおのこと縁に頼る部分は大きくなる。今井雅子の映画脚本デビュー作の『パコダテ人』がまさにそうで、コンクールに応募した原稿を審査員宅で前田哲監督が偶然見つけた(これ面白いよ、と審査員が見せた原稿の下にわたしの応募原稿が隠れていた!)のも縁だし、その前田監督が通っていた高校で同じ時期にわたしの父が教えていたという奇遇も縁。前田監督が紹介してくれたプロデューサーの三木さんとは、なぜかその数か月前に会社の同僚に誘われて行った忘年会で名刺交換していたという縁があり、さらに三木さんが声をかけた読売テレビのプロデューサーは高校の先輩という縁があり、「こういうときは、うまくいくもんです」という三木さんの言葉通り、『パコダテ人』は形になった。映画は飛ぶ(=企画が成立しなくなる)もので、脚本を刷ってもクランクインまでたどり着けるのは半分あればいいほうだという現実を知るようになった今、『パコダテ人』は、縁の積み重ねが呼んだ奇跡みたいな作品だと思う。

『パコダテ人』でいちばんこだわりたかったのが、主人公ひかるのしっぽをチャーミングに彩る衣装。お金がない、でもかわいい服を着せたいとなったときに、「バンタンに行きましょう」とわたしが言い出したのは、ちょうどそのとき見た月刊公募ガイドに、バンタンの広告だったかバンタン主催のコンクールの募集記事だかが出ていて、「ここなら、衣装のデザインに協力してくれるのでは」と思ったから。早速、三木プロデューサーと前田監督と訪ねてみると、応対された担当者が「やりましょう」と乗ってくれ、撮影までひと月ちょっとという短い時間のなか、バンタンの学生さんたちが遊び心にあふれた衣装をデザインし、製作してくれた。主人公の年齢に近い若い感性から生まれた衣装の数々は、作品にカラフルなパワーを吹き込んでくれた。

そのときのバンタンの窓口だった成田康介さんとはその後もメールでやりとりを続けていて、先日放送された『アテンションプリーズ スペシャル』のお知らせをメールしたところ、「また何か一緒にやりたいですね」とお返事をいただいていた。「何か一緒に」と言ってもらえるのは、実現しなくてもうれしいものだけど、成田さんには縁をすかさずつかまえる才能があるらしく、一週間ほどして「早速、ご一緒できそうな企画があります」と追伸が来た。アニマックス大賞というシナリオコンクールの公式ガイダンスイベントをバンタン主催で行うにあたり、パネルディスカッションに参加してほしいという依頼。今月27日開催で、誰にお願いしようかとなったとき、わたしの名前が即座に浮かんだらしい。「縁ですね」とこちらも即答でお引き受けした。

そして今日、打ち合わせで成田さんに再会。「パコダテ人の公開が2002年ですから、6年ぶりぐらいですかねえ」としみじみ。『パコダテ人』の縁がその後の仕事にもつながって今も脚本の仕事を続けられているわたしが、衣装協力してくれたバンタンのイベントで脚本家をめざす人たちに向けて話す。6年かけて小さな恩返しをさせていただける機会がめぐってきた。

2007年04月17日(火)  作詞をしませんか
2005年04月17日(日)  ティッシュちりぢり映画『コーラス』


2008年04月16日(水)  マタニティオレンジ269 『およげ! たいやきくん』作曲家が贈る新しい童謡

以前勤めていた広告会社の大先輩の濱田哲二さんから、「今井って作詞やったりする?」と電話。「友人の佐瀬寿一と新しい童謡のプロジェクトを立ち上げたんだけど」と言う。濱田さんとは先日、運営されている高円寺の『ギャラリー工』で三年ぶりに再会(>>>4月6日の日記)したばかり。それで思い出してもらえたらしい。

早速、『21世紀を生きるすべての子供たちに贈る佐瀬寿一のチャイルド・オアシス・ソング』の企画書が送られてきた。「子供たちに向けた深い情操を育むものとして、新しい世代の母親、父親になる人と共に、『童謡』が持つ親と子のコミュニケーション価値を新たな音楽的視点で見直したい」とある。子どもを授かって童謡と再会し、日々アレンジしたり自作したりしている最中なので、わたしにとってはとっつきやすい。

佐瀬さんは、『およげ! たいやきくん』の作曲家。50年の12月に売り出されて大ヒット(454万7620枚!日本一売れたレコードとしてギネスブックに認定)したこの曲を短い劇に仕立てて町内の子ども会で上演した思い出がある。その作詞を手がけた高田ひろおさんを中心に、幅広い作者から歌詞を募るということで、わたしにも声がかかったのだった。佐瀬さんと高田さんは『パタパタママ』でも組んでいて、これまた子どもの頃によく歌った一曲。三十年経った今でも歌える名曲を送り出した人たちと同じプロジェクトに参加できるなんて、最大級の大人になったご褒美だ。

ある程度まとまった数の歌ができたらアルバムにし、ライブを開いて広めていく予定だという。「世界中から集まった若者が日本各地にホームステイして風土や文化を学びながら地域との交流を結ぶWCI(ワールド・キャンパス・インターナショナル)の全国ツアーのジョイントLIVE」という計画もあり、「家族への愛からはじまって、友だちや地域社会、そして広く世界から地球への愛を育む広がり」を目指していくとのこと。もちろん、そのための企業協賛やタイアップの募集も同時に進めている。

構想は果てしないけれど、まずは楽曲作り。子どもが生まれて、歌も物語もたくさん生まれたけれど、わが子だけに聴かせるものではなくて世に出すとなると、言葉の選び方も慎重になる。記憶の倉庫を掘り起こし、ああでもないこうでもないと歌詞を捻り、こんな2編が生まれた。採用され、佐瀬さんに曲をつけてもらえますように。

はだしになって   作詞:いまいまさこ

1)
春の足音 聞こえてきたら
靴を脱いで 靴下脱いで はだし はだし はだしになろう
ほらあたらしい いのちの気配
靴を脱いで 靴下脱いで 大地にアンテナ ピンと張る

はだし はだし はだかの足で 春をさがしに でかけよう
はだし はだし はだかの足で 春を 春を つかまえよう

2)
夏の水は いいきもち
靴を脱いで 靴下脱いで はだし はだし はだしになろう
砂のこちょこちょ くすぐったい
靴の分だけ 靴下の分だけ 自由になって あそぼうよ

はだし はだし はだかの足で 夏がきらきら 水しぶき 
はだし はだし はだかの足で 夏を 夏を つかまえよう

3)
秋の野原は 落ち葉のじゅうたん
靴を脱いで 靴下脱いで はだし はだし はだしになろう
靴のかわりに 靴下のかわりに 土がふんわり 包んでくれる

はだし はだし はだかの足で 秋のぬくもり たしかめよう
はだし はだし はだかの足で 秋を 秋を つかまえよう

くりかえし)
はだし はだし はだかの足で 季節と 季節と あそぼうよ
はだし はだし はだかの足で 季節を 季節を つかまえよう

お誕生日おめでとう   作詞:いまいまさこ

1)
あなたは覚えてないけれど ママもパパも忘れない
あなたが生まれた日のことを

なにもかもが 小さくて だきしめたら こわれそうで 
でも ママの指 ぎゅっと握った 痛いほどの 強いちから

ずっといっしょだよと 指きりした あの日から 一年
おめでとう おめでとう お誕生日 おめでとう 

いっぱい笑って いっぱい泣いて あなたの一歳の誕生日
いっぱい笑って ときどき泣いて ママも一歳 パパも一歳

2)
あなたを毎日見てるのに ママもパパも飽きないよ
だって毎日ちがうもの
  
去年の靴は もうはけない 去年のシャツは もう小さい
一年前より 背が伸びて 一年前より よく食べる

あたらしい 歌をおぼえて あたらしい 友だちできて
おめでとう おめでとう お誕生日 おめでとう

一年でいちばんたくさんのプレゼント
でも いちばんのプレゼントは
この一年 無事に過ごせて あなたが今日 ここにいること

3)
あなたの寝顔をのぞきこんで ママとパパが話すのは
今日も明日も あなたのこと 

一年前はできなかった 一年前は知らなかった
あなたの世界は 広がるばかり
たのもしくもあり さびしくもあり

少しずつ駆け足になる 一年がまためぐって
おめでとう おめでとう お誕生日 おめでとう

年の数のろうそくを 吹き消すたびに 涙がじわり
その気持ち いつかあなたも わかる日が 来るでしょう

あなたが いくつになっても あなたが 大人になっても
おめでとう おめでとう お誕生日 おめでとう
あなたが いくつになっても うれしさは ますばかり

2007年04月16日(月)  祖師ヶ谷大蔵で小さな旅
2005年04月16日(土)  オーディオドラマ『アクアリウムの夜』再放送中
2002年04月16日(火)  イカすでしょ。『パコダテ人』英語字幕


2008年04月15日(火)  焼きたてのバナナマフィン

最近、毎朝のようにマフィンを焼くようになった。きっかけは、星谷菜々さんの朝食レシピ本『おひさまと、朝ごはん』に載っていた「コーンポップオーバー」というパンをアレンジした野菜たっぷりパン(>>>2008年3月9日(日) マタニティオレンジ249「野菜バイバイ」にバイバイ作戦)。どんな野菜を入れてもそれなりにおいしく失敗なく出来上がるので、面白がって中身をとっかえひっかえするうちにバナナで甘みを出すことを覚え、そのバナナを主役にした「バナナマフィンがいちばんうまい」という結論に落ち着いた。

作り方はいたって簡単。
1)ボウルに卵1個を割り入れる。
2)牛乳100ccを加えて混ぜる。
3)薄力粉100gとベーキングパウダー小さじ1をふるい入れる。
  好みで粉の一部(5〜10g)をきなこにしてもおいしい。
4)バナナ(熟しているほど甘みが出る)2本をボウルの中で適当につぶす。
  さつまいもをプラスする場合は小1本を蒸し、ボウルでつぶす。
  (入れすぎるとバナナが負ける)
5)溶かしバターかオリーブオイルを小さじ1ほど入れるとなめらかに。
6)バターかオイルを塗ったプリン型(100ccの器で6個分)に流し入れ、
  200〜250度のオーブンで10〜5分、180度で10分(けっこう適当)焼く

熟したバナナは甘みの天才。砂糖もはちみつも加えなくても十分な甘さを発揮してくれるので、安心して1歳児の朝食にできる。卵の殻が割れて中身が飛び出す瞬間が娘は大好きなので、一日一回限りのショーをかぶりつきの特等席で見せることも忘れない。イーストの発酵がいらず、混ぜて焼くだけの手軽さもありがたい。8時前に作り始めても朝ドラを見終わる頃には焼き上がる。焼きたてというのはそれだけで御馳走で、部屋の中が甘く香ばしいにおいで満たされると、いい一日が始まりそうな気がしてくる。

2007年04月15日(日)  鎌倉で大人の休日
2005年04月15日(金)  トンマズィーノでアウグーリ!
2002年04月15日(月)  イタリアンランチ


2008年04月14日(月)  マタニティオレンジ268 三浦太郎の絵本で所有格の「の!」

娘のたまが風邪で保育園を休んでいる間、長い一日を狭い家で過ごす「間」を持たせるのに苦労した。外を走り回らせれば疲れて昼寝してくれるのだけど、熱があるときは、その手が使えない。退屈すると「バーニー、み!」(Barneyのビデオを観る!)と言い出す。テレビをおとなしく観ていてくれる間に仕事ができるので助かるけれど、親の仕事を放棄しているようで気が引ける。

「テレビより絵本読もうよ」と言うと、絵本を突っ込んだ紙袋からお気に入りの一冊を引っ張り出して来る。最近はまっているのが、『わたしの』。「おおきいいす ちゅうくらいのいす ちいさいいす わたしのどれかな?」と語りかけると、絵本の中の小さい椅子を指差してから、ダイニングにある自分の椅子を指差し、「の!」と得意げに言う。それから、目につく自分のおもちゃやシャツを次々と指差し、「の!」「の!」「の!」。所有格の「の」を覚え、手当たり次第に所有権を主張しているのが微笑ましい。

同じ作者・三浦太郎さんの『くっついた』と『なーらんだ』も楽しい本。作者のあとがきを読むと、自らの子育てが創作のヒントになっている様子。「くっついた」「なーらんだ」というシンプルな言葉の繰り返しは耳に心地よく、くっつくものや並ぶものの題材を選ぶセンスも洒落ている。

動物のシルエットを象ったバス停に動物の形をしたバスがやって来る『バスがきました』も、たまの心を鷲づかみ。「バスがきました」のフレーズが出てくるたびに「たー」と唱和し、「ぴょんぴょん」とうさぎになって跳ねたり、「ちゅーちゅー」とねずみになって鳴いたり、「ガオ」と両手でたてがみを作ってライオンになったり、大忙し。今のところ、わが家では、三浦太郎絵本はことごとく大当たり。

2007年04月14日(土)  京都の青春
2005年04月14日(木)  マシュー・ボーンの『白鳥の湖』
2002年04月14日(日)  おさかな天国


2008年04月13日(日)  マタニティオレンジ267 子どもは遊びの天才

高校時代の友人はるちゃんが、お子さん二人を連れて遊びに来てくれた。三人と最後に会ったのは、二年前の『子ぎつねヘレンの10のおくりもの』の絵本読み聞かせ会。あのとき小学校に入ったばかりだったケイコちゃんは三年生、ベビーカーに乗っていたユウくんは三歳になった。その間に、たまが生まれて間もなく1歳8か月。喪中で年賀状が一年飛んだはるちゃんは、今年の年賀状でいきなり大きくなったたまの写真を見て、「いつの間に!」と驚き、「読み聞かせのとき、おなかに入ってたたんやったら、言ってよー! ぜひ会いに行かせて!」ということで、今日の再会となった。

はじめて会う顔ぶれに緊張気味だったたまが、まず心を開いたのはケイコちゃん。憧れのお姉さんについていくわとでもいうように、後をついて歩き、仕草を真似るようになった。片付けが間に合わず、なんでもかんでも放り込んだ「開かずの間」のドアを開けたケイコちゃんは、「わあ!」と驚きの声。こんな惨状を自分の家では目にしたことがない様子。「ごめんね、わたし、お片付けが苦手なのよ」と白状すると、「うちのママ、得意だよ」とケイコちゃん。「すごいなーはるちゃん。子どもにそんな風に言われるなんて」「でも、マイマイは飾らせたらピカイチやん」。育ちがよくて清潔感があって好感度バツグンのはるちゃんと、何事も我流でいい加減なわたし。同じクラスになったこともなく、国語の補習で机を並べただけなのに、対照的なお互いを面白がっているうちに、友情は二十年ものになった。自分たちの子どもが一緒に遊ぶ日が来るなんて、高校三年の夏休みには想像もしなかった。

「さあ、わたしたちの家をつくりましょう」とケイコちゃんのかけ声で、子どもたち三人は衣類と書類の山に埋もれたダンボールハウスを掘り出し、あっという間に、開かずの間に「床」とダンボールハウスが出現した。広げっぱなしのシャツはたたみ、書類は積み重ねる小学三年生。「子どもが来て部屋がちらかるというのはよく聞くけど、部屋が片付くというのは初耳だ」とわが旦那はうなった。ダンボールハウスの中まで押し寄せた細々したものもかき出され、ベビー用の毛布を敷き、ぬいぐるみを並べ、ちょっとした隠れ家が出来上がった。

さらに、ケイコちゃんは、がらくたの山から大量の使い捨てカメラを発見。ゴルフのコンペや結婚式の2次会で配られたもののフィルムを使い切っていないものや、わたしが広告を手がけていた得意先のノベルティグッズなど。いつか使う日があるかもと思って取っておいたことも忘れていたのだけど、子どもたちのおもちゃになるとは。三人の子どもたちは手に手にカメラを持ち、ケイコちゃんを真似して構え、シャッターを切り、フィルムを巻く。たまもそれなりにサマになっていて、すっかりカメラマン気取りであちこちにカメラを向ける。その得意げで、たのしげなこと。撮った手応えがあるのが、たまらなく楽しい様子。そんな子どもたちに大人もカメラを向けた。

「紙おむつに名前スタンプを押す」遊びに夢中になった後、ケイコちゃんが発案したのが、手紙ごっこ。まずはケイコちゃんからはるちゃんに手紙を書き、ミキハウスの真っ赤な紙バッグをダンボールハウスに吊るして、「返事はこのポストに入れてね」。何度か手紙が行きかうのを見て、わたしが昔やった遊びを思い出し、「はるちゃん、次の手紙はポストに入れないで」。代わりに、ケイコちゃんに手紙を書いた。「たおたおきなたまたるいたまどたたをさたがたたせた」。ヒントに添えたイラストはタヌキ。暗号初級編のたぬき文。「た」を抜いて読むと、「おおきなまるいまどをさがせ」。「わかった!」と丸窓がついた洗濯機のドアを開けて手紙を見つけたケイコちゃんは、「面白い、もう一回!」。次の手紙は「れもんと いちごと ぞうと うさぎと こあら」の五行。ヒントは頭。行頭をつなげて読むと、「冷蔵庫!」。最後はケイコちゃんからたまにあてて手紙を書いてくれた。ケイコちゃんが読み上げるのをたまは神妙な顔で聞き、大人たちは感激して目をうるませた。

2007年04月13日(金)  マタニティオレンジ106 慣らし保育完了 
2006年04月13日(木)  ヘレンウォッチャー【「子ぎつねヘレン」の夕べ編】
2005年04月13日(水)  お風呂で血まみれ事件
2002年04月13日(土)  パーティー


2008年04月12日(土)  マタニティオレンジ266 保育園保護者会にパパ会長

一年間役員を務めた保育園の役員会の引き継ぎ会。昨年一年の会議はすべて母親のみが出席し、共働きの保育園でもそういうものなのか、と意外でもあった。お迎えは父親が来ている家でも会議には母親が出る。でも、保育園父母会の総本山みたいな会議に行ってみると、父親のほうが熱心に活動している保育園もあって、園ごとにカラーがあるらしいことがわかった。

そんなわけで、今日の引き継ぎに、同じ1歳児クラスにお子さんがいるKさんが夫妻で出席され、今年度の会長を決めるときにK氏が立候補したことは、わたしにとっては「これでうちの役員会の流れが変わるかも」とわくわくするような事件だった。「私が会長をやり、妻が補佐をします」とK氏。くじを引いて役員が当たってしまったけれど、少しでも楽な役職をもらって一年しのごうとなるところを、一家で二人分働きますとおっしゃる。心強い発言に、引き継ぐ側の前年度役員も、いい方に引き受けていただけてよかった、とうれしくなった。

早速、その日のうちに新会長からは議事録がメール配信され、今月末の園での総会までに決めておくべき事項が挙げられ、そのスピードと細かさにも舌を巻いた。予算の使い方ひとつ取っても、父親の視点が加わるだけで、母親だけでは見落としていた発見がある。パパ会長の奮闘を見て、今まで遠慮して父母会を遠巻きに見ていた父親たちが首を突っ込んでくれるようになったら、新しい風が吹きそう。

2007年04月12日(木)  『ドルフィンブルー』と『ヘレンケラーを知っていますか』
2002年04月12日(金)  背筋ゾーッ


2008年04月11日(金)  マタニティオレンジ265 トントン、おっぱい入ってますか。

昨日から娘のたまが熱を出し、保育園を休んでいる。こういうときでもないと平日に母娘でべったり過ごす機会は持てないのだけど、体調が悪いときはいつも以上に甘えたになり、一日中わたしにまとわりついてだっこをせがむ。コアラに巻きつかれたユーカリの木になった気分だ。

そのうち自分から離れて自然に卒乳するだろうと思っていたのに、一歳七か月を過ぎてもいまだにその気配がなく、今日のような体調不良のときは、精神安定剤のようにおっぱいを求めてくる。以前は手をグーパーさせる乳搾りの仕草で「おっぱい」と訴えていたのだけれど、あるときわたしが「おっぱい、入ってないかもよ。聞いてみよっか。トントン、入ってますか」とふざけて以来、「トントン」とノックをしてくるようになった。今では外出先から帰宅した途端、「トントン」と宙をノックする。

たまを抱きかかえて、「トントン、入ってますかー。入ってますよー。いただきまーす」と唱えると、それに合わせて、たまは「トントン、かー。よー。すー」と言い、最後に小さな手を合わせる。その姿が何ともかわいらしく、おっぱいを飲んでいるところに「おいしい?」と声をかけると、「おいちー」と返事が返ってくるのもいとおしい。こんなことできるのも、今のうち。なかなか卒乳できないのは、さびしがりやな親のせいでもある。

2007年04月11日(水)  ロバート・アルトマン監督の遺作『今宵、フィッツジェラルド劇場で』
2004年04月11日(日)  日暮里・千駄木あたり
2003年04月11日(金)  ちょっとおかしかった話
2002年04月11日(木)  ネーミング


2008年04月10日(木)  マタニティオレンジ264 「きのこのこのこ」と「ワァニ」

おしゃべりなわたしの娘の割には、たまは言葉はあまり早いほうではないようだ。「パパ、かいしゃ」「そっちいっちゃダメ」などと意味のある言葉をどんどん発している保育園のお友だちと比べると、ゆっくりのんびりしている印象がある。いずれは肩を並べるのであれば、言葉を獲得する道のりは、寄り道や遠回りをしながら景色を楽しみつつ進めばいいかなと思っている。

言葉はおぼつかないけれど、何かを表現したいという気持ちがすごくあるときにどういう手段を取るか、観察するのは面白い。バイリンガルの帰国子女が「日本語が先に出る単語」と「英語が出る単語」を組み合わせてしゃべるのでチャンポンになるように、たまも単語によって「手が出る単語」と「口が出る単語」がある。このところしめじを気に入ってよく食べるので、「これは、きのこ」と教え、「きーのこのこのこ」と人差し指を立てて上下させるダンスを即興で作ってみせると、早速真似た。以来、売り場で、食卓で、きのこを見ると踊る。さらに、「おいしー」とほっぺたをたたく振付も加わった。「きのこ」は発音できないけれど、「オイチー」は言葉もついてくる。見たいは「ミ!」、聴きたいは「キ!」。これは言葉が出る。

「ママ」は言えるのに「たま」は言えないので、自分のことは「ココ」と呼んで鼻を指差す。「コ」は発音しやすいのか、「コッチコッチ」と手招きする。わたしが寝巻代わりに着ているトレーナーについているラコステのワニがどうも気になるらしく指差すので、「これはワニ」と教えたら、「ワァ二」。「タ」は言えないのに「ワ」は言えるのが不思議。わたしがわかりやすく発音するのをそのまま真似するので、「ワニ」は「ワァニ」、「バナナ」は「バァナァニャ」と間延びする。

「ワニ」という語感は、どこか間が抜けていてとぼけていて、1歳児でなくとも口にするのが楽しい響きがある。手当たり次第出会いに食らいつこうと大口を開けている男友達のことを、仲間うちでは「ワニる」という動詞で形容している。ひさしぶりの子守話は、「ワニ」という言葉がたくさん出てくる話。

子守話14 わになったワニ

ワニのかぞくが つまらないことでケンカをしました。
いもうとワニはおにいさんワニのしっぽをかみ、
おにいさんワニはおかあさんワニのしっぽをかみ、
おかあさんワニはおとうさんワニのしっぽをかみ、
「こらこらケンカはいけないよ」と 
おとうさんワニがいもうとワニをおいかけ、
ぐるぐるまわって わになりました。

わになったワニのうわさをききつけて
なかまのワニが ぞろぞろやってきました。
「ぐるぐるまわっていては おなかがすくでしょう」と
おやつをなげてくれるワニがいました。
ワニのきょうだいは おやつのとりあいでケンカをしていたので
ケンカをするりゆうがなくなりました。
「おかあさん いもうとワニをなんとかしてよ」と
おこっていたおにいさんワニも 
おなかがふくれて やさしいきもちになりました。

しゃしんかのワニが おもしろがって しゃしんをとりました。
「まわっているあなたはすてきですよ」と
おかあさんワニをほめることもわすれませんでした。
おかあさんワニは すっかりきぶんがよくなって
おとうさんワニと なんでケンカしていたのか わすれてしまいました。

しっぽにかみつくかわりに てをつないで 
ワニのかぞくは なかよく わになりました。
なかまのワニたちもくわわって おおきな わになりました。
「わになってうたおう わになっておどろう 
 わにわに わにわに わになって」
ワニたちは しっぽをうちならし わになってあそびました。

2007年04月10日(火)  マタニティオレンジ105 産後の腰痛とつきあう
2004年04月10日(土)  大麒麟→Весна(ベスナー)
2002年04月10日(水)  なぞなぞ「大人には割れないけど子供には割れる」


2008年04月09日(水)  マタニティオレンジ263 こどものあそびば『ピアレッテ』

保育園を午後から休んで、二子玉川から徒歩10分の『こどものあそびば ピアレッテ』へ。ボーネルンドの遊具でたっぷり遊べる屋内施設。体をめいっぱい使って遊べる大型遊具はお兄ちゃんたちに引っ張りだこで、1歳児のたまが入り込む余地なし。「あっち行け」でも「邪魔だよ」でもなく、「赤ちゃんには危ないよ」「赤ちゃんには無理だよ」と追い払うスマートさは、イマドキなのか都会流なのか。トランポリンのような遊具はおっかなびっくりながらも弾む感覚をたのしんでいた様子。

保育園のボールプールでさえ苦手がっているたまは、巨大ボールプールに怖じ気づいて逃げ出し、流れ着いた先はミニスーパーとミニキッチンを備えたおままごとコーナー。ここもお姉ちゃんたちの活気にあふれ、若輩者のたまは後ずさり。ひとけがなくなる隙を狙って、買い物かごを手に出陣。日頃わたしが買い物するのをよく見ているのか、品物を選ぶ仕草がさまになっている。野菜もパンもかなりリアルにできていて、そのままレストランのディスプレイに使えそう。年長の子どもたちは、おもちゃのお金をやりとりしながら、交わす会話はとても現実的。「お金がないんですけどぉ」とシナを作る子に、「だったら借りてきてください」。棚の商品を買い占める子、商品を整理整頓する子、買い物の仕方にも性格が出る。


子どもが3歳ぐらいになると、子どもたちだけで勝手に遊ばせて、親は親でしゃべっている。子どもは30分600円+10分超えるごとに100円追加で上限1400円なのに対し、見てるだけの大人は一日200円という料金設定は良心的。通路でつながっている隣の温泉施設『山河の湯』では、畳の広間で食事できる。今日は、先日ご近所仲間の会で再会したロンドンから一時帰国中のI嬢を元同僚・現ママたちで囲む会。子育ての情報交換をしたり、会社のあの人この人の噂をしたり。ひと足先にダンナのY君がロンドンに戻ったI嬢は、4か月と3歳の女の子二人を一人で抱えて帰りの飛行機に乗るそう。たま一人連れて大阪に帰るだけでもドキドキのわたしには未知の領域。「日本のお母さんは身ぎれいにしている」とI嬢。二子玉川だからじゃないかしら。

2007年04月09日(月)  人形町の『小春軒』と『快生軒』と『玉英堂彦九郎』
2004年04月09日(金)  五人姉妹の会@タンタローバ
2002年04月09日(火)  東京コピーライターズクラブ


2008年04月08日(火)  はじめてのJASRAC使用料

JASRACのロゴが入った五線紙4枚に内訳が打ち出された「使用料内訳計算書」なるものが送られてきた。作詞を手がけた歌の著作権使用料が支払われるのは、はじめてのこと。これまで支払われなかったのは、買い取りだったのか、うやむやだったのか。

ずらりと並んだ内訳が興味深い。上演、演奏、社交場、ビデオ上映は28%。映画上映は30%。BGMになると12%で、オルゴールは6%。貸レコード/ビデオが13%。脚本の場合、DVD/ビデオ売り上げ1本につき1.75%が脚本家に入る計算なのだけど、音楽の場合、何に対しての28%であり30%なのだろうか。このパーセンテージを作曲家と分け合うのだろうか。今回支払われたのは「オーディオテープ」(6%)で、「レート8.10」「計算対象数1630」。1枚あたり8.10円ということは配布用だろうか。これが二段分あり、4401かける2で〆て8802円。消費税を足して手数料を引くと8688円となっている。映画なんかの抜き素材がテレビで一瞬流れたときの二次使用料と同じぐらい。

以前、作曲家としてデビューした高校時代の同級生が「デビューシングルの印税がCD一枚分にもならなかった」と話していたのを思い出す。たしか997円とか千円でお釣りが来る額だった。しかも、その金額は親戚一同がこぞって買い上げた印税を足し上げたものだった。音楽で食べていく道は、脚本以上に険しいかもしれない。

2007年04月08日(日)  東京都知事選挙
2005年04月08日(金)  懐かしくて新しい映画『鉄人28号』
2004年04月08日(木)  劇団ジンギスファーム「123」
2002年04月08日(月)  シナリオに目を向けさせてくれた「連載の人」


2008年04月07日(月)  マタニティオレンジ262 たま大臣の記者会見

携帯やラジオが大好きな娘のたまは、ダンナの仕事道具のICレコーダーにも興味津津。スイッチを押すと応じてくれるところが面白いらしいが、下手なスイッチを押されて大事なデータを消されたりしては大変。主導権を握るべく、「たま大臣、記者会見をいたしましょう」とダンナが持ちかけ、ICレコーダーのスイッチを入れた。「では記者会見をはじめます。各社よろしいですか?」と声をかけると、たまは何がはじまるのかと好奇心でそわそわ。

パパ「たま大臣は先週上野動物園へ行かれたそうですが」
たま「(無視)」
パパ「いや、動物園へ行かれたという証拠があるんですが」
たま「あう」
パパ「まじめにお答えください、たま大臣」
たま「バイバイ」
パパ「では質問を変えましょう。たま大臣、好きな動物は何ですか」
たま「(無視)」
パパ「ノーコメントですか。たま大臣はゾゾがお好きだとうかがいましたが」
たま「ゾゾ」
パパ「では、たま大臣の好きな動物はゾゾということでよろしいですね?」
たま「ゾゾ」

といった具合。ボケと突っ込みのコントのようで、一緒に聞き返したたまも笑って受けていた。わたしが子どもの頃はホームビデオがまだなくて、よくテープレコーダーで声を録ったものだけど、映像がない分想像をかきたてられて、ラジオドラマがそうであるように、かえって豊かに情景が目に浮かんだりする。

ダンナとたまが遊んでいるのを見ていると、わたしが思いつかない遊びが飛び出して興味深い。わたしが皿洗いをする間子守りを頼まれたものの新聞のスポーツ面が気になるダンナは、「たま、帽子かぶっている人探そう」と提案。「ボーシ」とたまがヘルメットやゴルフキャップを指差すのに適当に相槌を打ちながら記事に目を走らせていた。「動物園へ行こう」と子どもを誘って競馬場へ連れて行く父親の心理に通ずるものがある。

2007年04月07日(土)  G-up Presents vol.5『アリスの愛はどこにある』
2004年04月07日(水)  2人で150才の出版祝賀会
2002年04月07日(日)  イタリア語


2008年04月06日(日)  ギャラリー工にてマッキャンOB『Again』展

ギャラリー工(こう)で最終日の『Again』展を観る。わたしが3年前までコピーライターとして勤めていた広告会社マッキャンエリクソンの制作局の大先輩達15人の合同展。その一人、版画の棚橋荘七さんから『アテンションプリーズスペシャル』の案内を送ったお返しに案内をもらった。

『Again』展の副題は、「ヤケドしそうな広告をつくってきた仲間たちの、ふたたび。」とあり、「70年代から80年代にかけて、外資系広告代理店『マッキャンエリクソン博報堂』の制作局で燃えていたクリエイターたちのその後…。僕たちは、ふたたび、ここにいます。だれよりも無邪気に、かつ老獪にアートの地平に立っています。アイディアという魔物を僕たちがどう御しているか、ぜひご覧頂きたい」という案内文からも湯気が立ち上るよう。わたしが入社して間もなく「博報堂」が取れて100%外資の会社になったのだけど、15人がバリバリの現役だったのは、博報堂つき時代だったのだ。

浅井洋司(魚の剥製アート)、飯田茂(戯画)、柿本照夫(陶芸)、金山謹也(漆芸)、何英二(陶芸)、笹尾光彦(油彩)、竹内寛(ガラス工芸)、棚橋荘七(版画)、平子公一(版画)、皆川清治郎(バードカービング)、武笠好文(陶芸)、本山賢司(油彩・水彩)、安井海(陶芸)、渡邊和人(版画)という15人15色の競演。皆さんアートディレクター出身であるから素質十分なのだが、その道の第一人者となった方も多い。笹尾さんはbunkamuraギャラリーで驚異的な売り上げを記録し、皆川さんは日本を代表するバードカーバーに。ちょうど居合わせた皆川さんに、アメリカの大会でグランプリを取ったとき、賞を逃したアメリカ人たちの握手がとても力強くて痛かった、などと興味深い話をうかがう。「ただの鳥の羽を額に入れて、あれのどこがアートなのか?」とわがダンナは首を傾げていたが、それこそが本場アメリカでも認められた精巧な彫刻(写真左端の作品)。木を彫って羽毛の質感を出すとは驚き。「卵杯」と名付けられた金山謹也さんの作品にも驚いた。「エッグスタンドですか?」と尋ねたら、「いえ、卵の殻に漆を塗っているんです」と作者。落としても割れませんよと実演してくださった。

ギャラリー工へ続く通路部分は『横丁堂』という名の別ギャラリー扱いになっていて、こちらにはドラマ『白い巨塔』のタイトルバックも手がけた野又穫さんの絵を展示。野又氏もマッキャンOBで、わたしが入社した頃にはすでに売れっ子画家となっていた。マッキャンOBの画家と言えば、在職中から得意先のカレンダーの挿画などを手掛けられていた白田さんが昨年個展の初日に倒れて帰らぬ人となった。本人が一番驚かれたであろう突然の幕引きがなければ、16人のOB展になっていたかもしれない。

ギャラリー工と横丁堂のオーナーは、これまたマッキャン制作局OBで、わたしもお世話になった濱田哲二さん。かねてから噂を聞いて一度訪ねてみたいと思っていた「濱田さんのギャラリー」は聞きしに勝る素敵な場所で、骨董屋で見つけたという階段箪笥(作品の器が納められている)や大きなガラス窓越しに望める庭のしつらえ(展示スペースにもなっている)など随所にこだわりが光る。作品にとって居心地のいい空間は人間にとっても居心地がよく、お茶とお菓子を遠慮なくいただきながら時を忘れて話し込んでしまった。

マッキャンの制作局には仕事は違うもう一つの顔を持つことを受け入れる空気があり、アートディレクターにして俳句の大家となっていた中原道夫さんがプレゼン直前に姿をくらましたと思ったらツインビルの向かいのビルにあるカルチャースクールで教えているのを発見、なんて事件をおおらかに笑っていた。わたしが脚本を書くことも面白がり、楽しみにしてくれ、二足の草鞋を隠す必要はなかった。そんな職場だからこそ、一足目の草鞋を脱ぐタイミングを逸し続けてしまったのであるが。辞めてからも刺激と懐かしさを感じさせてくれる自慢の故郷だ。

2007年04月06日(金)   エイプリルフールと愛すべき法螺吹き
2002年04月06日(土)  カスタード入りあんドーナツ


2008年04月05日(土)  桜吹雪舞う鎌倉

わが家における優先度ではご近所仲間の会と肩を並べるのが、友人セピー君の鎌倉のセカンドハウスで集う会。「しばらく行ってないね」「そろそろ行きたいね」とダンナと話していたら、「テスン君のオモニに鎌倉を案内しよう」とお誘いが来た。テスン君はセピー君の学生時代の悪友チョンさんの弟で、わたしとダンナとセピー君とテスン君の四人は同い年。はじめましてのオモニはちゃきちゃきした関西人で、朗らかによくしゃべる。

北鎌倉駅で待ち合わせ、近くにあるブラッセリー梅宮(梅宮辰夫さんの弟さんの店だそう)でランチ。子連れにはありがたい庭のテーブルに通され、和洋折衷のお弁当を味わう。野菜たっぷりの洋風総菜は彩り鮮やかな春色。以前来たときよりもおいしく感じた。

北鎌倉駅近くの円覚寺は桜が見ごろ。娘のたまをテスン君とセピー君が交代で肩車し、空いた人がベビーカーを押してくれる。手を伸ばせば花をつかめそうな高い肩車の上で、たまはご満悦。「花」(手のひらの根元をくっつけ、指をグーからパーに開いて花を開かせる)と「星」(手をひらひらさせて、きらきらとまたたく)の仕草を組み合わせた造語ベビーサインで「桜」を表現していた。桜もいいけど、わたしは「みつまた」という花の色と形に一目惚れ。満開のときは目の覚めるようなオレンジ色なのだそう。

「さて、この階段を上りますか」と長く急な石段の下でセピー君。たまを抱っこし、ベビーカーをテスン君とセピー君に運んでもらい、上りきると、桜の山を見はるかす見事な眺め。頂きに張り出すようにして建つ弁天堂茶屋で一服。風に舞い上がる桜吹雪と絶景を楽しみながら、ゆず寒天(お茶とともに。600円)を味わう。ゆず味の寒天とゆずの甘露煮に黒豆と栗をそえたあんみつ風。ほどよい甘みで、後味すっきり。


江ノ電に揺られて鎌倉へ向かい、見物客でごった返す桜並木を抜けて鶴岡天満宮へ。白無垢の花嫁さんが絵になる。ここで桜よりも注目を集めていたのは、パンツと立派な太もも丸出しで石段を登る超ミニスカートの女性。石段のまわりの注目と話題を一時独占していた。インパクトも時には大事だけれど、桜の品のある美しいたたずまいとはあまりに対照的だった。


「お疲れとは思いますが、ここもぜひ」とセピー君おすすめのぼたん園は、大輪のぼたんの花ざかり。日除けの和傘も風情があり、美しい庭園を誇るイギリスからの団体観光客も「Lovely」を連発。

土産物屋が立ち並ぶ小町通り(行きの桜並木と並行)をひやかしながら鎌倉駅へ。Piccoloという洋服屋のショーウィンドウに飾られた大きな花柄のワンピースと目が合う。一期一会なわたし好みの柄と色に4725円というお値段。迷う隙なし。タイから入ったばかりとかで、よく見ると柄の出方が荒く、裾のストライプは斜めになっている。

夕暮れの海を臨むセピー邸での夕食には、テスン君のオモニが持ってきた本格韓国料理が並んだ。「オモニのアキレス腱食べますか?」とテスン君に聞かれて、「オモニの弱点? さては料理がお苦手?」かと思ったら、牛のアキレス腱をくさみがなくなるまで根気強く煮たもの。コラーゲンたっぷりで歯ごたえコリコリの初めて出会う味。特製の辛いタレでも塩でもいけ、手作りキムチにもよく合う。さらに、海鮮チヂミがこれまた絶品。「これだけの食料を抱えて鎌倉観光されていたんですか!」と恐れ入る。「イカやホタテなどの海鮮をミキサーにかけて生地に混ぜ込むのがコツ」なのだそう。セピー君は男性二人を助手につけ、豪快に海の幸を放り込んだパエリア(サフランはセピー君のお父さんの故郷イランが名産)を出してくれた。彼の料理の腕は相当なもの。わが家からの手土産、新丸ビル地下のブティックみたいなパン屋『POINT ET LIGNE(ポワンエリーニュ)』のスティックパンとフランス総菜屋『ル・ジャルダン・ゴロワ』のピクルスもよく売れた。

2007年04月05日(木)  消えものにお金をかける
2004年04月05日(月)  シンデレラブレーション
2002年04月05日(金)  イマセン高校へ行こう!


2008年04月04日(金)  アートフェア東京で名久井直子とミヤケマイ作品集の話

東京国際フォーラムで6日まで開かれているアートフェア東京へ。画廊のブースが軒を並べるアートの見本市。キャンバスに向かって制作を実演する画家の前には人だかり。器の傍らに佇む着物姿の女性は作者なのか作品の一部なのか。アートの森を探索しながら、お目当てのミヤケマイ作品とミヤケマイ本人が待つブースへ向かう。今回の作品は渋めの色使いにレースの下着や逆さ吊りのヌードといったエロス漂うモチーフで、ぐぐっと大人度を上げ、ダークファンタジーな雰囲気。展覧会のたびに新しいものを見せてくれるミヤケマイの創作の引き出しは四次元ポケットになっているのだろう。

昔はミヤケマイをネット検索すると、いまいまさこカフェ日記が上位にヒットしたものだけど、今では熱心なファンが続々現れ、人気も評価も高まる一方。「まだまだ無名」と本人は謙遜するけれど、現在準備中の作品集では各界のそうそうたる顔触れがミヤケマイを語る。その中に、今井雅子もまぜてもらうことになった。以前ミヤケマイのサイトに寄せたコメント(こちらの「寄稿文」に掲載)を気に入ってくれているらしく、直々のご指名。機関誌『看護』4月号、フリーペーパーbuku16号(配布中)に続いて、今年三つ目に世に出るエッセイとなる。『ミヤケマイ作品集』(仮題)は6月に芸術新聞社より刊行予定。

その作品集の装丁を担当しているのが、共通の友人である名久井直子。bukuにエッセイを連載することになったのは、デザインを手がけている彼女の紹介だったのだけど、写真集『犬と私の10の約束』(写真:秋元良平 訳:川口晴/今井雅子/澤本嘉光)の装丁も彼女だったという偶然を先日知って驚いた。名久井直子。「名久井とは、なぜか、あちこちで一緒になるんだけど、なかなか会えないのよ」と噂していたら、作品集の打ち合わせに名久井嬢が登場。三年ぶりぐらいの再会が叶った。ミヤケマイの作品と同業者にファン多しの名久井直子のデザインが出会う作品集にコメントという形で参加できるのは、なんともうれしく、わくわくする。三人が仕事で一緒になるのは初めてかなと思ったら、『ネスカフェこれでもかコレクション』(4/25まで実施中)でも絡んでいた。ミヤケマイは10番、名久井直子は32番で参加。

2007年04月04日(水)  マタニティオレンジ104 ママ友さん、いらっしゃいませ。
2004年04月04日(日)  TFS体験入学
2002年04月04日(木)  前田哲×田中要次×松田一沙×大森南朋パコダテ人トーク


2008年04月03日(木)  アテプリスペシャル宣伝デー

今夜放送の『アテンションプリーズスペシャル オーストラリア・シドニー編』の案内メールを朝からせっせと打つ。もっと早くお知らせしときゃよかったと思いつつ、おしりに火がつかないとやらない性格。昨日のうちに配信するつもりが、娘を寝かしつけるうちに眠ってしまった。携帯や職場のメールは間に合っても、自宅パソコンでメールを開く人は放送終了後になってしまうかもしれない。残業や予定が入っている人からは「もう少し早くわかってたら録画したのに!」と言われそう。携帯とパソコンから何回かに分けて送るうちに、どんどん受信ボックスに新着メール。早速返信かと思ったら、受信エラー。一割ぐらいはアドレスが変わっている。

案内メールはしばらく疎遠になっている人と連絡を取るいい機会。「元気そうですね」「観ます」という返信に添えられる近況を読むのが楽しい。「うちも生まれました」の人、「結婚しました」の人、「仕事変わりました」の人、「小説書いてるよ」の人。友人の日本舞踊名取・花柳美樹亜さんは、ついにお稽古をつける側に。初心者でも安心して楽しめるグループレッスンで、 日本舞踊の世界にふれられるとのこと。"世田谷ものづくり学校"にて 「春のワークショップ」期間限定で4月20日より全5回(1回2000円!)。くわしくはこちら

マタニティビクス仲間で航空業界出身のトモミさんは、わたしからの案内文をアレンジし、観てくれそうな人70人以上に転送してくれた。「私と同じ一歳児を持つ母が、体を酷使しながら仕上げた作品」とはママ同期らしい言葉。実際、かなりハードな数か月で、決定稿前の最後のひとふんばりのときに大風邪を引いて39度の高熱を出したのだけれど、完成した作品を観れば苦しかった記憶が吹っ飛ぶのは出産と同じ。トモミさんが案内メールを出してくれた元同僚がわたしを知る応援団関係者だったという偶然もあった。ほんんと、世の中せまい。というか、仕事を重ねるたびに世の中へのリーチが長くなって、いろんなことがつながりやすくなっている。今回のオンエアでクレジットに今井雅子の名を見つけて、懐かしい人が思い出してくれたり連絡を取ってくれたり、そんなおまけも楽しみにしている。

2007年04月03日(火)  マタニティオレンジ103 保育園の入園式


2008年04月02日(水)  マタニティオレンジ261 「お母さん、しっかりしてください」と歯医者さん

娘のたまが歯磨きをいやがる。激しくいやがる。その弱みにつけ込むような某幼児教材のDMが届くたびに心が傾く。同封されたお試しDVDを見せたところ、歯磨きのシーンに食いついたのはいいけれど、真似をしようとしない。見物だけしていても歯はきれいにならず、これでは目が悪くなる。

どうしたものかと思っているところに近所の歯科クリニックのパンフが郵便受けに入っていた。子どもの歯磨き指導もしますとのことで三月から週一回ペースで通うようになり、今日で四回目。最初は診察台に乗る(一人では座れないので、わたしがだっこする)だけでも泣き喚いていたけれど、やさしくてかわいいお姉さんに少しずつ慣れ、泣き出すまでに持ちこたえるようになってきた。お姉さんは歯茎の模型を磨かせたりして歯磨きに興味を持たせ、「じゃあ、たまちゃんもやってみる?」と口を開けさせ、まずは自分でやらせてから仕上げ磨きに取りかかる。「奥歯をまず磨いてください」などという説明をふむふむ聞きつつ、たまをなだめるのがわたしの役目。

三回目でずいぶん慣れたと思ったのだけど、今日は早いうちからぐずりだし、手足を振り回して暴れた。なだめても泣きやむ気配はなく、お姉さんと二人で「どうしましょう」となっているところに、「さっきから隣で聞いていたら、なんですか!」とパーテイションの向こうから、隣で診察していた院長女史が飛び込んできた。「お母さん、これが終わったら帰れるからねって、あれ、何ですか! 主導権はお母さんではなくこちらにあるんです。いつ帰るかはこちら決めることです」といきなりまくし立てられ、あっけに取られてしまった。そんなに叱られることをやった覚えがなかったのと、やさしいお姉さんとのギャップに、ぽかんとなった。ここの歯医者はアメとムチなのか。いやいや歯医者だからアメはマズイ。「診察が終わったら帰れるって言っただけなのに」とうらめしくもなったが、言い訳すると火に油を注ぎそうなので、はあ、と相槌を打って聞き役に徹する。

「お母さん、ふだん、家でどうやって磨いてますか」と院長女史の詰問がはじまる。「どうやってって、普通に」とわたし。「ちゃんと磨いてますか。ちゃんと磨いてたら、こんなにいやがるはずはありません」「いやがったら、やめてます」と答えると、「なんでですか!」と追及はさらに激しくなった。「虫歯になって困るのはこの子ですよ。子どもがかわいそうだからって甘やかして、もっと痛い思いをすることになるんですよ!」。その勢いに気押され、わたしは、はあ、としか言えない。「おさえつけてでも歯磨きすべき」という意見もある一方で、「歯磨きに恐怖心を抱かせないよう、楽しんでやることが大事」という声もあり、わたしは後者を採用して、気長にやっていた。でも、独力ではなかなか埒が明かないので、専門家の指導を仰ごうとクリニックに通っているわけである。ちゃんとできていたらここには来ない。「こちらは協力しているだけです。お母さんが主体性を持ってやらないと。それができるのはお母さんだけです」と今度は妙に持ち上げられ、主導権は譲りつつ主体性を持つって難しいなあ、となんだか面倒な気持ちになった。

わたしのようなのんきな母親には、これぐらいガツンと言わないと効かないのかもしれないけれど、あと10歳若かったら自信をなくし、あと10%血の気が多かったら「二度と来るか!」となるところだった。もう少しやる気が出る言い方はあるでしょうにと恨めしく思いつつも、そこまで言われたらやってやろうじゃないのという意地もあり、次回の予約を入れた。母親の負けず嫌いな性格を見通しての挑発だとしたら、さすがである。

それにしても、母親というのはよく叱られる。妊娠中にはじまり、「お母さんしっかりしなさい」と何度言われたことか。会社でも脚本の仕事でもこんなに叱られた覚えがない。年は食っても初心者なんだからしょうがないじゃないかと開き直りたくなるし、「お父さん、しっかりしなさい」はあまり聞かないのも不公平な気がする。そういえば、わたしの母も病院の先生によく叱られていた。わたしが喘息の注射をいやがったときも、視力が急に落ちたときも、声が急に出なくなったときも(結局、治りきらずに声変わりした)、「何やってたの!」と叱られるのはわたしではなく、母親だった。子どもがほめられて育つ陰には、叱られて、何くそと踏ん張る母がいる。

2007年04月02日(月)  21世紀のわらしべ長者
2005年04月02日(土)  アンデルセン200才
2002年04月02日(火)  盆さいや


2008年04月01日(火)  今井雅子作品『これコレ』と『アテプリ』届きました

クリエイター50人がデザインしたエコバッグ&マグカップが各2000名、総計10万名に当たる太っ腹企画『ネスカフェこれでもかコレクション』(通称「これコレ」)の景品サンプルが送られてくる。クリエイター50人の一人として参加している記念で、愛娘たまをモデルにした今井雅子のイラストがグッズに。描くことが本業ではないわたしのイラストがグッズになる機会なんてめったにないこと。モデルは愛娘のたまと、彼女の成長を祝って友人から贈られた手作りのお菓子の家という思い入れもあり、これは家宝級のたからもの。娘の嫁入り道具に持たせてやりたい。他にバッグを2つ、カップを4個いただく。こちらは普段使いにする予定。カップは本棚とキッチンに2個ずつ飾った。

締切を5回に分け、各回抽選で20,000名様(50種類×400名様)に当たるキャンペーンは残すところあと2チャンス(4回目 4月11日(金)必着。5回目 4月25日(金)当日消印有効)。すでに応募総数は100万を超え、当選は激戦のよう。親せきや友人もせっせとネスカフェを飲んで応募してくれているけれど、「当たった」の声が聞こえてこないのは、今井雅子デザインにも応募が集まっているということか。うれしくもあり、申し訳なくもあり。
2008年4月1日 マタニティオレンジ231 たま、ネスカフェの景品に!

もうひとつ、あさって放送の『アテンションプリーズスペシャル オーストラリア・シドニー編』のできたてほやほやの完パケがバイク便で到着。オンエアまで待ちきれず、早速パソコンで再生して観る。映画もドラマも完成版を観るときは脚本との答え合わせみたいになってしまい、冷静に観られない。ここはイメージ通り、この場面はこうしたか、ここは順番変えたんだ、ここは変わってるけどこっちのほうがいい……。活字が音声になり、色と動きがついて映像になるのだから大変身で、旅に出したわが子が魔法をかけられて帰ってきたのを出迎えるような、「これが本当にわたしが育てたあの子なの?」と「おやまあ立派になって」がないまぜになった気持ち。脚本が決定稿になってから2か月ちょっと経つので、頭の中に残っている脚本を掘り起こしつつ、わが子の変身ぶりをまぶしく見届ける。昨年秋に岩田祐二プロデューサーに声をかけていただいてからの本作りの日々も思い返されて(画像奥左が検討稿、右が決定稿)、披露宴で胸いっぱいになる親のような心情にもなった。『シムソンズ』『キサラギ』と映画でも大活躍の佐藤祐市監督の演出はセリフや表情にも細かい遊びがちりばめられ、人物が生き生きとハネて、さすが。オンエアはお茶の間で肩の力を抜いて楽しもうと思う。4月3日(木)21:30〜23:24フジテレビにて。

届いたといえば、以心伝心の話。勝地涼君が出ている『パコダテ人』と山田孝之さんが出ている『ジェニファ 涙石の恋』が縁で応援してくださっている大阪のさのっちさんが上京され、321の会の会場にもなったタンタローバへ。先月17日にここでランチをした臨月の女性ディレクターのことを思い出していたら、「予定日より2週間以上早く産まれました」とメールが来た。さらに、さのっちさんと『ブレスト〜女子高生、10億円の賭け!』に出ていた女子高生トリオ(多部未華子、小林涼子、佐津川愛美)がそれぞれ成長、活躍しているという話題になったときのこと。「あのドラマ、DVD化されないですかね」とさのっちさんが言ったので、「そういえば、去年放送されたテレビ朝日のシナリオコンクールの受賞作のドラマ化作品のDVD化が決まったそうですよ」と話すと、「それ、聞きました。実は、今年のをどうしても観たくて、大阪ではやってなかったので、東京の知人が録ったのを観せてもらったんです」とさのっちさん。「そのドラマを演出したディレクターと先日ここでランチしたんですよ」と話がつながった。フランスの子ども部屋のような黒が出てこないパステルカラーの世界、難病を患った妹とその兄の話なのに息苦しさを感じさせないところがわたし好みだったのだけど、「色使いがポップでかわいくて、お話も今井さんが書きそうだなあって思ってたんです」とさのっちさん。なぜかこの人とは「偶然!」がよく起こる。さのっちさんから京都土産の桜チョコレートと鉄道博物館土産のクッキーをいただいたのだけど、夜会った方にいただいた菓子折りを開けてみたら、チョコレートとクッキーの詰め合わせだった。

2007年04月01日(日)  歌い奏で踊る最強披露宴
2004年04月01日(木)  「ブレーン・ストーミング・ティーン」刊行
2002年04月01日(月)  インド料理屋にパコの風

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