2005年10月12日(水)  シナトレ3 盾となり剣となる言葉の力

シナリオ作家協会 シナリオ講座第45期研修科が開講。わたしが受け持つのは昼間部で、大先輩の松田昭三さん、声をかけてくれた森岡利行さんと三人で一クラスを担当する。今日は初回ということで三人の講師が講義の方針を述べ合う回となったが、森岡さんは止むを得ない急用が入り、初対面の松田さんとわたしで講師席に着いた。

講師、受講生それぞれの自己紹介に続いて、自分はこんなことを教えたいと決意表明。森岡さんから預かったメッセージも伝えたが、わたしと森岡さんは「脚本家になることより脚本家として書き続けることの難しさ、厳しさ」を痛感しているので、生き残れる脚本(家)を育てたい考え。現場での脚本作りのプロセスを再現したり、脚本をよりよくするアイデアをブレストしたりすることで、基礎と応用の力を鍛える方針。

松田さんは「80点のシナリオを何本も書いていてもデビューできない。95点のものを一本書くことが大事」「映画が書ければテレビも書ける」「プロットの書き方を教わることはあまり意味がない」と話す。わたしは、自分の考えと異なる部分、重なる部分を挙げながら、「シナリオの書き方に王道はないし、どの講師からもいいとこどりして学べばいいのでは」と話した。

わたしは95点のものを一本書くことも大事だけれど、80点でも何本も書けることは才能だと思うし、寡作型の人にも量産型の人にも応じた指導をしたい。映画の仕事はいちばん好きだけれど、映画でデビューするのは狭き門だし、よりコンクールが充実しているテレビやラジオでデビューの壁を突破することも大事だと思う。ドラマを描ける力があれば、映画かテレビかラジオかの応用は効くはずだし、そうなるべきだ。プロットの書き方については、わたしも教える必要はないと思う。書きたいものがあればプロットは書ける。ただ、構成力で悩む人には、シナリオを書く前にプロット→ハコのステップを踏むことで、ストーリーの組み立て方を学んで欲しい。勢いでシナリオを書いて後から構成を練り直すタイプ、まず土台を固めてから肉付けしてシナリオに仕上げていくタイプ、これも人それぞれだし、自分のやりやすい方法で書けばいいのではと思う。

研修科の受講生はプロデビューを目指す人たちだという。デビューしたら好きなものだけ書いて生きていけるという幻想があるなら、早く夢から覚めて現実を見て欲しい。会社員を辞めてフリーの脚本家になってつくづく思うのは「会社勤めはラクだった」ということ。失敗しても得意先を怒らせても毎月決まった給料が振り込まれ、矢面に立ってくれる上司がおり、いろんな意味で守られていた。脚本家は一人で闘わなくてはならない。仕事を勝ち取り、信頼を勝ち取り、ギャラを勝ち取り、評判を勝ち取り、次の仕事につなげなければ生き残っていけない。

プロデューサーや監督や出資者や出演者それぞれの思惑が渦巻く中で「100%好きなもの」など書けるわけはない。けれど、「与えられた条件の中で、できるだけ自分のやりたい方向」に持っていくことはできる。それをかなえるのは、言葉の力。てんでばらばらな思いつきや希望や不満を自分の言葉に消化し、まとめる力。全員を満足させる打開策を見出すのは難しいが、「こう来るか」と全員を唸らせる代案を出す力は説得力になる。シナリオの世界は棘の道。王道も抜け道もなく、自分のやりたい方向は自分で切り拓いていくしかない。そんなとき、鍛え抜かれた言葉は盾になり剣になる。その言葉の力が強いほど、シナリオを書くのは楽しくなるし、書いたものも楽しくなる。

盾となり剣となる言葉の力。これから半年間の講義で、あの手この手で鍛え、磨いていきたい。受講生は10月末まで募集中。

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2004年9月6日(月) シナトレ1 採点競技にぶっつけ本番?

2003年10月12日(日)  脚本家・勝目貴久氏を悼む
2002年10月12日(土)  『銀のくじゃく』『隣のベッド』『心は孤独なアトム』

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