2007年04月22日(日)  植物は記憶のスイッチ

清瀬という町に、はじめて行く。待ち合わせより三十分ほど早く着いたので、駅前から伸びる小道を歩いていると、道の両側に露店を広げ、フリーマーケットが開かれていた。「苔玉」の札が目に留まり、しゃがんで品定め。多肉植物や山野草が寄せ植えされ、花も咲いていて、なかなか凝っている。「これは三時になったら咲く花でね」この人が作者なのか、気のいいおじさんが熱心に説明してくれる。「表面が乾いてきたなって思ったら、バケツにどぼんって突っ込んで、泡がぶくぶく出てきたら引き上げてよ」。ひとつ550円、ふたつなら1000円だと言う。二つ買うと、竹を黒く塗った手作りの水切り皿もおまけしてくれる。「あと、これもあげるよ」と差し出された風車を「これはいいです」と断ると、おじさんは悲しそうな顔になった。これから打ち合わせで、風車が鞄から飛び出しちゃうから。おじさん、ごめんなさい。もっと喜んでくれる人に、おまけしてあげてください。

二つの苔玉が潰れないように、崩れないように、封筒に入れて固定。家に帰って取り出すと、球形も頂の植物たちもきれいなままだった。キッチンのシンクの前に飾る。清瀬には三時間ほどしかいなかったけれど、二つの苔玉を見ると、駅前の小道での買い物が旅先での一コマのように思い出されるだろう。

植物は、ゆかりの土地や人の記憶を連れてきてくれる。宮崎で買った、青島の軽石に入った400円の多肉植物は、一度茶色くなって枯れたばかり思ったのだが、土を入れ替えたら、以前よりも鮮やかな緑になった。枝と呼ぶのか葉と呼ぶのか、トカゲのシッポみたいな先細りの緑が元気良く前後左右に飛び出している。広い車道の真ん中にそびえていた椰子の木を連想する。神代植物公園の温室の中で長机の店を広げていたじいちゃんが適当な鉢からハサミでチョキンチョキンと何種類か見繕ってくれた多肉植物の欠片は、うまくいかなくても300円だし、と思っていたら、見事に根づき、育ち、どんどんふえている。その図太い生命力は、じいちゃんの印象に通じる。「土に挿せば伸びるから。あんたでもできる」。今日もどこかの植物園で多肉植物を切り売りしながらお客さんに憎まれ口をきいているのかな、と思い出す。会社で隣の席にいた佐々木君が退社するときにくれたパキラは、佐々木君のあだ名にちなんで「チャチャキ」と呼んでいる。パキラのチャチャキに元気がないと、人間のチャチャキ君のことが気になって、「元気?」とメールしてしまう。

2002年04月22日(月)  ワープロ

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