2008年04月06日(日)  ギャラリー工にてマッキャンOB『Again』展

ギャラリー工(こう)で最終日の『Again』展を観る。わたしが3年前までコピーライターとして勤めていた広告会社マッキャンエリクソンの制作局の大先輩達15人の合同展。その一人、版画の棚橋荘七さんから『アテンションプリーズスペシャル』の案内を送ったお返しに案内をもらった。

『Again』展の副題は、「ヤケドしそうな広告をつくってきた仲間たちの、ふたたび。」とあり、「70年代から80年代にかけて、外資系広告代理店『マッキャンエリクソン博報堂』の制作局で燃えていたクリエイターたちのその後…。僕たちは、ふたたび、ここにいます。だれよりも無邪気に、かつ老獪にアートの地平に立っています。アイディアという魔物を僕たちがどう御しているか、ぜひご覧頂きたい」という案内文からも湯気が立ち上るよう。わたしが入社して間もなく「博報堂」が取れて100%外資の会社になったのだけど、15人がバリバリの現役だったのは、博報堂つき時代だったのだ。

浅井洋司(魚の剥製アート)、飯田茂(戯画)、柿本照夫(陶芸)、金山謹也(漆芸)、何英二(陶芸)、笹尾光彦(油彩)、竹内寛(ガラス工芸)、棚橋荘七(版画)、平子公一(版画)、皆川清治郎(バードカービング)、武笠好文(陶芸)、本山賢司(油彩・水彩)、安井海(陶芸)、渡邊和人(版画)という15人15色の競演。皆さんアートディレクター出身であるから素質十分なのだが、その道の第一人者となった方も多い。笹尾さんはbunkamuraギャラリーで驚異的な売り上げを記録し、皆川さんは日本を代表するバードカーバーに。ちょうど居合わせた皆川さんに、アメリカの大会でグランプリを取ったとき、賞を逃したアメリカ人たちの握手がとても力強くて痛かった、などと興味深い話をうかがう。「ただの鳥の羽を額に入れて、あれのどこがアートなのか?」とわがダンナは首を傾げていたが、それこそが本場アメリカでも認められた精巧な彫刻(写真左端の作品)。木を彫って羽毛の質感を出すとは驚き。「卵杯」と名付けられた金山謹也さんの作品にも驚いた。「エッグスタンドですか?」と尋ねたら、「いえ、卵の殻に漆を塗っているんです」と作者。落としても割れませんよと実演してくださった。

ギャラリー工へ続く通路部分は『横丁堂』という名の別ギャラリー扱いになっていて、こちらにはドラマ『白い巨塔』のタイトルバックも手がけた野又穫さんの絵を展示。野又氏もマッキャンOBで、わたしが入社した頃にはすでに売れっ子画家となっていた。マッキャンOBの画家と言えば、在職中から得意先のカレンダーの挿画などを手掛けられていた白田さんが昨年個展の初日に倒れて帰らぬ人となった。本人が一番驚かれたであろう突然の幕引きがなければ、16人のOB展になっていたかもしれない。

ギャラリー工と横丁堂のオーナーは、これまたマッキャン制作局OBで、わたしもお世話になった濱田哲二さん。かねてから噂を聞いて一度訪ねてみたいと思っていた「濱田さんのギャラリー」は聞きしに勝る素敵な場所で、骨董屋で見つけたという階段箪笥(作品の器が納められている)や大きなガラス窓越しに望める庭のしつらえ(展示スペースにもなっている)など随所にこだわりが光る。作品にとって居心地のいい空間は人間にとっても居心地がよく、お茶とお菓子を遠慮なくいただきながら時を忘れて話し込んでしまった。

マッキャンの制作局には仕事は違うもう一つの顔を持つことを受け入れる空気があり、アートディレクターにして俳句の大家となっていた中原道夫さんがプレゼン直前に姿をくらましたと思ったらツインビルの向かいのビルにあるカルチャースクールで教えているのを発見、なんて事件をおおらかに笑っていた。わたしが脚本を書くことも面白がり、楽しみにしてくれ、二足の草鞋を隠す必要はなかった。そんな職場だからこそ、一足目の草鞋を脱ぐタイミングを逸し続けてしまったのであるが。辞めてからも刺激と懐かしさを感じさせてくれる自慢の故郷だ。

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