2008年02月29日(金)  マタニティオレンジ242 ゆびしゃぶりをやめさせる

朝から文京区の1歳6か月健診。身長や体重を測るのかと思っていたら、案内をよく見ると、「歯科検診」。立派な診察台に寝かされ、娘のたまは初めての歯医者さんに大泣き。今のところ虫歯はないけれど、母乳で寝かしつけている上に指しゃぶりをしているので「要注意」と言われる。母乳も指しゃぶりも子ども任せで自然にやめてくれればと思って見守っているのだけれど、親からもやめさせるように意識したほうが良いとのこと。とくに指しゃぶりは「骨が出てきて出っ歯になる」と脅され、指をくわえたら他のことをさせるように仕向けなさいと指導される。たまは眠くなると指をちゅぱちゅぱ吸うのだけれど、よっぽど眠かったのか、健診の間指をくわえっぱなしで、終わるなり眠りに落ちた。

歯ブラシの指導もされ、「笑顔で(恐怖を植えつけない)」「一本の歯を10秒かけて小さく磨く(まとめて磨かない)」「歯茎を人差し指で押さえて」などと教えられ、自分の磨き方がまったくなってなかったことを知る。

保育園を休んだので、午後からは相次いでママになった元同僚たちと母娘三組で会う。たまは人見知りする性格なのか、あとの二人が仲良く遊んでいるのをわたしの膝の上で見物。時間が経つと少しずつ打ち解けてきて、まじって遊ぶようになった。子連れにイヤな顔しないイタリアンのお店でランチを食べ、空腹でぐずる娘たちに食べさせる合間に自分もかきこむ。たまはキャベツとアンチョビのパスタを気に入り、一本ずつチュルチュルと吸い込んでいた。テーブルの下は食べこぼしがボタボタ。それでも店員さんは最後まで感じが良く、救われる。

ぽかぽか陽気の散歩日和。食後は小石川植物園へ。車が入ってこないし、芝生の上を思い切り駆け回れて、子どもを遊ばせるには最高の場所。だけど、入園料が330円。有料だから空いているというのもあるのだろうけれど、お金を払わないと広い土の場所で遊べないなんて。


2008年02月28日(木)  魔法にかかって初TOCCA

表参道の骨董通りを歩いていたら、TOCCAのブティックを通り過ぎた。ここのウィンドウにはいつもわたし好みの服が飾られていて、前を通りがかるたびに目が合うような気がしていたのだけれど、お店に入るのは今日がはじめて。「表に飾ってるワンピース、ちょっと見ていいですか」と白地に青い花が刺繍されたワンピースを指差すと、「黒もありますよ」とすすめられ、試しに着てみると、自分のためにあつらえたようにぴったり。ちょっと立ち寄ったつもりが、店を出るときには紙袋を提げていた。

店員さんが童話から抜け出してきた少女みたいに愛らしかったり、サインするペンに白い鳥の羽根がついていたり、とことんラブリーを極めた店内には、何かを連れて帰らずにはいられない気持ちにさせる不思議な力が働いていて、まんまと魔法にかかってしまった。名前はトッカでもお値段は特価とはいかず、わたしが買う一着としてはずいぶん思い切った買い物になったけれど、ラインがすっきりしていて着やせするし、わたしのワードローブに不足している気品を兼ね備えているし、何より、ウィンドウの外から憧れていたTOCCAの服がはじめて自分のものになったことがうれしいし、ちょうど一段落ついた仕事のギャラで自分へのご褒美を買ったことにする。

2007年02月28日(水)  推定年齢
2006年02月28日(火)  絵本『子ぎつねヘレンの10のおくりもの』打ち上げ
2005年02月28日(月)  フリーの人の確定申告
2004年02月28日(土)  「ブレーン・ストーミング・ティーン」著者贈呈本
2003年02月28日(金)  2003年2月のカフェ日記
2002年02月28日(木)  ヘンな弟よっくん


2008年02月27日(水)  25年ぶりに再読『まぼろしのペンフレンド』 

星新一 一○○一話を作った人』(最相葉月)を読んでいたら、SF作家の眉村卓さんの名前が何度も出てきて、小学6年生のときに夢中で読んだ『まぼろしのペンフレンド<』を思い出した。学校の図書室に一週間ほど通いつめて読んだ記憶があるが、なぜ借りて帰らなかったのかはわからない。どんな話だったのかもうろ覚えで、あらためて読んでみたくなり、講談社の青い鳥文庫から2006年に再刊された青い鳥シリーズ版を手に取った。

「はじめに」という著者の前置きで、この物語が昭和41年に「中学一年コース」に連載されていたこと、当時は携帯電話どころか電話もどの家にもあるわけではなかったこと、親しい仲でも連絡手段はもっぱら手紙で、雑誌などの「文通コーナー」が人気を集めていたこと、そうした時代を背景にした話であることが解説されている。わたしが読んだ時点でも、書かれたときから15年以上経っていたことになるけれど、時代の半歩先を描くSFに時代が追いついていたのか、当時違和感を覚えた記憶はない。でも、2006年版を手に取る少年少女は、携帯電話のない時代すら知らないわけで、「これはちょっと昔の話ですよ」と断りを入れる必要があるらしい。

小学6年生のわたしが一週間かけて読んだ一冊を、四半世紀後のわたしは2時間で読んだ。さすがに記憶はすっかり色あせ、初めて読むような感想を抱いたけれど、ところどころ既視感を覚えるくだりが顔を出し、今のわたしとつながっている過去のわたしが同じ本を読んだことを確認できた。

小学校の六年間でわたしを最も魅了したのがこの一冊だった。この物語の何にそれほど惹きつけられたのか。たしかに次から次へと主人公の身の回りで事件が起こり、最後まではらはらしながらページをめくり続けるのだけれど、シャーロック・ホームズの推理小説にだってドキドキはあった。たぶん小学六年生のわたしは、「まぼろしのペンフレンド」という設定に引き込まれたのだろうと推測する。

当時わたしは、はじめてのペンフレンドとの文通に夢中になっていた。五年生の夏休みに家族旅行で行った蓼科で、地元の五年生が授業の一環で実施していたアンケートに答える機会があり、その用紙に住所と名前と「おたよりください」のメッセージを記しておいたところ、一人の女の子が手紙をくれ、文通がはじまった。遠くに住んでいる相手がどんどん身近な存在になっていくのが楽しくて、週に何通も手紙を書くこともあった。だから、「ペンフレンド」がついたタイトルに惹かれて手に取り、まだ見ぬペンフレンドに想像を膨らませる主人公と自分を重ねたのだろう。

手紙には贅沢な余白があると思う。紙の手ざわり、手書きの文字、同封された写真やイラスト、相手を想像する手がかりがちりばめられ、封筒を閉じてからも余韻が残る。手紙が書かれてから読まれるまでの時差も相手に思いを馳せる時間を作ってくれる。「ペンフレンド」が死語と化した現代なら『まぼろしのメル友』になるのだろうけれど、他人になりすましやすいメールでは、「まぼろしの」があまり効かない。

「まぼろしのメル友」といえば、あるプロバイダーの広告を書いていたコピーライター時代、インターネット上の文通コーナーに登録したことがあった。押し寄せるように送られてきたメールの中でひときわ美しい文章を書く人がいた。一通一通のメールは、わたしのためだけに書かれた掌編のようで、毎朝会社でそのメールを開くのが楽しみだった。ところが、ある日届いたメールは、書き出しの数行以下が数か月前に届いたメールとまったく同じ内容になっていた。毎日したためられていると思っていた美文は、あらかじめ用意された長い小説の一部をコピー&ペーストしたものだったのだ。完成しかけたパズルがバラバラになったように、つかめそうだった相手のイメージは白紙になった。わたしは返事を書かず、その一通を最後に文通は終わった。

2007年02月27日(火)  平成18年度確定申告
2005年02月27日(日)  1975年のアカデミー賞映画『カッコーの巣の上で』
2002年02月27日(水)  世の中は狭い。いや、世界が広くなったのだ。


2008年02月26日(火)  マタニティオレンジ241 英語の歌を日本語で

一月以来、母娘ではまり、毎日のように観ているビデオ『Barney's Big Surprise Live on Stage』。『Barney and Friends』というアメリカの長寿子ども向け番組のショーを収録したもので、テレビでおなじみのキャラクターが目の前で繰り広げられるショーに観客の子どもたちは釘づけ、熱狂、興奮なのだが、スクリーンを通しても神通力は衰えず、娘のたまは吸い寄せられるように画面に食い入っている。

よく飽きないなあと感心するやら呆れるやらだけど、「ッカイ(もう一回)」とせがまれても、うんざりせずに大人も何度でも楽しめるのが、このビデオのすごいところ。子ども向けに作られているのだけれど、大人を締め出さないどころか引き込む魅力がある。子どもに合わせて目線は下げるけれどクオリティは下げない。ストーリーも音楽もしっかり作られていて、演じ手たちも力を抜いていない。

飽きない理由のもうひとつは、わたしにとっては格好の英語教材になっていること。よちよち歩きの子どもたちでも反応している簡単な英語が、最初は半分ほどしか聞き取れなかったのだけど、何度も聴くうちに聞き取れる台詞がふえて、今ではほぼ全部わかるようになった。休日にしかビデオを観る機会のないダンナは「何言ってんだかさっぱりわからない」と言うが、日本語もおぼつかない1歳半児のたまが、どうやら英語を聞き取っているらしいことが最近わかった。マザーグースの歌のHampty Damptyが出てくる場面が大好きなのだが、「ハンプティダンプティやってみて」と言うと、両手を上げて後ろにひっくり返る真似をする。「Hampty Dampty sat on the wall. Hampty Dampty had a great fall」という英語の歌詞と、塀に腰かけているハンプティダンプティが後ろにひっくり返る場面をちゃんと結びつけているわけで、これには驚いた。

でも、歌はやっぱり日本語で歌ったほうが楽しいと思い、たまがいちばん気に入っている『If all the raindorops』に日本語訳をつけてみることにした。「もしも雨が飴だったら」と日本語でもよくやる言葉遊びが歌になっている。「飴(雨)」を受け止めるために口を大きく開けて「Ah, ah, ah, ah……」と歌うサビの部分がたまは大好きで、ビデオに合わせて、首を大きく後ろにそらせて「ア、ア、ア、ア」とやるし、「ア、ア、ア、ア(のところかけて)」とビデオ再生をリクエストすることもある。

一番の「If all the raindrops were lemondrops and gumdrops」
は「もしも雨粒がアメ玉だったら」、二番の「If all the snowflakes were candy bars and milkshakes」は「もしも白雪が白玉だったら」と訳し、なんとなく韻も踏めて、いい感じになった。バーニーのビデオでは二番までなのだけど、インターネットで調べてみると、「If all the sunbeams were bubblegum and ice cream」という三番があるではないか。これが厄介で、「太陽がたい焼き」「お日さまがおはぎ」「日光がアンコ」「光がゼリー」「光がかりん糖」などなど考えてみたものの、「が」の前後のイメージがきれいにつながらない。原詞の「太陽光線が風船ガムとアイスクリームだったら」も相当苦しいけれど、降り注ぐ光を食べ物にたとえるところにそもそも無理がある。結局、オレンジ色のイメージでつなげて「お日さまがおみかん」に落ち着いた。太陽光線と果汁も近いものがあるし、今のところこれよりいい訳を思いつかない。

If all the raindrops

作詞:不詳
訳詞:いまいまさこ

If all the raindrops
Were lemondrops and gumdrops
Oh, what a rain that would be!
Standing outside, with my mouth open wide
Ah, ah, ah, ah, ah, ah, ah, ah, ah, ah
If all the raindrops
Were lemondrops and gumdrops
Oh, what a rain that would be!

If all the snowflakes
Were candy bars and milkshakes
Oh, what a snow that would be!
Standing outside, with my mouth open wide
Ah, ah, ah, ah, ah, ah, ah, ah, ah, ah
If all the snowflakes
Were candy bars and milkshakes
Oh, what a snow that would be!

もしも雨粒がアメ玉だったら
どんなにいいでしょう
お口をあけて見上げましょう
ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア
もしも雨粒がアメ玉だったら
どんなにいいでしょう

もしも白雪が白玉だったら
どんなにいいでしょう
お口をあけて見上げましょう
ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア
もしも白雪が白玉だったら
どんなにいいでしょう

もしもお日さまがおみかんだったら
どんなにいいでしょう
お口をあけて見上げましょう
ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア
もしもお日さまがおみかんだったら
どんなにいいでしょう

われながらうまく訳せたと自分で自分をほめながら歌っていると、「誰が訳してもそうなるんじゃないの? きっと同じのがすでにあるよ」とダンナ。それぐらい、しっくりきているってこと? メロディとの相性もばっちりで、保育園の送り迎えなどに大声で歌っている。はた目には、ベビーカーで大口開けてそっくり返っている娘に気づかず陽気に歌うノーテンキな母親に映っているかもしれない。

この『If all the raindorops』、番組の公式サイトにあるジュークボックスのページで聴くことができる。他にも番組で使われているナンバーが数十曲聴けて、親子で楽しめる名曲ぞろい。サイトにはビデオのページもあり、こちらも子守に威力を発揮。ショーのビデオで観客の子どもたちが最も熱狂している『Mr.Knickerbocker』は一見の価値あり。これが流れると、わが娘は狂ったように夢中でほっぺたをたたく。国境を越えて子どもの血を騒がせる何かがあるらしい。

2007年02月26日(月)  500円の価値
2005年02月26日(土)  ブラジル物産展
2002年02月26日(火)  数珠つなぎOB訪問


2008年02月25日(月)  マタニティオレンジ240 布おむつ歴半年

娘のたまのおしりかぶれがひどく、皮膚科に「おむつをはかせないか、布か」と言われて布おむつを始めたのが、昨年8月下旬(>>>2007年08月30日(木) マタニティオレンジ169 布おむつはエコかエゴか)。おしりかぶれが治っても布おむつは続いて、約半年になる。

「君、保育園の先生に不思議がられているだろうねえ。遅刻も忘れものも多くて、身だしなみもめちゃくちゃなのに、なぜか布おむつ。やる気あるんだか、ないんだか」とダンナはからかうが、やってみると、そんなに手間が増えるわけでもなく、部屋に充満するにおいからも、たっぷりと水分を含んだ重いゴミからも解放されて、むしろラクちん。エコだの子どもの健康のためだのという気負いを抜きにして、おむつカバー(楽天のほほえみ工房で購入)がかわいいからという単純な理由が、続けるいちばんの動機になっていたりする。この色づかいは、紙おむつにはマネできない。夏ならそのまま「見せパンツ」にしたいぐらい。

布おむつにすると、おむつ離れが早いという説がある。妹の娘は1歳半ではずれたらしいが、わが娘はまだまだの様子。出るとすぐわかるので「チ」と言いながら前を押さえて教えてくれたりするが、気まぐれで、水浸しになるまで知らせてくれずに機嫌よく遊んでいることも多い。夏までおむつ離れしなくても、見せパンツを楽しめるから、ま、いっか。

保育園では、各自のポリバケツにビニール袋を入れたものに汚れたおむつを放り込んでいき、お迎えのときに親がビニール袋ごと持ち帰る。今日のお迎えのとき、おむつバケツ部屋でわたしがビニール袋を取り出していると、トコトコとついてきたたまの手には、おままごとのオムライス(マジックテープで真ん中がくっついていて、おもちゃの包丁で半分に切れる)があった。「おむつとオムライス」の組み合わせがおかしくて、今夜の子守話が生まれた。

子守話13 おむつとオムライス

たまちゃんといっしょに ほいくえんにいった おむつくんとおむつカバーちゃん。
「きょうのきゅうしょくは オムライスよ」とせんせいのこえがして、びっくり。
「ねえねえおむつくん、オムライスってなに?」
「しらないよ。おむつのなかまかな」
たまちゃんのズボンのなかで おむつくんとおむつカバーちゃんはひそひそ。
ズボンのなかからは そとのようすが みえません。
でも たまちゃんも おともだちも オムライスをもりもりたべているようです。
「おむつカバーちゃん。みんな オムライスがすきみたいだね」
「きっと オムライスは にんきものなのね」
おむつくんとおむつカバーちゃんは なまえがにている
オムライスのことがほこらしくて うれしくなりました。

「オムライスって どんなかおをしているのかな」
「みんながだいすきなオムライス、わたしもみてみたい」
おむつくんとおむつカバーちゃんは
オムライスのことばかり かんがえるようになりました。
ほいくえんからおうちにかえるあいだも
せんたくきでじゃぶじゃぶあらわれているあいだも
ものほしざおにならんで かぜにゆれているあいだも
たまちゃんのおかあさんに たたまれているあいだも。

おむつくんとおむつカバーちゃんのきもちがつうじたのか
にちようび たまちゃんのおかあさんが いいました。
「たまちゃん きょうのおひるは オムライスよ」
「わーい」とたまちゃんはバンザイをしました。
おむつくんとおむつカバーちゃんは 
ほいくえんへもっていくものの かみぶくろのなかで
ちいさくとびあがりました。
そして ふくろのふちから かおをだしました。
「みえた?」
「みえた!」
「あれがオムライス?」
おむつくんとおむつカバーちゃんはどきどきしながら
たまちゃんのおさらのうえのオムライスをみました。
きいろいたまごのぼうしをふんわりかぶったオムライス。
たまちゃんのおかあさんがケチャップでかいたかおが
にっこりわらっています。
「あ、わらってるよ」とおむつカバーちゃん。
「うん、わらってるね」とおむつくん。
「オムライスのオムは おむつのオムかな」
「だったらいいな」
「だったらいいね」
おむつくんとおむつカバーちゃんも にっこりして
オムライスのいいにおいを むねいっぱいに すいこみました。

2007年02月25日(日)  マタニティオレンジ83 風邪の置き土産
2006年02月25日(土)  半年ぶりの美容院
2002年02月25日(月)  信濃デッサン館


2008年02月24日(日)  マタニティオレンジ239 通せんぼごっこで「くぐる」ことを発見

ダンナの実家で夕食。ダンナ両親、ダンナ妹、ダンナとわたしの大人五人の注目を独り占めして、たまはご機嫌。普段は母一人子一人で食事することが多いので、大勢に囲まれるにぎやかな食卓はわたしもうれしいし、たまも楽しそう。各自が話しかけ、ちょっかいをかけ、だっこし、おんぶし、遊び相手が五倍。笑い声も五倍。わたしは子育て負担率が5分の1になり、ゆっくり食事できて大助かり。

ダンナの実家の食卓は掘りごたつになっていて、床は畳。たまはハンカチ落としのように、五人のまわりをぐるぐる走り回る。必ず反時計回り。そういえば、トラック競技も左回り。「心臓が内側のほうが回りやすいんだよ」とダンナ父。たまも本能的にそれがわかっているんだろうか。

「たまちゃん、通せんぼ」とダンナ母が後ろの壁に手をついて、たまの行く手をふさいだときの、たまの反応が見ものだった。最初は腕を押しのけようとしていたが、「ばあば、ねんねしたら?」と寝かしつけ作戦を入れ知恵すると、「ネンネ」と言いながらダンナ母をたたきはじめた。ばあばが寝たふりした瞬間、「今だ!」「行け!」と野次馬の指令が出ると、あわてふためいて関門突破。また掘りごたつのまわりを一周回ってダンナ母のところに戻ってきて、再び通せんぼを食らうと、今度は自分も壁に手をつき、通せんぼ返し。そして、三回目の通せんぼ。押しても引いても腕が動かないと見るや、たまは四つん這いになり、腕の下をハイハイして通り抜けた。「くぐった!」「かしこい!」と野次馬は大騒ぎ。こんな風に知恵をつけていくんだなあ、と進化の瞬間を目撃した興奮で、掘りごたつの温度は急上昇。道を切り開く力を身につけるには、道に行き詰まることも必要なんだとしみじみ思った。

2007年02月24日(土)  マタニティオレンジ82 たま6/12才と応援団
2006年02月24日(金)  金曜日の夜の開放感
2005年02月24日(木)  だいたい・キラキラ・インドネシア語
2002年02月24日(日)  PPK


2008年02月23日(土)  マタニティオレンジ238 たま1歳半 ママ1歳半

2006年8月22日生まれの娘のたまは、昨日1歳半になった。よく食べ、よく笑い、よく遊び、便秘知らずで毎日見事なウンチをする。驚きと発見を繰り返しながら、どんどん世界を自分のものにしていく姿がたのもしく、愛おしい。

この一か月は、お祝いでもらったアメリカの子ども向けショーのライブ収録ビデオ『Barney's Big Surprise Live on Stage』にますますはまり、画面に合わせて母娘で踊りまくった。ぐずってもビデオをかければ機嫌がよくなるので、Barney様さま。たまは人差し指を立てて「ッカイ(もう一回)」とリプレイをせがむところから一歩進んで、両手をバサバサ動かして「コッコ(ひよこのシーンをかけて)」などと場面指定するようになった。ショーは会場のみんなも招かれての誕生日パーティという設定。紙の帽子が会場の子どもたちに配られるシーンになると、手を頭の上に置き、「帽子」をせがむ。お菓子の空き箱で2種類作ったら、上下さかさまにかぶってご満悦。大きく両手を広げてリズムを取りながら拍手するようになったのも、ビデオの影響と思われる。とにかく踊るのが大好きで、音楽が聞こえると自然に体が動きだす。「ダンスして」と言うと、片足でしこを踏むように、右足を大胆に上げ下げして地面を踏み鳴らすのが微笑ましい。

動物では、「ゾゾ(ゾウ)」がお気に入り。シールや絵本に姿を見つけると、「ゾゾ〜」と目を細める。二位が「コッコ(鳥)」。「ワンワン」は本物や写真には反応するけれど、イラストにはあまり興味を示さない。

食べ物は、ほぼ大人と同じものを食べられる。カレーも牛乳で伸ばせばモリモリ。気に入ると、ほっぺたをたたきながら、「オイチー」とはっきり言う。人に食べさせるのも大好きで、パンをちぎってパパやママの口に放り込み、得意げに餌づけ。歯磨きはあいかわらずきらいだけれど、歯ブラシをふざけてくわえるのは好き。「レノビーゴ」というフッ素液をシュッと吹きかけると、レモンの風味がうれしいのか、喜んでくわえる。

「ノンノ(椅子に乗る)」「ネンネ(寝る)」「チ(おしっこ)」などの意思表示はだいぶ上手になった。気乗りしないときは首を振って「イヤヤ」となぜか大阪弁。

今日は、友人のY家と午後から半日一緒に過ごした。原宿の南国酒家(中華はベビーチェアとおむつ替え台とほどよいざわざわ感がありがたい)でお昼を食べ、代々木公園へ向かったものの風がきついので東武ホテルのティールームへ避難。レストランも代々木公園もホテルのロビーも、たまは絶好の運動場。公園の芝生では転んでも転んでも笑顔で走り回っていた。Y家には小学二年生のミナミちゃんと、たまより1か月早く生まれたアオちゃんの二人の女の子がいて、お母さんのユメちゃんは、「二人目は産むのも育てるのも楽だわ」と二度目の子育てを楽しんでいる。「産む前は、子どもが口の中でぐちゅぐちゅにしたのを平気で食べるお母さんたちを見て、よくやるわあってびっくりしたけど、いざ自分が親になると自然にやってるんだよね」とわたしが言うと、「こないだ、アオの鼻水が出てたから、思わず口で吸ったわ」とユメちゃん。わあ、それはやったことないわと恐れ入ると、「わたしも一人目のときはやらなかったわねえ」と二人目の貫録。ママ1歳半は、まだまだ青い。

今日の子守話は、そうじきゾウさん。ゾゾに似ているからか、たまは掃除機が大好き。保育園の大きな掃除機に「ブインブイン」と呼びかけながらん駆け寄っていく。ブオーンという唸り音も怖がらず、へっぴり腰ながらも喜んでかけてくれる。

子守話12 そうじきゾウさん

どうぶつえんにいった たまちゃんが 
おとうさんと おかあさんに いいました。
「ゾウさんを おうちに つれてかえりたいよう」
「ゾウさんは 大きすぎて おうちには はいらないよ。
 ドアに からだがはさまって いたいいたいって ないちゃうよ」とおとうさん。
「ゾウさんの あかちゃんだったら いいでしょう」とたまちゃん。
ちいさなあかちゃんなら ドアをなんとか とおりぬけられそうです。
「ダメダメ。ゾウさんのあしおとがうるさくて 
 きんじょの人たちに めいわくかけちゃう」とおかあさん。
たまちゃんは 「つまんない つまんない」といいながら おうちにかえりました。

とそのとき ピンポーンとチャイムがなって 大きなはこがとどきました。
あけてみると まあたらしい そうじきです。
はいいろのからだ。ながーいはな。ほそいしっぽ。
ゾウさんみたいな そうじきです。
スイッチをいれると 「ブオーン」とげんきよくなきます。
「わーい。ゾウさんだ」
たまちゃんは さっそく いえの中をおさんぽしました。

ほしくさのかわりに ゴミをたくさんたべてくれる そうじきゾウさん。
たまちゃんがこぼした ごはんつぶも 
たまちゃんがちぎった かみきれも ながいはなで ぐんぐんすいこみます。
ゾウさんとたまちゃんがあるいたあとは ゴミがすっかりかたづいて
ほら なんて きれいなんでしょう。

もうひとつ そうじきゾウさんのすごいところは
しっぽをビューン、するするとひっこめられること。
どうぶつえんのゾウさんには ちょっと まねができないでしょう。

2007年02月23日(金)  シュークリーム・ランキング
2006年02月23日(木)  金メダ○
2005年02月23日(水)  飛騨牛パワー合同誕生会
2002年02月23日(土)  連想ゲーム


2008年02月22日(金)  アンチエイジングディナーで合同誕生会

今日は、母の誕生日であり、娘のたまの1歳半の誕生日であり、映画『風の絨毯』プロデューサーの魔女田さんこと益田祐美子さんの誕生日前日。数週間前に「22日に田邊さんのお店で合同誕生会やるから空けといて」の電話をもらって、ばっちり空けていたのだが、前日になっても時間の連絡が来ないところが魔女田さん。電話をすると、「何時がいい?」と逆に聞かれて、6時半でお願いした。

益田さんとの合同誕生会は2回目、3年ぶり。1回目(>>>2005年02月23日(水) 飛騨牛パワー合同誕生会)のときにはじめて足を踏み入れた会員制レストラン『シーボニアメンズクラブ』へ。お店の経営者である株式会社ピッドコーポレーションの田邊勉社長ともその会で知り合い、以来、「すてきなすてきな田邊のおじさま」とお慕いしている。お店を訪れるのも田邊さんに会うのも、一昨年の田邊さんの還暦の誕生パーティー(>>>2006年10月28日(土) 田邊のおじさまの還暦音楽祭)以来。

今宵のメンバーは、6人。益田さん、はじめてお会いする神戸の女社長・マダム高田、わたしの「2月生まれ女3人(年代ばらばら)」と、昨夜誕生日ディナーで来店されていた田邊さんの旧友で作曲家の真島俊夫さんと夫人の匡子さん、そして田邊さん。6人中4人が「お誕生日」、主役率66.6%。

まずはシャンパンで乾杯。「今日のメニューはアンチエイジングディナーですよ」と田邊のおじさま。年齢を重ねることを祝う誕生会に、年齢に抗うアンチエイジングディナー。一見矛盾しているような気もしたけれど、「いつまでも若々しく元気で長生きしよう」という誓いを新たにするという意味では、誕生会にふさわしいメニューともいえる。

岩から丁寧にはがした磯牡蠣(天然ものゆえ小粒で身が締まっている)をポン酢のジュレと山芋のすりおろしとともにフルートグラスに詰めた上にウニとイクラをあしらった前菜にはじまり、ふた皿目は「空豆のパンナコッタ」。ひと皿ごとに驚きと楽しみが運ばれてくる。「フルコースを食べ終えてももたれないメニューを作りたかったんですよ」と田邊さん。たしかに、体のサイズに似つかわしくないほど胃袋の収納力抜群のわたしでも、コースの途中で幸せが苦しみに変わるフルコースはある。今宵のメニューは、最後のひと皿までおいしく味わう、いや、最後のひと皿に向けて、舌も胃袋もどんどん調子が良くなるよう。実際、魚料理は、アルコールのために胃袋のスペースを確保しておきたい真島氏を手伝って、ふた皿平らげた。

パンは小麦のふすまで作った「健康パン」。小麦粉はグルテンで固まるので、グルテンのない部分であるふすまでパンを作るのは至難の業。それを実現させたお医者さんがいて、田邊さんがそのパンの販売を手掛けられている。田邊さんいわく、「炭水化物の取りすぎが万病のもと」。エネルギーとして消化されない分が糖質となって体に取り込まれ、自己免疫力を弱めるのだという。いま食べている炭水化物を健康パンに置き換えるだけで、体は見違えると力説。「うちの兄の癌が消えたんですよ」の話にはびっくり。炭水化物依存症のわたしから炭水化物を取り上げたら、生きる楽しみが半減してしまうのだが、健康パンはふわっと口に溶ける不思議な食感で、おいしくて8切れ食べてしまった。



磯牡蠣のポン酢ジュレ添え

空豆のパンナコッタと帆立貝のタルタルディル風味
岩手県産ホロホロ鶏のグルエ ランド産フォアグラのポアレと共に

フカヒレとポアローのコンソメスープ

長崎五島列島産平スズキ 春菊ソース 湯葉添え

ジャスミン茶とスウィートワン

特選黒毛和牛のグリエ 八丁味噌とナッツ風味

デザートの盛り合わせ
(そば粉のガレット アイスクリーム いちご)

食事が進み、お酒が進み、おしゃべりがはずむと、「何才まで現役でいたいか」と下ネタも元気。途中から加わったおじさま(大和ナントカの偉い人。益田さんの珍紹介で、正体はつかめないまま)から「不倫(フーリン)火山」なんてオヤジギャグも飛び出す。「やっぱり男の人って、タツとうれしいものなの?」と益田さんはあいかわらず無邪気で、「欲はないけど、性欲はある」なんて発言も。

田邊さんの紹介で益田さんプロデュースのドキュメンタリー映画第二弾『蘇る玉虫厨子〜時空を超えた「技」の継承〜』の作曲を手がけられた真島さんは得意のダジャレを連発。「赤ワインと白ワインはまったく別物で、違いはタンニンにありまして、これがいわゆる赤のタンニン」「鬼が愛用している化粧品は、鬼にカネボウ」「北京ダックもふかひれスープもない中華料理屋の味は、カモなくフカもなく(可もなく不可もなく)」などなど、思わず携帯のメモ帳に書き留める。「おしりをこちら側に向けたゾウを通り過ぎて歩いて行くと、別なゾウがおしりをこちら側に向けていた。何しているのと聞いたら、『ブックエンドごっこ』」という小話がキュートで気に入る。

今日初対面のマダム岩田は、新幹線でちょくちょく神戸から遊びに上京しているという女社長さん。やんわりした関西弁で毒のあることを言うのが、わたしの笑いのツボを直撃。糖質の取りすぎがいかに体に悪いかを話しだしたら止まらなくなる田邊さんの大演説を、「わかった。何もかも糖質が悪いのね」と手短にまとめ、益田さんがお得意のボケや物忘れをかますたびに、「糖質が多すぎるのよ〜」と絶妙な突っ込みを入れていた。「なぜか女性は僕に語ってくれるんですよ」と田邊さんがうれしそうに言うと、「それは田邊さんの口をふさぎたいからよ」。

隣のテーブルでは、益田さんが準備中の次回作『築城せよ』(劇場公開用長編)の企画会議中。監督の古波津さんや撮影の辻さんと挨拶させていただく。同作品に関わっている読売新聞の方も大阪から駆けつけ、二つのテーブルを行ったり来たり。去年観たオリジナルの短編がぶっ飛ぶほど面白かったので、長編が楽しみな反面、乗り越えるのは大変だろうなと想像する。あの予算と時間で完結していた傑作を一度壊して作り直すのは、まっさらなところから新作を立ち上げるより大変かもしれない。うまく「化け」て、また驚かせてほしい。

宴もたけなわでデザートタイム。デザートの盛り合わせとバースデーケーキは、ふすま製ではなく砂糖も使っている。「食事である程度満腹になってからは、糖質が吸収されにくい」のだそうで、「メインで良質なたんぱく質を取った後に贅沢なデザートというフランス料理は理にかなっているんですよ」と田邊さん。そういえば、フランスに旅行したとき、日暮れからレストランに集まった客たちは、尽きないおしゃべりとともに夜通しテーブルを囲んでいた。食べることを生きることの真ん中に持ってきて楽しむ、そんな生き方は健康的だと思う。今宵の晩賛も気がつけば四時間。値段がつけられないほど、とびきりおいしくて楽しいひとときのお会計は、田邊さんの御馳走。すてきなすてきな田邊のおじさま、ごちそうさまでした。

そして、田邊のおじさまから、もうひとつプレゼント。「食(レストラン)と健康(パン)に加えて、『美』のビジネスを始めようとしているんです」と売り出し中の『ナノリッシュ』の試供品をくださる。韓国の泥パックの泥(クレイ)を世界特許の技術で超微粒子かつ超薄切り(これによって表面積が200倍になり、ただものでない吸着力と吸収性が実現)にして、100%天然でありながらすぐれた抗酸化作用や抗菌作用を発揮するティーツリーオイル(もちろんエッセンシャルオイルならではのヒーリング作用も)のみを加えた、洗い流すパック。肌の奥の汚れや老廃物を取り除きつつ、クレイのミネラルがうるおいとハリをもたらすという。製造者から売り込みを受けて使ってみた田邊さんが、自身の顔でしわ取り効果を実感。「薄くなっていた眉毛も黒くなってきた」そうで、販売を引き受けることにしたのだとか。田邊さんいわく、ひさしぶりに会ったわたしは、母乳育児の影響か、「以前は感じなかった女性らしさ」が出ているらしく、「(パックの効果で)これ以上ホルモンが出ちゃったらどうしましょう」と有頂天になったが、「フェロモン」という便利な言葉があったのを失念していた。やはりアンチエイジングが必要かも。

2007年02月22日(木)  マタニティオレンジ81 母になっても女心はある
2006年02月22日(水)  史実の63年後に観る映画『白バラの祈り』
2002年02月22日(金)  生みっぱなしじゃなくて


2008年02月21日(木)  バレンタイン月間&確定申告週間

誕生日とバレンタインデーがある2月は、甘いものがいつも以上にまわりにあふれ、今年もなんだかんだと口実をつけて食べている。この一か月で一年のスイーツ消費量の2割ぐらいを胃に納めている気がする。ケーキ三昧の誕生日の翌週はバレンタインデー。当日は、1月に初注文してはまってしまったイタリアンお取り寄せ、イルホウレンソウのガトーショコラ。バレンタイン限定のミステリーbox(いわゆるお楽しみ袋)に入っていたもの。いい材料を使っているのが感じられる、濃厚だけど重くない絶妙な味わい。

翌15日は、ご近所仲間のK夫人と銀座へ出たついでに有楽町のイトシア2階でお茶。いくつかあるお店から選んだ『珈琲茶館 集』は、その名の通り、集うマダムたちで満席。500円のケーキはモンブランをチョイス。栗感たっぷりで、お皿についた栗も全部なめたいほど。500円でドリンクをつけられて、この場所にしてはリーズナブル。でも、やっぱりお茶はポットで飲みたい。

その夜は、去年クッキーハウスを2軒建ててくれたミキさんが、「マラソンがんばってとバレンタインということで」と手作りクッキーとブラウニーを届けてくれる。素朴なクッキーはおなじみクッキーハウスの味。「ネスカフェこれでもかコレクション」のカップでお茶。イラストのお菓子の家のモデルは、ミキさんが娘のたまの11/12才の誕生日祝いに贈ってくれた夫婦合作のクッキーハウス。このカップで最初にお茶を飲む相手はミキさんと決めていた。

東京マラソン当日の17日は、イルホウレンソウで別注文したガトーショコラ(1/2本 1100円)ひと切れに生クリームをかけて食べ、コンビニチョコでさらにパワー注入。「37年かけて大きくなった」という「大樹」の小枝に、同年代の親近感。小枝とかクランキーとか、パフの入ったチョコはわたし好み。

18日には京都に住むメグさんから「遅くなったけど、誕生日とバレンタインデーおめでとう」のチョコチップパウンドケーキが1本到着。イルホウレンソウのガトショコとメグさんケーキを1切れずつ、たっぷり生クリームを添えて。これを2日続けて、ガトショコを食べ尽くしてしまった今日からは、メグさんケーキを厚切り。

今週は確定申告で、慣れない数字と格闘中。いつにもましてブドウ糖が欠乏気味なので、ちょうどいい。一週間がかりで伝票を整理し、エクセルにすればいいのにワードで帳簿をつける。多少お金がかかっても税理士にお願いしたほうがいいんじゃないかと今年想うのだけど、いつもこの時期になると、ぽっかり仕事が空く時期ができて、まるで「今年の自分でやってみなさい」と言われている気になってしまう。たしかに、確定申告は、自分がどこからいくらいただいているか、自分が何ににどれだけかけているかを確認し、働いた一年を振り返る機会になる。源泉徴収票を打ち込みながら、「毎年取引先の数がふえている」ことを実感したり、仕事した人の顔を思い出したり。儀式みたいなものかなあと思ったりする。こういう時間を持つのは必要なことなのかもしれない、と自分を納得させて、今年も電卓をたたいている。

へレン景気に沸いた2006年に比べると、2007年の収入は半分近くに減ったが、この一年に形になった脚本作品はゼロなのに収入があること自体が驚きで、収入の半分以上を占める著作権料のありがたみを感じる。親孝行な子どもたちの仕送りで食いつないでいる気分。昨年秋から脚本作りに関わった『アテンションプリーズスペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜』の放送が4月3日に決まり、2006年10月公開の『天使の卵』以来約1年半ぶりに産後復帰第一作を発表できることにになった。これを皮切りに、止まっている企画にも弾みがついてほしい。お金が懐に入るのもうれしいけど、作品が世に出てこそ報われる。

2007年02月21日(水)  三島由紀夫レター教室
2006年02月21日(火)  何かとツボにはまった映画『燃ゆるとき』
2005年02月21日(月)  『逃亡者の掟』(人見安雄)
2002年02月21日(木)  映画祭


2008年02月20日(水)  整骨院のウキちゃん4 「ティ」ってどうやって打つの?編

日記を読んだわたしの友人たちの間で人気沸騰のウキちゃん。「毎日書いて」の声もあるほど。そしたらわたしの日記はどうなるの。「ウキちゃん、ブログやらないの?」と聞いたら、「ふふふ、やるんですよ」。間もなくオープンする整骨院のサイトのキラーコンテンツとして準備中とのこと。「3月からやります」というので、手軽にはじめられるブログなのに、なぜそんなに先なんだろと疑問に思ったが、ウキちゃん、どうやらパソコンが苦手らしいことが今日わかった。

「院長、ティってどうやって打つんですか?」とパソコンに向かうウキちゃんの声がして、診療中のわたしは思わずネタ仕入れ体制に。
ウキちゃん「なんか、あたしが打つと、チィってなるんですけど」
院長「ティはTHI(ティー・エイチ・アイ)だよ」
ウキちゃん「あ、出た」
院長「出た、じゃないよ、まったく」
こういうときの「出た」といい、ウキちゃんの反応は面白くてかわいい。以前、お兄ちゃんに借りた車をぶつけてしまったのが言い出せなくて困っていたときのこと。お兄ちゃんに「お前、ぶつけだだろ」と言い当てられ、思わず出た一言は、「正解」だったとか。

わたし「ウキちゃん、ティって打てなくて、今までどうやってたの?」
ウキちゃん「いやー、なんとかやってきました」
わたし「ティが打てないことはディも打てないわけだよね? ディズニーランドって打てなかったんだよね? 調べたくても検索できないじゃん」
ウキちゃん「そういうときは、院長にディズニーランド調べてよって言って、やってもらってました」
わたし「友だちに、ディズニーランド行こうよって誘うときは?」
ウキちゃん「携帯はひらがな入力なんで」
そのやりとりを聞いていた院長が、「ああっ」と思い出した。
「ウキちゃん、それで、カルテ入力やらなかったのか!」
「ばれました?」
手書きのカルテをパソコンに入力する作業で、ウキちゃんが何枚かどけたカルテがあったのだが、それは「NTT」などティが入っているものだった。「エヌティーティー」とルビが打てないので、入力を放棄していたというわけ。
ウキちゃん「エヌまでなら打てるんですけどね」
院長「自慢になんないよ」
ウキちゃん「でも、THIってティって読まなくないですか」
わたし「そういや、チィになるって言ってたけど、どうやって打ってたの?」
ウキちゃん「TYI(ティー・ワイ・アイ)です」
院長「それこそティって読まねえよ」
わたし「え? TYIでチィって出るんだ」
ウキちゃん「知りませんでした? 覚えといてください」
院長「何いばってんだよ」
こんなウキちゃんのブログ、何が飛び出すか楽しみだけど、五十音を綴るところから始めるわけだから道のりは長い。何はともあれ、30才になる前にティが打てるようになってよかった。

2007年02月20日(火)  ヘレン絵本四刷できました
2004年02月20日(金)  いい履歴書の書き方
2002年02月20日(水)  別世界


2008年02月19日(火)  マタニティオレンジ237 赤ちゃんのときに生まれてきたんだよ

先日、小児科へ行ったときのこと。同じ保育園の年長クラスの女の子が、たまを見つけて「この子は赤ちゃんのときにうまれてきたんだよ」と先輩風を吹かせて言った。「あんただって、そうだよ」とすかさずお母さんに突っ込まれていたけれど、ああ、これって子どもの感覚だなあと懐かしくなった。

自分のまわりが世界のすべてだった頃、赤ちゃんはずっと赤ちゃんで、パパとママはずっと大人で、おじいちゃんとおばあちゃんはずっとお年寄りだという感覚があった。自分にも赤ちゃんの頃があったことは写真を見て知っていたはずだけれど、2歳なら2歳、3歳なら3歳、今の自分がずっと続いているように思っていた。誕生日で年がひとつふえるということも、ケーキに灯るキャンドルの数でわかっていたはずだけれど、「ケーキを食べられて、プレゼントがもらえる」ことに気を取られて、毎年一歳ずつ年を重ねていけば、自分もやがて大人になり、お年寄りになるということまで想像は及ばなかった。自分の親や祖父母にも子どもの頃や赤ちゃんの頃があったと理解するようになったのは、いつからだったのだろう。妹の長男である甥っ子が「お母さんのお母さんがばあば」という事実に混乱していたのは四才頃だっただろうか。

いくつになっても親は親で、子は子という感覚を知るのは、もっと後になる。覚えているのは、小学3年生のとき、担任の先生が「母親にしかられた」と話したのを聞いて驚いたこと。先生という大人にも親がいて、子どもみたいに叱られることが不思議だった。もしかしたら、はじめての子育てを体験してみて、ようやく「いくつになっても……」が実感できたと言えるかもしれない。「赤ちゃんのときに生まれてきた」頃から見てきた母親は、子どもがどんなに大きくなっても、「赤ちゃんのときに生まれてきた」頃の気持ちで、はらはらしたりおろおろしたりしてしまうんだろう。

今夜の子守話は、「ゾウさんの話とキリンさんの話、どっちがいい?」とたまに選ばせたら、当然ゾウさんを選ぶかと思いきやキリンさんを選んだ。ゾウさんの話が続いたので、他の話を聞きたくなったのだろうか。選択肢の人差し指か中指を指差しさせて選ばせているが、なんとなくではなく明らかに意思を持って「コッチ」という勢いで指を差す。キリンがお題ということで、以前発見した「キリンと踏切が似ている」をネタにしてみた。マラソン後でわたしもあちこち筋肉痛だけれど、テーピングが効いたのか、今のところシップのお世話にはなっていない。

子守話11 ふみきりん

キリンさんが せんろのわきをとことこあるいて
えきまでやってくると えきいんさんがよわっていました。
「どうしたんですか えきいんさん」
キリンさんが ながいくびをかしげて ききますと
「ふみきりが こわれて うごかないんですよ」とえきいんさん。
でんしゃがくるたびに せんろに人がはいらないように とおせんぼしているのですが
えきいんさんのうでをめいっぱいひろげても 
ふみきりのかわりにはなれません。
「だったら わたしが ふみきりになりましょう」
とキリンさんがいったので えきいんさんはびっくり。
「わたしのながいくびをたおせば だれもせんろにはいれませんよ。
 それに わたしのこのいろ。ふみきりによくにているでしょう」
えきいんさんは キリンさんのしんせつを ありがたくうけることにしました。

さっそく1だいめのでんしゃがちかづいてきます。
キリンさんはおじぎをするように
ながいくびをたおして みちをふさぎました。
キリンさんのふみきりは だいせいこう。
とおくからでもよくめだつし 
いつものふみきりが ちょっとりっぱになったかんじです。
「あれ キリンさんのふみきりだ」
「ふみキリンだ」
こどもたちも ゆびさして おおよろこび。

2だい、3だい、4だい、5だい……。
でんしゃがくるたびに ながいくびをたおして またおこす そのくりかえしです。
6だい、7だい、8だい、9だい……。
キリンさんがつかれてくると えきいんさんが 
リンゴやバナナをたべせてくれました。
キリンさんはまたげんきになって ふみきりのしごとをつづけました。

キリンさんが18だいめの でんしゃをみおくったとき
ちょうど ふみきりのしゅうりがおわりました。
ふみきりがうごくようになったので
キリンさんのふみきりとこうたいです。
キリンさんは くびがすっかり くたくた。
「キリンさん おつかれさま。
 おかげで だれもけがをすることなく たすかりました」
えきいさんは キリンさんのくびにシップをはってあげました。
えきいんさんのくびにはるときは1まいですが
キリンさんのながーいくびのはしからはしまでシップをならべたら
なんと18まいになりました。
キリンさんがおじぎをしたのとおなじかずです。
「またふみきりがこわれたときは よろしくおねがいします」
とえきいんさんがいいました。
「ふみきりがこわれないことをいのっています」とキリンさん。
くびはこりこり、もうこりごりです。
ふみきりってたいへんなしごとだなあとつくづくおもいながら
キリンさんはせんろぞいのみちをかえっていきました。

2007年02月19日(月)  近くて遠いアカデミー賞
2005年02月19日(土)  青春京都映画『パッチギ!』
2004年02月19日(木)  ツマガリのアップルパイ
2002年02月19日(火)  償い


2008年02月18日(月)  イタリアン風味の塩せんべい

夕方、娘を保育園に迎えに行く前に、昼にパスタを作ったフライパンを洗っとこうかとのぞきこみ、「!」となった。ガス台にほったらかしたフライパンの光景が見慣れないものになっている。ミネストローネスープの焼さんまを加えたトマトソースを作り、パスタをからめて皿に空けたのだが、フライパンを支配している色は、トマトの赤ではなく、白が混じった茶色。そこで再び「!」となり、弱火のままガスがついたままなのに気づいて、あわてて消し止めた。パスタのゆであがりが12時過ぎだったから、5時間半にわたってつけっ放しになっていたことになる。換気扇もしていないのに、コンロ上の火災報知機は鳴らなかった。パソコンを打っていたテーブルとコンロの距離はわずか1.5メートルだが、フライパンに弱火が隠れて気づかなかった。ずっと魚の匂いがしているので、近所で魚焼いているのかなと思っていたのだが、目と鼻の先でさんま入りソースが煮えたぎっていたのだった。

それにしてもよく焦げ付かなかったものだ、さすがテフロンと感心。フライパンにこびりついた残骸がパリパリのせんべい状になっておいしそうなので、ぺりっとはがして口に入れ、またもや「!」となった。塩辛い! その瞬間、パスタのゆで汁をフライパンに空けていたことを思い出した。あつあつのゆで汁が汚れを浮かしてくれるので、洗いものが楽になるのだ。そして、海水から塩を取り出すように、フライパンの淵ぎりぎりまで注がれたゆで汁が5時間半かけて蒸発し、たっぷり溶かし込んだ岩塩が残った。それがパスタソースの残りと混ざり、イタリアン風味の塩せんべいが出来上がったのだった。

つけっぱなしに気づいた時点でゆで汁は干からびていたから、見過ごしたまま保育園に迎えに行っていたら、戻ってきた頃にはフライパンが真っ赤に燃えて、一大事になっていたかもしれない。先日のボヤ騒ぎといい、今月は火難の相でも出ているのだろうかと疑う。筋肉痛という炎症にも見舞われているし。以前は、ヒヤリとする出来事があっても、結果オーライで反省も軽いものだったけれど、今は「娘が家にいるときだったら」と想像して肝を冷やし、「娘が家にいないときでよかった」と心底ほっとする。

今日の子守話は、おうちが火事!の話。物語の世界だけの出来事でありますように。

子守話「おたすけゾウさん」

なかまとはぐれたゾウが 川のほとりに 
ひとりぼっちでくらしていました。
ゾウは さびしくて こころぼそくて ないてばかりいました。
川のむこうがわにすんでいる たまちゃんが
ときどきあそびにきてくれました。
いっしょに あそんでいるときは たのしいけれど
たまちゃんが おうちにかえってしまうと
ゾウは さびしくて こころぼそくて なきました。

ゾウには かえるおうちがありません。
おとうさんとおかあさんもいません。
たまちゃんみたいに おえかきできません。
いぬさんみたいに はやくはしれません。
ねこさんみたいに 木のぼりできません。
なんにももっていなくて なんにもできない じぶんが 
ゾウは とてもみじめでした。

「ゾウさんには ながーい おはながあるじゃない」
とたまちゃんが なぐさめてくれました。
おはなでみずをまいて どうろにおえかきできるじゃない。
おはなをのばせば いぬさんよりはやく とおくのものをとってこれるじゃない。
ねこさんは 木のぼりするのがせいいっぱいだけど
ゾウさんのおはなは 木の上に にもつをはこぶことだってできるじゃない。
そういわれても ゾウはやっぱりくよくよして
ながいおはなをくるくるまるめて
大きなせなかも小さくまるめて しくしくないていました。

ある日 川のほとりでないていたゾウは
ぱちぱちというおとがきこえて かおをあげました。 
見ると 川のむこうのおうちがもえています。
ゾウのたったひとりのお友だち、たまちゃんのおうちです。
しょうぼうしゃのサイレンがちかづいてきましたが
みちがせまくて おうちにはちかづけません。
そのとき 2かいのまどから「たすけて!」とこえをはりあげたのは
たまちゃんではありませんか。
おうちのそとでは たまちゃんのおとうさんとおかあさんが
おろおろしています。

ゾウはもう ないてなんかいるばあいではありません。
ながいはなをせいいっぱいのばして 
川のむこうまでのばして 2かいのまどまでのばして
たまちゃんをつかまえました。
ゾウさんがたまちゃんをあんぜんなばしょにおろすと
おとうさんとおかあさんがかけよって 
たまちゃんをだきしめてなきました。
それから「ゾウさんありがとう」とゾウのはなにだきついてなきました。
うれしくてもなくことがあるんだとゾウはびっくりしました。

ゾウはおれいをいわれて しあわせなきもちになりましたが
まだ やることがのこっていました。
ゾウは ながいはなをのばして 川のみずをくみあげると
もえているおうちにむかって ちからいっぱいふきつけました。
なんども なんども。
だいどころからでた火は どんどん小さくなり 
ほかのへやにもえひろがるまえに けしとめられました。

しょうぼうしょからひょうしょうされて 
ゾウはまちのにんきものになりました。
ゾウのながいはなは おおいそがし。
川でおぼれそうになったこどもをたすけたり
たかい木からおりられなくなったおとなをたすけたり
川のむこうがわからこちらがわのとどけものは
ゾウのはなをつかえば まわりみちしなくたって ひとっとび。
まちの人たちは おおだすかりで おとなもこどもも
「ゾウさん ゾウさん」とたよってきます。

ゾウはもうひとりぼっちではありません。
ゾウはもうさびしくありません。
ゾウはもうなきません。
ながいはなをほこらしげにたかくあげて 
きょうもだれかをたすけにいきます。

2007年02月18日(日)  東京マラソン2007
2004年02月18日(水)  父&ダブルまさこでディズニーシー
2002年02月18日(月)  函館ラ・サールニュース


2008年02月17日(日)  東京マラソン2008当日

一週間前からにわかに楽しみになった東京マラソン当日。娘のたまは昨日のうちにダンナの実家に預け、昨夜は11時に就寝。今朝は6時起床、緑茶と焼いた餅、ガトーショコラの生クリームがけとカフェオレのパワーブレックファストを胃に納め、フルマラソンに出るダンナとともに7時に家を出る。昨年の冷たい雨とは打って変わって、よく晴れたマラソン日和。コンビニでチョコレートを仕入れ(はじめて見つけた小枝の「大樹」版)、8時前に新宿に着くと、湯気が立ちそうな気合い十分なランナーが続々西口へ。

ずいぶん余裕を持って出かけたつもりなのに、あっという間に「荷物締切10分前!」とマイクの声。ずらっと数十台停まったトラックの指定された号車に荷物を預けるのだが、わたしがめざすトラックはいちばん奥のほうで、なかなかたどり着けず、心細い思いをする。荷物を預けると、今度はスタートラインへ。走る前にトイレに行っておこうと思ったのに、長蛇の列。「もっと先にもトイレはあります」と係員に言われたのだけど、それを見つける前にスタート位置に着いてしまった。携帯電話も手荷物で預けてしまったので時間がわからず、今からトイレに行って間に合うかなあとぐずぐずしている間に、後から後から人が来て身動きできなくなる。結局30分ぐらい待たされる間、底冷えする寒さも手伝って、「トイレに行っときゃよかった」と悔やみ続ける羽目に。

9時10分スタートするものの前がつかえてノロノロ。スタート地点にたどり着くまでに10分ほどかかる。道路脇の生け垣には脱ぎ捨てられたビニールポンチョの山。エントリーで配られた一式に入っていたもので、待ち時間の冷え防止に大いに役立ったが、走り出したら無用で、大量のビニールゴミが発生することに。「エコ大会」をうたっているけれど、これはリサイクルできそうにない。給水所の紙コップも使い捨てだし、無料で配られたアミノバリューの手袋もボトボト捨てられていたし、ゴミは必要悪なのかなあと思いながらスタート地点を超える頃には人もばらけて走れるようになった。こごえて縮こまっていた手足を動かすのが気持ちいい。新宿の高層ビルの間を駆け抜けるのも贅沢。手を上げて携帯で風景を撮るランナー多数。昨年聞いた山手線ガード下の大立ちション大会は今年も実施され、「やだあ」「信じられない」と女性ランナーの困惑した声が上がっていた。歌舞伎町辺りで東京大学応援部が発していると思われる「T・O・K・Y・O TOKYO レッツゴー」コールが聞こえてきて、応援団出身のわたしには何よりのエールとなった。

「3キロ」のボードを通り過ぎても足は跳ねるように軽快に動き、まわりのランナーと肩を並べて走っている感覚。少し前を行く体格の似た女性についていくように走ると、ペースを作ってもらえて楽だった。だが、5キロ前に彼女が下がってしまい、わたしも疲れが出はじめる。体力と気力は残っているのだけれど、足が持ち上がらない。コースがよくわかっていないので、ペース配分ができないのも辛かった。先週飯田橋を通りがかったとき、「この辺りが7キロ」とダンナが言ったのを信じていたのに、飯田橋を過ぎて「6キロ」のボードを見つけたときは泣きそうになった。

あとは1キロ刻みでどんどん足が重くなり、苦しさは増すばかり。日が高くなってきて、アスファルトの照り返しがじりじりと肌を焼く。喉が乾くけれど、トイレに行きそびれた下半身からは「容量オーバーです」の悲鳴が上がっていて、ここは我慢。大音量のYMCAに合わせて歌い踊る集団や沿道からの声援に励まされ、ミツバチや魚のコスプレに目を楽しませ、なんとか前へ前へ進む。8キロから9キロがいちばんきつかった。怒涛の100人、いや1000人抜き(去られ)を味わい、後ずさっているような錯覚を覚える。「ゴールこちらです」の声に誘導されて左へ折れたら「トイレこちらです」で、がっくり。その先に「9キロ」のボードがあり、あと1キロもあるのかと愕然となった。

ラストスパートどころか惰性のようによろとろ走ってゴールを踏んだとき、電光掲示板の時計は1:13:51。先週走った感触から70分ぐらいで走れたら上等と予想していたが、スタートラインを踏むまでに10分程度かかっているので、60分前後で走れたことになる。タイムは靴に取りつけたチップから計測されるのだが、スタートラインを踏むまでの経過時間を引いた正式タイムが3月中旬に発送されるとのこと。

フィニッシュ地点から日比谷公園に入ると、立て続けにアミノバリュー飲料、東京水、ソイバー(カロリーメイトみたいなもの)、青森りんごを配られる。水分も固形物もおいしく、体が生き返るよう。青森りんごを丸かじりしていると「ひとことお願いします」とビデオを構えた青森りんご関係者が近づいてきた。みずみずしくて最高!と絶賛。走った後のりんごは水分補給にもなる。ニュースで「今年はバナナ増量」とやっていて、食らう気まんまんだったのだが、10キロまでは配られなくて残念。計測チップと引き換えに完走メダルを受け取る。手荷物の受け渡しもスムーズで、第一回の反省をもとに、運営はかなりスマートになったよう。

月桂樹をかぶって記念写真を撮ってもらい、ガクガクの足で階段を上り下りして人形町へ移動し、30キロ付近で応援。道路の反対側は浅草へ向かう往路のランナーたち。皆、疲れているのだろうけれど、晴々としたいい顔をしている。10キロで音を上げていたくせに、フルマラソンを走ってみたい気持ちになってしまう。応援の合間に日本テレビの中継を見る。今年は芸能人やアナウンサーのランナーを追いかけたり、注目する一般ランナーを取り上げたりしてドラマを盛り上げていて、24時間テレビを見ているような感じ。ところどころ、そこまで感動を売りつけなくてもと思うところはあったけれど、走っている姿を映すだけで十分だと感じるのは、自分が走ってきたばかりで感情移入しやすくなっていたせいもあるかもしれない。

マラソン大会なるものに参加してみて、いちばん面白く感じたのは、「みんな違って、みんな一緒」ということ。老若男女、いろんな国の人、障害や病気を抱えた人、有名な人無名な人、みんな、ロードに出てしまえば、同じ距離を走りきるしかない。同じ数の坂を登り、同じ気温に耐え、同じゴールに向かってひた走る。頼れるのは自分だけなんだけど、一緒に走る人たちや沿道から声援を送る人たちとの一体感が力をくれ、自分を限界より先へと押し出してくれる。それがマラソンの醍醐味なのだと感じた。応援団出身のわたしは、自分が走るわけじゃないのに、自分のことのように一生懸命応援する沿道の人たちの姿にじーんとなった。そんな人たちに「ありがとう」「みんなも頑張って」と応援返しをするランナーの爽やかな姿にも感動した。使命感を持って生き生きと働くボランティアもまぶしかった。みんながみんなを応援しあって、笑顔と元気が飛び交って、東京ってすばらしい街だ、日本ってすばらしい国だ。うれしさや感謝の気持ちがこみあげて、走れば走るほど、体にたまった毒がどんどん抜けて行くようだった(乳酸がたまる5キロ地点までの話)。

少し前に読んだ新聞記事に、最近のマラソンブームは「ゆるい連帯感」(※後で記事を掘り出したところ、正しくは「ゆるやかな連帯」)が受けていると書かれていたことを、走りながら思い出した。連帯責任の重圧はないけれど、同じゴールを目指す同志がいる心強さに後押しされて、一人ではできないことを成し遂げられる。一致団結して力を合わせるチームワークとは違い、まわりの力を取り込んで自分のものにするゆるさ、ゆるやかさがある。願掛けで走る人、自分の殻を抜け出したくて走る人、メッセージを発信するために走る人……それぞれ背負うものは違っていても、同じゴールを見つめ、気持ちを向ける波長は、不可能を可能にするような大きなうねりを生み出す。わたしも走っているうちに、体の奥から力が湧いてきて、なんだってできそうな気がしてきた。気持ちが前へ前へと運ばれて、大きな手に背中を押された一日だった。

2007年02月17日(土)  マタニティオレンジ80 はじめての風邪
2006年02月17日(金)  学生新聞「キャンパス・スコープ(campus scope)」取材
2005年02月17日(木)  魔女田さんの新作『平成職人の挑戦』
2004年02月17日(火)  オーマイフィッシュ!


2008年02月16日(土)  東京マラソン2008前日

いよいよ東京マラソン前日。ダンナに誘われて10キロの部に申し込んだものの、大学の応援団時代以来走ることから遠ざかっているので、走りきる自信はなかった。抽選に漏れたときはほっとしたのだが、補欠で当選。ところが仕事が忙しくて週末も打ち合わせが重なり、大会に向けて気持ちが盛り上がるどころか気が重くなっていたのだが、先週の日曜日に初練習で皇居のまわりを2周走り、「10キロ走れる!」の自信がつくと、がぜん楽しみになった。

東京ビックサイトのエントリー会場は、祭りを翌日に控えたランナーの熱気であふれ返り、ウェアや健康補助食品を扱うブースも大賑わい。皆さん、体も顔も引き締まって見え、明日の本番に向けて心身ともに準備万端の様子。にわかランナーのわたしは、この人たちと走るんだあと興奮を味わう。ベビーカーで連れて行った娘のたまは、喉が渇いたのか、配られていたアミノバリューのドリンクをごくごく飲んだ。その後、わたしはおむつ替えのできるトイレを探し求めて走る羽目に。

夕方、整骨院でウキちゃんに念入りにテーピングをしてもらう。ふとももから膝、ふくらはぎ、足の裏(アーチを作っておくと走りやすいそう)、ついでに外反母趾も。「これでずいぶん疲れは軽くなるはず」とウキちゃん。先週走った筋肉痛が微妙に残っているので、ふとももとふくらはぎにも電気を当ててもらう。ウキちゃんは学生時代の研修でホノルルマラソンを走ったとき、岡山から来たという初老の男性にきびだんごをもらったそう。「犬か猿か何かと勘違いされたんですかねえ」と院長。「おともしませんでしたよ」とウキちゃん。もらったきびだんごは、走りながらだと飲み込むのが大変なので、ホテルに戻ってから食べたそう。

2007年02月16日(金)  マタニティオレンジ79 旅行気分の谷中界隈 
2006年02月16日(木)  『WEL-COME to パラダイス』と少年山賊団
2005年02月16日(水)  不思議なピンクの水、「ナーガ」水。
2002年02月16日(土)  パコダテ人@スガイシネプレックス


2008年02月15日(金)  対岸の火事の後日談

昨日、興奮した勢いで日記に書きこんだ「お向かいボヤ」の速報には、とんだ続きがあった。朝、保育園に娘を送りに行って帰宅して以来、家にこもっていて、ボヤ騒ぎも家の中から薄く開けたドア越しに見物していたのだが、消火から約6時間経った夕方、マンションの外に出た。燃えたのはどのビルだろうとわがマンション前の道路を隔てた向かい側に目をやるが、どのビルにも変わった様子はなく、すすで汚れている部屋は見当たらない。おかしいなと首をかしげて、わがマンションを振り返った瞬間、わが目を疑い、驚きのあまり口が開いた。

脚本でよく「『!』となる」という表現を使うが、そのときのわたしはまさに、「!」となっていた。なんと、見上げたわがマンションの四階の一室が真黒になっていたのだ。「コ」の字型に建つマンションの始点にあたる場所にわたしの住む部屋が位置するのだが、ボヤを起こしたのは、その終点近い部屋。ハウスクリーニング屋さんも消防士さんも「お向かい」が燃えていると言った。「道路の向こう側のお向かい」だと思いこんだのは、一軒家で育った刷りこみのせいかもしれない。対岸の火事だと思っていたら、コの字の向かい側、同じマンションの同じフロアで火事は起こっていたのだった。ボヤで済んだからよかったものの、非常階段は火元の部屋近くにあり、ひとつ間違えばはしご車で脱出となるところだった。

道路の向こう側の火を消し止めるのに、なぜ消防士さんがうちのマンションンに押しかけるのか不思議だったが、謎は解けた。冷静に考えたら、背中にしょった消火器を噴射しても、道路の向こう側まで届くわけがない。消防士さんがわが家に安否確認に来たのも、「お向かいの火事でもご近所一軒一軒回るんだ」と感心したが、同じフロアであれば納得。そりゃあハウスクリーニング屋さんも引き返しますわな。今思えば、わが家に現れたときのハウスクリーニング氏は不安げな顔をしていた。「お向かいが火事みたいですけど、それでもやりますか」と確認したら、「お向かいだったら大丈夫でしょう」と依頼主であるわたしが答えたので、そう言うならと車を停めに行ったのだった。ところが、消防車が押しかけてマンションに近づけなくなり、こりゃあ掃除どころじゃないと判断したのだろう。何度かけても依頼主の電話が通じず、「もしや、火が回って……」と余計な心配をかけてしまったとしたら申し訳ない。

マンションの管理人さんによると、燃えたのはベランダに置いた室外機。自然発火だとしたら怖い。道路に面したベランダが火元だったので、すごい煙が外に出て、通行人は「大火事!」だと思い、大量の消防車出動の騒ぎとなったらしい。その車列はわが家から百メートル以上離れた整骨院まで延び、整骨院のウキちゃんは白衣のまま野次馬見物に飛び出したとか。「消防士さん、叱られてましたよ。ククク」とウキちゃん。助手席から降りた消防士が後部座席の部下に「お前らも行くんだよ!」と怒鳴っていたそう。そういえば、ずっと檄を飛ばしている隊長風の人がいたから、同じ人かもしれない。整骨院でもボヤの話で持ちきりだったけれど、「同じフロアが燃えているのに気づかなかった」わたしが話題賞をさらった。

今夜の子守話は、最近たまが大好きな「ゾゾ(ゾウ)」の話。最初に覚えた歌が「ぞうさん」。緑色のゾウのジョウロと遊びたくてお風呂に入り(「ゾゾがお風呂入りたいって」と言うと、服を脱いでくれる)、お風呂から出るときは一緒に連れて出るので、床はびしょびしょ。

子守話「ぞうさんのにじいろシャワー」

ゾウのゾゾは ゆめを見るのが だいすき。
ゾゾのおはなのシャワーは ゾゾが見た ゆめの色。

月ようび リンゴをおなかいっぱいたべる ゆめを見たから 赤色のシャワー。
火ようび お日さまにだっこされる ゆめを見たから オレンジ色のシャワー。
水ようび お月さまにとんでいく ゆめを見たから 黄色のシャワー。
木ようび 森でかくれんぼする ゆめを見たから 緑色のシャワー。
金ようび 空におえかきする ゆめを見たから 青色のシャワー。
土ようび 海のそこをたんけんする ゆめを見たから あい色のシャワー。
日ようび すみれ畑でおいかけっこする ゆめを見たから むらさき色のシャワー。

リンゴと お日さまと お月さまと 森と 空と 海と すみれ畑の 
ゆめを見た日は にじ色のシャワー。

2007年02月15日(木)  マタニティオレンジ78 遅速を愛す哉 
2002年02月15日(金)  ゆうばり映画祭3日目


2008年02月14日(木)  火事と水回りクリーニングの木曜日

出産前にお風呂掃除をお願いしたハウスクリーニング会社から営業の電話があり、2月中は10%オフキャンペーン中だというので、今日の午前中に来てもらうことにした。10時15分頃チャイムが鳴り、姿を見せたハウスクリーニング氏の最初の一言は、「あのー、火事みたいなんですけど」。見ると、わが家の前の通路まで煙が押し寄せている。道路を挟んだ向かいのビルから火が出ているらしい。話しているうちにマンションの火災報知機がけたたましく鳴りだした。「ここまでは来ませんかねえ」。水回りクリーニングと火事って正反対だなあと思いながら言うと、「じゃあ車停めてきます」とハウスクリーニング氏。

その直後、サイレン音とともに消防車が到着。そして、なんと、消火器のような黄色いボンベを背負った消防士がダダダっとわがマンションの階段を駆け上り、わたしの住む階の道路側の通路へとなだれ込んだ。そこから向かい側のビルへ消火活動をするのだろうか。「早く!」「そっちはいいから!」と勇ましい怒号が飛び交う。消防士の一人がドアをノックし、「何人お住まいですか」と聞く。「三人です」「三人おそろいですぁ」「いえ、二人は出かけていますけど」。そんなやりとりをしながら、本物だあと興奮。

ダンナに「「今すごいことに」と実況のメールを打ち、はたと思いだした。ハウスクリーニング氏はどうなったのか。マンション前は通行止めになり、車を停めるどころではなさそうだ。どこかで消火が終わるのを待っているのだろうかと心配するが、連絡がない。しばらくかかりそうだし、その間に部屋を片付けることにする。出産前、子どもを迎えるにはあまりにも家が汚すぎるというので、初めてハウスクリーニングを頼んだのだが、そのときにわかったのは、「家が二段階できれいになる」ことだった。ハウスクリーニングに来てもらう前に、まず足の踏み場を確保するために掃除が必要になる。いくら業者の方とはいえ、人目に触れても恥ずかしくない程度にその辺も片づけるので、ハウスクリーニングを迎える時点で、部屋はすでにビフォアアフター的な変身を遂げているのだった。

脱ぎっぱなしの服をたたみ、ペットボトルをつぶし、おもちゃをネット収納に納め、古新聞をまとめる。掃除機をかけてはときどき止め、インターホンを気にするが、鳴る気配はない。火災報知機は鳴りやみ、火は消し止められたよう。「10時53分撤収」とハンドマイクの声がする。窓の下を見ると、白い消火ホースをくるくると丸める消防士さんの姿。しかし、ハウスクリーニング氏からは音沙汰がない。まだ通行止めが続いているのだろうか。それにしても、間が悪いといおうか、良すぎるといおうか。あと十分早く到着していれば、この騒ぎをよそに掃除に取りかかれたのにとも思うが、マンション前に車を停めていたらどっちみち移動することになっただろう。

だいぶ部屋がきれいになり、床面積が当社比200%ほどになったところで時計を見ると、12時半。ハウスクリーニング氏がいなくなってから2時間以上も経っている。いくらなんでも時間つぶすには長すぎるし、次の依頼もつかえているだろう。フリーダイヤルで本社に電話しようと固定電話の受話器を持ち上げたら、線が抜けていた。わたしはてっきり携帯に連絡があると思っていたのだが、固定電話にかけていたとしたら……! 案の定、応対に出た女性が「火事で建物に入れなくなったそうで。お伺いした者が何度も電話したそうですが、電話も止まってしまっていたようで……」と恐縮しきり。いえ、電話は火事のせいではなく、うちの娘が電話線を引き抜いたものと思われ……と説明は省略したが、こちらも申し訳なくて、お互い「すみません」を連呼しながら電話を切った。無駄足になってしまった業者さんは気の毒だが、わが家はお金をかけずにきれいになった。

今夜の子守話の舞台は、ハウスクリーニング屋さんに掃除してもらいそびれたお風呂。湯船にキラキラ光るものが浮かんでいるのを見つけて、娘のたまが「キラキラ」と両手を小刻みに動かしてお星様の仕草をした。その正体は、七色に光るセロファンをリボン状にしたプレゼント用の梱包材。くっつきやすい素材なので、手か足にはりついたままお風呂までついてきてしまったのだろう。ひらひらした長細い体が揺らめくさまは、お湯の気持ちよさに骨抜きになってお星様が伸びている姿にも見える。お風呂をピカピカにする代わりに、お星様がピカピカになる話をつくった。

お風呂に おっこちた お星さま

たまちゃんがお風呂に入ったら、お星さまがプカプカうかんでいました。
「あれ? お星さまもお風呂に入るの?」とたまちゃんはびっくり。
「すいーっと流れてきたら まどがあいていて 
 ぽちょんと おっこちてしまったんですよお」
お星さまが きもちよさそうに言いました。
だらんと体がのびているのは 流れ星だからでしょうか。
それとも ぬくぬくのおゆに うっとりしているからでしょうか。
「お風呂はいいですねえ。体がきれいになる気がします」
お星さまは長くなった体をゆらゆらさせながら言いました。
「お星さまは、とってもきれいよ」
「こう見えて、けっこうよごれているんですよ。
 空にはチリやゴミがたくさんただよっていていますから」
「じゃあ、お星さまをあらってあげる」とたまちゃん。
せっけんをたっぷりつけて タオルでごしごしみがくと
お星さまはツルツルのピカピカになりました。
「ああすっきりした。なんだか生きかえった気分です。
 体の中からげんきが出てきましたよ」
お星さまは のびきっていた体をしゃきっとちぢめて
ギザギザの角っこがついたお星さまらしい形になって
キラキラと手をふりながら空へかえっていきました。
「あ、いた!」
たまちゃんが空をゆびさしました。
ひときわピカピカと光っているお星さまが、ひとつ。
お風呂におっこちたお星さまにちがいありません。

2007年02月14日(水)  松井久子監督の第三作を応援する会
2006年02月14日(火)  一度泊まってみたいチョコレートのホテル
2005年02月14日(月)  5年ぶりにケーキを焼く
2002年02月14日(木)  ゆうばり映画祭2日目


2008年02月13日(水)  マタニティオレンジ236 保護者会で問題解決 

保育園の保護者会で、同じクラスのお母さんたち8人、先生たちと1時間半の懇談。5月に行われた一回目のときに比べて、お母さんたちも保育園に慣れた様子で、栄養士さんや看護師さんからの話の途中にも「ちょっといいですか」と質問や意見が飛び交う。栄養士さんからは「朝食をしっかり」、看護師さんからは「薄着のすすめ」。鼻を垂らすとかわいそうだからとつい着込ませてしまった結果、自律神経がうまく働かず、朝なかなか体温が上がらない低体温の子どもが増えているのだとか。子どもは大人よりも一枚少ないぐらいで十分とのこと。

会のメインは、お悩み相談。各自の「困ったこと」をみんなの知恵で解決しましょうというもの。「下の階からうるさいと苦情が出る」には、「音を立てていい時間をルールで決める」「思い切って引っ越すなら、一軒家の貸家がおすすめ。古い物件はマンションより安い」などのアドバイス。「野菜を食べない」には、「細かく刻んでハンバーグやカレーに」「すりおろしてたきこむと、きれい。紅白おにぎりも喜ぶ」といったアドバイス。園では、苦手な野菜を食べると、「かっこいいね」とほめたり、ハイタッチをしたりして盛り上げているのだそう。「でも、ママがやってもきかないのよねえ」。

「保育園から帰宅すると、子どもがおなか空かせて大騒ぎ。晩ごはんの支度が間に合わない」という悩みには、一同共感。お菓子やパンをあげれば黙ってくれるけれど、晩御飯が食べられなくなる。かといって、作り置きを用意する時間もない。「野菜たっぷり炊き込みごはんをおにぎりにして冷凍」という手もあるげど、「炭水化物を取りすぎてしまう」のが悩み。わたしは、わが家で成功しているブロッコリー作戦を披露。「ブロッコリーを縦4分の1ぐらいに大胆に切って、ゆでるか蒸すかして、にぎらせる」と、繊維質なので噛むのに時間がかかり、間が持つ。ごぼう、セロリ、キュウリでも応用できるけれど、甘いブロッコリーが子ども受けする。炭水化物でもよければ、フランスパン、ベーグルも。「おにぎりも、焼おにぎりにするほうが食べるのに時間がかかって間が持ちます」と栄養士さん。

わたしの悩みは、歯みがき。歯ブラシシュッシュッシュ〜の歌を一緒に歌いながら歯ブラシと遊ぶのは好きなくせに、仕上げみがきをしようとすると、口をぎゅっと閉じてしまい、歯ブラシは進入禁止。「押さえつけてでもやるべきでしょうか」と問いかけると、「うちは携帯で動画を見せて、気を取られているうちに口を開けさせてます」「ガーゼやキッチンペーパーで歯の外側だけでも磨くべき。唾液がガードする内側よりも外側のほうが虫歯になりやすい」「子どもにも歯ブラシを持たせて親の歯を磨かせると、お互いさまで磨かせてくれる」「無理やりでも親が口に手を入れていた子は、歯医者での治療も抵抗が少ない」と、各家庭での実感がこもったアドバイスが返ってきた。歯みがきで大暴れされるたびに、某幼児教材に心が傾きかけていたのだけれど、もう少し自己流でやってみようという気になる。

働いている時間がまちまちなので、送り迎えの時間もばらばらだし、時間が重なったとしても立ち話をする余裕もなく、他のお母さんたちと、こんな風にじっくり話す機会はなかなかない。みなさん、たくましくて前向きで話し上手で、同じクラスになれたことがうれしくなる人たち。穏やかな笑みをたたえて耳を傾けていた園長先生は、「お母さんたちが一人一人愛情と熱意を持って子どもと向き合っているのがよくわかり、うれしかったです」。

会が終わると、いつものお迎えの時間。わが娘たまは、だいたいクラスで一番最後まで残っているのだけれど、他の子どもたちは普段より遅いお迎えに不安になったりおなかが空いたりで、教室は大泣き大会。ひときわ大きな声で泣いている男の子は、「ついさっき、たまちゃんがガブッしちゃったんです」と保育士さん。たまがときどきクラスのお友だちを噛んでしまうことを聞いたのは9月のこと。思うように意思を伝えられないもどかしさが噛むという行為に走らせるといい、1歳から2歳ぐらいの子どもにはよくあることらしい。もう治ったのかどうか気になっていたのだが、「しばらくなかったんですけど、この時間にこんなにお友だちがいるのはいつもと違うから、落ち着かなかったのかもしれません」と保育士さん。お母さんには平謝り、たまも叱られていることはわかったようで神妙に頭を下げた。「気にしないでください。お互いさまですから」と言っていただくが、男の子の肩には冷えピタが貼られていて、相当強く噛んだよう。自己主張が強いのは、わたしに似てしまったんだろうなあ。

今夜の子守話は、お互いさまの歯ブラシの話。
子守話А峪ブラシとスプーン」

たまちゃんの歯をせっせとみがいていたら
歯ブラシさんは おなかがぺっこぺこ。
「歯みがきは ぜんしんうんどうですからねえ。ごくろうさまです」
とスプーンさんが ごはんを食べさせてあげました。

歯ブラシさんとスプーンさんは おなじせたけで おなじ色。
スプーンさんには 先っぽに毛がないので ゴシゴシできません。
歯ブラシさんには 先っぽにお皿がないので ごはんをすくえません。
スプーンさんにはスプーンさんの 歯ブラシさんには歯ブラシさんの
とくいなこととにがてなことがあるのです。

スプーンさんのおかげで 歯ブラシさんはおなかいっぱいになりました。
「おやおやスプーンさん、ごはんつぶがついていますよ」
歯ブラシさんはスプーンさんをゴシゴシみがいて きれいにしてあげました。
ありがとう歯ブラシさん。
こちらこそスプーンさん。
こまったときはおたがいさま。またあそびましょう。

2007年02月13日(火)  マタニティオレンジ77 一年先を想像する 一年前を振り返る 
2004年02月13日(金)  ウィーリー・ウォンカのチョコレート工場
2002年02月13日(水)  ゆうばり国際ファンタスティック映画祭 1日目


2008年02月12日(火)  マタニティオレンジ235 好きなものがいっぱい

娘のたまを寝かしつけるときに、いろんな話をする。たまはちゃんとわたしの目を見て、おとなしく聞いている。何のことを話しているのか、だいぶわかっている様子。「ママのこと好きな人?」と聞くと、「アイ」と返事をして手を挙げたので、順番にパパ、じいじ、ばあば、大阪じいじ、大阪ばあば、保育園の先生……と名前を変えていったら、そのたびに「アイ」と手が挙がる。保育園、ぞうさん、うさぎさん、わんわん、にゃんにゃん、お星さま、ブロッコリーちゃん、ベーグルちゃん、ごはん、パン……そのうち、こちらが聞く前に、「アイ」とフライング。「たま、まだ聞いてないよ」とからかうと、キャキャッとくすぐったそうに笑った。

好きなものが数えきれないほどあって、たまは幸せだねえ、と話しかけて、わたしも幸せな気持ちになった。高校生の頃、「あんたは何見ても好きって言うから、あてにならんわ」と友だちにあきれられたし、今でも「好き」の風呂敷をかなり大きく広げているけれど、娘にも、嫌いなものより好きなものを数える人生を送ってほしいと思う。今日の子守話は、母娘ともに大好きなベーグルが主役。トースターではなくレンジで1分弱チンすると、焼きたてみたいにもちもちになることを最近発見。たまはまだ発音できないので、両手の親指と人差し指をそれぞれ合わせて丸をつくるのが、ベーグルのサイン。

子守話6「ベーグルわ・わ・わ」

テーブルの上に わっかがひとつ
なんだろなんだろ

ゆびわにしては 大きいし
うきわにしては 小さいし
なげわにしては 穴が小さいし
てんしのわにしては ぶあついし

くんくんとはなをちかづけてみると いいにおい
どうやら これは たべるもの
「それはベーグルよ」とお母さん
そのわっかには とてもおにあいの いい名前
ベーとのばして グルッとまるめて
ベーグルひとつ できあがり

大きな口をあけて いただきます
外はこんがり 中はもちもち ふしぎなパン
ゆびわも うきわも なげわも てんしのわも すてきだけど
おいしくて おなかいっぱいになる ベーグルが 
わっかの中で いちばん すき

2007年02月12日(月)  MCR LABO #1「運命」@shinjukumura LIVE
2006年02月12日(日)  『子ぎつねヘレン』完成披露試写
2005年02月12日(土)  浸った者勝ち映画『ネバーランド』
2004年02月12日(木)  本のお値段
2003年02月12日(水)  ミヤケマイ個展 MAI MIYAKE EXHIBITION2003


2008年02月11日(月)  100人抜きの皇居外周ジョギング

東京マラソン10キロの部に補欠で当選したももの仕事に追われているうちに年が明け、一月が終わり、気がつくと大会二週間前。「さすがにぶっつけ本番はまずいと思うんで、週末に練習します」と整骨院で話したら、「一週間前に練習をやめるというのは聞きますが、はじめるというのは初耳です」と院長に突っ込まれた。

皇居のお堀のまわりを一周すると約5キロなのだという。信号待ちもなく、坂の勾配もなだらかなので、ランナーたちにとってはかっこうの練習場らしい。どこから集まってくるのか、マラソン大会当日のようなにぎわいで、駅伝大会も行われていると見えて襷をかけた走者に声援が飛んでいる。皆さん、いでたちも玄人っぽく、ぴたぴたタイツを標準装備。若い女性はおしりかくしのミニスカートを重ねていたりする。先日、ヴィクトリアへ行き、ジョギングウェアの充実に驚いていたら、「汗冷え防止」シャツなるものを見つけて、「そうか、汗冷えというものが起こるのか」と気づいて思わず購入したが、レオタードのような体にぴたっと張りつく布地であたたかく、たしかに汗をどんどん放散してくれている気がする。というより、汗をかくほど走っていないのだった。

なにせまとまった運動といえば出産以来。「立ち止まらない」を目標に体力温存モードで走っていたら、歩いているのと変わらない超スローペースになった。結果、気持ちいいほど次々と追い抜かされることになった。驚くのは中高年ランナーの元気の良さ。髪の白いおじさま、おばさまが力強く地面を蹴って駆け去っていく。髪がすっかりないおじさまの飛ぶような走りっぷりを見送りながら、髪の分だけ足取りが軽やかになるのかしらんと思ってしまう。100人は下らないランナーに抜き去られ、37分かかった一周目、わたしが追い抜いたのは、小学一年生ぐらいの女の子と付き添いのお父さんだけだった。娘のたまが大きくなったら、こんな風に親子で話しながらジョギングする休日もいいなあ。

一周目を終えた時点で足がかなりガタガタになっていたものの、二周目に突入。10キロってどれぐらいの距離なのか、自分に走れるのか、知っておかなくてはならない。足に乳酸がたまっているのを感じるが、一周目でコースを覚えているので、この辺で半分ぐらい、あの坂を超えればゴールなどとイメージできて気持ちは楽。一周目よりは少しペースを上げて32分で回りきった。最遅ペースでも風を切る感覚はちゃんと味わえ、ノロノロながらも流れる風景は歩いて通り過ぎる風景とは違って見え、新鮮。走った後のポカリスエットも目を見張るほどおいしく、体と歓声を上げるよう。全身を襲う筋肉痛が数日で消え、来週のマラソンを終えても故障しなかったら、これを機会に「走る」を趣味のひとつに加えてみたくなった。

2007年02月11日(日)  切り抜く代わりに書き抜き新聞記事
2004年02月11日(水)  口福の餃子
2002年02月11日(月)  こどもの詩


2008年02月10日(日)  誕生日ケーキ三昧

誕生日が週末と重なった9日、家族でランチをと思い、数か月先まで予約でいっぱいのイタリアン、volo cosiに当日キャンセル狙いで電話してみるが、満席。近くにありながら遠い店だ。午後からは雪だというので、家でお昼を食べてケーキを買いに行くことに。近所のパティスリーシモンの小さなガトーショコラにプレートをプラス。一週間前のダンナの誕生日にも同じことをやったので、「いい年して」と店の人はあきれているかもしれない。ケーキを前に娘のたまと記念写真を撮るのが目的なのだが、椅子に座らせようとすると泣き叫び、暴れ回り、写真に写った顔はどれもひどい顔。パパの誕生日にはニコニコと愛嬌をふりまいてくせに。「これもいい思い出だよ」と言うダンナの声には優越感。

ご機嫌ななめのたまにガトーショコラのかけらをあげた途端、とろけるショコラにうっとり、たちまち虜になってしまった。涙目がキラリと光り、「次を寄こせ」と訴える。くせになってはいけないからとかけらをちょびちょびあげて、大人が急いで平らげたが、今度は、「その皿を寄こせ」と手を伸ばしてきた。魚の身がついた皿をなめつくす猫のごとく、アルミ皿にへばりついたチョコレートを夢中でなめる。その集中力のすごいこと。皿はみるみるピカピカにしてしまった。「わたしのチョコ好きが遺伝したのかな」「これは太るぞ」「虫歯も心配」と夫婦で話し、たまを押さえつけて歯磨き大会。上機嫌だったたまは、再び号泣。

今日こそ誕生日ランチをとvolo cosiに電話するが、昨日の雪で足元がぬかるんでいようと、やはり満席。少し散歩の距離をのばして、大好きなイタリアンのタンタローバに行こうかと思い、その近くにあるTipsy'sのチラシに「うっとりするほどおいしいシードルサービス券」がついていたのを思い出す。このお店はオープン当時に一度行ったのだけど、感激度ではタンタローバの圧勝で、なかなかそれっきりになっていた。子ども連れでいいですかと予約の電話で伝えると、感じのいいお返事。案内されたテーブルは、椅子がソファになっていて、たまを隣に座らせられて、助かる。お店の雰囲気も味も以前の印象よりずっと良くなっていた。パンとエゾ鹿のパテをモリモリ食べたたまは、デザートのフランボワーズのムースとアイスクリームも食べる気まんまん。お皿に溶けたアイスクリームに未練を示したので、しつこくスプーンですくってなめさせた。


天気がいいのでお茶の水まで出る。通りがかりに見つけたトラットリアのショーケースに並んだケーキがおいしいそうで、ダブルチーズケーキとチョコレートケーキをひとつずつ。自宅まで一時間かけて歩いて帰り、おなかをすかせてティータイム。どちらも濃厚で、小ぶりだけれどしっかりした食べ応えに満足。普段買うケーキはイモ・クリ派なのだけど、ショーケースのチョコレート色比率が増すバレンタインデー前のこの時期は、ショコラ系に手が伸びる。旬の魚と同じく、チョコレートのケーキも今が一番おいしい気がする。

2007年02月10日(土)  秘密のトンネル
2005年02月10日(木)  「香盤表」の由来
2002年02月10日(日)  ペンネーム


2008年02月09日(土)  プレタポルテ#2『ちいさき神の、つくりし子ら』

旗揚げ公演(>>>2006年08月04日(金) プレタポルテ#1『ドアをあけると……』)を観たときから2着目が楽しみだったプレタポルテの第2回公演『ちいさき神の、つくりし子ら』を六本木・俳優座劇場で観た。

原作はマーク・メドフの戯曲『Children of lesser god』。ろう学校に赴任した教師と学校で働くろう者の女性とのラブストーリー。演出の板垣恭一さんがずっとやりたいと願っていた作品だという。耳の不自由な人のために舞台の左右には字幕スクリーンが用意されている。

原作の戯曲の冒頭にある「ヒロインのサラは、ろうまたは難聴の俳優が演じることを強く希望する」という一文を尊重し、サラ役の津田絵理奈さんはオーディションで選ばれた。彼女の手話の豊かな表現力に、さすが自分の言葉にしていると感心したのだが、後で、プレタポルテのブログを読み、普段は手話を使っておらず、公演のために特訓した成果なのだと知った。

難聴の生徒オリンを演じた石曽根有也(らくだ工務店)は、演技とは思えない発声に驚いたが、お母さんが手話通訳者で、幼い頃からろう者と接してきたのだという。

別な公演でサラを演じたことのある大橋ひろえさんは、リーズに心を寄せる女生徒役。はじけるような明るさと茶目っ気は、テレビなどで紹介されているのを観て感じていたこの人自身のイメージと重なった。

サラの母親役の長野里美さんは、トレランスの公演でも感心したけれど、安定した存在感。校長役の樋渡真司さん、弁護士役の伴美奈子さんも達者。

サラと恋に落ちる教師リーズを演じた岡田達也さんは、台詞の大半が手話交じりの上、サラの手話を反復する形で訳すという重労働。通常の舞台の何倍ものエネルギーを使う役だったのではと想像する。サラとリーズのラブストーリーでありながら、わかりあえない二人がもどかしさや苛立ちをぶつけあう場面が圧倒的に多いのだが、真剣な喧嘩からは「好きだからこそわかってほしい、わかりたい」という思いがひしひしと伝わってきて、心を揺さぶられた。

好きな人には自分と同じ景色を見てほしい、見せてやりたいと願ってしまう。

リーズがサラに「音楽」を説明する場面が素敵だった。音楽は振動だけではない、音程という豊かなフレーズがあることをリーズは身振り手振りで表わそうとするが、「やっぱり無理だ」と諦める。そのとき、サラは「私には音楽はわからないけれど、あなたにとって音楽が大切なものだということはわかった」という趣旨のことを言う。

同じ景色を見ることはできなくても、相手がどんな気持ちでそれを眺めているかに思いを馳せることで、分かち合うことはできる。言葉を通じあわせることに不自由もストレスもない相手と気持ちがすれ違ってしまうのは、同じ景色を見ているつもりになって、別々のことを考えているせいかもしれない。

「違う者同士がわかりあうことの難しさと大切さ」というテーマは、ろう者と聴者だけでなく、男と女、大人と子ども、国や民族や人種の違いにも置き換えられる。

ちいさき神の、つくりし子ら
作者:マーク・メドフ
翻訳:平田綾子 板垣恭一
演出:板垣恭一
出演:岡田達也(演劇集団キャラメルボックス)
   津田絵理奈
   樋渡真司
   伴美奈子
   大橋ひろえ(SAP.AZN)
   石曽根有也(らくだ工務店)
   長野里美

ところで、原作の『Children of lesser god』のタイトルを聞いたのはアメリカ留学中の16歳のとき。市民講座で手話を習っていたのだが、ちょうど映画(『愛は静けさの中で』)版が公開されたときで、講師の先生が何度か話題にしていた。一度舞台を観てみたいと思っていたのが、20年以上経って、わたしの38歳の誕生日プレゼントとなって実現した。

その講座で習った手話の歌の中で、いちばん印象に残っているのが、ポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーがデュエットしていた「Ebony and Ivory」。

Ebony and ivory live together in perfect harmony. Side by side on my piano keyboard, oh lord, why don't we?……仲良く並んですばらしいハーモニーを奏でるピアノの黒鍵(Ebony)と白鍵(Ivory)のように有色人種と白色人種もなれないかと問いかける美しい歌詞は、手話で歌っても美しかった。さまざま人種の生徒が集っていたその教室で、いろんな肌の色の手がひとつの歌を熱唱する光景が、記憶の中で希望のように光っている。

2007年02月09日(金)  マタニティオレンジ76 母になってはじめての誕生日
2006年02月09日(木)  倉カルミネにて2006年の誕生日
2004年02月09日(月)  今年もハッピーバースデー
2003年02月09日(日)  何才になっても祝うのだ
2002年02月09日(土)  シモキタ(下北沢)


2008年02月08日(金)  整骨院のウキちゃん3 となりのトトロ編

「続編はないの?」と最近聞かれることが多い整骨院のウキちゃん。シリーズ化する予定はなかったのだけど、リクエストに応えて第三弾。「ウキちゃんの話、面白がってくれる人がいるから、またネタを仕入れたいんだけど」と言っても、ウキちゃん本人はあいかわらず「いやー、ないっすね、面白い話」と自覚がないので、もっぱら院長からの聞き書き。

「シャンプーは3押し、ボディソープは5押し」と体もやることもでかいウキちゃんだが、「妙に気が小さいとこもあるんですよね」と院長。似ていると言われている「となりのトトロ」を妙に意識していて、おもちゃ売り場でトトロがいたりすると、そわそわするらしい。「そしたら、こないだお昼食べてたら、隣のテーブルでトトロの話がはじまっちゃって」と院長は話しながら思い出し笑い。しかも、「トトロに似てるやつがいてさー」というどんぴしゃな話題だった。テーブルに一人中国の人がいて、「ソノ似テル人ハ男デスカ女デスカ」と質問すると、「女でトトロに似てるのはやばいでしょー」。ここで隣のテーブル、爆笑。「思わず、『となりのトトロ〜』って歌ってやろうかと思いましたよ。あ、『となりはトトロ〜』のほうがよかったか」と院長。

「ウキちゃん、小学五年まで、自分で靴下はけなかったんですよ」と院長。それまではお母さんにはかせてもらっていて、お母さんがいないときは、隣のおばちゃんに「はかせて」と持って行ったらしい。「ウキちゃんてお嬢だったの?」と聞くと、「甘えてんですよね。今も基本は変わってないんですけど」とウキちゃん。服もお母さんがコーディネイトしたものを素直に着て、自分で選ぼうとしたことはなかったという。「与えられたまま着る、囚人ですね。家では番号で呼ばれていたそうです」と院長が突っ込むと、「呼ばれてません!」と反論。

「でも、とんでもないとこ、抜けてたりするんで、びっくりしますよ」と院長。こってりラーメンをウキちゃんと二人で食べに行ったときのこと。汁の表面に浮いた背脂を見たウキちゃん、「院長、タピオカが浮いてるぅ〜」と半泣きになった(ウキちゃんは好き嫌いが激しく、タピオカも苦手)。「ラーメンにタピオカが入ってるかよって突っ込んだんですけどね。ウキちゃんが自分のどんぶりから僕んとこにどんどん移してくるんで、こっちはもうタピオカだらけですよ」と院長。顔をしかめてタピオカ入りのれんげを運ぶウキちゃんの姿が目に浮かぶ。「もうっ院長〜、なんで、あたしの話、いちいちばらすんですか」「ホウレンソウだよ」「なんで患者さんに? 報告する義務ないじゃないですかー!」

好き嫌いは激しいけれど、好きなものは底なしに食べるウキちゃんの最近の悩みは体重増加で、「回虫ダイエット」を真剣に検討中。ネットで調べたら、ちゃんとした(安全安心な?)回虫が5万円で入手できるという。
ウキちゃん「院長〜、買ってくださいよ」
院長「じゃあ、今度のボーナス、回虫払いで」
ウキちゃん「いいですねー」
院長「探しとくよ、その辺で」
ウキちゃん「いやですよー、天然ものは」
そんなやりとりが飛び交うと、並んだ施術台に突っ伏した患者さんから「くくく」と笑い声が漏れる。

2007年02月08日(木)  マタニティオレンジ75 授乳しながらランチ&シネマ
2006年02月08日(水)  クリピロ様セネガル行ってらっしゃい会
2005年02月08日(火)  映画『不良少年の夢』試写会
2004年02月08日(日)  FRIDAYの亀ちゃん
2002年02月08日(金)  フライングワイン


2008年02月07日(木)  映画『歓喜の歌』に感きわまる

今年最初に劇場で観る映画は昨年から観そびれている『続・三丁目の夕日』になるはずだったが、ロングラン上映館もずいぶん減って時間が合わず、『歓喜の歌』が急浮上。昨年観た『しゃべれどもしゃべれども』に続いてNHKの朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』にはまり、わたし史上最高の落語ブームが来ている。立川志の輔の新作落語が原作ということで注目していたら、月刊シナリオに脚本(松岡錠司監督・真辺克彦さんの共同執筆)が掲載されていて、読んでみたところ、これはスクリーンで観なくちゃとなったのだった。

スクリーンで観て大正解! 脚本はもちろん面白く読んだのだけど、出来上がった作品は脚本から想像する以上に面白く、監督の演出のうまさに唸った。音楽の入れ方、小道具の使い方、キャラクターの味つけ、どれもさじ加減が絶妙で心憎くて、うまいとしか言いようがない。ひさしぶりにスクリーンで見る安田成美さんが、今まで見た中でいちばんかわいい、と思ってしまったのだが、キャストが皆生き生きとチャーミングに映画の中で生きていて、それぞれにしっかり感情移入して観れる。小林薫さん演じる主人公のダメダメ小役人ですら「憎めない人」から「愛すべき人」になってしまうのだが、人間の滑稽さをあたたかく見守る視線に落語と通じるものを感じた。

人は皆、毎日振り回されるように生きている。年末ともなるとなおさらだが、この作品が切り取っている12月30日から大晦日の二日間に凝縮された登場人物たちからは、そのリアリティがしっかり感じられた。自分の人生で精一杯の人と人がにっちもさっちもいかない状況に追い込まれ、一つの目標に向かって動き出す。どこにでも転がっていそうな日常の些細な出来事が積み重なり、動きそうにない山を動かしてしまう。そこにはこじつけも無理もなく、気持よく話が転がるに任せていると、いつの間にか奇跡が起こっている。飛び道具を使わずにそれをやってのける物語の展開のうまさにくらくらするような興奮を覚えた。

何度も吹き出し、ところどころでくすくす笑い、ときには大笑いし、ほぼ全編にやにやして観ていたら、ラストで涙が頬を伝ってきて驚いた。さあ泣きなさいとお膳立てされると、これは泣きそうだと予感があって涙を待ち受けるのだが、笑いでネジをゆるめられたところに、本人も気づかないさりげなさで涙が押し出されてしまった。じんわりとあったかい涙を気持ちよく流しながら、ああ、いい映画だったと余韻に浸っていると、クレジットロールの合間にお茶目なエピローグがついている。そこでもまた小道具の使い方に感心させられたが、最後の最後まで観客を楽しませようというサービス精神に脱帽ブラボー、映画はこうでなくっちゃとうれしくなった。

いい映画を観ると、誰かにすすめたくてたまらなくなる。これは誰にすすめようかと思い、浮かんだのが落語好きな母の顔。「小林薫さんの演技好きやわ」とも言っていた。大阪の実家に電話をすると、「ちゃんとリストに入れてあるでえ」。そういえば、母は昔、小学校の音楽の先生だった。安田成美さん演じるママさんコーラスのリーダーも小学校の音楽の先生だったという設定。わたし以上に楽しめるかもしれない。わたしが子どもの頃、母はNHKのラジオでよく落語を聴いていた。噺は断片しか覚えていないが、今わたしが落語を面白がれるのは、ラジオを聴いて笑う母を見た記憶が、根っことなって残っているせいかもしれない。

2007年02月07日(水)  マタニティオレンジ74 子育て中の美容院とエステ
2004年02月07日(土)  二人芝居『動物園物語』


2008年02月06日(水)  『看護』4月号に「玉稿」掲載

日本看護協会出版会の雑誌編集部より寄稿依頼のメールが届いて、日本看護協会の機関誌『看護』を知った。広告会社勤務時代に業界の数だけ機関誌(紙)がある(『日本たばこ新聞』、月刊『砂と砂利』など)ことを学んだが、看護専門の機関誌が存在するのも当然である。届いた見本誌(1月号)を開いてみると、特集もコラムも広告も見事なまでに看護一色。看護というテーマでこれだけ書くことがあるのかと驚かされる。特集のひとつが「看護を社会に発信する」となっていて、「メディアを活用する」(テレビドラマ)という見出しがあり、テレビドラマの看護指導をされている方が「看護の心を伝えたい」と語っている。「現実とフィクションの狭間で……」「ドラマが生む効果」という小見出しからも想像をかきたてられる。放送文化基金のパーティーで知り合って以来親しくしている余語先生も医師の立場からいくつかのドラマをアドバイスされていたが、「フィクションであっても、心をもって誠実に」見せたいとおっしゃっていた。「ドラマの中の医療者」という連載もあり、一脚本家にとっても読みどころ満載である。

前置きが長くなったが、お願いされたのは、「今月のことば」という見開き2ページのコラム。見本誌では、あの『女性の品格』の著者で紅白の審査員もなさった坂東眞理子さんが執筆なさっていて、その3号後にわたくしめが同じ場所に登場させていただいてよろしいのでしょうかと恐縮する。声をかけてくださった編集部の男性は、池袋シネマ振興会のフリーペーパー『buku』に連載中のエッセイ「出張いまいまさこカフェ」で今井雅子を知ってくださったのだという。自分の書いたものの反響を聞くのはうれしいが、読んだ人から次の原稿を依頼されるのは、何よりのほめ言葉だ。

bukuのエッセイは約1,000字だが、今回の依頼はその2倍。1,000字だと勢いで書け、プロットのように1万字クラスだと思いつくまま書きちらせるのだけれど、原稿用紙5枚でまとめるというのは思った以上に大変だった。書いては寝かせて仕上げた原稿をメールで送ると、編集部氏より「玉稿、拝受しました」の返信。あたたかい雰囲気が伝わってきたとのことで、声をかけてくださった期待には応えられたようで安心する。

自分の原稿を「玉稿」と呼ばれたのは初めてで、「玉稿とは何と気持ちのいい言葉か」と舞い上がる。「玉のような赤ちゃん」と同じく「玉のようにすばらしい原稿」という意味だと合点したのだが、新明解国語辞典を引いてみると、「相手から受け取った原稿、の意の尊敬語」とあり、無知を思い知る。以前、とある有名な脚本家の原稿を「国宝です」と受け取るプロデューサーの噂を聞いた。「玉」で「宝」に一歩近づいた気になったのだが、それ以前の問題。「恵存」(保存してくだされば幸いです、の意。自分の書いた書籍などを贈るときに書き添える)も知らなかったし、尊敬したり謙遜したりの語彙が品薄だなあと反省。エッセイの仕事もふえてきたことだし、日本語を使いこなせるよう勉強しなくては。「玉稿(!)」は3月20日発売の4月号に掲載予定。

2007年02月06日(火)  マタニティオレンジ73 ひろくてやわらかい床を求めて
2004年02月06日(金)  ミニ同期会
2002年02月06日(水)  電車にピップエレキバン


2008年02月05日(火)  マタニティオレンジ234 牛乳を飲みたい

好きと嫌いがはっきりしてきて、イヤなことには首を振ってNOの意思表示をするようになった娘のたま。これまではお風呂の時間になると無抵抗だったのに、気分が乗らないうちは動こうとしない。「お風呂に入る時間はアタシが決めるのよ」とばかりに、時間が来ると突然すたすたと風呂場へ向かい、自分から服を脱ごうとする。だんだん「自分」が出てきて面白い。

今日、夕食が終わり、子ども用椅子から下ろすと(椅子も最近は大人用に乗りたがる。子ども用はきゅうくつらしい)、流しまで歩いて行って、背伸びをし、水きり網に洗って伏せてある哺乳瓶のフタ(小さなコップになっている)と牛乳パックに手を伸ばした。そして、左手に持ったコップに、右手に持った牛乳パックを傾け、注ぐ真似をした。「たま、牛乳を飲みたいの?」と聞くと、「ん」とうなずく。早速、右手の空パックを預かり、左手のコップに牛乳を注ぐと、右手を添えてごくごくと飲んだ。牛乳髭をつけたその顔のうれしそうなこと。ほしいものがちゃんと伝わって、手に入ったときの喜びが顔に出ている。外国で言葉が通じて食べ物にありつけたとき、大人だってうれしいもんね。

ビデオを観たいときにはテープを持って機械の前まで行く。おんぶしてほしいときはおんぶひもを、出かけたいときは上着や靴を持ってくる。眠くなったらごろんと横になって床をとんとんたたく。「〜したい」のボキャブラリーがふえると、親も子も楽になる。

2007年02月05日(月)  マタニティオレンジ72 出産ドキュメント
2002年02月05日(火)  3つの日記がつながった


2008年02月04日(月)  マタニティオレンジ233 子守話5「こんにちは さようなら 雪だるま」

道路に積もった雪は朝陽に溶けてしまったけれど、保育園の土の園庭は銀世界。その景色からヒントを得て、今夜の子守話ができた。

子守話5 こんにちは さようなら 雪だるま

雪がたくさんふってつもった つぎの朝 
たまちゃんは 雪だるまをつくりました。
おにぎりみたいに 雪をぎゅぎゅっとかためて まあるくして
大きいまると 小さいまるを ふたつかさねて
石ころの目と 木のえだの口をつけたら
「こんにちは たまちゃん!」
雪だるまが げんきよく はなしかけてきました。
「たまちゃん なにして あそぶ?」と雪だるま。
「雪だるまって みちばたで じっとしているものじゃないの?」
「そんなの つまんない」
たまちゃんは 雪だるまをベビーカーにのっけて 
ほいくえんまでお出かけしました。

ほいくえんのにわは 雪でまっ白。
にちよう日なので ほかには だれもいません。
たまちゃんは 雪だるまをだっこして すべりだいを すべりおりました。
雪だるまは すべりだいがきにいって「もういちど」とせがみます。
なんどもすべりおりているうちに お日さまがたかくのぼり
雪だるまがとけはじめました。
あせをかいたみたいに しずくがぽたぽた。
たまちゃんは すこし小さくなった雪だるまを
いそいでベビーカーにのっけて おうちにかえりました。
そして れいぞうこに ゆきだるまをしまいました。

つぎの日は げつよう日。
ほいくえんへいくたまちゃんが「いってきます」とれいぞうこをあけると
雪だるまも いっしょにいきたいと いいました。
たまちゃんは ほいくえんの日かげのかだんの雪の上に 
雪だるまを そっとおきました。
ここなら すずしいから とけるしんぱいはありません。
「あとで すべりだいで あそぼうね」
そういって たまちゃんは きょうしつにいきました。

たまちゃんが きょうしつであそんでいるあいだに
お日さまがたかくのぼって 日かげだったかだんが 日なたになりました。
ゆきだるまは 少しずつとけて小さくなり 
二だんがさねのアイスクリームぐらいの大きさになり
たまちゃんがむかえにくるまえに ぜんぶとけてしまいました。
水のしずくになったゆきだるまが 土の中にしみこんでいくと
チューリップのきゅうこんが ねむっていました。
はるになったら みどりのめをだして 白い花がさくでしょう。
ふったばかりの雪みたいに まっ白なチューリップの花がさいたら 
たまちゃんは 雪だるまのことをおもいだすかもしれません。

2007年02月04日(日)  マタニティオレンジ71 「鼻からスイカ」伝説
2002年02月04日(月)  福は内


2008年02月03日(日)  雪の日の恵方巻

目が覚めると、窓の外は冷たそうなみぞれまじりの雪。うっすらと積もった道路は雪にアスファルトが透けて灰色になっている。娘のたまは外を指差し、「雪しゅらしゅら(しっくり来る擬態語を探して、この言葉に落ち着いた)」と話しかけながら両手をひらひらさせながら上から下へ動かすと、すぐさま真似をした。「星きらきら」の応用で、あっさり習得。

たまは外へ出たかるけれど、鼻水がひどいし、これで雪の中に出したら一気に風邪を引いてしまいそうなので、窓越しの雪見で我慢。雪が小止みになった夕方、わたし一人で恵方巻を買いに出かける。近所にある大阪鮨の店でハーフを二本。大阪の実家では果敢にも一本を丸かぶりしていたが、ハーフのほうがたしかに手に負える。大阪出身の大将が「切ったりしちゃあ福が逃げる」と得意げに話していたが、一本を半分に切るのは許容範囲か。

コンビニのがんばりで、関東でもすっかり定着した恵方巻。4年前の節分に切った巻き寿司を持って帰った東京人のダンナも、今年は自分から「恵方巻」と言い出した。だが、今年の恵方、南南東を向いて願掛け態勢に入ったわたしの背後で、「これ、どっちから食べるのかな。太いほうからかな」と遠慮なく話しかけてくるところが素人。無言で食べきらないと、ご利益がないのに。「恵方巻に太いほうも細いほうもないよ! ハーフに切るときに包丁の圧力で片方がつぶされただけだよ!」と心の中で叫びながらかぶついていると、「どっちから食べた? ねえ?」。まったく、気が散ってしょうがない。わたしの膝に抱かれたたまは、空気を読んで、神妙な顔つきで恵方巻きに手を添えていた。来年は一緒に丸かぶりできるかな。

2007年02月03日(土)  映画『それでもボクはやってない』と監督インタビュー
2004年02月03日(火)  東北東に向かって食らえ!
2003年02月03日(月)  納豆汁・檜風呂・山葡萄ジュース・きりたんぽ
2002年02月03日(日)  教科書


2008年02月02日(土)  マタニティオレンジ232 ごちそうを人一倍楽しむ方法

昨日の夜、ひさしぶりに外で食事をして、お酒を飲んだ。去年の春から夏にかけて仕事をしたプロデューサー嬢と「一度食事を」と約束していたのが、半年経って実現。わたしを彼女につないでくれたプロデューサー氏もまじえて三人で飲むことになった。

案内されたのは、麻布十番の『』という「うまい魚と野菜で呑める日本料理屋」(リーフレットのコピーより)。間接照明の下で食事をするなんて、いつぶりだろう。外で飲む機会は会社勤めの頃はしょちゅうあったし、フリーになってからもちょくちょくあったけれど、娘が生まれてからはめったにない。メニューを開いてお酒を選ぶことがとても新鮮だったりする。にごり桃酒とにごり柚子酒ですっかりいい気分になり、調子に乗って白ワインも頼んだら、酔っ払いの出来上がり。弱くなったと言おうか、燃費が良くなったと言おうか。

お酒だけじゃなくて、食べ物もしみるようにおいしい。温泉卵のようなとろとろの胡麻豆腐からはじまる和食のコースは上品な関西風の味付けで、来る皿来る皿わたし好み。デザートのフルーツゼリーまで途切れることなく幸せに包まれる。器も盛り付けも運ばれてくるたびにほうと眺めてしまうほど素敵。刺身皿をほんのり照らすのは、薄くむいた大根のスクリーン越しに揺れるキャンドルの炎だったりする。ああ、お皿がいっぱい、それだけでもうれしい。いたずら盛りの一歳児と二人きりの夕食では、おかずもご飯も野菜もいっしょくたにミルフィーユ状に盛った丼に娘の残飯までのっけてかき込んでいる。娘が振り回すスプーンから飛んでくる飯粒を顔で受け、娘が落としたスプーンを拾い(拾うまで「あーあ」とため息を繰り返される)、味わうどころではない。ゆっくりと舌で味を受け止め(普段は特急で通過するところを各駅停車)、とろけて骨抜きになりながら、「味わうとは、舌の滞在時間のこと」というご近所仲間のK夫人の名言を思い出した。

同席したプロデューサー二人も「おいしい」と繰り返していたので、もともとおいしい店なのだろうけれど、わたしが人一倍おいしく味わい、楽しんだ自信はある。ほろ酔いだからできる噂話、ここだけの話もおいしい。わたしの場合、昼は一人で、夜は娘と二人でということが多いので、会話の楽しみという非日常がトッピングされるだけで、ごちそう気分を味わえる。会社を辞めたことと子どもが生まれたことで失ったものをひとつ惜しむとしたら「会食」となるが、Hunger is the best appetizer(空腹は最高の前菜)。飲み会がお祭りになるなら、イベントに飢えるのも悪いことじゃない気がする。

2007年02月02日(金)  マタニティオレンジ70 子連れで江戸東京博物館
2005年02月02日(水)  しましま映画『レーシング・ストライプス』
2003年02月02日(日)  十文字西中学校映画祭
2002年02月02日(土)  歩くとわかること


2008年02月01日(金)  マタニティオレンジ231 たま、ネスカフェの景品に!

昨年暮れのある日、無性に絵が描きたくなった。娘のたまを写真じゃなくて絵で描きとめようと思い立ち、しまってあった画材道具を引っぱり出したところに「絵を描きませんか」と電話が入った。ネスカフェのキャンペーンで、50人のクリエイターがデザインしたマグカップとエコバッグをプレゼントする、そのクリエイターの一人として参加しませんかという。

コピーライター時代に、コンチネンタルミクロネシア航空の広告で理想の旅を募ったときに「応募例」としてイラストを描いたことはあったけれど、「文章を書く」のではなく「絵を描く」仕事が舞い込むなんて、願ってもないこと。「やります!」と飛びついた。

たまをモデルに描くとして、コーヒー気分をどう表現しようかと思案する。ドリンクはもっぱら母乳の乳飲み子とコーヒーをどうやってつなげよう、と考えて、はたと思い出したのが、「お菓子の家」。

たまの11/12才の誕生日に友人のミキさん夫妻が作ってくれたクッキーハウス、あの家にたまがお邪魔するというストーリーはどうだろう。ミキさん夫妻は余った生地で「クッキー人形」も焼いてくれたのだが、その人形をぬいぐるみみたいにたまが小脇に抱えてトコトコ歩いてくる、その後ろにはクッキーがポタポタ落っこちて……という絵が浮かんだ。

そうだ、バッグでは「クッキーを運んでくる」ように見えて、マグカップでは「クッキーを持ち出している」ように見えるように、家とたまの配置を変えてみよう……と下描きをしているうちにアイデアはふくらんで、ひさしぶりに描く絵の線もなめらかになっていった。

背景は、今井雅子のラッキーカラー、イエロー×オレンジ。線画のラインはあたたかみのあるこげ茶色に。できあがったデザインを「どう?」とたまに見せたら、「おーおー」と指差して興奮。色校正のバッグ(布地に印刷した状態のもの)が届いたときも、手に取ってしげしげと眺めていた。自分が描かれているとわかるのか、お菓子の家がおいしそうで喜んでいるのか。わたしもうれしくて、何度も取り出しては飽きずに眺めている。

たまが生まれていなかったら、お菓子の家を贈られることもなかっただろうし、そこに今回の仕事という偶然が重ならなければ、この絵は生まれなかった。縁だなあ、とめぐりあわせの不思議と幸せを感じる。このバッグとカップを手にした人にも、いいことが起こりそうな予感。

「ネスカフェ これでもか コレクション」キャンペーン(通称「これコレ」キャンペーン)は本日から4月25日(金)まで。ポイントマークが付いている「ネスカフェ」および「ネスレ」製品のポイント30点を1口として、どしどしご応募を。1デザインにつき2000名様にプレゼントの太っ腹企画なので、当選確率は高そう。くわしくはキャンペーンサイトにて。今井雅子ページへのコメントも歓迎です。(※キャンペーンサイトは閉鎖しています。2009年7月29日今井記)

2007年02月01日(木)  マタニティオレンジ69 女性は子どもを産むキカイ?
2004年02月01日(日)  東海テレビ『とうちゃんはエジソン』
2002年02月01日(金)  「なつかしの20世紀」タイムスリップグリコ

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