2007年02月28日(水)  推定年齢

年齢を聞くのは難しい。いきなり聞くのはぶしつけだし、年齢を聞きあえる仲になるまでの間は、見た目や話しぶりからはじき出した推定年齢を念頭に置いて会話を進めることになる。子どもが同い年だから自分たちまで同級生のような錯覚をおこしてしまうけれど、ママ仲間の年齢層は20代から(下手したら10代もいるだろうけどまだ出会っていない)40代までと幅広い。対象年齢20代の服を愛用するわたしは、ちゃんと年齢相応に見えるらしく、「同じぐらいじゃない?」と同世代のにおいを嗅ぎつけた人が声をかけてくれる。これが誤差二才の範囲内で当たる。小学校時代にゲームウォッチやルービックキューブやリリアンが流行って、幼稚園から小学校低学年にかけてピンクレディーを夢中で真似し、小学校高学年の頃に明星や平凡を広げて「たのきんトリオで誰が好き?」と言いあってた世代だ。

「いくつ?」と聞かれて「6です」と一の位だけ答えられたりすると困る。36にしては若く見えるけど、26にしてはお疲れ気味。どっちだろう。咄嗟の反応に困る。そんなときは、こちらの年齢を告げて反応を見たり、さらなる会話の中に推理の手がかりを求めたりする。子ども同士が指をくっつけあうのを見て、「E.T.みたい」と喜ぶママは30代以上。公開は1982年。6才で観るとしても1976年に生まれていなくてはならない。

同世代だと思っていた人が20代だったり、30手前だと思っていた人が30代後半だったり、推定年齢と実際の年齢がかけ離れていることもある。でも、一度年齢を知ると、その年に見えてしまうから不思議だ。アメリカ留学時代、拙い英語でsixteenと年齢を告げたら、アンビリーバボーという顔をされ、「そんな年に見えない。すっごく若く見える」と驚かれた。どうやら相手にはsixtyと聞こえたらしい。46才の逆サバ。そりゃ驚く。sixteenは若さを協調してteenにアクセントがあるけれど、sixtyになるとアクセントも前のめりになる。

誰もが持っているものだから、年齢に関する笑い話はよくある。昔、女友達が初対面でけっこう彼女好みの男に「わたし、27なのよねえ」と切り出したら、相手は何を思ったか足のサイズと勘違いして「靴探すの大変じゃない?」という話になり、そこから延々と大きなサイズの靴を探す苦労話をしてしまったという。「わたしの足はそんなに大きくない」と彼女は憤慨していたけれど、怒るポイントはそこではない。年の数が足のサイズに化けるのも悲しいけれど、わたしの場合は、年齢が年代に化けた。ラジオドラマ『夢の波間』の収録後の飲み会で上杉祥三さんに年齢を聞かれて「33です」と答えたら、「昭和?」と予期せぬ反応。昭和33年生まれってことは、45才。12才も年食って見えるのか!とショックを受けた。「いやぁ、その若さであんなにええ本は書けんやろ?」という慰めは脚本家としては喜ぶべき褒め言葉なのだろうけれど、女性というもの、若く見られることにこだわる。この実年齢と生年の誤差」も年を重ねるごとに縮まり、8年後にはゼロになって「45才」と「昭和45年生まれ」が共存することになる。それ以降は、「昭和?」がお世辞になるのだな。楽しみだ。

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