2013年04月27日(土)  【たま語】「あほがみるぶたのけつ」はさむらいのうたなんだよ

今朝のこと。たまが「あほがみーるー ぶたのけーつー」と高らかに歌ってわたしを起こし、「これって、さむらいのうたなんだよ」。

なぬ? そんな新事実が?

「あのね、ぶたをみたいっておもって、さむらいがたびをするの。でも、なかなかあえないの。あるひ、うしろがさわがしいなとおもってふりむいたら、ぶたがたくさんいたの」

「後ろが騒がしいと思って」のくだり、臨場感はあるけど、いつの間にか後ろに来ていて振り返ったら、豚のケツじゃなくて、頭を見ることになるのでは?

「ううん、ぶたたちは、ぶたのすきなおみせをみてたの」
どうやら通りの両側に店が建ち並んでおり。侍が見ていた店と向かいの店を豚たちが冷やかしていて背中合わせになった、ということらしい。

で、その豚が好きなお店は?
「とんかつや」
なんとまあ。

しかし、これだと「あほが見る豚のケツ」ではなく「侍が見る豚のケツ」では?
「あのね、このさむらいはね、さむらいになったらぶたにあえるかなっておもって、さむらいになったの」

それは、あほかも。

大阪の子どもなら誰でも口ずさんだことのある、「あほが見る豚のケツ」。東京の子にまで蔓延して、番外編が生まれるとは。

嘉門達夫が同名のシングルを出す前から大阪の子どもらはあの節回しで歌っていた記憶があるが、そもそも誰が、いつ歌いだしたのか。Facebookでは「仰ぎ見る富士の高嶺」をもじったという説が寄せられた。

2010年04月27日(火)  咲いた咲いた手描きのチューリップ
2009年04月27日(月)  脚本のネタにもならない話
2008年04月27日(日)  シナトレ9 ストーリーを面白く(おいしく!)する5つのコツ
2007年04月27日(金)  マタニティオレンジ111 「祝・出産 祈・安産」の会
2004年04月27日(火)  二級建築士マツエ
2002年04月27日(土)  映画デビュー!「パコダテ人」東京公開初日


2013年04月26日(金)  あたふたPTA一年生

久々に連ドラが入っていない春。PTA役員をやるなら今だ、と「広報」に立候補した。

PTA広報誌を年に2回発行するのが、広報の仕事。学校で行われる行事に出かけては、写真を撮り、取材する。右も左もわからない一年生の親にとっては、学校見学も兼ねられて、ありがたい。

今日は歓送迎会。他校へ移られた先生方を労い、新任の先生方を迎える。立食で、ちょこちょことしたつまみが出て、ノンアルコールで先生方と保護者が歓談する。保育園にはなかった風景。

先生方の紹介ページに載せる顔写真を撮る!のが今日の広報の使命。どなたが先生なのかもわからず、辞められた先生に「お写真を撮らせてください」と言ってしまう。たまの担任の先生にお願いして他の先生にも声をかけていただいたら、今度はお待たせしてしまい、すみませんを連発することになった。

保育園よりもカッチリとしたPTA特有の流儀のようなものがあり、慣れないと、あたふたしてしまう。

校長先生と副校長先生に声をかけるのは最後にする、ぐらいの空気は読めた。だけど、会が終わると、撮影を済ませずに校長先生が立ち去ろうとされたので、あわてて追いかけ「写真撮影を」と声をかけると、「戻ります」と校長先生。

辞められた先生お二人を見送ろうとされているところだと気づいて、ああ、しまったと反省。他の用を持ち出すことで、見送られる先生方にも気を遣わせてしまった。「戻ってらっしゃいますか」とだけ確認すれば良かったのだ。

失敗は成長の糧。恥かいて、汗かいて、まだまだ足りない慎み深さや洗練された身のこなしを学んでいきましょう。

2010年04月26日(月)  大手町と青山界隈を歩いて歩いて16325歩
2009年04月26日(日)  宮崎メロンと朝ドラ「つばさ」
2008年04月26日(土)  マタニティオレンジ275「これ、なぁに?」
2007年04月26日(木)  マタニティオレンジ110 保育園のPTAはイベント盛りだくさん
2002年04月26日(金)  『アクアリウムの夜』番外編:停電ホラー


2013年04月25日(木)  言葉の足し算ごっこ

昨夜思いついた遊び。言葉の足し算ごっこ。

ハム+卵=
雨+靴=
雪+家=
1年生+2年生+3年生+4年生+5年生+6年生=
月曜日+火曜日+水曜日+木曜日+金曜日+土曜日+日曜日=
風邪引き+鼻=
風邪引き+のど=
五+七+五=
お刺身+ごはん=
おしり+音=
寝る+ドラマ=
小学生+かばん=
黒+白=
ハンドル+ペダル+サドル+車輪=
たま+大阪弁=

答えは「ハムエッグ」「長靴」「かまくら」「小学生」「一週間」「くしゃみ」「咳」「俳句」「寿司」「おなら」「夢」「ランドセル」「オセロ」「自転車」「たまやん」

黒+白は「オセロ」の他にも「ピアノ」や「しまうま」や「パンダ」や「灰色」も。

「じてんしゃは、『ねじ』もたさないとね」と、たま。

たまからの出題は「はだいろ+くろ+あかは?」。
答えは「かお」だそう。
「顔=目+鼻+口+眉毛+おでこ+ほっぺた」とも言うね、と言ったら、「『えくぼ』もたさないとね」。

たまの小学校での学習内容を聞いていると「ごくごとさんすうはとてもなかよし」ということを感じる。さんすうでは「なかまづくり」というのをやっていて、同じ動物をえんぴつで囲んで数を数えたりしている様子。

数を理解するには言葉が必要で、言葉が豊かになれば数の表現も豊かになるし、その逆のことも言えそう。

2011年04月25日(月)  アフロ×てっぱん!ツブヤ大学RaKuGo講座に出演
2010年04月25日(日)  #3good 今日あった3つの良かった出来事
2009年04月25日(土)  小津安二郎と今井雅子が並ぶの図
2008年04月25日(金)  マタニティオレンジ274 予算の使い道は未来の使い道
2007年04月25日(水)  教え子四人とシナリオ合評会
2005年04月25日(月)  美保子さんちで桃を愛でる会
2003年04月25日(金)  魔女田本「私、映画のために1億5千万円集めました」完成!
2002年04月25日(木)  田村あゆちの「ニュースカフェ」に演


2013年04月24日(水)  語学力はコミュニケーション力

中国語の先生に「わたしのまわりで転職がうまくいってるのは、いい大学出た人より、語学ができる人なんですよね」と話したところ、「まあ、語学はコミュニケーション力ですからね」と言われた。

先生は当たり前のことをさらっと口にした感じだったけれど、なるほど、そうですよねと唸った。

言葉は道具。使いこなせなければ意味がない。どんなに発音が良くても、どんなに単語を知っていても、それだけでは宝の持ちぐされ。ましてや、
英語ができる、中国語ができる、という「箔」をつけることが、語学を学ぶ目的ではない。

外国語を通して、その言葉で営まれる生活や、その言葉が育んできた文化を知る。語学というのは、教養の根っこをふやす営みなのだろう。光るものは結果より、学ぶ過程の寄り道や回り道にある。

学校を出てしまうと、知的好奇心と行動力の合わせワザがなくては、外国語を学ぶチャンスをなかなかモノにできない。外国語そのものをモノにできるかどうかは、さらなる本人の努力が必要ではあるけれど、受験も就職も関係なくなってから外国語に手を出すような人は、語学以外のことにも触手をのばしている。

そういう人たちは、一緒にいて楽しい。と、同じテーブルを囲む中国語仲間を見渡して、あらためて思ったのだった。

2011年04月24日(日)  トイレに絵を描いてみた
2010年04月24日(土)  タマオッサンとタカオッサン(高尾山)へ
2009年04月24日(金)  自宅で穫れたてしいたけ!
2008年04月24日(木)  マタニティオレンジ273 アルバム絵本『かまくらへいきました』
2007年04月24日(火)  4000人と出会った男、大阪へ。
2002年04月24日(水)  天才息子・西尾真人(にしお・なおと)


2013年04月23日(火)  ふくしまのカケラをひっかけて、Fuku iro Pierce。

facebookで矢野 きくのさんに教えていただいた「ふくいろピアス」。「どうぶつのいろ」と「ひとのいろ」が到着。



もっと光を!もっといいレンズを!な写真写りだけど、ガラスに会津木綿を閉じ込めて、こんなにきれい!な色は、fukuiro.comをどうぞ。

「ふくしまの伝統に、女子の「かわいい!」をプラスして、素敵なものをつくりだそう」という「ふくしまピースプロジェクト」の第一弾で生まれた、ふくいろピアス。ピース=peace(平和)かと思ったらpieceで、「私たちの商品は、愛のこもったふくしまのカケラ」とのこと。「この小さなカケラたちが、いつでもあなたとふくしまを結んでくれますように」と、しおりの言葉は結ばれている。

ピアス(pierce)の中にはpieceがかくれんぼ。
ふくしまのカケラをひっかけて、Fuku iro Pierce。

いざ復興支援!と肩に力を入れて構えるのではなく、こんな小さなカケラから始まる「ねえ、これかわいいでしょ。ふくしまの、なの」というおしゃべりで、ふくしまとつながることもできるのですね。

このプロジェクトを思いついて行動した日塔マキさん(>>>こちらに詳しい経緯が)にも、支援して実現につなげた137人の方々にも想いを馳せて、きらきら、ふくいろピアス。

2010年04月23日(金)  半日オフラインで焦りつつ仕事ははかどる
2009年04月23日(木)  不二家のショートケーキと不二子のごそっとコピー
2008年04月23日(水)  マタニティオレンジ272 二語でおしゃべり、たま1歳8か月
2007年04月23日(月)  はちみつ・亜紀ちゃんのお菓子教室でお買い物
2005年04月23日(土)  根津神社のつつじまつり
2004年04月23日(金)  くりぃむしちゅー初主演作『パローレ』(前田哲監督)
2002年04月23日(火)  プラネット・ハリウッド


2013年04月21日(日)  堺市立「泉ヶ丘図書館」あらため「南図書館」講演

実家のある大阪府堺市高倉台の最寄り駅、泉北高速鉃道の「泉ヶ丘」駅前に、その市立図書館はある。「泉ヶ丘図書館」から名前を変えて、今は「南図書館」。

そこでの思い出は、妹の友だちに誘われて行った、演劇の出演者を募る説明会。作品に込める想いを演出の方が熱く話されたのだけど、集まった十名足らずの温度は低く、揚げ足を取るような質問が相次いだ。「せっかく張り切って説明会を開いてくれたのに、気の毒」と思いつつも、わたしはその冷えた空気をどうすることもできなかった。

わたしは応募しなかったし、妹も、誘ってくれた妹の友だちも応募しなかった。オーディションをやると言っていたが、選べるほどの応募が集まったのか、無事上演できたのか、わからない。正義感は強いけれど人前で発言する勇気はなく、気持ちと行動が噛み合わずに空回りしていた十代前半のわたしを覚えている。

あれから三十年ほど経って、同じ図書館のホールで、講演させてもらえることになった。同郷・泉北ニュータウン出身の西川俊充さんの絵本レーベル「エンブックス」で作った『わにのだんす』を売り込みたくて、堺親善大使の縁で堺市の広報課に「講演させてもらえませんか」と相談したところ、図書館につないでいただき、「子どもの読書週間記念講演」が実現したのだった。


十人足らずの前で何も言えなかったわたしが、二百名近い人の前で、しゃべる。前日の堺・教師ゆめ塾講演での質問で、「どうしてそんなにしゃべるのが好きなのか」と聞かれ、「好きなことは、いくらでもしゃべれる」と答えたが、予定していた1時間半を過ぎ、質疑応答を終えると2時間を過ぎ、交流サイン会で並んでくださった一人一人と言葉を交わしていたら、2時間半を過ぎた。

『パコダテ人』も『子ぎつねヘレン』も『てっぱん』(BSプレミアムで夜19時から再放送中!)も、それぞれで講演一本できるほど、しゃべりたいことがあるから、いくら時間があっても足りない。

お膝元の母校・三原台中学校でやった「中学生のドラマ脚本会議」での「大人組」「1年5組」「1年3組」の三者三様のドラマ版『魔女のパン』は、合計3時間分の授業を10分に凝縮して披露。
大人組は新キャラひろこの登場で、失恋の痛さが倍増。1年5組は小道具のりんごを巧みに使ってハッピーエンドに。1年3組は片想い・建築家という縛りをあっさり取っ払って若さ爆発の恋バナに。ひとつの正解へ向かうのではなく、みんな違って面白いのが、脚本作りの醍醐味。


子どもは、なんで?とそんで?の天才。「なんで?」と聞かれて「なんでも」で片づけると、せっかくの石ころを磨くチャンスをムダにしてしまう。「なんでやろ」と一緒に考え、「おもろい」「そんで?」と子どもの言葉を拾ってつなげていけば、石ころは転がり、磨かれる。そのようにして、わが娘・たまのネタの思いつきが「おじゃる丸」のエピソードに化けるまでの裏話も披露した。

ツイッターでつぶやいている「たま語」 @tamago_bot822 のことも紹介。


子育ての何気ない一瞬、ドキッとする一言、笑ってもらうしかないトホホ話、それらをどこかの誰かと共有することで、どれだけ子育てがラクに、楽しくなったことか。

また、「ぼうのついたくつ」(=ハイヒール)「むかしやさん」(=骨董屋)など、持てる語彙で何かを伝えようとする姿に、自分もこんな風に世界に名前をつけていったのだなと追体験できた。

生まれてから出会った人や出来事すべてがわたしの日本語の先生だったのだと感謝の気持ちを抱き、たま語は「娘のたまの言葉」にはとどまらない「言葉の卵」なのだと思い至った……という話をした。

もちろん、絵本『わにのだんす』の売り込みも忘れずに。

この絵本を出版したエンブックスの「子ども編集部員」に下書きを見せたところ「お金が目立ち過ぎ」という意見が上がった。削るのは簡単だけど、一見ダメ出しに見える意見が、石ころを光らせてくれることもある。

「なんでお金が目立つと思われたのか?」と検証することによって「それはお金がじゃらじゃら出てくる絵本が少ないからでは?」「だったら、お金が目立つのは『わにのだんす』の個性では?」と思い至り、「もっと目立たせよう!」となった結果、「何のために稼ぐのか」というテーマが際立った。

そんな創作秘話を通して、「なんで?」と「そんで?」の連想ゲームで「削るのではなく彫刻」することで作品を豊かに膨らませられる、と訴えた。

うれしかったのは、堺市で昭和62年から活動を続ける人形劇団シャボン玉の皆さんが、前の晩に完成したばかりという「だんすわに」の人形を携えて駆けつけてくださったこと。

団員の丸山芳美さんは、昨年の母校・三国丘高校の同窓会講演によんでくださった方。『わにのだんす』を人形劇にしたい!と講演のときから言ってくださっていたのだけど、それがいよいよ動き出した模様。

一攫千金をもくろむ目つきが、なんともだんすわにっぽい!「目の下にオレンジ色をさしたら、ぐっと似ました」とのこと。きらきら光るシルクハットもできていた。きらきら光るせびろは、これから。完成して上演されたら、いっしょに踊りたい。

「なんで?」と「そんで?」で石ころを磨いて光らせる連想ゲームは、ネタの引き出しが命。というわけで、ネタ(石ころ)を仕入れるコツも時間をかけて話した。

ネタはどこにでも転がっていて、「頭のビデオカメラ」を構えて、アンテナを張っていれば、どんどん集まる。講演タイトルや内容の入れ替えを繰り返しても不動のレギュラーを譲らない「心と傘は開いたときが一番役に立つ」は、この日の講演でも人気を集めた。


「隣のテーブル」は何する人ぞ、「隣のレジ」は何買う人ぞ、という人間観察もネタの仕入れには打ってつけ。

前日のゆめ塾では、「それまでサッカーのコーチに敬語でしゃべっていた母親が、息子が席を立った途端、ため口に。これはただならぬ仲か!?」と妄想が膨らんだ話をした。今日の講演前に、父親とランチをしたお店でも隣のテーブルの男女の会話にそれとなく耳を傾け、二人の関係を想像していたら、その二人が席を立ったとき、男性がこちらを向いて「ひょっとして、今井雅子先生ですか?」。

まさに不意打ち!

相手は以前講演したことのある学校の先生。「先ほどからお話をうかがっていて、そうかな、と」。お互い、同じことをしていたわけで……。もちろん、講演で早速ネタにさせていただいた。ほんま、世の中、ネタだらけ。

また、「隣のレジ」にアンテナを張っていたおかげで、今朝、facebookを見ていて「レジ打ちを天職にした女性」の記事が目に留まった。

何をやっても長続きしなかった女性が、スーパーのレジ打ちも続かず、実家に帰ろうとした。だが、子どもの頃の夢がピアニストだったことを思い出し、レジのキーをピアノの鍵盤だと思って打つようになったところ、顔を上げて客の顔やまわりが見えるようになり、客との会話を楽しめるようになった。ある日、彼女のレジの前だけに行列ができた。空いている他のレジへと店長に促された客が「ほっといてちょうだい。私はこの人に会いに来てるの」。それを聞いて彼女は泣き崩れた……という話。

このレジの女性も、何をやっても続かなかった頃は、最初から光っている石を探して、どこにもないと嘆いていたのかもしれない。目の前にある石ころを地道に磨いて、ついに宝石を手に入れた。


わたしという石ころも、「書く」という好きなことを続けていたら、色んな人からの励ましや感想が「やすり」になって、磨いてくれた。作品を重ね、自信や勇気を授けられて、今日のようなきらきら光る日がある。

図書館での講演ということで、娘のたまが図書館で借りたCDの歌詞カードに落書きしてしまった事件(>>>2013年03月11日(月)  としょかんのだってこと、わすれてたの(完結編))のことも話した。「起きてしまった物語は変えられない。でも、物語の続きはあなたの手の中にある」(朝ドラ「つばさ」玉木加乃子)「人生、失敗したもん勝ち」(朝ドラ「てっぱん」松下小夜子)といった台詞にあるように、起きてしまったこと(失敗)から何かを得て、次につなげて、進んで行くしかない。ここでも「なんで?」と「そんで?」が合言葉。

質疑応答では、「これまでに住んだ大阪と京都と東京の違いは?」「脚本の元のアイデアを提供した原案者の位置づけは?」「脚本家出身で面白い時代小説を書く人がいるが、時代小説は書かないのですか?」「経営する会社あてのクレームに、どう応じればいいか」「親しくしていた人に避けられている。どうすればいいか」といった回答反射神経を試される質問ぞろいで、後半は人生相談のようになった。悩みを打ち明けるほど、聴いてくださった方々の「心の傘」が開いたのなら、とてもうれしい。

サイン会で、一番後ろに並ばれていた方が「3つお礼を言わせてください」とおっしゃった。

ひとつ目は、「わたしも電車の中でキョロキョロ他人を観察してしまうんですけど、それがいいことなんだって、気づかせてくださり、ありがとうございます」。

二つ目は、「わたしの娘が三原台中学校であなたの後輩にあたります。娘は三年生のときに、卒業式を前にして病気で亡くなりました。娘の名前は忘れてしまっても、娘のことが、何かの形で人の心に残っているのかもしれない、と思わせてくださり、ありがとうございます」。

三つめは、「その亡くなった娘が交流していた人形劇団の方が今日見えていて、ひさしぶりに再会できました。その機会をありがとうございます」。

講演の中で、「中学一年のときに同級生を亡くしたときの心の揺れを綴った日記を読んで、こんなことがあったのか、と思い出したけれど、すっかり忘れていた。けれど、あのとき、同級生の死をきっかけに、はるか未来に思える死を自分の問題として考えたり、友だち同士で話したりしたことが、その後、生死について書くときの根っこになっていると思う」と話したのだが、その話をご自身の娘さんと重ねて、聴いてくださったのだった。

「握手させてください」と力強く手を握られ、その余韻とともに、東京へ戻った。

頭のビデオカメラを回して、脳味噌の出張所(=外付けハードディスク)の日記やブログに綴ったり人に話したりしても、記憶は薄れ、消え行く。それでも「なんで?」「そんで?」と想いを巡らせた分だけ、心に根っこを張れる。その根っこは、ネタとネタをつなげるだけでなく、わたしと誰かの人生をつなげてもくれる。

講演という石ころは、聴いてくれる人がいてこそ、磨かれ、光る。今日の講演で何を聴いたかは忘れられてしまっても、心の片隅を照らす仄かな光を残せたら、と思う。

2010年04月21日(水)  「アチョー!ごっこ」と新聞ドレス
2009年04月21日(火)  魔の二歳児の阿呆踊りと「アフォーダンス」
2008年04月21日(月)  マタニティオレンジ271 本を破った。はじめてぶった。
2007年04月21日(土)  マタニティオレンジ109 ご近所仲間とたま8/12才
2002年04月21日(日)  貧しい昼食


2013年04月20日(土)  教師失格から時はめぐって…堺・教師ゆめ塾講演

大阪・堺で2日にわたって、講演3つ。
1つめは、堺・教師ゆめ塾の塾生に向けて、授業づくりの講義。

堺・教師ゆめ塾というのは、教師をめざす人たちを対象にしたセミナーで、塾生は半年間にわたり、自分の時間と身銭を切って学びに来る。

教師は、わたしの夢のひとつでもあった。
高校の数学教師の父と、小学校の音楽教師の母を持ち、教育学部に進み、母校の三国丘高校の教育実習にも行った。

その教育実習で受け持ったクラスが、文化祭で『オズの魔法使い』をやることになっていたのだけど、まとまらず、上演が危ぶまれていた。奇しくも自分が高校時代に同じ劇で大成功をおさめたわたしは、演出を買って出て、「ミュージカルにしよう!」と振付けもやり、朝練昼練放課後練習に燃えた。

劇は大成功、舞台の上の晴れやかな生徒たちを見て、ビデオを撮っていたわたしが泣き崩れた。校庭の一角で、生徒たちはわたしを囲み、用意していた花束を差し出した。打ち上げにも呼んでもらえた。

今思い出しても、「青春」だった。

しかし、わたしがやるべきは演劇指導ではなく、英語の授業だった。そちらは予習復習もままならず、black warship(黒船)をblack worshipと勘違いして「黒人崇拝」と誤訳し、生徒に指摘された。

「君は教師には向いていない。君は生徒よりも楽しんでしまうから」
指導教官の的確な一言で、わたしは教師にはならず、広告代理店のコピーライターになり、その後、脚本家になった……そんな身の上話から、話をはじめた。

脚本家になったきっかけは、月刊公募ガイドに連載されていた新井一先生の脚本講座。腕試しに応募したころ、新井先生から直筆のコメントが返ってきて、「面白い発想ですね」と書かれていて、舞い上がった。

自分には才能があると思い込んだ勢いでコンクールに応募するようになったのだが、新井先生が亡くなったことを告げる公募ガイドに、「送られてきたすべての作品にコメントを返していた」とあり、勘違いを思い知った。

と同時に先生の懐の大きさに打ちのめされた。亡くなる前の体調も思わしくない頃、見ず知らずのわたしの腕試しに、本気で向き合ってくださった、この先生が、わたしの脚本の恩師だ。恩師が差し出してくれたものに応えられる脚本を書こうと誓った。

それから運と縁に恵まれてデビューを果たし、しばらくした頃、部屋の隅から新井先生のコメント入り原稿を発掘したわたしは、「面白い発想ですね」の横にある記号に気づいた。よく見ると、それは「B」と書かれてあった。



思い込みが激しく、自分に都合のいいように世の中を見てしまうわたしは、「B」を見落とし、それゆえ突っ走れたのだった。だから、自分を信じる力とチャンスがあれば、誰でも脚本家になれる、と思っている。

思い込みのほかに、わたしが人より勝っているのは「空想」すること。脚本映画デビュー作『パコダテ』人も、はこだて→ぱこだて→おまけ→しっぽ、という連想ゲームから生まれた。

宝石なんか転がっていない。どこにでもある石ころを拾って、磨いて、自分で光らせるしかない。どの石ころを拾うか、石ころのどこをどう磨くか、そこに作り手の「個性」が出てくる……ということを映画『子ぎつねヘレン』と朝ドラ「てっぱん」を例に話した。


ネタの引き出しを豊かにするコツに続いて、昨年、母校・堺市立三原台中学校で行った「中学生のドラマ脚本会議」の話を。学校の授業はどうしても一つの正解に向かって絞り込む思考回路になりがちだけれど、脚本開発では、人が考えないようなこと、人より面白いことを考えたもん勝ち。

そして、枠をはみ出すことにかけては、子どもは大人よりずっとしなやか。「なんで?」「そんで?」と導けば、どんどん面白い発想を引き出せる。



ネタの宝庫である子どもの発想に、今井雅子作品も大いに助けられている。アニメ「おじゃる丸」では娘の思いつきを膨らませ、絵本「わにのだんす」では「お金が目立ちすぎ」という子ども編集部員の意見をふまえて、「何のために稼ぐのか」というテーマがくっきりした。


「宝物はあなたの中にある。それを宝の山にするか、宝の持ちぐされにするかは、あなた次第」は、塾生の皆さん自身に向けた言葉でもあるし、子どもというネタの宝庫を活かせるかどうかは教師次第という激励でもある。学校という教育の場を宝島にできるかどうかは、教師と子ども、さらには保護者の心持ちひとつに掛かっている、とも言えるかもしれない。

その宝を掘り起こす呪文が、「なんで?」と「そんで?」なのだ。

さて、毎度楽しみな質疑応答。教師を目指す人たちの割には、出足はおとなしめだったけれど、「子どもたちから意見が出ないとき、どう引き出せばいいのか」「どうやってそんなに話すのが好きになったのか」「原作とドラマが違ってがっかりすることがあるが、原作をどう変えるかは、どうやって決めるのか」といった質問に頭をかき回してもらえた。


教師に向いていないと言われ、教師にならなかったわたしが、まわりまわって、教師を目指す人を前に、先生として話をしている。あのときわたしの資質を見抜いた先生も、こんな日が来ることは予想していなかっただろう。

講演後、今期の塾生募集案内を見ていると、塾頭で堺親善大使をご一緒している中谷彰宏さんの言葉に目が留まった。〈「たまたま」出逢ったものに全力を注ごう〉〈未来は、「たまたま」の中にある〉。この「たまたま」が、「石ころ」なんだと思う。目の前の石ころを一生懸命磨く。そのことを積み重ねていった先に、きらきら光る未来はある。


ゆめ塾の後は、堺市役所会議室にて、第2回石ころの会脚本教室。「中学生のドラマ脚本会議」がきっかけで始まった、学校の先生と「授業で応用できる脚本術」を磨くワークショップ。第1回>>>2012年10月14日(日)「石ころを宝石に」先生たちと6時間 が大いに盛り上がり、続けていくことに。

今回は新学期ということで都合のつかない先生が多く、参加者は4名。その分、密度の濃い教室に。3時間足らずの間に「ハテナの箱」「好きと伝える」「ドアを開けて」「あやまる」とお題に沿って即興台詞劇を4連発、さらに「台詞だけ・1場面だけ・登場人物二人だけ」の石ころ式脚本術で『桃太郎』の旅立ちの場面の脚本を作って発表するところまで。4人4様の桃太郎が生まれ、その面白さに一同ワクワク興奮。

このままの形で授業でできるのか、さらなる工夫改良が必要か、石ころ磨きは続く。

2010年04月20日(火)  漫食と浸食 rnとm
2009年04月20日(月)  日本°語で言葉°遊ぴ
2008年04月20日(日)  団体新婚旅行in熱海2日目
2007年04月20日(金)  マタニティオレンジ108 助産院で赤ちゃん同窓会 
2005年04月20日(水)  東京ハートブレイカーズ公演『黒くやれ』
2002年04月20日(土)  16年ぶりの再会


2013年04月19日(金)  『り』を使う言葉といえば?

小学校で一日ひと文字ひらがなを学習中。
それぞれのひらがなを練習して、そのひと文字を使う言葉を考えるのが宿題。

今日は、『り』を使う言葉。

すけーと『り』んく、いいね。

す『り』ーとめんと、もしかして「とりーとめんと」のことかな。
それも、りがつくね。

でも、いちばん最初のは、誤解とか憶測とか心配とか、いろんなものを呼んじゃいそうだね。



『り』こん。
こんな言葉、いつ覚えたの?

「しらないの? りこんとどけとか?」

知ってますけど。
ますますあらぬ疑いを呼びそうなことをっ。

あ、わかった、「あまちゃん」で覚えたのね。
秋ちゃんのママが離婚届って言ってたもんね。

「は? なにいってんの? もっとまえだよ」

じゃあ、「純と愛」?
離婚やら離婚届やら、何度出てきたかわかんないもんね。

「ううん、もっとまえだよ」

保育園の女子の会話で仕入れたらしい。

「みんなではなしてたの。りこんとどけってどきどきするねって」

女の子の親は、ほんと、なにかとどきどきします。

2010年04月19日(月)  自称おっちゃんと自称おばさん
2009年04月19日(日)  お菓子なカップと「天使の卵」ネックレス
2008年04月19日(土)  団体新婚旅行in熱海1日目
2007年04月19日(木)  焼きたてのパンのにおい
2005年04月19日(火)  ありがとうの映画『村の写真集』
2002年04月19日(金)  金一封ならぬ金1g


2013年04月18日(木) あいびきの春

「豚のあいびき400ください」と、わたし。
「奥さん、あいびきだね?」と念を押す、お肉やさん。

あいびきってはっきり言ったはずだけど……。

しばらく「?」となってから、ようやく気づきました。
牛と豚をあわせてひいて「あいびき」だから、「豚のあいびき」が変だったのねー。

春ですね。(と、春のせいに)

2011年04月18日(月)  【たま語】こんどのテレビは、しろくならない?
2010年04月18日(日)  team と mother
2009年04月18日(土)  親しき仲こそ言ってはいけないこと
2008年04月18日(金)  マタニティオレンジ270 おやつでごきげん延長保育
2007年04月18日(水)  マタニティオレンジ107 子どもの世界の中心でいられる時間 
2005年04月18日(月)  日比谷界隈お散歩コース


2013年04月15日(月)  「勝手にキャッチコピー委員会」おまけの「それがし」

「勝手にキャッチコピー委員会」(3月にいったん終了。続編あるかも?)を制作していた「やんかわ商店」のやんかわさんが、「てっぱん」脚本の関えり香嬢とわたしに一席もうけてくれることに。

「気取った店より居酒屋」をリクエストし、「それがし」という日本酒が自慢のお店に。



「飛露喜」に始まり、日本酒が次から次へと。のんだことないお酒も次々と。お店の名前でもある「それがし」も初めて。そして、こんなにたくさんの種類の日本酒をのんだのは、初めてかも。やはりお酒に強くなってしまっている気がする。

やんかわさんと関さんは、その昔、一緒に番組制作をしていて、十年ぶりぐらいの再会。そんな空白を埋めるのに、ワインだと駆け足になってしまう。日本酒の酔い加減が、ちょうどいい。

「いつかそのうち会いましょう」と言っているうちに、あっという間に時間は経ってしまうけれど、「いつやりましょうか」と日取りを決めてしまえば、会える。そして、「またやりましょう」となる。

2012年04月15日(日)  ぱぱ たま まま
2010年04月15日(木)  生活の実感とツイッターとツイッタードラマ
2009年04月15日(水)  カラーコーンで「なーになに」ごっこ
2008年04月15日(火)  焼きたてのバナナマフィン
2007年04月15日(日)  鎌倉で大人の休日
2005年04月15日(金)  トンマズィーノでアウグーリ!
2002年04月15日(月)  イタリアンランチ

<<<前の日記  次の日記>>>