2016年01月07日(木)  カンボジアの子どもたちに映画のお年玉を!

ちびまる子ちゃんのお正月映画をパパと見てきた小三の娘が「もう一度ママと見たい!」と言い、どこが良かったか、笑えたか、泣けたかを一生懸命話してくれました。

映画を見た時間以上に語ってる。それほど一本の映画に心を動かされたわけです。

次はコナンも見たい、ドラえもんも見たい、ディズニーの新しいのも面白そう…と今の日本の子どもたちは、目移りしそうなほど見たい作品を選べます。

でも、日本も戦時中はそうはいかなかったし、戦争の傷跡が癒えず、今も映画が子どもたちから遠のいてしまっている国があります。

カンボジアもそのひとつ。

都心部にはシネコンもできているようですが、農村部の映画館は破壊されたり閉鎖されたりしたまま。映画という娯楽を知らない子どもたちが数多くいるようです。

そんなカンボジア農村部の子どもたちに映画を届ける活動をされているのが、昨年「TENOHAことの葉の会」で出会った教来石小織さん。日本の映画に現地語の字幕をつけ、移動映画館を開いています。

教来石さんが活動当初にカンボジア在住の方に送ったメールの中に、
「地雷ではなく、夢の種を埋めていくイメージで、たくさんの小さな映画館を設置できればと考えております」と綴っていたことを彼女のfacebook投稿で知りました。

それを読んで、ずいぶん前に子どもが描くパンの絵の審査をしたことを思い出しました。

>>>2009年10月17日(土)  子どもが描くパン「らいおんさん賞」×ライオン・パーマのお芝居

パンの絵が描けるのは幸せなこと、戦争の絵しか描けない子も世界にはいる。主催者のパン屋の夫人が言った言葉が印象的でした。

このとき頭をよぎったのが、イランの映画監督モフセン・マフマルバフ氏がユネスコで行ったスピーチ「神にさえ見放されたアフガニスタン」の一節でした。

《もしも私の国に降るものが、ミサイルではなくて、本だったら。
 そして、大地に埋まる地雷が一粒の麦だったら。
 そして、その地に吹く風が自由だったら。
 私たちの子どもは、もっと自由だったでしょう。》

地雷ではなく、夢の種をまく、まさに教来石さんの活動に通じるものがありますね。

その教来石さんたちの活動資金を募るクラウドファンディングについて、12月1日の日記でも紹介しましたが、1月6日時点で「残り9日、残り563,514円」とのこと。

>>>2015年12月01日(火)  映画一本観るお金で、カンボジアの子どもたちに映画を贈る!

>>>カンボジア農村部に暮らす子どもたちに、映画のチケットを贈りませんか? ―映画で夢の種まきをー

目標金額110万円の半分を越え、すでにずっしり重みのある金額ではありますが、みなさんからのお年玉を持ち寄って目標を達成できたら、もっとたくさんの子どもたちに映画を届けられます。

活動報告の写真に写った学校の校舎の壁のスクリーンを食い入るように見つめる子どもたちの目、ほんとにキラキラしていて、きっとこの子たちは、一本の映画のことを何時間でも話して、何日も余韻を抱きしめて、ひょっとしたら将来の夢まで変わってくるかもしれない……そんな想像をかきたててくれます。

その中から「わたしの人生を変えたのは、日本から届いた映画です」という子が出てきたりして。いつかそんな大きなお年玉が返ってくるかもしれません。



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2013年01月07日(月)  「80代はあの世とこの世に股をかけている感覚」の高田氏
2012年01月07日(土)  東京ドームのローラースケート
2011年01月07日(金)  今日新宿で再会することになっていた
2010年01月07日(木)  秋からの朝ドラ「てっぱん」に参加します
2008年01月07日(月)  両親元気で留守がいい
2007年01月07日(日)  蓬莱の豚まん 日本一世界一551
2002年01月07日(月)  カレーライフ


2015年12月01日(火)  映画一本観るお金で、カンボジアの子どもたちに映画を贈る!

カンボジアと聞くと、アンコールワット、かぼちゃの語源、「地雷を踏んだらサヨウナラ」の一ノ瀬泰造、あとは……そこで想像が止まってしまうのですが、かつては映画文化が支えていたのに、内戦で映画館がなくなってしまった、ということを最近知りました。教えてくれたのは、教来石 小織さん。あるとき「カンボジアの子どもたちに映画を贈ろう!」と思い立って、それを行動に移した彼女は、華奢な体から湯気が立ち上るような熱さで、「カンボジアの子どもたちに、日本の映画で、夢を見てほしいんです!」と語ってくれました。

映画の脚本も書いている一人として、子育て中の一人として、教来石さんのお話に深く共感し、「ぜひ、クラウドファンディングしたら?」と聞いたところ、「今準備中です!」と話されてから約一か月。映画の日12月1日にサイトがオープンしました。

>>>カンボジア農村部に暮らす子どもたちに、映画のチケットを贈りませんか? ―映画で夢の種まきをー

取り組みの具体的な内容については、サイトに詳しく書かれていますので、そちらをお読みいただくとして、自称カンボジアに映画を贈り隊のわたしからも応援演説を。

うちの子も、今の日本の多くの子どもたちも、映画館があって、レンタルビデオ屋があって、テレビでも映画を観られる暮らしをしていますが、カンボジアの子たちにとって、映画は「当たり前」のものではありません。

もしも、自分の子ども時代に映画がなかったら……と想像してみます。

遠い国のこと、遠い昔のこと、南極探検隊のことも、アポロの月面着陸のことも、映画が教えてくれました。

映画は未来も見せてくれます。文字通り、SFが描く未来もそうですが、映画に出てくるヒーローやヒロインを見て、「あの人みたいになりたい」と憧れを抱くことが、自分の進む道を照らしてくれます。

内戦で多くのものを失った国こそ、未来を思い描き、夢を抱く手がかりが必要だと感じます。
他の子どもたちと同じ映画を見て、笑ったり泣いたりドキドキしたりという時間を分かち合うことも、子どもたちの心に豊かなものを運んでくれることでしょう。自分が笑った場面で誰かも笑った、それだけで心が躍るものです。

カンボジアの子どもたちの心に希望の花を咲かせる種をまく、その映画を贈るお手伝いができたら、どんなに素敵だろうと思います。また、この取り組みに賛同してくれる人がふえたら、どんなに心強いだろうと思います。映画の力を信じている人がいることは、作り手にとっても大きな励みになります。

わたしは講演で「誰にでも脚本は書けます」という話をするときに、「必要なのは想像力です」と言って、「千円あったら?」「一万円あったら?」「一億円あったら?」と想像してもらいます。金額が大きくなると、やることのスケールも大きくなるのですが、「もし何円あったら?」ということに想いを馳せることで、自分の中に眠っている願望や思いつきに光が当たる、それが想像力を働かせる楽しみです。

この取り組みに、もし1800円出したら、3000円出したら、カンボジアの子どもたちにどんなことが起こるだろうと想像してみてください。ランチ一回分、飲み会一回分のお金で、何人の子どもが映画を観られるでしょうか。そのうちの何人かは、将来なりたいものが見つかるかもしれません。

わたしはそんな風に想像しただけで、アンコールワットとかぼちゃと一ノ瀬泰造止まりだったカンボジアのイメージに「日本の映画を観る子どもたち」が加わりました。

先日、ラオスやベトナムの子どもたちとの交流を重ねられている宍戸仙助氏の講演をうかがう機会があったのですが、そのなかで、東日本大震災の際に、普段日本から支援を受けている国の子どもたちが、「日本の子どもたちに」とお金やお米を持ち寄ってくれたというお話がありました。女の子が募金箱に入れたお札は、日本円に換算すると、とても小さな金額でしたが、現地の子にとっては年に一度のお年玉でした。それを日本の子のために差し出してくれたのでした。

わたしたちの漱石や一葉や諭吉は、カンボジアではずいぶん大きなお金に化けるのではと思いますが、その金銭的価値以上に、カンボジアの子どもたちにお金に換えられない価値を届けてくれるのではないかなと想像しています。

もし共感してくださる方がいらっしゃいましたら、プロジェクトのページを見てみてください。この取り組みを知っていただけるだけでもうれしいです。

>>>カンボジア農村部に暮らす子どもたちに、映画のチケットを贈りませんか? ―映画で夢の種まきをー

そして、映画の作り手の皆さん!カンボジアで上映する作品の許諾を取るのも大変なようです。この取り組みを知っていただき、理解し、後押ししてくださる方がふえることを願っています。



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2010年12月01日(水)  ドイツからのクリスマスプレゼント2010
2009年12月01日(火)  文豪トルストイと童話トルストイ
2008年12月01日(月)  生きることは、おくりものをおくりあうこと。
2005年12月01日(木)  Annettからのクリスマスプレゼント2005
2004年12月01日(水)  小原孝・佐山雅弘 Piano de Duo - 4
2001年12月01日(土)  函館映画祭2 キーワード:これが有名な


2015年10月27日(火)  親子でこりゃ楽しい「漢字ドリル作文」

「ママー、見てー」
と満点の漢字テストを見せにきた、娘のたま(小学三年生)の楽しそうな顔に誘われて、
「よし、この漢字十問でママがお話作ってあげようか」と言うと、
「うん、作って!」

お題は、この10問。



こういうものは即興のライブ感が大事。
目で一問ずつ追いながら、しゃべるスピードでお話を作っていきます。
自分の口から飛び出す物語に、同時に「へーえ」となる、漢字テストとのブレスト。

昔の生活を思い出していました。
指の爪を見つめて、思い出していました。

あの日わたしは先生に指名されたんです。
「南を指しなさい」。
指差した先には、新しい駅がありました。

そこから空港へ向かいました。
着いたところは、にぎやかな港町でした。

たくさん買い物をして
品物を送る箱も買いました。

注意して扱うようにとお願いしたのに
店員は水を注ぎやがりました。

連想ゲームのように例文がするするつながって、作りやすい十問。
落ちもついて、たまは大笑い。
「わたしもやる!」と言って、開いた漢字ドリルのページからお話を作り始めました。


考え込むかなと思いきや、話すスピードですらすらと。
(※読み上げたお話をわたしが書き留めました)
漢字の勉強が宿題に出ました。
めんどくさいので、お母さんに宿題をまかせようとしました。

するとお母さんに仕事をまかせられました。
ぼくは子どもで、仕事というものをしたことがなかったので、
次の日、王様につかえる仕事をしました。

「店がはんじょうすると世界が平和になる」と言われて、
店のお客をやりました。

商品を運ぶお手伝いもしました。
全員で力を合わせましたが、商品が重くて、具合が悪くなりました。
白いかっぽう着を着たまま、ねました。

具合が良くなったので、ベッドから床に着地して、
さっきよごれたかっぽう着をぬいで、エプロンに着がえました。

「ぼく」と別人格になりきっているところ、
「店がはんじょうすると世界が平和になる」という味付けを
即座にやったところにセンスを感じます。
即興作文が得意なところが遺伝していることを発見。

母も負けてはおれません。
続いての漢字ドリル作文バトルは、こちらの10問で。


人を助けるには、助走をつけることが大事です。
金魚が死ぬときも、助走をつけることが大事です。
トンネルの向こう、右の方向に、泣いて悲しむ人がいたら、
助走をつけて、悲鳴をあげます。
部屋の掃除をするとき、机に向かっている人がいたら、
助走をつけて、心配して集まります。

「助走」の連呼に、「それも助走するの〜?」と笑ったたま、続いてはこちらの10問に挑戦。


今井さんのおうちには、
すくすくと育つ雅子さんという子どもがいました。
雅子さんのお父さんは、夢を育む協力をしていました。

ある日、雅子さんは、家の前に積んである重い荷物を持ちました。
その荷物とは、本を重ねてある荷物でした。

雅子さんは小さかったので、途中で息が苦しくなりました。
つかれたので、ジュースを買いました。
そのジュースは運悪く、苦い味がするジュースでした。

幸せがほしいな、と雅子さんは思いました。

雅子さんは大好きな公園に行きました。
すべり台をすべった雅子さんは、幸せに思いました。

「わたしは幸い、元気だ」

行きは坂道を下ってきたので、帰りは坂道を上りました。
それは急な坂道でしたが、えらい雅子さんは、がまんして上りました。

家に帰った雅子さんは、つかれていましたが、働き者なので、
ちゃんとただいまを言って、洋服をたたみました。

「ママのお話だよ」と、たま。「ママとは、ちがうせいかくだけどね」。
瞬時に主人公を選びつつ、ずらしてくるあたり、なかなか高度。
「わたしは幸い、元気だ」のカギカッコ使いに、「やられた」と思いました。

それからも漢字ドリル作文バトルは続き、漢字ドリル一冊分の例文を物語に変換。
ある程度長い例文のほうが作りやすく、単語レベルの10問だとお話があまり膨らまないことを実感。

でも、この10問から生まれたお話は、大ウケ。


この右ページにある10問から「太い柱の根元から熱い湯が出て二倍の数の人が訪れた。たまちゃんが学級新聞に書いたら賞をもらって国際空港からグリム童話の故郷ドイツへ旅行にでかけることに。あ、忘れ物!算数の宿題やってない」という物語を作った続き、という設定で。
ドイツへ行ったたまちゃんは、係の仕事をまかされました。
小さな箱のお世話係です。
「この箱の中には、何が入っているんですか?」
たまちゃんが聞くと
「あー、親指姫ですよ」
と言われました。
この国では親指姫は珍しくないようです。

たまちゃんは、親指姫に世界地図の説明をすることになりました。
「化石の発見について、詳しく教えてあげてください。とくに三葉虫」
と言われました。
この国では三葉虫が大事なようです。

たまちゃんは小さな箱をかかえて、歩道橋にのぼったり、
深い海や夏祭りに出かけたりしました。
「水を注いだらどうなるのかな」
そう思って、小さな箱に水を注ぐと、
親指姫はむくむくと大きくなって、人に化けました。

たまはこのお話が一番気に入ったらしく、「もう一度やって」とアンコール。
自分が主人公だからかもしれません。

このところ動画でお笑いを見たり、アプリでお絵描きしたり、という時間の過ごし方をすることが多かったのですが、予測不能の即興言葉遊びは、どんなソフトよりも面白い! 
最強の遊び道具、日本語でもっと遊ぼうと思いました。

学校のテストには出なさそうな漢字ドリル作文。
脚本作りのワークショップには使えそう。
大人の頭の体操にもおすすめです。



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2010年10月27日(水)  読書の秋の積ん読
2009年10月27日(火)  活字を読まない読書週間「文字・活字文化の日」
2008年10月27日(月)  青森りんご「あおり21」の悲しいニュース
2007年10月27日(土)  シナトレ7 紙コップの使い方100案
2004年10月27日(水)  TakashimaKazuakiの服


2015年08月18日(火)  「武士の娘 鉞子とフローレンス」NHKオンデマンドで8/25まで配信

8/11に放送されたBS1スペシャル
「武士の娘 鉞子とフローレンス〜奇跡のベストセラーを生んだ日米の絆〜」

観てくださった方、ありがとうございます。

ドキュメンタリードラマのドラマ部分の脚本を書きました。
演出は「そこをなんとか」でご一緒した一色隆司さん。
「再現ドラマではなくドラマを作ろう」と話して取り組みましたが、二人の人生にドラマを感じた方が少なからずいらしたようで、ほっとしています。
大河ドラマになるのでは、といううれしい声も頂きました。

見逃した方、NHKオンデマンドでぜひ。>>>こちら

配信期限が8月25日となっています(見逃しパックを除く)のでお早めに。
オンデマンド視聴者が多いと、期限が延長されることもあるかもしれません。

関連書籍も好調のようです。

>>>「武士の娘」(杉本鉞子著 大岩美代訳)

>>>「武士の娘 日米の架け橋となった鉞子とフローレンス」(内田義雄)

長岡出身で鉞子を愛してやまない内田義雄さんの本を先に読んでから「武士の娘」を読むと、いっそう理解が深まります。わたしはその順で読みましたが、まっさらな気持ちで「武士の娘」の美しい日本語に触れるのもいいと思います。

アメリカで出版するために英語で書かれた「A Daughter of the Samurai」を日本語に訳したのは、鉞子自身ではなく大岩美代。その日本語がとにかく素晴らしいです。愛国語者を自認するわたしは、美しい日本語を読むのが大好きですが、流れる水のようにすらすらと読め、四季のように折々の色が匂い立つ、まさに日本の美しさを映し出すような言葉の連なりが丁寧に紡がれています。
日本語美人力が三割増になるのではと思えるほど惚れ惚れする美文です。

もちろん、原著で描かれている日本の文化、日本の心の美しさの力もあるのでしょう。日米文化論も子育て論も幸福論も平和論も包み込んでしまっている、世紀をこえて読み継がれるべき名著。できればもっと早く出会っておきたかったと思いますが、人生が熟すほど「わかるわかる」がふえているのも確か。この先何度も読み返す一冊になると思います。



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2013年08月18日(日)  石ころも絵本!@鎌倉文学館「いとうひろしの世界」
2012年08月18日(土)  5歳を吹き消して6歳になる
2011年08月18日(木)  「にまえ」ノートと「オリーブちゃん」原稿
2010年08月18日(水)  妄想をかきたてる男の意外な素顔
2009年08月18日(火)  シリアスな題材をコミカルに『命美わし』(1951年)
2008年08月18日(月)  『SEX AND THE CITY』とアラフォー
2007年08月18日(土)  マタニティオレンジ159 三世代合同誕生会でたま1才
2004年08月18日(水)  スチームボーイと津嘉山正種さん
2002年08月18日(日)  24時間テレビ


2015年08月17日(月)  堺発オムニバス映画「阪堺電車」撮影はじまりました

一昨年のドラマティク堺さがしワークショップ第一弾「阪堺電車」で高校生6チームがシナハンして書き上げた脚本6本が羽衣国際大学の学生監督によって映像化されることになりました、のお知らせをしてからはや2か月。

>>>2013年12月14日(土)「ドラマティック堺さがし」ワークショップ

>>>ワークショップの成果(堺市HP内)
ワークショップで生まれたオリジナル脚本と、今井が一本につなげたオムニバスドラマ脚本を掲載。

2015年06月05日(金) 堺っ子襷リレーで「阪堺電車」映像化


まずは8月7日に「便意」「まさかのロケ電」の撮影が行われました。

>>>「見応えのある映像が撮れた」 オムニバスドラマ「阪堺電車」、貸し切り電車で撮影開始 大阪(産経WEST)

「便意」で腹痛に襲われるサラリーマン役を演じたのは、ワークショップでこの脚本を書いた男の子。発表のときの熱演がコントみたいで、一同それこそおなかが痛くなるほど笑いました。脚本の改訂にも参加したようで、ワークショップで終わりではなく、そこから熟成して物語が育っていく過程を体験してもらえたことも良かったです。

制作発表で記者さんに質問されたときは「脚本の改訂については学生監督におまかせしようと思っています」と答えましたが、「ワークショップで生まれた脚本はあくまで原作。ここから各監督の撮りたい撮影稿を作っていってほしい」ということで、その方向性について話し合うワークショップをしたり、改訂稿を個別に見てアドバイスしたりしました。最初は受け身だった監督たちがどんどん前のめりになって「こうすることにしました」と自分のやりたいことを主張できるようになっていき、頼もしく感じました。

撮影現場での夢中の時間の中で、さらにつかんだものもあったのではと思います。

8月下旬には「ボタン争奪戦」を撮影。
残る三本「利休の相談室」「鉄は熱いうちに打て」「幼なじみ」は涼しくなってから撮影の予定です。



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2012年08月17日(金)  ゆうちょ銀行で屋号の口座は持てない!?
2011年08月17日(水)  【たま絵】にまー
2010年08月17日(火)  備忘録には「書く」とただ一行
2009年08月17日(月)  成瀬巳喜男の『女が階段を上る時』『乱れる』『妻よ薔薇のやうに』
2008年08月17日(日)  マタニティオレンジ322 イヤイヤしたり、モーモー鳴いたり。
2007年08月17日(金)  年に一度だけ思い出されても
2004年08月17日(火)  サービスって?
2002年08月17日(土)  浴衣・花火・箏・まが玉


2015年08月16日(日)  ドキュメンタリー映画「子供たちの涙〜日本人の父を探し求めて」

ひさしぶりにコピーを書きました。
ドキュメンタリー映画の紹介コピーです。
作品名は「子供たちの涙〜日本人の父を探し求めて」。

監督の砂田有紀さんに出会ったのは、わたしがまだ20代だった頃。得意先FOX JAPANの宣伝担当と、広告代理店マッキャンエリクソンのコピーライターとしてでした。その後、砂田さんがマッキャンに転職し、わたしはフリーの脚本家になりましたが、自主制作でドキュメンタリー映画を撮っていた砂田さんとは通じ合うものがあり、つながりは続いていました。

新作ドキュメンタリー映画ができました、と連絡をもらったのはこの春のこと。
その宣伝コピーが「見たい気持ちにならない」と指摘されたので読んでもらえませんかと相談されました。

わたしはもうコピーライターではないけれど、一観客として、どう紹介されたら観たくなるかなと考えた文章を書いてみますねと送ったものが、ほぼそのままチラシになりました。

終戦の日の昨日、東京・渋谷アップリンクと大阪・十三シアターセブンにて公開。
公開二日目の今日の上映を観てきました。

紹介文は予告編だけを観て書いたので、本編を観るのは初めて。
友人が関わっていること、自分が紹介文を書いたことを差し引いても、見応えのある力強い作品でした。

同じく砂田さんのドキュメンタリー映画「兵隊だったおじいちゃんへ」との二本立てで、兵隊だった〜はイギリスと日本、子供たちの〜はオランダとインドネシアと日本の戦中戦後が描かれているのですが、教科書で習わなかった戦争を見聞きすることができました。

挟まれている戦争記録映像も観たことがないもので、これだけでも観る価値がありました。

上映後のトークで砂田さんは「日本だけで通用するものにしないように心がけた」と話されましたが、イギリスでもオランダでも受け入れられるには日本がされたことだけではなく日本がしたことも描かなくてはならない。俘虜だった元兵士のイギリス人が今も覚えている「キヲツケ」。インタビューの肉声の説得力がありました。

戦争で日本を憎むようになったイギリス人、オランダ人は少なくないし、今もオランダでは毎月一回日本政府に補償を訴えるデモが行われていることも知りました。

印象に残ったのは、兵隊だった〜の中でイギリス人元兵士が語ったビルマ(と記憶)でのエピソード。日本人兵士の遺体収容に使われていた寺院の中はすごい腐臭。だがまだかすかに動ける兵士もいた。彼が寺院を出た後にインド人兵士(と記憶)が入り、銃声が一発。まだ動ける兵士にとどめを刺すとは何ということを…と思ったが、それは為すすべなく死を待つだけの兵士を慮って安楽死させたのだと知り、戦争をしていても人は人なのだと感じた…そんなお話でした。

観る価値といえば、不勉強で知らなかった「小野佐世男」さんという画家を知れたことも収穫でした。
インドネシアへ報道班員として赴いた小野氏が遺した絵が子供たち〜の劇中で使われているのですが、とてもあたたかいまなざしのある絵でした。
息子である小野耕世さんと上映後お話ができたのですが、「戦争の絵よりも人ばかり描いていた」とうれしそうにおっしゃっていました。
日本軍の一人として、プロパガンダの壁画も描いたりしましたが、現地に溶け込み、現地の暮らしを活写し、現地の人に絵を教えたりもしていたそうです。

国と国は戦争していても、人と人は心を通わせる瞬間がそこかしこであったのかもしれません。

起きてしまったことは消せないけれど、未来は残された人々の手の中に託されています。
そのことを象徴的に見せてくれるラストにあたたかな涙を誘われました。

詳しくは公式サイトを。
今井の書いた紹介文もお読みいただけます。

公開は今のところ東京、大阪ともに2週間。一日一回上映だったりして、なかなかつかまえづらいのですが、監督の手弁当と情熱で作り上げたこういう心意気のある作品こそ満席と拍手で報いたいし、埋もれていた事実に光を当てたこの作品が埋もれてしまうのは非常にもったいないと思い、声を大にして広めます。

砂田さんは映画を撮っていることをマッキャンの人にはあえて打ち明けてないそうですが、マッキャン関係者の方にもぜひ応援してほしいと思います。

ちなみに今井は映画デビュー作「パコダテ人」の前売り券を図々しくも全社メールで売りつけました
が、200枚近く買っていただきました。慎み深い砂田さんには、今井が代わって宣伝します。
宣伝にかけるお金ももちろんなく、口コミが頼りです。マッキャン関係者のみなさまも、そうでない方も、ぜひこの作品を広めるのにお力を貸してくださいませ。

写真は砂田さんと、トークに登壇されたオランダ戦争資料研究所研究員のエブリン・ブッハイムさん。





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2013年08月16日(金)  上海で買い求めた絵本と語学本
2011年08月16日(火)  NHKよる☆ドラ「ビターシュガー」スタジオ撮影
2010年08月16日(月)  一杯目のビールみたいな仕事したい
2009年08月16日(日)  朝ドラ「つばさ」第21週は「しあわせの分岐点」
2008年08月16日(土)  谷中のうどん屋で雨宿り
2007年08月16日(木)  円周率は音楽だった
2006年08月16日(水)  売れ行き好調『子ぎつねヘレン』DVD
2005年08月16日(火)  いいにおいのお芝居『おじいちゃんの夏』
2004年08月16日(月)  伊豆高原のアンダティバリゾート
2003年08月16日(土)  6人で400才
2002年08月16日(金)  持ち込み企画


2015年08月10日(月)  「昔話法廷」の間に「武士の娘」あり!

8/10から三日間は「昔話法廷」の放送。
その真ん中の8/11の夜9時から放送されるNHKのドキュメンタリードラマ、BS1スペシャル「武士の娘 鉞子とフローレンス」のドラマ部分の脚本を担当しています。

「戦前にアメリカでベストセラーになった杉本鉞子という武士の娘の自叙伝があるんですが、その本を一緒に書いたフローレンスという女性がいて、二人の友情に光を当てる番組です」といったことを最初に言われ、面白いなと直感で思ったのが、「著書にはフローレンスのクレジットがない」という事実でした。

おそらくフローレンスが鉞子一人が書いた本にするために気を配ったのでは、と推察されていますが、国境をこえた友情はどのように育まれたのか、興味を持ちました。
脚本作りは膨大な資料を読み込むところから始まりました。

まず英語で書かれた後に大岩美代によって日本語に訳された「武士の娘(A Daughter of the Samurai)」の言葉の美しさと品の良さに、日本語ほど美しい言語はない!と「愛国語者」を自認するわたしは惚れ惚れ。目で味わって良し、声に出してなお良し。こんなに流麗な日本語は、めったにお目にかかれません。

鉞子は長岡藩筆頭家老の娘。父が没落した後も武士の娘としての誇りある生き方を叩き込まれます。アメリカ在住の日本人男性に嫁ぐために渡米した後も、その心は揺らぐことなく、「武士の娘」のそこかしこに日本の美しい心が宿るのを見るにつけ、祖国日本に惚れ直しました。

わたしがアメリカの高校に留学した1986年にこの本を知っていたら、もっと魅力的に日本という国を紹介できたのではと悔やまれます。

鉞子はとても頭のいい人で、異なる文化の違いを認め、受け入れ、人として通い合う部分も見つけるということを実に楽しそうにやってのけています。

ネットでなんでも調べられる昨今は、カルチャーショックですら質問掲示板で相談できてしまいますが、鉞子が渡米した19世紀の終わりは、自分の目で見たこと感じたことを自分の価値観で判断するしかなかったことでしょう。幼い頃から教養を身につけ、四書にも親しんでいた鉞子には、物差しになる考えがしっかりできていたのだと思います。

「武士の娘」の理解を深めてくれたのが、番組に監修として関わられている内田義雄氏の書かれた
鉞子(えつこ) 世界を魅了した「武士の娘」の生涯」でした。

鉞子と同郷の長岡出身で、「武士の娘」を「不朽の名作」と呼び、鉞子に惚れ抜いている内田氏がたどった鉞子とフローレンスの足跡が詳しくまとめられ、「武士の娘」に描かれている内容をより立体的にとらえることができました。

ドラマ脚本開発にあたって、内田氏からは貴重なご意見をいただきましたが、ご自身の鉞子像を大切にしながらもドラマチームの出すアイデアを面白がり、そこから想像を広げられる懐の深さと柔軟さに鉞子に通じるものを感じました。

テレビ番組放送を前に、手に取りやすい文庫版「武士の娘 日米の架け橋となった鉞子とフローレンス」が出ています。

番組の企画を長年温めて来られ、「語り」として参加されている星野知子さんも長岡のご出身。「世界の鉞子をもっと知って欲しい!」と熱く語り、脚本の初稿を読んで「鉞子が動き出した!」と喜んでくださいました。頭の回転が早く、思慮深く、打合せでの言葉のひとつひとつが優しくて知性にあふれていた星野さん。「武士の娘」からイメージした鉞子像と重なる方でした。

鉞子に魅せられた方々との温かいご縁に恵まれ、刺激的な打合せを重ねて作らせていただいた「武士の娘 鉞子とフローレンス」。ドラマ部分の演出は、「そこをなんとか」「そこをなんとか2」をご一緒した一色隆司さん。大学時代をアメリカで過ごされた一色さん、高校時代に一年間アメリカに留学したわたし、それぞれの体験も脚本に溶けているのではと思います。

二人三脚でベストセラー「武士の娘」を書き、何度も太平洋を共に横断し、今は青山墓地に並んで眠る鉞子とフローレンス。人情は国境をこえることを教えてくれる二人の友情の物語をドキュメンタリーとドラマでお届けします。ぜひ、見てみてください。

8/11(火)21:00〜22:50(途中ニュースを挟みます)
NHK BS1にて



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2012年08月10日(金)  うひゃどっぴ
2011年08月10日(水)  NHKよる☆ドラ「ビターシュガー」顔合わせ
2010年08月10日(火)  夏が子どもを大きくする
2009年08月10日(月)  『ぼくとママの黄色い自転車』原作者・新堂冬樹さんと白黒対面
2008年08月10日(日)  マタニティオレンジ318 キンダーフィルムフェスティバルで初めての映画
2007年08月10日(金)  あの流行語の生みの親
2004年08月10日(火)  六本木ヒルズクラブでUFOディナー
2003年08月10日(日)  伊豆 is nice!
2002年08月10日(土)  こどもが選んだNO.1


2015年08月09日(日)  「昔話法廷」かぶってない人たちも熱いんです

こぶたが、オオカミが、ウサギが、タヌキが証言台に立つ光景がシュールと話題になっているEテレ「昔話法廷」ですが、検察官VS弁護人の舌戦も熱いです。

正当防衛で無罪はアリ?
“三匹のこぶた”裁判 >>>作品紹介(NHKサイト)
木南晴夏さんVS加藤虎ノ介さん
8/10月 10:00-10:15
再放送8/21金 23:25-23:40

ウサギは執行猶予を勝ち取れる?
“カチカチ山”裁判 >>>作品紹介(NHKサイト)
安藤玉恵さんVSモロ師岡さん
8/11火 10:00-10:15
再放送8/21金 23:40-23:55

まさか王妃が犯人じゃない⁉
“白雪姫”裁判 >>>作品紹介(NHKサイト)
山本裕典さんVS堀内正美さん
8/12水 10:00-10:15
再放送8/28金 23:30-23:45

名字が今井同士で親しくしている検事出身の今井秀智弁護士がガッツリ法律監修。まず争点を決め、左右に振れる心証メーターを念頭に置いて裁判を作っていきました。
おなじみの昔話が、その登場人物が、今までとは違って見えるかもしれません。
判決は視聴者に委ねられますが、どんな風に見解が分かれるか楽しみです。



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2013年08月09日(金)  数十年ぶりの白浜
2012年08月09日(木)  朝ドラ「てっぱん」ファンクラブ @teppanfc
2011年08月09日(火)  【たま絵】世界が広がってきた!?
2010年08月09日(月)  蕎麦アレルギーが消えていた!?
2009年08月09日(日)  星良ちゃんインタビュー&朝ドラ「つばさ」第20週は「かなしい秘密」
2008年08月09日(土)  冷蔵庫に塩豚があれば
2007年08月09日(木)  ちょこっと関わった『犬と私の10の約束』
2004年08月09日(月)  巨星 小林正樹の世界『怪談』
2002年08月09日(金)  二代目デジカメ
1999年08月09日(月)  カンヌレポート最終ページ


2015年08月04日(火)  FMシアター「静かな生活」番宣が静かじゃいけません

ひと月余りも更新をさぼっていますとfacebookからせっつかれて、ハッ!
8/1放送のFMシアター「静かな生活」のお知らせをしたつもりが、ツイッターでのお知らせで留まっておりました。

なんたる不覚!
暑さのせいだけにはできますまい。

タイトルには「静かな」とありますが、番宣が静かではいけません。

「金魚鉢の教室」「マー子さん」「父の代理人」とこのところ年に一本ペースでFMシアターをご一緒している演出・藤井靖さんとの四作目。学習指導支援員の孤立無援を描いた「金魚鉢の教室」、改正生活保護法に着想を得た「父の代理人」に続いて、「ある問題を話し合う場から見えてくる本音と悲喜こもごも」シリーズ第三弾は、保育園の騒音問題がニュースになっているのを見て、「静かな生活とは?」と想像を膨らませました。

主人公は、マンション管理組合の理事長。ちょうどわが家も輪番制の理事長が回ってきたところで、管理会社の担当者さんをつかまえて取材もできました。

ドラマはナマモノ生き物、リハと本番でどんどん進化。毎度のことながら役者さんたちの臨機応変力に感服しました。

主人公夫婦の康平君とみちるさんを演じてくださったのは、植村宏司さんと千田美智子さん。アテ書きしたかのようなお名前!雰囲気もイメージ通り。主人公夫妻を「理事長さん!」攻撃で悩ませる隣人・駒元役の松金よね子さんは、とにかく達者。ひとつひとつのセリフとしっかり向き合ってくださっている姿勢がうれしくて、にまにましてしまいました。「話を聞かないドイツかぶれの独走教授役は大林隆介さん。受験生の息子のお弁当のことで頭いっぱいの主婦役は岡田さつきさん。自分のことしか見えてない困った住人たちがそろいました。調子のいい管理会社の本田さん役は岡田達也さん。口癖の「はい〜」がいい感じ。はると君ママ役の秋山エリサさん、その元夫と康平君の発注者役の酒巻誉洋さん(康平の翻訳の発注者と二役)も飛び道具的な設定をテンポ良く実感を持って演じてくださいました。

音楽は川田瑠夏さん。作品にご縁を感じてくださったようで、明るい表情でリハから帰られ、登場人物たちの気持ちに寄り添う素敵な劇伴を作ってくださいました。

と、ここまで紹介して、聴きたいと思ってくださった方、重ね重ねすみません。文化庁芸術祭参加作品になるか放送文化基金賞を取るか大量のリクエストが来たら再放送のチャンスがあるようです。



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2013年08月04日(日)  さめない「てっぱん」を囲んで@ファンクラブ一周年オフ会
2012年08月04日(土)  『オズの魔法使い』の3年6組同窓会
2010年08月04日(水)  【たま語】おかえり……ください
2009年08月04日(火)  「役目を終えた」と思えば捨てられる
2008年08月04日(月)  宙返りできなかったことが心残り
2007年08月04日(土)  マタニティオレンジ154 タマーズブートキャンプ
2006年08月04日(金)  プレタポルテ#1『ドアをあけると……』
2002年08月04日(日)  キンダー・フィルム・フェスティバルで『パコダテ人』


2015年07月17日(金)  俳句の道の入口で引き返した母の娘

広告代理店でコピーライターをしてた頃に組んでいたアートディレクターの中原道夫さんは俳句界の芥川賞と呼ばれる賞をもらったとかの大先生。「今井も作ってみる?」と言われ、20代のわたしが作った句が

稲妻の ピアスのごとく 海貫く

中原師匠の批評は
「稲妻、ピアス、貫く、全部尖ってて、同じこと言ってる。イメージが広がらない。俳句は五七五で四百文字をイメージさせないと」

なんとなくカッコいいもの作ろうと頭で考えてつなげた十七文字の薄っぺらさを看破されてしまったのでした。

中原さんは「またできたら見せて」と言ってくださったのですが、わたしは「俳句より長いほうが向いてる」とさっさと見切りをつけ、俳句の道の入口で引き返してしまいました。黛まどかさんの「ヘップバーンの会」を意識してつけた俳号「オードリーヒップボーン」が日の目を見ることはありませんでした。

時は流れ、再び俳句に出会ったのは、娘のたまの通う小学校が俳句に力を入れているから。毎月のように授業で句会をし、俳句に親しんでいるたま。脚本家の大先輩、筒井ともみさんに「台詞は吐息」という名言がありますが、息を吐くように、さらさらとスケッチするような気軽さで日常の心動いた出来事を五七五で映し出します。一年生の終わりに作ったのは

きょうしつを ぞうきんほうきで 春むかえ

学年末の大掃除の風景。新入生を迎える教室をきれいにして渡そうという、うれしさと誇らしさをわたしは感じました。

二年生で作った句は

かたつむり あるいてあるいて しわだらけ

うろこぐも みんなの上で おうえん歌

かれは見て じいさんのこと 思い出す
(じいじごめんなさい!でもわたしはルーブルかオルセー美術館で見た老婆の肖像画に「冬」と題がついていた衝撃を思い出しました)

雪どけで あんなにいた子が ひとりだけ
(句会では票が入らなくて悔しがってましたが、雪遊びしてた子たちがいなくなった後に目をつけたところがわたしは好きです)

など。

三年生になってからは

カーネーション 一枚一枚 おくりもの

小学校からあちこちの俳句賞にも応募をしていて、伊藤園のお〜いお茶新俳句大賞もそのひとつ。一年生の冬休みに作った

冬の朝 ごくりとのんで 目がさめる

が昨年二次審査を通過し、「受賞の場合氏名を公開していいかどうか」の確認がありました。ここまで来たら入賞の確率は高いのではと期待していたら二次止まり。後で「おーいお茶だから、お茶の俳句にした」とたまが言うのを聞きました。頭で考えた俳句だったわけですね。

それから一年。二年生の冬休みの宿題で作った俳句が二次審査を通過し、今年も氏名表示の確認が来ました。

はれぎきて くすぐったいな みんなの目

今度はお茶を意識していない素直な句だなと感じて、今年は行けるんじゃないかと勝手に期待。佳作特別賞に滑り込みました。今年は176万5150句の応募があったそうで、運にも味方されました。

お〜いお茶のパッケージに掲載されるのは、さ来年の春から一年間のどこかという気の長い話。二つ先の春に楽しみが待っているというのもうれしいもの…という喜びを五七五で表せない母です。

たまの俳句を中原師匠に見せたなら……?「お母さんより上手だね」と褒めてくれるのではと思います。



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2011年07月17日(日)  尾道土産と福石猫の「えん」
2010年07月17日(土)  原稿送信!今から遊んで!
2009年07月17日(金)  一年ぶり!SKIPシティ国際Dシネマ映画祭
2008年07月17日(木)  最近食べたお菓子
2007年07月17日(火)  マタニティオレンジ147 働くお母さんの綱渡り
2005年07月17日(日)  阿波踊りデビュー
2004年07月17日(土)  東京ディズニーシー『ブラヴィッシーモ!』
2000年07月17日(月)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)



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