2002年06月14日(金)  タクシー

■深夜帰宅のタクシーでは寝ない。寝ている間に誘拐されたら困る、というのは見栄で、いい眠りに落ちたところで起こされるのが辛いから。それに、タクシーの運転手ほど面白い人たちはいない。一日中いろんな種類の人間と密室にこもり、「ここだけの話し」がまる聞こえなんて職業は、なかなかない。わたしにとってタクシー帰宅は「動く千一夜物語」。今夜(といっても朝になっていたが)乗ったタクシーでも目をランランとさせておしゃべりしていると、「お客さん、眠くないんですか?」と不思議がられた。わけを説明し、今までに出会った忘れられない運転手さんの話をした。競輪の選手だったが交通事故に遭い、選手生命を断たれたものの「走り続けたい」と運転手になった人。書きかけの小説を話し出したら止まらなくなり、わたしの家の前に着いてからも30分話し続けた人(メーターは上げてくれた)。「あれも僕の設計したビルで…」と説明してくれた元一級建築士……。すると、「僕もです」と運転手さん。聞けば、事情があって、一級建築士をしながら夜だけタクシーを走らせているという。「建築科の同期の中で、僕だけ異色なんです」と言うので、「でも、いろんな人の声を間近で聞ける今の体験って、建物を設計するのに絶対生きてきますよ!」と力説した。建物という器を使うのは、生身の人間なんだから。わたしも、突拍子もない発想や生きた台詞に出会えるのは、会社で働いているおかげと思っている。「確かに時間は制約されるけれど、その分、二つの仕事がいい影響を与え合っているはず!」と盛り上がり、二足の草鞋どうし「お互い頑張りましょう」となった。タクシーを降りるとき、「今あたためている夢があるんです」と運転手さんが教えてくれた。個人タクシーの免許が取れ、自由な時間に走れるようになったら大学院へ行き、「免震・減震・耐震」構造を極め、その道のエキスパートになりたいとのこと。いくつになっても夢があること、目標があること、とくに勉強しようという姿はすばらしい。「名前を聞いてもいいですか」と言ったら、「ここに書いてあります」と助手席の前のプレートを指差された。運転手さんの名前を覚えた。いつか夢がかなったのを知ったら、うれしさを少し分けてもらおうと思う。

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