2014年09月13日(土)  模擬裁判員裁判の4時間で得たものとは

弁護士ドラマ(「そこをなんとか2」放送中!)の脚本を書いておいて、なんですが、「裁判員候補になったら厄介だな」と思っていた。

時間を取られるし、背負わされるものが大きすぎる。

でも、今日、模擬裁判員裁判を体験して、だいぶ考えが変わった。

声をかけてくれたのは、法教育の派遣授業を行うリーガルパークを率いる今井秀智弁護士。
「そこをなんとか」の脚本を書いていた2年前に知り合った。
「弁護士の今井さん」「脚本家の今井さん」と呼び合い、二人で「今井BK会」を名乗っている仲。なんだけど、お互いの仕事ぶりを見たことはなくて、「今度模擬裁判やるんですよ」「じゃあ見学させてください」ということでお邪魔させてもらった。

就職情報サイトのマイナビとリーガルパークの共催イベントなので、参加者は大学生や高校生。
片隅でひっそり傍聴のはずが「裁判員として評議に参加して」と言われ、日向へ担ぎ出されることに。



評議に入る前に、審理。
冒頭手続(人定質問、起訴状朗読、権利告知、罪状認否)。
証拠調べ手続(検察側立証=検察官の冒頭陳述、証人尋問・被告人の兄 弁護人立証=証人尋問 被害者の友人、被告人質問・被告人)
論告・弁論(検察官の論告求刑、弁護人の弁論、被告人の最終意見陳述)

……と本番さながらに進行する模擬裁判。
これが、舞台劇を見ているような、いやそれ以上に本物の裁判に立ち会っているような臨場感で驚いた。
会場は國學院法科大学院の法廷教室。傍聴席との間の柵も、ちゃんとある。
検察官や弁護士を演じるのは、法科大学院の学生さんたち。
被告人や証言者は今井弁護士関係の年相応の方々が演じているのだけど、いきなり投げられた質問に、「被告人として」「証人として」答えを返すアドリブ力がただものではなく、役者さんなのかと思ったほど。

「家って外からは鍵をかけられますけど、中からは、すっと出られるんですよね。変な言い方ですけど、中から閉じ込めることはできないんです」(被害者の徘徊について被告人回答)
「雨の日は傘を差し、今日みたいに寒い日には、子どもがお母さんの手を取るみたいに、仲のいい親子という感じでした」(被告人と被害者の様子を聞かれて被害者の友人回答)

などなど、人間臭くて現実味のある回答が咄嗟に出て来る。
これまでにも何度も模擬裁判をされているそうで、場数を踏むうちにキャラクターが出来上がったのかもしれない。

案件は、痴呆の母親を、介護していた息子が足蹴りして死なせた傷害致死事件。
(「ケガをさせる目的はなくても暴力をふるった結果であれば傷害は成立する」と今井弁護士が評議の際に補足。)
夜中にトイレに起きた母が間に合わずに床を汚し、息子がタオルを取りに行っている間に、さらに汚れを拡大。さらに母が息子をなじったため、息子は逆上。母をどかせるつもりで足蹴りをしたところ、母が倒れて起き上がらなくなってしまった。

死なせるつもりもケガをさせるつもりもなかったが、日頃から母をたたくことはあった。
また、施設入りをすすめる兄の申し出を断り、ヘルパーにも頼らず、かたくなに一人で介護を続けた。
被告人は3年前にリストラに遭い、収入はなかった。そのため、母の年金をあてにしていたのではと兄は思っている。

検察側の求刑は5年。
「暴力を続け」「自らをストレスのたまる状況下に置いた」結果、起こるべくして起きた事件であり、「昨今は介護の制度が充実しており、十分に防げた」事件であったというのがその根拠。

これに対して被告人側は、執行猶予を求めた。
「有罪であることは認める」ものの「突発的なもの」であり、「再犯の可能性は低い」。
また「自分への怒り、深い自責の念」は十分にあり、「刑務を無理強いするよりも、自分の過ちと一生向き合う」よう促したい、と主張。
「被告人は加害者であると同時に被害者遺族でもある」という言葉が印象に残った。

これら法廷で提示された情報を手がかりに、裁判員は2チームに分かれて評議をすることに。

わたしが入ったBチームは、大学生3人、高校生3人、わたしの7人。
「裁判長やりたい人?」と今井弁護士に聞かれて、はいっと手を挙げた理系大学生男子が裁判長になり、彼の司会進行で判決をまとめていった。

「まず、実刑か、執行猶予つきか、どっちだと思いますか?」
「実刑、執行猶予、それぞれのメリット、デメリットは?」
今どきの大学生や高校生は議論に慣れているのか、自分の言葉で自分の考えを語る姿がとても自然。

審理のときも「裁判員席に座りたい人?」と聞かれると、次々と手が挙がり、証人や被告人への質問も矢継ぎ早に飛んだ。

「お母さんにおむつをするという発想はなかったんですか?」
「お母さんと二人で楽しく過ごせていましたか?」
「自治体や支援グループの活用は考えなかったのですか?」
「執行猶予になったとして、お母さんはいません。どうやって生計を立てていくのですか?」
「もともとスポーツはしてましたか? 足を使ったスポーツをされたことは?」

わたしが高校生や大学生の頃は、十人いたら一人か二人は物怖じしない子がいたけれど、今の子は、物怖じしないのが普通なのか。
それとも、休日に自分から学びに来ようという向学心にあふれたこの子たちが特別なのだろうか。

被告人役の方が何度か質問を聞き返す場面があった。それを見て、
「耳が遠いようですが、お母様の要望が聞こえていなかった可能性はありますか?」と質問した学生もいた。

わたしがあのいちばん高い椅子に座っていても、あんな気のきいた質問できなかっただろうな、と感心した。

さて、話を評議に戻して。
最初は「再犯の可能性は低そうだし、執行猶予つきで決まり」と思っていた、わたし。
でも、検察官の論告求刑を聞いて、「この判決が社会に与える意味」に想いを馳せた。
介護制度が充実したとはいえ、手続きやコストにハードルの高さを感じて、あるいは人手を借りることへの遠慮から、自力で乗り切ろうと背負い込んでいる人は、まだまだいる。
同じような事件は、また起こりうる。
「頼れるものに頼らず、自分を追いつめる」ことも罪なのだと知らしめる意味は大きいのではないか。

その意見を言うと、実刑に賛成という意見が相次いだ。
「執行猶予つきになっても生活の糧はない。ならば、刑務所で手に職をつける間に年金受給開始時期を迎えるほうが再出発しやすいのではないか」
「母と暮らし、母を殺してしまった家に戻るのは精神的に辛いのでは。環境を変えるクールダウン期間を持つことは被告人のためでもあるのでは」
「刑務所で、自分の罪と向き合い、母との思い出を振り返る時間を持ってほしい」
「刑務所で否応なく他人と関わることも、社会に対して閉ざされた被告人の生活を変え、社会復帰を促すことになるのではないか」

ただ、実刑にすると「前科持ち」になってしまう……と懸念の声。
これに対して「執行猶予であっても前科持ちにはなるので、刑務所に行ったかどうかの違いになる」と今井弁護士。

逆に「母の年金に頼っていた被告人は、刑務所暮らしに味をしめてしまうかも」という意見もあった。

他に「刑務所内の雰囲気は? カウンセリングとか受けられるんですか?」(受けられます)「刑務労働でどんなものを作っているんですか?」(昔はデパートの紙袋など。最近は携帯の基盤など)といった質問もあった。

また、被告人と兄との関係を考える人も多かった。
「被告人の兄の気持ちを考えると、実刑にして罪を償ったほうが、兄との関係も修復できるのではないか」という意見に対して、「介護を弟まかせにしていた兄にも責任はあるのではないか」と、わたし。施設に入れろとは言っていたものの、具体的な問い合わせなどはしておらず、もっと親身に相談に乗っていれば、事件は防げたかもしれない、と。

実刑か執行猶予では、実刑に決定。
では刑期は?
「法定刑は懲役3年以上20年以下。下限は情状により減刑して1年6月以上」となっている。

殺意はなくとも傷害致死事件は実刑に値することをメッセージするのが目的であれば、下限の1年6か月でいいのでは、とわたし。

これに対して「それでは短すぎる」という声が相次いだ。
被害者の命の重さ、母を奪われた兄の気持ちを考えると、求刑通り5年でいいのでは?
でも、すでに十分反省している被告人にとって、それは長過ぎるのでは?

刑務労働の作業報奨金がひと月4000円ちょっとぐらい出ると聞いて、「それが年金ひと月分、約15万円たまったら出るというのは?」というユニークな計算をしたのは高校生。
でも、何年がかりでためたのと同額を年金であっさり受け取れてしまうと、刑務労働が空しく思えてしまうかもしれないから、報奨金を刑期の根拠にはしないほうがいいのでは、となる。

では、5年の半分で、2年6か月はどうでしょう、とわたし。
被告人の母が痴呆を発症したのが2〜3年前。
被告人が痴呆の母の面倒を見ていた時間を、刑の長さとすることで、被告人にも、被告人の兄にも、被告人が背負ったものに想いを馳せて欲しい。そんなメッセージをこめられないか、と。

こうしてBチームの判決は「実刑2年6か月」となった。

Bチームは「この判決に3方向のメッセージを込めたいと思います」と、社会に向けて「同じ事件が起こらないようにする努力」を促し、被告人には刑務所で再出発の準備をと訴え、被告人の兄には被告人が刑期を終えたら一緒にお母さんのお墓参りをと呼びかけた。

もうひとつのAチームは懲役3年、執行猶予3年。再犯の可能性が低く、反省もしており、実刑を科す意味は低いという理由で、堂々とした判決文だった。

「人が変われば、裁判が変わる」と今井弁護士。
評議するメンバーが変われば、実刑か執行猶予つきかが分かれてしまう。
結果は違うけれど、両チームとも、被告人がこれからどう生きていくのかに思いを馳せ、期待を託して導いた判決。

人との関わりを避ける被告人の人生を、家族以上に親身になって考え、悩んだ人たちがいる。
その事実が、被告人の更正の後押しにならないだろうか。
なってほしい、と願う。
なるにちがいない、と思うのは性善説すぎるだろうか。

並べて比べるのは無理があるのは承知の上で、自分がシナリオコンクールに応募していた頃のことを重ねた。
賞が取れるかどうかで、デビューできるかどうかが決まる。人生が懸かっている。
もちろん賞を取りたい。結果は大事。
でも、それと同じくらい、自分の作品がどのように審査されたかに一喜一憂した。
隅々まで読んで、何度も読み返して、この人は書き続けられる人だろうかと想像し、書き続けてほしいという願いを込めて賞を贈ってくれたんだな、と感じられるのは、賞状よりも賞金よりもうれしかった。
賞を逃しても、わたしの作品から何かを受け取ってくれた審査員の方の言葉や励ましは、やはり賞状や賞金よりも光っていた。

判決という結果を導くまでに、どんな議論があったか、それは直接被告人に伝わらなくても判決からにじむものかもしれないし、その議論そのものを知る機会があれば、判決以上に被告人の胸に響くことがあるかもしれない。そんなことも思った。

最後に、参加者が一人ずつ感想を述べ、出演者の皆さんが紹介された。
自分のワークショップでもそうだけど、感想を分かち合う時間を持つことで、数時間の体験がぎゅっと凝縮される。味をまとめる仕上げの調味料のような役割を担っていて、この時間があるかどうかで後味が大違いだと思う。

今日はとくに、若い皆さんがどんな思いで模擬裁判に臨んだか、何を得たかを聞けて、一人一人が持ち帰ったものの大きさと意味を受け止めて、すごくいい話を聞かせてもらったなとうれしくなった。

判決とは被告人だけでなく、その家族や社会へのメッセージなのだ。
罪を犯した人の抱えているものや、そのまわりにあるものに想いを馳せて、自分だったら……と想像して、その人のために、そのまわりの人のために、そして社会のために、これからどんな未来が続けばいいのかを考え抜いて、その未来へ歩みだす道すじを示すことなのだ。
裁判員に関する本や資料もずいぶん読んだけれど、この実感は、模擬裁判を体験した4時間があって得られたものだと思う。

実際の裁判員を体験したら、もっと重く深く感じ入ることがありそう。

「起きてしまった物語は変えられない。でも、物語の続きは、あなたの手の中にある」
(朝ドラ「つばさ」玉木加乃子)

2011年09月13日(火)  国立西洋美術館「大英博物館古代ギリシャ展」
2010年09月13日(月)  映画『武士の家計簿』と『翔太と猫のインサイトの夏休み』
2009年09月13日(日)  朝ドラ「つばさ」第25週は「最後のラブレター」
2008年09月13日(土)  大阪・北浜『五感』のVIPルーム


2014年09月08日(月)  小さな葡萄が巨峰に化けるように

来る道すがらで買い求めた葡萄を持って、ダンナ父が孫のたまの顔を見にやってきた。

「なんだ、この色鉛筆は!」
テーブルに出してあるファーバーカステル120色を見て、驚いた声をあげた。
「これ、たまにって贈ってもらったんです」と言うと、
「こんないいものを!」とさらに目を丸くした。

たまが初めて応募した標語が選にもれ、「せっかく書いたのに」とがっかりしていることをfacebookで応募作品の画像とともに紹介したら、「これは賞に値する!」と個人賞の授与を申し出てくれたのが、わたしの友人のニック・ウエムラさん。

ファーバーカステル120色のほかに、150色のクレヨンタワーと、上質な画用紙を贈っていただいた。
>>2013年10月12日 「たのしいよ、むかしさがし」にニック賞


ここまでしていただくほどのことを何もしていないのに、と恐縮するわたしに、「将来画家としてデビューするときは、エージェントをやらせてください」とニックさん。

この画材に見合う腕を発揮できる日が来るのか。
いや、最高の画材を得たからこそ花開く才能もあるかもしれない。

あれから、もうすぐ一年。
じいじが持って来た小さな葡萄は、たまの手にかかると、巨峰に化けた。



ダイニングテーブルにはファーバーカステルの120色が出ていて、気が向いたら絵を描ける。それがどれだけ恵まれたことか、本人は自覚してないけれど、どんどん描いて、どんどん伸びて、賞をチカラにしてほしい。

小さな葡萄が巨峰に化けるように。

2012年09月08日(土)  中国まるかじり!中国文化祭
2010年09月08日(水)  15分あればできることを半年延ばす
2009年09月08日(火)  昭和芸能舎『長ぐつのロミオ』
2008年09月08日(月)  マタニティオレンジ331 おばけごっこ トンネルごっこ
2007年09月08日(土)  対岸のタクシー
2006年09月08日(金)  マタニティオレンジ4 男の子か女の子か?
2005年09月08日(木)  文芸社パンフレットの取材
2004年09月08日(水)  東銀座の『台湾海鮮』
2003年09月08日(月)  「すて奥」作戦


2014年09月07日(日)  羞恥草の花

朝、日課の水やりをしてて、ほう、となった。

オジギソウって、花が咲くんだ。
触れると葉を閉じる恥ずかしがり屋。
中国語名は羞恥草だそう。

恥ずかしがってるわりには、明るい紫色。
社交ダンスのドレスの袖についてるシャラシャラしたやつみたい。




2010年09月07日(火)  アプリで脚本家は生き延びる!?
2008年09月07日(日)  出張いまいまさこカフェ9杯目「映画祭審査員は五人五色」
2007年09月07日(金) マタニティオレンジ172 『パパは神様じゃない』
2006年09月07日(木)  マタニティオレンジ3 「食事のおいしい産院」で産みたい!
2004年09月07日(火)  韓国のカメラマン Youngho KWONさん


2014年09月04日(木)  【たま語】「わたしがしんだら……なくなっちゃうんだな」

そろそろたまが育成室(学童保育)から帰宅する頃だなと思って、近くまで迎えに行ったら、いつもと違うルートを通ったようで、入れ違いになってしまった。

「お母さん、今どちらですか?」と育成室から携帯に電話があり、「たまちゃんが帰宅したら、家に人がいなくて入れない、と見送った指導員から連絡があったんですが……」。マンション前に戻って待つこと数分、指導員の先生と一緒に現れたたまは、「ママ、どこ行ってたの!」。

ごめんごめん、迎えに行ったんだけどね……。
そのまま手をつないで、近所のお肉屋さんまで歩く道で、
「このままママがいなくなったらどうしようって思った?」と聞くと、
「それはおもわなかったけど、わたしがしんだら、あたまのなかでいろんなことかんがえてるのもなくなっちゃうんだなって、ときどきおもう」という返事が返ってきた。

不意打ちを食らった。

わたしも同じこと考えてた子どもだったから。

それがいつからか覚えてないのだけど、あるとき、「私が死んだら私の頭の中にいるお父様はどうなるのだろう」という詩(文言少し違ったかも。誰の詩だったのかも思い出せず……)に出会い、同じことかんがえてる人がいるんだなと、ほっとした。

娘の言葉で、あのフレーズが蘇った。

そうか、たまはもうそんなことを考えているのか。

「生きることは、頭の中でいろんなことを考えて、積み重ねていくこと」という意識が、もうあるということ。
だから、死んだら、それはどうなるんだろうと考える。

本を読んだ感想。
お友だちとのおしゃべり。
運動会。
お誕生会。
初めての映画館。
旅先で見た景色。
それらの積み重ねが人生。
記憶のミルフィーユが、自分を作っている。

その断片を取り出したいときに取り出せて、家族や友だちと分かち合える。
それが生きる楽しみ、喜び。
そう思っていたから、記憶の蓄積ができない「前方性記憶喪失」を発症するウェルニッケ脳症を知ったときは衝撃を受けた。

「記憶がどんどん消えてしまったら、生きることは、どんなに空しくなるだろう」と。

会社で隣の席だったデザイナーの飯田さんが毎週読んでたSPA!の見開き記事でウェルニッケ脳症を知って、10日ほど後に締切が迫ったNHK札幌放送局のオーディオドラマ脚本コンクールに向けて一気に書いたのが「雪だるまの詩」。
降っても降っても溶けていくはかない雪と、消えていく記憶を重ねた。
でも、雪は、固めれば強くなる。
自分のかわりに、誰かが、記憶の雪だるまを固めてくれれば、その雪だるまは、誰かの心の片隅で輝き続ける。
「生きるとは、自分と出会った人の心に記憶を残すこと」という気づきが作品とともに生まれた。

こどもの頃から考え続けてきたことだから、作品に切実さがこもったのだと思う。
そして、自分が死んだら……というおののきが、作品という記憶を残したい、と原動力になっていたとも思う。

「わたしがしんだら……なくなっちゃうんだな」
本当になくなっちゃう?
なくなっちゃうとしたら、どうする?
なくなっちゃわない方法は、ある?

たまは、どんな続きを描くのかな。

【たま語】はツイッター@tamago_bot822で過去のものと今のものをまぜて発信中。




2011年09月04日(日)  Yahooに払い過ぎ?と新ドメインimaimasako.com
2010年09月04日(土)  アラ還の会!?マッキャンAgain-2展初日
2009年09月04日(金)  「しましま みいつけた」ごっこ
2008年09月04日(木)  佐瀬寿一さんと『はだしになって』
2007年09月04日(火)  愛すべき映画『Little DJ〜小さな恋の物語』
2004年09月04日(土)  文京ふるさと歴史館
2002年09月04日(水)  暑い日の鍋


2014年08月07日(木)  オリーブの島脚本賞2014最終審査終了

瀬戸内こども映画フェスティバル(8/23-31)の脚本コンクール「オリーブの島脚本賞2014」の最終審査。



ご一緒したのは、いずれも初対面の金子修介監督、橋口亮輔監督、松竹プロデューサー深澤宏氏。みなさんが脚本をどう読まれてきたかをうかがえて、とても勉強になりました。

この賞の位置づけや目指すものについて議論したり、今後も脚本賞を続けていくための意見交換があったり。入賞作を選ぶのがゴールではなく、選ばれた脚本をどう活かしていけるか、次につなげていけるか、そこをスタートに考えての議論は前向きで刺激的で愛がありました。

コンクールでデビューのきっかけをつかんだ一人としては、自分の作品が選ばれたときも、こうして脚本を読み(人の書いた脚本を読むというのは、なかなかエネルギーのいることです)、意見を出し合ってくれた人たちがいたのだと想いを馳せる機会にもなりました。

審査結果発表は8/31映画祭クロージング(ベイリゾートホテル小豆島)にて。

2012年08月07日(火)  ヤマホロシ ナス科
2010年08月07日(土)  ベランダでカレー対決
2009年08月07日(金)  聞きたくないレーガン大統領と東ドイツの絵はがき
2008年08月07日(木)  暁に帰る
2007年08月07日(火)  シンクロニシティの人
2005年08月07日(日)  串駒『蔵元を囲む会 始禄 小左衛門』
2004年08月07日(土)  ご近所の会・一時帰国同窓会
2002年08月07日(水)  ティファニー


2014年08月05日(火)  消防車のおしりを描く

娘のたまが小学校の消防写生会で描いた消防車の絵。
区のコンクール出品作に選ばれ、区役所の一画の展示会に飾られているのを見に行きました。

おしりをどーんと力強く描いて、頼もしそうな存在感、それでいて楽しそうな消防車。
火事がないときは歌を歌っていそうです。



facebookに写真をアップしたところ、
「頭だけ描く子はいるけど、お尻だけの子は、初めて見たかも!」
と小学校の先生をしている友人きむきむ。
「描いてる間に前進して行ってしまった感!」
という楽しい感想も。

ぐるぐる巻きのホースに着目して、おしりを描いたのかなと思いますが、頭がないことで想像をかきたてます。

たま画伯によると「しょうぼうしゃはクレヨンで、ふうけいはえのぐでぬった。そのほうがいいとおもったから」とのこと。構図よりも画材にこだわりがあるようでした。

2013年08月05日(月)  「ひょっとこ」をまだ知らなくて
2012年08月05日(日)  大阪やなあ
2010年08月05日(木)  原稿ノリノリ。ユーロビートでノリノリ。
2009年08月05日(水)  ビデオを忘れるほどカメラに夢中
2008年08月05日(火)  マタニティオレンジ317 ビクス母三人と娘三人
2007年08月05日(日)  マタニティオレンジ155 シルバーパスの効用
2002年08月05日(月)  風邪には足浴


2014年07月30日(水)  言葉がおどる絵日記を書くヒント

夏休みの宿題の絵日記。「今日わたしは…」で始まるかしこまった文章だったので、「鍵カッコのセリフで始めてみたら?」と提案。

すると、どうでしょう。言葉が生き生き、おどりだしましたよ。

セリフから始めると、書き言葉の固さが抜けて、気持ち言葉が出やすくなるようです。
助走なしで加速がついて、頭よりハートで書くかんじ。




2012年07月30日(月)  どじょうに教わる「命いただきます」
2010年07月30日(金)  Hanako東京カフェ特集と笹塚の「茶日」
2009年07月30日(木)  美しすぎる運命の映画『スラムドッグ$ミリオネア』
2008年07月30日(水)  マッシュルームにすると美味
2007年07月30日(月)  劇団ダンダンブエノ公演『砂利』
2004年07月30日(金)  虹色のピースバンド
2003年07月30日(水)  脚本家ってもうかりますか?
2002年07月30日(火)  ペットの死〜その悲しみを超えて
2001年07月30日(月)  2001年7月のおきらくレシピ


2014年07月19日(土)  干支ひとめぐり「パコダテ人」

映画「パコダテ人」ゆかりの人たちとプチ同窓会。

2002年公開から、干支ひとめぐり。

高校生オーディションで宮��あおいちゃん演じる日野ひかるのクラスメイト役を射止めた澤村奈都美ちゃんは、函館から上京して10年。たまとたくさん遊んでくれました。



二人で黒板に描いていたのは自作の妖怪。おそらくあのアニメの影響。

「おしっこ言葉ねこ」はおしっこがメッセージになっていて、「元気です」などと知らせてくれます。

なつみちゃんは高校生当時、そのぶっ飛んだ文章力で驚かせてくれましたが、伸び伸びと面白いことを考える才能は今も変わらない様子。たまと、いい化学変化を起こしてくれたようです。

ビバ、じゃなくて、ビパ、パコダテ!

2011年07月19日(火)  オンライン小説「ルミチカ」配信開始
2010年07月19日(月)  溶けそうに暑い
2009年07月19日(日)  朝ドラ「つばさ」第17週は「さよなら おかん」
2008年07月19日(土)  世界は広くて狭い! SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2008開幕
2007年07月19日(木)  忘れ物を忘れる速度
2005年07月19日(火)  会社員最後の日
2002年07月19日(金)  少林サッカー
2000年07月19日(水)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2014年07月16日(水)  やらせる、のではなく、しむける。

帰宅した小2娘のたまが「なんで色えんぴつ出てるの?」。今日の中国語で「好きな食べ物の絵」を持って行って、中国語でヒントを出して当ててもらうゲームをしたのと言うと、「見せて」。551蓬莱の豚まんを描いた絵を見せると、「わたしもかきたい。ママみたいに、たべもののえ、かきたい」とやる気を見せた。

たべものずかんを開き、オムライスを模写。ケチャップのてかってる部分は赤を塗らずに。とてもおいしそうに描けた。その後エクレアとプリン、さらにお寿司を描いてから、突然「わたし、むいてない」。どうしてそう思うのと聞くと「うまくないもん」。「楽しかったら向いてるんだよ」と言うと、楽しくないと言うので、「じゃあ今日はこのくらいにしといたら」とお絵描きタイムおしまい。



親のペースでやらせず、子どものペースで筆が乗るように仕向けたいけど、子どもは気まぐれ、親の根気が試されます。「よし、今夜はオムライスね」と言いつつ野菜ごっそりオムレツにすると「ぜんぜんちがう。にんじんだらけ」と不満顔。こちらも思い通りには運びませんが、並べてみると、絵のオムライスのほうがおいしそうだ。

2011年07月16日(土)  尾道「てっぱん」ツアー2日目
2010年07月16日(金)  東京R不動産でプチ旅気分
2008年07月16日(水)  JASRAC著作権料9円!
2005年07月16日(土)  『リトルダンサー』と『アマデウス』と『マノン』
2004年07月16日(金)  島袋千栄展 ゴキゲンヨウ!


2014年07月15日(火)  育ててみて、わかること。



オクラって、こんな品のある白い花を咲かせるのね。

この花を見られただけでも育てて良かったと思ってたら…オクラって、こんな風に実がなるのね。三点倒立みたい。爪先ピンと伸ばして。

ピーマンとナスはアブラムシに弱い。トマトはほったらかしでも実がなる。

縁あってうちに来た苗たちが、身をもって教えてくれました。

2012年07月15日(日)  北鎌倉のシェアアトリエ「たからの庭」
2011年07月15日(金)  尾道「てっぱん」ツアー1日目
2010年07月15日(木)  LANケーブルを引っこ抜いて仕事はかどる
2008年07月15日(火)  6本めの長編映画『ぼくとママの黄色い自転車』撮影中
2007年07月15日(日)  MCR LABO #4 愛憎@shinjukumura LIVE
2004年07月15日(木)  見守る映画『少女ヘジャル』
2002年07月15日(月)  パコダテ語
2000年07月15日(土)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)

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