三楽の仕事日記
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2005年10月31日(月) 代休日のため九雀さんに会える

 代休日。一宮市立北方中学校の芸術鑑賞会をプロジュースした関係で、午後から北方中へ。桂九雀ご一行様にご挨拶。生喬さん、染左さん、下座さんらが同行。

 開演前にはいかにも学校らしい指導があって、会場は静まりかえる。開演。九雀さんの巧みな話術で徐々に会場は暖まり、あっという間に生徒は確実にツボ、ツボで爆笑。落語解説だけで45分間もの大サービス。これだけ皆さんに喜んでいただければ、紹介した甲斐があったというもの。落語が始まったところで中座させてもらう。帰宅。

 明日は11月22日の授業指導案検討日。少しでも書かなければと思いながら進まず。頭はいつも以上に回転中。なんとなく見えてきているのだけど、うまく表現できない。もどかしい。もっとも、これはいつものペース。始めはこんなもの。

 11月2日の犬山市内の公開授業が気になりネット検索。今や犬山といえば教育改革の町。一度は授業を見たいと思いつつ、なかなか訪問できず。今回は何としても!という気持ち。犬山市教育委員会のサイトから教育長のページにアクセス。じっくり読めばいいことが書いてあるに違いないと思いつつ、これではあまりにも読みづらい。発信日もあってもいいと思う。編集はだれがやっているのだろう?市民からの要望はないのだろうか?せっかくの発信なのに残念。近隣にものすごく参考になるサイトがあるのに。


2004年10月31日(日) 光祭(文化部門)2日目&地域ふれあいフェス
2003年10月31日(金) 文化祭2日目

2005年10月30日(日) オフといえばオフ日

 昨夜やり終えた校正を見直して郵送。ほっと一息。「元気」(著 五木寛之)を読み始めるが続かず。最近は途中で止めてしまう本が多い。本というのはその時の心理状態もあるよねえ。またいつか手にすることもあるはずと思って棚へ。

 私&光ヶ丘中学校のことを書いていただいたブログを発見。元気がますます出た。


2004年10月30日(土) 光祭(文化部門)1日目
2003年10月30日(木) 文化祭1日目

2005年10月29日(土) 光祭(文化部門)開催

 朝から小雨。今日は光祭(文化部門)。

 校長挨拶。「文化は受け取る側が創る」。これは去年の挨拶が土台。いろいろ考えてもいきつくところは同じ。しかたがない。

 1年、2年の合唱、3年選択音楽発表と続き、午前中は終了。合唱はどの学級も遜色なく、審査員として順位をつけるのは、罪なことをしているようでしかたがないほど。選択音楽で尺八演奏もあり。あれだけ音が出て、しかも音程がとれているのは驚異。みんなはわかっただろうか?あのすごさが!

 展示見学。教科、選択教科、総合、部活動の発表を見て回る。日ごろの指導のよさがよく表れている展示が多い。満足。

 午後は3年生の合唱、2年選択音楽発表。午前中にもまして、どの学級もすばらしい歌を発表してくれた。「心が動く」というのはこういうことなのだと実感。ここの子どもたちは鍛えれば鍛えるほど伸びる。本当に素晴らしい力を持った子どもたちばかりだ。

 結果発表。思わず結果に涙する学級。大喜びをする学級。それぞれの担任のそれぞれの表情。こちらの心臓も妙に高鳴る。賞状をする読み上げる声に、思わず力が入る。「よく頑張った、感動をありがとう」という気持ちを精いっぱい込めて文面を読む。

 片付けも予定以上に早く終わる。よく働く子どもたちと職員。申し訳ないと思い、僕も机を運んでいたら、子どもから「校長先生まで運んでいる」と声。「僕が運びます」と言った子どももいて感激。

 さっそく学校HPに展示を中心にアップ。今日は朝からアクセスが多く、夕刻ですでに500を突破。

 職員打ち合わせをして、充実した光祭を終了。農業公園でイベント中のみなさんの応援に出かける。松田さんをはじめ、エコネットの皆さんがずらり。エコネットの皆さんも本当に凄い人ばかり。

 再び学校へ。11月上旬に市教委に提出の書類チェック。印刷完了。バスケ男女の愛日大会、陸上競技の結果も聞き、あちこちで頑張る子どもたちにうれしさがこみ上がる。

 印刷室ではPTA渉外部のみなさんや森澤さんが4000枚を超える地域ふれあいフェスティバルのチケット印刷、裁断。教頭さんもPTAの日比野さん特製のポスター印刷作業。次から次へイベントが続く我が校。これも支えてくださる皆さんのおかげ。本当に幸せな校長。

 帰宅。出版本ゲラ校正。学校HPアクセス数はひさしぶりに1000突破。本城さんのブログで東山田中の校歌づくりの様子を見る。どんな校歌なのだろうか、ぜひ聞いてみたい。


2004年10月29日(金) 光祭(文化部門)の準備
2003年10月29日(水) 地球のうたコンサート

2005年10月28日(金) NHKほっとイブニングが再び取材

 今日はほとんど校長室で執務。今まで整理不十分だった事務を一気に片付け。一安心。学級優先の時間は各学級の合唱の仕上がりを見て回る。どの学級も思いがしっかり伝わってくる。明日の審査の辛さを感じる。

 18:30地域ふれあいフェスティバル実行委員会。小牧市の地域コーディネーターさんを追っかけている「NHKほっとイブニング」の関係で、取材を受ける。ここのところ、ドンドン意見が出てきて盛り上がるようになってきた実行委員会。今日も一段とヒートアップ。チラシについての様々な意見だけで1時間。さらにやきそばや豚汁を入れる器の提案で盛り上がる。これは委員長の森澤さんの配慮。具体的な提案だからこそ、意見が出るわけだ。感服。

 帰宅。出版本のゲラ校正。明日の光祭(文化部門)の校長あいさつを考えて横になる。


2004年10月28日(木) チャンスを与えられる人に
2003年10月28日(火) いよいよ文化祭二日前

2005年10月27日(木) 授業にたっぷりとかかわる

 今日は授業にたっぷり関われてうれしい1日。

 2時限目は1年数学、武藤さんの授業。「ITを活用した教科指導の改善のための調査研究」の第1弾。教科書添付ソフト+プラズマディスプレイを上手に使っての課題提示。これなら子どもたちもより集中するし、よく分かる。手軽にできるIT活用提案だった。子どもたちのつぶやきをよく拾い、次の展開に生かす技はさすが。いくつかの事実を積み上げて一般化を図る流れもいい。

 4時限目は3年英語、社本さんの授業研究。目的地まで電車での行き方を尋ねたり、教えたりする表現を使いこなす授業。自分たちでスキットを作って、ペア、グループになって、どの子も実に楽しそうにそのスキット練習に取り組んでいた。表情豊かにスキットを発表しあう子どもたちを見て、これまでの授業での積み上げの確かさに感動。教室の前からすべての子どもたちの表情を見る。友だちのスキットを微笑みなが聞いている子どもたちがほとんど。みんなで英会話を楽しんでいるようで、とても良い雰囲気がとてもいい。さらにスキットを元にした質問が続く。どの子にも「背伸びとジャンプ」がある授業だった。

 13:00京都の城陽市立北城陽中学校から2名の視察。グループウエア(エディコムマネジャー)の活用、授業でのIT活用(タブレットPC、スマートボード、プラズマディスプレイ、学習クラブ)、学校HPなど、ITに関する実践を2時間にわたって紹介。長江さん、辻さんにも助けてもらった。見ていただいた授業は足立さんの美術科、長谷川さんの社会科。ともに資料を大きく提示するという気軽なIT利用。IT活用の初めの一歩は、これで十分。

 今日の視察の方からも「実によく挨拶ができる子どもたちですね」とお褒めの言葉をいただく。この頃、いろいろな方から子どもたちの挨拶を誉められる。1学期からの取り組みが本物になってきたということか。いずれにしてもうれしいこと。

 小原さんからもIT活用授業についての相談あり。スキャンスナップで資料のPDF化。デジタルコンテンツについて相談する中で、パワーポイント利用の方が有効な予感がして提案。小原さんは、さっそく1,2の例を作って僕に見せてくれた。小技がきいていて、なかなかのもの。出来上がりが楽しみ。

 こんなに授業に関われる1日は久々。やはり授業のことを考えているのが一番いい。

 2月26日の「ITによる元気な学校づくり」フォーラムパンフ案が届く。かなりの情報が上手にまとめられていることに感心。さすがプロ。

 12月上旬発刊の書籍のゲラ一部も届く。これも実に楽しみ。また小学館「中学教育」のインタビュー原稿も届く。校正をして返送。

 18:00NTTコミュニケーションさん来校。タブレットPCの新たな使い方提案をもらう。「こんなことはできないでしょうか」という願いに応えてもらった形。これでさらに活用場面が増えそう。

 20:00帰宅。昨日はすべてボツとなったアイデア。もう1日だけ挑戦。これならなんとか・・・というものが一応出来上がった。あっという間に深夜。


2004年10月27日(水) ITの日常化プロジェクトの良い成果
2003年10月27日(月) 次から次へ

2005年10月26日(水) 福井教育研究所へ

 今日は福井県教育研究所へ。管理職講座「ITによる情報管理・情報発信」の講師。しらさぎ号で名古屋から福井へ。列車の中で「池上彰の情報力」読破。同感するところが多く、一気読み。12:15、センター着。2年前に武生市教頭研修会でお世話いただいた安立先生が、なんと研究所勤務。わざわざご挨拶をいただき情報交換をさせてもらった。
 
 13:00から「ITを使うと学校はこんなに元気になる」と題して講演。初めは「光ヶ丘中2005」を配布して、学校発信をする意義について説明。その後、グループウエア、学校ホームページ実践、そして学校の変化について、ぴったり1時間30分話す。校長、教頭先生ばかり30名というのは、的が絞れて実に話しやすい。若輩者がと思いながら、自分の学校経営の考え方についても聞いていただいた。みなさん、よく頷いていただけ笑っていただけた。10分間休憩。

 実習室に移動して全員で「スクールWEBアシスト」を使ってのホームページ作成実習。あっという間に研修終わり。10分もあれば、だれもが1コンテンツをアップできることが実証できた。県教育研究所から、直にエドウェルさんへの依頼もあって、実習では4名の手助けがあったけど、だれもが手持ち無沙汰という感じ。レイアウトも一気に変わることで感嘆の声もあがる。みなさんがまさに簡単を体感したということだ。

 実習終了時刻を40分も前倒しして全体研修終わり。あとは個々の研修時間に。僕はすぐに研究所を出て、福井駅へタクシーで。待ち時間なしで名古屋へ移動。帰りの列車の中では昨日から悩んでいるアイデア出し。ちょっと光が差し込んできた感じ。

 帰宅。いろいろ浮かんだアイデアを実験。思い通りにいかない。すべてダメ。困った。


2004年10月26日(火) 寄席チラシ作り進まず
2003年10月26日(日) 座談会原稿づくりで必死

2005年10月25日(火) 10月愛日校長会議に出席

 午前中は名古屋・産業貿易会館での「愛日校長会議」に出席。内容はさすがこの時期というものばかり。続いて愛日校長会研修会。前尾張校長会長の鳥居久男先生の「教育は人なり」と題した講話。「教育改革はまずは授業改革なのです」には全く同感。市内校長で集まり諸連絡。

 移動の時間を利用して「悲しみの子どもたちー罪と病を背負って」を読む。医療少年院での臨床から述べられた本。

 学校へ。ちょうど1年生の合唱リハーサル。練習を始めたころに比べたら、かなりの伸び。あと数日。さらなる伸びを期待。

 いくつかの事務処理。不在中の連絡に対応。相談もいくつか。駅伝練習風景見学。松田さん来校。久々にお会いできた。28日の地域ふれあいフェスティバル実行委員会の打ち合わせを森澤さんと。

 帰宅。2月26日のフォーラムの諸連絡。あるコンテストの知恵出し。浮かばず。明日の福井出張の再チェック。学校HPアップ。


2004年10月25日(月) 学校ホームページアクセスがすごい
2003年10月25日(土) 試走からPTAパソコン教室

2005年10月24日(月) NHKほっとイブニング事前取材

 久しぶりに昇降口清掃。朝の打ち合わせでは、南海さんからいただいた以下のお褒めの言葉を紹介。

 それにしても光ヶ丘中の子供達は良かったです。礼儀正しく、挨拶も出来ていますし、授業の態度も真剣です。基本が成立してなかったら、そもそも今回の企画は出来なかったに違いありません。生徒さん達に「ありがとう」とお伝えしておいて下さい。

 子どもたちが誉められることほど、校長としてうれしいことはない。

 いつものように文書決裁。この時期ならではの事務仕事に集中。

 3年生の数学授業観察。今日は空いた席に座って一緒に授業を受ける。とても広がりのある課題で子どもたちを刺激。しっかりと発言する子どもにも感心。

 NHK&CCNETさん来校。給食中にも「エコライフのうた」がかかると子どもたちは口ずさみますよ、というので、校内で取材を受ける。今日は1年1組が出演。11月2日のNHKほっとイブニングでは我が校からの中継も決定。その出演者募集も校内ネットに流れる。

 続いてインタビューを受ける。「エコライフのうた」が出来た経緯。環境コンサートの手応えなどを尋ねられた。

 職員会議。主な協議事項は、11月、12月の行事予定。生徒指導関連のこと、文化祭の最終分担など。僕は、〕菁度に向けての大胆な提案を出して欲しい!△いい箸海澆弔韻琉婬銑授業で子どもたちをさらに鍛えようという呼びかけなどをする。
 
 平成19年度の修学旅行について基本線を検討。今後の進行について確認、指示。

 帰宅。事務仕事に集中。学校HP記事づくり。記事は遠藤会長が送っていただいたバンブーインスタレーションの写真を使って作成。平成18年2月26日開催のフォーラム「IT活用による元気な学校づくり」関連でいくつかの連絡。


2004年10月24日(日) 田県西区で落語
2003年10月24日(金) 教師力アップ座談会

2005年10月23日(日) 環境市民会議に出席

 昨日の体のフワフワは解消。一安心。早朝から起きて原稿書き。明治図書に送信。

 10:00市役所へ。環境市民会議に出席。平成18年度事業検討。特に僕がかかわるのは「落語から学ぶエコライフ」「こどもと大人の環境会議」。双方とも18年度も実施の方向へ。次に環境フェアについて協議。11月19日、20日は両日とも学校行事ありで参加できず。

 続いて、今年度の「落語から学ぶエコライフ」と「こどもと大人の環境会議」の提案をする。「落語から学ぶ〜」は、今年度は玉置筋書きで、桂千朝師匠に来演依頼。対談は丹羽会長と環境政策課係長に決定。さあ、仕込み開始。

 検討に一番要したのは「こどもと大人の環境会議」。「万博GOGOサイトのアイデアを借りて・・・」というコンセプトは決定。急遽、力添えをお願いした桃陵中の中川さんをプロジェクトリーダーとして進めることに決定。僕はあまりにも多くのプロジェクトが重なっているために、後方支援で、と理解を得る。13:00中座。

 日記をみてご心配をいただくメールあり。体が休むことを欲していることを自覚。しっかり休息をとる。かなり回復。


2004年10月23日(土) 2005年の教室を考える会全国大会へ
2003年10月23日(木) TT授業にこだわる

2005年10月22日(土) ソフトボール観戦など

 我が校のソフトボール部が愛日大会に出場。応時中へ応援に。3年生や保護者のみなさんも応援中。監督の指示に合わせて大きな声でさわやかに返事をする選手が気持ちいい。試合は前半のリードを保てず惜敗。「先生、ソフトの写真がHPに少ないからバンバン撮ってやってね」と3年生に言われ、ベストショットを狙うが、なかなか。午後には試合の様子をアップ完了。

 学校に行き、PTAとおやじの会さんの「バンブー出品作品づくり」にちょっぴり応援。部活にも少し声かけ。

 帰宅。体がフワフワして調子が悪い。夕刻まで横になる。夜は明治図書連載「校長の仕事日記交流録」書き。


2004年10月22日(金) 新任校長研修会にて
2003年10月22日(水) コンピュータ設定で苦戦・苦戦

2005年10月21日(金) 講談授業最終日

 今日も桃花台センター駅へ南海さんのお出迎え。朝の打ち合わせで、11月2日のNHKぐっとイブニングの収録の連絡。今度は「エコライフのうた」が話題。出演者募集のお知らせに職員室盛り上がる。「先生も出演可能?」と質問あり(笑)。「けっこう、けっこう、こういうノリでいきたいです、我が校は!」

 1時限目。昨日と同様な流れで「講談&社会科」授業展開。今日の講談ネタは岩崎山の残念石。昨日も感じたことだが、子どもたちはあまりにも地元のことを知らなすぎる。ネタに出てくる「味岡」という地名さえ、正しいかどうかも分からない。この土地のことを考えればしかたないことかもしれないけど。そういう点でも、総合的な学習の時間での、「地元のいいとこ調べ」や「桃花台百話づくり」の意義は大きい。

 今日は南海さんの講談が始まっても、そわそわする生徒一人あり。気になって仕方がない。ところが話が深くなってくると、その生徒も正対して動かなくなってしまった。リズム、迫力、展開、これを伝えたいという強い意志、すなわち芸の勝ち!

 そういう点では、社会科教師からのメッセージ力はどうだったのか。ほどよい流れだっただけに、教師のつなぎ言葉に「歴史を学ぶ楽しさとはこういうことなんだ」といった強い投げかけがあっても良かった。もちろん、まったく白紙の状態からここまで授業を創り上げたのだから、それだけですごいことなのだけど、やはり、ここで満足してはいけない。芸への飽くなき追求があるように、授業も同様でありたい。

 3時間目は選択社会科の授業。坂下さんが悩みに悩んで考えた授業。「講談は史実と史実をつなぎ合わせるもの」ということから、子どもたちに事前に「本当のようなウソ歴史物語」を書かせての授業。26名の生徒の作文から南海さんが一つ選んで、それを講談に。選ばれた作文は「松尾芭蕉は実は忍者だった」という話。南海さんの手にかかり、実にそれらしい話に仕上がる。

 そして、次に落語でいうところの三題噺。江戸時代と限定して、子どもたちからそのころの人物と出来事を出させる。出たことをできるだけ入れて、即興で講談をしてもらうという設定。ペルー、井伊直弼、助さん、格さん、参勤交代・・・など、15ものフレーズを入れての即興講談。子どもたちの感想の8割は「南海さんは頭がいい」だったそうだ。

 振り返ってみれば、4月、伝統文化のモデル校として「講談&社会のコラボ」をやってみないかと提案したのは、もちろん僕。何か具体的にイメージして提案したわけではない。伝統文化→講談→旭堂南海さん→歴史物→社会科授業という図式だけが思い浮かんで提案してみた授業。まず、とりあえず大阪へ南海さんの講談を聞きに行こうと、強行軍を組んで坂下さんと出かけた4月末。坂下さんは本当に大変だったことと思う。随分と無理を言った。昨夜の懇親会の挨拶で思わず出た言葉は「やはり、何事もやってみて分かる。今日この日があるのは、我が校の社会科の面々、そして南海さんもそんなことはできっこないと否定せず、僕の提案を前向きに考えてくれたからこそ。これがなりよりうれしい」。

 プロを三日間も朝から夜まで拘束した今回の企画。本当にわずかな、わずかな、わずかな謝礼で来ていただいた南海さん。それなのに、すべて小牧版オリジナル講談という離れ業。今度こそきちんと予算をとって、ぜひ多くの子どもたちに講談というものも聞かせてやりたいものだ。プロジュースは校長の仕事。なんとか動いてみたい。

 南海さんは、小牧山散策をして岩倉から大阪へ。濃密な三日間がお昼で終わって、全身の力が一気に抜けた感じ。

 5時間目は竹嶋さんの音楽研究授業。まさに教師の一生懸命さが子どもを動かした授業。歌の出来を引き上げるのだ!という熱意が見ている方にもビンビン伝わってくる。指導技術などではいくつか気づいたことはあるけれど、それよりも大切なことを見せてくれた。

 6時間目は体育館で2年生の合唱リハーサルを見る。本番までの追い込みが楽しみ。

 長江さんと来年度構想で相談。学校HPは講談をネタに更新。定番のお仕事をこなして、久しぶりに18時前に退校。

 夜にも学校HPを更新。山となった日本教育新聞や雑誌に目を通す。
 


2004年10月21日(木) 学校訪問終わる
2003年10月21日(火) 尾張教育研究会で助言

2005年10月20日(木) プロの技に圧倒される

 桃花台センター駅へ南海さんのお出迎え。朝の打ち合わせで挨拶をいただく。袴姿の講談師、光ヶ丘中の打ち合わせで一声。歴史的な日(笑)。

 第1時限、最初の「上方講談&社会科授業コラボレーション」。授業者は坂下さん。つかみがうまく、南海さん登場までの展開もよく考えられていて、さすが!講談は史実と史実を違和感なく結びつける創造的な歴史語り。この解釈を元に、授業では南海さんの講談を聞き、ウソを見つけるのが核。

 講談のネタは地元の太良池から。南海さんの話に子どもたちは集中。信じられないだろうけど、本当に子どもはピクリとも動かない。話し手と内容が良ければ、これほどまで子どもは集中できるのだ。

 最初の授業を終えて、校長室で協議。個の考えをきちんと持たせた上でグループ協議に入る方がよいと反省。そのために、今度は「正しいこと」を見つける展開にすることを決定。

 第3時限。NHK、市広報さんの取材あり。授業者は長谷川さん。坂下さんの授業を参考にほぼ同一の流れで、核の部分だけを「正しいことを見つける」展開に変更。

 二度目の授業を終えて、再び校長室で協議。変更は効果があったと判断。次は各班が正しいことを出してからの展開を変えることに。南海さんから、「今の授業は自分が出過ぎている。もう少し教師と子どもで意見をまとめた方がいい」という提案あり。そこで、今度の授業では、教師が学級の意見をまとめて、最終的に南海さんに聞く展開にすることに決定。

 校長室で南海さんと給食。僕にとっては至福の時間。芸の話をいっぱい聞く。極上の修養の時間。

 第5時間目。班で意見をまとめる流れまでは、子どもたちの反応も良く、問題なし。学級として意見を集約する展開は間延びがあり、ちょっぴり残念。でも初の講談&社会科授業の典型的な授業モデルができた!という自信は持てた。

 それにしても、3クラスとも南海さんのネタは違っていて、しかも地元を題材にした話ばかり。そして、どのクラスの子どもたちも南海さんの語りに圧倒されて、本当に動かない。高座を直視して、じっと耳を傾けている姿ばかり。プロの技をまざまざ見せつけられた!

 語りに波を起こすのだという。「間、抑揚、強弱」で聞く者を集中させ、物語の世界にどっぷりと浸からせるわけだ。「先生、子どもがごそごそ動き始めたら、私の負けですよ。真剣勝負ですよ」と南海さん。教師も話すのが商売だけど、ここまでは・・・。「その中途半端さがあかんのですよ」と言われそう。

 そうそう、昨日の名古屋の会では、司会の方が私の名前を「たまき先生」と紹介した。よくあることで僕は気にもしなかったけど、南海さんは「何十人という人を紹介するわけではない。わずか数人を紹介するのに名前を間違えるなんて失礼極まる人ですよ。人の名前を間違わず紹介するのは話し手としての最低限のマナーですよ」とグサリ。やはり語りのプロは厳しい。

 それともう一つ。その会では6校の実践を踏まえての講義が用意されていた。その役をまかされた某大学の先生。どういう経緯で助言者になられたかは分からないが、本当に気の毒に思った。「日本の伝統文化を尊重する教育」に関して、特に研究をされているわけでもなく、「書」を研究してみえるといった観点から人選されたようだ。実に正直な方で、講義の前に「このような会だとは・・・。この場から立ち去りたいくらいです」と。南海さんも言ってみえたが、「聞いている方が辛くなる話でしたねえ。ひさびさに体験しました」と。これには同感。「書の伝統」を話題にして興味深い話をしていただいたのだけれど、ご自身がこの会の話としてはふさわしくないと自覚した上での講義だけに、言葉に勢いがなく、痛々しい感じのする講義だった。南海さんから「他のやりようはなかったのでしょうかね」と聞かれ、「こういうような会はけっこうあるものですよ」と言うこともできず・・・。考えてみれば、教員でない人が南海さんを含めて6名。みなさんはどう思われたのだろうか?心配になってしまった。

 話題を戻して。とにかくどうなることかと思っていた今日の授業は無事終了。社会科の皆さんに、そして南海さんに大感謝。

 明治図書「数学教育」の編集部から、我が校の数学科で原稿を書いてくれませんかと依頼メールが届く。わずかなページ数とはいえ、舞台がまた一つできたことは、校長として本当にうれしい。さっそく塩崎さんに連絡。その日のうちに分担決定とのこと。

 18:24NHKほっとイブニングで「講談&社会科授業」放映される。

 19:00懇親会へ。いわば南海さんを囲む会。明日の選択授業の作戦会議。いくつかの流れをみんなで協議。そして芸談をたっぷり聞く。いつも以上にお酒も回って、実にいい気持ち。楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 帰宅。僕の許容量を超したアルコールで記憶なし。


2004年10月20日(水) 台風23号にうんざり
2003年10月20日(月) 市P連母親研修会

2005年10月19日(水) 上方講談で小牧の歴史を楽しむ会

 今日から南海さんと三日間共にできると思うと心落ち着かず。

 打ち合わせ後、メール処理をいくつかして名古屋・新栄の県教育会館へ。10:30「平成18年度愛知県公立高等学校入学者選抜実施要項説明会」出席。いよいよ今年も本格的な受験シーズンに。12:00終了。

 急いで名古屋駅へ。12:30旭堂南海さんと合流。今日までの仕込みの話を聞いて感動。二人で食事をして自治センターへ。

 14:00「我が国の伝統文化を尊重する教育推進協議会」に出席。県内のモデル校6校の代表とそれぞれの外部講師さんが同席。我が校は旭堂南海さんの出席。みなさんびっくり。学校側と講師さんの二つに分かれてグループ協議。僕は大きく二つのアプローチがあるのではないかと意見発表。我が校のように教育課程を見直し、これまでどちらかと言えば、軽く扱っていた日本の伝統文化にかかわるところに光を当てることを主とするもの。もう一つは地元の伝統文化を中心として取り扱うアプローチ。全国のモデル校のほとんどは地元文化密着型ばかりのようで、我が校は異色の存在だと思った。
 講談&社会科授業とのコラボレーションにはどの方も興味を持たれ、南海さんへの質問も多数出た。これまで誰もやったことがないだけに、関心を持っていただくのは当たり前。ますます明日への楽しみが増した。16:00終了。

 17:00学校着。総出で光武館にて高座づくり。会の事前打ち合わせ。対談の進行はほんのちょっぴり。基礎基本を紹介するコーナーと明日の授業紹介をする二つのコーナーを取り上げることに決定。

 18:30「上方講談で小牧の歴史を楽しむ会」開演。70名ほどの皆さんが来ていただけた。僕の「学びセミナー」についての挨拶に続いて、まずは上方講談の魅力満載の1席。つづいて「対談」。そして、豊臣秀吉と徳川家康の天下取りに関わった小牧山にまつわる1席。講談は初体験という方が多いと思うけど、みなさん本当に楽しんでいただいたと思う。にこにこ顔で咄に集中してみえる皆さんの顔がうれしい。20:00終了。

 明日の授業についての打ち合わせと仕込み。南海さんをホテルに送って帰宅。全身ヘトヘト。一旦、横になって、夜中に起き出して一仕事。

 


2004年10月19日(火) 愛知県公立高等学校入学者選抜説明会
2003年10月19日(日) 小牧市民まつりで

2005年10月18日(火) 御前崎市から視察

 打ち合わせで視察のこと、明日から三日間の上方講談のことを話す。打ち合わせ後、高座台の運搬で自宅と学校を往復。

 9時40分頃、御前崎市から31名の皆さんが到着。思いの外、早い到着にあわてて準備。御前崎市の情報システムを検討する方々で、様々な立場の方が勢揃いといった感じ。また三重大学附属中学校からも2名の視察あり。市教委から後藤課長と庶務課の野田さんが来校。

 まず「光ヶ丘中2005」を渡して、学校からの発信はデジタルばかりでないことを強調。学習相談室に設置している「学習クラブ」の活用と子どもたちの変化について、スクールサポータの辻さんが説明。原さんのタブレットPCを使った英語の授業参観。そして、市内に入っているグループウエア「エディコムマネジャー」の導入による変化、簡易アップツールによる学校HPの更新状況とその変化をたっぷりと話す。質問をたくさんいただいた。とりわけ「学習クラブ」や「タブレットPC」実践には、関心を持ってもらった感じ。三重大附属の先生からは教員のIT研修についての質問もいただく。「特に何もやっていません」という返事で、さらに驚かせてしまった。最後に御前崎市の委員長からのご挨拶では「玉置先生の話術がすばらしい」と実践以上のお褒めの言葉(笑)あり。12:00きっかりに終了。

 文書決裁など、通常業務に必死に取り組む。

 15:00学校給食献立検討委員会出席。北部給食センターへ。平成18年1月から3月の献立について協議。他の方の意見を聞きながら、僕には「食育」という観点が抜けているなあと自覚。それにしても栄養士さんは、食材一覧表を見て、頭の中で何をどう組み立てているのだろうか。とても興味が湧いてきた。同じ情報を見ても、描く映像は絶対に違うはず。例えば、同じ指導案を見ていても、イメージする授業像は異なるはず。一度、じっくりと聞いてみたい。

 1時間年休。明日の上方講談&社会科授業の最終確認のため、大阪へ移動。18:45大阪・難波着。ワッハ上方演芸ホールで、旭堂南海さんと明日の待ち合わせ場所等の確認。南海さんから「篠岡百話」でかなり事前研究をされていることを聞いて感激。ますます明日が楽しみになった。もちろん、メインは桂雀松独演会。雀松師匠にも久しぶりに挨拶。雀松ワールド炸裂の3席を聴いて、最終列車に乗り遅れないように必死で新大阪へ。無事、乗車。23:45帰宅。


2004年10月18日(月) 敦賀市中数研修会にて
2003年10月18日(土) レッツノートへ移行作業

2005年10月17日(月) 城山フェスティバルがアップ

 「昨日の城山フェスティバルの落語口演の様子がアップされていますよ」と教えてもらった。「校長先生にしておくのはもったいないかも」というお褒めの言葉(笑)がいただけた。

 市音楽会の来賓宛文書作成。小学校までは出演順もはっきりし、あとは中学校の出場校の連絡を待つ段階に。

 今年も「地域ふれあいフェスティバル」では、大草地区のみなさんのご協力で「もちつき」をやっていただけることに。取り持っていただいた小林区長さんから朗報をいただく。さっそく梶田区長にお礼の電話。

 知多地方教育研究会算数・数学部から来校。11月3日の研修会の内容打ち合わせ。教材研究論と模擬授業を通して自分の授業づくりについて話すことに決定。

 森澤さんから仙台フォーラムの報告を受ける。今回集合した子ども居場所づくり事業の皆さんは、光ヶ丘中をのぞいて、すべて小学校だったそうで、我が校はいわば貴重な存在。ポスターセッションでかなりの質問があった模様。いい報告を聞くことができた。

 総合教育センターの吉原先生来校。研究の話をちょっぴり伺う。いつものように文書決裁。「子どもと大人の環境会議」について環境政策課の清水さんと相談。お手伝いをいただく桃陵中の中川さんに応援依頼。旭堂南海さんと連絡など。

 帰宅。いつものように原稿書き。今日の目標は達成。


2004年10月17日(日) 中学校の初期指導について
2003年10月17日(金) 今日も視察

2005年10月16日(日) 49回目の誕生日

 早朝から原稿書き。ずっと悩んでいたところがすっと書けて、そのままの調子で一気に完成。いつもこうだとうれしいのだけど。

 9:40城山会館へ。城山フェスティバルで声をかけていただき落語出演。僕の前は大城小の子どもたちの踊り。運動会の演技がまた光を浴びるのは学校関係者としてもうれしいこと。

 僕はいつものように小咄を重ねて会場を暖めながら、落語に入るタイミングを図る。小咄はやはり小学生とのからみが一番受ける。そして定番の「つるの恩返し」。残り時間を考えて「親の顔」を口演。ぴたり30分で舞台を下りる。今日も温かいお客さまばかりで素人落語を盛り上げていただけた。

 家に戻って原稿を再読して送付。そして今日も市民まつりへ。

 ジュニア奉仕団の頑張りに声をかけて、いくつか写真を撮って帰宅。

 岸裕司さんの新刊「中高年パワーが学校とまちをつくる」を読んだり、MLに投稿したりして、久しぶりにのんびり。49回目の誕生日・・・、とうとう40代最後。思うことはいろいろ。


2004年10月16日(土) 資料づくりあれこれ
2003年10月16日(木) 視察・視察・視察

2005年10月15日(土) フットサル&市民まつり

 早朝から起きて原稿書き。進まず。

 市民まつり会場へ。NHKディレクターと懇談。エコネットの活動の中で、僕がとりわけ関係している「環境コンサート」や「落語から学ぶエコライフ」について話す。ここのところ、しんきホームページのアクセス数が伸びたのは、このディレクターのアクセスと判明。実にいろいろなページを見ていただいていた。感激してしまった。

 ジュニア奉仕団は市民まつり会場でも活躍。「バルーンアート」会場で手伝う子どもに声かけ。雨の中おつかれさま。

 フットサル県大会出場で、応援に岩倉総合体育館へ。第1試合、第2試合とも引き分け。特に第2試合はまぼろしのゴールもあって、くやしさいっぱい。呆然として控え席に戻ってきた子どもたちに声の掛けようもない。残念無念。

 予定した原稿書きはできず。ここのところ、どうも調子が出ない(泣)。もう一つの日記を読み返して自覚。3年前にはめまいが発生(10月13日)。それから、まともに勤務できない状態が続き、もう治らないのじゃないかという不安が1ヶ月ほど続いたことを思い出す。用心、用心と思い、横になる。


2004年10月15日(金) ホームページのことを尋ねられて
2003年10月15日(水) 浜松の情報教育

2005年10月14日(金) 地域ふれあいフェスティバル実行委員会で協議

 いつものように文書決裁。いろいろな相談事。協議。

 18日、33名の視察対応準備。小林さんが数日前から学習相談室をせっせと清掃していただき、ワックスがけまでもしていただいた。感謝。ここのところ、視察依頼が続き気軽に引き受けているが、授業公開なども含めて、どうしても皆さんに助けていただくことになり申し訳ない。しかし、先進的な取組ができるようにと、様々な方の支援があってこそ、視察してもらえる学校になっていることも事実。見に来ていただけることを励みにして、さらに頑張りたい。

 今日のRT(総合的な学習の時間)も、各学年とも多彩。特に2年生は今年も野田武男さんの講演会。事故で手足麻痺という障害をもたれた野田さんが口で書かれた絵画を見て、そのあと実際にお話を聞く会。淡々とした語り口だからこそ「事故直後の自暴自棄の様子、生きていることへの問いかけ、なぜ今の自分になれたのか」といった心境がよく伝わってくる。また介添え役の叔母さんからの話も心打つ。子どもたちも真剣に話を聞いていた。感想交流でも、挙手があり、質問や自分の気持ちを伝える子どももいて、とても良い会となった。

 今日もNHKのディレクターから電話。「ほっとイブニング」という番組で小牧特集を組むとのこと。そのための事前調査らしい。僕の関係しているイベントについて、あれこれ聞かれる。「上方講談&社会科授業」「小牧のIT」「環境コンサート」など。一人のディレクターとは、明日、市民まつり会場で打ち合わせをすることに。

 18:30地域ふれあいフェスティバル実行委員会。できるだけ皆さんの意見が出るような運営を!という指摘もあり、今日は机もしっかりロの字型に並べて協議。「もちつき」については小林区長さんから積極的な支援策を提案いただき今年も実行することに。その他、チケット販売や借用物品、チラシ配布のことなど詳細なことが、いろいろと意見が出たうえで決定できた。いい会になった。最後の合い言葉「ミッション・パッション・ハイテンション」の声も自然体。20:30終了。


2004年10月14日(木) 校長通信書き
2003年10月14日(火) ○つけ法講座

2005年10月13日(木) 久しぶりに教材開発を!

 管理職メールで「スクール55サイト」をPR。ここのところ我が校からは、竹内さん、西村さん、坂下さんと続々登場。市内でも力を持っている先生方は多数。市内校長、教頭先生方に「動画」「コラム」執筆者の推薦依頼メール発信。

 11月11日、角田明先生の講演会の段取り。メールのやりとりをして当日の進行を相談。「角田明学校経営論」を1時間お聞きし、参加者と懇談することに決定。ますます楽しみが増えた。角田先生には翌日に「教師力アップセミナー」でも講演をいただく。

 メールでいくつか問い合わせあり。調整の上、対応。文書決裁も多数。

 15:00、今日のメイン会議開始。数学科で11月22日に行う授業公開の指導案検討。初めに僕から授業づくりの体験的ポイントを提示。

私が授業を構想するときに大切にしていること 
 なにげない、ありふれた課題だけど、展開の仕方でこうも深い追究ができるものかと思ってもらえる課題に挑戦したい。
 授業の初めはだれでもが取り組める展開を。意味のない復習はしない。授業に向かっていくエネルギーを高める展開。言葉がけ。教師の明るさ。
 課題提示には凝る。演出をする。さあ、勝負だぜ!という気持ちで提示する。
 個の把握。○つけ法で個別応援。集団追究に向かっていくためのエネルギー注入。集団追究展開のための資料収集。
 どう集団追究を展開したら一番良いか。前に出させて発表させるか。順次、意図的指名をして創り上げていくか。
 子どもの発言を復唱した後にいう価値付ける言葉を考える。例「なるほど!○○という考え方はいいねえ。とりあえず当てはめてみたという考えもグット」
 さあ、ここが山場だと子どもに意識させるところはどこかを決める。そして演出を考える。

 4つの授業を上記の観点も踏まえてもらって検討。相馬一彦先生の「問題解決の授業・予想を取り入れる」をかなり意識した展開の授業ができそう。数学科全員でぜひとも挑戦していきたい。一旦、休憩。

 17:00、愛教大の飯島さん、コンサルタントの大西さん、小牧中石川さん、小牧原小の梶田さん、本庄小の本樫さんと僕とで、玉置・石川が行う授業の課題検討。予想通りの難産。大西さんと飯島さんがドンドン課題を発展・拡張する案を出される中、僕と石川さんは、「中学生の力」と「飛びこみ授業」という面から考えて同意できず。しかし、二人の論議を通じて、ありふれた課題に潜む本質が明確になってきて、久しぶりの教材研究をたっぷり。至福の時間。

 休憩をいれて、とりあえず、いきなり授業をやってみることに。石川さんが第一発問を提示したときに、僕の頭の中はスパーク!次から次へ「発問、指示、展開、つっこみ、活動・・・・」が自分でも不思議なくらいあふれ出てきた。おそらく2時間ほどの時間をかけて、ああでもない、こうでもないとみんなで論議したことが功を奏した感じ。いろいろな要素が一気に突然結びついて一つの形になって先が見えた!そこで僕のアイデアを提示。明らかに皆さんの顔つきは変化。急にテンションが上がり、石川さんの授業の流れも、僕の流れも、これまでの時間はなんだったの?というほど、超スピードで決まった。志水先生の言うところの「燃える集団」になった瞬間なのかもしれない。

 とはいえ、これで万事OKというわけではない。僕の前にはまだまだ大きな山がいくつもあることは自覚。でも方向が決まったことはなりより。一つの大きな山を越えたことは間違いない。ほっとして、皆さんをお送りして学校を出たのは22時30分。なんと、7時間30分も数学の教材研究をしていたことになる。本当に疲れた〜。でも充実感でいっぱい。皆さんに感謝。

 帰宅。メールチェック。いくつかの依頼メールあり。ありがたいことだけどちょっと限界。


2004年10月13日(水) 学校訪問の指導案綴を見て
2003年10月13日(月) 運悪く大雨

2005年10月12日(水) 本物の舞台芸術鑑賞会&小学館取材

 10:00小学館「中学教育」から取材。校内情報化推進のコツが取材の中心。山形の金先生が僕を推薦していただいたとのこと。これも実にありがたいこと。質問に答えているうちに2時間。

 18日視察の御前崎市から確認の電話。当日の内容について説明。IT授業も見たいとの希望。対応を考えることに。御前崎市からは31名の方が来校予定。助役さんや教育長さんらびっくりするような方ばかり。恐縮。これだけの方がゆっくり入っていただく部屋があるといいけど・・・。

 楽しみにしていた本物の舞台芸術鑑賞会。日中合作大型人形劇「三国志」。蒸し暑く座っているだけで汗が出てくる体育館の中でも、さすが本物。子どもたちは2時間集中。保護者の皆さんも予想以上に来ていただけた。「光ヶ丘中の2学期はこんなにおもしろい」の第1弾は大成功。

 授業検討をするためのビデオ撮影についてMLで情報交換。ひさしぶりに投稿。なるほどという意見が返ってくるけど、これ以上の論議はやっぱり会って話すことかなあと思ったり。さらに加えてみようかなと思ったり。

 いろいろな相談や指示、文書決裁などをして退校。山積みになっている教育新聞や雑誌などに目を通す。明日の指導案検討会のための構想を練るが進まず。


2004年10月12日(火) コンピュータ研究委員会発表会構想
2003年10月12日(日) 現場から遠い発表

2005年10月11日(火) 教師力アップセミナーHPデータ作成完了!

 出勤。駐車場に花火の跡。この時期には珍しい。昇降口の簡単な清掃。

 朝の打ち合わせでは、竹内さんのスクール55動画コンテンツを紹介。「体育の評価について実に分かりやすい説明がされている。他教科でも大いに参考になる。ぜひご覧ください」と連絡。

 堀田先生から依頼があった「IT実証授業評価」に関して、さっそく動く。武藤さん、松浦さんが引き受けてくれた。書類づくりなどは大変な時期に重なるけど、前向きにとらえてくれて感謝。とても興味深い取り組み。全面的に協力したい。

 学研NEW11月号が届く。今回の授業のツボは坂下さんと山端さん。子どものつかみのよさをクローズアップ。あせったのは、まだ12月号の原稿を編集に送っていないこと(汗)。木島さんから「お忙しいでしょうけど・・・」とやんわりの催促メール。必死に執筆。渋谷さんと西村さんの授業をネタにさせてもらった。送付、完了。 

 総合教育技術10月号には僕へのインタビューをもとにした記事あり。タイトルは「こまった!どうする?学校リーダーの新常識<学校ホームページの公開>」幸せなことに、この総合教育技術も含めて、僕の学校HPの考え方について数誌でとりあげていただいた。これは取りも直さず、職員みんながせっせとHPをアップしてくれ、更新が続いているおかげ。大感謝。

 帰宅。板倉先生の教師力アップセミナーの記録ができれば、すべて完了となるため集中して作成。できた〜あ。楠葉西の岩谷校長からMLで「学校組織について交換をしましょう」といううれしい投げかけあり。さっそく返信。


2004年10月11日(月) のんびりと
2003年10月11日(土) 野口さんに会える

2005年10月10日(月) やっぱり野口さんはすごい!

 朝、学校に行き資料をとって小牧中へ。今日は教師力アップセミナー、いわば常任講師の野口芳宏さんの講演。この連休中もあちこちで講演・講義の野口さん。今日は9:45に着。10:00〜12:00講演。12:30には出発。そして東京でシンポジウム出演というハードスケジュール。

 今日の演題は「教育の原点今昔」。教員は研究と修養に努めなくてはいけないと明示されているのに、修養がなされていない。教え方の研究はするが、自分を高めるにはどうしたらよいかということは一切任されている。それはおかしい。だから今日は修養の時間。このような語りで始まり、戦後の教育&教育勅語の解説を通して、日本の教育のあり方について、いつも以上の骨太の講演。その一節を紹介しておこう。

 研究の本質は他者改善である。修養は自己改善。進みつつある教師のみ、人を教うる権利あり。常に自分自身を高める人を教師というのだ。
 他者改善の技術が進むと子どもへの伝達力が高まる。しかし教育で最終的に必要なのは感化である。あの先生に影響を受けて今日がある。本当の教育者は感化力、影響力がある人だ。したがって修養も必要である。

 好きか嫌いかは自分が決める。
 良いか悪いかは社会が決める。
 正しいか正しくないかは歴史が決める。

 この言葉を聞いたときにぞっとするほど感動した。教育は自分に対して責任を持つのか、社会に対して責任を持つのか、歴史に対して責任を持つのか。


 張りつめた空気の2時間の講演が終了。終わった途端に、すぐにまた聴きたいと思う野口さんの話。
 
 野口さんに「全国あちこちで様々な演題で講演されていますが、その忙しさの中でどのようにして新しいことを学ばれているのですか」と思わず質問。学び続ける者こそ教師を実践されている野口先生に改めて頭が下がった。

 そうそう、びっくりしたことは次回講師の角田明先生がおみえになったこと。九州から茅ヶ崎への移動の途中でわざわざ寄っていただいたとのこと。感激!会の最後には参加者に挨拶もしていただいた。

 2月のフォーラムも含めて、いくつかの相談をして自宅へ。

 ずっと気になっていたことは教師力アップセミナーのHP作成。昨年の積み残し2本、先月分もまだ手つかずで、胸の痛みを感じるほどに。しかも運営委員の今飯田先生関連ばかり。今飯田先生からはすでにしっかりとした講演記録をいただいているのに、僕の怠慢で、労作を眠らせたまま。じわっと汗まで出てきて、午後からは集中。やっとのことで根本さん、岡本さん、野口さんのHPを作成。あと板倉さんだけとなった。

 仕事術の原稿校正。これもしっかり時間がかかった。加筆の部分が多く、冷や汗。まだまだ自分は未熟と痛感。

 学研NEW授業のツボ原稿にようやく取りかかる。これは明日には完成の目途。無理をせず横になる。
 


2004年10月10日(日) 今年も、名人、野口芳宏節に酔いしれる
2003年10月10日(金) 第2回学校公開日

2005年10月09日(日) セントレア管制塔見学

 生き方ナビゲーションのゲストで来ていただいた林さんのご厚意で、今日は子どもたち10人と遠藤さん、伊藤さんとで「セントレア管制塔」見学。

 8:50桃花台高速バス停→9:40セントレア着。さっそくレーダー室、最上階の管制塔を見学。男子が最上階へ階段で登り始めたので、自分も大丈夫だろうと登り始めたら、一気に全身に疲れ。こんなにも体力が落ちていたとはショック。聞いてみたら地上80m近くまで階段で登ったとのこと。見栄を張らず、エレベータを使えばよかった。後悔。

 天気がよく遠くの風景もはっきりと見えた。またひっきりなしに離発着する航空機にあらためてびっくり。林さんによれば、着陸までに2分かかる到着機であれば、その間に1機に離陸の指示を出すこともあるとのこと。思っている以上に離発着は頻繁。

 たっぷり2時間の見学。お昼を食べて、ターミナルビル内を見学。デッキではかなりの人、人。「あの管制塔から見てきたんだからね」と優越感。14:30学校へ向けて出発。帰りも順調で15:30には学校へ。

 校長室で事務仕事。電話連絡。懇談。1時間30分ほど仕事をして帰宅。さあ、原稿校正と思っているうちに、階段を登った疲れ?知らぬ間に記憶なし。深夜起き出して、原稿に加筆・訂正。27時就寝。明日(今日)は野口さんにまた会える。
 


2004年10月09日(土) 東京CECにて会議
2003年10月09日(木) う〜ん

2005年10月08日(土) 東京へプロジェクト会議

 教育情報配信プロジェクトで東京へ。10:45着。まず12月に発刊される書籍に挿入される写真撮影。撮影後のデータを見せてもらう。さすがプロ。いい写真を撮ってもらえた。

 13:00、会議開始。書籍やプロジェクト進行状況を聞き、意見を述べる。セミナーゲストの検討もあり。懇談会で情報交換。11月22日に授業をする「同一課題、コンピュータ活用有無による比較授業」には興味を持ってもらう。17:00帰路に着く。

 すぐにでも原稿チェックと思いながら、家に着いた途端、その気持ちは萎えて・・・。なかなか計画通りにはできないもの。子どもを叱れない。


2004年10月08日(金) 元吉原小視察
2003年10月08日(水) ひさびさの教頭会議

2005年10月07日(金) 附属名古屋中研究発表会で

 今日は愛知教育大学附属名古屋中学校教育研究発表会。自分が勤めていたときには、まだ開通していなかった名鉄→地下鉄を利用して学校へ。

 9:00伝統の合唱を聴く。そして研究概要のプレゼン。自分は12年前にあの場でプレゼンをしたのだと懐かしさいっぱい。スライドからプロジェクタ発表に変えた年でもあった。そして講演者は秋山仁さん。そのときの講演「授業を感動の連続に」は今も忘れられない。

 1時間目、3年数学「三平方の定理」の授業。授業者は大津先生。大津さんは僕が勤務していた時の教育実習生。時が経つのは本当に早い。2時間目、2年数学「図形の調べ方」の授業。授業者は丹羽先生。いずれの授業も教科理論にのっとり、単に問題解決をするだけでなく、数学的な見方や考え方を認識し味わう場面が設定され、研究最終年度としての授業を見せてくれた。

 OBの厚かましさもあって、教官室に入れてもらって懇談。食事。授業で気づいた点を現役にも伝え、研究協議へ。

 研究協議ではOBは黙っていようと思っていたが、東海市の近藤先生の意見を聞き、刺激を受ける。どう教科として応えるか注目したが、正直なところ教科の答弁から、より質の高い授業を目指して、子どもとともに授業を創り上げていこうという気力が伝わってこない。急に気持ちは落ち着かなくなってしまった。

 司会者が意見を求めた場面でだれも挙手をしなかったので、場つなぎと思い、悶々としたまま手を挙げる。これがいけなかった。「授業者は今日の授業で満足しているのか」と自分でも思いもかけない質問をしてしまった。頭の中で整理してから発言すべきだったと反省しても、もう遅い。
 
 「今日のこの授業のためにどれほど子どもを鍛えてきたのか。ここの子どもであるなら、もっともっと高いレベルを目指したらどうか。今日の授業は良い子チャンの授業。もっとダイナミックさがほしい」と、自分でもできもしない授業を要求。OBとは思えない発言。猛反省。

 飯島先生が助言の中で、11月22日、12月23日のGC関連事業のPR。「さきほどの玉置先生も授業をやられます。満足がいく授業を見せてもらえます」という一言を聞いて、発言したことを再び後悔。

 教官室に戻っても、ひとしきり、光ヶ丘中の取り組みを話す。さぞかし現役には迷惑だったことだろう。

 飯島先生と場所を移して主に11月の授業について相談。授業設計の基本的な流れは決めているのだけど、課題が浮かばない。当分は悩むしかない。もっとも同じ課題で授業をする石川さんとの相談も必要で、自分だけで決められない。附属時代は研究発表会での授業課題を決めるためにどれほど悩み考え続けたことか。「これは附属だから出来る課題だ」と片付けられるのが悔しくて、一見ありふれた課題、あるいは教科書の課題だけど、教材研究をしっかりして普段から子どもを鍛えていると、こんなにも授業での追究は深まるのだ!そんな授業を見てもらいたい!と考え続けた日々が懐かしい。喫茶店でふっとアイデアが浮かんで、忘れてはならないと思って、テーブルに置いてあった薄紙に必死にメモしたことも思い出す。「当たるのはどこ?」は喫茶店で浮かんだネタ。それが「@発見島」で再登場とのこと。うれしい限り。

 学校へ電話連絡。1日を確認。帰宅。ネットで新幹線予約。原稿チェック。


2004年10月07日(木) 研修会で講演
2003年10月07日(火) 生徒と1時間

2005年10月06日(木) 応時中参観

 いつものように文書決裁。10月18日に訪問される御前崎市の視察メンバー表を見て、びっくり仰天。助役や教育長ら市の要職の方ばかり31人。これはとても学校だけの対応ではいけないと思い、教育委員会へ連絡。指示を仰ぐ。

 9日セントレア訪問の連絡。そのほか連絡調整をいくつか。授業観察は理科と体育で2時間。

 認証式。生徒会執行部、委員長、学級役員らを認証。表彰。そして講話。今日は脳の話。

 15:30応時中へ。現職教育に参加させてもらう。今日は元岳陽中校長の佐藤さんの来校・指導日。到着したときは、ちょうどグループ別授業検討会の最中。どのグループも活発な話し合いがされていて、これだけでも応時中の研究が進んでいることがよくわかった。佐藤さんの話にも共感できることが多く、教師の役割定義「聴く、つなぐ、戻す」には同感。英語の授業を見た原さんから「子どもたちが一生懸命学ぼうとする姿は、我が校以上でした」というコメントあり。協同的な学びが成立しているということだ。

 終了後、小牧西中の松浦さんとひさびさにたっぷり情報交換。新しい計画も生まれた。


2004年10月06日(水) 校長会議&教育長講話
2003年10月06日(月) 体調は幾分持ち直す

2005年10月05日(水) NHKのお二人の方と

 早朝確認。正朝師匠のブログに「いきいき寄席」のことが、そして小雪さんのブログには正朝師匠と小雪さんのツーショットが!第1回目からいきいき寄席の様子がアップされるとは、実に幸先良いスタート。

 出勤。久々の昇降口清掃。水まきから掃き掃除までしっかりと。

 9:30勤労センターへ。校長会議&教育長講話。教育委員会からの指導・連絡。校長会議所管事項協議。僕は「コンピュータ整備検討委員会」として各校への呼びかけ、「文化部音楽部会長」として音楽会の進行状況報告、そして11月22日のGC関連の授業公開PRをさせてもらう。

 教育長講話は「元気が出る学校経営」と題して45分間。「目的と手段を混同してはいけない」ということを軸に「学校をきちんとはかる目=ものさしを持っているか」「例えば、委員会方式と審議会方式など、ものごとの違いをはっきりとらえているか」など、いつものように示唆に富む話がずらり。最後に「ドラゴン桜」の話題も。すでに職員室に配本している我が校、ちょっぴり自慢。

 帰校。資料準備をして市教委へ。

 NHK名古屋放送局の石井さんと懇談。取材ネタとして「地域ふれあいフェスティバル」「上方講談&社会科授業」などの話題を提供。取材判断はお任せ。
 
 帰校。戻った途端、今度はNHK本局「週刊こどもニュース」のディレクターから電話取材。番組テーマで「ブログ」を取り上げたいとのこと。積極的に学校発信をしている本校のことをどこかで知っての取材。1時間ほど取り組みの様子や変化について話す。

 辻さんが始めてくれる「学習クラブ」の開放について学校HPにアップ。諸々の相談や報告を受け、事務処理をしているうちに20時過ぎ。帰宅。

 角田先生から「日本を元気にする校長ML」に投稿あり。さすが読み応えあり。自分の思いも発信。本城校長の通信文「はじめる、つくる、きず」も魅力的。やはり、ネットワークはいい。学びを広げ深くしてもらえる。


2004年10月05日(火) ジュニアクラブ化推進会議・・・
2003年10月05日(日) 体調思わしくなく

2005年10月04日(火) 出張3カ所

 昨日は午後から出張で学校不在。いくつか連絡が入っていたとのこと。まずはその対応から。京都から視察依頼あり。日本教育新聞で本校を知って、実際に見てみたいとのこと。10月27日に授業も含めて参観してもらうことに決定。

 10:00教員会総務部会のため応時中へ。教育調査研究について協議。さまざまな要素があり、これだ!という案が出ず。

 学校へ戻り、ジュニアクラブ化第二部会提案要項作成。学校HP更新。文書決裁など。

 14:30岩崎中へ。市進路委員会に出席。今後の日程等を聞いたところで中座。

 今度は公民館へ。ジュニアクラブ化運営委員会、つづいて部会。演劇のジュニアクラブ化について検討。問題点の洗い出し。

 再び学校へ。18:00コーディネータの森澤さんと「地域ふれあいフェスティバル実行委員会」の進行について相談。指摘もあり、自分でも前回の会議は重かったことは自覚。次回は互いに交流ができるように展開も工夫してみることに。

 諸々の報告を受ける。教頭さんから学校HPがなかなかアップできないと連絡あり。また?と思っていると解決。サーバー調整中だったとのこと。

 帰宅。やらねばいけないことばかりだけど・・・。時間ばかりが過ぎる。 


2004年10月04日(月) 学校ホームページ5万突破
2003年10月04日(土) 上天気

2005年10月03日(月) 一宮・北方中を訪問

 いわゆる部活動新人戦で、いろいろな部の優勝をはじめとした好成績を聞く。朝からうれしいニュース。上位の大会進出もいくつかあるとのこと。なんとしても応援に行かねば。坂下さんのコラム更新を皆さんに伝える。人情茶屋!坂下憲司先生の「さわやかな風に包まれる学級づくり」の第3弾。

 文書決裁。出張事務処理。一宮・北方中訪問準備。

 坂下さんに南海さんからのメールを見せてもらって感激。『各授業のネタですが、ただ今、「小牧市史」「小牧歴史館」「篠岡百話」などを手に入れて、思案中であります・・・』という内容。これらの資料は学校から送ったものではない。どこかで手配され、わざわざネタ開発とは!さらにワクワク感が高まった。

 13:00一宮・北方中へ。第5時間目は数学と英語、第6時間目は数学と社会の授業を参観。いつものようにコンピュータとデジカメ持参。プレゼン資料を作成しながらの授業参観。どの授業も子どもたちは落ち着いて取り組んでいて、教師と子どもとの距離も短くていい。質問もいくつか出るのは授業雰囲気がいい証拠。

 15:40現職教育。全ての先生が授業を見ているわけではないので、できるだけ場面を具体的に示しながら、参観した4つの授業から感じたことや改善点を説明。特に「○つけ法」と「復唱法」というテーマをいただいたので、その部分を強調したつもり。後半は「○つけ法」実習。声を出す練習だけに的を絞った。

 校長室で懇談。互いに毎日更新をしている学校HPが話題。11月22日の本校での研究会を宣伝。この学校の芸術鑑賞会(10月31日)を僕がプロジュース。桂九雀師匠にお願いをした。ちょうどこの日は光ヶ丘中は代休日。顔を出せそう。

 帰宅。メール返信。いつものブログ巡り。この日記へのアクセスが10万を超えた。いつもお読みいただいている皆さん、ありがとうございます。励みにしてがんばります。


2004年10月03日(日) 野口健講演会
2003年10月03日(金) 附属の発表会とたくみの会

2005年10月02日(日) 桃花台区長会に出席

 学校HPは安定。安心して、「ネットワークトラブルが解消できそうです」と更新。 
 
 御園座へ。日本の伝統文化を尊重する教育を推進する学校でもあるので、久々の歌舞伎鑑賞。吉例!顔見世。第18代目中村勘三郎襲名披露興行。

 行き帰りで原稿の骨子作成。18:00桃花台区長会に森澤さんと出席させていただいた。会の始まる前に時間をいただき、「地域ふれあいフェスティバル」のことや「上方講談&社会科授業」のPRをさせていただいた。帰宅して区長会の写真をアップ。今井さんや遠藤会長からHPネタが届く。感謝。正朝師匠ともメールのやりとり。ブログもあることを発見。いきいき寄席のことがアップされたら、ぜひ紹介したい。

 一旦、横になって夜中に起きて原稿書き。11月5日東京での「校内ネットワーク活用プロジェクト」セミナーのレジュメ原稿作成。「学校から保護者への情報発信手段の見直し」と題して4ページ書き上げて送付。26:30就寝。


2004年10月02日(土) 「サービス哲学」を読んで
2003年10月02日(木) 日記を宣伝していただいて

2005年10月01日(土) いきいき寄席こけら落とし

 8:45大城小運動会へ。元気で明るい「運動会の歌」で感動。2年生の競遊も組み立て体操を一部取り入れた演出で感心。

 10:30いきいき介護センターへ。第1回「いきいき寄席」の仕込みお手伝い。すでにほとんど準備済み。幟も、ついたても、高座座布団も、毛氈も、すべて新調。木のとても良い香りがする会場の準備完了。

 11:45春風亭正朝師匠、柳貴家小雪さん到着。さっそく高座をみてもらい若干の指示をもらう。師匠、小雪さん、小林さん、柳瀬さんと僕とで食事。味付け抜群!のセンターのお昼に師匠からも絶賛の声。昨日の含笑長屋の話からSさんの話へ。「師匠、私たちはSさんとは別系統です(笑)」とお知らせ。

 13:00にはお客さまが来場。13:30には、ほぼ満席。80席が埋まる。

 14:00開演。席亭の柳瀬さんの挨拶。「師匠第一席目」&「いきいき寄席旅立ち一席目」は「目黒の秋刀魚」。まくらもたっぷりで45分。秋にふさわしい噺。ツボ、ツボで大きな笑い。秋刀魚を食べたくなった人も多かったのでは?席亭の満足げな顔に僕も大満足。

 続いて小雪さんの大神楽。色物が小雪さんと知って、胸躍らせていた仲間の顔を見る。実ににこやかな表情。あの顔は芸を見ている顔じゃない。小雪さんにうっとりしている表情(笑)。「ほう〜」「すごい」という声の中、仲入り。

 師匠、二席目。「恥を恥じるのが日本の文化。最近の女性は車内でもお化粧・・・」というまくらで、さらに会場を温めて、「宮戸川」へ。一席目より一段と笑いのボルテージが上がった会場。もう何を言っても受ける正朝ワールド。二席目もたっぷり。

 席亭、最後のあいさつ。「特製いきいき寄席ポートフォリオ」の紹介をして終了。さっそくパンフレットに出演者や演目、感想を書き入れてみえるお客さんを見て、寄席が終わった後のこういう風景もいいなあと自己満足。すぐにでも、また寄席を開きたい気分に。片付けはお任せして会場を出る。

 19:30東部市民センターへ。今日も「こまきあんずの会」の木下さんから声をかけてもらって光ヶ丘中の取り組み紹介をさせてもらった。2学期の取り組みから「上方講談&社会科授業」や「地域ふれあいフェスティバル」、「研究授業公開」のPR、そして今の夢を紹介。地域の皆さんにこうして話せることは実にうれしいこと。21:30終了。

 帰宅。エドウェルの伊藤さんからうれしいメール。やっと学校HPが不安定である原因が解明できたとのこと。マイクロソフトのバクが起因とのこと。確かに今日は安定。アクセス数もひさびさに500近くに。学校HPに紹介。


2004年10月01日(金) 附属名古屋中学校研究発表会にて
2003年10月01日(水) 総合で取材活動