2009年01月31日(土)  1月31日に『友子とモコ』を放送する意味

今日は、2005年3月に放送された『昭和八十年のラヂオ少年』以来、4年ぶりのラジオドラマ『友子とモコ』がNHK-FM放送される日。放送数時間前、ダンナとの間で、こんな会話が交わされた。

わたし「1月31日は何の日でしょう?」
ダンナ「意味なしの日?」
わたし「意味なしだったら、1月30日でしょ。ヒント、1をアイと読みます」
ダンナ「アイ、ミイ?」
わたし「アイマイミー(I my me)のできそこないじゃないんだから」
ダンナ「わからん」
わたし「愛妻の日」
ダンナ「ふーん」

それこそ「意味ない」という反応をされてしまったのだけど、今日この日に『友子とモコ』を放送することには意味がある。再び時間をさかのぼり、昨年9月末。「札幌放送局でもう一度ラジオドラマを作りませんか」と直筆の熱い手紙で口説いてくれた若手ディレクターの家富未央と半年間のメールのやりとりの末、初めて会った日のこと。それまで「夕張を舞台にしたい」というわたしの意向を受けて家富嬢が取材を重ねいた。彼女が取材で出会った元助産婦さんと現役の女性救急隊員さんからイメージをふくらませ、、炭鉱で栄えていた頃と現在の異なる時代を生きる二人の女性をヒロインにしようという話が進んでいた。そして、過去で描くのは昭和35年の2月1日未明に北炭夕張炭鉱で起きた事故の前後にしようかと検討していたのだけど、実際に企画が通るのかどうかもまだ決まっていない状態で、家富嬢に会うことになったのだった。

会うなり家富嬢は「やります」と言い、続けて「来年1月31日オンエアです」と言った。真っ先に頭をよぎったのは「時間がない!」ということ。放送一か月前に収録するとして、3か月。他の仕事と掛け持ちしながらオリジナルで一から起こすには、ぎりぎり。だけど、ほぼ同時に感じたのは、「なんというめぐりあわせ!」だった。2月1日未明ということは1月31日の深夜でもあり、放送日が偶然この日に決まったのは、このドラマを作りなさいという啓示のように思えた。わたしの経験では、こういう運命を感じる企画はうまくいく。その直感を励みに本直しを重ね、何とかクリスマス時期の収録に間に合った。

初めて組んだ家富嬢についてはハプニングがありすぎて書ききれないけれど、一言で言うと、新人コピーライター時代のわたしによく似ていた。実際見た目も似ているらしく、渋谷のNHKで一緒いいるところを見かけたラジオドラマ班の方々に「マナカナみたいにそっくり」とまで言われた。ひとまわり以上年上のわたしとひとくくりにされては可哀想だけど、自分の処理能力以上の仕事と格闘し、失敗したり空回りしては上司に怒鳴られる姿は、まさに20代の頃のわたしであり、ドラマのヒロイン、5年目だけどまだまだ半人前扱いされている救急隊員のモコと重なった。叱られるとへこむけれど、倍のパワーで跳ね返してくるところが彼女のいちばんの魅力で、いいところを伸ばして、一人前のディレクターに育ってくれたらと思う。個人的には、ドラマの中のモコの成長以上に、舞台裏での家冨嬢の奮闘ぶりが面白く、忘れられない仕事となった。

ドラマのほうは、収録に立ち会っていたので台詞は聴いていたけれど、現場の音が足されると、救命活動や炭鉱の描写もぐぐっと立体的になり、化けたな、と思った。わたしがこだわっていたラストの台詞は削られてすっきりした形になってしまい、最初は残念な思いがしたけれど、時間が経ち、いろんな人から寄せられる感想を聞いていると、そちらのほうがメッセージが届いたのかもしれないと思えてきた。何より、4年ぶりのラジオドラマを、デビュー作『タカラジマ』と第2作『雪だるまの詩』を作った札幌から送り出せた感激が大きく、次々と届く感想に返事を打ちながら余韻に浸るうちに日付が変わった。

感想を送ってくれた一人のメッセージに「この作品はダンナさんへのプレゼント?」とあった。愛妻の日の翌日、2月1日はダンナの誕生日。


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2008年01月31日(木)  たまった宿題を片づける
2007年01月31日(水)  マタニティオレンジ68 左手に赤ちゃん右手にナン
2005年01月31日(月)  婦人公論『あなたに親友はいますか』
2003年01月31日(金)  トップのシャツ着て職場の洗濯
2002年01月31日(木)  2002年1月のおきらくレシピ


2009年01月26日(月)  わんわん電車 にゃんにゃん電車 ケーキ電車

きっかけは、ご近所仲間で鉄道ファンのT氏が関西土産に買って来てくれた雑誌『エルマガジン』に載っていた一枚の写真だった。昨年和歌山まで乗りに行った「おもちゃ電車」「いちご電車」の話題をはじめ関西鉄道色満載なその号を娘のたまは熱心に読み込み、駅弁や駅舎の研究にも余念がなかったのだが、ユニークな電車を紹介するページをとりわけ気に入り、車両そのものが犬の顔、猫の顔になった「わんわん電車」「にゃんにゃん電車」に異様な食いつきを見せた。「これ のる」と言い張るので、「今は無理だよ。今度大阪に帰ったときにね」と適当に返事していたら、大阪の実家に電話したときに「じいじ こんど わんわんでんしゃ のろうね」と約束を取りつけてしまった。

調べてみると、近鉄生駒鋼索線という名のケーブルカーで、始発の鳥居山駅は近鉄の生駒駅から直結している。生駒は、NHK奈良放送局の最寄り駅である近鉄奈良の手前なので、今回の仕事のついでに行くことにした。父と一緒に出かけて、帰りは生駒で別れて、たまを連れて帰ってもらうという計画。たまは一刻も早く乗りたくて、「わんわんでんしゃ まだ?」とせかすのだけど、「じいじ、おなかすいたわ。なんか食べてこ」と父がごねて難波の地下街を歩き回った挙げ句、ミンミンで餃子定食を食べて行く。たまは生駒へ向かう電車の中で力つきて寝てしまったが、絶妙な揺れ具合が眠気を誘う電車で、わたしたちの向かい側の乗客は、数えてみると20人連続うたた寝という集団催眠術にかかったような状態になっていた。

にゃんにゃん電車(「ミケ」の名前がついている)のケーブルカーに乗り込み、小学生の騒がしさにたまは目を覚ましたけれど、車内には猫デコレーションはなく、終点の宝山寺駅で下りてようやく「にゃんにゃん」だと喜んだ。にゃんにゃん電車は雑誌で見た以上に関西テイストのゴテゴテ感があり、インパクト大。関西人でもひるみそうな「どや!」という自己主張に恐れ入る。決してかわいくはないけれど、たまは「にゃーん」と満足げだった。

20分待って、さらに先へ乗り継ぐ。こんどのケーブルカーは「スイート号」という名前のデコレーションケーキをかたどった電車。こちらもコテコテのゴテゴテ。途中すれ違うのは音符満載の「ドレミ号」。

ブル(わんわん電車の愛称)とミケの看板が待ち受ける終点の生駒山上駅を出ると、生駒山上遊園地。冬の間は休業で誰もいないのだけど、門は空いていて、中を散歩できる。次に出る下りが30分後で、じっとしていては凍えてしまうので、歩き回るしかない。


寒空の下のひとけのない遊園地は淋しそうでもあり、凛とたたずんでいるようでもあり、なかなか絵になる。たまは「おやすみなの? みんなどうしたの?」と不満そうだった。


遊園地に住み着いているのか、野良猫が3匹固まっているところに近づくと、1匹はさっと逃げたけれど、あとの2匹はあまりの寒さにかじかんでいるのか背中を丸めてじっとしていた。その2匹に向かって、たまは「たまちゃんよ。こんにちは。よろしくね」としきりと話しかけたけれど、相手にされなかった。


途中駅でわんわん電車に乗り換え、麓まで下る。車内もホームも階段になっていて、ケーブルカーって走る階段なんだなあ。

シーズンオフだからお休みなのか、2台のケーブルカーは駅に停めたままになっていた。その2台には子どもが描いたと思われる夢のある絵が描かれていて、「ドリーム号」と名前がついていた。

念願かなって「わんわんでんしゃ」「にゃんにゃんでんしゃ」を制覇した上に「けーきでんしゃ」のおまけもついて、たまはご満悦。次代の鉄道ファンを育てたいというT氏の思惑(?)通り、またひとつ鉄道少女の階段を上ってしまった。

4年ぶりのラジオドラマ、放送まであと5日!
今井雅子・作『友子とモコ』
09/1/31(土)22:00〜50 NHK-FMにて全国放送


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2008年01月26日(土)  マタニティオレンジ227 スプーンをお洗いします
2007年01月26日(金)  ひと月遅れのクリスマスプレゼント
2006年01月26日(木)  李秀賢君を偲ぶ会と映画『あなたを忘れない』
2002年01月26日(土)  オヨヨ城


2009年01月25日(日)  コート着て家の中で雪見

「今度帰ってくるとき寒いでえ。たまちゃん連れて来んとき」と母におどされていたけれど、せっかくなんだしと娘のたまとともに昨夜、大阪の実家に帰った。ドアを開けた瞬間、「ん? 室内だよね?」と不思議な感覚。壁に囲まれているのに外気の冷たさが家の中を満たしている、それが今井家。「家に入ったら一枚着込みや」と真顔で言う父は、頭から足まですっぽり覆うウィンドブレーカーを着てウロウロ。「お父さんと言うてるねん。老人二人凍死って新聞に出るかなあ」と母がうれしそうに言う。

いまだにエアコンがなく両親は暑さ寒さにも慣れっこになっているけれど、エアコンの快適さを知って軟弱になってしまった娘と孫のために石油ヒーターをガンガン焚いてくれた。それでも天井が高くて広々しているせいで部屋はなかなか暖まらず、たまとわたしはヒーターを抱きしめるような位置に陣取って暖を取ることに。

今日はとくに冷え込みがきつかったようで、午前中いっとき雪が舞った。この冬初めて見る雪にたまは大喜びで「ゆきやこんこ」を歌いながら窓の外を鑑賞。たまもじいじもコートをしっかり着込んで、街頭でショーウィンドウをのぞいているみたいだった。

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2008年01月25日(金)  マタニティオレンジ226 子守話2「へんてこ」
2007年01月25日(木)  ラジオドラマを作りましょう
2004年01月25日(日)  サンタさん17年ぶりの入浴
2002年01月25日(金)  絨毯に宿る伝統


2009年01月23日(金)  お菓子の国のおくりもの

ドイツのペンフレンド、アンネットからジンジャークッキーの詰め合わせが届く、彼女が住む街の近くにあるジンジャークッキーミュージアムへ一緒に訪れたこともあったのだけど、そこを運営しているお菓子会社が毎年凝ったパッケージの詰め合わせを発表していて、航空便のダンボールを開けた瞬間の対面を楽しみにしている。今年は、これまでになくメルヘンな絵本の世界を描いたような缶箱が現れた。

さらに、缶のフタを開けると、飛び出す絵本のように絵が立ち上がり、横からのぞきこんだ娘のたまとともに「わあ!」と歓声。この絵を舞台に子守話のひとつでもこしらえてみたいけれぢ、今日はその時間なし。
飛び出す絵の下には、ジンジャークッキーが各種。こちらの顔ぶれは例年通りで、ジンジャークッキーを食べつけないわたしは毎年、「これを誰に食べてもらおうか」と頭を悩ませる。どなたかジンジャークッキーに目がない方がいらしたら、ご連絡ください。ただ、今年は初めてカシューナッツとキャラメルのクッキーが同梱されていて、こちらは目を見張るおいしさ。もう一枚、もう一枚と手が伸びてしまい、それはそれで悩ましい。


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2008年01月23日(水)  図書館の本についた謎の汚れ
2007年01月23日(火)  マタニティオレンジ63 晴れた日の小石川界隈散歩
2006年01月23日(月)  いまいまさこカフェブログOPEN
2005年01月23日(日)  中国禅密気功の師曰く
2004年01月23日(金)  今日はシナリオの日
2002年01月23日(水)  ラッキーピエロ


2009年01月22日(木)  「お世話」大好き、たま2才5か月。

2日続けて娘のたまをダンナの実家で見てもらったけれど、2才5か月の月誕生日の今日は打ち合わせもなく、一緒に夕食を食べられた。粉チーズをかけるのは自分でやりたがるくせに、「たべさせて」と甘えてくる。大人のやることは、変なことばかり真似して、パパが椅子の上であぐらをかくのを真似して「おんなじおんなじ」とうれしがる。

「もう、たまが真似するからあぐらかかないでよ!」とダンナに注意すると(母親というのは、子どものために夫も叱るので、𠮟ってばっかりになってしまう……)、「片足だけだよ」とダンナは反論。片足だけ、といばる根拠はよくわからないけれど、たまを見ると、しっかり「片足あぐら」になっていた。子どもの観察力と模倣力はすごい! 「それ、なんのおくすり? かんぽう?」などと言ってくるので、「漢方なんて言葉、どこで覚えたの?」と聞くと、「おはなし きいてたから」と答える。もう下手なことは言えない。

この一か月も続々ふえるたま語に驚いたり笑ったりしたけれど、大賞をひとつ選ぶなら、ダンナの実家にお泊まりしたときの、この一言。「ばあば、おやすみ。だんなさんに よろしくね」。これには、じいじばあばはぶっ飛んだらしい。「ダンナさんによろしく」なんて、それこそいつ覚えたのだろう。わが家の会話に登場していたっけ。どういうルートで仕入れたのか、とても興味がある。

「ダンナさんによろしく」もそうだけど、女の子が言いそうなことをよく口にするようになったし、「たまちゃん おんなのこ」などと自分でも意識している。人形のおむつを替えたりお世話を焼いたりするのが大好きで、「よしよし」などとあやしている。この一か月の変化でいえば、わたしに「赤ちゃんやって」とせがむようになった。「バブーバブー」と赤ちゃんを演じると、喜んでお世話してくれる。

でも、現実的にお世話が必要になる頃には、興味は別のところに移ってしまっているんだろうなあ。

おむつ離れも卒乳もまだなさそうだけど、トイレの感覚はだいぶわかってきた様子。「おっぱい=とんとん」は日に日に親しみを増し、すっかり擬人化して、友だちになってしまっている。「とんとん、はいってるか?」と聞かれて、「初詣に出かけてます」と答えると、「ただいまー。あ、とんとんかえってきた」「ちゅうにゅう〜。まんた〜ん」などと反応する。「とんとんになまえつけようよ」と言い出したこともあり、すでに「とんとん」と呼んでいるのに一体どんな名前をつけるのかと思ったら、左に「とんとんです」、右に「みぎのとんとん」と名づけた。

そんなやりとりが、ふれあえる時間が限られている母娘にとっては、楽しく、いとおしく、急いで卒業することないか、と思ってしまう。

この一か月でいちばんはまったのは、お風呂で読めるアンパンマンの紙芝居。絵本はあいかわらず『やこうれっしゃ』。いたずらは手先の器用さに比例して進化し、わたしが手紙に添えて貼ろうと思っていたお菓子のシールをテーブルや椅子や新聞にベタベタ貼ってしまった。化粧水は空になり、チョコレートは勝手に開封され、油断も隙もない。

「パパのコロッケないよ。うりきれ」などと嘘の言い訳をしたり(本当は売り切れてない!)、知恵がついてきたのは面白いけれど、末恐ろしい。でも、まだ2才5か月。


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2008年01月22日(火)  マタニティオレンジ224 たま17/12才
2007年01月22日(月)  「気持ちはわかる」間違い集
2006年01月22日(日)  センター入試・英語に挑戦
2005年01月22日(土)  変わらない毎日。変わらない大統領。
2002年01月22日(火)  夢


2009年01月21日(水)  キスかキフか? 非常時に強い女と自転車の会

年に数えるほどしか会えないけれど、気まぐれにかかってくる電話のせいか強烈なキャラクターのせいか印象が薄まることのない『風の絨毯』プロデューサーの益田祐美子さんから、昨年の暮れ、一晩に4件の留守番電話があった。かけ直すと、「自転車の映画って今井さん? さっきまで企画売り込んだっていう小豆島のオリーブオイル協会会長と会ってたのよ。こども映画祭をやりたくて、映画のことすごくほめてたよ。じゃあ今度紹介するわ」。省略・飛躍の多い魔女田語を長年のつきあいで使い込んだ翻訳機にかけると、「どうやら『ぼくとママの黄色い自転車』の成立に関わった小豆島のオリーブオイル協会会長さんと益田さんが知り合って、映画の話になり、わたしとつながったらしい。こども映画祭を企画されているその方は、『ぼくママ』の仕上がりを気に入ってくださっているらしい。詳しくは、お会いしたほうが早い」となった。

そして、ひと月たった頃、再び魔女田コールがあり、「21日あけといて。例のオリーブオイルさんと会うから。東映の人も来るって。名前、聞いたけど忘れた」と告げられた。東映の人の名前は「2階にメモがあるから後でメールする」と言われたけれど、案の定メールは来ず、当日電話したときも、「わかんない」という返事で、やはり「行ったほうが早い」と思いながら、指定されたシーボニアメンズクラブへ向かった。

シーボニア〜は、お目にかかるだけで心躍る素敵な素敵な田邊のおじさま、田邊勉社長のお店。仕事で30分ほど遅れて到着すると、わたし以外の皆さんはそろわれていて、「席をあたためていました」と田邊のおじさまがにこやかに立ち上がられた。挨拶を済ませておじさまは立ち去られ、まずは、「木村さんだったんですか」と東映の木村立哉さんに再会。『ぼくとママの黄色い自転車』は東映制作ではないのだけど、木村さんはプロデューサーとして参加されていて、一緒に脚本を作っていた。それから、「オリーブオイル協会会長」は、小豆島ヘルシーランド株式会社の柳生好彦社長。「協会会長」も兼ねているのか、魔女田語録お得意の勘違いなのかは確認しそびれた。新堂冬樹さんの原作『僕の行く道』を読んで、舞台が小豆島ということもあり、ぜひ映画化したい、となったところ、すでに映画化の話が進んでいることを知り、木村さんに連絡を取って映画への協力を申し出てくださったそう。その柳生さんとクレジットロールで相合い傘のように仲良く並んでいる高山里美さんも紹介される。音楽関係のプロデュースを手がける株式会社ソフトウェア・ジャパンの女社長さん。さだまさしさんの主題歌は、この方がつなげてくださって実現したそう。魔女田さんと柳生さんは「こども映画祭」つながりで知り合い、魔女田さん以外の4人は『ぼくママ』つながりで、わたしと魔女田さんは『風じゅー』以来のくされ縁。そんな5人が集まって、話題の尽きない夕食となった。

『ぼくママ』の初号試写でオヤジたちがこぞって涙していた話にはじまり、高知を舞台にした映画『はりまや橋』のこと、柳生さんがあたためているこども映画祭構想、四国といえば先日『子ぎつねヘレン』が上映されたさぬき映画祭のこと。さらに、神戸にある全室スイートルームのラ・スイートというホテルが素敵よと教えてくれた高山さんが「アマゾンで一生分の虫を見てから虫嫌いを克服(超越?)」した話や「布団持ってキャンプに行く」話をし、夏になったら小豆島にみんなで遊びに行きましょう計画が飛び出した。再び話題は映画に戻り、「どんな話を映画にしたら面白いか」「この人の人生はどう?」などと話すうち、高山さんが猛烈に働いて巨額の借金を返した身の上話に。「その話がいちばん映画向き!」と盛り上がる。「あのね、女は非常時に強いのよ」と魔女田さん。今年6月公開予定の劇場版『築城せよ!』では700社からお金を集めたというから、集金力はさらに増強されているよう。「50億持ってる人と知り合って、映画作りたがってるのよ」などとあっけらかんと言うのだけど、どうやってそういう人と次々知り合うの?? 「最近ね、お金出してくださいってお願いしに行くときに、キスがいい? 寄付がいい? って聞くの。そしたら、みんなあわてて寄付にしますって言うのよ〜。中には両方って人もいるけど」と魔女田さん。『キスかキフか』、これ、次の魔女田本のタイトルにどうでしょう。キスカキフカ、お金が集まるおまじないみたい。

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2008年01月21日(月)  マタニティオレンジ223 3日ぶりの母娘再会
2007年01月21日(日)  マタニティオレンジ62 母の誕生日を祝う娘
2006年01月21日(土)  ご近所仲間新年会
2005年01月21日(金)  1人1ピッチャー!? 体育会飲み会
2002年01月21日(月)  祭り


2009年01月17日(土)  押井守ワールド炸裂!舞台『鉄人28号』

天王洲の銀河劇場(旧アートスフィア)にて、舞台版『鉄人28号』を観る。プロデューサーの久保淳さん、アシスタントプロデューサーの黒田仁子さんとは、舞台『恋愛戯曲』の映画化や3Dアニメの企画をご一緒したことがあり、もともとは『パコダテ人』の前田哲監督の紹介で知り合った。会場受付で、ブタのPちゃん撮影以来の前田監督と、さらに久しぶりの木下ほうかさんに再会する。

『鉄人28号』は漫画もアニメも知らず、知っているのは冨樫森監督の映画版だけ。その前知識で観ると、鉄人28号と少年と博士が出て来るほかはまったく接点がなく、がらりと違う世界。原作のエピソードの幅が広いのか、監督/演出の味つけの差なのか。

押井守作品は不勉強であまり観ていないのだけど、歌で幕が開け、のっけからギャグの応酬で、こういう作風だったっけと面食らう。圧倒されて体が後ろのめりになり、やや引き気味の姿勢で観始めたのだが、なんなのだこれは、押井守ワールドなのだと納得して、不思議な世界を味わうことにした。

オリンピック前の野良犬狩りで最後に捕らえられる孤高の犬と孤独な女立喰師を重ねて描いていたのが面白い。押井氏は無類の犬好きだと聞くが、野良犬狩りのエピソードは原作にあったものなのか、オリジナルなのか。立喰師については著書も映画もあるので、押井氏のこだわりの持ちネタなのだろうとうかがえる。昨年だったか一昨年だったか、見逃したのだけど「真・女立喰師列伝という映画が公開され、食い逃げのプロに目をつけたのは面白いと思ったのだが、「食い逃げ」というアクションと「おんなたちぐいし」という響きの物悲しさの動と静の落差にも惹かれるものがあった。今日の舞台では、女立喰師の背負っている淋しさややるせなさがしみじみと語られていて、そこに押井監督のこだわりを見た。

南果歩さんが女立喰師と正太郎少年の一人二役を演じていたことに、目が悪いせいで、終わったときまでわからなかった。生命力できらきらしている15歳の少年と、人生に疲れきった中年女。まとう空気まで別人だった。テロリストを演じたダイヤモンド☆ユカイさんが歌、演技ともに存在感を放っていた。

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2008年01月17日(木)  マタニティオレンジ221 薬を飲ませるべきか
2007年01月17日(水)  夢のお告げ!? 小さな鳥の物語
2003年01月17日(金)  Lunettes du juraの眼鏡
2002年01月17日(木)  HAPPY


2009年01月16日(金)  一人でパズル作ったりお話作ったり

一年前に保育園の進級記念でもらった10ピースの動物パズルを、娘のたまはいつの間にか一人で完成できるようになった。できるときはてきぱきと仕上げるのに、1ピース目で「できない」と投げ出すこともあって、気分にむらがあるのが面白い。完成するなりゴニョゴニョ言って、すぐに崩してしまうのだけど、そのゴニョゴニョが「たいしたことないからね」と言っているように聞こえる。謙遜しているつもりなのだろうか。

「このパズルに出てくる動物でお話作ってよ」と言うと、「ゾウさんとエレベーターにのったの。ゾウさんころんじゃったの。おんぶしてかいだんのぼってベビーカーにのっけたの。ウサギさんとキリンさんとシマウマさんとライオンさんもみんなでベビーカーにのったの。アンパンマンのおみせにいったら、まあっていって、アンパンマンもドキンちゃんもカレーパンマンもみんなであそんだの」。アンパンマンがゲストで登場したり、ベビーカーに箱乗りしたりという発想が新鮮。そのベビーカーは誰が押して、どこへ向かったのかなと想像して、今日の子守話が生まれた。

子守話38 ベビーカーのエレベーター

たまちゃんをベビーカーにのせて おさんぽしていた
ぞうさんがころんで けがをしました。
ぞうさんがあるけなくなったので
たまちゃんは ぞうさんを ベビーカーにのせてあげました。
とおりがかった きりんさんが ベビーカーをおしてくれました。

するとこんどは きりんさんがころんで けがをしました。
たまちゃんは きりんさんも ベビーカーにのせてあげました。
とおりがかった しまうまさんが ベビーカーをおしてくれました。

ぞうさんのおうちのいりぐちまできて
こんどはしまうまさんがころんで けがをしました。
たまちゃんは しまうまさんも ベビーカーにのせてあげました。
でも だれもベビーカーをおしてくれないので 
たまちゃんと ぞうさんと きりんさんと しまうまさんをのせた
ベビーカーは とまったままでした。

こまっていたら うえから ぞうさんのおかあさんのこえがしました。
まっててね いま むかえにいってあげますよ。
ぞうさんのおかあさんは 2かいのまどから するすると 
ながいはなをのばすと ベビーカーのハンドルをつかみました。
そして みんなをのせたベビーカーを2かいまでもちあげました。

ぞうさんのおかあさんが けがのてあてもしてくれたので
ぞうさんも きりんさんも しまうまさんも あるけるようになりました。
かえりは きりんさんと しまうまさんが 
たまちゃんのベビーカーをおしてくれました。
こんどは きをつけたので だれもころびませんでした。


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2006年01月16日(月)  mixiに「脚本家 今井雅子」コミュニティ
2005年01月16日(日)  サイレント映画『A Clever Dummy』『The Cheat』
2004年01月16日(金)  尽在不言中〜言葉にならない〜
2003年01月16日(木)  ど忘れの言い訳


2009年01月15日(木)  身長5ミリで体重500グラム増

体重が55キロになる夢を見た。わたしは夢を見ながら夢を分析する癖があって、「このところ甘いもの食べ過ぎてるからなあ」と反省しつつ、「この夢の出所は、あれだな」と目星をつけていた。あれというのは、保育園の月に一度の身体測定の結果。娘のたまは、この一か月で「身長5ミリ、体重500グラム」増えた。1ミリにつき100グラム。10倍すると、1センチにつき1キロ。このペースで増え続けると、とんでもない肥満児になってしまう。大人並みの食欲で絶賛拡大中のわが子を見ながら、たのもしさを感じるとともに不安を覚えたのが早速夢に現れたらしい。

食べることへの飽くなき好奇心と意欲は、わたし譲りだと思われる。目の前においしいものがあればとことん向き合い、胃袋に納めてしまう。アメリカ留学中の一年間で20キロの増量に成功し、前年比150%の重量で帰国したわたしを見て、母は「打ち上げられたマグロ」と称した。縦ではなく横へ成長するわたしに、ホストマザーは「マサコはgrow upではなくgrow outしている」と絶妙な表現で警鐘を鳴らしてくれたのだけど。歴史は繰り返され、娘は今、まさにgrow out中。そんな娘につられて、わたしも増量傾向にあるのを、最近きつくなってきたジーンズが教えてくれている。家に体重計がないので正確な数字はわからないけれど、気を抜くと、ひと月で500グラムどころか2キロ3キロあっさり身につけてしまう。そういえば、妊娠中に「赤ちゃんは1ミリしか大きくなってないのに、あなたが1キロも増えてどうするの」と助産師さんに叱られたっけ。

太り過ぎて体が重くなると、動くのが億劫になってますます溜め込み型体質になってしまうことは、自身の体で実証済み。けれど、娘からもわたしからも食べる楽しみを奪いたくはない。となれば、食べた分を動いて消化するしかない。悪夢が正夢にならないよう、今年の目標に「階段を使う」を加える。

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2008年01月15日(火)  マタニティオレンジ220 わんわん
2007年01月15日(月)  マタニティオレンジ59 人間ドライヤー
2005年01月15日(土)  ノンストップ『Mr.インクレディブル』
2004年01月15日(木)  谷川俊太郎さんと賢作さんの「朝のリレー」
2003年01月15日(水)  ひつじの国 ひつじの年
2002年01月15日(火)  ノベライズ


2009年01月14日(水)  ねんどせんせい、器を届けに来る。

ダンナの小学校時代の同級生で陶芸家のダンちゃんこと檀上尚亮さんが、京王百貨店での個展を終え、搬出を終えた帰りにわが家に立ち寄ってくれた。一昨日、個展を訪ねた折りに買い求めた器を、届けてくれたのだ。青いボウルは大ぶりのご飯茶碗として使うつもりだったのだけど、わが家の古株の丼たちと比べてみると、大きさも格も一段上で、上品な味つけの煮物を盛るのが似合うかしらんと考えが変わる。関西風の澄んだお出汁のうどんならいいけれど、カレーうどんは遠慮したほうがいい。ご飯を盛るとしても、山盛りではなく、内側の肌が見える程度のゆとりが欲しい。

せっかく来てもらったので一緒に夕食をとなり、豚肉鍋に加わってもらう。身近に陶芸家がいないので、「陶器を焼く窯で釜焼きピザは作れるか?(電気釜だと焦げ目がつかないのが致命的だそう)」などの話を興味深く聞く。ダンちゃんは陶芸家が登場するドラマの監修を務めた経験もあり、わたしの仕事にも興味と敬意を持って話題を振ってくれるので、話が弾んだ。職種は違うけれど、ひとつひとつ作品を重ねてその道を究めようとしている途中の者同士という親近感を抱いてしまう。

娘のたまは、昨年秋にダンちゃんの工房での陶芸教室に一家で参加したことを覚えていて、ダンちゃんのことを「ねんどせんせい」と呼んでいる。真剣に粘土をこねる大人たちを指導していた姿が印象に残っているよう様子。小学生の女の子がいるダンちゃんは子育ての先輩でもあり、たまの相手もお手のもの。すっかりなついたたまは、ダンちゃんが帰った後、「ねんどせんせい どこ?」と淋しそうだった。

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2008年01月14日(月)  出前のちお取り寄せイタリアン
2007年01月14日(日)  innerchild vol.12『アメノクニ/フルコトフミ』
2004年01月14日(水)  泣けました、「半落ち」(横山秀夫)
2002年01月14日(月)  災い転じて


2009年01月12日(月)  陶芸家・檀上尚亮さんの個展

ダンナの小学校時代の同級生で陶芸家のダンちゃんこと檀上尚亮さんが京王百貨店の美術工芸サロンで個展をやるというので、一家ででかけることに。昨年ダンナが焼き鳥屋のカウンターで偶然の再会を果たして以来、鎌倉にあるダンちゃんの工房で体験陶芸教室を受けたりして、おつきあいが続いている。

一緒に陶芸教室を体験したセピー君にも声をかけて、現地で合流しようと話していたら、ご近所さんのK家から昼食のお誘い。ちょうどセピー君を引き合わせたいと思っていたので、これはいい機会。いつ行ってもおいしさとリーズナブルさと商売っ気のなさで驚かせてくれる飯田橋の中国料理『馥』で落ち合う。セピー君とK氏は予想通り意気投合し、経済や歴史の話に花を咲かせた。わたしとK夫人は、椅子にじっとしていない娘たちの散歩に付き合いながら、近況報告。店が入っている日中友好会館は、広々としたロビーと廊下と階段があり、休日はあまり人がいないので、子どもを遊ばせるには打ってつけ。

K家とは店で別れて、京王百貨店へ。陶芸家の個展には縁がなく、壺が並んでいる光景を想像していたら、普段使いにも良さそうな食器もあり、ちょうど欲しかった深めのボウルとミルクピッチャーに使えそうなソース入れを買い求める。ガラスを組み合わせた花器は、ほぼ完売。「チューリップを活けたらきれいかな」などと使い方を思い描いていると、「僕だったら、この器の美しさをどう活かすか、まわりの空間を考えますね」とセピー君。何を活けるかと考える実用派と、どう活かすかと考える芸術派の違いが見えて、おかしかった。

京王百貨店でのダンちゃんの個展は、売り込みで始まって、今回で10回目。売り上げが悪いと次はないそうだけど、毎回声をかけてもらっているとのこと。来年、さ来年もお邪魔して、少しずつ買いそろえていけたらいいなと思う。知っている人の作った器が生活にあるのはうれしいし、「これ、知り合いの陶芸家が作ったの」とテーブルの話題のきっかけができるのも楽しい。友人ミヤケマイの作品のように、あれよあれよと人気が出て、そのうち手が出ない高嶺の花になるかもしれないけれど、それはそれで楽しみ。

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2008年01月12日(土)  boofoowooの服
2007年01月12日(金)  『半島を出よ』(村上龍)
2002年01月12日(土)  アボルファズル・ジャリリ 


2009年01月09日(金)  同じところをぐるぐる

整骨院で診療を受けて、スリッパから靴に履き替え、履いていたスリッパを棚に戻すと、水玉の長靴と目が合った。「あ、わたしと同じ靴の人がいる」と言いかけて、今いた患者は自分一人だったことと思い出し、「あ、わたしの靴だ」と思い至る。その間、約5秒。足元を見ると、スリッパを脱いで履き替えたのは、別なスリッパだった。

振り出しに戻るというのか、堂々巡りというのか、同じところをぐるぐるしまうことが、ときどきある。地下鉄の乗り換えで、都営から営団に乗り換えるつもりで、改札を出て、移動して、改札を入ると、再び都営に戻っていたりする。頭の中で仕事のことを考えたりしながら何かをすると、そういうことが起こる。思考回路と連動して、ぐるぐるしてしまうのだろうか。

同じことを繰り返すといえば、お正月を一週間程過ぎたこの時期、「2度目の年賀状」がちらほら届く。元旦にきちんと届けてくださった方が、こちらからの年賀状を見て、「早々の賀状ありがとうございました」「遅くなってすみません」などと、今年の初めてのような文面で送ってくださる。それに続く文章が一通目とまったく同じ人もいれば、まったく違う人もいて、興味深い。

今年2本目の子守話は、またしてもバナナの話。リクエストの多いバナナパンのレシピを織り込んで。朝食をしっかり食べることも今年の目標。
子守話37 まっくろけバナナ

みちのまんなかで バナナが3ぼん ないていました。
えーんえーん わたしたち まっくろけに なっちゃったよう。
きれいなきいろだったのに まっくろけに なっちゃったよう。
とおりがかった たまちゃんが いいました。
なかないで バナナさん。
まっくろけのかわをむけば きれいな みがでてくるよ。
たまちゃんは 3ぼんのバナナを おうちにつれてかえりました。
まっくろけのかわのしたは きれいな きいろいみでした。
わたしたちは おいしくたべてもらえることが いちばんのしあわせですと
バナナたちは こえをそろえて いいました。
そこで たまちゃんは バナナパンをつくることにしました。

おおきなボウルに たまごをひとつ ポーンとわりました。
たまごをぐるぐるまぜたら ぎゅうにゅうを100みりりっとる。
ぐるぐるまぜたら こむぎこ150グラムをふるいにかけます。
ぎゅうにゅうたまごいけに こなゆきが しゅらしゅらとふります。
バナナを3ぼん つぶしてまぜて しあげに サラダあぶらをちょっぴり。
あぶらをぬったカップ6つにするするとながして
250どの あつあつのオーブンで10ぷん。180どで あと5ふん。
こんがりきつね色にやけたら できあがり。

やきたてのバナナパンは とってもいいにおい。
ほくほく あちちといいながら たまちゃんはたべました。
まっくろけになっちゃったとないていた3ぼんのバナナは
かげもかたちもありません。でも バナナパンをたべると 
たまちゃんのおなかは ほんわかあったかくなりました。

バナナさんたち きっとよろこんでいるね。


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2008年01月09日(水)  マタニティオレンジ218 ミキハウスの服
2007年01月09日(火)  マタニティオレンジ56 男の人が歌う子守歌
2004年01月09日(金)  ヨシミン(井野上豊)
2002年01月09日(水)  見えなかったB


2009年01月05日(月)  suicaに利息がついた!?

自動改札で引っかかり、精算機でsuicaをチャージして驚いた。残額の末尾が「76円」となっている。電車代は10円刻み、なのに6円というこの半端な数字は何だ? 頭の中を「?」でいっぱいにしながら改札を通り抜け、「そうか、利息がついたんだ」と納得した。利率があまりに低いので、さんざんチャージして、ようやく6円という数字になったのではないか。たった6円とはいえマイレージがついたようなほくほく感を味わいながらエスカレーターを上りかけて、「ちがーう!」と叫びそうになったのは、少し前にジョナサンで初めて「suicaで精算」をしたことを思い出したからだった。924円のような額ではなかったか。半端な6円の正体がわかり、下手に喜んだだけに損した気分になった。

それで思い出したのは、年末にダンナと新宿のすずやでとんかつ茶漬けを食べていたときのこと。味噌汁を90円プラスで豚汁で格上げしたのだが、その中に小口切りの白ネギがたっぷり入っていた。おいしそうに食べるダンナに「鍋物のネギは嫌いなのに、こういうネギは好きなの?」と不思議がると、「大きく切ってヌルヌルするのが嫌いなんだよ。細かく切ってるやつは好き」と答えがあった。「同じネギなのに、変なの」と言うと、「同じ人間でも好きなときと嫌いなときがあるでしょ」と言われた。その瞬間、わたしの顔がニタリとなったらしく、「君のことを『好き』って言ったんじゃないんだけど。そこだけ聞いて喜ぶなよ」と呆れられた。

星占いでもおみくじでも、自分に都合のいいところだけ目に飛び込んで、他は見ないし、見ても忘れる。『子ぎつねヘレン』の脚本を読んだプロデューサーに「君のト書きはひどいね。どこで勉強したの?」と言われたのを、「台詞はうまいってことなんですね」と喜んで、呆れられた。でも、脚本家も妻も、くじけず、いじけず、たくましくやっていくためには、自己肯定が何より大事。図々しいぐらいのおめでたさが身を助けるように思う。

おめでたい性格を物語る事件を、ついでにもう二つ思い出した。

その1、丸見え事件。就職して間もない頃、大学の応援団の後輩の演舞を観に行った。トイレから出て来たわたしを他大学のチアリーダーがすごい勢いで「先輩!」と追いかけて来たので、「他大学の後輩に、こんなに慕われてたんだ」と自惚れたら、「先輩、パンツが丸見えでいらっしゃいます」。スカートの先っぽが下着の中に入り込んでいた。そりゃあ息せき切って追いかけますわなあ。

その2、松田聖子事件。会社のパーティで、今はなきベルファーレで踊り狂っていると、わたしに向かってフロア中の人々が殺到してきた。その中の一人の男性をつかまえて、「何があったんですか?」と聞くと、「松田聖子さんですよね?」と言われた。「私ですか? いえ、違います」と動揺しながら答える間に、その男性はわたしの横をすり抜けて行った。わたしの後方に出来た人だかりの中心に本物がいたことを後日写真週刊誌で知った。

思い込みの激しさと自意識過剰の組み合わせが、おめでたい勘違いを引き起こす要因だと思われる。年を重ねて落ち着きが出て来たのか、最近は勘違いのスケールが小型化していると自分では思っていたけれど、suica利息事件で、おめでた思考回路の健在ぶりが証明された。

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2008年01月05日(土)  2008年のわが家の目標:湯気の立つ家
2007年01月05日(金)  佳夏のお墓参り
2005年01月05日(水)  英国旅行10日目 オクトパスと三越とママの会とフレンチ
2002年01月05日(土)  知ってるつもり


2009年01月03日(土)  初カレー 初映画 初買い物


丸の内の日劇で『K-20 怪人二十面相・伝』を観るため、日比谷に出る。映画の前にお昼をどこで食べようかと考え、有楽町から東京駅方面に5分ほど歩いて、『サイト名』へ。去年連れて行ってもらい、すっかり気に入った南インド料理店。マサラドーサ(写真左。ポテトの香味炒めを包んだインド風パリパリクレープ)とダバミールス(写真右。バナナの葉っぱに盛りつけた南インド式カレー定食)。年始の初カレーにふさわしい内容で、大満足。今年もおいしいカレーに出会えますように。

箱根駅伝のゴールに向かって帰ってくる選手を待ち受ける人たちがちらほら集まり出したなか、有楽町へ戻って、初映画『K-20』。『パコダテ人』でご一緒した石田和義さんがプロデューサーで関わっている。日本もハリウッド映画顔負けの超大作を作れるようになったんだなあと圧倒されることしきり。徹底的に痛快娯楽作を追求していて、見どころは盛りだくさん。サーカスの曲芸に始まり、泥棒修行、20面相との対決と肉体を躍動させる金城武を見ているだけで飽きなかった。なぜか笑い上戸のおばさまが多い回で、場内はたびたび爆笑に包まれ、「ここは笑いを撮る場面ではないのでは」と最初は戸惑いつつもつられて笑い、映画の舞台になっている昭和のあの頃、こんな風にみんなおなかの底から笑って映画を観ていたのかな、と思ったりした。やっぱり映画はスクリーンで観なくちゃ。今年は去年よりも映画館へ足を運べますように。

初買い物は一年前のお正月バーゲンで衝撃的な出会いをしたフランシュリッペで、スカートとチュニックを買う。童話の挿絵のような柄が楽しい。2万円以上買うと2000円引きになるキャンペーンを丸井全館でやっていて得をした気持ちになるが、50%引きだと思って買ったチュニックが30%引きになっていて(わたしの思い違いかレジの打ち間違いかは不明)、2400円の損失。400円の僅差ではあるけれど、試合に勝って勝負に負けた気分。服を買うのもひさしぶりだけど、今年はもう少しおしゃれを楽しむ余裕を持てますように。

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2008年01月03日(木)  マタニティオレンジ216 ついにはまった「おしりかじり虫」
2007年01月03日(水)  マタニティオレンジ52 飛行機で大阪へ
2005年01月03日(月)  英国旅行8日目 妻・母・長女の家と財布とシーザー
2004年01月03日(土)  庚申塚の猿田彦神社
2002年01月03日(木)  留守番


2009年01月02日(金)  2009年の目標「時間を守る」「子守話百話」

新年の目標らしきものを元旦のうちに立てそびれた。新年2日目になって、さて何にしようかと考える。去年は保育園の遅刻の常習犯だったので、今年は送り迎えともに時間内に行けるようにしなくては。打ち合わせへもぎりぎりの到着が目立ち、いちばん下っ端なのに皆様をお待たせしてしまうこともたびたびだった。娘のたまに「ちょっと待っててね」と言ったきり待ちぼうけを食わせることも多かった。「時間を守る」ことは、人の時間を大切にすること。そのことを心がける一年にしようと誓う。

今日、たまが聞かせてくれたお話は、年末からよく言っていた「あるひ、バナナは、ぶらぶら」の話。年を越して、続きが膨らんで、これまで聞かせてくれた中でいちばん物語らしくなっていた。最後の一行は、上野動物園でゾウがバナナを食べさせてもらうときに鼻を持ち上げる格好を「なんちゃって」と呼んでいたのが、バナナからの連想で出て来たらしい。友だちになったと思ったみんながバナナを食べてしまうという毒のある結末をお茶目に救っているようにも読める。そのまま採用して、今年最初の子守話に。親子合作でペースが上がっていることだし、今年中に、めざせ百話!

子守話36 バナナとみんな

あるひ バナナは ぶらぶらしたの
ゾウさんがきて バレリーナしたの
バナナは こんにちはしたの
ワニさんもきて こんにちはしたの
クマさんもきて こんにちはしたの
それから プリンたべたの
さいごに みんなで バナナたべたの
ゾウさんは なんちゃって したの


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2008年01月02日(水)  ベイビー・ジェーン・キャシャレル目当てでバーゲンへ
2007年01月02日(火)  新年の掘り出し物『クリスマスの笑顔』
2005年01月02日(日)  英国旅行7日目 生家と古城とリモニー・スニケット
2004年01月02日(金)  金持ちよりも人持ち
2002年01月02日(水)  パワーの源


2009年01月01日(木)  謹賀新年2009

2009年目覚めて最初の食事は、バナナパン。年越しバナナがいい具合に熟れて、おいしく焼けた。砂糖を使わないので、天然の甘みが命。娘のたまも「バナナパンたべたい」と催促してくれるほど、わが家の朝食の定番になり、材料のバナナ、卵、牛乳、小麦粉は欠かせない存在。焼きたてのバナナパンは香りも味も格別(そのかわり、冷めるとあまりおいしくない)で、ほかほかのぬくもりを掌に受け止めながら、なんだかいい年になりそうだと思う。

午前中に仕事始めでパソコンに向かい、午後にダンナの実家で新年の挨拶。昨日の大晦日も一緒に紅白を見ていたので、家にいったん帰ってましたという感覚。今年も子守でたくさんお世話になりそう。おせちは、子ども用の小さいお膳を忘れたので、たまも2歳児ながらいっちょまえに大人と同じ大きなお膳に盛りつけることに。海老を一匹しっかり平らげ、しっぽにまでかじりついて、喉に刺さって目を白黒させていた。正月から食欲旺盛で頼もしい。

年賀状を書く時間を例年より取れた人が多かったのか、元旦に届いた年賀状の束がいつになく厚かった。「日記読んでます」というコメントに、最近更新をさぼっていることを反省。「作品楽しみにしています」の声にも励まされる。来週火曜日には映画『子ぎつねヘレン』の放送があり、今月末の31日の土曜日には、作り立てほやほやのラジオドラマ『友子とモコ』が放送される。はじまりの間に作品が二つ流れる2009年は、脚本家・今井雅子にとっても充実した年になりそう。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

映画『子ぎつねヘレン』 
2009/1/6(火)19:00〜20:54 テレビ東京系で放送

今井雅子脚本の長編映画4本目。10日公開の映画『きつねと私の12か月』との連動企画で、地上波2度目の登場。

ラジオドラマ『友子とモコ』 
2009/1/31(土)22:00〜50 NHK-FMにて放送

『昭和八十年のラヂオ少年』以来、4年ぶりのラジオドラマ。NHK札幌放送局制作で、舞台は平成と昭和の夕張。


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2008年01月01日(火)  マタニティオレンジ215 おせちの食べっぷりに成長を感じる
2007年01月01日(月)  マタニティオレンジ51 赤ちゃんのいるお正月
2006年01月01日(日)  いいことありそな初日の出
2005年01月01日(土)  英国旅行6日目 嵐とプリンと美女と野獣
2003年01月01日(水)  2003年の初仕事
2002年01月01日(火)  幸先
1999年01月01日(金)  テスト



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