2007年01月26日(金)  ひと月遅れのクリスマスプレゼント

中学一年の夏休み、母に連れられた初めての海外旅行先は東西統一などまだ考えられなかった頃の東ドイツ。エルベ河を下る船の上で知り合った同い年の少女アンネットと住所を交換し、文通が始まった。切手も便箋も書かれている学校生活も、わたしが見知っているものとは違った。教科書にもほとんど載っていない国のことを手紙のたびに少しずつ知っていく興奮に夢中になった。外国の友達が一人いるだけで、目は自然と世界に向かって開かれる。アンネットのおかげで、わたしは櫃異様なものとして語学に親しむことができたし、日本とは違う生活や文化や人々をもっと知りたいという好奇心をかき立てられた。

「ペンフレンドは和製英語で、正しくは『ペンパル』です」と英語の時間に教わったが、ペンフレンドという言葉は今も生きている(死語ではない)のだろうか。地球の裏側へだって送信ボタンを押せばあっという間にメッセージを送れる時代になってしまたけれど、そんな便利さを知らない時代を知っていることを幸せに思う。いつ届くかわからないエアメールを心待ちにし、ポストにそれを見つけた瞬間「あった!」と小躍りし、ドキドキしながら封を開ける。あのときめきは、わたしの少女時代から青春時代のごちそうだった。

毎年12月の初めにドイツから届くプレゼントの小包で、クリスマスの季節が近づいてくるのを知る。だけど、去年は恒例の小包が来ないうちにクリスマスを過ぎ、年を越してしまった。毎年大いに遅刻するわたしからのプレゼントは年明けにドイツに到着したらしく、「ダンケ・シェーン」連発の礼状が届いたのだが、そこには「わたしからのプレゼントも届いた?」と綴られている。どうやらアンネットは例年通りプレゼントを発送していて、とっくにマサコに届いているはずなのに、礼を言って来ないのでおかしいぞと思っている様子。途中で荷物が迷子になったのだろうか、と心配になっていたら、今日到着。どこで寄り道していたんだろう。正月気分が抜けたと思ったらクリスマスが来たようで、これはこれでうれしい。包み紙をひとつずつ解き、プレゼントと対面。チョコレートやキャンドルにまじってベビー服がいろいろ。明るいピンクとイエローの色使いが楽しい。

出会った中学生の頃、互いが親になる頃までやりとりが続くなんて想像していなかったけれど、数えてみたら25回目のクリスマス、もう四半世紀が過ぎていたのだ。文通10周年のときにアンネットへの手紙という形で書いた作文が「夢の旅」を募集するコンクールで入賞した。その中でわたしはアンネットと互いの国を行き来する形で再会する夢を綴った。その後、わたしはドイツのアンネットを二度訪ねたけれど、アンネットはまだ日本に来たことがないので、夢は片道だけ実現したことになる。いつか日本への旅行を贈らなきゃ、とクリスマスプレゼントが届くたびに夢のもう片方を思い出す。

>>>いまいまさこカフェ言葉集 「再会旅行」

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