2014年09月28日(日)  「堺の3つのDNA」を確認!東京さかい交流会

今井雅子が堺親善大使として参加するようになって三度目の東京さかい交流会。
出会いあり、年に一度この交流会で会える方あり、交流会を機に親しくなった方ありで、今年も交流を楽しみました。

「堺の3つのDNA(南蛮貿易・匠・自由)が堺の未来を作る」と題した堺名誉大使(Jリーグ初代チェアマン・川淵三郎氏、ゴルゴ13作者・さいとうたかを氏、彫刻家・藪内佐斗司氏と豪華な顔ぶれ!)、堺親善大使・中谷彰宏氏と堺市長によるトークは、笑いとうなずきの連続。登壇の方々のことも堺のことも、もっと好きになりました。

今井雅子は8月に堺市博物館で行った「ドラマティック堺さがし」ワークショップ第二弾について報告。会場で再会した堺市博物館学芸員の矢内氏と一緒に登壇し、NHKニューステラス関西の放送をみなさんと振り返りました。



帰りぎわ、物販コーナーで絵本『わにのだんす』が販売されていたことを知り、「宣伝するんやったー!」と不覚。物販コーナーを見落とすくらい広い会場に堺ゆかりのブースがたくさん出ています。

東京さかい交流会、年に一度の交流会のほか、普段から情報交換などを行っています。県人会の堺市版みたいな感じですが、堺出身の方はもちろんのこと、堺が好き!という方も参加できます。

FBページはこちら

堺といえば包丁。持参した包丁を帰るときまでに研いでくれるのですが、研いだ後の包丁の切れ味は感動的。人参に包丁を立てただけでスーッと切れて、人参がやわらかくなったような錯覚を味わいました。



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2013年09月28日(土)  徒競争でまさかの1位!
2010年09月28日(火)  18.2%で発進!「てっぱん」×たま語
2009年09月28日(月)  「瀬戸内国際こども映画祭」を子育て中
2008年09月28日(日)  オレンジの壁のユキちゃんち
2005年09月28日(水)  『Spirit of Wood. Spirit of Metal(平成職人の挑戦)』
2002年09月28日(土)  料理の腕前


2014年09月24日(水)  堺市立新浅香山小学校で「堺ゆめ授業 ようこそ堺の先輩」

高校の数学教師の父と小学校の音楽教師の母を見て育ち、幼い頃から「学校の先生」は夢のひとつだった。「夢のひとつ」というのは、何にでも首を突っ込みたがる性格ゆえ、器械体操を習えば「体操選手になりたい」、アメリカ留学で絵を褒められれば「絵描きになりたい」と夢がふえていったから。

それでも教育への関心は持ち続け、大学は教育学部に進み、4年のときには母校の大阪府立三国丘高校で英語の教育実習を行った。奇しくも受け持ったクラスが文化祭で「オズの魔法使い」の劇をやることになっていたのだけれど、ほとんど手つかずな状態だった。高校時代にオズの脚本と演出をやったわたしは振り付けと演出を買って出て、朝昼放課後に加えて土日も練習に燃えた。

当然授業の準備は後回し。文化祭ではビデオを撮りながら生徒以上に感動して腰が抜けるほど号泣。わたしのために花束を用意してくれていた生徒のほうがよっぽど大人で、実習担当の先生からは「あなたは教師にならないほうがいい。あなたは生徒より楽しんでしまうから」とやんわり諭された。

広告代理店のコピーライターになったわたしは、その後脚本家になり、その経験から学んだことを学校で話すようになった。母校の堺市立三原台中学校で「中学生のドラマ脚本会議」と題した授業をやったのが2012年冬。三国丘高校や金蘭千里高校でも講演し、昨日は舞鶴の日星高校で講演とワークショップ。そして、今日は堺市立新浅香山小学校で一日先生を務めさせてもらった。

朝9時に学校に到着。今回呼んでくださった徳永加代校長先生にご挨拶。お会いするのは、これまた徳永先生に呼んでいただいた8月19日の堺市中教研国語部会ぶり。徳永先生は去年の中教研の全体会でわたしの講演を聴いて、「ぜひ、うちの小学校で」と思ってくださったそう。

今回やるのは「鳥獣戯画からドラマを作ろう」というワークショップ。鳥獣戯画を提案されたのは徳永先生。6年生の国語の教科書に載っているとのこと。お題をいただいて以来、「鳥獣戯画を使ってどんな風に授業を展開しようか」とこの数か月考え続けていた。

心がけたのは、「想像力を働かせる『?』を投げること」「なんで?そんで?で脚本が作れる手応えを味わってもらうこと」。

「グループワーク1 なんで?」で「(寝転がっているかえるは)なんで寝てる?」「(走っているさるは)なんで走ってる?」を話し合い、発表。「グループワーク2 そんで?」で「そんで、これはどこ」「そんで、これはいつ?」「そんで、かえるやうさぎやさるは、なんて言ってる?」を話し合い、発表。最後にわたしが考えた「なんで?」と「そんで?」を発表し、そのセリフを並べてト書きをつけたらハイ脚本のできあがり、を実演で見せる。

ここまでを45分でできるかどうか。ぶっつけ本番。まずはわたしが楽しむこと。

2時間目に3年1組、3時間目に3年2組で授業。「みんなよりひとつ下、2年生の娘がいます」と自己紹介すると、親近感を持ってもらえた様子。大阪の子だからなのか、この小学校がとくに活気があるのか、グループワークの意見交換も発表も元気いっぱい。先に授業をした1組では、「かえるは、なんで寝てる?」「さるは、なんで走ってる?」と聞くと、「さるがかえるをいじめて倒して逃げてる」と答えるグループが多かったので、次の2組からは、たまが考えた例を先に話すことに。たまは「ラジオ体操がはじまる前」で、「かえるはまだ寝ていて、さるはラジオ体操に向かっている」と読み解いていた。

「遠足で、かえるはもう歩けないとだだをこねていて、さるは先生で、早くしないと日が暮れるぞと言っている」と、かえるとさるのキャラクターを膨らませたグループ、「マラソン大会で、さるはかえるにこかされたけれど、後で起き上がって、さるを抜かす」と絵の続きを考えたグループ、短い時間の中で集中力を発揮して、個性的なドラマが生まれた。

3年1組の授業には光eoテレビの取材が入り、授業の後、子どもたちにもインタビューのマイクが。「脚本を書くのはかんたんやってわかりました」と得意げに答えてくれたのがうれしかった。

4時間目は6年1組、5時間目は6年2組で授業。「人間が滅びた世界」というSF風設定や、刑事物設定など、高学年らしい広がりがあった。「さるが背負っている帽子は倒れているかえるから奪ったもので、それを仲間のかえるが取り返そうと追いかけている」というドラマを考えたグループは、即興の芝居で「かえるくん、待ってろよ。必ず取り返すからな」と熱い友情のセリフを披露。

4限目と5限目の間の給食は、ロの字型に机を並べた6年1組にまじって。ともに読書家で伊坂幸太郎を読んでいるのが共通点の東山さんと中山君の間に。

「このクラスには東西南北そろってるねん」「あの子はナルシストのナルシンノスケ」……とクラスメイトを紹介してくれた東山さん。今読んでいる本を見せてくれたり、家族のこともたくさん話してくれたりして、彼女のことにかなり詳しくなった。彼女は授業のときに「こういうのだけは得意」と言っていて、「今回みたいに、絵にストーリーをつける形じゃなくて、何もないところからオリジナルを発想するのはどうするのか」と、とてもいい質問をしてくれた。どんなものを書くんだろうと続きが知りたくなる子だった。

司馬遼太郎を読んでいるのが渋い中山聡太くんは、「無茶なお願いやけど……」と自分の名前を脚本に使ってと遠慮がちに。名前覚えとくね。

児童劇団に行っていて、演じるのが楽しい、と目をきらきらさせて話してくれた女の子。いつかわたしの作品に出てくれたらうれしい。「なあなあ先生」といろんな子がひっきりなしに話しかけてきてくれて、みんなかわいかった。「あの子たちどうしてるかな」と気になる子たちが何十人もできた。

授業の間の休み時間は、持って行った脚本を手に取り、「こんな風になってるんや」と興味深そうに見てくれた。

5時間目が始まる前の休憩時間には、5年生の男の子と女の子が「豊かな言葉の使い手になるために」というテーマで取材してくれた。「豊かな言葉って、どんな言葉だと思いますか?」と聞かれ、「どう思う?」と逆質問すると「やさしい言葉」と思いがけない返事。豊かな食べものはおなかを満たす、豊かな言葉は心を満たす。取材は、眠っている石ころをみがいてくれる。

給食の時間に呼びに来てくれた男の子は「評判って気になりますか?」とこれまたいい質問をしてくれた。



6時間目のクラブ活動の間は校長室で休憩し、購入していただいた本にサイン。放課後の7時間目は先生方と。徳永先生の熱心さに引っ張られているのか、先生方も目と声に力のある方が多くて、頼もしい。今日の授業を振り返った後、「朝起きたらしっぽが生えていたら?」と「赤ずきんはなぜ一人で森へ行った?」のグループワーク。「(しっぽが生えたら)とりあえず休みを取る」「医者へ行く」などと先生方は現実的。小学生からはどんな答えが飛び出すか、見てみたい。

今日の授業は「堺ゆめ授業 ようこそ堺の先輩」という堺市のプロジェクトの第一号とのこと。学校の先生には向いていないと言われたわたしにとっても、夢がかなった一日。やっぱり、わたしが誰よりも楽しんでしまった。



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2012年09月24日(月)  ふるさと堺を売り込む「堺親善大使」に
2011年09月24日(土)  おんぶひもの出番なし!高水三山縦走
2010年09月24日(金)  パイプ椅子も熱演『テノヒラサイズの人生大車輪』
2008年09月24日(水)  トマトジュースのレシピで泣かせる『味覚日乗』
2005年09月24日(土)  DVDプレーヤーがやってきた
2002年09月24日(火)  アメリカ土産の「Targetスーパー」のカード
2001年09月24日(月)  『パコダテ人』ロケ2 キーワード:対決 


2014年09月23日(火)  オープンスクールは未来を思い描くシナハン

今日は、舞鶴の日星高校のオープンスクールで講演とワークショップ。

★9:05から9:45「石ころを宝石に」講演
★10:45から11:35「石ころを宝石に」実践編ワークショップ

記念講演、研修、授業、いろんな舞台でお話をさせていただいてきたけれど、「オープンスクール」でお話しするのは初めて。

場所は高校だけど、主な対象は、進学を検討している中学生。

「下見はしないで、ぶっつけ本番で大丈夫です」と事前に伝えていたけれど、思い直して、昨日下見をしておいて良かった。

はじめて訪れる学校の風景、におい、そこから感じられるあれこれ。
オープンスクールで訪れる中学生は、どんな風にこの廊下を歩き、この校舎を見て回るのか、に想いを馳せる時間を持てた。

そして、講演で話している最中に、気づいた。
「オープンスクールは、自分の未来を思い描くシナハン」なんだ、と。
もしもこの高校に入ったら、どんな感じか、何をしたいか……。
高校生活を想像するきっかけを見つける。
そんな一日になればいいなと思った。

ワークショップでは、えんぴつにキャラづけしてセリフを言わせる「えんぴつ劇場」に挑戦。照れながらもグループごとにキャラ自己紹介しあう姿が微笑ましかった。

えんぴつタレントのオーディション最終審査に進んだタレントの卵たち6人は、「地球に来るなりスカウトされた宇宙人」「生まれたときからモテたかったバスケ少年」「毛髪ネタに詳しい若ハゲ30男」「南の国から来て日本語がたどたどしいが母国語も忘れた言語ボヘミアン」「ピュアモルツと名づけられた日本人とドイツ人のハーフ」「ダンスが得意と言いつつ踊れないダンサー」と多彩。

さらに会場からの質問を受け付け、キャラを膨らませた。質問という「?」が想像力を働かせてくれて、自分一人では思いつかなかった答えを引き出してくれる。その面白さも味わってもらえたかなと思う。

講演とワークショップ、スタイルを変えつつ伝えたかったことは、ひとつ。
「宝物はあなたの中にある。それを宝の山にするのも、宝の持ちぐされにするのも、あなた次第」。

言葉なり、気づきなり、やる気なり、聴いてくださった方が、なにかしら原石を持ち帰ってくれていたら、うれしい。

舞鶴の子たちは、ちょっとシャイだけど、引き出せば、どんどん面白いことを出してくれて、もっと「?」を投げれば、もっと「!」を返してもらえそう。

そういえば、応接室でいただいた日星高校名物ワッフルがおいしかった。ざらめ砂糖の食感が楽しく、噛めばおいしさがじんわりにじみ出し、いい材料を使っているんだなとわかる。保護者のワッフル隊の方々が焼いているそうで、素朴な焼き菓子に秘められた幸福と今日出会った子たちのイメージが重なった。



ずっしりと持ち重りのする舞鶴名物かまぼこをお土産にいただいて、日星高校を後にし、昨日観光につきあってくださった米澤典子さんが切り盛りする「ゆめさら」さんへ。

昨年のいまいまさこカフェin舞鶴に来てくださった方を中心に、ランチ会を開いていただいた。


地元の食材をたっぷり使ったお食事をいただきながら、話題は今井雅子作品のこと、今日の講演のこと、子育てのこと、冤罪のこととあちこち飛んで、弾んで、あっという間の2時間。最後は胎内記憶を取り上げたドキュメンタリー映画『かみさまとのやくそく』の舞鶴上映会の話で盛り上がった。

また会いたい、話したい、と思って来てくれた人。去年来れなかったので今年はぜひ、と来てくれた人。昨年の舞鶴が今年につながって、ひろがって。

昨年の会場だった赤レンガ倉庫では、昨日出会った仲井玲子さんが福知山の支援バザーをやっていて、水嶋校長の姿も。引き寄せの術は今日も発揮され、舞鶴で会うべき人と二日間でどんどん会えてしまった感じ。

「金持ちより人持ち」in舞鶴。次に来るのがますます楽しみになりました。



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2011年09月23日(金)  東京(東宝)セレソンデラックス「わらいのまち」
2010年09月23日(木)  「冷凍マイナス18号」絵本と谷山雅計さん
2009年09月23日(水)  旅する、恋する、たま3歳1か月。
2008年09月23日(火)  さつまいもの町、川越。
2007年09月23日(日)  オフコースを聴いて思い出すこと
2006年09月23日(土)  マタニティオレンジ10 誕生日コレクション
2005年09月23日(金)  今日は秋分の日
2001年09月23日(日)  『パコダテ人』ロケ1 キーワード:事件


2014年09月22日(月)  「引き寄せの術」が冴える舞鶴

たしかに、びっくりするくらい、いろんなことがつながる。

先日、たまたま通りがかった弥生美術館で「村岡花子の世界展」をやっていて、しかも、ちょうど柳原百蓮さんのお孫さんの宮崎黄石さんのトークがある日で、興味深いお話を聞かせていただけた。そのことをツイッターに書いたのが、トークの聞き手を務められていた編集者の方の目に留まり、舞鶴へ新幹線で移動中にメッセージを受け取った。偶然にも以前からわたしのことを知ってくださっていた方で、あの日あの場に居合わせたことを喜んでくださった。

「傘と心は、開いているときがいちばん役に立つ」。
心の傘を広げているから、つながるべき人とつながる幸運が舞い込むのかなと思う。

『子ぎつねヘレン』の感想メールをいただいてから交流が続いている瀬野寛子さんが「いまいまさこカフェin舞鶴」を企画、実現してくださり、舞鶴との縁ができたのが、昨年の11月。瀬野さんの勤務先であり、去年も聴いてくださった水嶋純作氏が校長を務める日星高校のオープンスクールに呼んでいただき、舞鶴を再訪できることになった。

一日早く舞鶴に着いて、今日は観光。おつきあいくださったのは、昨年のいまいまさこカフェin舞鶴においしいランチを提供してくださった「ゆめさら」の米澤典子さんと、そのお友達で82歳の田丸氏。会うのは二度目の米澤さん、初対面の田丸氏と三人でとびきり楽しい午後を過ごした。

まずは、西市民プラザへ。舞鶴西港に寄港中の豪華客船ダイヤモンドプリンセス号を歓迎するおもてなしイベントが行われていて、琴の生演奏の調べのなか、米澤さんに紹介された仲井玲子さんという底抜けに楽しい方の弾むおしゃべりに引き込まれると同時に舞鶴観光情報を入手。

ジョー岡田という舞鶴のサムライが3時にダイヤモンドプリンセス号前に来ること、「M.ILK」という店が「舞鶴でいちばんおいしい!」と仲井さんが熱く語っているところにM.ILKの店長さんが来て、「今日は定休日なんだけど予約入ったので店開けますよ」。さらに、サムライジョーは田丸さんの友人だとわかり、つながることつながること。

噂をすれば何とやら、ダイヤモンドプリンセス号前で肉じゃがコロッケ(100円。美味!)を買い求めたら、そこにいたのは仲井さんの観光ガイドの師匠さん。

誰が言ったか「引き寄せの術」。

地元舞鶴の方もなかなか遭遇できない生サムライ・ジョー岡田さんは、独学の流暢な英語で客船の乗客を引きつけ、刀で大根を輪切りにしたり(宙を舞う輪切りの大根二切れ、撮った!)、投げられたりんごを空中で斬ったり、サムライ的おもてなしを披露。京都で観光ガイドもされていて大人気なんだとか。



オランダからの乗客夫妻と記念写真におさまったり、台湾からの乗客のシャッターを押して、片言の中国語で話しかけたり、日本にいながら海外旅行気分を味わえた。


続いて、昨年秋に舞鶴に来たときも案内してもらった五老ヶ岳へ。
ぽこぽこかわいい島がくっきり。東舞鶴と西舞鶴を見渡せて、ビュー!な眺め。

ここにある「ティアラ」というティールーム、観光地にある殿様商売カフェに裏切られたこと数知れずのわたしが逆に裏切られるメニューの充実ぶりとクオリティ。
もちろん、窓からの眺めもプライスレス。

冷たいぜんざいをいただきながら、田丸氏の半生をうかがった。
国鉄勤めだった田丸氏、昔は切符切らせてもらうまでに便所掃除や草むしりの下積み時代があったそう。「無口やったけど、車掌になって、お客さんとの会話が面白うて、今みたいなおしゃべり好きになったんや」。

甘いものが好き。あずきがとくに好き。本当においしそうにぜんざいを食べる田丸氏。
「ここはわたしがごちそうします」と言うと、「こういうときは先輩に従うもんや」。
冷たいぜんざいも、ためになるお話も、ごちそうさまでした。

さて、あと一時間くらいあるけど、どうする?となり、向こうに見えるクレインブリッジ(舞鶴の「鶴」を模してるそう)が素敵なので行きましょうということに。

クレインブリッジを往復し、引き揚げ記念館前で日星高校の佐藤絵理先生と瀬野さんに引き渡され、次なる行き先は、日星高校。明日のオープンスクールでお話しする会場を下見することに。

講演は200名をこえる方に聞いていただけるそう。準備中の講堂にお邪魔して、パワーポイントの動作をチェック。水嶋純作校長と再会し、パシャリ。

ワークショップは人体模型のある看護実習室にて(看護科、普通科、特進科があります)。


正式名称は聖ヨゼフ学園日星高等学校。校内の至るところにゆかりのモチーフが。最後の晩餐の彫刻を見て、竹内教頭が「さて、ユダはどれでしょう?」。

わ、わかりません。

ユダはキリストを売ったので、金貨を入れる袋を握っているのがユダ、なのだそう。

ユダの目印はズタ袋、覚えました。

85年の歴史があり、出発は女子に裁縫指導する学校だったとか。その歴史に、明日、縁あって関わらせていただける、その幸運にも引き寄せの術が働いているのかもしれない。

聞きに来られる方に、なにかしら持ち帰っていただけますように。

M.ILKでにんにくとオリーブオイルたっぷりの創作料理をたらふくいただきつつ、瀬野さん、佐藤先生、昨年聴いてくださった谷田先生とおしゃべり。ここでも引き寄せの術が発揮され、あの人とあの人がつながっていたなんて、と驚くことが二度三度。

たった半日で三日分くらいの充実感を味わって、今宵の宿は、昭和レトロ、なのに60インチのテレビがあるという不思議な隠れ家。地元舞鶴でも知らない人が多いという穴場。ここをたぐり寄せたのは、瀬野さんの引き寄せの術。

さて、明日はどんな引き寄せの術が働くのか、楽しみ、楽しみ。



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2013年09月22日(日)  復興釜石まるごと味覚フェスティバル
2011年09月22日(木)  座布団舞う舞う大相撲九月場所
2010年09月22日(水)  「てっぱん」と「たまえ」に反応!たま4才1か月
2009年09月22日(火)  小豆島5日目は香川県三木町の渡邊邸で妖怪三昧
2008年09月22日(月)  「せつない」が言葉になった、たま2才1か月
2007年09月22日(土)  マルセル・マルソー氏死去
2006年09月22日(金)  マタニティオレンジ9 赤ちゃんとお母さんは同い年
2005年09月22日(木)  innerchild vol.10『遙<ニライ>』
2003年09月22日(月)  花巻く宮澤賢治の故郷 その3


2014年09月18日(木)  たい焼き一匹分の思考

前日にたい焼き屋の前を通りがかってから、頭の中でたい焼きがはね続けていたので、自転車漕いで買いに行った。

店の前の縁台でたい焼きにかぶりついていたら、すぐそばの交差点からマイクで何やら訴える声が聞こえてきた。
どうやら朝日新聞に怒っているらしい。
朝日新聞の件については、当事者はもちろん、ニュースを発信する一人一人が言葉の重みを見つめ直す機会になればと願う。
けれど、言葉をしめつける方向に走るのはこわい。
言葉で失った信頼は、沈黙ではなく、言葉で取り戻していくしかない。

それにしても、マイクで声高に主張する女性に、どうして好感を持てないのだろう。
同じことを男性が訴えていても、さほど気にならないのに。
声のトーンのせいなのか。
わたしも、「女なのに」とどこかで思っているのか。
怒っていることはすごく伝わるけれど、怒っていることしか伝わらない。
熱くたぎった言葉を連ねているのだけれど、耳を傾ける気がしない。
こちらの耳と心が閉じてしまっている。
何が足りないのか。
ユーモアか。
怒りでぎゅうぎゅう詰めになっていて、他の感情が入り込む隙がないのかもしれない。
感情がたかぶっていると、そうなってしまう。

子どもに叱るときも気をつけなきゃ。
子どもだけじゃなくて、誰に対しても。
話を聞いてもらうためには、隙が大事。

そんなことを考えている間に、たい焼きはしっぽを残すのみとなり、一匹まるまる胃におさまった。
あんこは、ぎゅうぎゅうでも、よし。



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2011年09月18日(日)  ワインあらためブドウ、勝沼の休日。
2010年09月18日(土)  スープがポタージュだと当たり!
2009年09月18日(金)  高松うどん&小豆島1日目
2008年09月18日(木)  マタニティオレンジ333(最終回) 魔の二歳児 魔法の二歳児
2005年09月18日(日)  和歌山・串本の干物
2004年09月18日(土)  愛以外は証明できる宇宙飛行士
2003年09月18日(木)  夢も人もつながる映画『夢追いかけて』
2002年09月18日(水)  月刊ドラマ


2014年09月13日(土)  模擬裁判員裁判の4時間で得たものとは

弁護士ドラマ(「そこをなんとか2」放送中!)の脚本を書いておいて、なんですが、「裁判員候補になったら厄介だな」と思っていた。

時間を取られるし、背負わされるものが大きすぎる。

でも、今日、模擬裁判員裁判を体験して、だいぶ考えが変わった。

声をかけてくれたのは、法教育の派遣授業を行うリーガルパークを率いる今井秀智弁護士。
「そこをなんとか」の脚本を書いていた2年前に知り合った。
「弁護士の今井さん」「脚本家の今井さん」と呼び合い、二人で「今井BK会」を名乗っている仲。なんだけど、お互いの仕事ぶりを見たことはなくて、「今度模擬裁判やるんですよ」「じゃあ見学させてください」ということでお邪魔させてもらった。

就職情報サイトのマイナビとリーガルパークの共催イベントなので、参加者は大学生や高校生。
片隅でひっそり傍聴のはずが「裁判員として評議に参加して」と言われ、日向へ担ぎ出されることに。



評議に入る前に、審理。
冒頭手続(人定質問、起訴状朗読、権利告知、罪状認否)。
証拠調べ手続(検察側立証=検察官の冒頭陳述、証人尋問・被告人の兄 弁護人立証=証人尋問 被害者の友人、被告人質問・被告人)
論告・弁論(検察官の論告求刑、弁護人の弁論、被告人の最終意見陳述)

……と本番さながらに進行する模擬裁判。
これが、舞台劇を見ているような、いやそれ以上に本物の裁判に立ち会っているような臨場感で驚いた。
会場は國學院法科大学院の法廷教室。傍聴席との間の柵も、ちゃんとある。
検察官や弁護士を演じるのは、法科大学院の学生さんたち。
被告人や証言者は今井弁護士関係の年相応の方々が演じているのだけど、いきなり投げられた質問に、「被告人として」「証人として」答えを返すアドリブ力がただものではなく、役者さんなのかと思ったほど。

「家って外からは鍵をかけられますけど、中からは、すっと出られるんですよね。変な言い方ですけど、中から閉じ込めることはできないんです」(被害者の徘徊について被告人回答)
「雨の日は傘を差し、今日みたいに寒い日には、子どもがお母さんの手を取るみたいに、仲のいい親子という感じでした」(被告人と被害者の様子を聞かれて被害者の友人回答)

などなど、人間臭くて現実味のある回答が咄嗟に出て来る。
これまでにも何度も模擬裁判をされているそうで、場数を踏むうちにキャラクターが出来上がったのかもしれない。

案件は、痴呆の母親を、介護していた息子が足蹴りして死なせた傷害致死事件。
(「ケガをさせる目的はなくても暴力をふるった結果であれば傷害は成立する」と今井弁護士が評議の際に補足。)
夜中にトイレに起きた母が間に合わずに床を汚し、息子がタオルを取りに行っている間に、さらに汚れを拡大。さらに母が息子をなじったため、息子は逆上。母をどかせるつもりで足蹴りをしたところ、母が倒れて起き上がらなくなってしまった。

死なせるつもりもケガをさせるつもりもなかったが、日頃から母をたたくことはあった。
また、施設入りをすすめる兄の申し出を断り、ヘルパーにも頼らず、かたくなに一人で介護を続けた。
被告人は3年前にリストラに遭い、収入はなかった。そのため、母の年金をあてにしていたのではと兄は思っている。

検察側の求刑は5年。
「暴力を続け」「自らをストレスのたまる状況下に置いた」結果、起こるべくして起きた事件であり、「昨今は介護の制度が充実しており、十分に防げた」事件であったというのがその根拠。

これに対して被告人側は、執行猶予を求めた。
「有罪であることは認める」ものの「突発的なもの」であり、「再犯の可能性は低い」。
また「自分への怒り、深い自責の念」は十分にあり、「刑務を無理強いするよりも、自分の過ちと一生向き合う」よう促したい、と主張。
「被告人は加害者であると同時に被害者遺族でもある」という言葉が印象に残った。

これら法廷で提示された情報を手がかりに、裁判員は2チームに分かれて評議をすることに。

わたしが入ったBチームは、大学生3人、高校生3人、わたしの7人。
「裁判長やりたい人?」と今井弁護士に聞かれて、はいっと手を挙げた理系大学生男子が裁判長になり、彼の司会進行で判決をまとめていった。

「まず、実刑か、執行猶予つきか、どっちだと思いますか?」
「実刑、執行猶予、それぞれのメリット、デメリットは?」
今どきの大学生や高校生は議論に慣れているのか、自分の言葉で自分の考えを語る姿がとても自然。

審理のときも「裁判員席に座りたい人?」と聞かれると、次々と手が挙がり、証人や被告人への質問も矢継ぎ早に飛んだ。

「お母さんにおむつをするという発想はなかったんですか?」
「お母さんと二人で楽しく過ごせていましたか?」
「自治体や支援グループの活用は考えなかったのですか?」
「執行猶予になったとして、お母さんはいません。どうやって生計を立てていくのですか?」
「もともとスポーツはしてましたか? 足を使ったスポーツをされたことは?」

わたしが高校生や大学生の頃は、十人いたら一人か二人は物怖じしない子がいたけれど、今の子は、物怖じしないのが普通なのか。
それとも、休日に自分から学びに来ようという向学心にあふれたこの子たちが特別なのだろうか。

被告人役の方が何度か質問を聞き返す場面があった。それを見て、
「耳が遠いようですが、お母様の要望が聞こえていなかった可能性はありますか?」と質問した学生もいた。

わたしがあのいちばん高い椅子に座っていても、あんな気のきいた質問できなかっただろうな、と感心した。

さて、話を評議に戻して。
最初は「再犯の可能性は低そうだし、執行猶予つきで決まり」と思っていた、わたし。
でも、検察官の論告求刑を聞いて、「この判決が社会に与える意味」に想いを馳せた。
介護制度が充実したとはいえ、手続きやコストにハードルの高さを感じて、あるいは人手を借りることへの遠慮から、自力で乗り切ろうと背負い込んでいる人は、まだまだいる。
同じような事件は、また起こりうる。
「頼れるものに頼らず、自分を追いつめる」ことも罪なのだと知らしめる意味は大きいのではないか。

その意見を言うと、実刑に賛成という意見が相次いだ。
「執行猶予つきになっても生活の糧はない。ならば、刑務所で手に職をつける間に年金受給開始時期を迎えるほうが再出発しやすいのではないか」
「母と暮らし、母を殺してしまった家に戻るのは精神的に辛いのでは。環境を変えるクールダウン期間を持つことは被告人のためでもあるのでは」
「刑務所で、自分の罪と向き合い、母との思い出を振り返る時間を持ってほしい」
「刑務所で否応なく他人と関わることも、社会に対して閉ざされた被告人の生活を変え、社会復帰を促すことになるのではないか」

ただ、実刑にすると「前科持ち」になってしまう……と懸念の声。
これに対して「執行猶予であっても前科持ちにはなるので、刑務所に行ったかどうかの違いになる」と今井弁護士。

逆に「母の年金に頼っていた被告人は、刑務所暮らしに味をしめてしまうかも」という意見もあった。

他に「刑務所内の雰囲気は? カウンセリングとか受けられるんですか?」(受けられます)「刑務労働でどんなものを作っているんですか?」(昔はデパートの紙袋など。最近は携帯の基盤など)といった質問もあった。

また、被告人と兄との関係を考える人も多かった。
「被告人の兄の気持ちを考えると、実刑にして罪を償ったほうが、兄との関係も修復できるのではないか」という意見に対して、「介護を弟まかせにしていた兄にも責任はあるのではないか」と、わたし。施設に入れろとは言っていたものの、具体的な問い合わせなどはしておらず、もっと親身に相談に乗っていれば、事件は防げたかもしれない、と。

実刑か執行猶予では、実刑に決定。
では刑期は?
「法定刑は懲役3年以上20年以下。下限は情状により減刑して1年6月以上」となっている。

殺意はなくとも傷害致死事件は実刑に値することをメッセージするのが目的であれば、下限の1年6か月でいいのでは、とわたし。

これに対して「それでは短すぎる」という声が相次いだ。
被害者の命の重さ、母を奪われた兄の気持ちを考えると、求刑通り5年でいいのでは?
でも、すでに十分反省している被告人にとって、それは長過ぎるのでは?

刑務労働の作業報奨金がひと月4000円ちょっとぐらい出ると聞いて、「それが年金ひと月分、約15万円たまったら出るというのは?」というユニークな計算をしたのは高校生。
でも、何年がかりでためたのと同額を年金であっさり受け取れてしまうと、刑務労働が空しく思えてしまうかもしれないから、報奨金を刑期の根拠にはしないほうがいいのでは、となる。

では、5年の半分で、2年6か月はどうでしょう、とわたし。
被告人の母が痴呆を発症したのが2〜3年前。
被告人が痴呆の母の面倒を見ていた時間を、刑の長さとすることで、被告人にも、被告人の兄にも、被告人が背負ったものに想いを馳せて欲しい。そんなメッセージをこめられないか、と。

こうしてBチームの判決は「実刑2年6か月」となった。

Bチームは「この判決に3方向のメッセージを込めたいと思います」と、社会に向けて「同じ事件が起こらないようにする努力」を促し、被告人には刑務所で再出発の準備をと訴え、被告人の兄には被告人が刑期を終えたら一緒にお母さんのお墓参りをと呼びかけた。

もうひとつのAチームは懲役3年、執行猶予3年。再犯の可能性が低く、反省もしており、実刑を科す意味は低いという理由で、堂々とした判決文だった。

「人が変われば、裁判が変わる」と今井弁護士。
評議するメンバーが変われば、実刑か執行猶予つきかが分かれてしまう。
結果は違うけれど、両チームとも、被告人がこれからどう生きていくのかに思いを馳せ、期待を託して導いた判決。

人との関わりを避ける被告人の人生を、家族以上に親身になって考え、悩んだ人たちがいる。
その事実が、被告人の更正の後押しにならないだろうか。
なってほしい、と願う。
なるにちがいない、と思うのは性善説すぎるだろうか。

並べて比べるのは無理があるのは承知の上で、自分がシナリオコンクールに応募していた頃のことを重ねた。
賞が取れるかどうかで、デビューできるかどうかが決まる。人生が懸かっている。
もちろん賞を取りたい。結果は大事。
でも、それと同じくらい、自分の作品がどのように審査されたかに一喜一憂した。
隅々まで読んで、何度も読み返して、この人は書き続けられる人だろうかと想像し、書き続けてほしいという願いを込めて賞を贈ってくれたんだな、と感じられるのは、賞状よりも賞金よりもうれしかった。
賞を逃しても、わたしの作品から何かを受け取ってくれた審査員の方の言葉や励ましは、やはり賞状や賞金よりも光っていた。

判決という結果を導くまでに、どんな議論があったか、それは直接被告人に伝わらなくても判決からにじむものかもしれないし、その議論そのものを知る機会があれば、判決以上に被告人の胸に響くことがあるかもしれない。そんなことも思った。

最後に、参加者が一人ずつ感想を述べ、出演者の皆さんが紹介された。
自分のワークショップでもそうだけど、感想を分かち合う時間を持つことで、数時間の体験がぎゅっと凝縮される。味をまとめる仕上げの調味料のような役割を担っていて、この時間があるかどうかで後味が大違いだと思う。

今日はとくに、若い皆さんがどんな思いで模擬裁判に臨んだか、何を得たかを聞けて、一人一人が持ち帰ったものの大きさと意味を受け止めて、すごくいい話を聞かせてもらったなとうれしくなった。

判決とは被告人だけでなく、その家族や社会へのメッセージなのだ。
罪を犯した人の抱えているものや、そのまわりにあるものに想いを馳せて、自分だったら……と想像して、その人のために、そのまわりの人のために、そして社会のために、これからどんな未来が続けばいいのかを考え抜いて、その未来へ歩みだす道すじを示すことなのだ。
裁判員に関する本や資料もずいぶん読んだけれど、この実感は、模擬裁判を体験した4時間があって得られたものだと思う。

実際の裁判員を体験したら、もっと重く深く感じ入ることがありそう。

「起きてしまった物語は変えられない。でも、物語の続きは、あなたの手の中にある」
(朝ドラ「つばさ」玉木加乃子)



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2011年09月13日(火)  国立西洋美術館「大英博物館古代ギリシャ展」
2010年09月13日(月)  映画『武士の家計簿』と『翔太と猫のインサイトの夏休み』
2009年09月13日(日)  朝ドラ「つばさ」第25週は「最後のラブレター」
2008年09月13日(土)  大阪・北浜『五感』のVIPルーム


2014年09月08日(月)  小さな葡萄が巨峰に化けるように

来る道すがらで買い求めた葡萄を持って、ダンナ父が孫のたまの顔を見にやってきた。

「なんだ、この色鉛筆は!」
テーブルに出してあるファーバーカステル120色を見て、驚いた声をあげた。
「これ、たまにって贈ってもらったんです」と言うと、
「こんないいものを!」とさらに目を丸くした。

たまが初めて応募した標語が選にもれ、「せっかく書いたのに」とがっかりしていることをfacebookで応募作品の画像とともに紹介したら、「これは賞に値する!」と個人賞の授与を申し出てくれたのが、わたしの友人のニック・ウエムラさん。

ファーバーカステル120色のほかに、150色のクレヨンタワーと、上質な画用紙を贈っていただいた。
>>2013年10月12日 「たのしいよ、むかしさがし」にニック賞


ここまでしていただくほどのことを何もしていないのに、と恐縮するわたしに、「将来画家としてデビューするときは、エージェントをやらせてください」とニックさん。

この画材に見合う腕を発揮できる日が来るのか。
いや、最高の画材を得たからこそ花開く才能もあるかもしれない。

あれから、もうすぐ一年。
じいじが持って来た小さな葡萄は、たまの手にかかると、巨峰に化けた。



ダイニングテーブルにはファーバーカステルの120色が出ていて、気が向いたら絵を描ける。それがどれだけ恵まれたことか、本人は自覚してないけれど、どんどん描いて、どんどん伸びて、賞をチカラにしてほしい。

小さな葡萄が巨峰に化けるように。



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2012年09月08日(土)  中国まるかじり!中国文化祭
2010年09月08日(水)  15分あればできることを半年延ばす
2009年09月08日(火)  昭和芸能舎『長ぐつのロミオ』
2008年09月08日(月)  マタニティオレンジ331 おばけごっこ トンネルごっこ
2007年09月08日(土)  対岸のタクシー
2006年09月08日(金)  マタニティオレンジ4 男の子か女の子か?
2005年09月08日(木)  文芸社パンフレットの取材
2004年09月08日(水)  東銀座の『台湾海鮮』
2003年09月08日(月)  「すて奥」作戦


2014年09月07日(日)  羞恥草の花

朝、日課の水やりをしてて、ほう、となった。

オジギソウって、花が咲くんだ。
触れると葉を閉じる恥ずかしがり屋。
中国語名は羞恥草だそう。

恥ずかしがってるわりには、明るい紫色。
社交ダンスのドレスの袖についてるシャラシャラしたやつみたい。






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2010年09月07日(火)  アプリで脚本家は生き延びる!?
2008年09月07日(日)  出張いまいまさこカフェ9杯目「映画祭審査員は五人五色」
2007年09月07日(金) マタニティオレンジ172 『パパは神様じゃない』
2006年09月07日(木)  マタニティオレンジ3 「食事のおいしい産院」で産みたい!
2004年09月07日(火)  韓国のカメラマン Youngho KWONさん


2014年09月04日(木)  【たま語】「わたしがしんだら……なくなっちゃうんだな」

そろそろたまが育成室(学童保育)から帰宅する頃だなと思って、近くまで迎えに行ったら、いつもと違うルートを通ったようで、入れ違いになってしまった。

「お母さん、今どちらですか?」と育成室から携帯に電話があり、「たまちゃんが帰宅したら、家に人がいなくて入れない、と見送った指導員から連絡があったんですが……」。マンション前に戻って待つこと数分、指導員の先生と一緒に現れたたまは、「ママ、どこ行ってたの!」。

ごめんごめん、迎えに行ったんだけどね……。
そのまま手をつないで、近所のお肉屋さんまで歩く道で、
「このままママがいなくなったらどうしようって思った?」と聞くと、
「それはおもわなかったけど、わたしがしんだら、あたまのなかでいろんなことかんがえてるのもなくなっちゃうんだなって、ときどきおもう」という返事が返ってきた。

不意打ちを食らった。

わたしも同じこと考えてた子どもだったから。

それがいつからか覚えてないのだけど、あるとき、「私が死んだら私の頭の中にいるお父様はどうなるのだろう」という詩(文言少し違ったかも。誰の詩だったのかも思い出せず……)に出会い、同じことかんがえてる人がいるんだなと、ほっとした。

娘の言葉で、あのフレーズが蘇った。

そうか、たまはもうそんなことを考えているのか。

「生きることは、頭の中でいろんなことを考えて、積み重ねていくこと」という意識が、もうあるということ。
だから、死んだら、それはどうなるんだろうと考える。

本を読んだ感想。
お友だちとのおしゃべり。
運動会。
お誕生会。
初めての映画館。
旅先で見た景色。
それらの積み重ねが人生。
記憶のミルフィーユが、自分を作っている。

その断片を取り出したいときに取り出せて、家族や友だちと分かち合える。
それが生きる楽しみ、喜び。
そう思っていたから、記憶の蓄積ができない「前方性記憶喪失」を発症するウェルニッケ脳症を知ったときは衝撃を受けた。

「記憶がどんどん消えてしまったら、生きることは、どんなに空しくなるだろう」と。

会社で隣の席だったデザイナーの飯田さんが毎週読んでたSPA!の見開き記事でウェルニッケ脳症を知って、10日ほど後に締切が迫ったNHK札幌放送局のオーディオドラマ脚本コンクールに向けて一気に書いたのが「雪だるまの詩」。
降っても降っても溶けていくはかない雪と、消えていく記憶を重ねた。
でも、雪は、固めれば強くなる。
自分のかわりに、誰かが、記憶の雪だるまを固めてくれれば、その雪だるまは、誰かの心の片隅で輝き続ける。
「生きるとは、自分と出会った人の心に記憶を残すこと」という気づきが作品とともに生まれた。

こどもの頃から考え続けてきたことだから、作品に切実さがこもったのだと思う。
そして、自分が死んだら……というおののきが、作品という記憶を残したい、と原動力になっていたとも思う。

「わたしがしんだら……なくなっちゃうんだな」
本当になくなっちゃう?
なくなっちゃうとしたら、どうする?
なくなっちゃわない方法は、ある?

たまは、どんな続きを描くのかな。

【たま語】はツイッター@tamago_bot822で過去のものと今のものをまぜて発信中。






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2011年09月04日(日)  Yahooに払い過ぎ?と新ドメインimaimasako.com
2010年09月04日(土)  アラ還の会!?マッキャンAgain-2展初日
2009年09月04日(金)  「しましま みいつけた」ごっこ
2008年09月04日(木)  佐瀬寿一さんと『はだしになって』
2007年09月04日(火)  愛すべき映画『Little DJ〜小さな恋の物語』
2004年09月04日(土)  文京ふるさと歴史館
2002年09月04日(水)  暑い日の鍋



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