2013年07月24日(水)  夏に育つ「○まわり」

みんなも考えそうな単語でマスを埋める、言葉ビンゴ。


お題は夏。




あいす、すいか、せみ、なつやすみ……。
夏らしい単語が並ぶ中で、



りまわり?

ひまわりが、なぜか利回りに。



わたしが野村証券のMMFひまわりのコピーを書いていた頃、
「ひまわり」と「りまわり」をかけていたのだけど、たまが知る由はないし……。

「かきごおり」が「かきごうり」になっているたまにとっては、「こうりまわり」も氷まわりで夏単語かも。

2011年07月24日(日)  5年越しの片想い実るTIES(本郷三丁目)のケーキ
2010年07月24日(土)  初めての受賞脚本『昭和七十三年七月三日』執筆メモ
2009年07月24日(金)  映画『引き出しの中のラブレター』とラヴレター募集
2008年07月24日(木)  潜在意識?『7月24日通りのクリスマス』
2007年07月24日(火)  マタニティオレンジ150 自分一人の体じゃない
2000年07月24日(月)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月21日(日)  スイカ割りって何の意味があるの?

育成室(学童保育)のキャンプ2日目。

「男の子と女の子ってこうも違うんだ!」と驚かされることの連続。


女の子はコテージの階段を椅子と机にして仲良くお絵描き。

生意気だけど、リクツが通じて、リクツで言い返して来る。





一方男の子は、そこかしこでケンカ。

虫取り網を取り合って、順番を取り合って、どこからでもケンカが始まる。

リクツが通じないから、こわいお父さんお母さんにガツンと叱られる。



だけど、男の子は女の子以上に甘えたさん。


一年生の男の子がわたしの胸をむぎゅうとつかんだのを目撃した他の男の子たちが「あの人はつかんでいいんだ」と思ったらしく、むぎゅう攻撃に。



さらに、「あいどるみたい」と言い出す男の子までいて、モテ期到来か!と思ったら、「おばあいどる」「ぼろぼろあいどる」と呼ばれ、最後は「ぼろすたー」というあだ名に落ち着いた。



ボロとはいえ、一応はモテてるのか、とちょっとはいい気に。

でも、悪さした男の子に「こら、抱きしめるぞ!」と両手を広げると、みんな逃げていった。



男の子はまだまだ謎だらけ。

もうひとつの驚きは、子どもたちの温度の低さ。



行きのバスで「キャンプでがんばりたいこと」を聞いたら、
「とくにありません」の連発。


あまりにさめているので、力が抜けた。



わたしが小学生のときは、もっとノリが良かった気がするのだけど。


大阪と東京の違いなのか、都会っ子気質なのか、時代の流れなのか。



スイカ割りをやったとき、部屋から出てこない子を誘ったら、
「やらない。意味ないから」という返事。


数十人に棒を振らせるために生スイカではなく紙風船スイカ(をビニール風船の上にテープで貼り付けている)なのだけど、それを割ることの意味を求められても……。



意味のないことに夢中になるのが、楽しいんじゃないのか?



でも、いざやってみると、子どもらしさを発揮。
当たれば大喜び、外れれば悔しがり、外野は大声で指示を飛ばす。
班対抗の種飛ばし大会では、競い合って唇を突き出した。


ほら、楽しかったでしょ。



人生なんて、意味のないことの連続。

だから、かっこつけてないで、楽しんだもん勝ちよ。

2012年07月21日(土)  「やわらかい生活」裁判を考える会
2011年07月21日(木)  被災地で「食」と「職」を作り出す「お好み焼きしんのすけ」
2010年07月21日(水)  39度の熱とうすうすパンツで独り寝
2009年07月21日(火)  一目惚れの恋のその後
2008年07月21日(月)  マタニティオレンジ313 なす術なし!の手足口病
2007年07月21日(土)  体に寄り添う仕事用の椅子
2005年07月21日(木)  日本科学未来館『恋愛物語展』
2004年07月21日(水)  明珠唯在吾方寸(良寛)
2002年07月21日(日)  関西土産
2000年07月21日(金)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月20日(土)  光の道をぬけてキャンプファイアへ

育成室(学童保育)の2泊3日キャンプに親子で初参加。

子どもの頃のキャンプが楽しかった思い出があるので、キャンプ委員に立候補した、わたし。レク係を仰せつかり、1日目の灯籠作りと3日目の石ころアートの担当になった。

灯籠は、昨年までは竹ひごと模造紙で作っていたそうだけど、ネットで見つけた牛乳パックの灯籠を作ることにした。

>>>2013年06月06日(木)  牛乳パックが灯籠に!

牛乳パックなら材料費ゼロ。
用済みのパックにちょっと手をかけると、いい感じの透け具合の灯籠に「化ける」というのも面白い。

牛乳パックがかさばらないように+カッターがすべらないようにということで「底を中心に十字に開いた」状態でパックを回収し、持って行った。また、印刷面を子どもが薄く上手にむけるように「端っこだけ数センチむいて」おいた。残りはそろそろと手でゆっくり引っ張ってはがし、そこにカッターで模様をつけたり、ポスカで絵を描いてもらう。

1年生も集中してカッターをせっせと動かし、思い思いの灯籠を作った。

できあがった灯籠は約50個。
並べて、ティーキャンドルを灯し、キャンプファイアへ続く光の道を作った。
仄かな灯りが集まって、とても幻想的であったかい明るさが浮かび上がった。



牛乳パック灯籠は風にあおられて倒れやすいことは、わが家のベランダでの予行演習で実験済み。キャンドルのまわりに小石を3つ4つ置いて、安定させた。

最後に二枚牛乳パックが余ったので、こんな灯籠を作ってみた。
模造紙よりも厚みがあるので、「しなり」を作れるのも牛乳パック灯籠のいいところ。


キャンプファイアも本格的。
夜空を焦がす勢いの炎。はぜる火の粉。
猛々しくもあり、厳かでもあり。
月明かりと松明しか灯りがなかった頃の遠い記憶が呼び覚まされるよう。


30年ぶりぐらいに踊ったマイムマイムは、体がしっかり覚えていた。
これまでに通算何回ぐらい踊ったものやら。
人一倍踊っている気がするけど、今夜はさらに通算マイム回数が10回ほど加算された。

2012年07月20日(金)  「そこをなんとか」顔合わせ
2010年07月20日(火)  ひねもす原稿を打っていた
2009年07月20日(月)  渋谷はるのおがわプレーパーク5周年
2008年07月20日(日)  映画祭と日常を行き来する通勤審査員
2005年07月20日(水)  立て続けに泣く『砂の器』『フライ,ダディ,フライ』
2002年07月20日(土)  トルコ風結婚式
2000年07月20日(木)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月14日(日)  遊民谷の旅人から住人へ

「無農薬で米作りから酒造りを楽しむ会」というワークショップで知り合った音楽家の小室ひろさんと仲間たちが群馬の赤城山近くに立ち上げた(そして日々進化中の)「遊民谷」。そこで「アースガーデン」と銘打ってマルシェとコンサートが開かれると聞いて、娘のたまと遊びに行ってきた。

電車を4回乗り継いだ最寄り駅から、さらに車で15分。

ここは日本なのか? 
ここは平成なのか?

そんな俗世間から切り離されたようなピースでアースで「わっしょい」なパラダイス。

最初は「この輪にどう入っていこうか」と面食らったけど、その輪はしなやかで、はじめましてのよそ者を自然に仲間に入れてくれた。

ステージでは途切れることなく歌と踊りが。





ステージの後ろの木は自然のクローゼット。なんだか、とっても幻想的。お話が生まれそう。


きゅうり。ラーメン。紅ほっぺのスムージー。メロンパン。チョコベーグル、カレー……。


日本の人なんだかどこの国の人なんだか謎のオーラを発している人。「なに人?」と聞いたら「遊民谷人」と答えそう。いや「遊民」かな。隣のお店の店番が留守で、かわりにお会計をしてくれた。


ぶら下がってる竹の笛(竹ボラというらしい)を片っ端から吹いてみて、「なったよ!」と声を弾ませる、たま。そこかしこにちりばめられた遊びに、子どもは真っ先に気づいて、まっすぐに飛びついて、じょうずに楽しむ。


子ども同士が打ち解けるのは、あっという間。仲良くなった女の子たちとたまは、木と木の間に渡したハンモックで、ゆらゆら。ブランコごっこした後は、持って行った絵本『わにのだんす』 hを読み聞かせ。色とりどりの旗がはためく遊民谷に、カラフルなわにがよく似合ってた。


ジャングルのスコールみたいな突然の土砂降り。きれいだった。


同じ頃、イベントで使いすぎたのか、トイレの水が流れなくなる事態が。あれだけ降っても、バケツにたまった雨水は、わずか。「もっと雨水を有効に使う方法があれば」「トイレ問題どうしよう」と議論する運営スタッフのみなさん。

「貯水タンクの容量をふやすべきか」
「ダメよ、そしたら原発と同じ。どうやって水を節約できるか考えないと」

エコでアースでピースな遊民谷。
ここは日本。
ここは平成。
でも、いつもの生活とはずいぶん違う空間と時間。

知らない場所のような、でも懐かしいような。

はじめて会う人の練習するアコーディオンに合わせて、たまは歌い、
はじめましての人と寝袋を並べて眠る。

すこしずつ、すこしずつ、旅人から住人へ。

2012年07月14日(土)  次回作はNHKBSプレミアム「そこをなんとか」
2010年07月14日(水)  「いつか公平」つかこうへいさんの祈り
2009年07月14日(火)  「好き!」を見せるとトクをする
2008年07月14日(月)  英国ロイヤル・バレエ団 日本公演2008『眠れる森の美女』
2007年07月14日(土)  マタニティオレンジ146 コンロの火を消した犯人
2002年07月14日(日)  戯曲にしたい「こころ」の話
2000年07月14日(金)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月13日(土)  たまとママの黄色い自転車

海外へ引っ越すことになった友人が粗大ゴミに出そうとしていた自転車を「もったいない!」と引き受けたのは、10年ほど前のこと。

捨てられる予定だった中古自転車は、やがて子ども用補助椅子を載せられ、思いがけず長い余生を過ごしている。

もともとママチャリ仕様ではないためか、バランスを取り辛くて、転びそうになったことは何度もある。子どもを乗せた拍子に前輪が浮いて暴れ馬状態になったことも一度や二度ではない。それでも乗り続けている。

タイヤも古いので、何度となくパンクを繰り返し、自転車屋さんに駆け込んでいる。「新しいのを買ったほうが……」と自転車屋さんには遠慮がちに薦められる。でも、いかにもママチャリじゃないのが気に入ってるし、愛着もある。

世話が焼ける分だけ、かえって情が湧いてしまったとも言える。

映画『ぼくとママの黄色い自転車』(2009年)のイメージをくれた自転車でもある。

原作『僕の行く道』と設定を変えて、新幹線ではなく自転車で小豆島を目指す脚本にしたとき、頭に思い浮かんだ「黄色い自転車」が採用され、タイトルにもなった。小豆島では映画にちなんで「黄色いレンタサイクル」が始まった。

今日、自転車屋さんに空気を入れに行くと、前輪の空気の減りが激しかった。後輪のタイヤは損傷がひどくて数か月前にチューブを替えたのだけれど、前輪もそろそろ替え時かもしれない。

前輪と後輪に空気を入れてもらい、少し軽くなったペダルを漕いで、二人乗りでプールへ向かった。
「うしろのしゃりんは、どうして、くうきがいっぱいだったの?」と、後ろの補助椅子からたまが聞いてきた。
「後ろのタイヤは替えたばかりだからかな」とわたしが答えると、
「あのじてんしゃやさんで、たいやもらうと、いいね」とたま。

「タイヤもらう?」
と笑って聞き返すと、
「あれ? たいやもらう、じゃないか……」
なんかへんだぞ、と気づいた様子。

「タイヤ替えるっていうのを、他の言い方すると、なんだろね?」と、わたし。
「たいやぬすむ?」
「盗むは、違うよねー」
「ちがうよねー」と、たまも笑って、
「たいやもらってやる、もちがうよねー」
「違うよねー。タイヤ転がす、も違うよねー」
「ちがうよねー」

タイヤ回す、タイヤ引っ張る、タイヤに立つ、タイヤに乗る……。
わざと違う答えを出し合って、笑い合った。

「たいやかう、はどう?」とたま。
「タイヤ買う、でもいいかな。でも、元々あったタイヤと交換するから、取り替えるとか、付け替えるって言ったほうが近いね」
「じゃあ、たいやあたらしくするは?」

タイヤを新しくする。
タイヤを替えるの言い換えは、今のが一番しっくりくるね。

同じことでも色んな言い方があって面白いね、と発見した。

こういう言葉遊びをさせたら、日本語は天才。
Eテレの「にほんごであそぼ」は秀逸なタイトルだと思う。

日本語はレゴブロックより自由に好き勝手に組み立てられて、いかようにも形を変え、どこまでも広がる。

そして、ハンドルで両手がふさがっていても、遊べる。

「じゃあ、タイヤに空気が入って、自転車が軽くなったっていうのを、いろんな言い方で言ってみよう」と提案すると、
「たいやにくうきがはいって、かぜがきもちよくなった」と、たま。
「タイヤに空気が入って、風を切って走ってる」と、わたし。

先ほどの「わざと間違えごっこ」とは違い、今度は真面目に「近い言い回しごっこ」。

「たいやにくうきがはいって、ゆっくりのときと、みえるものがちがう」
「タイヤに空気が入って、景色が流れてる」

「けしきがながれてるってなに?」
「速く走ると、おうちや木をびゅんって通り過ぎて、線みたいに見えるでしょ?」
実際はそんなにスピードは出ていないのだけれど、
「うん、みんな、はしってるね」と、たま。

そういえば、たまは初めて自転車の二人乗りをした頃、目に見えるものの名前をひとつひとつ呼んで、「しんごうが、はしってる〜」などと歌うように言っていた。

もっと小さくて、まだ補助椅子をつけてなかった頃は、「わんわんのところにのりたいよう」とねだり、広い前カゴにちょこんと座って、わたしに自転車を押させたこともあった。

そんな思い出も乗せている、黄色い自転車。

たまの成長に合わせて、キーキーときしむ音も大きくなっているけれど、たまが後ろに乗れるもうしばらくの間、ママチャリとして働いてもらおう。

2010年07月13日(火)  迷子の英語。迷子の記憶。
2009年07月13日(月)  ちびっ子総立ち!東京大学奇術愛好会のマジックショー
2008年07月13日(日)  マタニティオレンジ311 東京ディズニーシーでパークデビュー 
2002年07月13日(土)  『寝ても覚めても』『命』
2000年07月13日(木)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月12日(金)  一輪と向き合うように一人と、一日と。「光輪花」

縁あって「光輪花」という生け花に出会い、今週、二度体験する機会を得た。

この過程、脚本作りにとても似ている。

まず、いくつかあるお花をじっくり眺めて、一輪を選ぶ。

次に、その一輪をじっと見つめて、対話する。

正面から、横から、いろんな角度から。

花だけでなく葉っぱや茎も。

じっくり見て、どこがこの花の持ち味だろう、と観察する。

つぎに、花器を選ぶ。

立派な焼き物の器でなくても良い。

ドレッシングのガラス瓶やペットボトル、水差しだって花器になる。

どんな器に生けると、この花が映えるだろうと思いをめぐらせ、ひとつを選ぶ。

花器を決めたら、花をどう生けようか、考える。

茎の長さはどうしよう。

葉っぱは間引いたほうがいいかもしれない。

茶色くなったところを取り除いたほうが、花が映えそう。

花と花器がいちばんしっくり来る形を考えて、必要ならハサミを入れる。

選んだのは、オレンジに赤い斑入りの花。

檜扇(ひおうぎ)という。

辞書で「檜扇」を引くと、見開きの隣のページに「美育」があった。

昭和44年版の同じ辞書に「食育」はなく、「美育」という言葉のほうが歴史が古いらしい。

美しいものを愛でて心を豊かにする「美育」の力を先生は信じている。

その言葉が、わたしの選んだ花の名前と辞書のご近所さん。

花に呼ばれたような気持ちにもなって、なんだかうれしい。



花器に生けたら、いろんな角度から見てみる。

正面はこっちと決めて、それに縛られることはない。

生けてみて、こっちから見たほうがいいなと思ったら、そこを正面にする。

心のまま。

自由。

「終わりましたか?」と先生が聞かれる。

これでよし、定まった、と思ったら、終わり。

終わり、というのは、生けきった、ということ。

花。花器。花の長さ。葉っぱの数。角度……。

たった一輪でも無限の生け方があって、何を選ぶかに「個性」が表れる。

そこが、脚本づくりととても似ている、と感じるところ。

花と向き合う心は、子育てにも通じるところも。

この子のいいところはどこだろう、とじっと見てみる。

そのいいところを光らせるには、どんな環境がいいだろうと考える。

一輪を光らせるように、一人を光らせたい、と思う。

そして、いくつもある選択肢からひとつを選び続けて、終わりにたどりつくのは、「人生」そのもの。

大事なのは「じっくり考えて自分で選ぶ」こと、「選んだ結果に満足する」こと。

一日一日に一輪のように向き合っていけたら……。

そんなことまで思いを馳せさせてくれる、奥深い生け花。

先生のお宅から持ち帰って、わが家の器に生け直した。

花器に選んだのは、きれいな色のワインボトル。



檜扇の隣は、スカシユリ。

スカシユリの葉っぱを大胆にむしって、花のまわり以外は丸裸にむいてしまい、先生に驚かれた。

それも個性、それもまたよし。

子どもにもぜひ体験させてあげたい、と思っていたら、ちょうど文京区で夏休みに子ども生け花講座が。
>>>こらびっと文京 夏休み!わくわくお花をいけてみよう

費用は実費300円。

実費(お花代)にアシが出てしまうのではと心配になるほど良心的なお値段。

親子での参加もできるようなので、ぜひ。

2012年07月12日(木)  なんだかモヤッとする文京区育成室保育料激変値上げ
2010年07月12日(月)  7/21多摩で『ぼくとママの黄色い自転車』野外上映
2009年07月12日(日)  朝ドラ「つばさ」第16週は「嵐の中で」&「ラジオぽてとin渋谷」
2008年07月12日(土)  ログ解析〜みなさんどこから飛んで来るの?
2005年07月12日(火)  『子ぎつねヘレン』打ち上げで ipodをゲット
2003年07月12日(土)  15年目の同窓会
2002年07月12日(金)  『真夜中のアンデルセン』小原孝さんのピアノ収録
2000年07月12日(水)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月10日(水)  見知らぬおばさまと扇風機を値切った!

あまりに暑くて寝苦しいので扇風機を見にビックカメラへ。

「え、扇風機って数千円かと思ったら数万円するんですか!」
「そうですねー今はDCが主流で」
「DC扇風機のDCって何ですか?」
「直流って意味です」
「DCで安いのないんですか」

そんな店員さんとの会話を経て「こちらはいかがですか」とすすめられたのが、シャープのPJ-CD2Sというイオンファン扇風機。

昨日まで19800円だったのが12800円に値下がり!

上下左右に首を振る姿がピクサーのロゴと一緒に出て来るスタンド(わかります?)みたいでかわいい。わー、これいいかもと思ったら、隣で「かわいいわね。洗濯物もよく乾きそう」と言うおばさま。

しばらく二人で見入って、「二人とも買ったらいくらになるか聞いてみましょうか?」とわたし。

「端数の800円を切ってもらえない?」と二人で交渉したところ、若い醤油顔の店員さんが上の人と相談しに奥へ引っ込んで、「お値段このままで送料無料でどうでしょう?」と戻ってきた。

「在庫がなくてお届けが16日になってしまうんですが」と言われ、「そんなに待たされると気持ちがなえるわねー」とおばさまと顔を見合わせた。

「やっぱり800円切ってよ。こっちは待つ間暑い思いするんだから」とおばさまがもう一押し。醤油顔店員さんももう一押し。
その結果、「わかりました。送料サービスの12000円で」と交渉成立。

出会ったばかりのおばさまと「やりましたね!」と勝利を分かち合い、仲良く手続きカウンターへ。

「こういうの、はじめてですよ」と苦笑する醤油顔店員さんに「あなたお醤油顔で好みだわ」と持ち上げたり「わたし明日誕生日なのよ」とアピールしたりで、隙あらばさらに値下げをもくろむおばさま。

若く見えて75歳、今もお仕事されているそうで、気が若い。

お嬢さんは7月17日生まれで「明日から二人で旅行行くのよ。自分たちで自分たちの誕生日祝いするしかないんだから」とおばさま。

ってことは、すぐに届かなくても困らないわけで……。

「こっちは待つ間暑い思いするんだから」の決め台詞を放っておきながら、「旅行から戻ってくるの16日だから、17日に届けてくださる?」

さすが。あっぱれ。まいった。

名刺でも渡そうかしらと思ったけれど、いえいえ、一期一会だからこその愉快な体験。
戦利品の扇風機を見て、「そういや、これを買ったとき、こんなことがあったな」と微風程度に思い出すのが、涼しげで良い。

「おかげさまでたのしかったわ」と言い残し、おばさまは颯爽と立ち去った。

扇風機12000円。
値切りごっこ、プライスレス。

2012年07月10日(火)  「パキラのアキラ」と「たまママ漫才」
2011年07月10日(日)  「無農薬で米作りから酒造りを楽しむ会」草取り編
2010年07月10日(土)  ルーフバルコニーのある暮らし
2009年07月10日(金)  リチャード・ギアが「ヘァチ」と呼ぶ謎『HACHI 約束の犬』
2008年07月10日(木)  脚本家デビュー9周年
2007年07月10日(火)  マタニティオレンジ144 離乳食も食いだおれ
2005年07月10日(日)  12歳、花の応援団に入部。
2003年07月10日(木)  三宅麻衣「猫に表具」展
2002年07月10日(水)  『朝2時起きで、なんでもできる!』(枝廣淳子)
2000年07月10日(月)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/28)


2013年07月08日(月)  おめでたい席には鯛の塩釜焼き

週末、わが家でお祝い事のパーティをやった。

お祝いといえば、鯛!

京都の天才料理人に教えてもらった豚肉の塩釜焼きレシピ(>>>2013年06月09日(日) 手から「おいしなるビーム」出てる人
)をアレンジして、鯛の塩釜焼きに挑戦。

オーブンレンジのレシピにあった鯛の塩釜焼きレシピを合体させてみた。

1)内臓を取り出した鯛の腹に、にんにく1かけとローズマリー(5cmほど)と厚くむいたレモンの皮1/2個分を詰める。



2)鯛にオリーブオイルと胡椒をすりこみ(表面に油をしっかりすりこむことで、塩がしみこみすぎるのを防ぐ)、ローズマリーを散らす。

3)卵白1個分を泡立て、塩500g(鯛が大きめの場合は塩をふやす)とすりおろしたレモンの皮1/2個分を混ぜる。

4)クッキングシートを広げ、塩を敷いた上に鯛をのっけて、鯛のまわりにもペタペタと塩を塗りつけ、塩釜コーティングする。


5)魚の形にととのえて、竹串などで魚っぽく目玉やうろこを描く。


6)クッキングシートでくるんで、180-200度のオーブンで50-60分蒸し焼きにする。

いろんなレシピを見ると卵白の量も、塩の量も、焼き時間も、まちまち。
けっこう「適当」でもおいしく出来て、見た目の豪華さの割に失敗が少ない。


何よりテーブルに出したときの演出効果がバツグン。
ケーキカットならぬ「塩釜割り」イベントもなかなか盛り上がる。




2010年07月08日(木)  保育園休んで「つばさ」DVD
2009年07月08日(水)  『築城せよ!』がヒットすれば、日本映画の未来は明るい。
2008年07月08日(火)  同級生さっちゃんと19年ぶりの再会
2007年07月08日(日)  マタニティオレンジ142 布の絵本とエリック・カール絵本のCD
2005年07月08日(金)  いまいまぁ子とすてちな仲間たち
2000年07月08日(土)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月07日(日)  沈黙のち行列のち冊子(実践女子大学講演・後日談)

6月25日に講演を行った実践女子大学文学科国文学科から厚みのある封書が届いた。

納められていたのは、紐で綴じられた冊子。

表紙を開くと、学生の皆さんが書いた講演の感想だった。



感想を後から頂戴したことはこれまでもあったけれど、こんな佇まいで届いたのは初めてで、小学校の頃にもらった「クラスのみんなからの誕生日おめでとうカード」を思い出して、うれしくなった。

提出された感想文をコピーして、切りそろえて、綴じる。
そのひと手間がありがたい。

200通ぐらいあるのだろうか。
全部読み終えるのに、一時間かかった。
一人一人が書くのに費やした時間を足し上げると、その何倍もになるはず。

講演の手応えを、「沈黙のち行列(実践女子大学講演・後編)」と題して2013年06月26日(水)の日記 に書いた。

「十人いれば十通り、百人いれば百通り」の受け止め方がある、と感じたのだけれど、一人一人筆跡も言葉遣いも感じたことも違う感想に目を通していると、本当にそうだなあと感じる。

もちろん、好みの傾向はあった。

映画『パコダテ人』の「しっぽは欠点じゃなくて、おまけ」、ドラマ「ビターシュガー」の「未来からの逆算で今を生きるんじゃなくて今生きている一瞬一瞬を積み重ねていきたい」、小説「ブレーンストーミングティーン」の「宝物はあなたの中にある。それを宝の山にするのも宝の持ちぐされにするのもあなた次第」といった言葉が心に残ったと書いた人が多かった。

    

これから進路を決める学生には、将来への希望と同じぐらい不安もある。だから、自分を前向きにとらえ、力づける言葉がことさら必要なのだろう。

「石ころを宝石に」というベタなタイトル、「なんで?」と「そんで?」という大阪弁を使った連想ゲームの説明についても、好意的に受け止めてくれた人が多かった。

「脚本を書くというのは、もっと難しいことだと思っていたけれど、最初から宝石は落ちていなくて、石ころを磨いて光らせるということがわかった」
「自分にも書けそうな気がした」
「今までなんとなくドラマを見ていたが、何を伝えようとしているのかに注目して見てみたい」
「原作とドラマが違うなと思うことがよくあったが、連想ゲームで考えた結果なのだとわかった」
「なんで?そんで?と連想するのは、脚本だけでなく、サークル活動や自分を知る上でも役に立ちそう」
といった「意識の変化」を綴った感想が多かった。

「良かった」「面白かった」「役に立った」といった手放しの褒め言葉はもちろんうれしいのだけど、他の人が使わない言葉で伝えられる感想もまた、はっとさせられる。

たとえば、「聞いていて、こそばゆかった」という感想。
肯定的な感想の最後の一文だったので、「あなたたちにはまだまだ可能性がある」というメッセージへの照れなのかもしれないし、わたしの前向き過ぎる発言への「あんな歯の浮くようなことなかなか言えない」という印象なのかもしれない。

「こそばゆい」という感想をもらったのは初めてで、新鮮で、印象に残った。

「文学的というより商業的」なので、文学部の講演としてふさわしいかどうかは疑問だが、これからの人生には役に立ちそうな話だった、という感想もあった。

脚本家の間でも「商業性か芸術性か?」はよく議論になる。
より観客を集められるようなわかりやすく間口の広いエンターテイメントを作るのか、一部の人にしか受け入れられなくてもいいからストイックな芸術作品を作るのか、と。
わたしの作品は、多くの人に届くことを意識しているから前者となる。

そのことを見抜いて指摘した、この学生さんの視点は「個性」であり「強み」であり、大切にしてほしいと思う。

「出産のときまでネタを集めていたのはすごいと思った」という感想もいくつかあって、わたしそんな話したっけと思い出した。講演で話すことは大まかには決めているけれど、その日のノリで持ち出す話題が変わる。でも、講演中は夢中なので、何を話したのか忘れていることも多い。

それから、わたしが「楽しそう」だという感想がとても多かった。
「楽しそうに仕事の話をするので、脚本家が楽しい仕事なのだと思った」
「言葉を愛しているのが、よく伝わった」
そんな風に言ってもらえたのが、うれしかった。

脚本の仕事も、子育ても、「楽しそう」だとまわりに思ってもらえたら、それだけでもっと楽しくなる気がするし、大人になっても、いくつになっても、「そのままのあなたでいいんだよ」と誰かから言われるだけで、チカラが出る。

実践女子大学国文学科の皆さん、わたしの石ころを転がして、磨いて、光らせてくれて、ありがとうございます。

宝ものは、あなたたちの中にある!


2010年07月07日(水)  39度の熱にうなされ号泣七夕
2009年07月07日(火)  彦星は一年ぶりの会津の酒!「第5回 天明・七夕の宴」
2008年07月07日(月)  この夏の目玉作品『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』
2007年07月07日(土)  マタニティオレンジ141 5人がかりで大阪子守
2005年07月07日(木)  串駒『蔵元を囲む会 天明(曙酒造) 七夕の宴』
2002年07月07日(日)  昭和七十七年七月七日
2000年07月07日(金)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月04日(木)  聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐ(松森果林さん講演)

「聴力を失って行くというのは、どういうことなのか。皆さん、想像できますか?」
そう問いかける松森果林さんの声は、ご本人には届いていない。

声は出せるけれど、聞こえない。
松森果林さんは、中途失聴者。



講演のはじめに、松森さんは「私の強みは聞こえないこと」と笑顔で言い切った。

でも、今のように、聞こえないことを「個性」として受け止め、「強み」とさえ言えるようになるまでに、長い長い時間がかかったという。

小学4年生のある日突然片方の耳が聞こえなくなり、もう片方の耳も少しずつ聴力を失った。

毎朝、目が覚めると、声を出し、自分のその声が聞こえるかどうか確かめたという。

「昨日まで聞こえていた音が一つずつ消えていく」

聴力を失っていくというのは、そういうことらしい。

高校2年の終わりには、完全に聞こえなくなった。
その日のことを、よく覚えているという。
信じられなくて、何度も、何度も、確かめたのだろう。

小学生の頃、男の子たちに「つんぼ」とからかわれた。
その言葉を知らなかった松森さんは、「つんぼ」の意味を知り、ショックを受けた。

中学生のときには、クラスメイトに名前を呼ばれて気づくかどうかをテストする「遊び」を毎日のようにされた。

聞こえないのは、恥じるべきこと、いけないことなんだ……。
そう思った松森さんは、「聞こえるフリ」をするようになった。

何を言ってるかわからなくても、みんなと一緒に笑う。
聞こえるフリをすればするほど、どんどん自分が空っぽになっていく感じがしたという。

ただでさえ不安定な思春期。
でも、友だちとのおしゃべりや恋愛が楽しい青春の入口。
勉強して、あたらしい世界を吸収する時期。
松森さんは「聞こえるフリ」で忙しかった。

「みんな聞こえなければいい」と周囲をうらんだり、
「自分がいなくなればいい」と思い詰めたりした。

雪の降る日に道端に倒れ込み、このまま死ねたら……と死を待つうちに意識を失い、救急車のランプで我に返った。

その後に、松森さんのお父さんが書いたという手紙に、涙を誘われた。

できることなら代わってあげたい。でも、お父さんだったら乗り越えてみせるぞ。

そんな内容の、愛情と力強さにあふれた手紙だった。

ご家族も辛かっただろうと思う。
原因もわからず、何がいけなかったのかと過去を悔やみ、自分たちを責め、それこそ「代わってやれたら」と苦しんだことだろう。
娘が死を思い詰めていることを知って、打ちのめされたことだろう。
松森さんの知らないところで、たくさん涙を流されていただろう。

お父さんが「乗り越えてみせるぞ」と言えるようになるまでにも、長い長い時間が必要だったのではと想像する。

ちょうど2日前、わたしは実践女子大学で『パコダテ人』の話をしてきた。

映画『パコダテ人』では、ある朝突然しっぽが生えた日野ひかるが、葛藤の末、「しっぽは欠点じゃなくておまけ」と開き直る。いったんアイドルとしてもてはやされたひかるが、今度は迫害される立場になっても、家族は「しっぽが生えても、ひかるはひかる」と、ひかるを愛し抜き、守り抜こうとする。

『パコダテ人』は、障害と偏見について語っている作品だと評価されることも多い。でも、映画だと80分、劇中内時間でも数か月で乗り越えてしまうことが、現実ではその何十倍もの時間を要する。

雪の日に、どん底の底を蹴って、お父さんの手紙に励まされた松森さんは、少しずつ進みはじめた。

「何に困っているかわからないと、何を手伝っていいのかわからない」と学校の先生に気づかされ、授業について行くためにどうしてほしいのかを具体的にお願いするようになった。

視覚や聴覚に障害のある人が学ぶ筑波技術大学を見学し、自分以外の聴覚障害者に初めて会い、生き生きと学ぶ姿を見て「ここで学びたい!」と一念発起。ビリに近かった成績が、猛勉強の末に学年トップになった。

大学時代に出会った先生が大のディズニーランド好きで、学生を引き連れて、よく遊びに行ってくれた。

目が不自由な学生、耳が不自由な学生が、現地でアトラクションやショーを体験しながら、どこをどうしたらもっと楽しめるか、具体的な意見を出し合い、提案し、それが採用された。

わたしはコピーライターだった頃、東京ディズニーリゾートの広告に携わっていた。だから、障害のある人も一緒に楽しめるようにと様々な取り組みがされていることは聞いていた。その中に、松森さんたちが提案したものがあったかもしれない。

そして、松森さんの話を聞くと、まだまだ知らない取り組みがたくさんあることに気づかされた。

視覚障害者が建物やキャラクターのフォルムを把握できるようにと作られた精巧なミニチュアが紹介された。

シンデレラ城の塔のとんがり具合も、窓の数も、模型をなぞれば、指で見ることができる。

興味深かったのは、ミッキーやミニーやドナルドやプルートのフィギュアがどれも「片方の手が上がっている」のはなぜでしょうという質問。

答えは、「握手するため」。

キャラクターに手を伸ばし、最初に手に触れるでっぱった部分が握手する手というのは、アメリカらしいし、ディズニーらしい。思いがけず握手して笑顔になってしまう光景を思い浮かべて、微笑ましくなった。

講演の中では触れられなかったが、松森さんは大学卒業後、東京ディズニーランドで美術装飾の仕事に就かれたという。

職場で出会ったご主人は、大量のメモ用紙を持って飲み会に乗り込み、たくさん話しかけてきた人だという。

「手話だと水中でもプロポーズ出来るんですが、残念ながらそれは叶いませんでした」と笑う松森さんは、今、とても幸せそう。

結婚し、現在は中学生の男の子を子育てしながら、聞こえない世界と聞こえる世界をつなぐユニバーサルデザインの提案に力を入れている。

ユニバーサルデザインとは、誰にでも使えるデザインということ。

たとえば、テレビ番組に字幕がついていると、耳の不自由な人が健聴者と一緒に番組を楽しめる。

デジタル放送になったおかげで字幕は入りやすくなった。リモコンの「字幕」ボタンを押せば、手軽に字幕入り放送を楽しめる。

でも、問題なのは、字幕の位置。

PKを決めた本田選手のインタビュー。
字幕が目張りのように顔を横切ってしまっている。
「字幕もど真ん中」
松森さんの鋭いツッコミが笑いを誘った。

見る人のことに、ほんの少し想像力を働かせれば、この位置でいいのか、どこに動かせばいいのか、検証することができるのだけれど。

字幕に限らず、善かれと思ってやったことが中途半端になってしまうのは、もったいない。

それで思い出したのは、映画『子ぎつねヘレン』のこと。

初日動員数も評判も上々で映画が封切られて間もなく、耳の聞こえない方にもこの作品を楽しんでもらえるよう字幕をつけようという話が出た。聴覚障害者の方からの要望があったのかもしれない。

早速やろうという動きになり、すぐに字幕版が用意され、公開された。
DVDにも日本語字幕とともに本編の場面を解説する音声ガイドとメニュー画面の操作を補助する音声案内が収録された。

でも、映画が公開されるまで、字幕をつけるということを、わたしも、関係者の誰も思いつかなかった。

『子ぎつねヘレン』は、ヘレン・ケラーのように目も見えない、耳も聞こえない、鳴くこともできない子ぎつねの話。

なのに、耳の不自由な方がこの映画を観るかもしれない、ということに想像が至らなかった。

そもそも「日本語の映画に字幕をつける」という発想がなかった。

外国語で何を言っているのかちんぷんかんぷんな映画を観るとき、わたしたちは字幕に助けられる。

日本語を聞き取れない人たちにとっても、同じこと。

『子ぎつねヘレン』公開から7年。日本語字幕つきの邦画公開は、ふえているだろうか。

松森さんは、映画鑑賞が趣味で、「日本語字幕がついている洋画を観ています」というが、洋画でも邦画でも字幕つきで楽しめることが当たり前になっていくといいなと思う。

話をテレビに戻して。

番組の字幕入れは普及してきたものの、放送全体の18%を占めるCMには、ほとんど字幕がついていない。

松森さんが「CMにも字幕を」と提案をして16年。
ようやくいくつかの企業とテレビ局がトライアル放送に取り組み始めた。

講演では、花王の60秒CMをまず「音声なし」で見せてもらった。

なんとなく、雰囲気は伝わる。
でも、メッセージは伝わらない。

「今のが、聴覚障害者の世界です。まわりの人はみんな口パクなんですね」と松森さん。

続いて、先ほどのCMを「字幕入り」で見てみると、霧が晴れたようにメッセージがはっきりした。

「音声なし」CMを体験してから比較すると、字幕があるかないかでは大違いなのだと実感することができた。

字幕つきCMも、番組と同じようにリモコンで「字幕」を選択すると字幕が表示される。

この字幕を考えるのは、コピーライターの仕事だろうか。その分仕事はふえるし、時間はかかる。納期に終われる広告制作者にとっては字幕なしのほうがありがたいかもしれない。

だけど、字幕をつければ、より多くの人にメッセージを届けられる。

それぞれの企業が、そして広告代理店や制作会社が、少しずつ予算と時間を差し出して、字幕つきCMをふやしていけないだろうか。

現在2社だけというのは何とも淋しい。
最近まで放送していて、やめてしまった企業もあったという。

現在トライアル放送中の花王とライオンも、続けるかどうかは視聴者の反響次第。

「ぜひ見ていただき、一言で良いのでメッセージを送ってみてください。その一言が必ず多くの企業を動かします」と松森さん。

ぜひ、字幕つきCMを観て、感想を届けてください。

花王
「A-studio」(TBS系列)
金曜日 夜11時〜11時30分
「ぴかぴかマンボ」(テレビ東京)
土曜日 夜9時54分〜10時
「あすなろラボ」(フジテレビ系列全国ネット)
日曜日 夜9時〜10時
>>>花王公式サイト 「字幕CMに関するご意見ご感想」へ

★ ライオン
「ライオンのごきげんよう」(フジテレビ系列)
月曜〜金曜 昼1時〜1時30分
>>>ライオン公式サイト「お客様相談窓口」へ
 
「不満や怒りを訴えるだけだと愚痴になってしまいます。どうすればいいのか提案をしていけば、必ず社会は変わります」と松森さん。

あ、「なんで?」と「そんで?」で光らせる、だ!

不満も怒りも、良くしていくためのヒントの石ころ。
なんで困るのか? なんで腹立たしいのか?
そんでどうしたら困らなくなるのか? 怒りがおさまるのか?
蹴り飛ばしてしまうのではなく、拾って、提案という形に磨き上げれば、宝石に化けるかもしれない。

そして、聞こえない世界と聞こえる世界をつなぐには、「想像力」を働かせることがとても大切。

面白いクイズを出してもらった。

一人暮らしの女性の部屋の絵。
「この中に、一つだけ足りないものがあります。それは何でしょう?」
と松森さん。

火災報知器?
ドアホン?
明かり?
壁?
家族?

いろんな答えが飛び出し、松森さんが「壁は省略しました」「明かりは描き忘れました」「彼女は一人暮らしなんです」などとユーモアたっぷりに返し、なかなか正解にたどり着かない。

「どこにもあるものです。この教室にもあります。でも、彼女の部屋にはありません」

そう言われて、ますます皆が考え込み、焦れた頃に、正解入りの絵に差し替えられた。

吹き出しのように、あちこちに書き込まれた擬音語。
スイッチを入れる音。換気扇の回る音。ドアの開け閉めの音。掃除機の音……。

答えは「音」だった。

音がないと、機械が動いているのかどうか、わからない。
最近は静かな家電がふえて振動も少なくなったので、ますますわかりにくくなったという。

松森さんは、コンセントが抜けているのに掃除機をかけ続けてしまうことがあるらしい。

音カタログ
のサイトでは、「聞こえない世界」と「聞こえる世界」の違いを「音なしの絵」と「音ありの絵」で見比べられる。

音がなくて「困る」「使いにくい」というときも、松森さんは「こうすれば使える」「こうなれば誰でも使いやすい」と提案に転換する。

音のかわりに「わさびのにおい」で危険を知らせる警報器の開発にも関わられたそう。

また、松森さんも関わったという羽田空港の国際線ターミナルは、「設計段階から障害者や外国人などが意見を出し合い、設計に取り入れた」そうで、ユニバーサルデザインの宝庫とのこと。

子育てのお話も披露された。

ご主人と息子さんの三人家族の中で、聞こえないのは松森さんだけ。
息子さんには赤ちゃんの頃から手話でたくさん話しかけた。

最初に覚えた手話は「いっしょ」だったそう。

「赤ちゃんって一度覚えたら忘れないんですよね」

うちの娘のたまがまだ言葉が拙かった頃にベビーサインの本を読み、「ちょうちょ」「ほん」「たべる」などを使って簡単な会話を試みたことがあった。

ベビーサインが役に立ったのは、たまがカタコトを話すようになるまでのほんの数か月だったけれど、「伝えたい」という気持ちをのせる乗り物があったことで、「伝えあう」喜びを分かち合うことができた。

ベビーサインも手話も外国語も、「伝えたい」「つながりたい」相手がいてこそ出番がある。

松森さんの息子さんは、ママと呼んでも振り向かないことを学ぶと、床をたたいてママを呼ぶようになったという。

同じマンションの人たちが「手話で話したい」と言ってくれて始まった「井戸端手話の会」の話もとても興味深かった。

聞こえない人にとって、井戸端会議で何を言っているのかわからない、加われないのは、不安でもありストレスでもあると思う。じゃあ井戸端会議を手話でやりましょうという発想が楽しい。

「コミュニケーションをあきらめるのではなく、コミュニケーションを楽しめる環境を作っていけばいい」と松森さん。

迷惑、と思うのか?
協力、と思うのか?
当然、と思うのか?

同じことでも、受け止め方は、人それぞれ。
楽しい、とお互いが思える関係を作れると、いいなと思う。

生活で不便を感じるのは「障害のせい」なのか「聞こえない自分が悪い」のか。

「健康で元気な普通の人を基準に町づくりがされてきた」からではないでしょうかと松森さん。

「でも、普通って何でしょう?」

松森さんにとっては「聞こえないのが普通」。
そして「聞こえる耳を持っていても、話を聞かない人っていますよね」と笑う。

たしかに、何不自由なく生活できることが「普通」だとしても、それがずっと「その人の普通」であるとは言い切れない。

少なくとも、赤ちゃんのうちは、一人で電車に乗ることも買い物することもできない。

子どもを持った親は、少なからず「バリア」を体験する。
今まで当たり前にできていたことが、こんなに大変で、こんなに人に迷惑をかけてしまうことなのかと。
ときには心ない言葉をかけられ、外出するのが怖くなったりする。

年を取ってからも、同じことが起こるのかもしれない。
レジでまごついてしまうお年寄りを待てない人だって、それがいつか自分の普通になるかもしれない。

「どんな普通にも対応できる」こと。
それがユニバーサルデザインなのかなと思う。

「普通」は、人それぞれ。
その、「それぞれの普通」に想像力を働かせられるユニバーサルな人でありたい、と思った。

ユーモアあふれる松森果林さんのブログはこちら。
>>>松森果林UD劇場〜聞こえない世界に移住して〜

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