2009年07月10日(金)  リチャード・ギアが「ヘァチ」と呼ぶ謎『HACHI 約束の犬』

「あのハチ公物語がハリウッド映画に!」と映画関係者の間でも話題の『HACHI 約束の犬』。先日新宿ピカデリーにて『築城せよ!』(7/8の日記にて紹介。おすすめです!)を観たとき、初めて予告編を観たのだが、リチャード・ギア演じるロマンスグレーの大学教授がHACHIを「ハチ」ではなく「ヘァチ」と呼ぶのがツボに入り、泣ける映画のはずなのに笑いをこらえることに。というのも、最近「カバは英語でヒポパタマス」だと知った娘のたまが「たまは英語で何ていうの?」と聞いてきて、「たまはTAMAよ」と最初のAをAPPLEのAにして発音すると、「テァマ」とうれしがって繰り返したことを思い出してしまったから。隣の席で観ていた友人アサミちゃんに後で事情を話すと、「うちの甥っ子も、幼稚園の頃英語を習い始めて、玉子をテァマーゴって呼んでた」とアサミちゃん。

オリジナルのハチ公物語に敬意を示して日本語の名前にしたのだろうとは想像するが、劇中ではどういう経緯で「ヘァチ」と呼ばれるようになったのかが気になり、ちょうど試写状が届いていたマスコミ試写で確かめることに。受付で『子ぎつねヘレン』の宣伝担当だった清宮嬢と数年ぶりに再会。

以下、ネタバレが気になる方は読み飛ばしていただいて……。

「ヘァチ」の謎は、迷子の子犬の首輪についていた「八」という数字の名札にちなむものだった。犬を拾った教授が友人の日系人に「八」の札を見せ、「ラッキーな数字だ」と教えられて気に入り、それを名前にする。英語での映画化にあたり「名前はハチにすること」という縛りがあり、その設定が成立する理由を考えたのだろうか……と脚本開発の背景を想像した。納得してしまえば、「ヘァチ」が不自然に聞こえることはなく、あとはHACHIの仕草やHACHIが引き起こす事件のひとつひとつに笑いつつ、物語に引き込まれていった。そして、迫り来る悲劇の結末がわかっているだけに、教授とHACHIの絆が深まるほど、切なさをかき立てられるのだった。

犬の映画はズルい。犬を飼っていた人は、劇中の犬に「うちの犬」を重ねて観てしまうから、共感度数が数割増になる。HACHIの場合、ハリウッド映画でありながら、日本人になじみの深い秋田犬であるところも、さらにズルい。わたしが中学生の頃から十年あまり飼った雑種のトトは柴犬っぽい顔立ちだったけれど、HACHIの顔がしばしばトトにだぶった。犬らしい芸当をやらず、ボールを投げても取ってこないところもそっくりで、HACHIを見ていると、20年以上前の記憶がどんどん呼び起こされ、家の外で抱きしめて眠ったときのトトの体のあたたかさを思い出したりした。母を怒らせて閉め出されたときだったか。愛想よくシッポを振ることはしない代わりに、わたしの笑顔も涙も同じように受け止めてくれる寄り添い上手だった。

トトと一緒に思い出したのは、チャコのことだった。愛らしい顔をした茶色い小型犬で、うちに迷い込んだのを一週間ほど預かる間にもらい手がみつかり、歩いて10分ほどの距離の家で飼われることとなった。ところが、うちの母になついてしまったチャコは、しばしば夜中に脱走し、うちの玄関先で「入れてよ」と言わんばかりに甲高い声を上げた。母はとりあえず家の中に上げ、一緒の布団で添い寝してやり、朝が来ると申し訳なさそうに新しい飼い主に電話をかけていた。そんな感傷を抜きにしても、会いたい人に向かってひた走る犬の一途さは涙を誘う。昔の傑作長尺CMで、ひたすら走る犬を追ったものがあった。お酒の広告だったか、コピーもナレーションもほとんど入っていなかった気がするが、観るたびに泣けるCMだった。犬があれば、コピーはいらず、台詞もいらないのかもしれない。

記憶の箱の蓋が開くたびに温かい涙がこみあげ、40度以上のお湯で落とせるマスカラが流れてしまうのではと心配になったほど。8月22日公開の今井雅子の6本めの長編映画『ぼくとママの黄色い自転車』は「今年いちばん泣ける映画」というふれこみで、こちらも愛らしい犬が登場するが、「8月8日(ハチでそろえて、覚えやすい!)公開のHACHIに涙を持って行かれないか?と心配したり、「HACHIで犬映画需要が高まれば、ぼくママにも追い風になるかも」と思い直したり。

さらに、駅で教授を待ち受け、飛びつくHACHIの姿が娘のたまに重なり、困った。毎日6時15分に保育園へ迎えに行くわたしが現れるタイミングを、時計を読めないたまは感覚で測る。あの子のママが来たから、次はわたしのママの番という風に。駅の出口から吐き出される乗客一人一人の顔を確かめるHACHIの顔を見ていると、たまもこんな顔をしてわたしを待っているのだろうかと胸がしめつけられた。たまは最近『クイール』にはまり、毎日のように「わんわん みる」とせがむのだが、クイールが悲しげな顔をすると、「ママがいいようって いってる。たまちゃんみたい」などと言う。そんなことも思い出されて、涙ダムはますます決壊するのだった。

『HACHI』を観て、なるほどと思ったのだが、教授が急に還らぬ人となって引き裂かれたのは、「HACHIと教授」だけではない。HACHIよりも、もっと長い時間を彼とともにして来た家族もまた引き裂かれる悲しみを味わい、背負う。その部分の膨らませ方はとてもハリウッド的で、後日談で回想をサンドイッチするスタイルもこれまたハリウッドお得意の手法なのだけど、家族を膨らませたことでサンドイッチスタイルが効いているという図式はハリウッド的脚本の王道といおうか模範解答といおうか……ピースはぴったりはまっているけれど、予定調和ともいえて、ないものねだりだけれど、そこは物足りなく感じた。

もうひとつ、HACHIのフルネームが「HACHIKO」となっていて、ところどころで「HACHIKO」が出てくるのだが、「HACHIKOありき」だと知らない海外の人が観たときに「このKOは何ぞや?」とならないのか、気になった。エンディングで「実際のハチ公は……」と日本での実話が紹介されるので、劇中でもHACHIKOとしたほうがつながりが良かったのだろうか。「モデルとなった日本のHACHIはハチ公と呼ばれ……」とナレーションで解決する方法もあったような……などと代案まで考えてしまうのは困った職業病だが、リチャード・ギアが子どものように号泣したという脚本は、出演者(もちろんHACHIも含めて)の熱演に支えられ、いっそう感動的な映画に仕上がっている。渋谷のハチ公を見る目が数倍優しく温かくなるのは間違いなし。パンフレットを読んで知ったのだが、ハチ公像は第二次世界大戦中に「鋳潰」されたものを1948年に地元有志が再建したものだという。その辺りのことは日本版の『ハチ公物語』に描かれているのだろうか。こちらも観たくなって調べてみると、「『HACHI 約束の犬』公開記念 期間限定スペシャルプライス」の廉価版DVDが7月29日に発売とのこと。

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