2005年07月10日(日)  12歳、花の応援団に入部。

■何気なくつけていたテレビで学ラン姿の男たちが出てきて、おやっと目を留めたら最後まで見てしまった。番組タイトルは『ザ・ノンフィクション 12歳花の応援団に入部 驚きの一年』。明治大学附属中学校の応援団に入部した中学1年生男子二人が、附属高校やさらにその上の明大応援団の先輩たちとともに厳しい夏合宿を乗り越え、やめたい時期も乗り越え、2年生になって下級生を迎えるまでのドキュメンタリー。大学の4年間をどっぷり応援団漬けで過ごしたわたしは、「ああ、うちの応援団もやったなー」という懐かしさが半分、「わー、よそではここまでやるのかー」という驚きが半分。でも、一見不条理なことをとことん大真面目にやるところは同じ。上下関係や礼儀に極端にうるさく、世間では何の問題にもならないことでも団のオキテに逆らうと罵声が飛び、平手が飛び、ときには黒光りするエナメル靴が飛ぶ。練習は合理性など完全無視。体を壊すようなメニューを「押忍の気合じゃ」と精神論で乗り切らせる。そしてまた不可能に思われることが案外気合で何とかなったりするので、団員は「世の中気合」と自信を養い、下級生に同じ無理難題を押し付ける。そんな時代と逆行するような歴史が繰り返されている応援団、いま全国的に衰退の一途をたどっているらしい。世の中がラクなほうクールなほうへと流れているなかで、応援団はとことん面倒くさくて暑苦しい。わたしのいた応援団は、厳しい中にも和気藹々としたムードがあったけれど、夏合宿になれば誰かが脱走しては連れ戻され、夏合宿が終わると誰かがやめると言い出し、引き止めに成功する場合もあれば失敗する場合もあり、入団したうち卒団まで残るのは半分ぐらいだった。チアリーダー部とはいえ応援団の規律にのっとって行動しなくてはならず、それが煩わしくて去って行った子もいた。だけど、今思えば、チアリーディングの技術は宴会芸ぐらいでしか役に立たない(現役を退いて十年以上経った今は、酔った勢いとはいえ、上司の肩の上に立つなんてことは怖くてできなくなった)けれど、応援団員として仕込まれたことは社会生活でとても役に立っている。名刺の出し方受け取り方、敬語の使い方、目上の人と楽しくお酒を飲むコツなどは会社員の必須アイテムだし、コピーを書くにも脚本書くにも技術より気合がモノを言うことが多い。「あきらめたら負け」という世界では、応援団出身者は恐ろしい威力を発揮する。肉体的にも精神的にも極限状況に追い込まれる体験は、時間と労力の無駄という見方もあるけれど、自分の限界と可能性を知るチャンスにもできる。テレビの中の中学生団員二人は、一年で見違えるほどいい顔になっていた。きっとこの先もやめたくなる場面があるだろうけど、待ち受ける試練を自信に変えていって欲しい、と自分の後輩のように思ってしまう。そして、番組を見て、「応援団に入りたい」「うちの子を応援団に」という人がふえたら、日本はもうちょっと骨のある国になれるんじゃないか、という気がする。

2003年07月10日(木)  三宅麻衣「猫に表具」展
2002年07月10日(水)  『朝2時起きで、なんでもできる!』(枝廣淳子)
2000年07月10日(月)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/28)

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