2005年07月04日(月)  今井雅之さんの『The Winds of God〜零のかなたへ〜』

「今井雅之」と「今井雅子」はよく似ているので、名前を見つけるとドキッとしたり、ドキドキしたりする。縁もゆかりもないけれど、年の離れた兄貴のように一方的に思っている。顔立ちもわたしの親戚にいそうな感じ。そんな今井雅之さんの舞台代表作、『The Winds of God』の存在は気になっていた。タイトルの通り「神風」の話。ブロードウェイでも激賞され、映画にもなった。17年前の初演から何度も再演しているが、今年は戦後60年ということで、3か月に及ぶ過去最大規模の全国ツアーが決まり、2日に新宿紀伊国屋サザンシアターで幕を開けたばかり。出演している知人の岡安泰樹さんに声をかけていただき、今夜観る機会に恵まれた。

現代の漫才師コンビが神風特攻隊の時代にタイムスリップするというストーリー。幕が開き、老人の神父と漫才師のアニキ(今井雅之)が短く言葉を交わすと、時計は一年前に巻き戻され、アニキとコンビを組んでいたキンタ(松本匠)のかけあい漫才がはじまる。開演時間に遅れて入ってきた客に突っ込みを入れながら、「お客さんは漫才を聞きに来た人という設定ですから。今ならまだ間に合います」と、ウォーミングアップをやっているように見えて、いつの間にか伏線が張られ、自転車に二人乗りしたアニキとキンタが事故に遭ってタイムスリップする本編へとつなげていく。事故のショックから目を覚ましたアニキとキンタは軍服に包帯姿。知らない男たちから「岸田中尉」「福元少尉」と身に覚えのない名前で呼ばれ、混乱する二人は、神風突撃に失敗した事故の後遺症による記憶喪失と判断される。そこは60年前、太平洋戦争末期の日本軍だった。

ここに登場するのが、輪廻の思想。アニキとキンタは特攻隊で命を散らした隊員の生まれ変わりで、現代での交通事故の衝撃と、60年前の突撃失敗の衝撃がシンクロし、前世の肉体に現世の魂がはまってしまったのではないか。そう推理するのは、帝国大学で心理学を学ぶ山本少尉。二人の来歴を見抜くこの役を岡安さんが演じている。死ぬのは生のはじまり、死んでも魂は生き続ける、そう言いつつも死を怖れ、死ぬには若すぎると弱音を吐く山本少尉。聖書を心のよすがにする松島少尉(田中正範)もまた、死ぬ運命を受け入れようともがき苦しみ、彼らの弱腰を叱咤する寺川中尉(田中伸一)も不安と恐怖を押し殺し、分隊長の山田も鬼にはなりきれない。特攻隊員一人ひとりの苦悩と葛藤を丁寧に描くことで、若くして空に散った彼らの無念さが胸に響いた。

木の机と椅子だけのシンプルな舞台道具が配置を変えると筏になり、零戦になる。舞台から客席を射るようなライトは爆弾の閃光になり、白いライトの波は流れる雲になる。アニキとキンタが出撃するシーンでは、二人が本当に空を飛んでいるように見えた。完全に引き込まれていた。紀伊国屋サザンシアターでの舞台は何度も観ているが、スタンディング・オベイションを観たのは初めて。思わず立ち上がった観客に誘われるように、次々と立ち上がり、惜しみない拍手を贈った。

今井雅之さんは舞台後の挨拶で「4年前の9月9日、この芝居をもうやめると宣言したが、その2日後の9月11日にあのテロが起き、アメリカの新聞に『KAMIKAZE ATTACK』と書かれていたのを見てショックを受けた。自分のやってきたことは何だったんだろうかと」と語った。散った神風特攻隊員たちが悩み苦しみ抜いた末にたどり着いた覚悟。その結果だけが一人歩きして「命知らずで無謀な決死作戦」ととらえられている事実に打ちのめされたのだろう。だから、「やめるわけにはいかなくなった。それどころか、年々、やめられない方向に世界が向かってしまっている」と熱い口調で訴える今井さんを見て、この舞台から迸る熱いものの源を見た思いがした。訴えたいものがはっきりと持っていて、それを全力で表現し、観客の心をつかみ、揺さぶる。一字違いの作・演出・主演、今井雅之が今夜はいちだんと誇らしく思えた。サザンシアター公演は10日まで。その後、山形、秋田、長野、石川、兵庫、大阪、名古屋……と全国ツアーは10月1日まで続く。

The Winds of God〜零のかなたへ〜

新宿紀伊国屋サザンシアター
作・演出:今井雅之
出演:今井雅之、松本匠、AKIRA、田中伸一、岡安泰樹
   田中正範、最所美咲/小林範子(Wキャスト)

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