2002年07月12日(金)  『真夜中のアンデルセン』小原孝さんのピアノ収録

人に会いたくない日がある。気分の浮き沈みはあまりないのだが、たまにひどい肌あれに襲われる。今日は鏡を見てギョッとするほど深刻だったので、塗り壁作戦に出たら、ひび割れたアスファルト状態になってしまった。家族や友人は「どうしたの、その顔?」と突っ込んでくれるが、つきあいの浅い人たちは、そうはいかない。口に出せないかわりに「どうしたのだろう」と心配されるのが、かえって申し訳ない。でも、どうしても出かけたい用があった。『真夜中のアンデルセン』のピアノ収録。ひびわれた壁に霧を吹き、渋谷のNHKへ向かった。

『真夜中のアンデルセン』は30分のドラマ。といっても、出演者は市村正親さんひとり。『BARアンデルセン』の謎のマスターであり、『人魚姫』の世界へ案内するストーリーテラー、さらに人魚姫や魔女や王子を巧みに演じ分ける。ドラマより舞台に近いかもしれない。歌(歌詞はわたしとディレクターの井料拓也さんの共作)も3曲あるので、音楽劇ともいえる。この歌の作曲はもちろんストーリー全体にオリジナルの曲をつけたのが、ピアニストの小原孝さん。つなぎ終わった映像に合わせて小原さんが弾くピアノを収録するのが、今日だった。

「涙が出そうなくらい、きれいな曲ができました」と井料さんから聞き、期待は膨らむばかりだったのだが、想像以上だった。人魚姫の住む深く澄んだ海の底へ誘う、透明でイノセントな音。人間の世界に憧れる人魚姫の高まる気持ちも、はじめて海の上へ向かうドキドキ感も、表情豊かな音で表現してしまう。荒れ狂う嵐の海、人魚姫めがけて落ちる雷が「見えた」!小原さんは、「ピアノを自在に歌わせられるピアニスト」と言われているらしい。あれは何というのか、音の波動を表す放射状の光が明滅する装置があったのだが、ピアノの音に合わせて無数の星がまたたきながら図形を描いているようで、それもまた神秘的だった。

映像には映らないけれど、鍵盤たちも、彼らを伸び伸びと歌わせる小原さんも役者だなあと思った。肌あれのことも束の間忘れて、紡ぎ出されるメロディに引き込まれていた。心が洗われると言うと月並みだが、美しい音の波が押し寄せて、心の中のもやもやしたものを洗い流し、みずみずしさで満たしていく。贅沢な時間だった。(画像は番組ロゴ COPYRIGHT NHK 2002)

2000年07月12日(水)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)

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