2013年06月26日(水)  沈黙のち行列(実践女子大学講演・後編)



円(縁)を太らせたベーグルで腹ごしらえをして、実践女子大へ。

講演という石ころは、聴いてくれる人たちが磨いて、光らせてくれる。
だから、質疑応答の時間が何よりの楽しみ。
わたしの石ころに感想や質問の石ころがぶつかって、わたしの頭の奥のほうや記憶の深いところを引っ掻いてくれる。

が、今日は質問が出ない。

これまでの講演では、出足が鈍くても、促すと、誰かが手を挙げた。
しかし、今日は出ない。

「なんで?」と「そんで?」の連想ゲームで石ころ(ネタ)に磨きをかけて光らせる脚本作りの過程で「伝力=伝える力」も鍛えられる。どうやったらもっと面白くなるか、もっと楽しんでもらえるかと想像力を働かせることは、同時に、受け手の気持ちに想いを馳せることでもあるから……。

そんな話をあちこちの講演でしているのだけど、そう言う今井雅子本人の発伝量が足りなかったか。



最後に行った講演、4月の故郷・大阪堺市の図書館では、質問が引きも切らなかった。大阪と東京、怖いもの知らずの世代とまわりの目が気になる世代の違いはあるかもしれないけれど……。

4月の図書館講演と今回の大学講演の決定的な違いは、「自分から進んで聴きに来ているかどうか」。

貴重な休日の午後、わざわざ家から出かけて、人によっては電車を乗り継いで人の話を聴きに行こうというのは、よっぽどのこと。移動に時間とお金をかけた分だけ、しっかり元取って聴いてやろうという気持ちもわく。

だから、姿勢は自然と前のめりになり、よくうなずき、よく笑い、よく質問する。

一方、授業や講義の一環としての講演は、単位になるから聴いておくというのが第一の動機で、誰がどんな講演をするのかへの関心はさほど高くない。

そういう相手に話をするときこそ、「伝力」が試される機会。
だから、
座席の背たれにつけた背が浮いて、前のめりになるように。
どこか遠くを見て、別なことを考えてた目が、こちらを向いてくれるように。
閉じていた心の傘が開いてくれるように。
……という気持ちで話した、のだけれど。

壇上で待つ、ほんの数分は、その何倍もの長さに感じられた。

すると一般聴講の男性の手が挙がった。共同脚本について立て続けに突っ込んだ質問をされた。同業者なのか、業界通なのか、とにかく質問が出るのはありがたい。後が続きやすくなる。

続いて先生から「これから将来を決める学生たちに一言」。そして、満を持して学生から手が挙がり、「脚本だと色んな人に口出しされて好きなものが書けなくて大変では?」と質問があった。

この学生さんに、ボーナス得点を!

学生の頃のわたしには、人前で手を挙げて発言するなどという勇気はなかったから、こういう場で質問できる人に敬意を表してしまう。

一人では思いつかないことをチームで思いつける、一人だと石ころのままのネタをみんなのアイデアを持ち寄って光らせることができるから脚本作りは楽しい。連想ゲームには人のアイデアを取り入れる柔軟さと、自分のやりたいことを貫く頑固さの両方がと最後の質問に答えて、ちょうど終業の時間となった。

大半の学生さんが次の講義へ移動してしまった後、何か一言伝えよう、と残った学生さんが列を作ってくれた。

一対一で話してみると「面白かったです!」と瞳が輝いた。

もともと書くことが好きで、標語や小説を書いていたこともあるけど今は遠ざかっていて、でも今日の講演を聴いて、また書いてみたくなりました。そんなことを言ってくれた学生さんたちは、いいこと見つけた!というような明るい顔をしていた。

長い沈黙の後の長い列は、「十人いれば十通り、百人いれば百通りの感想の伝え方」があることを教えてくれた。

大阪に比べると、うなずきも笑い声も控えめで、壇上からは「節伝モード」に見えたのだけど、一人一人の胸の内では、それぞれの形で伝力が蓄伝されていたらしい。

「すみません、うまくまとまらなくて」と恐縮し、一語ずつ噛み締めるように感想を伝えてくれた一年生。

「父の花、咲く春を観たくなったので、リクエストを出します」と言ったもう一人の一年生は、「大学に入ったばかりなんですけど、卒業後の進路を今から決めといたほうがいいんでしょうか」と人生相談もしてくれた。

こうなりたいという未来に向かって進むのもいいけど、無我夢中で走っているうちにやりたいことが見つかることもある。

今なら、何にでもなれる。何だってできる。
やり直す時間も体力も、まだまだある。
若いって、すばらしい。
きらきらと目を輝かせる、わたしより半分ぐらいの年の女の子たちを見て、そう思った。

年を重ねた分だけ、世界は広がり、人生は豊かになるけれど、若さにはかなわない。わたしが彼女ぐらいの年だった頃「君たちはいいね」とまぶしそうに目を細めていた人生の大先輩たちも、こんな気持ちだったのかもしれない。

若い人たちのきらきらを吸収して、心のツヤとハリを持ち続けたい。
そんなことを思うような年になったんだなあと、ちょっとしみじみした。

一般聴講の方ともお話できた。
図書館でチラシを見たという女性は、声をかけたお友達の女性と聴きに来てくれ、熱く感想を語り、二人して握手を求めてくれた。
そのお友達は番組制作と出版に関わるお仕事をされていて、チームで意見を出し合って石ころを宝石にしていく面白さと大変さを日々実感しているので、身につまされて聴いてくださったそう。

20数年音信不通だった友人は、前触れもなく現れ、驚かせてくれた。
連絡先も知らなかったのだけど、向こうはわたしの日記をずっと読んでいて、講演があることを知って駆けつけてくれた。
つながってなかったと思ったら、実はつながっていたことに、びっくりして、うれしかった。
久しぶりだったせいか、舞い上がったせいか、お互い大阪弁じゃなくて標準語で、なんか変だったね、と後で気づいた。

そして、質疑応答で口火を切った質問者は『築城せよ!』の古波津陽監督だったとわかった。

会うのは三度目だけどじっくり話したのは初めて。講演に呼んでくださった国文科の先生方との飲み会にも飛び入り参加し、愛知工業大学の創立50周年事業で『築城せよ!』を作ったときのエピソードを聞かせてくれた。

今井雅子脚本をデビュー前から読んでいるご意見番のアサミちゃんは、いつの間にかいなくなっていて、「知ってる作品ばっかりで懐かしかった」と後からメールがあった。

こうして、また皆さんに石ころを磨いてもらい、来週は大阪の私立金蘭千里中学校にて講演。

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