2013年08月04日(日)  さめない「てっぱん」を囲んで@ファンクラブ一周年オフ会

朝ドラ「てっぱん」ファンクラブ一周年をお祝いするプチオフ会へ。

場所は「てっぱん」ファンの実家のような部室のような浦和美園のお好み焼き屋「咲くLove」さん。1年前の8/1に「てっぱんファンクラブ発足!」が宣言されたのも、この場所。

>>>2012年08月01日(水) 縁と緑の一日

咲くLoveさんが自宅の一角に小さなお好み焼き屋さんを開いた頃、放送されていたのが「てっぱん」。ヒロインあかりの奮闘に自分を重ねて、毎日泣き笑いされたそう。



あちこちのお店を食べ歩いてたどり着いたというお好み焼きの数々をいただきながら、あっという間の1年を振り返り、関係者の近況を噂し、これからのことを話した。

作り手と受け手が同じ地平に立ってドラマのことを語り合う。
その距離感をぐぐっと縮めてくれたのはtwitterやfacebook。
以前なら作り手が視聴者の感想を知るのも、視聴者が作り手に感想を伝えるのも、もどかしいほどフクザツで面倒で、糸をたぐり寄せるのが大変だったけど、今は一足飛び。

今月26(月)夜には後楽園のお好み焼き屋さんで貸し切りオフ会が。「てっぱん」のお好み焼き指導をされた佐竹真綾先生が目の前で焼いてくださる「てっぱんのお好み焼き」を食べられる。こちらも楽しみ。

2012年08月04日(土)  『オズの魔法使い』の3年6組同窓会
2010年08月04日(水)  【たま語】おかえり……ください
2009年08月04日(火)  「役目を終えた」と思えば捨てられる
2008年08月04日(月)  宙返りできなかったことが心残り
2007年08月04日(土)  マタニティオレンジ154 タマーズブートキャンプ
2006年08月04日(金)  プレタポルテ#1『ドアをあけると……』
2002年08月04日(日)  キンダー・フィルム・フェスティバルで『パコダテ人』


2013年08月02日(金)  cdmaOneを覚えていますか

上海で結婚式を挙げた広告代理店時代の元上司から電話。
わたしのスピーチがとても良かったと評判なのだという。
「いやーいい話だった」と何度もお礼を言われた。

そんないい話をしましたっけと恐縮した。



わたしが話したのは、元上司が「cdmaOne(しーでぃーえむえーわん)」と呼ばれていたというエピソード。

彼は、良くも悪くも天才。
頭の回転が速く、自分の頭の中で作品が完成している。
その回転の速さについていけず、取り残される部下も多かった。
わたしもその一人。
そんな彼に、ついたあだ名が「cdmaOne」。
当時お目見えした携帯電話の通信技術。

本家のネーミングの由来は知らないけれど、

CD=クリエイティブディレクター
MA=マルチオーディオ(録音したナレーションと音楽や効果音をミックスして映像と合体させる作業)
ONE=ひとり

ということで、「一人でMAやってるCD」を意味する、まさに元上司に打ってつけな名前だった。

CM制作では、企画にはじまり、撮影、映像の加工、ナレーション録音などを経て、MAは仕上げ段階の作業。
最初はついて来ていた部下が一人減り二人減り、MAのときには一人になっているというリアリティもまた秀逸でどんぴしゃな名前だった。

とにかく「一人で何でもやっちゃって結果も出す人」だった。
元上司は「それ、ほめてるんかいな?」と突っ込みながら苦笑いして聞いていた。

ちなみに、わたしが「cdmaOne」と言ったとき、列席者の誰よりも先に受けたのは司会を務めたケイ・グラント氏だった。

ナレーターとして、元上司が手がけるCMの数々に出演しているケイ氏。
もしかしたら、ナレーション録音の段階ですでに一人ということも多かったのかもしれない。

cdmaOneの上を行くcdnaOne!

そんなcdmaOne話をした後で、わたしが脚本に携わった朝ドラ「てっぱん」の話をした。

「てっぱん」でやろうとしたのは「家族とは?」を描くこと。
もちろん、どんな朝ドラも家族を描いているのだけど、家族ってなんだろうということを26週かけて問い続けた。
何か月もの制作期間と放送を経て、作り手がつかんだ答えは、とてもシンプルなことだった。

家族とは、つくるもの。

一人では作れないし、一緒に住んでいるからといって作れるものでもない。
完璧ではない誰かと誰かが力を合わせて作るもの。

だから、元上司にお願いした。
一人で何でもできる人だけれど、家庭では、どうか一人で全部やろうとしないでください。
自分の力を引き算して、夫人の力を引き出してください、と。

夫人側の中国人の親戚の方々も喜んでくださったというから、通訳さんは、原稿なしの同時通訳で、cdmaOneを見事に訳してくださったのだろう。

2010年08月02日(月)  堺三保さんの実在を確かめる会
2009年08月02日(日)  七大戦演舞も朝ドラ「つばさ」第19週も「太陽がいっぱいだ」
2008年08月02日(土)  葉山の別荘1日目 海水浴と海の幸づくし
2007年08月02日(木)  ブロードウェイ・ミュージカル『ヘアスプレー』
2002年08月02日(金)  「山の上ホテル」サプライズと「実録・福田和子」


2013年07月29日(月)  上海書城の積み木積み本

海外へ行くと、スーパーと本屋さんはのぞくようにしている。
デパートよりもお国柄がうかがえて面白いし、安くて楽しいお土産も見つかる。

今回は、ホテルから田子坊へ歩く途中に見つけたスーパーで、ちびまるこちゃんのティッシュを発見。帰りにも飲み物を求めて立ち寄った。空港の高いチョコレート一箱の値段で、中国語のグリコ製品を数十個買える。



おなかをこわしたたまとホテルの部屋でおとなしくすごし、上海の夜景を見て、朝を迎えて最終日の朝。




ホテルで「近くに本屋はありますか」と聞いて案内されたのは、タクシーで10分ほど(16元 約260円)かかる、その名も「上海書城」。
小さな「町の本屋さん」はあまりないのだろうか。

上海最大規模を誇る上海書城は、ビル丸ごと本屋さん。


平積みならぬアートな「積み木積み」や「らせん積み」の本。
そこかしこに座り込んで、立ち読みならぬ座り読みの人。
幼児教育教材や学習関連本の充実ぶり。
日本語教材はほとんどなくて、ひたすら英語教材。

うれしかったのは、ときめく絵本がたくさんあったこと。
五味太郎や谷川俊太郎の絵本の中国語版も誇らしげに並んでいて、
連れて帰りたい本がたくさんあって、
上海でいちばんたくさん買い物をした。

たまがおなかをこわし、2泊3日の上海で、観光らしきことは、2日目に田子坊で買い物したぐらい。雑技団も観れず、豫園にも行けなかったわたしには、思い出深い「観光地」となった。

2012年07月29日(日)  親子二代でひと目(口)惚れ。川越の「いも恋」
2010年07月29日(木)  遅刻せし理由の欄をにじませて傘持つ少女 と書きぬ
2009年07月29日(水)  24億の瞳、きらり。「瀬戸内国際子ども映画祭」
2008年07月29日(火)  マタニティオレンジ316 はじめての雷、まだ怖くない。
2007年07月29日(日)  マタニティオレンジ152 子守すごろく
2004年07月29日(木)  クリエイティブ進化論 by MTV JAPAN
2002年07月29日(月)  中央線が舞台の不思議な映画『レイズライン』


2013年07月28日(日)  せかいでいちばんたのしいばしょ

上海万博のときに長期滞在していた友人に「上海のどこがおすすめ?」と聞いたら「田子坊がいいよ!」ということだったので、行ってみることにした。

上海動物園の「茶色いパンダ」(日本のようにこまめに洗っていないので、白が濁っているらしい)にも心惹かれたけれど、次回のお楽しみに。

田子坊は、小豆島の「迷路の町」に裏原宿を合体させたような、入り組んだ路地にお店がひしめきあうエリア。

目当てのお店にはたどり着けないけれど、宝探し迷路に迷い込んだと思えば楽しい。行き止まりの袋小路にもいろんな顔があって、のぞいてみないと何が出てくるかわからない。

「きゅうり」「バースデーケーキ」など、めずらしい香りが陳列された「香りの図書館」では、「青りんご」の香水を買い求めた。




お寺っぽい雰囲気の行き止まり。この一角だけ静かな時間が流れていた。



「毎日15分間、自分の呼吸を聞きましょう」のようなことを書いてあるのだろうか。



おみやげ用の中華料理サンプルキーホルダー。これだけ並ぶと圧巻。


わたし一人だったら一日中でも歩き回っただろうけれど、たまは「つかれた」「のどかわいた」を連発。腰を下ろせる場所を求めて、イルバンビーニというイタリアンへ。飲み物だけでもいいですよと快く席に案内してくれ、どっさりとパンがついてきた。


ここの親切な店員さんに今いる場所を教えてもらい、通りがかった郵便局で切手を買い、さらに10分ほど歩いたところで、たまが「トイレ!」と言い出した。


フローズンヨーグルトを食べて、レストランでジュースを飲んで、おなかをこわしてしまったらしい。そのまま夜になっても体調はすぐれず、上海に来たからには上海雑技団を観たかったのだけど、泣く泣くキャンセル。

「おなかのなかがつめたい」
と訴えたので、空いたペットボトルにポットの熱湯を注いで湯たんぽにした。


シュルシュルと音を立てて縮んだボトルが、ちょうどおなかに当てやすいサイズになった。

わたしの膝に頭を預けて、おなかが痛いのをやり過ごすたまに、
「今までいろんなところを旅行したけど、どこがいちばん楽しかった?」と聞いたら、
「せかいじゅうどこでも、ままのおひざがいちばんいい」
と泣かせることを言う。

初めての海外で、言葉も通じなくて、緊張していたのだろう。
おまけに暑くて、蒸し蒸しして、そりゃ体調を崩すに決まってる。

旅に出ると、普段以上に「あれもしたいこれもしたい」となってしまうけれど、子どもが一緒のときは、普段以上にゆとりを持って動かないと、と反省。

おなかの痛みがおさまり、「ぬりえしたい」と言い出したので、久しぶりに原画を描くことにした。


豚の麦わら帽子(ホテル近くの地下鉄駅からホテルへ向かう途中に露天商から買ったもの。65元を50元に値切った)をかぶった、たま。
肉まんを頭にのっけた你好(ニイハオ)ちゃん。
結婚式に出たワンピース姿のたま。
「もっとかいて」と言われるままに。
たまにとっては、雑技団を見に行くよりも楽しい時間だったよう。

2012年07月28日(土)  川越「ラジオぽてと」と「わにのだんす」サイン会
2010年07月28日(水)  夏の収穫!カゴメの野菜ジュース
2008年07月28日(月)  マタニティオレンジ315 わがままが進化した
2007年07月28日(土)  マタニティオレンジ151 特等席で隅田川の花火
2004年07月28日(水)  日本料理 白金 箒庵(そうあん)


2013年07月27日(土)  熱気むんむん上海結婚式

「上海で結婚式やるんだけど来ない?」
と会社時代の上司に誘われ、ちょうど中国語を勉強しているし、娘のたまの夏休み旅行を兼ねて、「行きます」と返事したら、道路が二本交差した角にココと星がついただけのお洒落地図が送られてきた。



ここは上海のどこ?



簡体字のため道の名前を入力することもできず、google mapで上海の地図をスクロールし続けてその二本の道を見つけるのに数時間。
さらに、近くのホテルを予約し、航空券を予約するのに一日がかり。


期限の切れたパスポートと娘の初パスポートの申請やら、旅行保険やら、結婚式に着ていくものの準備やら、7月が飛ぶように過ぎて、あわただしく出発した。



久々の飛行機、久々の海外。そして久々の結婚式。



初めての上海は、とにかく暑かった。

飛行機を降り立った瞬間、むわっという熱くて重たい空気にまとわりつかれた。



会場は、趣のあるクラシカルな洋館。



まずは、アフタヌーンティー。
ガーデンでは着々と、しかし、時間はだいぶ押し気味に、結婚式の準備とリハーサル。


日本から、中国国内から、お祝いに駆けつた人たち。

正装から超普段着まで、落差が激しかった。



庭でシャンパンタワーやケーキカットのセレモニーをしているときに、建物内では親戚と思しき人たちがすでに宴会を始めていた。



この大らかさが大陸流なのかもしれない。







個室に分かれての会食と、ガーデンでのセレモニーを繰り返して、結婚式は進む。
新鮮なことだらけの中国式。

しかも、中国人ウェディングプランナーでさえもビデオを見て研究したという古式ゆかしき伝統にのっとっているとか。



司会は、CMのナレーションで何度も声をお借りしたケイ・グラント氏。

説得力ある低音で日本語と英語を行き来して、声だけでセレモニーがぐぐっと格調高くなるのは、さすが。


中国語の通訳も入り、3か国語での司会進行。

お色直しは3回。

それでも「5回のところを減らした」とのこと。



結婚式はただでさえ特別なものだけど、日本から遠く離れた町の歴史ある建物で、仕事の顔とはまったく違う元上司のデレデレぶりを3か国語で味わうという、非日常感あふれる体験。



たまは新郎新婦を先導するカップルの一人としてお祝いの花びらをふりまく役を務めた。

感想は?

「ちゅうごくごへたくそだねっていわれた」とのこと。

「でも、にほんごは、たまちゃんのほうがうまいもんね」

この先も覚えているかな、初めての国際交流。

赤地に金文字のメッセージブックには「けっこんしておめでとう」と書いていた。





2012年07月27日(金)  故郷の売り込み方を学ぶ「大阪まるかじり」
2010年07月27日(火)  早起きして原稿送ってルプチメックのパン
2009年07月27日(月)  パイプ椅子でのけぞって『カムイ外伝』
2008年07月27日(日)  SKIPシティ国際Dシネマ映画祭9日目 クロージング
2007年07月27日(金)  あの傑作本が傑作映画に『自虐の詩』
2005年07月27日(水)  シナトレ2 頭の中にテープレコーダーを
2004年07月27日(火)  コメディエンヌ前原星良
2002年07月27日(土)  上野アトレ
2000年07月27日(木)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月25日(木)  物語が生まれる胎動@絵本ワークショップ

ひさしぶりに、「今日という日を漢字一文字で表すと?」をやってみたくなった。

「縁あって集まった人たちと、2時間で絵本のストーリーを作る!」に挑戦した、神保町EDITORY×ツブヤ大学×エンブックス「わにのだんす」チームの絵本づくりイベント。
今日を漢字一文字で表すなら、「生」。

ライブの「生」!

「生」き生きしたアイデアと意見が飛び交い、世界に一つだけの物語が「生」まれた。
奇蹟と言ったら大げさだけれど、今宵、神保町EDITORYでは、集まった人たちの化学変化とさまざまな偶然がとてもうまい具合に作用しあっていたと思う。

蓋を開けてみなくちゃわからない、ぶっつけ本番の実験的な試み。果たして時間内に物語がまとまるんだろうかという不安を経て、とにかく楽しんでやるっきゃない開き直り、当日を迎えた。

いざ蓋を開けてみると、これ以上はないというほどの強力で個性的な参加者が集まり、とても刺激的で白熱したアイデア出しが始まった。

お題は、こちら。



「スプーンとフォークが○○するお話」。
どんなスプーンとフォークが何をしたら面白いか、キャラクターとあらすじを同時に考えていく。

首が曲がったままのスプーンとフォークが出会う話。
捨てられたスプーンとフォークが出会い、他の使い捨て食器とも出会って、最後に大きな木を形作る話。
いつもは人に食べさせるスプーンとフォークが「自分たちだって食事したい」と言い出す話。

誰かが何か言うと、すかさず他の誰かが「こうしたら?」とアイデアを転がす。一人では思いつかないような物語が、思いつきのかけあわせで生まれていく。本当に「物語を作りたい」人たちが集まっていたのだ。

司会をしながら、わたしがずっと感じていたのは、「胎動」。

物語が生まれようとする勢いは、迷いを吹き飛ばし、目移りするヒマもなく、ひたすら前へ前へと突き進む。後戻りすることもなく、まわり道することもなく。その胎動の力強さが、いい結果を招いてくれた。足踏みしたり寄り道したりは物語を膨らませるのに必要な時間ではあるけれど、それをじっくりやっていたら、物語はおしまいまでたどり着けなかった。生まれいづる勢いにまかせたことが幸いした。

無数の選択肢の中から直感で選びとった答えを重ねて、物語はラストシーンまで運ばれた。

《仲間とはぐれ、自分が何者であるかもわからなくなったスプーンとフォークが出会い、仲間探しの旅に出かけ、自分たちのアイデンティティである「すくう」と「さす」を見出す冒険物語》。

これにつけるタイトルはどうしよう?
「なんのかたち?」
「ぎざぎざとつるつる」
「スクーとサスー」
「ちいさなだいぼうけん」
どれにするかは、絵をつけてみてから決めさせてもらうことに。

結果的には、2時間という制限時間も、いい刺激になってくれた。
切り捨ててしまったアイデアの中にも光るものがたくさん。あっちの方向に行ってたらどうなってたかな……と妄想するのもまた楽しい。

ワークショップ後も興奮冷めやらぬ人たちから感想をうかがったり、絵本「わにのだんす」を手に取っていただいたりで、会場のEDITORYを出たのは11時過ぎ。

完成した物語にこれから絵をつける島袋千栄さんは先に帰り、わたしとエンブックスの社長で編集長の西川季岐さんと、イベントの企画運営のツブヤ大学の望月大作さんで記念撮影。おでこのてかりが、会場の熱気と手応えを物語っている。


この心のほてりは、ライブならでは。講義も脚本教室も、いつも始まるまではハラハラ。今日は初めての絵本づくりイベントということで、なおさらだったのだけど、終わってみると、は〜やっぱり生はよいわーおもろいわーやめられんわーとなるのだった。

2011年07月25日(月)  ン十年ぶりのラジオ体操
2010年07月25日(日)  捨てられないモノは写真に残して手放す
2008年07月25日(金)  SKIPシティ国際Dシネマ映画祭7日目 審査員ディナー
2007年07月25日(水)  父と娘から生まれた二つの『算法少女』
2005年07月25日(月)  転校青春映画『青空のゆくえ』
2003年07月25日(金)  日本雑誌広告賞
2000年07月25日(火)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月24日(水)  夏に育つ「○まわり」

みんなも考えそうな単語でマスを埋める、言葉ビンゴ。


お題は夏。




あいす、すいか、せみ、なつやすみ……。
夏らしい単語が並ぶ中で、



りまわり?

ひまわりが、なぜか利回りに。



わたしが野村証券のMMFひまわりのコピーを書いていた頃、
「ひまわり」と「りまわり」をかけていたのだけど、たまが知る由はないし……。

「かきごおり」が「かきごうり」になっているたまにとっては、「こうりまわり」も氷まわりで夏単語かも。

2011年07月24日(日)  5年越しの片想い実るTIES(本郷三丁目)のケーキ
2010年07月24日(土)  初めての受賞脚本『昭和七十三年七月三日』執筆メモ
2009年07月24日(金)  映画『引き出しの中のラブレター』とラヴレター募集
2008年07月24日(木)  潜在意識?『7月24日通りのクリスマス』
2007年07月24日(火)  マタニティオレンジ150 自分一人の体じゃない
2000年07月24日(月)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月21日(日)  スイカ割りって何の意味があるの?

育成室(学童保育)のキャンプ2日目。

「男の子と女の子ってこうも違うんだ!」と驚かされることの連続。


女の子はコテージの階段を椅子と机にして仲良くお絵描き。

生意気だけど、リクツが通じて、リクツで言い返して来る。





一方男の子は、そこかしこでケンカ。

虫取り網を取り合って、順番を取り合って、どこからでもケンカが始まる。

リクツが通じないから、こわいお父さんお母さんにガツンと叱られる。



だけど、男の子は女の子以上に甘えたさん。


一年生の男の子がわたしの胸をむぎゅうとつかんだのを目撃した他の男の子たちが「あの人はつかんでいいんだ」と思ったらしく、むぎゅう攻撃に。



さらに、「あいどるみたい」と言い出す男の子までいて、モテ期到来か!と思ったら、「おばあいどる」「ぼろぼろあいどる」と呼ばれ、最後は「ぼろすたー」というあだ名に落ち着いた。



ボロとはいえ、一応はモテてるのか、とちょっとはいい気に。

でも、悪さした男の子に「こら、抱きしめるぞ!」と両手を広げると、みんな逃げていった。



男の子はまだまだ謎だらけ。

もうひとつの驚きは、子どもたちの温度の低さ。



行きのバスで「キャンプでがんばりたいこと」を聞いたら、
「とくにありません」の連発。


あまりにさめているので、力が抜けた。



わたしが小学生のときは、もっとノリが良かった気がするのだけど。


大阪と東京の違いなのか、都会っ子気質なのか、時代の流れなのか。



スイカ割りをやったとき、部屋から出てこない子を誘ったら、
「やらない。意味ないから」という返事。


数十人に棒を振らせるために生スイカではなく紙風船スイカ(をビニール風船の上にテープで貼り付けている)なのだけど、それを割ることの意味を求められても……。



意味のないことに夢中になるのが、楽しいんじゃないのか?



でも、いざやってみると、子どもらしさを発揮。
当たれば大喜び、外れれば悔しがり、外野は大声で指示を飛ばす。
班対抗の種飛ばし大会では、競い合って唇を突き出した。


ほら、楽しかったでしょ。



人生なんて、意味のないことの連続。

だから、かっこつけてないで、楽しんだもん勝ちよ。

2012年07月21日(土)  「やわらかい生活」裁判を考える会
2011年07月21日(木)  被災地で「食」と「職」を作り出す「お好み焼きしんのすけ」
2010年07月21日(水)  39度の熱とうすうすパンツで独り寝
2009年07月21日(火)  一目惚れの恋のその後
2008年07月21日(月)  マタニティオレンジ313 なす術なし!の手足口病
2007年07月21日(土)  体に寄り添う仕事用の椅子
2005年07月21日(木)  日本科学未来館『恋愛物語展』
2004年07月21日(水)  明珠唯在吾方寸(良寛)
2002年07月21日(日)  関西土産
2000年07月21日(金)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月20日(土)  光の道をぬけてキャンプファイアへ

育成室(学童保育)の2泊3日キャンプに親子で初参加。

子どもの頃のキャンプが楽しかった思い出があるので、キャンプ委員に立候補した、わたし。レク係を仰せつかり、1日目の灯籠作りと3日目の石ころアートの担当になった。

灯籠は、昨年までは竹ひごと模造紙で作っていたそうだけど、ネットで見つけた牛乳パックの灯籠を作ることにした。

>>>2013年06月06日(木)  牛乳パックが灯籠に!

牛乳パックなら材料費ゼロ。
用済みのパックにちょっと手をかけると、いい感じの透け具合の灯籠に「化ける」というのも面白い。

牛乳パックがかさばらないように+カッターがすべらないようにということで「底を中心に十字に開いた」状態でパックを回収し、持って行った。また、印刷面を子どもが薄く上手にむけるように「端っこだけ数センチむいて」おいた。残りはそろそろと手でゆっくり引っ張ってはがし、そこにカッターで模様をつけたり、ポスカで絵を描いてもらう。

1年生も集中してカッターをせっせと動かし、思い思いの灯籠を作った。

できあがった灯籠は約50個。
並べて、ティーキャンドルを灯し、キャンプファイアへ続く光の道を作った。
仄かな灯りが集まって、とても幻想的であったかい明るさが浮かび上がった。



牛乳パック灯籠は風にあおられて倒れやすいことは、わが家のベランダでの予行演習で実験済み。キャンドルのまわりに小石を3つ4つ置いて、安定させた。

最後に二枚牛乳パックが余ったので、こんな灯籠を作ってみた。
模造紙よりも厚みがあるので、「しなり」を作れるのも牛乳パック灯籠のいいところ。


キャンプファイアも本格的。
夜空を焦がす勢いの炎。はぜる火の粉。
猛々しくもあり、厳かでもあり。
月明かりと松明しか灯りがなかった頃の遠い記憶が呼び覚まされるよう。


30年ぶりぐらいに踊ったマイムマイムは、体がしっかり覚えていた。
これまでに通算何回ぐらい踊ったものやら。
人一倍踊っている気がするけど、今夜はさらに通算マイム回数が10回ほど加算された。

2012年07月20日(金)  「そこをなんとか」顔合わせ
2010年07月20日(火)  ひねもす原稿を打っていた
2009年07月20日(月)  渋谷はるのおがわプレーパーク5周年
2008年07月20日(日)  映画祭と日常を行き来する通勤審査員
2005年07月20日(水)  立て続けに泣く『砂の器』『フライ,ダディ,フライ』
2002年07月20日(土)  トルコ風結婚式
2000年07月20日(木)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2013年07月14日(日)  遊民谷の旅人から住人へ

「無農薬で米作りから酒造りを楽しむ会」というワークショップで知り合った音楽家の小室ひろさんと仲間たちが群馬の赤城山近くに立ち上げた(そして日々進化中の)「遊民谷」。そこで「アースガーデン」と銘打ってマルシェとコンサートが開かれると聞いて、娘のたまと遊びに行ってきた。

電車を4回乗り継いだ最寄り駅から、さらに車で15分。

ここは日本なのか? 
ここは平成なのか?

そんな俗世間から切り離されたようなピースでアースで「わっしょい」なパラダイス。

最初は「この輪にどう入っていこうか」と面食らったけど、その輪はしなやかで、はじめましてのよそ者を自然に仲間に入れてくれた。

ステージでは途切れることなく歌と踊りが。





ステージの後ろの木は自然のクローゼット。なんだか、とっても幻想的。お話が生まれそう。


きゅうり。ラーメン。紅ほっぺのスムージー。メロンパン。チョコベーグル、カレー……。


日本の人なんだかどこの国の人なんだか謎のオーラを発している人。「なに人?」と聞いたら「遊民谷人」と答えそう。いや「遊民」かな。隣のお店の店番が留守で、かわりにお会計をしてくれた。


ぶら下がってる竹の笛(竹ボラというらしい)を片っ端から吹いてみて、「なったよ!」と声を弾ませる、たま。そこかしこにちりばめられた遊びに、子どもは真っ先に気づいて、まっすぐに飛びついて、じょうずに楽しむ。


子ども同士が打ち解けるのは、あっという間。仲良くなった女の子たちとたまは、木と木の間に渡したハンモックで、ゆらゆら。ブランコごっこした後は、持って行った絵本『わにのだんす』 hを読み聞かせ。色とりどりの旗がはためく遊民谷に、カラフルなわにがよく似合ってた。


ジャングルのスコールみたいな突然の土砂降り。きれいだった。


同じ頃、イベントで使いすぎたのか、トイレの水が流れなくなる事態が。あれだけ降っても、バケツにたまった雨水は、わずか。「もっと雨水を有効に使う方法があれば」「トイレ問題どうしよう」と議論する運営スタッフのみなさん。

「貯水タンクの容量をふやすべきか」
「ダメよ、そしたら原発と同じ。どうやって水を節約できるか考えないと」

エコでアースでピースな遊民谷。
ここは日本。
ここは平成。
でも、いつもの生活とはずいぶん違う空間と時間。

知らない場所のような、でも懐かしいような。

はじめて会う人の練習するアコーディオンに合わせて、たまは歌い、
はじめましての人と寝袋を並べて眠る。

すこしずつ、すこしずつ、旅人から住人へ。

2012年07月14日(土)  次回作はNHKBSプレミアム「そこをなんとか」
2010年07月14日(水)  「いつか公平」つかこうへいさんの祈り
2009年07月14日(火)  「好き!」を見せるとトクをする
2008年07月14日(月)  英国ロイヤル・バレエ団 日本公演2008『眠れる森の美女』
2007年07月14日(土)  マタニティオレンジ146 コンロの火を消した犯人
2002年07月14日(日)  戯曲にしたい「こころ」の話
2000年07月14日(金)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)

<<<前の日記  次の日記>>>