2007年07月25日(水)  父と娘から生まれた二つの『算法少女』

新聞の書評で知った『算法少女』を読んでみたくなったのは、「算額」が物語に登場すると書かれていたからだった。NHK-FMのFMシアターで『夢の波間』という廻船問屋の話を書いたとき、航海の安全を願って絵馬に船の絵を描いて奉納していたという史実を知って取り入れたのだが、数式などの問題を書いた「算額」と呼ばれる絵馬があることも知った。こんな難題が解けましたという報告であると同時に、あなたは解けるかなという挑発でもあり、今でいう雑誌やテレビのクイズ番組のような役割を果たしていたのかもしれないと想像は膨らみ、算額でラジオドラマが一本書けそうだと思った。

読んでみると、算額で投げかけられた問題を解く場面は冒頭だけで、身分の高い男が観音様に奉納した算額の解き間違いを、通りがかった町娘の千葉あきが指摘する。父の桃三に手ほどきを受けているあきは、ただ問題を解くのが楽しくてたまらないだけなのだが、「算法少女」の噂を聞きつけて、藩主の屋敷へ上がって家庭教師にならないかと声がかかったり、それを阻む者が出てきたり。派閥の対立や大人たちの駆け引きは落ち着きがないのだけれど、少女の学ぶことへの情熱とひたむきさは終始まっすぐでぶれがなくて堂々としている。権力も身分もなくたって、学ぶことで何者にもひるまない強さを獲得できる。そのことを証明するあきの姿がすがすがしく、読んでいて爽やかな気持ちになれた。親だったら子どもに、教師だったら生徒に読ませたくなるのがうなずける。

物語の中で、少女あきが父と力を合わせて著した和算書が登場するのだが、その名も『算法少女』。これは安永四年(1775年)に刊行された実在する本で、その史実に作者の遠藤寛子さんが想像で肉付けして生まれたのが小説版『算法少女』なのだった。研究者であったお父さんの机のそばでよく遊んでいた遠藤さんは、『算法少女』という和算書のことを幼い頃にお父さんから聞き、興味を持ったという。小説版『算法少女』もまた学ぶ情熱を持った父と娘から生まれていた。1973年に刊行され、サンケイ児童出版文化賞を受賞
するなど話題を呼んだが、売れ行きが落ちると廃刊になったという。復刊ドットコムに数学関係者らが中心となって働きかけたものの復刊には至らず、諦めかけた矢先に熱心に動いてくれる人があって、ちくま学芸文庫から復刊の運びとなったらしい。復刊までの道のりを綴るあとがきの遠藤さんの言葉もひたむきでまっすぐで自分を信じる強さがあり、作中のあきの姿と重なる。

父といえば、わたしの父イマセンも高校の数学教師だったけれど、「なんでこの問題がわからんのかわからん!」と言う父にとっては、自分の遺伝子を受け継いでいる娘に数学の素質がないことが謎のようで、父娘で数学書や数学小説を著すなどとんでもない話だった。数学教師の父と娘らしい風景で思い出すことといえば、電車の切符に印字された四桁の数字を「+−×÷分数ルート小数点何使ってもええから10にしてみい」という遊びを教えてもらった。「1234」なら「1+2+3+4」、「5678」なら「56/.(7×8)」(数字二つを二桁とみなすのもありだった)。父の発明だと勘違いしていたのだが、先日電車に乗ったら同じ遊びに興じている親子がいて、よそでもやってるのか、今もあるのか、と二度驚いた。

2005年07月25日(月)  転校青春映画『青空のゆくえ』
2003年07月25日(金)  日本雑誌広告賞
2000年07月25日(火)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)

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