2007年11月26日(月) 1126 マタニティオレンジ208 たむけんパーティで宴会場デビュー

友人で民主党衆議院議員のたむけんこと田村けんじがはじめてのパーティを開催。たむけん夫人で友人であるフリーアナウンサーの田村あゆちに声をかけてもらい、会場のANAインターコンチネンタルホテル(旧全日空ホテル)へベビーカーを押して出かける。溜池山王駅から続く長いスロープの先に待ち受けていたのはエスカレーターかと思いきや階段。ベビーカーをかつぐ羽目に。

「衆議院議員田村謙治君と日本の明日を拓く会」というものものしく、それらしい名前のタイトル。少々遅刻となったが、鳩山由紀夫幹事長の乾杯にすべりこみセーフ。ベビーカーを預け、戸口近くで人垣越しにナマ鳩山氏を眺めていると、乾杯が終わるなり飛び出すように会場を後にする人々が戸口へ押し寄せてきた。たまはマンガのようにバタンと押し倒されたが、さすがホテルの床はふかふかのじゅうたん、衝撃をしっかり受け止めたと見えて平気な顔だった。

政治家のパーティなるものに出席するのは、はじめて。皆さん、上等な服を着て、会話も洗練されていて、上流階級の人々といった雰囲気。普段着で子連れで場違いだなあと恐縮しつつ、しっかり食べ物をお皿にとって食べていると、蝶ネクタイのウェイター氏が「お子様にジュースはいかがですか」と声をかけてくれたり、ベビーチェアを運んできてくれたり。ホテルってすばらしい。たむけん夫妻と共通の友人たちとも再会できて、「ひさしぶり!」と近況を報告しあう。子どもがいると会話のきっかけになるし、一人になっても間が持つことを発見。たまは、生まれてはじめてのホテルの宴会場に大興奮。じゅうたんを敷き詰めた広いロビーを芝生感覚で走り回り、金屏風でかくれんぼをし、贅沢な空間は格好の遊び場に。帰るときにはだだをこねるほどだった。

主役のたむけんと夫人のあゆちは、挨拶に追われる合間に話す時間を作ってくれた。夫妻に会うのは、2002年の夏に財務省を辞めたたむけんが選挙に出ることになったとき、キャッチコピーを相談されて以来。「たむら」という苗字と韻を踏んだ「たむらのちから」というフレーズを提案した。現在はほとんど使われていないようだけれど、「あのときはお世話になって」と今でも言ってくれるのはありがたい。もともと気づかいのこまやかな夫妻なのだけれど、たむけんが政治家になり、夫婦そろってますます気配りに磨きがかかった印象を受けた。気疲れもするだろうし、気持ちが休まるひまもないのではと想像するけれど、ひさしぶりに会ったたむけんとあゆちは、数年間の空白を感じさせないほど若々しく、とてもはつらつとして見えた。目をきらきらさせて「これから」を語るたむけんは、使命感と意気込みが爽やかな緊張感となってみなぎり、政治家にはあまり期待していないわたしにも、「この人は何かやってくれそうだぞ」と思わせてくれた。「たむけん、子育てしやすい社会を頼むね」とお願いすると、「日本は、まだまだだよね」とたむけん。おしゃまでかわいい女の子、ももちゃんのパパでもあるたむけん。子どもへの思いやりや父親の視点を政治に取りこんでほしい。

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2006年11月26日(日)  マタニティオレンジ33 百年前の赤ちゃん
2002年11月26日(火)  健康法


2007年11月24日(土)  マタニティオレンジ206 はじめて手をつないで散歩

娘のたまが歩き始めたのは、ちょうど1歳のときだから8月22日。日に日に足取りはしっかりしてきたのだけれど、靴をはくのをいやがり、歩くのはもっぱら室内だった。保育園の先生に「靴をはいてくれないんですよ」と相談したら、「みんながはいているのを見たら、はきたがると思いますから靴を持ってきてください」と言われたのが10月の初旬。言われた通り、散歩の時間に同じクラスのお友達が靴をはくのを見て、たまはすんなり靴をはき、外歩きの一歩を踏み出した。

以来、ダンナ父が子守りをするときに手をつないで散歩するようになり、「今日は小学校まで歩いた」「郵便局まで往復したぞ」と報告を聞いては、「そんなに歩けるようになったのか」と驚いたり感心したりうらやましがったりしていた。休日は天気が悪かったり、いざ出かけようと思う頃には日が暮れて寒くなっていたり、たまが風邪気味だったりで、わたしとダンナがよちよち歩きのたまと出かける機会はなかなかなかった。

ようやく今日、散歩日和のお天気と早起きとたまの体調がうまくそろって、「たまと散歩がてら図書館に寄ってベーグルを買いに行こうよ」となった。わたしとダンナでたまの右手と左手をつないで歩く。わたしもダンナも小柄ではあるけれど、さすがに一歳児をはさめば真ん中はがくんと引っ込んで、Vの字というかUの字というか凹の字というか、「親子」な形になる。これをやってみたかったんだ、と得意げになったけれど、たまは十メートルも進まないうちに立ち止まって動かなくなり、両手を伸ばして「だっこ」のおねだり。ベビーカーを持ってこなかったので。だっこで歩くのはきついのだけれど、下ろしても歩こうとしてくれない。「じいじは郵便局まで歩いたって言ってたけど、ほんとかねえ」「僕たちとは歩いてくれなかったって聞いたら、じいじは勝ち誇るね」などとダンナとぼやきつつ、「重い。だっこ替われ」と押しつけあいながらの長い散歩となった。

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2006年11月24日(金)  マタニティオレンジ32 「手で舐める」ベビーマッサージ
2002年11月24日(日)  TAMA CINEMA FORUM


2007年11月22日(木)  マタニティオレンジ205 たま15/12才ではじめて歌う

7周年目の結婚記念日の今日、娘のたまは15/12才になった。月例(齢)誕生会はしなくなったけれど、たまを孫のように可愛がってくれている京都のメグさんから手作りのアップルタルトとミネストローネスープが届いた。通販で取り寄せたシャンパンで乾杯して、ささやかな家族だけのお祝いをした。

この一か月もたまは毎日「こんなこともできるんだ」と驚かせてくれたし、本人も「こんなことができるのよ」と得意げな顔をするようになった。音楽やわたしの言葉など耳からの情報によく反応する。爪を切るときに「ちゅめちゅめちゅめちゅめちゅめを切る〜」といまいまさこ作詞作曲ソングを歌っているのだが、先日、「たま、そろそろ爪切らないとね」と言って、この歌を歌いながら爪切り鋏を取りに行ったら、たまが両手の指先をつんつんと合わせ、爪を指していた。何気なく歌っている歌でもちゃんと聞いている、覚えている。ituneに取りこんでパソコンから流しているあそび歌へも、一曲ごとに違う反応を見せるようになった。手をたたく歌、腰を振る歌、首を振る歌、足を踏みならす歌……覚束ない動きながらも、たまなりに振り付けを変えているのが微笑ましい。いちばんノリノリになってくれるのは、わたしが作詞したJAソング『長生トマトの歌』で、これがかかると、取りつかれたように激しくツイストし、「イエーイ」の歌詞に合わせてバンザイする。

音楽への反応を体で示すことができるようになり、それがうれしくてうれしくて、手足を動かしている。そんなたまを見ながら、英語のシャワーを浴びていると英語が口をついて出るように、音楽のシャワーも心を潤す雨となっているものなのだろうかと素朴な疑問を抱いていたのだが、昨日、その疑問に答えるような出来事があった。ituneであそび歌を流していたら、あそび歌が終わり、その続きに入っていたオーボエ奏者・渡辺克也さんのアルバム『ニュイ・アムール〜恋の夜』が始まった。それまで曲に合わせて踊っていたたまが、ぴたりと動きを止めた。さすがにクラシックでは踊りづらいよねと思い、もう一度あそび歌をかけようとしたそのとき、「アーアーアアーアー」と曲に合わせてたまが歌い出した。「オー」と掛け声のような反応を示すことはあっても、抑揚をつけて歌うということは初めてだったので驚いたのだが、その節回しは明らかに曲を真似ていて、オーボエの響きにシンクロしていた。メロディが体にしみこんでなければできない芸当である。ヘンデルの『私を泣かせてください』。再生回数は80回と表示されている。たまがおなかにいる間にいちばん多く聴き、産まれるときも聴いていた曲だった。

2006年9月12日 マタニティオレンジА,なかの赤ちゃんは聞いている

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2006年11月22日(水)  何かとめでたい「いい夫婦の日」
2002年11月22日(金)  ザ テレビジョンお正月超特大号


2007年11月17日(土)  出張いまいまさこカフェ6杯目 「脚本で食べていく」

池袋シネマ振興会のフリーペーパーbukuに連載中のエッセイ「出張いまいまさこカフェ」が早いもので6杯目に。3か月に1回の発行なので、最初の掲載から3×5=15か月経ったことになる。今回のタイトルは「脚本で食べていく」。よく聞かれる「ギャラいくら?」についてもお答えしています。

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2006年11月17日(金)  関西映画『メアリ』!?
2005年11月17日(木)  『天使の卵』ロケ見学4日目 電車でGO!
2002年11月17日(日)  学園祭


2007年11月16日(金)  三丘スポーツ史3に『寄り道ブドウ』掲載

ずっしりと重みのある小包が届いて、開けてみると、『三丘スポーツ史3』という箔押しの立派な冊子が現れた。わたしの母校、三国丘高校の運動部を束ねる三丘体育会が発行している記念誌で、体操部出身のわたしにも寄稿の依頼があり、春に原稿を送っていた。巻頭を飾るのは日本サッカー協会会長、川淵三郎氏。7期の卒業生で、41期生のわたしの34年先輩にあたる。チェアマンと同じ冊子に自分の文章が納められるとは、ありがたき幸せ。ちなみに、チェアマンはとても母校愛にあふれた方のようで、母校をサプライズ訪問されることもあるのだとか。

わたしの寄稿文は、職業色を出して脚本風に。「部活は3年間続けなさい」というのが母親の教えで、中学校時代にやっていたソフトボール部がなく(続ける気持ちもなかったけれど)、小学校の頃にかじった器械体操をやることにしたのだけど、大会入賞を狙うような部ではなく、上下関係も厳しくなく、部活の後の甘いものがおいしく感じる程度のほどほどの練習量で、わたしにはちょうどよかった。

寄り道ブドウ
ある昼下がり。東京のとある喫茶店のテーブルにて。
雑誌記者が脚本家の今井雅子を取材している。
記者「出身は大阪で、高校は……(手元の資料を見て)あれ、三国丘って甲子園出たことありますよね」
今井「よくご存知で」 
記者「進学校なのに出場ってけっこう話題になってましたよね」
今井「わたしが入学する少し前なんですよね。わたしの在学中は初戦敗退ばっかりでした。授業さぼって応援に行きましたけど」
記者「ご自身も運動部に?」
今井「はい。器械体操部に。小学生の頃、教室に通ってたので」
記者「文武両道だったわけですね」
今井「両道っていうと、学業も武道もバリバリって感じですけど。入賞を狙って猛練習するような厳しい部じゃなくて、学業が本業なら、武道は寄り道って感じでした」
記者「寄り道武道ですか」
今井「なんか、おいしそうですね。寄り道ブドウって」
記者「お好きなんですか、ブドウ?」
今井「食べることが好きなんです。部活の帰りに駅前で買い食いするのが楽しみでした。アイスとかクレープとか生ジュースとか」
記者「寄り道ブドウの帰り道に、また寄り道ですか」
今井「(笑って)運動の後の甘いものが楽しみで体動かしてた、みたいなとこありますね。OBからの差し入れのカルピスとか、部員全員に行き渡るように薄めるから、とんでもなく薄いんですけど、やたらおいしかったです」
記者「青春ですね」
今井「若さがなきゃ飲めない味です」
記者「他に部活動の思い出は?」
今井「部室があったんですよ。廊下がミシミシ鳴る本館の一階に」
記者「練習場とは別ですよね?」
今井「(笑って)開脚もできない広さです。畳二畳ぐらいの部屋に漫画がびっしり詰まった棚とベンチがあって。授業が休講のときや、たまに休講じゃないときも、よくそこで過ごしました」
記者「授業中も寄り道、ですね」
今井「教室以外に居場所があるって、いいんですよ。隠れ家みたいで。ピアスも部室で開けましたね」
記者「え? ご自分で?」
今井「開けあったんです。耳鼻科だと三千円取られるけど、ホチキスみたいなキットだと千円ちょっとだからって。耳たぶを冷やすと麻酔代わりになるって聞いて、三国屋っていう校門前にある食堂でコカコーラの紙コップに氷だけ入れてもらって」
記者「よく覚えてますね。(手元の資料を見て)卒業が平成元年だから、二十年近く前のことですよね?」
今井「もうそんなになりますか。二十年かあ。三国屋も店を閉めちゃって、本館も老朽化で建て替えちゃったんですよね」
記者「体操部は今もあるんですか?」
今井「え? なくなったとは聞いてないですけど。ありますよね、きっと」
記者「当時の仲間とは今も連絡を?」
今井「はい、何人かとは」
記者「二十年物の友情ですね」
今井「部活をやっていると、交友関係も教室の中だけじゃなくて広がるんですよね。先輩後輩とか、大学生や社会人になったOBとか。他の高校の友だちもできたんですよ。合同練習会や大会で知り合って」
記者「体操部の大会ってどんな感じなんですか」
今井「オリンピックなんかでやってるのと競技は同じです。技のレベルがうんと低いですが。大会の前日に、会場の設営をするんです。床運動のマットは木に布を貼った畳大のボードを何十枚も組んで作るんですけど、巨大パズルを組み立てるみたいで大仕事でした」
記者「そのマットの上でくるくる回ってたわけですか」
今井「宙返りってことですか? わたしはバック転止まりでした。自分で選曲して振り付けするんですけど、緊張して頭マッシロになると、振り付けが吹っ飛んでしまうんです。そういうときは、適当にくるくる回ってましたが」
記者「体操部での経験が、その後の人生で役に立ったりしていますか」
今井「わたしは広告会社のコピーライターを経て、脚本家になったんですけど、広告を作るにしろ映画を作るにしろ、どの大学を出たかよりも、人生でどんな経験をしてきたかが物を言うので、学業以外に打ち込むものを持てたことは、いい栄養になっていると思います」
記者「実りの多い寄り道だったわけですね」
今井「三年かけて熟した、おいしいブドウでした」
記者「こういうインタビュー記事をでっち上げるのも朝飯前というわけですね」
今井「そうですね。教室でも多くのことを学びましたけど、視野を広げたり、頭をやわらかくしたりしてくれたのは、体育館や部室で過ごした時間なのかな、と思います」
記者「運動部に限らず、寄り道はすべし、ですね」
今井「文化祭や体育祭にもとても気合が入る高校だったんですが、そういう偏差値に直接関係ないところに時間や労力を費やせることが、人間を豊かにしてくれる気がします。時間は作るもの、というやりくりの発想を持って、今の在学生たちにもたくさん寄り道を楽しんで欲しいですね」


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2006年11月16日(木)  映画『フラガール』に拍手
2005年11月16日(水)  『天使の卵』ロケ見学3日目 ミラクル


2007年11月15日(木)  マタニティオレンジ204 最近の目覚ましい成長

ぐんぐんと世界を覚える子どもの吸収力は、しばしばスポンジにたとえられる。ぎゅっとしぼった直後のスポンジがぐんと水を吸い込み、水を吸いきったスポンジがそれ以上水を受け付けないのに似て、「子どもスポンジ」の吸水力も変動する。

この一週間、娘のたまのスポンジはかつてない量の「あたらしいこと」を吸い込んだ。

●手と手を合わせて、タッチ。「タッチ」と呼びかけると、「タ!」と応じて、やってくれる。一人だけでは飽き足らず、その場にいる全員とタッチする。全員にまんべんなく同じことをやりたいと思うのは子どもらしさなのか、はんぺん一枚をその場にいる全員にちぎって分けてくれたりもする。
●片足だけでリズムを取りながら、脇を締める動きを組み合わせる複雑なダンス。保育園で習ったのかと思ったら、そのような振り付けは教えていないとのこと。別な動きをたまなりに解釈した我流振り付けらしい。
●大人の動きをよく見て、真似をする。ダンナ母がたまを背負いながら化粧水をパシャパシャしているのを見て、自分もほっぺたをたたくようになった。「化粧水パシャ」と言ったり、化粧水のボトルを見せたりすると、うれしそうにやってくれる。
●ベビーサインを自分からやるようになった。右手をぎゅっぎゅっと搾る仕草で「おっぱい」。右手を口の前にやって食べる真似をしたら「おなかがすいた」(「あむあむする?」と聞くと、おなかがすいているときは、この仕草で応じる)。椅子に乗りたいときは、ベビーチェアの座面をたたいて、「のんの」と言う。ベビーサインは体系的なものではなく我流の身振り手振りだけれど、通じる単語がふえると、コミュニケーションがずいぶん楽に、そして楽しくなるのは外国語と同じ。
●動物に興味を持つようになり、違いがわかるようになってきた。鳥は、ばさばさと羽ばたく動き。うさぎは、頭の上に上げた両手を耳に見立ててぺこぺこ。テレビで鳥やうさぎが登場すると、やってくれる。犬は言葉で「わんわん」。
●はじめてトイレを教えてくれて、びっくり。小児科で順番待ちしているときのこと、トイレの前まで行ってドアを指差し、続いて自分のおむつを指差した。布おむつは外れるのが早いと聞いていたけれど、これほどとは、と驚いたが、この一回きり。

この調子で進化が続くと、「天才児!」となるのだけれど、何かを覚えると何かを忘れるようにできていて、「三歩進んで二歩下がる」のようなことを繰り返しながら少しずつ成長の階段を上っている様子。「足ふみならし×脇しめ」ダンスはたった一晩の命で、その夜は壊れたレコードプレーヤーのように繰り返していたのに、今はもう見られない。そんなことがあるから、子どもは目が離せない。

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2005年11月15日(火)  『天使の卵』ロケ見学2日目 旅人気分
2004年11月15日(月)  「トロフィーワイフ」と「破れ鍋に綴じ蓋」
2002年11月15日(金)  ストレス食べたる!


2007年11月14日(水)  マタニティオレンジ203 サロン井戸端「お金で買えないもの」

保育園の先生と父兄がざっくばらんに語り合う「サロン井戸端」に参加する。お迎え前の一時間ほど、年長組の小さな椅子をまるく並べたホールに集まったのは、園長先生と保育士さん3人とお母さん4人。今回のテーマは「お金で買えないもの」。わたしをはじめお母さんたちは「子どもの健康や成長」だと語り、保育士さんたちは「仕事のやりがい」だと語り、子どもたちがかけがえのない存在であることを双方向から確認。

「子どもとその親から学べるすばらしい仕事」「子どもにも支えられ、同僚同士も助けあえ、人と人とのつながりを強く感じられる」「自分が必要とされている、誰かの足りない部分を自分が補えることに喜びを感じる」と目を輝かせて語る保育士さんたち。それを受けて、「ここで働けることが幸せと言える人たちのいる保育園に預けられるって幸せだなあ」とお母さんの意見。園長先生は「家族とのいい関係があってこそ安心して仕事に打ち込める」とおっしゃったが、子どもを託して働くわが身に置き換えて、「保育園とのいい関係があってこそ」だとつくづく思った。

「お金で買えないもの」について一人ずつ話していくうちに、いつの間にかテーマが「わたしが幸せを感じるとき」に変わっていて、「幸せに値段はつけられないよねえ」と妙に納得。わが娘との時間がいつも以上に愛おしく思えて、井戸端が終わると娘の待つ教室へ飛んで行き、しみじみとあったかい気持ちで家路についた。

サロン井戸端は園長先生が旗ふり役になり、保育士さんたちが賛同して今年始まり、数か月に一回のペースで続けられている。先日は「祖父母の会」という企画があり、おじいちゃんおばあちゃんが園児と交流した後、先生たちと懇親会を持った。公立の小さな保育園だけど、毎月のように何かしら行事があり、よくやってくださるなあと頭が下がる。先生たちがイライラしている姿を一度も見たことがないことにも感心している。


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2006年11月14日(火)  マタニティオレンジ29 読書の秋
2005年11月14日(月)  『天使の卵』ロケ見学1日目 なつかしの京都
2004年11月14日(日)  『バニッシング・ポイント』@ルテアトル銀座


2007年11月13日(火)  Suicaで木村家のパンは買えません

忙しいは心を亡くすと書くが、わたしは頭の中にトコロテン器を思い浮かべる。新しいアレコレを詰めると、古いアレコレが押し出される。わたしのカバンがまさにその状態で、保育園の送り迎えも打ち合わせも買い物もこれひとつなので、入れ替えのたびに何かが抜け落ちる。保育園へはオムツを忘れ、シーツを忘れ、エプロンを忘れ、連絡帳を忘れ、オムツはあってもカバーを忘れたり、シーツはあっても乾かし不足(確認忘れ)だったり。「お母さん、忙しいんですよね」と保育士さんに労われると、「心を亡くしてますね」と見透かされているようでドキッとする。

打ち合わせに使う原稿を間違える失敗も立て続けにあった。カバンに入れっぱなしになっているプリントアウトを見て、「入ってる」と安心して出かけたら、ひとつ前の原稿だったり別な企画の原稿だったり。「大丈夫です。内容は頭に入ってます」と言い訳(ペンを忘れたときは「心のペンでメモします」と言いつつお借りすることになる)しても、「こいつ、やる気あんのか」と疑われるのは必至で信用第一のフリーランスにとっては死活問題。プリントアウトの中身まで確認することを肝に銘じるようになった。

今日の打ち合わせは、原稿も間違えず、ペンも忘れず、ばっちりだったのだが、帰りに腰を落ち着けて資料を読もうと思い、カフェを探して銀座界隈をうろついていたら、パン屋の「木村家」が目に留まった。店内でさんざん試食した後に明日の朝食用にシンプルパンなる素朴で味わい深そうなパンを3種類(ホウレンソウ、くるみ、オリーブ)注文。ショーケースから取り出して袋に詰めてもらい、お会計となったところでカバンを探ると、財布がない! 今朝、娘を小児科に連れていくときに出して戻すのを忘れたのだが、カバンのポケットに突っこんだままのSuicaでスイスイ来てしまったので、財布の出番がなく、気づくのが遅れた。Suicaを忘れて切符を買うことはしょっちゅうだけど、Suicaで木村家のパンは買えなかった。でも、気づいたのがカフェでお茶を飲んだ後じゃなかったのは、不幸中の幸い。

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2006年11月13日(月)  マタニティオレンジ28 バリアフリーを考える
2003年11月13日(木)  SKAT.2@Wired Cafe


2007年11月12日(月)  寝耳に水

土曜日の深夜のこと。夢の中で玄関のチャイムが鳴っていると思ったら現実だった。間隔を置かない鳴らし方からして、呼び主は怒っている様子。時計を見たら一時半。ろくな呼び出しではあるまい、と身構えてインターホンを取ったら、相手は真下の部屋の住人だと名乗った。咄嗟に「洗濯機か」と思った。布おむつの在庫が底をつき、こんな深夜にとためらいつつもナイトモードで乾燥機をかけていた。その音がうるさい、何時だと思っているんだ、という苦情だと察したのだが、「天井から水が漏ってるんですけどー」と言われ、ガードしていないところを殴られたような衝撃とともに眠気が吹っ飛んだ。

騒音ではなく水漏れの苦情ではあったが、考えられる原因は洗濯機しかなく、そのことを告げるとともにスイッチを切り、「でも、こちらではちゃんと排水はできているんですが」と言い訳しつつ平謝りし、「漏っているのはどの部屋ですか」「そちらの間取りはどうなっていますか」などと質問しているうちに相手の言葉もやわらかくなってきた。上から水が漏っているものの、原因は二つの階の間部分にあるらしいということが見えてきて、寝ぼけた階上の住人を責める気持ちが半減したためと思われる。「マンションの掲示板に確か管理会社の連絡先あったと思うんですが」と告げると、「連絡してみます」と相手は告げ、過去最長のインターホン通話は打ち切られた。

いつもなら起きている時間なのだけど、娘を寝かしつけているうちに眠ってしまい、いちばん眠りの深いところから引きずり出された形となった。乾燥途中の生乾きの洗濯物を取り出しているうちに、こんな非常事態にも目を覚まさなかったダンナに怒りの矛先は向けられた。娘が泣いていても起きないたくましい鈍感力にあきれつつも諦めた矢先ではあるけれど、一人で矢面に立たされオロオロさせられたのが馬鹿らしくなり、ダンナを無理やり起こして、「今、とんでもないことが起こり、わたし一人で対処したのだ!」と訴えた。ダンナは十分ほど一緒にオロオロしてくれたが、「起きてても解決しない」と言ってまた寝てしまった。

管理会社の対応は早く、早速日曜日に電話があり、月曜に業者が来て点検を行うが、原因がはっきりするまでは洗濯機を使わないでほしい旨が伝えられた。そして、今朝、管理会社のスーツ男性と点検・修理を請け負う作業着男性が二人で現れ、わが家と階下とその間(天井裏)を行き来して原因究明にあたった。「今朝も漏れたらしいんですよ」と言われるが、わが家は洗濯機の使用を控えており、今朝は浴室も使っておらず、「確かに乾いていますね。おかしいな」と作業着男性は首をかしげた。そして約一時間後、わが家の洗濯機でも浴室でもなく、階下の浴室の換気扇から天井を伝った水が漏れていることが判明。「夜中に起こしてしまって、と恐縮されていました」とスーツ男性に伝言されたが、天井から水が漏れれば上の階を疑うのは自然なこと。点検ついでにぐらぐらだったシャワーヘッドホルダーをシリコンで固めてもらえたのもラッキーだった。「迅速に対応していただき助かりました」と笑顔でねぎらいながら、日記のタイトルは「寝耳に水」で決まりだな、と思った。

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2006年11月12日(日)  マタニティオレンジ27 川の字 朝の字
2004年11月12日(金)  何かと泣ける映画『いま、会いにゆきます』
2002年11月12日(火)  棗
2000年11月12日(日)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2007年11月11日(日)  マタニティオレンジ202 子育て戦力外の鈍感力

休日ぐらいはダンナの子育て戦力をあてにしたいところだが、休みの日こそゴロゴロしていたいダンナは、一歳児のたまよりもよく寝る。整骨院に行く間の30分だけ見ててと言い置いて家を出たら、帰宅したとき、ビエ〜ンと泣く娘の傍らで、高いびきをかいていた。二時間後に目を覚ましたダンナに「あれだけ泣いてるそばで、よく寝れるよね。死んでるかと思った」と恨み言を述べたら、「ひょっとして、パパが死んじゃったと思って、泣いてたんじゃない?」と切り返された。子育て戦力は頼りないが、鈍感力は堂々たるもの。怒る気も失せ、吹き出してしまった。目を離している間にケガをしたわけじゃないし、「ま、いっか。笑わせてもらったし」とこちらも鈍感力で応じた。

いま、『求めない』(加島祥造)という詩集が売れているという。書評などから察すると、「求めることをやめると、気持ちが楽になり、幸せになれる」という内容らしい。期待するとそこからの引き算になるのでソンした気分になるが、期待しないとゼロから積み上げるのでトクした気分を味わえる。これ、自分の子育てにあてはめると、説得力がある。ダンナに子育て戦力として期待すると、「おむつを替えてくれない」「子どもが起きているのに寝てる」などと不満たらたらになってしまうが、「いないよりはまし」ぐらいに思っておくと、イライラも半減する。

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2006年11月11日(土)  ウーマンリブvol.10『ウーマンリブ先生』
2003年11月11日(火)  空耳タイトル
2002年11月11日(月)  月刊デ・ビュー


2007年11月10日(土)  「神憑り」な女優・内田淳子さん

友人でCMプロデューサーの山下さんから「東京で本格的に仕事することになった関西の女優さんと会うんですが」と声をかけていただき、新宿御苑のミュンヘ。山下さんから女優の内田淳子さんと所属事務所ユマニテのマネージャー・玉井さんを紹介される。山下さんは十年ほど前に舞台で内田さんを観て雷に打たれ、以降、足しげく舞台を見ては「お仕事しませんか」と声をかけてきたのだけど、まだ成立はしていないという。それだけ長い知り合いでありながら、一緒に食事をするのは初めてということで、「こんな貴重な場に居合わせちゃっていいんですか」と恐縮。石川県出身で大学は京都だったという内田さん。わたしの学生時代の下宿のすぐ近くに住んでいたことがわかり、食べ物屋の話で盛り上がる。玉井さんのお姉さんが前田哲監督と親しいこともわかり、共通の話題が接着剤になって、あっという間に打ち解けてしまった。

舞台の内田さんは素顔とはがらりと変わり、「神憑り」になるのだという。「今井さんも一度観たらびっくりしますよー」と山下さん。知る人ぞ知るすごい女優さんなのだった。舞台版『紙屋や悦子の青春』のヒロインも務めていたそうで、「出産前に見た最後の映画があれだったんですよ。元祖・紙屋悦子は内田さんだったんですかー」と興奮。ぜひとも生のお芝居を観てみたくなる。12月12日(水)〜16日(日)、こまばアゴラ劇場にて上演される壁ノ花団の第三回公演『悪霊』で「だだっ広いジャガイモ畑に生えている女」の役をやるのだそう。

二次会は、以前山下さんに連れてもらったことのある新宿三丁目のburaへ。ここは映画関係者がよく集まる店とのこと。「『子ぎつねへレン』の」と山下さんが紹介してくれると、プロデューサーの名前がすぐに挙がり、「ときどき見えますよ」とのこと。三人の共通の知り合いであるキャスティングの山内さんも合流し、内田さんのマネージャーの玉井さんがうちの娘のたまに似ているという話、内田さんが京都でのアルバイトで知り合った嘘のような本当のお嬢様の話、など時間を忘れて話しこむ。夜飲みに出かける機会が年に数えるほどになると、ここぞとばかり楽しもうという気持ちになり、ありがたみがある。


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2004年11月10日(水)  トレランス二人芝居『嘘と真実』
2002年11月10日(日)  黒川芽以フォトブック


2007年11月09日(金)  島袋千栄展『メリーさんの好きなもの』


啓蒙ビデオ『冷凍食品のふしぎ』のお仕事でご一緒した島袋千栄さんの個展へ。今回は島袋さんのキャラクターのひとつ、「メリーさん」という女の子が主人公。目が離れていて鼻ぺちゃなファニーフェイスのメリーさんは、わが娘たまに雰囲気がそっくり。いつも以上に親しみを覚えて見せていただく。




カラーの絵と添えられた言葉がセットになった展示をひとめぐりすると、メリーさんが大好きなお菓子「ボッコ」を求めて小さな冒険に出かける物語が完成。絵だけでなく文章もほんわかとあたたかく、いつも「絵本出さないんですか」と聞いてしまう。「そんなそんな」と島袋さんは謙遜するのだけれど、ハートをつかまれるのはわたしだけじゃないと思う。


物語にひたっていたら、頭の中が架空のお菓子ボッコでいっぱいに。そしたら、「食べてみますか」と島袋さん。もともとお友達の荒井華子さんの創作菓子(ボッコも荒井さんが命名)から話をふくらませたそう。白いラム酒味と黒いシナモン味の二種類をいただく。素朴でやさしい味わいが口いっぱいに広がって、物語の一部を食べたような気持ちになった。

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2006年11月09日(木)  マタニティオレンジ26 六本木ヒルズはベビー天国
2005年11月09日(水)  『ブレーン・ストーミング・ティーン』がテレビドラマに
2003年11月09日(日)  小選挙区制いかがなものか
2002年11月09日(土)  大阪弁


2007年11月06日(火)  整骨院のウキちゃん1 伝説の女編

近所にオープンした整骨院に8月から通っている。気持ちがよくて、体調がよくなるほかに、楽しみなのが、おしゃべり。院長(三十代男)と天然ボケの助手のウキちゃん(二十代女)のかけあいは漫才のようで、つい噴き出してしまう。そこにわたしや他の患者さん(カーテンに隔てられて顔は見えない)も加わって、長屋の立ち話のようになる。

日頃から「頭のテープレコーダー」を回し、ネタの仕入れに余念がないわたしにとって、助手のウキちゃんの際立ったキャラは、ネタの宝庫。その面白さを一言で言い表わすと、「意表を突かれる」ところにある。実生活で出会ったことがなく、ドラマや映画でもお目にかかったことがなく、頭を捻っても産まれそうになく、飛び出すネタは予測不可能。そんな天然記念物級キャラを徒歩五分で拝めるとは、ありがたい。

拝むといえば、ウキちゃんには「鎌倉で拝まれた伝説」がある。待ち合わせで立っていたら、大仏を見に来たおばあさんが手を合わせたのだという。事実ではなく誰かが始めた作り話らしいが、「聞いた人が皆、真に受けてしまう」うちに伝説となってしまった。整骨院の二軒隣にあるインドカレー屋のインド人も、ウキちゃんを見ると「ナマステ」と手を合わせる。これは院長が目撃した、とまことしやかに語られている。

大仏に間違われるほどスケールが大きなウキちゃん、体は縦にも横にも大きく、迫力では院長を優にしのぎ、ときどき「院長です」と勝手に名乗る。院長が「何かあったら連絡してよ」と言い置いて留守にしても、「何かあっても絶対連絡しねーし」と言い返し、「あたしも人生考えちゃいますよー。院長についてきちゃっていいのかなーとか」と患者に愚痴ったり、言いたい放題。でも、上には上がいて、院長とウキちゃんが働いていた前の整骨院でウキちゃんに「最低!」呼ばわりされたニキちゃん(男)は、「やったね。最低ってことはこれ以上悪くならないってことだね。あとは上がる一方だよ」と喜んだとか。整骨院の笑いのレベルはけっこう高いのかもしれない。

顔のパーツも大きく、「ロシア出身」の噂もあるウキちゃん。院長は「オホーツク海を渡って水揚げされたんですよ」と真顔で言う。「水揚げされたときからは、だいぶ日本語もうまくなったんですけど」。とはいえ、ウキちゃんの言葉づかいは独特。とくに接続詞の使い方が怪しい。「部屋探してんですよねー。ドームのそばは高いし。ないしは、院長と住むか」。「ないしはって何だよ!」と家庭を持っている院長が突っ込む。巨人ファンで東京ドームが好きなウキちゃん。ドームを見ると、「わたしってまだまだ小さいなあ」と思うのだそうだ。ドームを見下ろせる部屋に住むのが夢らしい。

やることなすことでっかいウキちゃん。整骨院のすぐ近くにあるお肉屋さんの牛タタキがおいしいですよ、と教えてあげたときのこと。
「軽く表面を凍らせて、薄〜く切って食べるのがおすすめです」とおすすめしたら、
「ここ、包丁置いてないんで、まるかぶりですね」と豪快。
また、パソコンがうまくつなげなくて、コールセンターに電話したときのこと。「マックですか、ウィンドウズですか」と聞かれて「ノート型です」と答え、相手を絶句させた。勘違いや思いこみのスケールも、半端じゃない。
整骨院の自動ドアを「オートドア」と誰かが言ったとき、「ウォーター=水」と知った瞬間のヘレン・ケラーのように「オートって自動って意味っすかー!」と感動に打ちふるえ、「じゃあオートバイって何だと思ってたの?」と院長に突っ込まれると、「商品名」と答えた。居合わせた女子高生に「常識」と言われ、「お前、何でも知ってんな」とウキちゃんはいたく感心したとか。その会話、ライブで聞きたかった。

日々、伝説を生産中のウキちゃん。自分たちだけで笑っているのはもったいないので、「ブログ書いたら」とすすめている。「今日の猫村さん」ならぬ「今日のウキちゃん」の四コマ漫画も人気が出そう。それを一話一分ぐらいの超ショートムービーにして……。プロデューサー様方、いかがでしょう。

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2003年11月06日(木)  よかったよ、ガキンチョ★ROCK


2007年11月05日(月)  捨て台詞

ここ数か月、9キロ前後で横ばいを続けていた娘のたまの体重が、先月保育園で測定した9.1キロからひと月で9.6キロにふえた。ひさしぶりに体重貯金をしようと郵便局へ行ったら、ATMは故障中。窓口に並ぶと、わたしの前で「この近くにATMはないんですか」と70歳代ぐらいのご婦人が訴えていた。窓口で送金するよりATMからのほうが手数料が安いのだが、最寄りのATMまでは歩くとちょっと距離がある。かといって、本来払わなくていい割高な手数料を払うのは納得がいかない。そんな状況だと察した。「困ったわねえ。どうしましょう」「申し訳ありません」と押し問答がしばらくあったが、結局、ご婦人は窓口での送金をあきらめたようで、窓口を離れた。

後ろに並んでいたわたしとすれ違う時、耳に飛び込んできた一言が強烈だった。「この役立たず」。それまでの困り果てたやりとりからは品のようなものも感じられたのだが、あれは同情を買うための演技だったのか。捨て台詞に本性見たり、と怖くなった。窓口のお姉さんにも聞こえていたはずで、ご婦人が出て行った後、お姉さんの反撃の台詞が聞けるかと耳を済ませたが、この手の罵倒には慣れているのか、仕事モードだからか、何もなかったかのように「いらっしゃいませ」と次の客であるわたしを出迎えた。

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2005年11月05日(土)  開東閣にて「踊る披露宴」
2004年11月05日(金)  『催眠リスニング』1か月



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