2009年03月18日(水)  「いかにもがさつな感じの水」という詩

「コップちょうだい」とダンナが手を伸ばしてきたので、ささっと洗ったコップを手渡すと、「水が残ってる!」と騒がれた。わたしがきちんと水を切っていなかったせいだけど、そこまで目くじら立てなくても……と思うわたし。だが、ダンナは「いかにもがさつな感じの水が残っている」とのたまい、「今のって詩みたい」と付け足したので、のけぞった。

「いかにもがさつな感じの水」が詩なのか? この人にとっての詩の基準って、詩のイメージって、どうなっているんだろう。レストランで海老が出たと言い、「海老がどうなってたの?」と調理法を聞いたら、「死んでた」と答えるような人である。「ごはん、どうしよう」と聞くと、「簡単でいいよ」「僕が作る」「外で食べよう」「カレーを食べたい」といった想定内の回答をなぎ倒して、「食べる」と即答されたのにも絶句した。「食べる」「食べない」の二択ではなく、その先を聞きたかったのだけど……。ある意味非凡な言語感覚の持ち主なのかもしれないが、詩人とは違う気がする。

「詩っていうんだったら、『君がこれまでに流した涙ぐらいの水』ぐらいのことを言えないのか」と反論すると、「君は、涙は流さない。汗なら流すけど」と言い返された。ムッとなったけど、さんずい偏の感じが4つ並んだこっちのほうがまだ詩らしさがある。でも、妻の涙を汗と並べる感性は、やっぱり詩人じゃない。

2008年03月18日(火)  『スパイダーマン』のプロデューサーの言葉
2007年03月18日(日)  DVD6作品目の『天使の卵』
2006年03月18日(土)  ヘレンウオッチャー【公開初日編】
2005年03月18日(金)  あなたのペンが「愛・地球博」にそびえます。
2004年03月18日(木)  アドフェスト1日目
2002年03月18日(月)  『風の絨毯』高山ロケ3日目 高山観光


2009年03月17日(火)  「つばさ」ドラマ・ガイドと宣伝はがき

朝ドラ「つばさ」のガイドブック(「NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 つばさ」が正式名称?)と宣伝用のはがきが刷り上がり、打ち合わせのときにいただく。映画の場合はチラシやグッズが公開前に作られるけれど、テレビでこういう盛り上がり方をするものは初めての体験で、ワクワクする。

ドラマガイドはインタビュー、ロケ日記、10週までのあらすじ、観光案内などなど盛りだくさんな内容。カラー写真もふんだんに使われていて、読み応え、見応え十分。もう少ししたら書店に並ぶ予定。白を活かしたすっきりしたデザインが店頭に映えそう。

はがきはスタッフ名が14段にわたって印刷されたバージョンがあり(数えてないけど、百人は超えてる感じ)、その中から「脚本協力/今井雅子」の名前を見つけて、このドラマのスタッフの一人なんだなあとあらためてしみじみとうれしくなった。観るものだった朝ドラに参加できたことは、ほんとに幸運だと思う。「幸運だった」と過去形にならないのは、放送が始まっても制作は続くから。スタッフもドラマの中身もノリノリな「つばさ」だけど、世間の評判が聞こえてこないときに作るのと、聞こえてきてから作るのは、また変わってくるんだろなと思う。

放送開始まであと13日!

2008年03月17日(月)  マタニティオレンジ254 仕事友 ママ友
2007年03月17日(土)  『散歩の達人』大塚 駒込 巣鴨
2006年03月17日(金)  弘前劇場公演2006『職員室の午後』
2002年03月17日(日)  『風の絨毯』高山ロケ2日目 イラン式撮影現場


2009年03月16日(月)  子ども靴もネットで

娘のたまの新しい靴が必要になった。これまでは、お祝いとおさがりで間に合わせ、普段履きの靴を買ったのは、麻布十番の商店街の靴屋で見かけて買ったカレーパンマン靴の一足だけ。その辺の店に売っているだろうと軽く考え、先週末に子守をしてくれたダンナ父に「お散歩がてら、いい靴があったら」と買い物をお願いした。ところが、土日をかけて探し回ったものの、デパートでは高級過ぎ、下町の店では靴下しかなく、そのうち「キティちゃん!」とたまが主張し始めたが、スーパーの靴売り場にはアンパンマンしかなく、手ぶらで終わってしまった。

これでは子ども靴が見つかる前に大人の靴がすり減ってしまう。どこでキティちゃんの靴を買えるのかをネットで調べようとして、「そうか、ネットで靴を買えばいいんだ」と思い至った。試着したほうがいいのだろうけど、これまでだっていただいた靴ばかり履いてきたのだ。ヤフオクで「子ども靴」を検索すると、これでもかの品揃え。「14cm」に絞り込んだ中から「新品」で即決価格が手頃なものを探してみると、わたし好みのオレンジと水玉の組み合わせを発見。一目惚れした瞬間、キティちゃんのことを忘れ、即決価格で落札する。送料(390円)とカード決済手数料(105円)を足しても市販価格よりおトク。出品者の「お子ちゃま倶楽部」さんは個人ではなくオークションストア。北海道から発送された商品が数日後に届き、箱を開けてみると、画像で見た以上にかわいい色合い。たまとのお見合いも成功し、早速家の中で履いて、キティちゃんのキの字も出さずにうれしがって歩き回っている。

身につけるものをネットで買うといえば、返品OKの通販サイトで目に留まったものをまとめて買い、とっかえひっかえ試着した上で気に入ったもの以外を返品するという達人ワザもあるらしい。今のわたしが何よりも欲しいものは時間で、店まで出向かずに買い物ができるのはありがたいのだけれど、人と会わないでモノを手に入れる便利さに慣れてしまうと、店員さんとのやりとりが億劫になりそうな気がする。面と向かって言うストレスを避けてメールで済ませるように、自分も世の中もどんどん対面指数の低い方向へ流されていくのではないか、とふと不安になる。

2008年03月16日(日)  マタニティオレンジ253 はじめて叱られて、すねる
2007年03月16日(金)  幻の魚・たかべとダンナ母語録
2005年03月16日(水)  春はお茶が飲みたくなる季節
2003年03月16日(日)  Q.生まれ変わったら何になりたい?
2002年03月16日(土)  『風の絨毯』高山ロケ1日目


2009年03月15日(日)  大麦工房のダクワーズ

わが家に届いた危険物、それは栃木の大麦工房のダクワーズ。以前購入したことから定期的に商品案内が届くのだけど、「非売品のいちごのダクワーズ」プレゼント企画に飛びつき、ひさしぶりに購入した。外はさくさく中はふわふわの皮でアーモンドクリームをはさんだダックワーズ(小さい「ツ」が入るほうがおいしそう)は好物で、あちこちのお店のものを食べたけれど、大麦工房のものが圧倒的においしい、と食べてみてあらためて思う。ブランド名にもある「大麦」の粉の香ばしさと甘さが何とも言えない。最近オーブンを新調したそうで、言われてみれば確かにいちだんとおいしく焼き上がっている気がする。4個入りの一袋が525円。税抜き125円で買える最高の幸せだと思う。

わたしに似て甘いものに目がない娘のたまに与えるのは危険だと思いつつ、喜ぶ顔も見てみたくて、ひとつあげてみると、「こんれ、おんいしいね〜」と目を見張って頬張り、瞬く間に平らげ、「もっとばべる〜」。ひとつだけよと諭すと泣き出したので、もうひとつを半分こする。泣くほどおいしいというのは、すごいこと。

プレゼントのいちごのダクワーズは、アーモンドクリームの代わりにいちごクリームがサンドされたもの。2歳児にはこちらのほうが好みのよう。「いちごダクダク」とあだ名をつけ、「いちごダクダクまたばべようね」とせがんでくる。プレゼントキャンペーンは4月末までで、3500円以上のお買い上げで一袋ついてくる。大麦工房のサイトで買うと5%引きで、はじめての人には試食セットも。大麦のチョコレートやゴーフレットやラスクもおいしい。サイトや商品案内からは、お菓子作りにかける情熱や大麦が育つ健康な大地を守ろうという企業姿勢が伝わってきて、それも応援したくなる理由。

2008年03月15日(土)  前田組「豚のPちゃん」に会いに行く
2007年03月15日(木)  マタニティオレンジ94 0歳児は病気との戦い 
2005年03月15日(火)  チラシ大好き
2002年03月15日(金)  月刊公募ガイド


2009年03月14日(土)  はずむ春!保育園のお祝い会

娘のたまが通う保育園のお祝い会に参加する。進級祝いと3歳児クラスの卒園祝いを兼ねた発表会で、入園2年目のたまは2回目。半年がかりの改修工事が終わってすっかり新しくなった園舎のお祝いも兼ねて、うれしいこと尽くしのお祝い会となった。

1歳児クラスの出し物は「ホットケーキできたかな」。園児は3グループに分かれて登場。バスの車掌さんになるグループ。マイクを手に歌うグループ。ホットケーキの材料を買いに行くグループ。最後は全員でホットケーキを食べる。歌うグループのたまは、「おおがたバスにのってます。きっぷをじゅんにわたしてね〜」の歌を一人で披露。観客を前に緊張したのか声はか細く消え入りそうで、ついには歌の途中で消えてしまったけれど、昨年は終始指をくわえていたのに比べれば目を見張る進歩(でも,家に帰って「うまくいかなかった。しっぱいした」と反省していた。上がり症だけど負けず嫌いらしい)。布のホットケーキを食べる仕草に個性が現れて、本物のように上手に食べる子もいれば、持っているだけの子もいる。たまが受け取った瞬間に投げたのには驚いた。すぐに拾ったけれど、「本物じゃなきゃイヤ」という食い意地が見えた気がした。

お祝い会の出し物を見ると、「たまがうちでやっていたあれは、これだったのか」と謎が解ける場面がいくつかあり、意味不明の歌の全貌が見えたり、ダンスの出どころがわかったりした。「キュッキュー(=ショップ99)でこむみこ(=小麦粉)買うの」と最近しきりに言っていたのは、ホットケーキの粉を買い物する場面があったからだった。

来賓を代表して近所の小学校の校長先生から祝辞。これが見事で、大人も子どもも虜にするスピーチのお手本のようだった。「おじさん、食いしんぼだからね、あれ、ぜんぶ食べたかったな」などと演目に登場したものを引き合いに出しながら全部のクラスを褒め、最後に「来年からは小学校でも英語をやります。そこで、今日はひとつだけ英語を教えます」とSPRINGを紹介。「春という意味の他に、ジャンプするという意味があります」と飛び上がってみせた。

2008年03月14日(金)  MCR第27回本公演『シナトラと猫』
2007年03月14日(水)  マタニティオレンジ93 マタニティビクスの恩師・菊地先生
2002年03月14日(木)  『風の絨毯』記者発表


2009年03月13日(金)  「過去を脚色するクセ」は職業病?

昨日観た『チェンジリング』の「子どものために戦う母親」からの連想で、わたしが小学生の頃に母が関わっていた運動のことを思い出した。当時、大阪の堺市の大半の小学校にはプールがなかった。その建設の陳情のために市役所を訪ねたりビラを配ったり署名を集めたりする活動に母は関わっていた。わたしは小学校中学年から高学年だっただろうか。チラシのなかに、ため池で溺れた子どものことが載っていたのをよく覚えている。小学校にプールがあり、水泳の授業で泳げるようになっていたら、溺死の悲劇は避けられたのではないかとビラは訴えていて、それを読んでわたしは「なぜプールが必要なのか」を納得した記憶がある。

わたしの中では、ため池に落ちた子どもを喪った母親が「悲劇を繰り返さないために」と立ち上がり、運動が広がった、というストーリーができていた。そのことを昨夜母に電話して確かめたところ、「ため池の話? なんやそれ?」という反応で、母の記憶からは抜け落ちていた。プールの必要性を説くために引用された事故なのではと母は推察し、「臨海が埋め立てられ、それまでプール代わりだった海で泳げなくなり、学校にプールが必要になった」ことが運動の始まりだったと教えてくれた。記憶を脚色してしまうのは脚本家の職業病なのかもしれない。

これは母には電話で話さなかったけれど、運動に関わっていた母をわたしはかっこいいと思っていた。母が一度だけ、「いろいろ言う人おるけどな、お母さんはこれが正しいと思ってるねん」と唐突に語ったことがあった。たぶん、誰かに何かを言われた直後だったのだろう。わたしが卒業して何年か経って、わが小学校にもプールが作られた。

きっかけが何であれ、何かを変えるための運動にはエネルギーが要る。昨日の『チェンジリング』からもアメリカの大統領選からも感じたのは、チェンジの起爆剤となるエネルギーを個人が発揮する光景が日本からは急速に失われているということ。その理由のひとつに「あきらめムード」があるような気がする。やっても何も変わらないから最初からやめておこうという気分が省エネにつながっている。わたしもその一人で、「関心を寄せる」という最小限のエネルギー消費さえ惜しんで政治や社会の混迷を眺めていたりする。忙しい、余裕がない、面倒くさい……言い訳はいろいろ思いつくけれど、自分がやらなくてはという気持ちが希薄なのだ。だから、使命感と信念を持って壁に立ち向かう人を見ると、眩しさと頼もしさを感じる。『チェンジリング』を近くで見ていた観客の女性が連れの女性に「泣き寝入りした人も大勢いたでしょうに」と話しているのを聞いて、「立ち上がるの反対語は泣き寝入りする」で、その中間に「傍観する」があるのではと思った。

2008年03月13日(木)  マタニティオレンジ252 「自由になる時間」はプライスレス
2007年03月13日(火)  マタニティオレンジ92 ダンナのおむつ替え確率
2006年03月13日(月)  ヘレンウォッチャー【ヘレンパン編】
2005年03月13日(日)  宮崎美保子さんの四角い指輪


2009年03月12日(木)  「卵」の母が「壁」に挑む映画『チェンジリング』

日比谷の日劇で『チェンジリング』を観る。冒頭の「A TRUE STORY(真実の物語)」がなかったら、ここまで救いのない話にしなくても、と脚本を責めたくなるところだけど、1928年のロサンゼルスで実際に起きた事件が原作になっている。行方不明になった子どもとは別な子どもが警察の手によって母親の元に帰され、「この子はわたしの子じゃない!」と本当のことを主張した母親が警察の手によって押さえ込まれていく。彼女の子どもを誘拐し、手をかけたらしい犯人が見つかると、今度は警察が追い込まれるのだが、母親は警察と殺人鬼の二つを相手に真実を求める戦いを続ける。相手が警察であろうと殺人鬼であろうと、母の願いはただひとつ、息子を返して欲しいということ。その強さが彼女を突き動かし続け、「彼女は生涯息子を探し続けた」という内容のテロップで映画の幕は閉じられる。

本来は最も大きな敵になるはずの犯人よりも警察との戦いの激しさ、厳しさに圧倒される。口封じのために精神病院へ送り込むという暴力は、息子を奪われた母親にさらなる追い討ちをかける。息子の存在を殺したと思われる犯人の罪と、息子を信じる母の気持ちを殺そうとする警察の罪。その二つの罪の重さを前に、「尊厳」について考えさせられた。たとえ肉体を傷つけなくても、尊厳を奪うことは殺人になるのではないかと。

それでも、アンジェリーナ・ジョリー演じる母は、子どもを信じることをやめず、その希望を杖にして、何度も何度も絶望から立ち上がり、わが子を取り戻す戦いを続ける。「卵と壁」、村上春樹さんのエルサレム賞受賞講演に登場した例えが彼女の姿に重なった。警察、マスコミという権力を前に無力な卵が体当たりする、そんな勝ち目のない孤独な戦いに挑み続ける母の強さは、子宮から産まれるのだろうか。産まれるまでの9か月を一体になって過ごした子と母は、へその緒を切り離されても、見えないへその緒でつながっているのかもしれない。わたしの頭の中には横田早紀江さんの顔が浮かんでは消え、死刑囚となった息子の無実を訴え続けて無罪を勝ち取ることに一生を捧げた斎藤ヒデさんの訃報記事や、民家に米軍機が墜落した事故で全身を焼かれた土志田和枝さんが、すでに亡くなった息子たちの無事を信じて治療に耐えた悲しい事実が思い浮かんだ。

一観客としての好奇心と職業的な興味から、映画を観終わった後、劇場を後にする人たちが口にする感想につい耳を傾けてしまう。最近の映画、とくに邦画は口当たりと消化のよいものがふえているけれど、苦くて飲み込みにくくて胸焼けを起こさせるこの作品は、後味の悪さや消化不良を残す。それを解消する薬を自分の言葉に求めるかのように、いつになく観客が饒舌になっていたのが印象的だった。

2008年03月12日(水)  豚とクローバーとオレンジのトイレットペーパー
2007年03月12日(月)  マタニティオレンジ91 歴史は繰り返す
2005年03月12日(土)  しみじみ映画『きみに読む物語』
2004年03月12日(金)  『ジェニファ』マスコミ試写開始
2002年03月12日(火)  FOODEX


2009年03月11日(水)  辞書のご近所さん

「チェンジリング」を英和辞典で調べたついでに、新明解国語辞典を引いた。「チェンジリング」は載っていなかったけれど、ひさしぶりに開いた国語辞典を眺めていると、新たな発見があって、しばらく遊んでしまった。子どもの頃、辞書である単語を引いて、説明に出ている同義語をさらに引き、一人連想ゲームのようなことを楽しんでいたけれど、今回の遊びは「ご近所さんごっこ」。並び合う単語を見て、「これの隣にこれが?」という驚きは、有名人の交友関係を聞いて、「あの人とあの人が親しいんだ?」と反応するのに似ている。こちらが予想もしないツーショットや予想を裏切る距離感が面白い。

「きふじん(貴婦人)」と「ギブス」。「ギプス」という音には上品な響きがある印象を持っていたけれど、この並びを見ると、ますますそう思う。
「おなみだ(御涙)」と「おなら」。体の上のほうから出るものと下のほうから出るものが仲良く並んでいる。
「くつずれ(靴擦れ)」と「くっせつ(屈折)」。靴擦れしたときのやりきれない気分が、単語二つから浮かび上がる。
「かなしむ(悲しむ)」と「かなた(彼方)」。この二つが並ぶと、美しい詩のようだ。
「わがはい(我が輩)」と「わかはげ(若禿げ)」。「我が輩は若禿げである」氏の顔が浮かぶ。

並べてみると確かに似ている「かなづち」と「カナッペ」、「ハイヒール」と「ハイビスカス」、「マーガリン」と「マーガレット」。取り合わせの妙がそのまま小説のタイトルに使えそうな「オニオン」と「おにがしま(鬼が島)」、「じいん(寺院)」と「ジーンズ」、「マングローブ」と「まんげきょう(万華鏡)」。この二語の間に他の単語が入り込まないのが意外で面白い。

「ちかう(誓う)」と「ちがう(違う)」、「おとり(囮)」と「おどり(踊り)」、「かくらん(撹乱)」と「がくらん(学ラン)」、「しいたけ(椎茸)」と「しいたげる(虐げる)」などは「濁点ひとつや一文字で別物になるんだな」という発見がある。「おとひめ」と「おとめ」は、一文字減らしてもイメージのギャップはあまりない。

「つばさ」のお隣は「つばぜりあい(鍔迫り合い)」。3月30日から始まる朝ドラ「つばさ」は第一週から繰り広げられる親子の鍔迫り合いもひとつの見どころだが、この二つが辞書で隣り合わせていたとは。そこで「ドラマ」を引いてみると、「トラホーム(=慢性で伝染性の結膜炎)」と「ドラマー」に挟まれ、3つ前には「トラブル」がある。病気や災難にはできればお近づきになりたくない。「映画」の前後は「詠歌」と「栄華」、3つ前には「永遠」、4つ後には「栄冠」と想定の範囲内の耳障りのいい単語が並ぶ。わが職業の「脚本」はというと、「客分(=客として待遇されること)」「客坊」「脚本」「客間」「客待ち」という並び。「客分」の前には「逆風」が、「客待ち」の後には「逆戻り」があり、浮き沈みの激しい商売をご近所さんが暗示しているようで、考えさせられた。

【お知らせ】『ぼくとママの黄色い自転車』は8/22公開

3年ぶりの映画の公開日は、奇しくも娘のたまの3歳の誕生日。この偶然は幸運の兆し? 公式サイトbokumama.jpでは特報(予告)映像も見られます。

2008年03月11日(火)  マタニティオレンジ251 一日一万アッハ(aH)
2007年03月11日(日)  『のど自慢』チャンピオン大会
2005年03月11日(金)  絶対王様公演『やわらかい脚立』
2004年03月11日(木)  岩村匠さんと再会
2002年03月11日(月)  漫画『軍鶏』


2009年03月10日(火)  『チェンジリング』取り違え事件

わたしが仕事で忙しく、娘のたまをダンナの実家に預けた先週末のこと。ご近所仲間のT氏にダンナがメールで遊びの誘いを持ちかけると、あいにく都合がつかないという返信に「一人で『チェンジリング』でしょう」と孤独な週末の過ごし方の提案があった。

チェンジリングという言葉にダンナはピンと来なかったが、「カギカッコがついているから映画のタイトルだろう」と思い、「参考にします」と返信した後で、わたしに「これ、どういう意味?」と携帯電話のメール画面を見せた。「『チェンジング』っていう映画があるけど、それと間違えているのかも」とわたしが言ったのをそのままT氏あてに送ると、「『チェンジング』ではなく『チェンジリング』です!」と怒りと呆れが混じった返信があった。

「子どもの取り違えの話なので、妻はタイトルを取り違えてしまったようです」と言い訳したが、クリント・イーストウッド監督作品を愛してやまないT氏にとって、名前を取り違えるなどケシカランのであった。「それよりT氏の『チェンジリング』(change ring)を見たいものです」と催促してオチをつけようとしたら、T氏は沈黙し、やりとりはそれっきりになった。わたしが知らなかった『チェンジリング』とは、子どもを取り違える言い伝えの言葉らしく、綴りはchangeling。Changeringではなかった。手元のライトハウス英和辞典を引くと、「取り替え子《さらった子の代わりに妖精たちが残すと信じられていた醜い子》、赤ん坊のときにこっそり取り替えられた子」とある。changelingという単語の真ん中にangelが隠れているのが神隠しの呪文めいている。

T氏への言い訳を重ねることになるが、取り違えられたわが子を取り戻すためにアンジェリーナ・ジョリー演じる母親が戦うというこの作品、実はとても注目していて、『チェンジング』という誤ったタイトルのまま「観たい作品ランキング」の上位に位置づけていた。といっても、わたしの場合、観たい観たいと言っているうちに公開が終わってしまうことが多いのだけど、「タイトルは間違っていたけど、関心は本物」を証明するためにも、近日中に観に行こうと思っている。

2008年03月10日(月)  マタニティオレンジ250 No rain,No rainbows.
2007年03月10日(土)  マタニティオレンジ90 存在することがプレゼント
2005年03月10日(木)  おうちでDVDレンタル『TSUTAYA DISCAS』
2002年03月10日(日)  循環


2009年03月09日(月)  自分の子でも知らないことだらけ

棚にある本やらDVDやらを取り出してはおもちゃにしている娘のたまが、一枚のCDを見つけ、「これ、たまちゃんがうまれたひ?」と聞いた。それは、まさにたまが助産院で産声を上げたときにかけていたオーボエ奏者渡辺克也さんのアルバム『ニュイ・アムール』(>>>2006年9月12日 マタニティオレンジ おなかの赤ちゃんは聞いている)。ituneで取り込んでMacで再生し、「たまが生まれたときの曲よ」とは教えていたけれど、たまが生まれてからCDをかけたことはない。なのに、なぜ、曲とジャケットが一致したのだろうかと謎が膨らむ。わたしの記憶から抜け落ちただけで、ジャケットを示して教えたことがあったのだろうか。子どもには動物的な勘があるのかもしれない。たとえば、「今日は仕事が遅くなりそうだから、スポット(=単発)で延長保育をお願いしようか」という考えがよぎったのを見透かすように、「きょう、シュポット」などと聞いてくる。

保育園やダンナの両親に見てもらう時間が長いということは、わたしの知らない娘がふえるということ。いつの間にか仕入れた言葉や知識を披露され、驚かされることの連続だ。今朝、保育園へ送ると、自分の引き出しからシャツを取り出し、「こうやってたたむの」と畳み方を実演してくれた。まず、袖を内側に折り曲げ、下半分を上半分に重ね、最後に縦半分に畳む。「お布団も上手に畳むんですよ。おうちでお母さんがやってるのを見ているからなんですね」と保育士さんに言われて、あわてた。うちでは取りこんだ洗濯物が山積みのまま放置されている。

「たまが突然、服を畳み始めたんですけど、おかあさんが教えてくれたんですか?」とダンナ母に電話で問い合わせると、「教えたわけじゃないんだけど、私がやってるのを見て、たまちゃんもって一緒にやってたわ」。子どもはちゃんと見てるのねえ、と二人でしみじみと感心した。「そういえば、『たまちゃん、おとなになったらワインのむ』って言ってたわよ。お宅で教えたの?」とダンナ母。ここ数か月、うちでワインを飲む機会はなかったから、それは保育園のお友だちに教わったのだろうか。わたしの行き届かないところで、娘はしっかりと生きる知恵を身につけている。

2008年03月09日(日)  マタニティオレンジ249 「野菜バイバイ」にバイバイ作戦
2007年03月09日(金)  マタニティオレンジ89 4月から0歳児保育
2006年03月09日(木)  ヘレンウォッチャー【松竹本社編】
2002年03月09日(土)  映画『カンダハール』

<<<前の日記  次の日記>>>