2009年11月02日(月)  年に一度の一日保育士さん

今日は保育園の年に一度の保育参加の日。「参観」ではなく「参加」なのは、実際に保育士さんたちに混じって保育に参加するから。去年は近所のお散歩につきあった(>>>日記)が、今年は曇り空のため、園で過ごすことに。

いつも通り登園し、いつもは別れを惜しむところを今日は留まるので、娘のたまは大喜び。週末をべったり一緒に過ごした後の月曜日はとくに甘えたがる。

まずは、物置を改造した秘密の遊び部屋へ。二畳ほどの小部屋に小さなすべり台とマットが置かれている。すべり台はジャンプ台と化し、子どもたちは登っては飛び降りる。すべり台の下の柵の中は格好のかくれんぼ場。

続いて、部屋の押し入れからロディちゃん(わたし好みのカラフルな動物の乗り物。耳につかまってまたがり、ジャンプする)やコンビカーを取り出し、廊下を滑走。「かして」「どうぞ」と譲りあったり、ときには取り合ったり。

たまが「だっこ」とせがむと、他の子たちも「だっこ」と集まってくる。かわるがわるだっこしたり、手をつないで「くるくるまわれ」ごっこをしたり。以前は他の子が寄ってくると「ママをとらないで!」オーラを発していたたまは、わたしが他の子をだっこしても待てるようになっていた。成長、成長。

たまと一緒にエビカニクス(父がピースボートに乗ったときに毎朝踊っているグループがあり、CDを買ってきていたエビとカニをテーマにした体遊びダンス)を踊っていると、担任の保育士さんが「みんなでダンスしよっか」とCDコンポを持って来た。「だんだんだんごむし、だんだんだんごむし」の歌がかかると、子どもたちがハーメルンの笛吹き状態で催眠術にかかったようにくねくねと踊り出す。

ダンスの後は、一人一人名前を呼ばれて、廊下をギャロップ。

わたしが寝転がったたまの足首をつかんで廊下を引っ張ると、他の子たちも集まって来て、かわるがわる背中で廊下を拭き掃除。

教室の中に入ると、こちらはおままごと大会。男の子もエプロンをつけてお母さんになりきっている。

「じゃあお外で遊びましょう」と保育士さんの呼びかけで、子どもたちは帽子をかぶり、ベランダで靴を履いて、すべり台で庭へ下りる。ずいぶん遊んだなあと時計を見たら、まだ一時間しか経っていない。年に一度、半日限りのわたしはイベント気分だけど、保育士さんは、これを一日中、しかも一年中やるんだなあと恐れ入った。

庭では三輪車で走り回ったり、落ち葉の焼き芋屋さんごっこをしたり。たまは得意の缶ぽっくりを黙々と。飽きると砂場遊びを始めるが、これも一人の世界に入り込むスタイル。昨日根津で食べたたいやきが気に入ったと見えて、たいやき型でせっせと砂たいやきを作る。お友だちが「たいやきくださいな」と買いに来ると、渋々売ってあげていた。

庭での濃密なひとときは、時間にすれば30分。ようやくお昼ごはんとなる。

子どもたちは3つのテーブルに分かれ、テーブルに各自のマークのシールが貼られているところを見ると、決まった席で毎日食べている様子。食事前に「たべられないもの ×(バツ) × たべるもの ○(マル) ○ ピコピコピコピコテレパシー」という歌を歌いながら保育士さんがクイズを出す。指輪は「×」。ピーマンは「○」。おばけは「×」……。一問ごとに「あたった、はずれた」と一喜一憂する子どもたち。「おれ、○っていったよ」と正解を自慢する男の子、「こたえ いうの わすれちゃったー」と残念がる女の子。ちょっとした食育ゲーム。

食事は大人の介助なしに子どもたちで。3歳児同士、食事の会話というものが成り立っているのが面白い。わかめを鼻の下に貼り付けて「ひげ」をやる子を真似して、次々と「ひげ〜」。それを見て、「なにやってるのー」とまわりのテーブルの子たちが笑う。

たまは食事が終わるとわたしが帰ってしまうのを察して、「ねえ ママ おしごといっちゃうの?」と心配そう。それを聞きつけた同じテーブルの男の子が、「ねえねえ たまちゃんママ〜。ないしょのはなし」と言うので耳を近づけると、「おひるごはんおわったら、おしごといっちゃうの?」と聞いてきた。「うん、そうだよ。たまちゃんにはナイショね」と言ったのに、「たまちゃんママ、おしごといっちゃうってさ」と言って、たまの反応を試す。3歳児といえども油断ならない。

食べるペースが落ちてきたので、たまのスプーンを手に取り、「だ〜れのおくちにいこうかな?」と食べさせると、「わたしも」「ぼくも」とうれしそうに大きな口を開ける。みんなかわいい、面白い。いつもは送り迎えのときに顔を見るだけのクラスメートの子どもたちに、いっそう親しみを感じる。

わたしが去るとき、たまは大声でわんわん泣いた。

いったん帰って、午後は担任の保育士さんと面談。「言葉で気持ちを表現できるようになり母子ともにストレスが減った」こと、お弁当を喜んでくれたこと、執念深さゆえに記憶力が良いこと、食べることと読むことが好きなら人生楽しく生きていけると考えていることなどを話す。園での様子をうかがおうと思っていたのに、気づいたらわたしばかりしゃべってしまった。普段子どものことを話す相手がダンナぐらいなので、聞いてもらえて調子に乗ってしまった。

「たまちゃんは、遊びが独創的。だから、まわりの子たちが放っとかないのよ」と保育士さん。わが道を行くユニークな子であるらしい。

2008年11月02日(日)  秋刀魚と電車目当てに銚子へ 1日目
2006年11月02日(木)  ハートの鍛え方
2005年11月02日(水)  ウーマンリブVol.9『七人の恋人』
2003年11月02日(日)  ロンドン映画祭にも風じゅーの風!
2002年11月02日(土)  幼なじみ同窓会


2009年11月01日(日)  「おべんとう もっていこうよ」で初めてのお弁当

娘のたまはわたしに似たのか、思い立ったことはやり遂げないと気が済まない。一昨日の夜「ぎゅにゅう かう」と言い出したので、「明日ね」と適当に逃げたら、昨日の朝から「ぎゅうにゅう」と言い続け、忘れたかと思いきや夜になってまた言い出し、約24時間遅れで宿願を果たすことになった。

今朝は起きたときから「どうぶつえんで モロレールのる」(モノレールと言えない)と言っていたが、これも昨日の夜に約束したこと。「どうぶつえん いこうよ。おべんとう もってさ」と言うので、お弁当をこしらえることになった。

どうやら最近保育園でお弁当ごっこがはやっているらしい。こどものともの絵本「おべんとう」もお気に入りだ。冷蔵庫にあるものをかき集めて、ひじきふりかけおにぎり、ほうれん草の玉子焼き、ウィンナー、ブロッコリーを用意した。「子どもの言葉は魔法だねえ」とダンナが驚く。

まったく大したことのない中身なのに、上野動物園でお弁当を広げると、たまは大はしゃぎ。焼き足りなかったのか、うまく足が開かなかった「直立不動たこウィンナー」に「わあい、たこだ!」と大喜びしてくれるのは泣かせるが、「ママー、すごいねー。はじめての おべんとうだねー」とまわりのテーブルに響きわたる大声で言われたのには、まいった。お弁当ぐらい作ったこと……と記憶をたどると、なかった。

動物園で決まって見るのは、キリンとゾウとホッキョクグマ。ホッキョクグマが水に飛び込む瞬間を見たくて、しばらく張りついていたけれど、一向にその気配なし。「なんだか遠く見てるねえ」「せつない目してる」「故郷を思い出しているのかなあ」などとまわりから囁く声がする。佇まいだけで憂いを漂わせるのは大したものだ。とても飛び込む気力は残ってなさそうだなと柵の前を離れた途端、ドボンという派手な水音とともに一斉に歓声が上がり、やられた!

再来園用のチケットをもらって一旦外に出て、ミニ遊園地へ。乗り物はどれもお子様サイズで、料金は大人も子どもも一回100円。動物園のモノレールが大人160円、子ども80円だから、遊園地のほうが乗り甲斐がある。でも結局、動物園に戻ってモノレールに乗り、昨日から一日越しの念願を果たした。

2008年11月01日(土)  「恋愛地理学」の朴教授
2005年11月01日(火)  シナトレ4 言葉遊びで頭の体操
2002年11月01日(金)  異種格闘技
2000年11月01日(水)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2009年10月31日(土)  初めての短編小説「クリスマスの贈りもの」

今朝未明、2か月ぶりのメルマガ「いまいまさこカフェ通信」を発行。日付が変わったからと一日足したつもりで発行日を11月1日と記載してしまったが、まだ10月だった。

「今井雅子初の短編小説がユニバーサル・スタジオ・ジャパンのクリスマスサイトに登場」が今号のメインニュース。

「いまいまさこ」の名前で書いた小説『ブレーン・ストーミング・ティーン』を熱心に応援し、「ぜひまた小説を書いて欲しい」と言い続けてくれていた友人N君が実現させた企画で、話が来たのは8月。『ブレスト』は広告業界での実体験を元に膨らませたものだけど、親子の絆をテーマに何本も書けるかどうか……本業は小説家じゃなくて脚本家だし、名前のある作家さんに頼んだほうがいいのではと返事したところ、「まだ色がついていない人に書いて欲しいのです」ともうひと押しされた。

「ためしにまず一編書いてみます」と返事して、最初に書いたのが「てのひらの雪だるま」。あ、書けそうだと手応えを感じて、立て続けに4本書き、「重い話が多い」と指摘されると、ちょっと軽めの話も書き、気がつくと、「4、5本」の依頼だったのに、10本の短編が出来上がっていた。

書いている間は、ほんとに楽しくて、母国語(大阪弁)で台詞を書けるのは、サイズがぴったり合った靴で走らせてもらっているみたいに気分が良かった。自分が子どもの頃からたくさんのプレゼントを受け取って来たことを思い出して、幸せな気持ちにもなれた。大学の卒業式にはクリスマスツリーに仮装したほどクリスマスはわたしのいちばん好きな日で、今でも毎年楽しみだけど、そう思えることも贈りものだと思う。

何より、N君の熱意が何年か越しで形になったことが、わたしにとって、記念すべきクリスマスプレゼントになった。

10本の中から絞り込み、書き直しを重ねた4本が、昨日オープンしたUSJのクリスマス特設サイト「Limited Christmas(リミテッド・クリスマス)」に登場。


「サンタさんにお願い」
「てのひらの雪だるま」
「パパの宝もの」
「壊れたビデオカメラ」

連作短編を束ねるタイトルは「クリスマスの贈りもの」にしようと最初から決めていた。読んでくださった方にとって、プレゼントになるような物語を届けられますように。願わくば、そのプレゼントが、次の誰かへ手渡されていきますように。

http://www.usj.co.jp/limited/にアクセス(音楽が流れますので音量にご注意)し、フラッシュムービーが終わると、下のほうにバーが出てきて、

「クリスマスの贈りもの」をクリックすると、短編小説4編の表紙へ。

また、小説ページの表紙左下に出ている「ワンダーピックスでの記念写真をプレゼント」の応募フォームの中に小説の感想を書き込む欄があるので、プレゼントに応募しつつ感想を書き込んでいただけると、それがわたしへの何よりの贈りものです。

★2010/1/17追記:USJ特設サイト終了(2010/1/6)にともない、縦書き文庫に引っ越して再公開。

2008年10月31日(金)  『ぼくとママの黄色い自転車』初号試写
2006年10月31日(火)  マタニティオレンジ24 体重貯金
2005年10月31日(月)  もしも、もう一度子育てができるなら。
2004年10月31日(日)  ご近所の会@タンタローバ
2002年10月31日(木)  青年実業家


2009年10月30日(金)  手作り名人のカレーとスイーツとバッグ

ウェディングケーキを作ってもらったのが縁で親しくしているパティシエのはちみつ・亜紀子ちゃんと久しぶりに会う。お菓子教室で自由研究中の亜紀ちゃんをお昼時に訪ねると、「雅子ちゃんといえばカレーよねえ」と用意してくれたのは、キーマカレー。お菓子作りの材料にもなるスパイスの分野へも活躍の場を広げている亜紀ちゃん、カレーのスパイス使いもお見事で、おかわりが進む。

食べるものはそろっていそうだからと黄色とオレンジの花を持って行ったら、サフランライスの黄色とテーブルクロスのハロウィーンかぼちゃによく似合った。初対面から意気投合した亜紀ちゃんとは、一年ぶりに会っても、昨日も会ってたみたいに話せる。好きなものや考えていることの距離が近いのかもしれない。

食後のデザートは、苺のパルフェ。亜紀ちゃんのお菓子教室の11月のメニューなのだそう。冷凍庫でアイスクリーム状になるまで固める途中段階をいただく。ゼラチンが入っているのか、ババロアのようなぷるぷるした食感。なめらかな舌触りとコクはクリームチーズ。

さらに、こちらも11月のメニューのスイートポテト。おいも度が高くて、ほくほく、わたし好み。「でも、いも勝負だと芸がないでしょ。カスタード入れたらどうかなあ」と研究熱心な亜紀ちゃん。一緒に外で食べても、これは何が入っているのか、何を足して何を引けばどんな味になるかとシミュレーションするのが習慣。

m&mのウェディングケーキにちなんでm&mクッキーも焼いていてくれたのに、写真を撮るのを忘れてしまった。口の中でほろりと崩れる絶妙な固さと軽やかさで、ついつい食べ過ぎてしまった。

何でも手作りする亜紀ちゃん、ホワイトボードには「鮭フレークの作り方」を書いてある。「買ったら高いものは手作りするの。焼豚とかね」。「ハワイへ行ったときに雅子ちゃんっぽい布を買ってきたからバッグにしたよ」と聞いていたのだけど、予想以上に大きくて丈夫で立派なバッグになっていて、びっくり。余り布でコースターまでこしらえてくれていた。

ちょうどわたしは真っ赤なハートを手縫いで縫いつけたワンピースを着て行ったのだけど、その仕事の雑なこと。でも、手作り大好きな亜紀ちゃんは、「その縫い目の粗さが、すっごくかわいい」と褒めてくれるのだった。

2008年10月30日(木)  「FM COCOLO」のいとう真弓さんと再会
2005年10月30日(日)  同窓会は最高のセンセイ
2004年10月30日(土)  グリー(gree.jp)1か月
2002年10月30日(水)  2002年10月に書いたもの


2009年10月29日(木)  「整理できないメモ魔」には「脳みその出張所」が必要だ

物を捨てられない性格なのに物がふえてしまう生業をしているがゆえに、部屋が散らかってしょうがない。家中がウォークインクローゼット状態となり、いろんなものが入れ替わり立ち替わり姿を消す。この家のどこかに異次元への穴が口を開けているのではと疑う。

探しものは見つからないが、忘れていたものが地層の底から発見される。

ルーズリーフ式の手帳の群れからはぐれた一枚に走り書きされた思いつき。
事務所前で福永と知り合う。記者(安井と●田)は中に入らない。
これだけ読んでも何も思い出せない。記者の「●田」は悪筆で読めない。

「31 monday」の欄。
冒頭 早めに猿渡のプロフィール。猿渡グループ総裁。
この名前を見て思い出す。「犬走」という名の男が市長選に出馬する映画脚本を城戸賞に応募したことがあった。タイトルは「犬走健太郎が行く」だったか。犬走の対抗馬のブルジョワ候補が猿渡だった。

「1 tuesday」の欄。
トトカルチョ
これは選挙の当選予想か?
「思い出すなあ。小学校のお楽しみ会。君が桃太郎で僕が猿。あのときの再来か?」
これは猿渡のセリフと思われる。犬走が憧れる麗子の父の市長引退に伴う選挙に担ぎ出された犬走は地元の人間ではないから、桃太郎を演じたのは麗子だろうか。

「2 wednesday」の欄。
「あなたいいの? 小説家になる夢は?」
これは麗子が犬走にかけた言葉だと思われる。高飛車だった麗子の口調が優しくなっているので、物語終盤のセリフだろうか。

「3 thursday」の欄。
三菱鉛筆が三菱グループでないように、猿渡不動産は猿渡グループではない。
これは当時「三菱鉛筆と三菱自動車がグループ会社ではない」と会社の同僚に聞いて、使える、と思ったネタ。でも、架空の猿渡グループに猿渡不動産が入っているかどうかなんて、どうでもいいことだ。
「あー! 『あうん』のおかみがバンザイしてるー!」
「裏切り者め!」
「保健所に訴えてやるー!」

あうんの女将が対立候補に寝返ったらしい。保健所に食中毒被害でも訴えるつもりか?
ラスト当確打ち間違い 逆転 「スポンサーを降りさせていただきます」
逆転勝ちしたのは、犬走か? 重大なことなのに記憶に自信がない。

「4 friday」「5 saturday」の欄。
「麗子さん、当選するまでお預けって言ってたアレ……」
二人で食事
「私パセリって嫌いなのよね、青虫臭いから」
「ほんとはあれ 昔飼っていた青虫が死んじゃったって思い出しちゃうからなの」

どうやら犬走が勝った模様。当選したら結婚してあげるというのが麗子の出した出馬条件。二人きりの食事さえおあずけだったとは、かわいそうな犬走。麗子は犬走を「パセリのような男」呼ばわりしていて、犬走は「あってもなくてもいい添え物」という意味だと思っていたが、実はパセリは優しい思い出につながっていた……。

けなしてるかと思ったら褒め言葉だった「パセリ」のネタをやりたくて、脚本を書き始めた頃、いろんな作品に使っていた。

「6 sunday」の欄。
平積みされる本 手にとっていく人々
犬走は小説家の夢もかなえたらしい。選挙奮闘記が本になったのだろうか。
街宣車150万〜350万 ポスター50万〜150万
どこかで調べたのだろうか。当時はインターネットを使いこなしていなかったので、宝島社の選挙ムックを買ってきて研究していた。

「April 1997」(12年半前!)の印字がある裏面には、
票読み タクシーの運ちゃんに聞きまくる 
ワイドショー バアサンリアカー

の他に
漫画家になりたかった麗子 「私挿絵書いていい?」
とある。犬走の小説に麗子が挿絵をつけたのか。うーむ、ベタだ。

城戸賞に応募した原稿には、以上のネタが盛り込まれていたのだろうか。麗子さんは応援団のチアリーダー出身で、選挙活動中に応援団員が多数応援に駆けつける場面があったことは覚えているが、犬走も応援団員だったのかどうかは記憶が抜け落ちている。

自信満々で応募したつもりだったけれど、一次審査にも引っかからなかった。これだけ内容を覚えていないということは、その程度の作品だったのかもしれない。残念ながらデータが残っていなくて、感熱紙のプリントアウト(ワープロで感熱紙印刷したものを、コピーを取って応募していた)は取っておいたはずだが、掘り出した頃に文字が読めるかどうか……。

会社勤めをしながらあちこちの脚本コンクールに応募していたので、通勤の行き帰りに思いついてはメモを取っていた、ミミズがのたくったような走り書きが何十枚もどこかに散乱しているはずで、今見ると、大ネタに化ける鉱脈があるかもしれない。自分が書いたことなのにまったく覚えていないことに驚く。

「恋愛秘話 竹久夢二 T13」ではじまる走り書きも見つかり、江戸東京博物館へ行ったときのメモだとわかるものの判読不可能……と思ったが、試しに「恋愛秘話」で日記内検索をかけると、2003年10月19日(日) 100年前の日本語を聴く〜江戸東京日和に引っ越し済みだった。

部屋の中も頭の中もとっ散らかった上に検索機能が及ばないが、データという脳みその出張所に書き写しておくと、ラクラク掘り出せて、なんとまあ便利。

2007年10月29日(月)  ガムテープの2番目の機能をデザインする
2006年10月29日(日)  おいしい国、日本。
2005年10月29日(土)  お茶→シュウマイ→お茶 6時間プレ同窓会
2003年10月29日(水)  日米合作映画『Jenifa』完成試写
2002年10月29日(火)  『風の絨毯』ワールドプレミア


2009年10月28日(水)  「お前、結果出せよな!」と彼女が罵った相手

娘を保育園へ迎えに行く途中のこt。「お前、結果出せよな!」とドスのきいた女の人の声がした。物書きの癖で、こんなとき、瞬時に「このセリフは誰がどういうシチュエーションで発しているのか?」に思いをめぐらせてしまう。

声からして、女性は40代ぐらいか。
声はバス停前から聞こえてくる。
声が苛立っているのは、なかなかバスが来ないせいだろうか。
まさか、バスの運転手に毒づいているのか。
あるいは、移動中のキャリアウーマンが携帯電話で若い男の部下を叱りつけているのか。
いやいや、バリバリのキャリアウーマンはこんな住宅街のバス停でバスを待ったりしないか。
彼女は地元のママさんバレーチームのキャプテンで、部員を叱咤激励しているのかもしれない。
それとも、バス停でふて寝している野良犬への八つ当たりか……。

などと妄想しながら十メートルほど歩くうちに、女性のいるバス停まで来て、声の主とその相手の姿が目に入った。

そこには、うなだれる小学校低学年ぐらいの男の子がいた。「結果出せよな」と言われたのは彼で、言った女性は、その母親らしい。そのそばで、気まずそうにうつむいている小さな女の子は、男の子の妹だろうか。

何の結果を出せと叱りつけたのだろう。勉強か、少年野球か、運動会か、絵画コンクールか。あの言い方で彼は奮い立てただろうか。うなだれたまま萎縮してしまって、かえって結果が出せなくなったりしないだろうか。

保育園へ着くまで、「結果」の結果が気になってしまった。

自分の娘には、結果を焦るよりも過程を楽しんでほしいと願う。過程を楽しめたら、結果はついてくるのではないか。結果だけをいきなり出すのも難しかろう。

2008年10月28日(火)  シナトレ12 こじつけ解釈で発想を鍛える 
2006年10月28日(土)  田邊のおじさまの還暦音楽祭


2009年10月27日(火)  活字を読まない読書週間「文字・活字文化の日」

夕飯の準備をしていたら、娘のたまが絵本を読む声が聞こえてきた。「ぴょんぴちは、ちゅるをつくりました」などと言っている。

広げているのは、『なぞなぞえほん』というぐりとぐらの3冊セットで、ぐりとぐらがねずみではなくうさぎに見えるのか、「ぴょんぴち」と名前をつけたらしい。「あかの ぴょんぴちは おねがいごとを かきました。あおの ぴょんぴちは えほんを よみました」と洋服の色で差別化している。

ページを開くたび、即興で絵に言葉をつけていく。見開きでなぞなぞ一問となっているので、前後のページとお話はつながっていないのだけど、「で」で次のページへつないで、長い物語に仕立てているのが微笑ましい。これは記録しておこう、と「1のまき」の途中からビデオを回したら、調子に乗って「3のまき」まで読み続けた。

読書週間が始まり、初日の今日は「文字・活字文化の日」らしいが、文字を追いかけない読書もまた味わい深い。本をまったく読まない大人が4人に1人、その主な理由は「時間がない」という調査結果を新聞で読んだが、わたしもまったく読まない時期があった。読書は習慣で、時間を見つけてするというより生活の一部にしてしまうものなのかもしれない。「トイレに一冊、枕元に一冊、通勤バッグに一冊入れておくと、読書のチャンスを逃さない」と言った同僚もいた。彼は、トイレ用、枕元用、通勤用の本を分けていた。

このところ、たまはビデオをせがまなくなり、かわりに、次から次へと棚から絵本を持ってきて、読んでとせがむ。

昨日から今日にかけて読んだのは、なぞなぞえほんの他に9冊。『はんぶんこ』はベネッセの「こどもちゃれんじ」のお試し版教材。『おおきなき』は実家にあったもの。弟の子どもの頃の本らしい。『おさるのジョージ チョコレートこうじょうへいく』はわたしの小学校時代の同級生のアキちゃんからの出産祝い。『おならうた』はご近所仲間のT氏から。どれも繰り返して読んでいる。

いまいまさこカフェへの訪問客は本日15万を越えた。こちらの日記は全ページのアクセスが合算されるため、本家をしのいであと2千ほどで30万アクセス。今井雅子のサイトと日記は活字を読む人たちに支えられている。読者の皆様ありがとうございます。

2008年10月27日(月)  青森りんご「あおり21」の悲しいニュース
2007年10月27日(土)  シナトレ7 紙コップの使い方100案
2004年10月27日(水)  TakashimaKazuakiの服


2009年10月26日(月)  一週間前の「気球騒ぎ」は……

たしか先週の日曜日(と「一週間は月曜日から始まる派」のわたしが言う場合、昨日ではなく、8日前の18日を指す)、ダンナが珍しく「海外のニュースで面白いのをやっていた」と言った。アメリカで、庭につないであった気球に男の子が乗り込んでいなくなった、と親が大騒ぎ。捜索の結果、空っぽの気球が落ちているのが見つかり、最悪の事態を予想したら、男の子はうちに隠れていた。どうやら気球をさわったのを知られたら、パパにしかられると思ったらしい。

「父親が息子にさ、パパが悪かった、とか謝ってるんだけど、日本だったら、まずお騒がせしてすみませんってみんなに謝るじゃない? アメリカだよなあ」とダンナが呆れていたので、
「でも、アメリカだったら、親子がハッピーならよかったよかったってなりそうじゃない?」とわたしは答えた。

そして、偶然気球が飛んで行って、息子の姿も見えなくなったら、息子が乗っているに違いないって結びつけちゃうよなあと思い、こういうことが実際に起こるとは、事実は小説よりも奇なりだとしみじみ感心したのだけど……。

翌日、さらに、ダンナが興奮して、「昨日の気球さ、親の自作自演だったんだって」と続報を告げたので、さらに驚いた。こういうどんでん返しが待ち受けていたとは。ニュースを聞いた瞬間、「臭い」と疑いもしなかったが、脚本家としては「もしかしたら」と妄想スイッチをオンにするべきであった。

数日間はそのニュースがメディアをにぎわせるのに注目していたけれど、一週間経てば、新しいニュースに埋もれ、日本ではもう忘れられている。本国ではどうだろう。両親は有名になりたくて芝居を仕組んだそうだが、ここまでのオチがついても、有名人寿命はあまり長くないかもしれない。

2008年10月26日(日)  上野動物園で芸を仕入れる
2007年10月26日(金)  愛知工業大学で「つなげる」出前講義
2004年10月26日(火)  ジュアールティー1年分


2009年10月25日(日)  たま、TSUTAYAで大暴れ!

「ちゅみきするー」と張り切って積み木を取り出した娘のたま、いつの間にかトンネルを作れるようになっていた。といっても、長さの違う積み木を二個ずつ縦に並べて高さを合わせ、屋根ブロックを乗っけただけなのだが。トンネルの下を「おふね」に乗っけた積み木たち(ちゃんと等間隔になっている)にくぐらせる発想は新鮮。手先が器用になって遊びもどんどん進化し、一人で機嫌良く遊んでくれている。

大阪勤務だったご近所仲間のミキ嬢が東京転勤でひと駅違いの街に越してきたので、夕方、荷物が落ち着いた頃に母娘でお邪魔する。最初は緊張気味だったたまは、打ち解けてくると調子が出て、得意の「おなら おなら なにして はねる」ソングとダンスを披露。「うさぎ うさぎ なにみて はねる」の替え歌をふざけてダンナが歌ったのを一発で覚えて愛唱歌にしてしまった。最後に「ちゃりん」と言いながら四つん這いになって後ろ足を上げる。おならがはねる様を表現しているのか。

帰り道、ふくら家という和食屋でごはんを食べたいと言い出し、席に着いたもののマナーは最悪。食べもので遊んではいけません!! こちらは食べた気がしなかった。

さらに、TSUTAYAで借りたいビデオがあったので立ち寄ると、棚を埋め尽くすアンパンマン作品に興奮して「これ、かりるぅ」とねだり、「今度ね」とごまかすと、カーテンの向こう(子どもはどうしてこうカーテンが好きなのか)のアダルトコーナーに行きたがり、やっと静かになったと思ったら、棚のものをせっせとカゴに移し替えていた。あわててカゴを奪ってビデオを棚に戻したが、その棚のコーナーを曲がると、「大河ドラマ」と書かれた仕切りが大量に床に散乱、これもたまの仕業か! 結局目当てのビデオは見つからなかったのに、一時間もTSUTAYAで過ごしてしまった。

2008年10月25日(土)  ひさしぶりにラジオドラマを書く
2004年10月25日(月)  ウェディングプランナー・みきさん
2002年10月25日(金)  木曜組曲


2009年10月24日(土)  一日100歩だったり10000歩だったり


子ぎつねヘレンの10のおくりもの』にサインをしていると、娘のたまが起きてきて、「なにしてるの?」と聞く。「この本をプレゼントするからお名前書いてるの」と言うと、「えほんに おえかきしても いいの?」と鋭いところを突いてくる。「これはサインといってね、記念だから、いいんだよ」。あまり説得になっていない気もするが、一応納得してくれたようで、「じゃあ たまちゃんの えほんにも サインして」と棚から自宅用のヘレン絵本を持ってきた。絵を描いた田伸介さんのイラスト入りサインが入っている隣に「たまちゃんへ ママより」と書き入れると、満足そうな顔になった。

サイン本は、先日審査を務めた巣鴨の創造パン屋さんアルルの「パンの絵コンテスト」の記念品として贈呈するもの。お昼前、お散歩がてらお店へ。店の前に看板が立っているのに初めて気づく。今井雅子のプロフィールといまいまさこカフェのURLも紹介されている。先日、もう一人の審査員さんが選んだ「ぞうさん章」の受賞者のお母さんが、いまいまさこカフェに書き込みに来てくださったのは、この看板を見たのかもしれない。


その方のお子さんの作品を確認。審査のとき、文字を絵の一部としてとらえていたので見落としてしまっていたのだけれど、「ぱん」が「け°ん」になっている! たしかに、「は」と「け」は似ている。「は」と「ほ」も、「ほ」と「ま」も。「ぱん」と描こうとして、「け°」になっちゃったとは、なんとかわいい……。「絵本°」「保°育園などと「°」をつけてパコダテ語に変換していたのを懐かしく思い出す。

「け°ん」のお隣の水色のハート型パンもかわいい。ほんと、どの作品もそれぞれ光るところがあって、みんなに賞をあげたい。記念品の絵本は保育園さんにも一冊ずつ贈ったので、読んでもらえるといいな。

帰りは近くのイタリアンレストランに寄り、ドラッグストアでおむつを買い、公園で寄り道。買い替えた携帯電話に歩数計(万歩計とは呼ばないのですね)がついているので、それが歩く励みになっている。家に一日こもって書いている日は通話のときしか歩数が稼げないから、100歩のような情けない数字になり、毎日のように「歩きましょう」「運動不足です」と脅されているのだけど、今日は一万歩を越えた。

おやつはアルルのレモンマドレーヌ。小麦は長野産。香料じゃない本物のレモンの味がしっかりする。これ一つで今日歩いたカロリーは帳消しだけど、2つ行く。

さらに、花園饅頭の「釈迦本尊」と型押しされた饅頭。ありがたく罪なお味で、止まりません。やせるためというよりは健康のためのウォーキングではあるけれど、おやつがますますおいしくなって、体重は増加の兆し。

2008年10月24日(金)  掃除という名の大移動
2004年10月24日(日)  『月刊 加藤夏希』DVD
2002年10月24日(木)  JSAを読んで考える 北と南 東と西

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