消えてゆく小さなこと
消 え て ゆ く 小 さ な こ と


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1909年06月30日(水)

誰も居なくてつまらないからと
今日はチャンスだと
ピザを一枚 一人で平らげてみたかった
いつもは大きいサイズの何ピースかだから

ただそれだけのこと
同じ味じゃつまらないし
ハーフ&ハーフはM以上でなのでしかたなく
でもMはやっぱり2〜3人分量だった
味なんてわからない
キツイ 必死 たいへん メタボになるかも

飼い主の留守中に好き勝手し放題の
ダメ犬みたいだった

もう二度と無謀なチャレンジはしない
ギャル曽根さんはやっぱりすごい
エステさんもすごい
賞金主婦さんは笑顔が微笑み韓流スターに似てる
大食い選手が ずっと
おいしい〜って言い続けてるのがすごいと思う
今日の私はバカだった


1909年06月29日(火)

昨日という日は長かった
花粉がまだそこいらに居る気がする
昨日は昨日で すごく過去の気がする
今日はまた まったく別の日が始まる気がする
今日は がんばって生きる という日の予感がする


1909年06月28日(月)

今の社会で
ウツなんてフツーだと思ってる
とりたててどうなんだ と思ってる
毎日どこかでその話題を聞く
身近なところで 高齢の人でさえ
まるで経験のない人は肩身が狭いみたいに
薬の名前を日常会話に入れている
そういう時代 今は

ね、おばあさん
そんなにジャラジャラお友達に見せびらかさないの
そのお薬はアクセサリーじゃないのよ
持ってるのが流行り じゃないのよ
身体こわすよ

私はウツになったら
自分で気づき自分で治したいと思っている
だから書く
自分の少しのことも記せば何かがわかると思って

日々嫌なことは山ほどあって当たり前
辛いこともメンドウなこともいろいろあってフツー
最初から諦めてはいけないのだけれど
アキラメの潮時をキャッチできるかどうか
それがポイントと思っている

アキラメナイゾ アキラメナイゾ と呪文するのも
アキラメヨウヨ アキラメヨウヨ とつぶやくのも
どちらも自分にとって同じことだ
自分で自分を励ますしかないんだから
どちらを使うか 選ぶのが難しいだけ
素早く切り替えができるかが難しいだけ

ひとに騙してもらっても
自分でごまかし続けても 
しわ寄せは自分にくるんだから
真実と向き合うことが大切だ

諦めることと 諦めないこと
諦めるべきことと 諦めてはならないこと
結論を下すのは自分で
そしてその結論はいつでも変更してよいものだ

諦めきれないこと 諦めの悪いことが
病因だと思ってる
きれいな形で諦めを自分の心におさめることができれば
救われるのだと思ってる

人間は諦めの悪い生き物
それが悪いというのでなく
諦めないぞと結論するなら それもよいのだ
とことん諦めずにガンバルしかない
我武者羅に強引に進む
それも一つの解決で救いだから

諦めるか否か
迷いも人のサガだから
とことん迷えばいい
迷い中であることを自覚している間は
まだ結論していないのだから
ウツではなく迷い中なのだと
自分に納得しておくことだ

分かれ道のポイントで立ち止まる
どっちなんだろうと散々迷っていても
まだそこはどちらでもない
迷い中は まだ道に入っていない

人は迷う生き物だ
選択に時間のかかる生き物だ
それでいいじゃないの
一生迷っていても それはウツではない

だから私はクスリなんか絶対に飲まないぞと思ってる
飲ませないぞと思ってる
クスリの代わりにたくさん本を読もうと思ってる
いわゆる良書や信仰の本やカウンセリングの本でなくても
たくさん読めば自分にヒットする言葉に必ず会えるから


1909年06月27日(日)

冬に戻ったような寒い一日
桜色はくすんで見える
もうおしまいかな
次に晴れる日は
初夏の陽気をくれるでしょうか

今日は人に会えなかった日
誰かに会いたい
きみに会いたい
人混みに出てみようか


1909年06月26日(土)

今まで思ったこともない考えにいたる
自分では画期的な発想
自分のどこかが変身したか壊れかけたか
少しこわい

人は結婚してよきパートナーがあって
家族を得て生涯のしあわせがある
漠然と 深く考えもせずというか
それが恒久的に普遍の真理と思っていた

でも人は結婚すればもう恋しないでしょう
すれば イケナイコト になるでしょう
それひょっとしてすごく不自由な枷でしかない
ココロの弾み方が減る気がする

ジユウレンアイとかの信奉者ではないけれど
何のための婚姻制度なんでしょうね

人間は知恵が出た分 本能的規制がなくなって
野放しにすると変な遺伝子が増えて
結局種族が滅びるということになるから
大きな意味での知恵なのかもしれない

でも人はたくさん恋した方がいい と最近思う
前は一発で相手にめぐり合える人が幸せと思っていたけれど

ということは 結婚より
一生独身の人がしあわせなのか
晩婚の人がしあわせなのか
・・それも考えどころではある
でも家庭ってこどもには必要でしょう?
だれもが子ども時代があったのだから

子どもとか家庭を選ぶ日
恋は終わる ということですか?
以後なし ということですか?


1909年06月25日(金)

黄砂ふる空のように
何も動かぬ日
遠い出来事のように
すべてがベールに覆われて
こころの居所をつかめない

ワタシハ 
イマ 
ナニヲシタイノダ ?

私の知らぬところで
何か大きな出来事が起きているような
不思議な疎外感

私は世界に繫がっているのだろうか

結局はひとりが淋しいだけなのだ


1909年06月24日(木)

ひとりでるすばん
だれもこないひは
あまりにたいくつで
しごとをするには
あたまがひどくにぶい
はやくおわれ
はやくあしたになれ
あすならぞんぶんに
がんばる


1909年06月23日(水)

不可思議な夢
なぜ好きじゃない杉良が出てくるの
だいたいどうして同級生で友達なんだ

みなで一緒にプールへ行くらしかった
もう一人の友達(なぜか男の子)の家で
その子が帰ってくるのを待ってた
和室で手持ち無沙汰で
杉良は壁際で壁にもたれて足を投げ出してる
私は両手を畳に突っ張って足を投げ出してる
窓から見える空が青く綺麗だった
何か話していたかも知れないし
黙っていたかもしれない

畳に突っ張ってる私の左手の上に手が置かれた
とても自然で いつものことのようで
何も変わらずそのままじっといた
そのまま空を見てた

ふつうなら ドキドキしたり嫌悪したり
緊張したりするだろうけれど
違和感のない自然な手だった
でも父や母とも違う 恋人でもない
熱くも冷たくもごつくもやわらかくも細くもない
大きくも小さくも重くも軽くもない
湿っぽくもべたべたもかさかさもない
本当に何も特徴を感じない手

ただ 重ねられた手の
その温もりも重さも
大きさもやわらかさも
とにかく穏やかな包まれ心地は
心の解放を感じるようなカンカクだった
じっと黙ってそのままいた

その子が帰ってきたとおばさんが呼んだので
自然に離れた


目が覚めても まだカンカクがある
仏さま、観音様の手って こんなかな
そして おば様たちの杉良人気(私はファンじゃない)って
握手なのかな などとぷらぷら思った

へんな夢だった

<追記>
一日ずっと不思議だった
その手がどんな手だったのか
そのぬくもりが何を意味してるのか
なぜどきどきしたりしなかったのか
やっとわかった
当たり前のことだった
それは「友」の手だったんだ
あたたかな友の手だった
好きでない杉良が夢では友達だった
へんな夢 意味分からないけど


1909年06月22日(火)

色褪せたスイートピーは哀しい
儚さにも色がある
色失せた儚さは 美しさも失う
淡色スイートピーはもう終わりにしよう
初夏の元気な花を飾ろうと思う
桜が舞えば 春は終わる


1909年06月21日(月)

アリエナイ と思える色の組み合わせで
ブーケやアレンジメントを作る人で
独創的とか 斬新とか そういうコトバに酔う人で
それを自分の個性としている人で
驚きをくれるんだけれど
それは感動ではなくて
チョットツカレル


1909年06月20日(日)

削除しようとしたけれど
IDを忘れてできない
何のために残すのだろう


1909年06月19日(土)

真上でうぐいすの声
とてもよく響き渡る声
境内の大きな樹
見上げても葉陰で
どこかわからない
しばらく聞き惚れていた
待つ 待つ うっとりする 見上げる 待つ
その繰り返しで
時を忘れる春の夕暮れ


1909年06月18日(金)

昨日の雨の湿りが残るまま
少し肌寒いようなぬるいような風
どんより花冷え花曇

三日前には花のそぶりもなかったのに
風に乗った花びらが庭に落ちてくる
どこの桜だ
いつの間に
いったい今年の桜はどうなってるの

イッキに咲いて イッキに散る
まさに桜 男っぽい桜 桜らしい桜
ミゴトだね

掴みようもなかった夢のように
未練を持つヒマも名残を惜しむ間もなく
ただ潔くあっという間に散って

その淡々とした単純さがうつくしい
気持ちが晴れ晴れする


1909年06月17日(木)

一週間見ない間に庭が様変わりしていた
つぼみも目に付かなかったのに
今年はいったいいつ咲くのかと訝しく思っていた花たちが
どれもこれも花開いていた
たくさんの若葉が初夏のように展開していた
こんなことは初めてだ
私が他の事に忙しくして庭を歩かなかった間にも
せっせと自分の仕事をしていたんだ
草の辺を歩くと
バッタの赤ちゃんみたいな細かいグリーンの虫が
たくさんぴんぴん跳んだ
みんなちゃんと季節を修正して生きている

ずるずると季節のズレを文句言ってるのは
人だけだ


1909年06月16日(水)

乳白色の採光窓はたおやかだ
何かを明らかにさせようと際立てることはしない
ゆったりと優しくしている
枝や葉のシルエットは
大らかにただ揺れているだけだ
メッセージを押し付けたりしない
いつ仰いでも 息苦しさがない

そんな風にやわらかに
生きたいのだけれど


1909年06月15日(火)

夕方 自転車で
もう暗くなりかけた細道を通った
誰かを追い越したような気がした
人影の横をすっと行き過ぎた気がした
でも それまで自転車の前方に人は居なかったように思う
気づかなかったんだ ?
でもなぜか妙に気になって
ふと 振り返ってみた
誰も居なかった

怖くなってスピードを出した
明るい道に出て思った
どこかの門灯が
わたしの影を壁に映したのかもしれない
そう思うことにした

夕闇には別の世界が存在するように思う


1909年06月14日(月)

月を太陽に 星を花に
カレンダーのリズムをかえて
新しい朝を迎える

挨拶を忘れずに


1909年06月13日(日)

ただ善良に生きたい それだけ

偽善も露悪も虚しさでしかない
そうでしょう?

メンドウで シンプル
むずかしくて やさしい
苦しくて おだやか

美しくなくても
そんな生き方 それでいい


1909年06月12日(土)

冬に何度もカサブランカを買った
春になって 
フリージアとスイトピーを買い続けている
香りに包まれていたかった

でも花屋の花を買い続けていると
だんだんおかしくなる
季節が分からなくなってくる
庭の花がすごく遅い気がしてくる
本当は今からなのに
がんばっているんだのに

出遅れてるよ と思ってごめんね


1909年06月11日(金)

風水に興味をもった時があったけれど
覚えられなくて すぐ冷めた 
一種の学問なのでしょうから難しい
それに あまり細かいことはどうでもよくって

いいんです
私は四つ葉と流れ星で十分
星砂と桜貝もあるし
明星と夕映えでハッピーだ

風水って ナニ?
結局は 福 を呼び込むためのもの ?

でも私は根本的に
福を呼び込むのはモノではなく人だと思っている
人の心だと思っている
モノはお手伝いと思っている
福を呼び込める人にならねば福は来ない と思っている

ならば どんな人なら呼び込めるの?
逆転の発想
どんな人に 福は来ないか

自分が考えたとき こんな人間に福は来ないだろ 
と思う人間にならねばよいのだ
ならぬよう努力すること
しまった と思った事はやめればいいのだ
考えることも努力もしない人には 福は来ない と思っている


1909年06月10日(木)

伝統もしきたりも 安泰を願うもの

きみのつくるワンダーはもっと素敵

安泰以上の 夢をくれる


1909年06月09日(水)

いぬに薬を飲ませるとき
元気でいてねと思う
愛しさとか慈しみというのは
心に自然にわくあたたかなもの
強制されて出るものではない
それをくれる生き物って素晴らしいと思う
いぬでもねこでも小鳥でも
抱いて撫でて 
ありがとう と思う


1909年06月08日(火)

あの桜貝
もう砂に埋もれてしまったでしょうか
拾いそこねてしまった

ささやかに綺麗だったのに
他に見とれているうちに
見逃してしまった
拾おうとしていたのに拾い忘れた
誰かに見つけられて拾われたでしょうか

それとも打ち寄せた波に
さらわれてしまったでしょうか


1909年06月07日(月)

人の印象をどこにみるだろう
眼差しと口元と言葉使いと姿勢
善良か否かが出ると思う
カタチではなく
どう使ってきたかが残るところだと思っている

耳や鼻のカタチにあまりとらわれない
使い方に関係ない場所
生命維持機能みたいに思っている
どんなに容姿をかえても
精神的な低さは中から出てしまう
外を気にするなら 中をもっと気にすべき
精神力で絞った身体は素敵だと思う


1909年06月06日(日)

盛り上げる というのは
ある意味 
確かな計算 賢さが要ると思う
深まりと高まりが在ってこそ
充実した楽しさが残る

薄っぺらな表面だけの
悪ふざけやはしゃぎ、お調子乗りを
盛り上がりとは思わない
所詮 後味悪い徒労感が残るだけ
わかっていて 感じていて
盛り上ったと喜ぶ人を理解できない


1909年06月05日(土)

どうして そんなところで手をぬくのか
連絡をしない人には 連絡は来ないよ
当たり前のこと

たとえ短くても
念を入れてきちんと返事を入れるのは礼儀
誰か任せにしてはダメだ

社会的な信用って
そういう小さなことの積み重ね
それは自分で重ねるもの


1909年06月04日(金)

迂闊だった
見せたのが間違いだった
もう少し考えればよかった
大切な思いを捨てられた気がする

そんなリアクション 予期してなかった
でもそれがあなたのホンネ

これからは 内緒にする
黙っている もう見せない
私の宝物は


1909年06月03日(木)

手伝えることは終了です
あとは自力でしてください
それぞれの分担をこなす
それが共同作業です

春はふくらむ
春は伸びる
いくらでも跳べる
胸いっぱいに綺麗な空気をほしい


1909年06月02日(水)

雨が降ってきた
今日の雨はうれしくない
全てが滞る
強行突破になるけれど
あとあと結局たいへんだ

春なんてこんなものだ
舞い上がったり落胆したり
予定通りなんてものはない


1909年06月01日(火)

ちいさなロケットを買おうと思っている

二枚の写真がはいります

あのときの あのときの
たいせつな二枚を
小さくして入れようと思っている

今まで欲しいと思ったことなかったけれど
古い写真を見て胸がいっぱいになって
どうしてもほしくなった



天窓より___

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日付は通し番号として記しています