消えてゆく小さなこと


消 え て ゆ く 小 さ な こ と

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1909年04月30日(金)

いろんな職業があって社会は動く
職種の上下とかではなく
その仕事での到達度
それが重要と思う
きちんと役立っているか
そのポイントだと思う
安心でおいしい野菜づくりは
悪徳医師より素晴らしい
丁寧な大工仕事は
サギ弁護士より値打ちある

ひとは 社会のひとコマ
その意識は大切と思う
ひとりで生きているわけではない
支えられている
見えない誰か 見えない何かにも
支えられている

そして自分もどこかで何かを支えている意識を持ちたい
それが充実感でしあわせ感になると思う
努力意識にもなる
甘えて享受するだけでは きっといつかどこかで
もの足りなさを なんだか虚しい感を 覚えるだろう
古の王様や大金持ちや超有名人の突然の脱皮に理解する

地に足をつけて立っていたい
誰かに担がす御輿に乗るのでなく
自分の足で 自分の重みを支えて


1909年04月29日(木)

健康は大切
当たり前のことなのに
実感がなかった

家族に言われても
真剣に聞いていなかった
でも医者に言われると
急にホンキになった
健康のゆとりを理解した

健康を大切に
遅ればせながら実感として
今年の目標にあげる

健康を回復させる努力をする
がんばる


1909年04月28日(水)

以前は貴方の趣味を素敵だと思っていました
貴方自身が癒されているのを見るのは
心あたたまりました
でも今は違う
貴方の世界は大きく広がったけれど
それは功名心にかわってきました
もう何を見せてもらっても
こちらも癒されるということが無くなりました
残念です


1909年04月27日(火)

新聞で見かけた言葉
学徳兼備 
コラムを読んで なるほどと思う

でも 学徳成就というお守りや御札おふだなら
小学校に入学した時から
ずっと長い間毎年もらっていた
社会人になって卒業した
だから 学徳という言葉を見慣れているけれど
なんとなく学力向上と同じ意味にとらえていた気がする


1909年04月26日(月)

杏の花にめじろがきました
二羽つれだって 何度もきます
時おり可愛い声を聞かせてくれる
黙っていれば気づかれないのに
すぐわかる

1メートルくらいの近さで
こちらに顔を向けて花をつついていた
下からおなか側がよく見えた
午後の日が当たって背中より明るい黄緑色
苔のように滑らかであたたかそうだった


1909年04月25日(日)

自分の仕事に愛着があるだろうか
「職業」ではなく「しごと」に

責任感はあるけれど

仕事場 道具 使うもの
そして作業そのものに
愛着を感じているだろうか

今は責任感だけ
任務感とか達成感とかだけ
時間に追われているだけ
ゆとりをもって楽しんでいるわけではない
愛着をもつとできるのかもしれない
大切に思い 慈しむってことだよね


1909年04月24日(土)

わからない
信頼ある個人のHPであり 
専門分野としてかなり公的なサイトなのに
掲示板でもブログでもない場所で
簡単に特定できるイニシャルを使って
非公表情報のやり取り経過を公表する意味はナニ?
私信扱いなら別のコーナーですればいいし
伏せるなら伏せておけばいいことだ
なんとなく嫌な感じがする
公の場で内輪で盛り上がる人達に似て
これ見よがしな感じがちらついて
関係ない読者は
分かるようで分からないようで という
複雑な疎外感を若干もつ
うーーん と考えてしまう
今までの信頼が少しくずれる
たぶん信頼というのは 
中立的立場のものに対して持つと思う
偏るものへは 好き嫌いが出ると思う


1909年04月23日(金)

宮中というところは
ゆっくりとすすむのでしょう
ゆっくり伸びればいいのでしょう
だから 
ぐんぐん伸びる生き方をしてきた人には
疲れるかもしれない
自分が止まった気がするのかもしれない

でも止まっている世界ではないのだから 
ゆっくりじっくり醸造するように生きてください
時計の回り方をかえて呼吸して
どうかしあわせを得てください


1909年04月22日(木)

粘り勝ちだ
願いが叶いそう
ずっとずっと欲しかった花を
たくさんみつけた

どうぞ来てください
そしてここを気に入って
末永くお暮らしください


1909年04月21日(水)

とても寒くて
今まで春から逆戻りと思って
意地でもサムイと声にはしなかったのに
今日は知らずにサムイを連発しました
正直に流されるほど寒いです


1909年04月20日(火)

古いパソコンを出します
OSもデータも全て消去した
後戻りできません
ペンタゴン


1909年04月19日(月)

検査は怖い
受けに行くのに勇気が要る
告知されてもいいという決意ができてから行く と
そう思って延ばしてばかり

今日は勇気ができたから
一気に駆け抜けた

悪くても報告は私にしてください
勇気を持ってうけとめます
家族より先に直接お願いします
私は自分のことは一番に知りたい


1909年04月18日(日)

とてつもなく忙しい夢を見ました
色んな夢が次々あって
周りの人の顔や声ははっきりしていて
年齢(時期)も声も表情も明確
たぶん自分もその時の自分になって
そこで話している
それが場面ごとに周りがかわるので
自分もいくつなのか分からないくらい

ひとつの夢の中でなつかしい貴方に会いました
何年たつのだろう
最後の言葉は忘れました
だってそれが最後と思っていなかったから
だからそんなに気にとめなかったから
会いたくて夢に何度も見たけれど
遠くの姿で 誰かと話していて
私は近づけなかった
声も聞けなかった
そんな夢を何度か見て
何年かしてもう夢にも見なくなりました
そんな貴方にばったりすれ違った

駅前のビルの外階段を下りていたら
貴方が下から上ってきた
人陰になったけれどすぐ分かった
そしていつも考えていた言葉は出ずに
なぜか貴方がつけているタスキに手をのばして
かっこいいのしてるね と言いました
1日駅長とか1日署長とかの人がかける
そういうタスキだと思ったから
でも目の前に現れた貴方がしていたのは
大売り出しのお助けマンのような
無地の茶色のちゃんちゃんこみたいなのだった

少し照れ笑いして何か言ってた
気難し屋の貴方のそんな顔はじめて見た
それであらためて お久しぶりです と言ったの
ほんとは お懐かしゅうございます と言いたかったの

貴方も何か言って
押されるように階段を上っていった
狭い階段だから 上り下りのすれ違いがやっと
人の流れが多くて立ち止まるのも立ち話もできない

貴方が上の階の手摺から私に何か見せた
今ドコソコへ行って ナントカを食べてきたんだよー と言って
そのCUPを高々と見せてくれた
変わったカップに入っている有名スイーツのことだと思う

じゃあ今度それ買って行ってあげるねー と私が言うと
にっこり笑ってた
私が さようなら しか言えなかったのに
バイバイ と笑顔で手を振ってくれた
そんな貴方をはじめて夢で見た

貴方が今どうしているか知らない
きっともうこれで夢には出ないのだと思う
でも嬉しかった
やっと貴方の声と笑顔に会えたから
何年かかっただろう
ずっと会いたかったけれど
これでいいのだと思う
これで忘れられる
ほんとうに さようなら
でもこころがあったかい


1909年04月17日(土)

崩すのは簡単
積み上げるのがたいへん
だから 怖くて崩せない
そう思っているでしょう?

反対だよ

すべて失った人は
死に物狂いで積み上げたよ

未練を崩すのが難しくて
新しく積み上げる方がたやすいんだよ

断ち切れないで
いつまでも持っているのはキミ

新しい自分を欲しいなら
崩すのが先だ


1909年04月16日(金)

さようなら
今日の日はさようなら
そう言って別れても
ネットでずっと繋がっていて
無線もずっと切れないままで

独りに耐えられない世界になって
独りを楽しめない人になって

よくないと思う

よね?

ひとりになりませう
人は孤独でちょうどいい
出会うひとにあたたかにできる


1909年04月15日(木)

私は井の中の蛙を愚かとは思わない
通りたくない通りもあるし
足を踏み入れない街もあるし
ひとの生活は限られていて
それで十分幸せなら

新しい夢を追うことだけが
幸せになるとは思わないから
足るを知ることがしあわせだと思うから

飛び出すのは
ふしあわせ あるいは
あたらしい夢をほしいとき

井の中で文句だけ言い続けるのは
愚かだと思っている
不満なら行動をおこせ


1909年04月14日(水)

ワタシノ ネガイヲ ワカリマスカ
ワタシノ ネガイヲ ウケトメテクレマスカ
ダレニモ ツゲヌ ワタシノ ネガイヲ
ココロニ ジット ヒメテイル ワタシノ ネガイヲ


1909年04月13日(火)

目にすると
胸が高鳴る街の名
神戸 横浜 札幌 函館
思えば洋館がらみかもしれない
海がらみかもしれない
坂が好きだし
吹き上がる風が好きだし

ただぶらぶらと 歩いた記憶が蘇る
鮮明に 空気とともに

胸がしめつけられる
もう一度 時間を取り戻せたらと想う夢

夢はもってていいよね?


1909年04月12日(月)

美しくやさしい絵だと思った
でもよく見ると
メルヘンなイラストだった
ちょっと苦手かもしれない
水彩とか色鉛筆とかはむずかしい
実物を見るまで
感動と紙一重な気がする


1909年04月11日(日)

春だと思ったのに
冬が舞い戻って
何もやる気が起こらない
すべて縮こまってしまった
喜びの気持ちが消えてしまった


1909年04月10日(土)

ドラマが思いも寄らぬ展開をとり
シナリオのあっぱれさに引き込まれる
そしてひらめきの通りに落ち着いて
人情に安堵する

最終回の余韻がすき


1909年04月09日(金)

岩を越える若鹿のように
しなやかにひと跳びする

胸を張り足を揃えて
ぽーんと大きく

静止画像の一コマのように
一瞬 君は空にいる


1909年04月08日(木)

大地の色 砂の色
砂浜の色 砂丘の色 砂漠の色
草ではなくて木の葉の色
木立の色 林の色
そんなところに惹かれます
土の色でなく森の色でなく
山の色でもない
そういうものに携わりたい


1909年04月07日(水)

きらきらと
くまのこは

くろいひとみで
したしげに

こくびをかしげて
みあげている


1909年04月06日(火)

どこにでも顔を出す人
閉じこもっている人
どちらにせよ同じこと
それなりのアレンジと
それなりの自己主張

蝶を呼ぶ花色を探し続ける人
深い闇を掘り進む人
口ずさむのは同じ歌


1909年04月05日(月)

やれば10分もかからぬことを
最後まで残して
精神のぐうたらでしかない

自分の思い通りに進めながら
おかげさまでという気持ちがない傲慢

きっと天罰がくる
そう覚悟する


1909年04月04日(日)

わたしは栗鼠系
軽やかに移動したい
ふんわりした尾を持ちたい
草でもなく虫でもなく
肉でも魚でもなく
種子や果実やキノコを食べる
狩猟でなく採取でくらす
樹の洞に寝床を作る
冬でも元気に素早く動く
食べ物を見つけてはうんと頬張って
あちこちに貯めこんで
そして時には忘れて
それでも明るく生きてゆく
縄張りもなく単独で
気軽に身軽に住みかを移す
生きるって旅だね
忘れたどんぐりが芽吹いたりする


1909年04月03日(土)

どこへもでかけず
ただここにじっといる
わたしがわたしをあたためる


1909年04月02日(金)

子犬がいれば真っ先に
おはようと言いたい そんな天気
光はエネルギーだと
当たり前のことに気づく


1909年04月01日(木)

もう春だと思わせて
春の雪でなく
冬の雪が降り積もって
野山の草木を驚かせる
熊とかはどうしているんだろう
気づかず眠り続けているんだろうか
今年は桜が早そうだと
騒がしかったのにね




天窓より          


−ともすれば消えそうになる自分を見失わぬよう−       

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− ささやかに −          

*  **  ***  ****        

日付は通し番号として記しています         


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