消えてゆく小さなこと
消 え て ゆ く 小 さ な こ と


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1906年05月31日(木)

いっぱしに XX の端くれ気分 XX 気取り
いろいろあって だからやっていけるのかもしれないね
実力なんて追いつかないのに 
考え出したらできないもの
そうだよね?キミ?


1906年05月30日(水)

はっきりと冬から春へ兆すとわかる
きりりと明るい空気 
青というより水色の空

この空を見ると訪れたくなる池がある
映る空に 鳥たちがたくさん浮かんでいる
子ども達がパンや青菜を投げている
春間近の樹木のむこう


1906年05月29日(火)

新しいカーペットのふわりとした弾力
冷え切った空気の 足元がほっとする
春の芽吹きの新鮮な草地のような
若々しい力の張りが突き上げてくるような

ひとの土台は
素足で大地に立つカンショクをどれだけ覚えているか 
というコトかもしれない
支えって そういうものかもしれない


1906年05月28日(月)

突き進んでゆく姿は
端から見ればカブレテルに見えるけれど
本人はいたって真面目に計算して
熱く追求してるはず

でも恋した分野でなければ発展しないよ
小銭稼ぎに終わってしまうよ
アートだなんて思ってないで
きちんと職人を全うして


1906年05月27日(日)

通りで猫を見かけなくなった
屋根を歩く猫もない
どこにいるのだろうね
あたたかなねぐらがあるのだろうか
えさはどうしているのだろうか
子猫は大きくなったろうか
野良だけれど 気にかかる

古い大きな家の建て替えが続く町
庭の茂みや物置の裏や大庇の奥
すべてあっけらかんと空白になる
猫はどこに行ったのだろう


1906年05月26日(土)

何だろう
わすれたものがある

日常は別のものに追われ
心の隅にやられたまま
うもれてしまったもの

宝さがしのように
夢中になれるならいいのだけれど
きっとそのまま失ってしまう

なんだったろう
不確かな不安
大切なものだったのに


1906年05月25日(金)

ひとの気持ちは
あったというまに ちぢこまる
雪がちらつき出したというだけで


1906年05月24日(木)

昨日あんなに春だったのに
今日は朝から雪がちらつく
春はまだ立たない
世の中の甘えさんたちよ
私もそうだけれど
甘えたままで生きていこうとする
甘えをすてないでいきようとする
だからくるしいのにね
ばかだね


1906年05月23日(水)

青い街灯は心を落ち着かせ犯罪が減る という記事
期待感の持てることだけれど
その写真は 暗くて寂しい場所に感じた

ほのぼのと心のあたたまる色
悔いの涙が出てくる色
胸が締め付けられる色
明日にスタートを誓える色
それは私には稜線に沈みゆく夕日の色
その後の夕闇の色

街灯の色より
心ゆくまできれいな夕日を見られる場所を
ほしいんだけど


1906年05月22日(火)

大きなビジョンを持たない人は忍耐力がない
目先のことだけで目標を持つから
すぐ達成もできるけれどすぐ落胆もする
挽回できるという長期態勢が粘りになるのに

大きなビジョンを持つことは
絶えず視野が広いこと
先をいつも見ていること
いつも挽回のビジョンも持っていること


1906年05月21日(月)

カーペットを替えようとして
模様替えをして
壁を綺麗にしたら
サッシが気になって

レールをきれいにしたくて
網戸も窓ガラスもはずして
全部をジャブジャブ洗った
この真冬に

春のような日で 
ベランダは暑いくらいで
ロウバイが一日香っていた
窓が綺麗になった


1906年05月20日(日)

缶入りのドロップをもらった

こういう昔風なドロップを
いろんな色(味)いっしょに3、4こ
口にいれて ころころ舐めるの好き

あっち側が甘くてこっち側がすっぱくて
ころりとひっくり返って
始めにあった模様は消えて
ゆっくりなめらかになってゆく

何の味ともわからなくなる不思議な感覚が好き
へんな舐め方とは思うけれど


1906年05月19日(土)

山に住むというのではなく
仰ぐとか頂くとかでなく
遠くに山の見える景色が好き
山が見えると 人を許せる気持ちになる

海を見ても自分を振り返るばかり
思い起こすのは自分のことばかり

今日作業の合間にふと目をやった先に
山が見えましたよ
許せ ということなんだね

許すよ
素直にそう思える


1906年05月18日(金)

公園に大人用遊具が増えるという記事
実物を見たことはないけれど
日光や風の中で健康遊具を楽しめるなら
高齢、中年に限らず公園に足が向く
ジム通いしなくても休日にちょっと使える
第一 いろんな立場の複数の眼のある公園は素敵だ
小さい子の親たちには不安な要素も増えるけれど
そうでない要素も増えるのではと思う
どちらにせよ 見てみたいです


1906年05月17日(木)

春を始まりと捉える感覚は
希望をもって生きようとする感覚
今日は春のようだった
日本人としての春の感覚だった
今年は桜を嬉しく思うだろう
そんな予感
ひとつ仕事が進んだから


1906年05月16日(水)

あたたかくて
何か身体を動かす仕事をしようと思う
ひとに優しくできる気がする
大らかでいられる気がする
許せる気がする
肯ける気がする

カーテンを大きく開けた
レースのカーテンも開けた
あまりに空が大きい


1906年05月15日(火)

灯のない場所は苦しい
星でも蛍でも沖の船でもよい
灯があればあたたかい
静寂の闇は寂しい
灯のないこころは哀しい


1906年05月14日(月)

島は静かに繋がってゆく
遠く藍い影を横たえて

明るい花たちは散ってゆく
朝日のように投げかけられて

入り日はもうそこまで
しずかにしずかに海へと落ちる


1906年05月13日(日)

ただ納得というのでなく
打ちのめされひれ伏すような
そんなことに出会いたいのです
ものかも知れない人かもしれない
時かもしれない

重いか小さいかはわからぬまま
それはたぶん神々しい


1906年05月12日(土)

小さな窓から
とてつもなく強い光が射し込んで驚いている
雪の反射でもないのに
そんなに春なの?

まだまだ冬は長いはず
季節までせっかちになって
人の心を翻弄する

この星だけのことのはずなのに
宙全体のことのよう


1906年05月11日(金)

コトバを操りながら
言葉を冒涜していませんか

実態の存在しない言葉なんて無いと思います
むなしい という言葉のある言語に暮らしていることは
人々がずっと その言葉を残してきたから
皆が向き合ってきたから

即 死を選ぶ民に その言葉は残らない
皆 生きてきたのです
重くとも抱えながら

言葉とあそぶなら
言葉の存在の意味を考えてください
言葉だけをあそばせないでください

あなたがいくら項垂れて見せても
言葉の存在まで否定できない


1906年05月10日(木)

言葉 って たぶん
あふれてくるものでしょう?

適当に見繕ったフォトと
適当に並べたコトバと

そのセットが嫌いなんです
たんにあなたの日替わりブローチ


1906年05月09日(水)

伊予柑を食べた
三月の香りがした


1906年05月08日(火)

水を進むのに
手足を速く動かさねば沈んでしまう と思っている人と
ゆっくり動かさねば浮かんでいられない と思っている人と

きっと生き方も考え方もそう
あなたとわたしは そう違う


1906年05月07日(月)

適職だと思えてる人は幸せ
仕事を愛せる人は幸せ
たいていは 収入のためだから

ある人たちにとって憩いであっても
それを生業とするひとにはそうではない

きれいな花も素敵なインテリアも
可愛い子犬も子猫も
単純に商品であるだけ

思い入れのオーナーでも
仕事はボランティアではないのだから
いつまでも憧れで見ないで
真実を見ないといけないんだね


1906年05月06日(日)

次々と露わになる
貴方が表面を取り繕うカタチ主義だということ
ココロのないこと
そういう家のひと

むなしくて がっかりだ
融通きかぬ牛のように 頑固なだけ


1906年05月05日(土)

あちこちトラブルばかりの上に
へんな方向へ熱くなるひとや
あっけらかんとしてるだけのひと
すべきことのちぐはぐなひと
馬鹿騒ぎのパフォーマンスしたいひと
もういやになる
普通にしずかな私の時間 かえして


1906年05月04日(金)

キミのその底抜けに明るい声に
ほっとするけれど
ただそれだけなら 力が抜ける
何も考えてないのなら

もう行動開始かと思っていた
時すでに遅しかもしれない
その気あるのなら幸運を祈るよ
その気ないならその癖やめて

でも変わらないんだろうね


1906年05月03日(木)

新しい人か古い人かわからない
ただわいわいがやがや
溜まっては流れてゆく
ただそれだけ


1906年05月02日(水)

キズツキヤスイ って 
そもそもどういうこと?
桃みたいなものでしょうか
傷つけばそこから腐って再起不能
人って そんなにヤワでしょうか

傷つきやすい子ども達 
そんな活字をたくさん見る
でもそう言う見方をしているのは大人
そう仕向けているのは大人

昔なら 
元気に走り回って遊べば
小さな擦り傷なんてしょっちゅうで
絶え間ないカサブタも傷痕も
子どもにとっては勲章かもしれないのに
唾つけて ちょちょい だったろうに

身体と心では違うけれど
少なくとも傷は癒える という経験の積み重ねは
少しの痛みにあたふた崩れない子にすると思う

心のほんの小さな痛みなんて
昔だってたくさんあったはず
でもそれを どう扱うか で
社会がどちらへ動いてゆくかが
決まるような気がする

他者にやさしくできることは大切
でもその前に人間の資質として
己の強さをもっと育てないと
どんどん弱くなってゆく

傷つきやすい なんてコトバ
裏返せば 弱すぎ ってことです
何かの鍛錬に欠けている ってことです

自分のことを平然と
キズツキヤスイノ って言ってのける大人を
驚きの眼でみている

弱いことを悪いと言っているのではありません
今の子ども達が弱いなら
大人は意識して子ども達を強くしてあげないといけない 
と思うのです
守るだけでは自分で生きてゆけないから


1906年05月01日(火)

ジェット機の轟音に目が覚めた気がした
天窓に黄金色の朝日がさして
よくわからない音が鳴り響いている気がする
歩いてみても着替えてみても
その音が鳴り止まない
今日の仕事はお留守番



天窓より___

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日付は通し番号として記しています