2009年05月28日(木)  水瓶座は12年に一度の幸運期らしい

山田詠美さんのインタビュー記事を読んでいたら、「水瓶座は今年、12年に一度の幸運期」だとあった。24年前の幸運期に山田さんは小説家デビューしたのだという。わたしが大学生の頃、仲良かった友人が彼女の本に夢中になっていて、読ませてもらっていた。「人を好きになると、その人が死んじゃうんじゃないかって怖くて眠れなくなる」と山田さんがエッセーか何かで語るのを「すごくわかる!」と友人はいたく共感していたのだけど、まだそこまでのめりこむ恋を知らなかったわたしは、「自分より他人が大事になることなんて、あるのかしらん」と首を傾げた。そんな思い出のある作家さんが同じ星座だったという親しみと同時に、「ということは、わたしも幸運期か!」と小躍りした。

今年は朝ドラ「つばさ」の仕事に関われて、映画『ぼくとママの黄色い自転車』も公開されるので、脚本家業は幸運に恵まれているといえる。では、他はどうか? 同じく水瓶座のダンナに「今年、幸せな気がする?」とたずねたら、「家族三人仲良く暮らせる普通の毎日が幸せなんじゃないですか」と辛口の彼にしてはほのぼのとした答えが返ってきた。

昨日の夜、ダンナの帰りが遅くて、娘のたまと二人で晩ご飯を食べていたときのこと。こんな会話があった。

わたし「ごめんね。ママ、今日、たまちゃんが保育園の間に、お仕事終わらなかった」
たま「こまったねえ」
わたし「どうしよう」
たま「じゃあ はやく おわらせてよ」
わたし「待っててくれるの?」
たま「うん。えほんとか ねんどとか」
わたし「一人で遊んで待っててくれるんだ? たまちゃん どうしてそんなにいい子なの?」
たま「(照れ笑い)」

思わず紙とペンを引き寄せて書きつけていると、たまがのぞき込んで「ママ なに かいてるの?」。「たまちゃんがかわいいこと言ったから、書き留めてるの」と答えると、「じゃあ〈ママのこと おうちぐらい すき〉って かいて」と言われた。それが、「いい子にしてママを待つ理由」のようにも聞こえた。

その少し前、保育園から帰ってきたときに玄関先で「たまちゃん じぶんのこと すき。おうちぐらい すき」と言ったのを聞いて、「こんな風に自分を肯定できるってすてき!」と感激したのだけど、わたしのことまで「おうちぐらい」(わが家と同じぐらいという意味なのか、家ぐらい大きいという意味なのか?)好きと言ってくれる娘をぎゅっとだっこ。やっぱり今年は幸せな年だ!と感じた。

ちなみに12年前の1997年は広告代理店のコピーライターになって5年目。当時は日記をつけていなかったので、何をしていたかよく覚えていないのだけど、仕事も恋も充実していた覚えがある。人生を変えるような出来事があったのかどうか……と、自分のプロフィールを見てみると、「1997年10月 はじめてのテレビドラマシナリオ『月のなる木』 を日テレ登龍門に応募、2次選考まで残る」とある。3000篇を越える応募数から160篇ほどに絞られた中に入っているのを見つけて(審査結果が載っている「月刊ドラマ」を立ち読みした)、「才能があるのかも」と思い込んだことが、書き続ける自信をくれた。翌年3月に初めて賞を取った映画脚本『昭和七十三年七月三日』は、97年秋の函館旅行が活かされたから、やはり幸運の年だったのだろう。

さらに12年さかのぼる1985年は高校受験の年。第一志望の高校に合格し、新しい友だちも出来た。学校の掲示板で募集を知って翌年の米国留学に応募したのが、この年の出来事だったのか、年をまたいでからだったのか。わたしにとっては、その留学が大きな転機だった。

さすがに1973年、3才のときは運がいいも悪いもなく、幸せな子どもだったのではと想像する。さて、あと約半分残っている人生4度目の幸運年。何が起こるか、お楽しみ。

今夜の子守話は、今朝起きがけに言われた台詞がヒント。
「おにんぎょうと いっしょに ねんねしたのに さびしかったの。
 たまには そんなひも あるの」
「たまには そんなひも あるの」という何気ないつぶやきにドキッとする。「短くて刺さる台詞をください」とプロデューサーによく言われるが、子どもの言葉はまさに、短くて、鋭く刺さる。朝から詩みたいなことを言うなあと感心し、「同床異夢」という四字熟語を連想した。ダンナは「〈たまには〉は、〈たまちゃん〉と、〈ときたま〉をかけているのかな」と言った。

子守話72「さびしいよる」

だいすきな おにんぎょうと いっしょに ねむったのに 
さびしくなるのは どうしてかしら。

ねるまえに つないだ てと ては 
ねがえりを うつと はなれてしまうから。

わたしが ゆめのなかで わらっても
おにんぎょうが みている ゆめは ちがうから。

ひるまは あんなに なかよしだったのに
ねむっている あいだは はなればなれ。

さびしくて こいしくて めがさめたら 
となりで ねむっている 
おにんぎょうを ぎゅっと だっこした。

たまには そんな ひもあるの。


さて、今日も「朝ドラ つばさ 絵本 まじょのなみだ」の検索結果でこちらの日記に来られた方が多数。明日金曜日の放送で、加乃子がつばさと知秋のために作ったハッピーエンドが明らかに。子どもの笑顔が見たくて、母は作家にもなれば詩人にも(もちろん歌手にも道化にも)なるのです。

もうひとつ、金曜日の放送で千波が遺した子守話として登場するのが『おはなしの木』。「続きはまた後で」で終わっている作りかけの物語の続きは、土曜日の放送で。「つばさ」公式サイトによると、巨大絵本(>>>こちら)が登場するそうで、楽しみ。8週にも登場した「先延ばしの呪い」に、「わたしも呪いにかかっています」の嘆きやぼやきや告白の反響が続々。長く生きていると、いろいろあるある。呪いを解くおまじないは、「「起きてしまった物語は変えられな〜い。でも、物語の続きはあなたの手の中にあ〜る」。

2008年05月28日(水)  マタニティオレンジ294 たま語銀行オープン
2007年05月28日(月)  高田さんからの招待状
2005年05月28日(土)  このごろの通販ショッピング
2004年05月28日(金)  日本映画エンジェル大賞授賞式
1979年05月28日(月)  4年2組日記 がっけんのふろく


2009年05月27日(水)  プロデューサーに言われた信じられない言葉

シナリオ講座で教える友人から「プロデューサーから言われたセリフで、これは許せないとか信じられないとか、逆にうれしいことで印象に残っていたりする言葉とか、何かないですか?」と質問が来た。講座でプロデューサー対策を話すにあたって、実体験を集めていたらしい。

こんな返事を書いた。

言われてグサッという言葉、ほとんどないです。
広告時代に比べると、マイルドだなあという印象で。
脚本家にへそ曲げられたら終わりなので
気をつかってくれてるんだなあと思います。
「初稿面白かったです」とまずほめてから
「ただ、シーンのつながりがなだらかじゃないですね」とか
「テーマがぼけてますね」とか
「こころもとない場面がいくつか」のような言われ方。

ひどい言葉ではないけど
「だらだらと長い」「いらない台詞が多い」などと言われると
うちのかわいい子になんてことを!と思います。

あと、本直しした後で「前のほうがよかった」「悪くなった」と言われると、
直しのあの労力はなんだったの〜となります。
プロットから脚本になって「こんな話でしたっけ?」と言われるのも悲しい。

「今井さんの脚本にはいいところもありますが
 悪いところも同じぐらいあります」
これは最近言われた言葉。
楽天的な性格で、おみくじもいいとこだけ信じるので、
こういうときも「ほめられた」ほうを覚えておきます。

『子ぎつねヘレン』のプロデューサーに
「きみ、ト書きがへたくそだね。どこで勉強したの?」と言われたとき、
「じゃあ台詞はうまいってことですね」と喜んであきれられましたが
そのプロデューサーは、わたしの打たれ強さを面白がってくれてました。

きついこと言われるときは「別れ言葉」ですね。
友人の脚本家が、放送後の作品の感想を求められたときのこと。
「あの女優さんの演技が痛かったですねえ」と軽く言ったら
「痛いのはあなたの脚本です」とプロデューサー。
わたしの知る限り、これが破壊力最強です。


友人は講座のつかみでいくつか紹介して、無事生徒さんの爆笑を取ったそう。

質問に答えて、あらためて思ったのだけど、広告代理店のコピーライターを経て脚本家になってよかったのは、「ボツを食らう」ことに慣れていること。自分が書いたものを否定されるのは、自分を否定されるようで、すごくへこむけれど、コピーライター時代にずいぶん鍛えられたおかげで、ダメージは最小限に抑えられている気がする。書き続ける(直し続ける)気力と体力、それが脚本家には何より求められる。

今日の子守話は、娘のたまが「にじのぼる!」と一生懸命訴えるのを聴き、「虹にのぼるなんて、子どもらしい発想だなあ」と『オズの魔法使い』のOver the Rainbowを連想して、生まれた話。後になって、壁に立てかけたマットレスを前に「にじのぼる」と言ったことから、「よじのぼる」を言い間違えていたことが判明。まさか「にじりよる」と混同? それとも「4時」のぼるが「2時」のぼるに化けたのか? 

子守話71「クレヨンのにじ」

そらに おおきな にじが かかった あるひのこと。
たまちゃんが にじを ゆびさして いいました。
「あの にじに のぼりたいよう。
 にじに よじのぼって すべりおりたいよう」

ところが にじは はしっこが きえてしまって
じめんから とおく はなれた 
そらの とちゅうから はじまっていました。
「どうしよう。はしっこがないと にじに よじのぼれない」
こまった たまちゃんは にじの はしっこを かくことにしました。

なないろの クレヨンを つかって 
たまちゃんは そらに にじを かいていきました。
ところが にじを かいている あいだに
ほんものの にじが どんどん きえていきました。
クレヨンの にじを かいても かいても
ほんものの にじが にげていきました。

とうとう クレヨンの にじだけが のこりました。
まだまだ にじは みじかいけれど
たまちゃんの なないろの クレヨンは すっかりみじかくなって
つづきを かけなく なくなってしまいました。

そこに、
「わあ クレヨンの にじだ」
「ぼくにも かかせて」
クレヨンをもった おともだちが あつまってきました。
なないろの クレヨンを もった おともだち。
あかい クレヨンだけを もった おともだち。
あおい クレヨンだけを もった おともだち。

みんな かきかけの クレヨンの にじに のって 
なないろの にじの つづきを かきました。
みんなの クレヨンが どんどん みじかくなって
クレヨンの にじは どんどん ながくなりました。

クレヨンの にじが そらいっぱいに ひろがりました。
ほんものの にじよりも くっきりした いろあいの
にぎやかで たのしい にじです。
たまちゃんと おともだちは にじに よじのぼって すべりおりると
こんどは はんたいがわから よじのぼって すべりおりました。

なんども よじのぼったり すべったりしているうちに
みんなの ふくに クレヨンが くっついて
クレヨンの にじは どんどん やせほそっていきました。

そして いつのまにか クレヨンの にじも きえました。 

2008年05月27日(火)  マタニティオレンジ293 聴診器ごっことマススクリーニング
2007年05月27日(日)  大人計画『ドブの輝き』
2005年05月27日(金)  『シンデレラストーリー』@ル テアトル銀座
1979年05月27日(日)  4年2組日記 みんないっしょに


2009年05月26日(火)  2歳児のネーミングセンス

コピーライターになりたての頃、読売新聞に載っている「こどもの詩」を切り抜いてスクラップしていた。毎朝会社の自席で紙面を開き、作業をしていたのだが、だんだん畑を「ぞうさんのかいだん」と名づける子どものネーミングセンスに感心していた。台紙にした黒い表紙の大判のスケジュール帳は、みるみる膨らんでアコーディオンのようになった。会社の先輩たちが「今井、あれ見せてくれよ」とノートをのぞきにきては、あははと笑って立ち去って行った。一見すかして見えるクリエイター風情の先輩たちが無邪気に子どもの詩を面白がるのが、新鮮だった。

それから15年あまり。新聞ではなく娘のたまの実況で、子どもの言葉の面白さに毎日目を見張っている。

散歩中に「ママ こてなにかな」と立ち止まったのは、邸宅の玄関先。細い竹のようなものが植わっている。「なんだろね。竹かな」と言ったら、「まつげだよ」とたま。

また、別の日のこと。「みどり ことり」と韻を踏むのが聴こえて、絵本を読んでいるのかと思ったら、卓上カレンダーの表紙を見て、言葉をつけていた。クローバーのイラストの隣にカモメが並んでる。その隣のティーポットとカップを指差して、「これは何かな?」と聞いたら、「おちゃのじかん」と答えが返ってきた。

ところで、昨日の日記(「一週間は月曜日からか火曜日からか」の不一致)を読まれたご近所仲間で鉄道ファンのT氏より「世界の時刻表は月曜日から始まる」というタイトルのメールが届いた。

世界の航空会社のタイムテーブルを網羅しているOAG(Official Airline Guide)という歴史ある時刻表があるのですが、運航日の表示が月曜日:1、火曜日:2〜日曜日:7という表示方法を採用しています。また世界の鉄道の時刻表を網羅するThomasCook社の時刻表も運行日の表示は月曜日が「1」、日曜日が「7」です。

とのこと。時刻表も月曜日派だった!

2008年05月26日(月)  いい広告を作るには、いいオンナになれ。
2007年05月26日(土)  マタニティオレンジ124 役員仕切りのクラス会
2004年05月26日(水)  ニヤニヤ本『言いまつがい』
1979年05月26日(土)  4年2組日記 かみなり


2009年05月25日(月)  「一週間は日曜日からか月曜日からか」の不一致

昨日の夜のこと。「来週の予定どうなってる?」と何気なくダンナに聞いたことが喧嘩の発端だった。一週間は月曜から始まると考えるわたしは「来週=明日からの一週間」のつもりで言ったのだが、「日曜から始まる派」のダンナの新しい一週間は昨日の時点ですでに始まっており、「来週=次の日曜日以降」というズレが生じた。日付を確認して、互いの一週間のとらえ方がずれていることに気づいたのだが、「来週空いてる?」と聞いて予定を入れたら子守の都合がつかない、といったすれ違いにもなりかねない事態。

「危ない、危ない」「よく今までミスが起きなかったものだね」などと話しているうちに、「気をつけなよ。日曜から一週間が始まるのは常識だよ」とダンナがいばったので、「ちょっと待ってよ。月曜からじゃないの?」とわたしが反論し、「日曜派」と「月曜派」の戦いになった。月曜から土曜まで学校があって日曜が休みという学校生活を経て、社会人になっても月曜から金曜まで働いて土日が休みというのが一週間のリズムだった。フリーになってリズムはだいぶ崩れたけど、やっぱり月曜から金曜のあとに土日がくっつくという感覚がある。

「日曜日は市場にでかけ〜」の『一週間の歌』も「Sunday Monday Tuesday」の歌も日曜から始まるし、教会へ行く安息日を週の始まりととらえるのは欧米的な考えなのかもしれない。だけどダンナはクリスチャンでもないのに「日曜から始まるって決まっているんだよ」の一点張りで「月曜から始まるなんて言ってるのは君ぐらいだ」とまで言い張る。

「じゃあ『週末』って言葉はどうなるの?」とわたしは反論。「日曜が週の始まりなら、土日は週末じゃないんじゃないの?」と言うと、「日曜が土曜にくっついてるんだよ」と強引な答え。じゃあ辞書を引いてみましょうよと新明解国語辞典を開くと、

しゅうまつ【週末】 その週の終り。[日曜から週が始まると考えた場合も、月曜から週が始まると考えた場合も、土曜の午後もしくは金曜の夕方から日曜にかけての仕事休みを指す]ウィークエンド

とある。「見なさい。辞書には月曜から始まる考えもあるって書いてある!」と鬼の首を取ったように言うと、「君はときどきわけのわからないことを言う!」とダンナは逆上し、「そんなに月曜から始めたいのか! 一週間は8日欲しいとか一年は500日欲しいとか言うのか!」とダンナのほうが支離滅裂になった。

言い争ううちに、なんで日曜か月曜かでこんなに険悪になっちゃうんだろう、どうしてただ「なんでだろね。おかしいね」と面白がれないんだろと悲しくなったり、淋しくなったりして、娘のたまを道連れに玄関先へ家庭内家出して、さめざめと泣いた。こういうとき、子どもは、いつもならお友だちにつられて泣くくせに、へらへらにこにこ笑っていてくれる。「ママねえ、日曜日と月曜日とどっちがえらいかでパパと喧嘩したんだよ」と言ってもわからないだろな。でも、
子守話にしてみよう。

子守話70「日ようびと月ようび どっちがいちばん?」

日ようびと 月ようびが けんかした。
「いっしゅうかんのはじまりは 日ようびだ」
「いやいや 月ようびだ」
「月ようびは 日ようびのあとだ」

「いやいや 月ようびではじまり 日ようびでおわるのだ」 どちらも いじっぱりで ゆずらない。

「お日さまは お月さまより えらいから 日ようびがさきだ」
「日ようびは かいしゃも がっこうも おやすみで
 なまけているから えらくない」
「お日さまがなかったら お月さまはまっくらだから 日ようびのほうがえらい」
「なん月なん日というときは 月のほうがさきだ」
どちらも いっぽも ゆずらない。

けんかをみていた ほかのようびたちも くちをはさんで
「火がないと こまるから 火ようびが いちばんえらい」
「それをいうなら 水だって」
「いいえ 木がなかったら もっとこまる」
「水がなければ 木はそだたないよ」
「それなら 土もひつようだ」
「お日さまを わすれちゃ こまるね」
「お金があれば なんだって かえるさ」

「われこそは いっしゅうかんで いちばんえらい!」と
ぜんいんが いいはって おおげんか。
  それをみていた たまちゃんが
「だったら 玉ようびを つくる!」といいだした。
「た、玉ようび?」
7つのようびが びっくりしてききかえすと、
「いっしゅうかんは 玉ようびから はじまる!
 だって このカレンダーは たまちゃんのものだから
 玉ようびが いちばんえらい!」と
たまちゃんは じしんたっぷりに せんげん。

いっしゅうかんが 8にちになったら
7にちに1かいだった でばんが 8にちに1かいに なってしまう。
ラッキーセブンの7 にじいろの7 7が8になるのはイヤだ!
ひじょうじたいを まえにして
いっしゅうかんの ようびたちは たちまち なかなおり。
「玉ようびだけは やめてくれ!」と いっちだんけんけつして
8つめのようびが くわわるのを くいとめた。

日ようびがさきか 月ようびがさきか そんなことは どうでもよくなった。


学生時代、応援団にいたときにわたしの代の団長を誰にするかでもめた体験が、「玉ようび」のヒント。「そんなにもめるならわたしが団長をやる!」と言った途端、「それだけはやめてくれ!」と団長候補が団結した。

2008年05月25日(日)  カレーパーティ当日
2007年05月25日(金)  車椅子専用クッションのすわり心地
2005年05月25日(水)  オペラに恋して〜愛ラブ3テノール
2003年05月25日(日)  レトルトカレーの底なし沼
2002年05月25日(土)  イージーオーダー
1979年05月25日(金)  4年2組日記 おかあさんが帰ってこれるか


2009年05月24日(日)  「つばさ」第9週は「魔法の木の下で」

昨日、じいじばあばの家にお泊まりした娘のたまは、珍しくぐずったらしい。ダンナからも聞いていたのだが、朝電話すると、本人が「たまちゃん きのう ママがいいって ないたのよ」と教えてくれた。さらに「たまちゃん まだ かえれないの。ママ こないから」と言う。今日はわたしが仕事ですぐには家に帰れないことをわかっている。このところ、たまは自分の気持ちをだいぶ言葉で言い表せるようになった。パパと留守番していて、夜遅くになってもわたしが帰って来なかったとき、泣きやまないので、「じゃあママを見に行こうか」とパパに言われて表通りまで見に行ったら、気が済んで泣き止んだことがあったが、そのときも翌日になって「たまちゃん ママ まだかなって みにいったの。ママ いなかったの」と報告してくれた。

2才9か月でも淋しさと我慢の葛藤があって、それを言葉にできるんだなと感心すると同時に、言葉にできるようになる前から、感じていたのだなと思い、いじらしくなったり、胸がしめつけられたりする。

明日からの「つばさ」第9週「魔法の木の下で」には、真瀬の亡き妻・千波が娘の優花に遺した作りかけの子守話『おはなしの木』が登場する。優花が2才になった日に千波は亡くなったのだけど、きっと、そのときの優花には、すでにいろんなことがわかっていたのだろう。だからこそ、悲しみの傷は深いのだろうと思う。「優しい花」と綴る名前を持ちながら、花に優しくなれない優花。そこにも母親を喪ったことが影を落としている。彼女が優しい気持ちで花に向き合えるようになるために、つばさに何ができるのか……という週。8週に登場した『まじょのなみだ』が、9週ではつばさにヒントを与えることに。今後もちょくちょく登場するかぶりものの「あまたま君」「ぽてと君」が初登場。メルマガ「いまいまさこカフェ通信」20杯目の記事もあわせてどうぞ。

NHK連続テレビ小説「つばさ」(月)〜(土)放送中
【放 送】総合・デジタル総合 8:15〜8:30
     デジタル衛星ハイビジョン 7:30〜7:45
     衛星第2 7:45〜8:00
【再放送】総合・デジタル総合 12:45〜13:00
     衛星第2 19:30〜19:45/(土)9:30〜11:00(一週間分)

2008年05月24日(土)  カレーパーティ前日
2007年05月24日(木)  マタニティオレンジ123 モンスター親とアリガター親
2002年05月24日(金)  清川虹子さん
1979年05月24日(木)  4年2組日記 しゅうじで「ビル」


2009年05月23日(土)  広告業界200人!船上結婚パーティ

「サラリーマン転覆隊」というカヌー愛好会をやっている電通の本田亮さんと知り合ったのが昨年のこと。『サラリーマン転覆隊が来た!』『サラリーマン転覆隊 悪ガキオヤジが川に行く! 』『ママチャリお遍路1200km』などの著書があり、いい年した悪ガキ集団の珍道中を面白く読ませてもらったのだが、「転覆隊のジャニーズ村田が今井さんとお仕事していたそうで」と本田さんに言われて、驚いた。わたしがマッキャンエリクソンという広告会社でコピーライターをやっていた頃、東京ディズニーランドの広告を作っていたのだが、そのCM制作を担当していた葵プロモーションのプロデューサーだったのが、村田淳一さん。本に載っている写真に目を凝らせば、確かに村田さん。甘い顔立ちから、ついたあだ名が「ジャニーズ村田」。

本を読み終えてから「登場人物の一人が知っている人だった!」と知って驚いていたら、今度は東京ディズニーランドの広告を作っていたときのCMプランナーだった元同僚の宇野実樹嬢から「村田さんと結婚します」と知らされ、二度びっくり。おつきあいしていたことも初耳だったけれど、立て続けに村田さんがつながって、世の中狭いなあとつくづく思った。今はマッキャンから電通に移った宇野嬢が本田さんと同じフロアで働いているというのも、これまた偶然。

そんなわけで今日の船上結婚パーティには、新郎の職場の葵プロモーション、新婦の元の職場のマッキャンエリクソン、今の職場の電通、さらに転覆隊仲間の広告関係者が大集合となった。会社は違っても狭い業界なので、あちこちで「おひさしぶり〜」「ごぶさたしてます」が交わされる。

「あの二人がつきあっていたとは!」と驚いた次の瞬間には頭の中で二人を並べて、「うん、たしかにお似合いだ」と納得したのだけど、長身で華やかなルックスの新郎新婦が並ぶ図は、「ジャニーズ×タカラジェンヌ」といったところ。終始笑顔を交わして、とってもいい雰囲気。

「社内キョウサイ組合(共催ではなく恐妻)」の話で受けを取り、次第に自分の話に持ち込む電通の関西人上司氏のおとぼけスピーチで船内大爆笑。後に続くマッキャンの手島さんがすべったら……と危ぶんだら、新郎新婦をよく知っている手島さんは「俺は認めない! これはドッキリに違いない!」を連呼し、しっかり受けを取ってくれた。手島さんはわたしが会社を辞めたときの上司でもあり、「君が辞めるということは、それだけ脚本の仕事が軌道に乗ったということだから喜ばしい。でも、うまくいかなくなったら戻っておいで」と送り出してくれた。

転覆隊隊長の本田さんは「川下りの瀬に沈する前に妻の瀬に沈する悲哀」をぜひ味わってと激励し、家庭の瀬を乗り越えるオールを贈呈。隊員が結婚するときには贈るのがならわしなのだとか。

同じく転覆隊の「雄叫びの西橋」さんは、自ら作詞作曲した「弾丸ジャニー」を自らのギター演奏で熱唱。「M・U・R・A・T・A MURATA!」コールの大合唱で船が揺れた。

本田さんに紹介していただいて、転覆隊の皆さんともご挨拶できたが、西橋さんと「トライアスロンあらためジャグジー宍倉」さんとはとくにたくさん話せた。気さくで楽しい人たちで、本の登場人物に後から出会う楽しみも味わえた。

甲板でのブーケトスの後、新郎から新婦にサプライズプレゼント。東京の街を走り回り、「実樹、幸せになろうぜ」と書いたボードを100人の人に持ってもらった写真を撮り集め、コラージュする過程をビデオで上映した後、愛であふれたそのボードを贈呈。感激屋の新婦が涙で目をうるませながら読み上げた新郎への手紙は、「堂々とのろけたり素直にお礼を言えたりするのも今日ぐらいだから」とまっすぐ、まっしぐらな新郎への気持ちを披露。「今日の日をイメトレしていました」というのが、かわいい。幸せになろう、という目標を秘めておくのではなく、みんなの前で宣言するのが、爽やかな二人らしくて、微笑ましかった。

新郎の最後のスピーチにも、しみじみ。「これまで、人の結婚パーティには、あまり出なかった。自分がいてもいなくても関係ないと思っていた。でも、結婚を発表してからの数か月、すごく幸せだった。会う人ごとに、おめでとう、と声をかけられて、どんどん幸せになった。幸せは増幅するんだなと感じた。そして、自分たちを祝おうという人たちが集まった今日の会は、とんでもない幸せだった……」そんな感じの内容で、それを聞いたわたしも、たぶん同じ船に乗り合わせたみなさんも、幸せのおすそわけを受け取った。

おみやげは、「甘い」ときも「辛い」ときも一緒にいたいという二人の気持ちを込めて、オリジナルの刻印が入ったどら焼きと七味。こんなところも、わたし好み。村田さん、宇野、お幸せに!

2008年05月23日(金)  春の大掃除週間と娘の運動能力
2007年05月23日(水)  マタニティオレンジ122 おはなしたまちゃん
2005年05月23日(月)  ミヤケマイ/ミヤマケイ展『花よりだんご』
1979年05月23日(水)  4年2組日記 とみさわくん


2009年05月22日(金)  「いじわるのへや」の女王、たま2才9か月。

この一か月もあっという間に過ぎ、娘のたまは今日で2才9か月。あと3か月で3才、そして『ぼくとママの黄色い自転車』の公開日。2才9か月につけるキャッチコピーを何にしようかと考え、「おっぱい卒業」「丸が描けるようになった」(今までは線だけだったのが円を閉じられるようになった)「イヤイヤ本格シーズン」などの候補が頭に浮かんだが、先ほどパパに「このへや はいんないで。ここは たまちゃんのへや! いじわるのへや!」と言い張っているのを見て、「『いじわるのへや』の女王」とした。今週はパパの帰りが毎晩遅かったので、あんなにパパになついていたのが一転、「たまちゃん、パパにいじわるするのよ」と開き直っている。好きだからこそ憎いってやつかしら。

別段甘やかしているつもりはないけれど、厳しくしつけてもないうえに、じいじばあばには甘えたい放題という育ち方をして、世界は自分中心に回っていると思っているふしがある。「たまちゃん せっかくかわいいふく きていったのに かわいいって いってもらえなかった」。この自分大好き病が重症化しないよう(ほどよい自己肯定を残しつつ、鼻持ちならないナルシストにならないように)経過を見守っているところ。

「パパがでんわしているうちに アンパンマンみようよ」などと悪知恵もますます働くようになり、たま語はヒットを連発。だけど、書き留めるのが追いつかない。帰宅したパパに「おへやへ どうぞ」。どこでそんな言葉を覚えるのか、不思議不思議。今月のMVT(Most Valuable Tamago)は、じいじばあばのうちで「ウンチ!」と訴えたときに、飛び出した一言。

たま「ばあば、ウンチでる!」
ばあば「(おむつを確かめて)あら、もう出ちゃってるじゃない」
たま「もう いっぽん!」(そして、トイレで、成功!)

ウンチは一本二本と数えるのか! そもそも数える場面ってないよね〜と大笑いした。今日、保育園に迎えに行くと、一人でトイレに入り、自分でズボンとオムツを下ろして便座に腰を下ろしていた。こんなことも自分でできるようになったのか、とびっくり。そばにいると、つい手を出してしまうけれど、ほうっておくと、どんどん自力で解決してしまうのかもしれない。

「いじわる」と「いたずら」は知恵に比例してひどくなるのか、家中の薬や化粧品が空にされた一か月でもあった。バンドエイドはことごとく袋から出されてビヨーンと伸ばされ、ハンドクリームは水洗いされ、ポンプ入りのクレンジングの中身は床に押し出された。床がよく滑り、わたしが転びかけたときの顔がよっぽどおかしかったらしく、「ママ びっくりしてたねえ」と後からうれしそうにからかってくる。イジワル!

今夜の子守話は、「たまちゃんいっぱい」の話をリクエストされたので、実体験をふまえて「おりこうたまちゃん へそまがりたまちゃん」のお話。

子守話69「おりこうたまちゃん へそまがりたまちゃん」

たまちゃんは このごろ いじっぱりで いじわるで へそまがりです。
ママのことを ほんとうは だいすきなくせに
「ママ だいきらい」といって こまらせるのが だいすきです。
ママが「たまちゃん おしょくじよ。てを あらってらっしゃい」というと
「はーい。てを よごしまーす」と いたずらを はじめます。

ところが あるひのこと。
たまちゃんが てに インクをつけて せっせと よごしていると
せんめんじょから たまちゃんそっくりな おんなのこがでてきて
「おててを あらいました」と きれいなてを さしだしました。
「あら たまちゃんが ふたり!」
ママは びっくりしましたが たまちゃんは もっとびっくり。

しょくじのまえに たまちゃんは ふざけて
「ごちそうさま」と いいますが
  たまちゃんそっくりな おりこうさんは「いただきます」と てをあわせます。
もちろん だれかさんみたいに スープにぎゅうにゅうをいれて
「こうしたほうが おいしいよ」なんて いじわるを いったりしません。

おなかがいっぱいになると たまちゃんは
「まずかったー。おなか ぺこぺこー」と いいますが
おりこうたまちゃんは「おいしかったです。ごちそうさまでした」と てをあわせます。

おふろにはいって あたまを あらうとき
たまちゃんは いやだいやだと あばれますが
おりこうたまちゃんは おとなしくしています。

「おりこうたまちゃんと いたずらたまちゃん
 どっちが ほんものの たまちゃんかしら」と ママがいいました。
「こっちが ほんものにきまってるじゃない」と
たまちゃんは いおうとしましたが ひねくれものの くせがでて
「こっちは にせものでーす」と いってしまいました。
「へそまがりたまちゃんが にせものたまちゃんってことは
 おりこうたまちゃんが ほんものたまちゃんなのね」と ママは いいました。
おりこうたまちゃんは 「はい そうです」とこたえました。

と、そのときです。
「うえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
たまちゃんは じぶんでも びっくりするぐらい おおきなこえで
なきながら ママに だきつきました。
「ほんものの たまちゃんは こっちよ こっち!
 ママ そっちの たまちゃんは にせものだよ!」
ママは たまちゃんのあたまを よしよしとなでながら いいました。
「そんなこと わかっているわよ」
「え?」とおどろいて たまちゃんは ママをみました。
「たまちゃんのこと ママは せかいでいちばん よくわかっているからね。
 どんなに そっくりな にせものでも ママは ぜったいに みぬけるわよ」
でも たまちゃんが あんまり へそまがりで いじっぱりなので
ママは にせものたまちゃんに だまされた ふりをしたのでした。

たまちゃんが ないているあいだに
にせものの おりこうたまちゃんは いなくなっていました。
「さっきの たまちゃんは どこにいったのかな」
たまちゃんと ママが まどのそとの そらをみあげると
ちいさなほしが ぐんぐんと そらたかく のぼっていくのが みえました。

もしかしたら こまったママを たすけるために
おほしさまが おりこうたまちゃんに ばけたのかもしれません。


今日も『つばさ 絵本 まじょのなみだ』で日記を訪ねてくださる方が大勢。明日の放送にも、ちょこっと登場。絵本の世界が夢に出てきたという設定のメルヘンな美術にもご注目。いよいよ、明日は5月23日!

2008年05月22日(木)  マタニティオレンジ292 我慢と自惚れを覚えた1歳9か月
2007年05月22日(火)  万葉ラブストーリー2007脚本募集
1979年05月22日(火)  4年2組日記 外でしゅくだい


2009年05月21日(木)  「バカ」と言われて傷つき、「うるさい」と叫ぶ。

今朝、娘のたまを保育園に送って行くと、「お母さん、昨日の件はあれから三者面談をしまして、たまちゃんにもわかってもらいました」と担任の保育士さんに言われ、「昨日って……なんの話でしたっけ」となる。「たまちゃんが言われたあの言葉の……」とヒントをもらって、「ああ、あのことですか」と思い出した。

昨日、たまが登園したところに駆け寄ってきた同じクラスの男の子が、いきなり「たまちゃんってバカだね」と言ってきた。とてもうれしそうな「いいこと言うぞ」の顔でやって来たので、何を言ってくれるのか期待したわたしも面食らったが、たまは殴られたような顔になった。「わたし、きずつきました」と語るその顔がみるみる崩れて、「うえーん」と泣き出した。うちではバカという言葉を使わないし、たまが口にするのを聞いたこともないけれど、「バカ」の意味はわかっていて、それが人を傷つける言葉であることを身をもって感じているのがわかった瞬間だった。

覚えたての生意気な言葉を使ってみたいイタズラ心は理解できるし、男の子に悪気はなく、もちろん本心で言ったのでもないこともわかったので、「たま、大丈夫だよ。たまのこと、ほんとにバカだなんて思ってないよ」と慰め、涙をすするたまを託した担任の保育士さんが、その後で「三者面談」を開いたのだった、面談では、男の子がバカと口にしたことがなぜいけないのか、言われたたまがどんな気持ちになったのかを説き、男の子とたまの双方に「人にバカと言うのはやめようね」と言い聞かせたという。子どもだからと聞き流すのではなく、2歳児相手に真剣に向き合い、正しいことと間違ったことを諭してくれる先生の姿勢に頭が下がった。

人を困らせる言葉には子どもを喜ばせる中毒性があるようで、たまは「うるさい!」と叫ぶ快感に最近目覚めてしまった。保育園でこの言葉を叫んでまわりを凍りつかせるお友だちを見て、「うるさいといえば、みんなこまって、うごけなくなる」ことを覚えたらしく、うちで自分の思い通りにいかないことがあったときや叱られたときなどに「うるさい!」を連発するようになった。これまでは「ダメでしょ」「うるさいって言われたら悲しいよ」「そんなこと言うたまちゃんは嫌いよ」などと注意していたのだけど、いっこうに懲りてくれない。ちょうど今夜、また「うるさい!」が飛び出したとき、今朝の保育士さんとのやりとりを思い出して、「なぜ、うるさいと言ってはいけないか」にもう少し踏み込んでみようと思い立った。

「たま、うるさいって言われると、悲しい気持ちになるのは、どうしてかわかる? うるさいってことはね、あなたの声を聞きたくありませんってことでしょ。おしゃべりしたくないってことでしょ。それって、あなたとは何にも一緒にしたくありませんって聞こえるの。たまちゃんがママにうるさいって言ったら、ママはね、たまちゃんはママがいらないんだって思って、淋しくなるから、悲しい気持ちになるの」とわたしが語るのを神妙な顔で聞いていたたまは、
「うるさいって いって ごめんね。うるさいって もう いわないよ。ママ すき」と言った。ただ「ダメ」と言われるより、ダメな理由を説明されたほうが、腑に落ちる。2歳児にもその説得は十分通じるんだなあと感じた。

友人の川上徹也さんが書かれた本『仕事はストーリーで動かそう』の中に、教訓などを物語にすると、子どもにも理解されやすく、「嘘をついてはいけない」と理屈で言われるより、嘘をついたらどんな困ったことになるかを描いた「狼と少年」のストーリーに感情移入したほうが抑止力は働くといったことが書かれてあった。頭ごなしの禁止より、体温の通った言葉の説得、もう一歩進めて「おはなし」にしてあげると、「あなたのことを思って言ってるんですよ」という気持ちも一緒に伝えられる気がする。

そんなわけで今日の子守話は、なぜ「うるさい」や「バカ」と言ってはいけないか、のお話。

子守話68「うるさい ごめんなさい」

どうぶつむらに サイくんのかぞくが ひっこしてきました。
サイくんは はずかしがりやですが みんなと すこしずつ なかよくなって 
どうぶつむらが だいすきに なりました。

ところが あるひのこと。
サイくんと いつも いっしょにあそんでいる カバくんが
おもちゃの とりあいになったときに いいました。
「うるさい! うるさい! うるさーい! サイだから うるさーい!
 うるさい サイは あっちいけ!」
カバくんは おもちゃを とりあった いきおいで いったことでした。
「サイだから うるさい」なんて いったのも ふざけて いったことでした。
けれど サイくんは とっても かなしくなりました。
ころんだわけでも ないのに むねのおくが ずきずきと いたくなりました。

そのひから サイくんは だまりこくってしまいました。
カバくんが はなしかけても へんじをしません。
カバくんは じぶんが「うるさい」といったから すねているんだなと おもいました。
けれど あやまるのは おもしろくありません。
「なんだよ ふざけて いっただけなのに。
 ともだちなんだから わらって ゆるしてくれたら いいじゃないか」

ところが カバくんは ゾウくんと あそんでいて こういわれたのです。
「カバくんは バカだねえ。バカが さかだちしたら カバだもんね」
ゾウくんは おもしろがって いったのですが
カバくんは ちっとも おもしろくありませんでした。それどころか
「ゾウくんは ぼくのこと バカだと おもってたんだ」とかなしくなったり
「ぼくって ほんとに バカなのかな」となやんだりしました。
また「バカ」といわれるのが こわくて カバくんは だまりこくってしまいました。

くちを きかなくなった カバくんが うつむいて あるいていると
ドスンと なにかにぶつかりました。
「ごめんなさい!」
とおもわず こえがでて あやまった あいては サイくんでした。
「こっちこそ ごめんなさい」とサイくん。
「だいじょうぶ? ケガはなかった?」
「うん。サイくんも いたくなかった?」
サイくんと カバくんは おたがいを しんぱいする ことばをかけて
「だいじょうぶって きかれると なんだか うれしいね」
「うん。あったかい きもちになるね」とうなずきあいました。
サイくんと カバくんは しばらく だれとも おしゃべりしていなかったので
おしゃべりって やっぱり たのしいなと おもいました。

「こないだは うるさいなんていって ごめんなさい。もういわないよ」
とカバくんは あやまりました。
「ごめんなさいにも サイがついてるけど いわれても イヤじゃないね」
とサイくんは わらって いいました。


今日は、「つばさ」劇中では表紙しか登場しなかったにかかわらず、「絵本 まじょのなみだ」の検索結果でこの日記に飛んで来られた方が多数。来週9週の放送では、物語のラストが明かされるのでお楽しみに。5月23日まであと2日! 

2008年05月21日(水)  マタニティオレンジ291 徒歩20分の冒険
2007年05月21日(月)   マタニティオレンジ121 ついに床で寝る
2005年05月21日(土)  『サッシペレレ』でサンバナイト
1979年05月21日(月)  4年2組日記 水やり


2009年05月20日(水)  魔の2歳児のイヤイヤイヤがはじまった

魔の2歳児のイヤイヤはとっくに始まっていて、「うちのたまは軽いほうだわ」と思っていたら、なんのなんの本格シーズンに突入していないだけだった。昨日、保育園からうちに帰り着くまでに、これでもかのイヤイヤを浴び、世間のお母さんたちが「うちの子のイヤイヤにはほとほと参っている」とうなだれる気持ちがようやくわかった。

保育園の玄関にある自分の靴を、自分より先にママが見つけたのが気に入らず、イヤイヤイヤ。
靴箱が視界に入るところまで引き返して、やり直し。「ママは みないで!」と靴箱から目をそらさせる警戒ぶり。
保育園の庭から門まで出るまでに、帰りたくなくてイヤイヤイヤ。
整骨院へ立ち寄ろうとすると、最初は入るのをイヤイヤイヤ。なだめて入れば、今度は出るときに立ち上がらずイヤイヤイヤ。
自宅マンションまでたどり着くと、わたしがポストを開けたのが気に入らず、イヤイヤイヤ。「たまちゃんの みるの!」と言い張り、郵便物をポストに戻させ、開けるところからやり直し。だけど、自分あての手紙(といってもペンフレンドなどいないので、待っているのはしまじろうのDM)がないことに逆上してイヤイヤイヤ。
オートロックの鍵を開けるのも自分がやりたくてイヤイヤイヤ。
エレベーターがイヤイヤイヤで階段を上れば、2階を4階だと言い張り、「たまちゃんの おうちは ここよ」でイヤイヤイヤ。
部屋のある4階に来ると、「ここは 2かいよ」と言い張り、イヤイヤイヤ。

よくぞこれだけ楯突く材料があるものだなあとあきれたり感心したりしながら、自宅玄関にたどり着いた。反抗するというのは自己主張の現れで成長のしるしなのだと言うが、本人は時間が経つと、「たまちゃんね さっき 2かいを 4かいって いったの」と実に冷静に自分を見ていて、成長どころか、親を追い越しておちょくっとんのか!という気分になる。この先どれだけやりこめられることやら。

今日の子守話(数がふえたので、1〜25話26〜50話のページを分割)は「パパ いっぱい」の話。少し前のお風呂上がりに、たまが「パパ いっぱいのはなし して」と言い出し、2才にしてドッペルゲンガーを思いつくとは、と感心した。即興で家のあちこちからパパが現れる話をしたら大喜びだったのだけど、パパがふえる理由が空白で、しりきれとんぼになっていた。「5つ子案」や「夢落ち」などを考えてみたけど、イヤイヤ娘からヒントを得て、ぐずった台詞を聞き間違えたあわてんぼ天使の仕業にしてみた。ほんとに「パパ いっぱい」だと『マンマ・ミーア!』で困るけれど。

子守話67「パパが いっぱい」

たまちゃんが ほいくえんからかえってくると
「たまちゃん おかえり」
パパが げんかんで おでむかえして
たまちゃんのうわぎをぬがせました。

うわぎをぬいだ たまちゃんは いいにおいのする だいどころへ。
「たまちゃん おかえり」
なべをかきまぜているパパが ふりかえりました。
「あれれ パパ いつのまに たまちゃんを
 おいこして だいどころに きたの」と
たまちゃんは びっくり。
「きょうの ばんごはんは カレーだよ。
 さあ てをあらっておいで」
パパは なべをかきまぜながら いいました。

たまちゃんが せんめんだいで てをあらっていると
「ああ いい おゆだった」と
おふろから はだかんぼのパパがでてきました。
「あれれ パパ いつのまに おふろにはいったの?
 おなべを ほったらしにして だいじょうぶなの?」と
たまちゃんは またまたびっくり。
パパは バスタオルでからだをふきながら
「たまちゃん パパのきがえをとってきてよ」といいました。

たまちゃんが タンスのあるへやにいってみると
パパが せんたくものをたたんでいました。
「あれれ パパ いつのまに こっちのへやにきたの?
 おまけに いつのまに ふくをきたの?」と
たまちゃんは もっとびっくり。
「たまちゃん ふくがびしょぬれだよ。これに きがえなさい」と
パパは たたんだばかりのシャツを さしだしました。

シャツをきがえた たまちゃんが だいどころにもどってくると
なべのまえに パパがいました。
「あれれ パパ いつのまにか もどってる」
たまちゃんは もう なにがなんだか わけがわかりません。

トイレへいくと ドアがしまっていて なかから
「うーん。もうちょっとまっててね。うーん」と
パパのこえがします。
うわぎをぬがせたパパと おなじパパでしょうか。
それとも またもうひとり ふえたのでしょうか。

「あ そうだ。おふろあがりのパパ!」と
たまちゃんがおもいだして せんめんじょにかけこむと
バスタオルをまいたまま パパがふるえていました。
「たまちゃん はやく きがえをもってきてよ」

たまちゃんは タンスのあるへやに まいもどって
せんたくものを たたんでいるパパから
おふろあがりの パパがきるふくを うけとると
せんめんじょに いそいでもどりました。

ふくをきた おふろあがりのパパが
たまちゃんといっしょに だいどころにくると
テーブルには 3にんのパパがいました。
カレーをつくっていたパパと
せんたくものをたたんでいたパパと
げんかんで たまちゃんのうわぎをぬがせたパパ。
そこに「ああ すっきりした」と
トイレからでてきたパパが くわわりました。
「1、2、3、4、5。パパが 5にん!」
どうなってるのと たまちゃんは めをぱちくり くちをあんぐり。

どうして こんなことがおこったのでしょう。
それは あわてんぼの てんしの しっぱいでした。
こどものねがいをかなえてあげるのが てんしのしごとなのですが
あわてんぼてんしは とんだ ききまちがいをしたのです。
きのうのよる たまちゃんがぐずって
「パパ こわい。パパ こわい」とないたのですが
なみだごえで はながつまって
「パパ ごばい。パパ ごばい」と
くものうえの てんしには きこえたのでした。

パパ ごばい。
パパ 5ばい。

いつもは ひとりのパパが 5ばいの 5にんだったら。
たまちゃんの おねがいを かんちがいした あわてんぼてんしは 
はりきって たまちゃんのパパを 5にんにふやしたのでした。

てんしがかなえるねがいごとの ききめは たった30ぷん。
カレーをたべおわると
5にんだった パパは ひとりになりました。
どうやら カレーをつくっていたパパが ほんもののパパだったようです。
「おさらを あらうときまで いてくれたら ラクだったのにな」と
ひとりになった パパは ブツブツいいながら 
5にんのパパと たまちゃんの カレーのおさらを あらいました。

2008年05月20日(火)  物書きは孤独なさびしがり屋
2007年05月20日(日)  マタニティオレンジ120  たま9/12才
2005年05月20日(金)  『シェ・ルネ』→『ラ・ボエム』8時間の宴
2002年05月20日(月)  ともだちの写真集デビュー
1979年05月20日(日)  4年2組日記 はちがみねキャンプ場


2009年05月19日(火)  絵本『まじょのなみだ』を探している人

この日記をお借りしているサイト「エンピツ」にはアクセスログ解析がついてきて、みなさんがどこから飛んで来られたか、足跡をたどることができる。今朝から「絵本 まじょのなみだ」の検索結果でやってくる方が急増。「つばさ まじょのなみだ」「朝ドラ 魔女のなみだ」「nhk 魔女の涙」など検索ワードの表記もさまざま。探している人がこんなにいるんだ、とびっくりしている。

『まじょのなみだ』は、放送中の朝ドラ「つばさ」第8週で登場している番組オリジナルの絵本。今日は、ヒロインつばさ(多部未華子)が保育園で読み聞かせに挑戦し、「魔女の足跡はとても小さいので」と読み間違えて、園児の優花ちゃん(畠山彩奈)に「あしおと」と訂正されていた。『まじょのなみだ』は明日以降も登場し、9週まで2週間かけて物語の全貌が明らかになるので、引き続きお楽しみに。絵本とは違う理由で魔女が涙を流すという別バージョンのラストも用意されているので、お見逃しなく。

「つばさ」第1週の放送が始まってしばらくは、検索ワード「シーザー」で飛んでくる人が多かった。演出などスタッフの名前で飛んでくる人もあり、「この人を捜している人がいるんだな」と思ったりする。「脚本協力 今井雅子」のクレジットが出る月曜は「今井雅子」で検索して飛んでくる人がふえる。

ログ解析は、自分が関わっている作品への注目度を測る物差しにもなるし、「こんな検索ワードで飛んで来たのか!」という驚きも楽しい。「脚本家 速筆」とあれば、「誰か書ける人いない?」と必死で探しているプロデューサーの顔が浮かぶ。「逆さ吊りヌード」で飛んで来た人がいて、「まさか」と思ったら、友人ミヤケマイの作品にそういうものがあって、日記で紹介していた。自分で日記に書いても忘れていることは結構あり、訪ねてくれる人のおかげで、思い出させてもらっている。

2008年05月19日(月)  マタニティオレンジ290 クラスのお友だちがわかる
2007年05月19日(土)  MCR LABO #3「審判」@shinjukumura LIVE
2006年05月19日(金)  鴻上尚史さんと「恋愛」対談
2005年05月19日(木)  鬼界浩己事務所公演『グレートエスケープ』
1979年05月19日(土)  4年2組日記 大きなこぶ

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