2009年01月21日(水)  キスかキフか? 非常時に強い女と自転車の会

年に数えるほどしか会えないけれど、気まぐれにかかってくる電話のせいか強烈なキャラクターのせいか印象が薄まることのない『風の絨毯』プロデューサーの益田祐美子さんから、昨年の暮れ、一晩に4件の留守番電話があった。かけ直すと、「自転車の映画って今井さん? さっきまで企画売り込んだっていう小豆島のオリーブオイル協会会長と会ってたのよ。こども映画祭をやりたくて、映画のことすごくほめてたよ。じゃあ今度紹介するわ」。省略・飛躍の多い魔女田語を長年のつきあいで使い込んだ翻訳機にかけると、「どうやら『ぼくとママの黄色い自転車』の成立に関わった小豆島のオリーブオイル協会会長さんと益田さんが知り合って、映画の話になり、わたしとつながったらしい。こども映画祭を企画されているその方は、『ぼくママ』の仕上がりを気に入ってくださっているらしい。詳しくは、お会いしたほうが早い」となった。

そして、ひと月たった頃、再び魔女田コールがあり、「21日あけといて。例のオリーブオイルさんと会うから。東映の人も来るって。名前、聞いたけど忘れた」と告げられた。東映の人の名前は「2階にメモがあるから後でメールする」と言われたけれど、案の定メールは来ず、当日電話したときも、「わかんない」という返事で、やはり「行ったほうが早い」と思いながら、指定されたシーボニアメンズクラブへ向かった。

シーボニア〜は、お目にかかるだけで心躍る素敵な素敵な田邊のおじさま、田邊勉社長のお店。仕事で30分ほど遅れて到着すると、わたし以外の皆さんはそろわれていて、「席をあたためていました」と田邊のおじさまがにこやかに立ち上がられた。挨拶を済ませておじさまは立ち去られ、まずは、「木村さんだったんですか」と東映の木村立哉さんに再会。『ぼくとママの黄色い自転車』は東映制作ではないのだけど、木村さんはプロデューサーとして参加されていて、一緒に脚本を作っていた。それから、「オリーブオイル協会会長」は、小豆島ヘルシーランド株式会社の柳生好彦社長。「協会会長」も兼ねているのか、魔女田語録お得意の勘違いなのかは確認しそびれた。新堂冬樹さんの原作『僕の行く道』を読んで、舞台が小豆島ということもあり、ぜひ映画化したい、となったところ、すでに映画化の話が進んでいることを知り、木村さんに連絡を取って映画への協力を申し出てくださったそう。その柳生さんとクレジットロールで相合い傘のように仲良く並んでいる高山里美さんも紹介される。音楽関係のプロデュースを手がける株式会社ソフトウェア・ジャパンの女社長さん。さだまさしさんの主題歌は、この方がつなげてくださって実現したそう。魔女田さんと柳生さんは「こども映画祭」つながりで知り合い、魔女田さん以外の4人は『ぼくママ』つながりで、わたしと魔女田さんは『風じゅー』以来のくされ縁。そんな5人が集まって、話題の尽きない夕食となった。

『ぼくママ』の初号試写でオヤジたちがこぞって涙していた話にはじまり、高知を舞台にした映画『はりまや橋』のこと、柳生さんがあたためているこども映画祭構想、四国といえば先日『子ぎつねヘレン』が上映されたさぬき映画祭のこと。さらに、神戸にある全室スイートルームのラ・スイートというホテルが素敵よと教えてくれた高山さんが「アマゾンで一生分の虫を見てから虫嫌いを克服(超越?)」した話や「布団持ってキャンプに行く」話をし、夏になったら小豆島にみんなで遊びに行きましょう計画が飛び出した。再び話題は映画に戻り、「どんな話を映画にしたら面白いか」「この人の人生はどう?」などと話すうち、高山さんが猛烈に働いて巨額の借金を返した身の上話に。「その話がいちばん映画向き!」と盛り上がる。「あのね、女は非常時に強いのよ」と魔女田さん。今年6月公開予定の劇場版『築城せよ!』では700社からお金を集めたというから、集金力はさらに増強されているよう。「50億持ってる人と知り合って、映画作りたがってるのよ」などとあっけらかんと言うのだけど、どうやってそういう人と次々知り合うの?? 「最近ね、お金出してくださいってお願いしに行くときに、キスがいい? 寄付がいい? って聞くの。そしたら、みんなあわてて寄付にしますって言うのよ〜。中には両方って人もいるけど」と魔女田さん。『キスかキフか』、これ、次の魔女田本のタイトルにどうでしょう。キスカキフカ、お金が集まるおまじないみたい。

2008年01月21日(月)  マタニティオレンジ223 3日ぶりの母娘再会
2007年01月21日(日)  マタニティオレンジ62 母の誕生日を祝う娘
2006年01月21日(土)  ご近所仲間新年会
2005年01月21日(金)  1人1ピッチャー!? 体育会飲み会
2002年01月21日(月)  祭り


2009年01月17日(土)  押井守ワールド炸裂!舞台『鉄人28号』

天王洲の銀河劇場(旧アートスフィア)にて、舞台版『鉄人28号』を観る。プロデューサーの久保淳さん、アシスタントプロデューサーの黒田仁子さんとは、舞台『恋愛戯曲』の映画化や3Dアニメの企画をご一緒したことがあり、もともとは『パコダテ人』の前田哲監督の紹介で知り合った。会場受付で、ブタのPちゃん撮影以来の前田監督と、さらに久しぶりの木下ほうかさんに再会する。

『鉄人28号』は漫画もアニメも知らず、知っているのは冨樫森監督の映画版だけ。その前知識で観ると、鉄人28号と少年と博士が出て来るほかはまったく接点がなく、がらりと違う世界。原作のエピソードの幅が広いのか、監督/演出の味つけの差なのか。

押井守作品は不勉強であまり観ていないのだけど、歌で幕が開け、のっけからギャグの応酬で、こういう作風だったっけと面食らう。圧倒されて体が後ろのめりになり、やや引き気味の姿勢で観始めたのだが、なんなのだこれは、押井守ワールドなのだと納得して、不思議な世界を味わうことにした。

オリンピック前の野良犬狩りで最後に捕らえられる孤高の犬と孤独な女立喰師を重ねて描いていたのが面白い。押井氏は無類の犬好きだと聞くが、野良犬狩りのエピソードは原作にあったものなのか、オリジナルなのか。立喰師については著書も映画もあるので、押井氏のこだわりの持ちネタなのだろうとうかがえる。昨年だったか一昨年だったか、見逃したのだけど「真・女立喰師列伝という映画が公開され、食い逃げのプロに目をつけたのは面白いと思ったのだが、「食い逃げ」というアクションと「おんなたちぐいし」という響きの物悲しさの動と静の落差にも惹かれるものがあった。今日の舞台では、女立喰師の背負っている淋しさややるせなさがしみじみと語られていて、そこに押井監督のこだわりを見た。

南果歩さんが女立喰師と正太郎少年の一人二役を演じていたことに、目が悪いせいで、終わったときまでわからなかった。生命力できらきらしている15歳の少年と、人生に疲れきった中年女。まとう空気まで別人だった。テロリストを演じたダイヤモンド☆ユカイさんが歌、演技ともに存在感を放っていた。

2008年01月17日(木)  マタニティオレンジ221 薬を飲ませるべきか
2007年01月17日(水)  夢のお告げ!? 小さな鳥の物語
2003年01月17日(金)  Lunettes du juraの眼鏡
2002年01月17日(木)  HAPPY


2009年01月16日(金)  一人でパズル作ったりお話作ったり

一年前に保育園の進級記念でもらった10ピースの動物パズルを、娘のたまはいつの間にか一人で完成できるようになった。できるときはてきぱきと仕上げるのに、1ピース目で「できない」と投げ出すこともあって、気分にむらがあるのが面白い。完成するなりゴニョゴニョ言って、すぐに崩してしまうのだけど、そのゴニョゴニョが「たいしたことないからね」と言っているように聞こえる。謙遜しているつもりなのだろうか。

「このパズルに出てくる動物でお話作ってよ」と言うと、「ゾウさんとエレベーターにのったの。ゾウさんころんじゃったの。おんぶしてかいだんのぼってベビーカーにのっけたの。ウサギさんとキリンさんとシマウマさんとライオンさんもみんなでベビーカーにのったの。アンパンマンのおみせにいったら、まあっていって、アンパンマンもドキンちゃんもカレーパンマンもみんなであそんだの」。アンパンマンがゲストで登場したり、ベビーカーに箱乗りしたりという発想が新鮮。そのベビーカーは誰が押して、どこへ向かったのかなと想像して、今日の子守話が生まれた。

子守話38 ベビーカーのエレベーター

たまちゃんをベビーカーにのせて おさんぽしていた
ぞうさんがころんで けがをしました。
ぞうさんがあるけなくなったので
たまちゃんは ぞうさんを ベビーカーにのせてあげました。
とおりがかった きりんさんが ベビーカーをおしてくれました。

するとこんどは きりんさんがころんで けがをしました。
たまちゃんは きりんさんも ベビーカーにのせてあげました。
とおりがかった しまうまさんが ベビーカーをおしてくれました。

ぞうさんのおうちのいりぐちまできて
こんどはしまうまさんがころんで けがをしました。
たまちゃんは しまうまさんも ベビーカーにのせてあげました。
でも だれもベビーカーをおしてくれないので 
たまちゃんと ぞうさんと きりんさんと しまうまさんをのせた
ベビーカーは とまったままでした。

こまっていたら うえから ぞうさんのおかあさんのこえがしました。
まっててね いま むかえにいってあげますよ。
ぞうさんのおかあさんは 2かいのまどから するすると 
ながいはなをのばすと ベビーカーのハンドルをつかみました。
そして みんなをのせたベビーカーを2かいまでもちあげました。

ぞうさんのおかあさんが けがのてあてもしてくれたので
ぞうさんも きりんさんも しまうまさんも あるけるようになりました。
かえりは きりんさんと しまうまさんが 
たまちゃんのベビーカーをおしてくれました。
こんどは きをつけたので だれもころびませんでした。

2006年01月16日(月)  mixiに「脚本家 今井雅子」コミュニティ
2005年01月16日(日)  サイレント映画『A Clever Dummy』『The Cheat』
2004年01月16日(金)  尽在不言中〜言葉にならない〜
2003年01月16日(木)  ど忘れの言い訳


2009年01月15日(木)  身長5ミリで体重500グラム増

体重が55キロになる夢を見た。わたしは夢を見ながら夢を分析する癖があって、「このところ甘いもの食べ過ぎてるからなあ」と反省しつつ、「この夢の出所は、あれだな」と目星をつけていた。あれというのは、保育園の月に一度の身体測定の結果。娘のたまは、この一か月で「身長5ミリ、体重500グラム」増えた。1ミリにつき100グラム。10倍すると、1センチにつき1キロ。このペースで増え続けると、とんでもない肥満児になってしまう。大人並みの食欲で絶賛拡大中のわが子を見ながら、たのもしさを感じるとともに不安を覚えたのが早速夢に現れたらしい。

食べることへの飽くなき好奇心と意欲は、わたし譲りだと思われる。目の前においしいものがあればとことん向き合い、胃袋に納めてしまう。アメリカ留学中の一年間で20キロの増量に成功し、前年比150%の重量で帰国したわたしを見て、母は「打ち上げられたマグロ」と称した。縦ではなく横へ成長するわたしに、ホストマザーは「マサコはgrow upではなくgrow outしている」と絶妙な表現で警鐘を鳴らしてくれたのだけど。歴史は繰り返され、娘は今、まさにgrow out中。そんな娘につられて、わたしも増量傾向にあるのを、最近きつくなってきたジーンズが教えてくれている。家に体重計がないので正確な数字はわからないけれど、気を抜くと、ひと月で500グラムどころか2キロ3キロあっさり身につけてしまう。そういえば、妊娠中に「赤ちゃんは1ミリしか大きくなってないのに、あなたが1キロも増えてどうするの」と助産師さんに叱られたっけ。

太り過ぎて体が重くなると、動くのが億劫になってますます溜め込み型体質になってしまうことは、自身の体で実証済み。けれど、娘からもわたしからも食べる楽しみを奪いたくはない。となれば、食べた分を動いて消化するしかない。悪夢が正夢にならないよう、今年の目標に「階段を使う」を加える。

2008年01月15日(火)  マタニティオレンジ220 わんわん
2007年01月15日(月)  マタニティオレンジ59 人間ドライヤー
2005年01月15日(土)  ノンストップ『Mr.インクレディブル』
2004年01月15日(木)  谷川俊太郎さんと賢作さんの「朝のリレー」
2003年01月15日(水)  ひつじの国 ひつじの年
2002年01月15日(火)  ノベライズ


2009年01月14日(水)  ねんどせんせい、器を届けに来る。

ダンナの小学校時代の同級生で陶芸家のダンちゃんこと檀上尚亮さんが、京王百貨店での個展を終え、搬出を終えた帰りにわが家に立ち寄ってくれた。一昨日、個展を訪ねた折りに買い求めた器を、届けてくれたのだ。青いボウルは大ぶりのご飯茶碗として使うつもりだったのだけど、わが家の古株の丼たちと比べてみると、大きさも格も一段上で、上品な味つけの煮物を盛るのが似合うかしらんと考えが変わる。関西風の澄んだお出汁のうどんならいいけれど、カレーうどんは遠慮したほうがいい。ご飯を盛るとしても、山盛りではなく、内側の肌が見える程度のゆとりが欲しい。

せっかく来てもらったので一緒に夕食をとなり、豚肉鍋に加わってもらう。身近に陶芸家がいないので、「陶器を焼く窯で釜焼きピザは作れるか?(電気釜だと焦げ目がつかないのが致命的だそう)」などの話を興味深く聞く。ダンちゃんは陶芸家が登場するドラマの監修を務めた経験もあり、わたしの仕事にも興味と敬意を持って話題を振ってくれるので、話が弾んだ。職種は違うけれど、ひとつひとつ作品を重ねてその道を究めようとしている途中の者同士という親近感を抱いてしまう。

娘のたまは、昨年秋にダンちゃんの工房での陶芸教室に一家で参加したことを覚えていて、ダンちゃんのことを「ねんどせんせい」と呼んでいる。真剣に粘土をこねる大人たちを指導していた姿が印象に残っているよう様子。小学生の女の子がいるダンちゃんは子育ての先輩でもあり、たまの相手もお手のもの。すっかりなついたたまは、ダンちゃんが帰った後、「ねんどせんせい どこ?」と淋しそうだった。

2008年01月14日(月)  出前のちお取り寄せイタリアン
2007年01月14日(日)  innerchild vol.12『アメノクニ/フルコトフミ』
2004年01月14日(水)  泣けました、「半落ち」(横山秀夫)
2002年01月14日(月)  災い転じて


2009年01月12日(月)  陶芸家・檀上尚亮さんの個展

ダンナの小学校時代の同級生で陶芸家のダンちゃんこと檀上尚亮さんが京王百貨店の美術工芸サロンで個展をやるというので、一家ででかけることに。昨年ダンナが焼き鳥屋のカウンターで偶然の再会を果たして以来、鎌倉にあるダンちゃんの工房で体験陶芸教室を受けたりして、おつきあいが続いている。

一緒に陶芸教室を体験したセピー君にも声をかけて、現地で合流しようと話していたら、ご近所さんのK家から昼食のお誘い。ちょうどセピー君を引き合わせたいと思っていたので、これはいい機会。いつ行ってもおいしさとリーズナブルさと商売っ気のなさで驚かせてくれる飯田橋の中国料理『馥』で落ち合う。セピー君とK氏は予想通り意気投合し、経済や歴史の話に花を咲かせた。わたしとK夫人は、椅子にじっとしていない娘たちの散歩に付き合いながら、近況報告。店が入っている日中友好会館は、広々としたロビーと廊下と階段があり、休日はあまり人がいないので、子どもを遊ばせるには打ってつけ。

K家とは店で別れて、京王百貨店へ。陶芸家の個展には縁がなく、壺が並んでいる光景を想像していたら、普段使いにも良さそうな食器もあり、ちょうど欲しかった深めのボウルとミルクピッチャーに使えそうなソース入れを買い求める。ガラスを組み合わせた花器は、ほぼ完売。「チューリップを活けたらきれいかな」などと使い方を思い描いていると、「僕だったら、この器の美しさをどう活かすか、まわりの空間を考えますね」とセピー君。何を活けるかと考える実用派と、どう活かすかと考える芸術派の違いが見えて、おかしかった。

京王百貨店でのダンちゃんの個展は、売り込みで始まって、今回で10回目。売り上げが悪いと次はないそうだけど、毎回声をかけてもらっているとのこと。来年、さ来年もお邪魔して、少しずつ買いそろえていけたらいいなと思う。知っている人の作った器が生活にあるのはうれしいし、「これ、知り合いの陶芸家が作ったの」とテーブルの話題のきっかけができるのも楽しい。友人ミヤケマイの作品のように、あれよあれよと人気が出て、そのうち手が出ない高嶺の花になるかもしれないけれど、それはそれで楽しみ。

2008年01月12日(土)  boofoowooの服
2007年01月12日(金)  『半島を出よ』(村上龍)
2002年01月12日(土)  アボルファズル・ジャリリ 


2009年01月09日(金)  同じところをぐるぐる

整骨院で診療を受けて、スリッパから靴に履き替え、履いていたスリッパを棚に戻すと、水玉の長靴と目が合った。「あ、わたしと同じ靴の人がいる」と言いかけて、今いた患者は自分一人だったことと思い出し、「あ、わたしの靴だ」と思い至る。その間、約5秒。足元を見ると、スリッパを脱いで履き替えたのは、別なスリッパだった。

振り出しに戻るというのか、堂々巡りというのか、同じところをぐるぐるしまうことが、ときどきある。地下鉄の乗り換えで、都営から営団に乗り換えるつもりで、改札を出て、移動して、改札を入ると、再び都営に戻っていたりする。頭の中で仕事のことを考えたりしながら何かをすると、そういうことが起こる。思考回路と連動して、ぐるぐるしてしまうのだろうか。

同じことを繰り返すといえば、お正月を一週間程過ぎたこの時期、「2度目の年賀状」がちらほら届く。元旦にきちんと届けてくださった方が、こちらからの年賀状を見て、「早々の賀状ありがとうございました」「遅くなってすみません」などと、今年の初めてのような文面で送ってくださる。それに続く文章が一通目とまったく同じ人もいれば、まったく違う人もいて、興味深い。

今年2本目の子守話は、またしてもバナナの話。リクエストの多いバナナパンのレシピを織り込んで。朝食をしっかり食べることも今年の目標。
子守話37 まっくろけバナナ

みちのまんなかで バナナが3ぼん ないていました。
えーんえーん わたしたち まっくろけに なっちゃったよう。
きれいなきいろだったのに まっくろけに なっちゃったよう。
とおりがかった たまちゃんが いいました。
なかないで バナナさん。
まっくろけのかわをむけば きれいな みがでてくるよ。
たまちゃんは 3ぼんのバナナを おうちにつれてかえりました。
まっくろけのかわのしたは きれいな きいろいみでした。
わたしたちは おいしくたべてもらえることが いちばんのしあわせですと
バナナたちは こえをそろえて いいました。
そこで たまちゃんは バナナパンをつくることにしました。

おおきなボウルに たまごをひとつ ポーンとわりました。
たまごをぐるぐるまぜたら ぎゅうにゅうを100みりりっとる。
ぐるぐるまぜたら こむぎこ150グラムをふるいにかけます。
ぎゅうにゅうたまごいけに こなゆきが しゅらしゅらとふります。
バナナを3ぼん つぶしてまぜて しあげに サラダあぶらをちょっぴり。
あぶらをぬったカップ6つにするするとながして
250どの あつあつのオーブンで10ぷん。180どで あと5ふん。
こんがりきつね色にやけたら できあがり。

やきたてのバナナパンは とってもいいにおい。
ほくほく あちちといいながら たまちゃんはたべました。
まっくろけになっちゃったとないていた3ぼんのバナナは
かげもかたちもありません。でも バナナパンをたべると 
たまちゃんのおなかは ほんわかあったかくなりました。

バナナさんたち きっとよろこんでいるね。

2008年01月09日(水)  マタニティオレンジ218 ミキハウスの服
2007年01月09日(火)  マタニティオレンジ56 男の人が歌う子守歌
2004年01月09日(金)  ヨシミン(井野上豊)
2002年01月09日(水)  見えなかったB


2009年01月05日(月)  suicaに利息がついた!?

自動改札で引っかかり、精算機でsuicaをチャージして驚いた。残額の末尾が「76円」となっている。電車代は10円刻み、なのに6円というこの半端な数字は何だ? 頭の中を「?」でいっぱいにしながら改札を通り抜け、「そうか、利息がついたんだ」と納得した。利率があまりに低いので、さんざんチャージして、ようやく6円という数字になったのではないか。たった6円とはいえマイレージがついたようなほくほく感を味わいながらエスカレーターを上りかけて、「ちがーう!」と叫びそうになったのは、少し前にジョナサンで初めて「suicaで精算」をしたことを思い出したからだった。924円のような額ではなかったか。半端な6円の正体がわかり、下手に喜んだだけに損した気分になった。

それで思い出したのは、年末にダンナと新宿のすずやでとんかつ茶漬けを食べていたときのこと。味噌汁を90円プラスで豚汁で格上げしたのだが、その中に小口切りの白ネギがたっぷり入っていた。おいしそうに食べるダンナに「鍋物のネギは嫌いなのに、こういうネギは好きなの?」と不思議がると、「大きく切ってヌルヌルするのが嫌いなんだよ。細かく切ってるやつは好き」と答えがあった。「同じネギなのに、変なの」と言うと、「同じ人間でも好きなときと嫌いなときがあるでしょ」と言われた。その瞬間、わたしの顔がニタリとなったらしく、「君のことを『好き』って言ったんじゃないんだけど。そこだけ聞いて喜ぶなよ」と呆れられた。

星占いでもおみくじでも、自分に都合のいいところだけ目に飛び込んで、他は見ないし、見ても忘れる。『子ぎつねヘレン』の脚本を読んだプロデューサーに「君のト書きはひどいね。どこで勉強したの?」と言われたのを、「台詞はうまいってことなんですね」と喜んで、呆れられた。でも、脚本家も妻も、くじけず、いじけず、たくましくやっていくためには、自己肯定が何より大事。図々しいぐらいのおめでたさが身を助けるように思う。

おめでたい性格を物語る事件を、ついでにもう二つ思い出した。

その1、丸見え事件。就職して間もない頃、大学の応援団の後輩の演舞を観に行った。トイレから出て来たわたしを他大学のチアリーダーがすごい勢いで「先輩!」と追いかけて来たので、「他大学の後輩に、こんなに慕われてたんだ」と自惚れたら、「先輩、パンツが丸見えでいらっしゃいます」。スカートの先っぽが下着の中に入り込んでいた。そりゃあ息せき切って追いかけますわなあ。

その2、松田聖子事件。会社のパーティで、今はなきベルファーレで踊り狂っていると、わたしに向かってフロア中の人々が殺到してきた。その中の一人の男性をつかまえて、「何があったんですか?」と聞くと、「松田聖子さんですよね?」と言われた。「私ですか? いえ、違います」と動揺しながら答える間に、その男性はわたしの横をすり抜けて行った。わたしの後方に出来た人だかりの中心に本物がいたことを後日写真週刊誌で知った。

思い込みの激しさと自意識過剰の組み合わせが、おめでたい勘違いを引き起こす要因だと思われる。年を重ねて落ち着きが出て来たのか、最近は勘違いのスケールが小型化していると自分では思っていたけれど、suica利息事件で、おめでた思考回路の健在ぶりが証明された。

2008年01月05日(土)  2008年のわが家の目標:湯気の立つ家
2007年01月05日(金)  佳夏のお墓参り
2005年01月05日(水)  英国旅行10日目 オクトパスと三越とママの会とフレンチ
2002年01月05日(土)  知ってるつもり


2009年01月03日(土)  初カレー 初映画 初買い物


丸の内の日劇で『K-20 怪人二十面相・伝』を観るため、日比谷に出る。映画の前にお昼をどこで食べようかと考え、有楽町から東京駅方面に5分ほど歩いて、『サイト名』へ。去年連れて行ってもらい、すっかり気に入った南インド料理店。マサラドーサ(写真左。ポテトの香味炒めを包んだインド風パリパリクレープ)とダバミールス(写真右。バナナの葉っぱに盛りつけた南インド式カレー定食)。年始の初カレーにふさわしい内容で、大満足。今年もおいしいカレーに出会えますように。

箱根駅伝のゴールに向かって帰ってくる選手を待ち受ける人たちがちらほら集まり出したなか、有楽町へ戻って、初映画『K-20』。『パコダテ人』でご一緒した石田和義さんがプロデューサーで関わっている。日本もハリウッド映画顔負けの超大作を作れるようになったんだなあと圧倒されることしきり。徹底的に痛快娯楽作を追求していて、見どころは盛りだくさん。サーカスの曲芸に始まり、泥棒修行、20面相との対決と肉体を躍動させる金城武を見ているだけで飽きなかった。なぜか笑い上戸のおばさまが多い回で、場内はたびたび爆笑に包まれ、「ここは笑いを撮る場面ではないのでは」と最初は戸惑いつつもつられて笑い、映画の舞台になっている昭和のあの頃、こんな風にみんなおなかの底から笑って映画を観ていたのかな、と思ったりした。やっぱり映画はスクリーンで観なくちゃ。今年は去年よりも映画館へ足を運べますように。

初買い物は一年前のお正月バーゲンで衝撃的な出会いをしたフランシュリッペで、スカートとチュニックを買う。童話の挿絵のような柄が楽しい。2万円以上買うと2000円引きになるキャンペーンを丸井全館でやっていて得をした気持ちになるが、50%引きだと思って買ったチュニックが30%引きになっていて(わたしの思い違いかレジの打ち間違いかは不明)、2400円の損失。400円の僅差ではあるけれど、試合に勝って勝負に負けた気分。服を買うのもひさしぶりだけど、今年はもう少しおしゃれを楽しむ余裕を持てますように。

2008年01月03日(木)  マタニティオレンジ216 ついにはまった「おしりかじり虫」
2007年01月03日(水)  マタニティオレンジ52 飛行機で大阪へ
2005年01月03日(月)  英国旅行8日目 妻・母・長女の家と財布とシーザー
2004年01月03日(土)  庚申塚の猿田彦神社
2002年01月03日(木)  留守番


2009年01月02日(金)  2009年の目標「時間を守る」「子守話百話」

新年の目標らしきものを元旦のうちに立てそびれた。新年2日目になって、さて何にしようかと考える。去年は保育園の遅刻の常習犯だったので、今年は送り迎えともに時間内に行けるようにしなくては。打ち合わせへもぎりぎりの到着が目立ち、いちばん下っ端なのに皆様をお待たせしてしまうこともたびたびだった。娘のたまに「ちょっと待っててね」と言ったきり待ちぼうけを食わせることも多かった。「時間を守る」ことは、人の時間を大切にすること。そのことを心がける一年にしようと誓う。

今日、たまが聞かせてくれたお話は、年末からよく言っていた「あるひ、バナナは、ぶらぶら」の話。年を越して、続きが膨らんで、これまで聞かせてくれた中でいちばん物語らしくなっていた。最後の一行は、上野動物園でゾウがバナナを食べさせてもらうときに鼻を持ち上げる格好を「なんちゃって」と呼んでいたのが、バナナからの連想で出て来たらしい。友だちになったと思ったみんながバナナを食べてしまうという毒のある結末をお茶目に救っているようにも読める。そのまま採用して、今年最初の子守話に。親子合作でペースが上がっていることだし、今年中に、めざせ百話!

子守話36 バナナとみんな

あるひ バナナは ぶらぶらしたの
ゾウさんがきて バレリーナしたの
バナナは こんにちはしたの
ワニさんもきて こんにちはしたの
クマさんもきて こんにちはしたの
それから プリンたべたの
さいごに みんなで バナナたべたの
ゾウさんは なんちゃって したの

2008年01月02日(水)  ベイビー・ジェーン・キャシャレル目当てでバーゲンへ
2007年01月02日(火)  新年の掘り出し物『クリスマスの笑顔』
2005年01月02日(日)  英国旅行7日目 生家と古城とリモニー・スニケット
2004年01月02日(金)  金持ちよりも人持ち
2002年01月02日(水)  パワーの源

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