11日の震災後、初めてスーパーを利用しました。仕事帰りに寄った19時前の逗子のスーパースズキヤ。ニュースや新聞で話は聞いていましたが、本当に品薄でした。水・パン・米・卵・豆腐・パスタ・インスタントスープ・お惣菜等々の棚が、がらーんとしていました。なんだこれ?工場や流通拠点の被災により品薄になっている商品も一部にはあるようですが、ほとんどが危機感からくる買占め的なものでの品薄ですよね。別にいつもはこちらにまわる分の商品が被災地に届いているわけじゃないですよね。仕事していたら開店早々に買い物なんて行けないし、仕事帰りでは通常範囲の買い物すらできやしない。ちょっとなんだかなと思ってしまいました。ガソリンスタンドもすごい状態になっているとのこと。本日の読売新聞夕刊には、逗子市内のガソリン待ち大行列の写真が大きく掲載されていました。こちらは列車運行の乱れ対応策として車通勤する方が多くなっているからなのでしょうか。ラジオでリスナーからのメールが紹介されていました。「訪問介護の仕事で車は必需だけれど、ままならない」と。 −−−過去の今日のこと−−− 2010年03月15日(月) JR横須賀線 武蔵小杉駅開業2009年03月15日(日) 野菜づくり−チンゲン菜の花2008年03月15日(土) しおかぜカードの抽選に応募2007年03月15日(木) そろそろ奈良へ。2005年03月15日(火) おにぎりやさん 【米cafeBOX】2004年03月15日(月) 納豆と格闘2003年03月15日(土) 肉料理のお店 【マリーアレル】2002年03月15日(金) 【サンマルク】でホワイトデーディナー
東日本大震災対応での週明けの混乱ふたつ。『東京電力の計画停電(輪番停電)』私が逗子の自宅のある地域のグループ分け(第1グループらしい)をざっくりと把握したのは昨日22時前後。6時20分−10時実施予定とのことで、出勤時には停電だろうと必要な準備をして就寝。この件の逗子市からの一報は深夜1時半過ぎの(防災メール登録者への)メール。朝6時には防災無線放送あり。しかし、結果的には出勤前の6時30分過ぎ、第1グループの6時20分からの停電は回避が発表される。今日の第1グループは16時50分−20時30分も対象だったが、いまのところこれも回避。18時30分現在、実施は第5グループの一部(17時−)のみ。ただし明日以降のことは現時点で不明。『列車運行ダイヤ』早朝、登録しているyahooの路線情報メールで夫が通勤で使うJR横須賀線の見合わせを知り、夫に伝える。夫は車出勤を決めていつもより早く出社支度。その時点で私の使う京浜急行は運行を決めていたけれど、遅れを見越していつもよりも早めに出勤。新逗子駅では25分程待ち、ホームはJR逗子駅からまわってくる人であふれかえっていたけれど、金沢文庫駅で当駅始発の微妙な行き先の臨時特急電車が出たこともあって、私は余裕で出社。ただ、実際はこの時点でJR線等の隣接する京急各駅はホームへの入場制限で大混乱だったらしい。実際職場でも遅れてくる方ややむなくお休みの方多数。京急はマニアや沿線住民には「いっとけダイヤ(人身事故等運行支障時も運転見合わせではなく、行けるところまで行っとけというスタンス)」「京急が止まれば全てが止まる(要はめったなことでは運休しない)」で有名だけれど、今朝はまさに京急様様。しかし。一転、お昼過ぎに「京浜急行、15時30分前後で全線運転見合わせ」との情報をネットで見てぼう然とする。最初はデマかと思った程。これではJR横須賀線が動いていない今、それこそまた先週金曜日の帰宅困難者になってしまう。慌てて身内に公式発表を確認してもらい、職場の責任者に運休情報の再確認をしてもらう。結局その情報は正確で「帰宅困難者(自己申告)は14時30分で仕事を打ち切り、帰宅」となる。私ももちろんその申告をして、無事運休前に逗子までたどり着くことが出来た。ここでも最初は「金沢文庫行き」だったはずの電車が文庫到着後、急きょ「新逗子行き」になる「いっとけダイヤ」が発令されて恩恵に預かる。しかしすでにこの時点で金沢八景駅から三浦半島を南下する電車は皆無。従ってそちら方面に向かうバスは超混み。−−−−−この日記を書いているようにネットで電力を使ったりもするけれど、自分に出来ることは限られているから、出来る限りの協力はします。朝でも夜でも停電も受け入れます。でも、交通機関だけは本数が少なくても一時運休になってもいいから、全運休は本当にやめて下さい。そもそもJRが始発直前になって運休を決定するから、朝のラッシュ時の混乱をすべてかぶった京急が「夕方ラッシュ時の安全性が確保出来ない」と撤退をしてしまったわけで。非常事態とは言え相互の意思疎通ぐらいは図って下さい。明日は普通に通勤出来ますように。−−−−−追記。21時30分現在、JR横須賀線は東京−逗子間で運行となり、京浜急行も20時30分頃から新逗子駅を含む区間限定で復旧しつつあります。ま、もう私は今日はいいけど。 −−−過去の今日のこと−−− 2010年03月14日(日) タワーマンション訪問2009年03月14日(土) キーボード2カ月2008年03月14日(金) 豪雨2005年03月14日(月) 片付け魔になる2004年03月14日(日) 友人お泊りの週末2003年03月14日(金) 『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』鑑賞2002年03月14日(木) 名古屋『異国の丘』遠征より帰館〜お散歩日記〜
3月11日(金)14時46分東北地方太平洋沖地震発生マグニチュード9.0地震発生から丸2日が経った今、死者行方不明者1,800人超え南三陸町だけでも安否不明者は1万人以上更には原発トラブル被害状況は想像を絶する事態になっています。地震が発生した時、私はバイト先の物流センター1階で作業をしていました。職場のある場所の震度は5強。人生約40年、初めて地震で死を覚悟したし、いい年をして泣いてしまうほどの恐怖を体験しました。16時で仕事が終了となり、電車が止まっているからとりあえず歩けるところまで歩こうと帰路についた私が最初に目にした被災地の映像は、関内駅前の店頭TVで流れていたニュースの宮城県名取市を襲った津波の映像でした。濁流が街を飲み込み走っている車を容赦なく襲うその映像は、現実のものとは思えない衝撃でした。弟の力を借りて21時前に実家に着いてから目にしたニュースも、どれも目を覆いたくなる惨状を伝えていました。彼方から向かってくる津波に何もかもがのみこまれてゆく陸前高田の街、火の海になっている気仙沼市。10年程前に岩手宮城周辺を旅行した時、気仙沼に宿泊して唐桑半島にある津波体験館という施設に立ち寄ったことがあります。津波の起こる仕組みを勉強したり疑似体験の出来る施設です。そのような施設のある津波の怖さを十二分に知っている地域の方々でも地震から間をおかずに発生した津波に対しては、なすすべがなかったのでしょう。本当にむごい話です。節電,募金,(必要がわかれば)物資提供等、自分に出来ることをしながら、ひとりでも多くの方が救出されることを祈っています。そして自宅では余震に備えて常備してある非常用持ち出し袋を玄関脇に出しておいています。自分で出来ることは自分で。「大地震が予見されている東京に住んでいるのに何の防災の備えもしないで、被災した時に人に頼るだけではいけない」から。 −−−過去の今日のこと−−− 2010年03月13日(土) 劇団四季『クレイジー・フォー・ユー』2009年03月13日(金) 朝からどっきり2008年03月13日(木) ドラマ『鹿男あをによし』第9話2005年03月13日(日) スパゲッティとドリアのお店 【ファーム】2003年03月13日(木) PCと格闘中2002年03月13日(水) W杯:一駅一国運動