2015年06月26日(金)  短編映画『やきそば』完成しました

津田豊滋監督と去年から作っていた短編映画『やきそば』(28分)が完成し、先日関係者試写がありました200人あまりの方が観に来てくださったそうです。

撮影監督出身で、『冷静と情熱のあいだ』で日本アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞している津田監督と知りあったのは、監督作品『丹下左膳 百万両の壺』が公開される少し前のこと。
(「今度やる映画」とチラシをもらったので)

渋谷のセガフレードでたまたま二つ隣のテーブルでお茶していて、共通の友人に紹介されたら、関西人同士で意気投合。「いつか仕事しよな」が十年越しに実現。打ち合わせは関西弁でぽんぽんと。
相方に逃げられ、妻子に去られ、引退の日を迎える鳴かず飛ばずの漫才師を萩原聖人さんが熱演。『パコダテ人』での函館スクープ記者よりさらに孤軍奮闘ダメ男。ラストの破れかぶれ漫才に役者魂を見ました。

別れた妻役に田中千絵さん(『海角七号』で台湾のトップスターに)。
音楽は稲本響さん(『長い散歩』『イキガミ』)。
短いなかに、登場人物の、作り手の、愛がぎゅっと詰まった作品になりました。

まずは海外の映画祭に出すそうで、一般公開は未定です。



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2013年06月26日(水)  沈黙のち行列(実践女子大学講演・後編)
2012年06月26日(火)  地上350メートル
2011年06月26日(日)  サンリオピューロランドを「たまセンター」と呼ぶ
2010年06月26日(土)  JAGDA新人作家展とキャンドル展とことりっぷ
2009年06月26日(金)  江ノ島の大道芸人「のぢぞう」さん
2008年06月26日(木)  知らなかった、大坂夏の陣『戦国のゲルニカ』 
2007年06月26日(火)  マタニティオレンジ136 サロン井戸端
2004年06月26日(土)  映画『マチコのかたち』


2015年06月21日(日)  舞台「残夏-1945」公開稽古を観ました!(続き)

知人の野崎美子さんが演出する舞台「残夏-1945」公開稽古レポート。
一日では書ききれなかった、その続き。

聾者の母と娘を持つ主人公の「地続きになりたい」という台詞が印象的だった、その精神は「サイン アート プロジェクト.アジアン」の心意気にも通じるのではないか、というところで昨日の日記は終わった。

そのサイン アート プロジェクト.アジアン設立の中心になったのが、今回のプロデューサーでもあり出演者でもある大橋ひろえさん。

大橋さんといえば、昨年観た大窪みこえさんとの二人芝居「名もなく美しくもなく貧しくもなく」が記憶に新しい。さらにさかのぼって2008年に観た「ちいさき神の、つくりし子ら」に出演されていたのも印象に残っていた。

その日の日記を掘り起こすと、そこには「同じ景色を見ることはできなくても、相手がどんな気持ちでそれを眺めているかに思いを馳せることで、分かち合うことはできる」とわたしの感想があった。時がめぐり、今手話を学んでいるのは、そのときの気持ちが続いているのだろうと思う。

>>>2008年02月09日(土) プレタポルテ#2『ちいさき神の、つくりし子ら』

公開稽古の後の懇親会にもお邪魔させていただいた。

わたしの右隣には主人公の母を演じた五十嵐由美子さん、向かいには主人公の上司と主人公の母の両親のお隣さんを演じた西田夏奈子さん(「えびぞり子」のあだ名があり、手話ネームは「えびちゃん」)、右斜め向かいには手話通訳の高山さんという四人テーブルに着き、左隣には主人公の娘役を演じた貴田みどりさんがいて、左斜め向かいには主人公の元夫を演じた渡辺英雄さんがいた。途中で貴田さんのいた席に大橋さんが来た。

今観たお芝居の感想を伝えたくて、たどたどしい手話で話した。

大橋さんには「名もなく美しくもなく貧しくもなく」の感想も直接伝えられた。
「うちの娘は、カーテンコールのときの大橋さんの手刀が頭の上まで来る『ありがとうございました』が忘れられないみたいで、今でもやってます」というのも伝えられた。

大橋さん以外の方のお芝居を観るのは、この日が初めてだった。

五十嵐さんは、その身体表現の鋭さ、強さに圧倒された。誇りを持って生きる聾者の母の、内には様々な感情が渦巻いているけれど、凛と生きようとする姿が、伸びた背筋から伝わって来た。

お話はできなかったけれど、舞踏家として活躍されている雫境さん(主人公の母の父親役)の動きは舞踊のポーズの連なりのようで、手話表現と身体表現が溶け合って体全体がメッセージ体となっていた。

貴田みどりさんの吸い込まれそうに大きな瞳は、ときには手以上に饒舌に物語り、普段から「手話は手だけで表現するものではない。表情が大事!」と言い聞かされている手話学習者にとっては、あれだけ大きな瞳は望めなくても、手持ちの目玉をもっと表情豊かに動かせば女優の表現力に近づけるのではないかと思うのだった。

わたしの拙い手話を読み取るのは、かなりの集中力と想像力を要すると思うのだけど、お話しさせていただいた聾者の役者さんたちは「わかりますよ」と温かくうなずいてくれた。言葉が通じるってことは、地続きになるってことだなあとうれしくなった。

声のお仕事が多いのも納得の渡辺英雄さん、主人公夏実を演じた日野原希美さんのメリハリのある手話にも感心したのだけど、お二人とも元々やっていたわけではなく、今回の役が決まってから手話の台詞を身につけていったのだとか。もちろん役者の表現力もあるのだけど、手話に限らず、言葉というのは、伝えたいメッセージがまずあれば、表現はついてくるものなのかもしれない。目が離せない手話というのは、何かを懸命に訴えかけている。

手話というものにあまり触れたことがない人には、「残夏-1945」は手話表現の美しさ力強さに出会うきっかけになると思うし、手話を学んでいる人には、手話表現の奥深さに惚れ直すいい機会になると思う。

そして、自分とは異なる文化や価値観を持つ国の人たちと、あるいは戦時を生きた人々と、地続きになって同じ景色をわかち合おうとするすべての人々に、人と人がわかり合うことの意味を問いかけてくれる舞台だと思う。

サイン アート プロジェクト.アジアン公演
「残夏-1945」

座・高円寺2(東京)
2015年7月9日〜12日
9(木) 19時開演
10(金) 14時開演/19時開演
11(土) 13時開演
12(日) 13時開演

広島市東区民文化センター大ホール
2015年7月18日(土)13時開演/18時開演 

長崎市チトセピアホール
2015年7月25日(土)13時開演/18時開演 

ところで、話は昨日の日記の冒頭に戻って。
「聴こえない国の俳優と聴こえる国の俳優たちとのバイリンガル上演です」という野崎さんからの案内メールを見て、「松森果林のUD劇場〜聞こえない世界に移住して/b>」というブログを書かれている松森果林さんを思い出し、去年講演を聞いて以来やりとりさせて頂いている松森さんにメールを送った。

松森さんのことを思い出す機会はちょくちょくあり、5月に放送されたFMシアター「沈黙とオルゴール」の作者で中途失聴者の桑原亮子さんを紹介してもらったときも、松森さんにお伝えしたいと思いながらメールを書きそびれていた。

そうしたら、松森さんのほうでもわたしのことを気にかけてくださっていたようで、
「私の友人がシアターアクセシビリティネットワークの理事長で舞台などの様々な情報支援をやっているのですが彼女と会うたびに、今井さんを思い出しいつかご紹介したいなーと思ったりしていました」と返事をいただいていた。

懇親会の帰りに公演事務局のヒロカワさんに飲み代を渡したら、なんとその彼女が松森さんのいう「いつかご紹介したいなー」の廣川麻子さんだった。
「松森さんから聞いてました!」と興奮気味の手話で伝えた。

そもそも松森さんと親しくなったのは、一昨年聞いた講演の感想をわたしが日記に書いたものを松森さんが読まれて、感想をくださったから。松森さんがお子さんと初めて見た字幕つきの日本映画が、わたしが脚本を書いた『子ぎつねヘレン』というご縁があった。

>>>2013年07月04日(木) 聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐ(松森果林さん講演)
>>>2013年08月14日(水) 「子ぎつねヘレン」と手話がつながった

手話は引き寄せ名人。手を動かすと、引き寄せビームが出るのではなかろうかと思うくらい、点がどんどんつながっていく。この先どんな出会いが待ち受けているのか、指文字の「き」(きつねの形)を指先を自分に向けて顎の下に当てると、「期待」。



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2013年06月21日(金)  EDITORY×エンブックス×ツブヤ大学「絵本をつくろう!」
2010年06月21日(月)  紙芝居のわんわんにパンをあげたい
2009年06月21日(日)  朝ドラ「つばさ」第13週は「恋のバリケード」
2008年06月21日(土)  親目線で観た劇場版『相棒』
2007年06月21日(木)  マタニティオレンジ133 おおらかがいっぱい
2005年06月21日(火)  『子ぎつねヘレン』ロケ見学4日目
2002年06月21日(金)  JUDY AND MARY
1998年06月21日(日)  カンヌ98 2日目 ニース→エズ→カンヌ広告祭エントリー


2015年06月20日(土)  舞台「残夏-1945」公開稽古を観ました!(続く)

手話を学び始めて3年目。
聴こえない人とつながるための手話は、ご縁をつなげる引き寄せ名人でもある。

瀬戸内国際こども映画祭の立ち上げのときに出会った野崎美子さんから演出する「残夏-1945」のメールが届いたのは、手話講座の帰り。「聴こえない国の俳優と聴こえる国の俳優たちとのバイリンガル上演です」とあり、これは観なくては!と野崎さんに早速連絡。翌週の手話講座で時間をもらって告知をしたところ「これは手話劇ですか?」と受講仲間から質問が。内容をよくわからないままではうまくおすすめできない、と今日の公開稽古を見学させてもらった。

舞台はよく観に行くけれど、稽古場にお邪魔する機会はなかなかなく、ましてや手話通訳付きの舞台稽古を見せていただくのは初めて。演出の野崎さんの言葉を役者さんに伝える通訳さんの手話は、的確で美しいだけでなく稽古場の緊張感に溶け込んでいて、「カッコいい」と見入ってしまった。

タイトルの「残夏」をわたしは最初「ざんか」と読んでしまったけれど、正しくは「ざんげ」。チラシには「聞かせてください。あなたの手に残された夏を」のメッセージが。手に残された夏とは、七十年前の戦争の記憶。長崎で被爆した聾者の母(五十嵐由美子)を持つ主人公の夏実(日野原希美)は、聞こえない母の通訳をさせられることに反発して家を出て、広島で結婚。産まれた娘(貴田みどり)は聾者で、手話を使いたがらない夏実との溝は深まるばかり。聾者の母と娘に挟まれた聴者の夏実の追い込まれぶりは、傍目に見ていてもしんどく、別れた夫(渡辺英雄)のおおらかさがあればと思ってしまう。「取り残された夏実」も略して残夏。

タウン紙の記者として働く夏実がダメ出し連発の後に通した企画が、聾者の原爆被爆体験を取材するというもの。聾者の被爆者役は聾者の砂田アトムさんが演じられるが、稽古の日は手話通訳さんが代役。それでも手話で語られるあの日の広島に、稽古場の空気は一気に重くなり、見学者一同固唾をのんで見守った。

タウン紙の取材を終えた夏実は、母ともう一度向き合うべきだと感じる。「あんたのセラピーのためにお金は出せん」と言い切りつつ、記事になるなら出張させてやるから企画書書けとせっつく編集長(西田夏奈子)が男前!

好きだったのは、ともに聾者だった夏実の母の両親(雫境、大橋ひろえ)とお隣さん(ケガで退役した軍人=宮崎陽介とその妻=西田夏奈子)の関係。聴こえない国と聴こえる国の住人が食べ物をやりとりして心を通わせていくさまに、隣にインド人一家が越してきた幼い頃を思い出した。「お隣さんに持って行き」と母に言われ、お好み焼きや天ぷらをお裾分けに持って行っては、カレーをジャーとかけられた。そのうちに「インドの人たちのカレーは、どんな食べ物にも合うし、そうするのがインド流なんや」とわたしも家族もわかってきた。「うちらはやらへんけど、お隣さんにはあれが正解なんや」と今はやりの「ダイバーシティ」を子どもなりに理解していた。食べ物を分け合って「おいしいね」と笑い合うのは、心の壁を解かす最強の方法かもしれない。

夏実にとっては祖父母にあたる聾者夫妻とお隣さんの、戦時中で物が豊かでないながらも心豊かな日々は原爆投下で破られる。こんないい人たちを、こんなあたたかい暮らしを一瞬で地獄絵に巻き込んでしまった原爆のおそろしさが際立った。

このとき夏実の母はまだ乳飲み子だったから、母の記憶は、後にその母(夏実の祖母)から伝え聞いたものだ。夏実に被爆体験を語る母は、辛い話を聞き出して何の意味があるのかと問う。「地続きになりたい」という夏実の答えが印象に残った。被爆体験、聞こえない世界。そこに身を置くことはできなくても心を置くことはできる。それは、この舞台を上演する「サイン アート プロジェクト.アジアン」(大橋ひろえさんが中心になって設立して十周年!)の心意気にも通じるのではないだろうか。

座・高円寺2(東京)
2015年7月9日〜12日
9(木) 19時開演
10(金) 14時開演/19時開演
11(土) 13時開演
12(日) 13時開演

広島市東区民文化センター大ホール
2015年7月18日(土)13時開演/18時開演 

長崎市チトセピアホール
2015年7月25日(土)13時開演/18時開演 

※長くなったので、一旦アップします。続きはあらためて。稽古の後の懇親会に参加させてもらって出演者の皆さんとお話しできたことなど、ご報告したいことが山盛り!



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2010年06月20日(日)  ぶり大根のおねえちゃんのマンマ・ミーア
2009年06月20日(土)  台詞もト書きも日々の生活の中に
2008年06月20日(金)  マタニティオレンジ301 太ももで豆腐うらごし
2005年06月20日(月)  『子ぎつねヘレン』ロケ見学3日目
2004年06月20日(日)  日本一おしゃべりな幼なじみのヨシカのこと
1998年06月20日(土)  カンヌ98 1日目 はじめてのカンヌ広告祭へ 


2015年06月05日(金)  堺っ子襷リレーで「阪堺電車」映像化

「わが町を映画・ドラマの舞台に!」は、あちこちの自治体で聞かれる声。わが故郷・大阪府堺市も例外ではなく、「堺を舞台にした脚本を募集して、映像化できないか」という相談を受けたのが2012年のこと。多額の費用をかけて劇場公開ご当地映画を作るより、まずは「地元の人たちが堺でシナリオハンティングして、自分たちで脚本を作るワークショップをしてみては?」と提案。

「ドラマティックな町というのは、降ってくるものではなく、住人が自分で何気ない日常の中にドラマを見出して、磨いていくべきでは」という「石ころを宝石へ」の想いから、「ドラマティック堺さがし」と名づけたワークショップ第一弾は「高校生×阪堺電車」。高校生6チームと走る阪堺電車に乗り込んでシナハンし、6本の脚本が生まれました。

>>>2013年12月14日(土)の今井雅子日記

その原形をほぼ活かして、モノローグと6本をつなぐ3人組おばちゃん(里子、和子、市子、頭文字をつなげると「さかい」)を登場させて、今井雅子が1本のオリジナル脚本にし、堺市のサイトで公開したのが2014年の2月。

>>>「阪堺電車」オムニバスドラマ脚本とオリジナル脚本

この脚本を「羽衣国際大学 現代社会学部 放送・メディア映像学科」の村上清身教授のゼミが特別カリキュラムを組んで映像化することになり、6月5日、堺市市役所にて制作発表が行われました。

村上先生、監督を務める3年生4人、ロケマネの3年生、アシスタントディレクターの2年生3人、とともに会見に臨みました。質疑応答、会見の後の囲み取材も盛り上がり、関心を寄せて聞いていただけたことに感激しました。

発言を重ねるにつれ、学生監督達たちの言葉に力がこもり、「私ならこう撮る!」という意気込みが見えてきたのが頼もしく、その後の竹山修身市長表敬では、見違えるような堂々とした受け答えに。得難い体験を積みながら、どこまで伸びてくれるか、楽しみです。

その一方で、自治体の自己満足に終わらないものを「発信」していかなくてはという思いも強くしました。学生達の手作りを言い訳にせず、技術はプロに及ばなくても、プロにはない熱量で圧倒するものを作ってほしいと心から願います。それは若いエネルギーであり、枠にとらわれない自由さであり、二十歳の今ならではの世界観だと思います。

映像作りに参加することがゴールではなく、この作品を通して、作品の向こうにいる人たちに何を届けたいか、監督一人一人の思いをのせて、思いきり暴れてほしい。遠くに住む親戚のおばちゃんのような目で、「阪堺電車」と作り手たちの成長を見守っています。

高校生が作った脚本を、わたしがつなげて、大学生が映像化。新旧堺っ子の襷リレー作品「阪堺電車」の行方に関心を寄せていただけたらうれしいです。
>>>堺市ホームページ内「阪堺電車」制作ページ(メイキング日誌があります)

ドラマティック堺さがしワークショップ、第二弾は昨年「中学生×堺市博物館」で実施。第三弾はこの夏、小学生と行う予定です。わが町をドラマの山にするかドラマの持ち腐れにするかは自分次第。そのことに気づくドラマティックハンターを育てていくことが、ドラマティックな町を作る。そんな「石ころ式」の輪が他の市町村にも広がっていくといいなと思います。



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2010年06月05日(土)  野菜が食べたい
2008年06月05日(木)  マタニティオレンジ297 Macで『たまアルバム』作り 
2007年06月05日(火)  『風の絨毯』の中田金太さん逝く
2005年06月05日(日)  2人×2組の恋の映画『クローサー』
2004年06月05日(土)  『ジェニファ 涙石の恋』初日
2002年06月05日(水)  シンクロ週間



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