2005年10月31日(月)  もしも、もう一度子育てができるなら。

最近、わたしのまわりは赤ちゃんづいている。今日は大阪に帰ったついでに、妹夫婦の長女ともよちゃんと、義弟夫婦の長男はるき君に会ってきた。「赤ちゃんがかわいらしいのは、愛されるために神様がそう創ったのだ」という話を聞いたことがあるが、黒目80%のつぶらな瞳に引き込まれ、表情の微妙な変化を眺めているだけで、時間が過ぎてしまう。ちょこっとでも笑ってもらえたらメロメロ、泣かれたらオロオロ、でも何されてもヨシヨシ。たまに会うから身勝手なおばさんできるのだけれど、甥っ子姪っ子はまるごとかわいい。

ご近所仲間ではロンドンのY夫妻に2月に長女ゆきちゃんが誕生したのに続き、8月には歩いて五分のところに住むK夫妻に長女まゆこちゃんが誕生。家で仕事しているわたしは、ちょくちょくお邪魔させてもらい、会うたびに微妙にでも着々と成長しているまゆこちゃんの変化に立ち合わせてもらっている。「赤ちゃんは幸せを運んできてくれるって本当だね」とまゆこママのきょうこちゃんは言い、ゆきママのいづみさんは「ロンドンの助産婦さんがこんな素敵な言葉を贈ってくれた」とDiane Loomansという人の書いた詩"If I had my child to raise over again"を紹介してくれた。いい言葉だなあと思ったので、Y夫妻の協力を得て、日本語訳をつけてみた。
If I had my child to raise over again,
I'd finger-paint more and point the finger less.
I'd do less correcting and more connecting.
I'd take my eyes off my watch, and watch with my eyes.
I would care to know less and know to care more.
I'd take hikes and fly more kites.
I'd stop playing more serious, and seriously play.
I'd run through more fields and gaze at more stars.
I'd do more hugging and less tugging.
I would be firm less often, and affirm much more.
I'd build self-esteem first, and the house later.
I'd teach less about the love of power,
and more about the power of love.

もしも、もう一度子育てができるなら、
指差してお説教するかわりに、指でお絵かきしよう。
間違いを探すより、触れ合いを増やそう。
時計を見るより、わが子を見よう。
知識を気にかけるより、思いやる気持ちを知ろう。
山登りをしたり、凧揚げをしたりしよう。
まじめぶるのをやめて、まじめに遊ぼう。
もっと野原を駆け回ったり、もっと星を眺めたりしよう。
ダメと押さえつける代わりに、いいよと認めてあげよう。
厳しく縛りつける代わりに、優しく抱きしめてあげよう。
自信を築き上げるのが先で、家を築くのは後でいい。
力を愛することより、愛の力について教えよう。

By Diane Loomans 今井雅子訳

詩といえば、きょうこちゃんが「本屋で立ち読みしたら涙でぐしょぐしょになってしまったので、責任取って買いました」という絵本『わたしがあなたを選びました』を読ませてもらった。これから生まれようとするおなかの中の赤ちゃんが、まだ見ぬ、だけどつながっているお父さんお母さんに期待や不安やお願いを語りかける。産婦人科医である著者・鮫島浩二さんは、「赤ちゃんを想像するお産」を提唱していて、どうやったら母となる妊婦たちが胎児の気持ちに思いをはせやすいだろうと考えたとき、あふれ出した言葉が詩になったとのこと。 この詩のコピーが共感を呼んでお母さんの手から手へ広まり、植野ゆかりさんの絵が添えられて絵本になったそう。作品のお産もまたドラマティック。

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2004年10月31日(日)  ご近所の会@タンタローバ
2002年10月31日(木)  青年実業家


2005年10月30日(日)  同窓会は最高のセンセイ

いざ同窓会当日。仕切りならまかせてのマキがクルマの手配までしてくれて、10:20に家の近くまでノボルッチが迎えに来てくれ、わたしの後にマリちゃん、マキを拾って会場へ。

11時に幹事が集合し、まず自己紹介から。450人の大きな学年だったので、顔しか知らない人も多いし、顔も知らない人もいる。東京在住リモート実行委員のわたしは口だけ出して、手足を動かすのを地元実行委員に任せていたのだけど、完璧なまでに準備が整っていたことに感心、感激。

わたしの本日初仕事は、カラーコピーしてラミネート加工した卒業アルバムを貼りだすこと。高倉台小学校、三原台小学校各6クラス、三原台中学校11クラス。ホワイトボードにカラフルなポスター(ミワちゃん作)を貼ったり、ポラロイドカメにフィルムを詰めたり、集合写真の返信用封筒に各自住所を書いてもらうための「見本」を用意したりしている間に受付開始の12時になり、同級生や先生方が続々登場。「わー」「きゃー」「わかる?」「覚えてる!」と感動の再会が繰り広げられる。

8月時点で80名だった参加表明者が日に日に増えて、10名の先生方も合わせると120名の出席となった。オレオレ詐欺と間違われながらクラス名簿頼りに電話かけまくった子、首にアイスノン当てて同級生の実家200軒にチラシを配った家庭訪問部隊(団地の階段がきつかったらしい)たちの積み上げた数字。話題をふりまく名人だった佳夏も、最後に自分の蒔いた種がこんなおおごとになってびっくりしているかもしれない。「100人超えるのはすごいことですよ」と会場の支配人。これだけ幹事が打ち合わせに足を運んだのも珍しいらしく、地元の交渉部隊はすっかり会場スタッフと顔なじみ。

13時過ぎ開会。司会はリレー形式で、開会の挨拶はわたし。今日来るのにみんな勇気出したと思うけれど、連絡のつかない同級生や先生方を探し出すためにもっと勇気を出し、汗をかいた地元実行委員がいたこと、この同窓会のきっかけとなった同級生の佳夏のことを話し、乾杯の音頭のノリオにつないだ。ノリオのしゃべりの引力は今日の収穫。間の取り方、言葉の選び方、惚れ惚れするほどうまくて、会場の関心を見事に引きつけていた。乾杯に続いて、ヨーコが来席の先生方を紹介。小学校と中学校の先生が同席する同窓会は珍しいと思うし、戸惑われた先生方も多いだろう。転入出の多い学年だったので、小学校だけの同級生も中学校だけの同級生も一同に会せるように「小中学校合同」というスタイルを採った。

ナカノ先生の発案で、最後に先生代表にしていただく予定だったスピーチを一人一言テーブルスピーチに切り替え、急遽フルッピを司会に任命。アドリブとは思えないユーモアの効いたコメントをはさみながら、上手に先生方の言葉を引き出してくれた。フルッピも普段から司会慣れしているのか、続いてのゲーム大会の司会もつなぎの言葉が実になめらか。司会に事欠かない学年だったとは。

百円争奪じゃんけんゲームの優勝者は、同級生のミヤが連れてきた、3歳ぐらいの男の子。「勝ったというより、負けてもらっただけだから」とミヤが遠慮し、戦利品の大量の百円玉は二次会資金に寄付された。

BGMは小中学校時代の流行歌。リクエスト曲のリストを会場側に出し、カラオケでかけてもらっている。CDを買って編集するより手間も省けて、グッドアイデア。
【歓談タイム】 ◆カーマは気まぐれ(カルチャークラブ) ◆青い珊瑚礁 (松田聖子) ◆ヤングマン(西條秀樹) ◆異邦人(久保田早紀) ◆ハッとして!Good(田原俊彦) ◆少女A(中森明菜) ◆ハイスクールララバイ(イモ欽トリオ) ◆セーラー服と機関銃(薬師丸ひろ子) ◆いとしのエリー(サザンオールスターズ) ◆待つわ(あみん) ◆男の勲章(嶋大輔) ◆翼の折れたエンジェル(中村あゆみ) ◆ギザギサハートの子守唄(チェッカーズ) ◆UFO(ピンクレディ) ◆ツッパリHigh School Rock'n Roll登校編(横浜銀蝿) ◆YES・NO(オフコース) ◆およげたいやきくん(シモンマサト) ◆ビューティフルネーム(ゴダイゴ) ◆完全無欠のロックンローラー(アラジン) ◆リフレックス(デュランデュラン) ◆まちぶせ(石川ひとみ) ◆昴(谷村新司) ◆HERO(甲斐バンド)
【記念品贈呈】 ◆贈る言葉(海援隊)
【エンディング】 ◆卒業写真(荒井由実) ◆卒業(斉藤由貴)

「料理は絶対余るから少なめに頼もう」と人数の八掛けで注文。でも、どっさり余る。しゃべるのと笑うので口は大忙し、食べてるヒマなんかない。撮った写真の少なさにもびっくり。ほんとに盛り上がっている瞬間は写真を撮ることも忘れてしまう。

宴もたけなわ、歌姫マリちゃんの司会で校歌斉唱。これも3校分。それぞれの学校に乗り込んでカラオケテープを入手してきた。行ってない小学校の校歌を歌うのは新鮮。三曲目の中学校の校歌は、大いに盛り上がった。

先生方に花束贈呈の後、写真室に移動して120人の大集合写真撮影。ぎゅうぎゅう詰めでほろ酔いの集団は、カメラマンにとっては難しい被写体だったのでは。シャッターを押すと「ええっ、もう?」と突っ込み、何枚も撮ると「どこが悪いんじゃ!」と突っ込み、うるさいことこの上ない。どんな写真が上がってくるのか楽しみ。

2次会のはじまる前、先生方に記念品のアルバムを手渡す。今日撮ったポラを納めたもの。「仲のいい学年なんですね」と小学校の先生に言われ、「いえ、けっこうバラバラでしたよ」。でも、この一年間でずいぶん仲良くなりました。風化していくだけだったはずの小中学校の思い出。こんなに面白くて働き者の同級生がいるなんて、この同窓会がなかったら、知らずに年を重ねていくどころだった。ずっと住んでいて古ぼけていくだけだった家の下に埋蔵金が埋まっている、と告げられたような感じ。

大阪に発つ前、「週末は同窓会のためつかまりません」と今仕事しているプロデューサーに伝えたら、「同窓会は最高の先生と言う言葉がありますよ」と教えてくれた。本当に、その通り。

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2004年10月30日(土)  グリー(gree.jp)1か月
2002年10月30日(水)  2002年10月に書いたもの


2005年10月29日(土)  お茶→シュウマイ→お茶 6時間プレ同窓会

先日のインタビューで「脚本以外で今いちばん関心があることは?」と聞かれて、「同窓会」と即答した。今関わっているどの作品よりも構想期間の長いプロジェクト、それが小中学校合同同窓会。昨年の寺岡佳夏を偲ぶ会で走り出した計画は、一年余りの時間をかけて肉付けされ、勢いをつけ、ついに明日の本番を迎えることになった。

一日早く大阪入りして、今日はプレ同窓会。中学校のソフトボール部と高校の1、2年で一緒になったヨーコ(一年ぶり)が伊丹空港まで迎えてくれ、近況を報告しながら難波へ。待ち合わせ場所のサンマルクカフェに集まったのは、ソフト部で一緒だったオカさん(20年ぶり)、ヨシキョー(『パコダテ人』大阪公開ぶり)、そして、中学校時代はしゃべったことなかったけど同窓会の準備を通して仲良くなったマキ(5月の企画会議ぶり)。おめあてはすぐ近くの一芳亭。昭和8年開業の中華の老舗で、名物は卵の皮でくるんだしゅうまい。「何個でもいける」「肉団子も絶品」と同窓会サイトの掲示板で話題になっているのを東京から指くわえて眺めていたのだけど、ようやく噂の味にありつけることに。

お店が空くのを待って1時半頃入店。どんどん頼み、しゃべりながら平らげ、また頼む。シュウマイ、肉団子、春巻き、鳥の唐揚げ、エビのてんぷら、酢豚……。隣のテーブルの客が四組入れ替わる。店のおばちゃんがわざとらしく醤油瓶を替えにくる。2時間粘って、ひとり1400円。安っ! シュウマイは一人前6個で315円だった。

まだまだしゃべるでーと、なんばパークス2階のAL AVIS(アルアビス)へ。イタリアのバールがお手本というカフェで、お値段は手ごろだけどコーヒーもデザートも本格的でおいしい。東京にも進出してくれないかな。

同級生は自分が忘れていたことを代わりに覚えていてくれる。「ヨーコが集合写真見て、『いややわー、あたしの足むっちゃ太い』って騒いでたら、それ、マイマイの足やってんなー」とヨシキョー。言ったヨーコも言われたわたしも忘れてたけど、「そら、ひどい話や」と大笑い。ティッシュペーパーみたいに、思い出話が一枚一枚引き出されて、またしても2時間経つ。

今日いちばん飛ばしていたのはヨシキョー。佳夏顔負けの弾丸トーク。だけど、同窓会実行委員に入っていない彼女は、さんざんしゃべった挙句に「うわっ、明日の同窓会むっちゃ緊張してきた。あたし、人見知りやねん」と言い出し、「あんたが人見知りやったら、みんな人見知りするわ!」と全員に突っ込まれた。プレ同窓会はばっちり。ちょっと喉が痛い。

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2003年10月29日(水)  日米合作映画『Jenifa』完成試写
2002年10月29日(火)  『風の絨毯』ワールドプレミア


2005年10月23日(日)  ついに早稲田松竹で『インファナル・アフェア』

今日は原稿書きに集中しようと思い、映画好きのご近所仲間T氏に「ダンナを預かってもらえませんか」と相談。ベビーシッターならぬダンナシッター。そういや昔、中国のデパートに託児所ならぬ託男所がお目見えという記事を読んで、これはナンセンスコメディのネタになりそうだと切り抜いたっけ。「だったら、早稲田松竹で『インファナル・アフェア』気鉢兇鯑麕槊てでやるんですけど」と言われ、預けるつもりの本人が「行く」と乗ってしまった。

『インファナル・アフェア』を知ったのは『1』のビデオが出る少し前。知り合いから『無間道』という香港映画のタイトルを日本語の名前にできないかと相談され、無謀にも作品を見ずにネーミング案を出したのだが、そのせいかどうか、丁重なお礼とともに「しっくりくる日本語がないので、英語題の『インファナル・アフェア』で行きます」と報告をもらった。

時は流れ、『インファナル・アフェア』伝道師(成瀬巳喜男伝道師を兼任)T氏から「ぜひ観てください」「まだ観ていないんですか」「靴慮開前に気鉢兇魎僂討いてください」と言われつつも機会を逃し、ついにはDVDプレーヤーとソフト(インファナル・アフェア II 無間序曲)を買い与えられながらも見逃していたので、「スクリーンで観られるなら行こう!」となったのだった。

はじめて行った早稲田松竹は高田馬場駅から徒歩5分。二本立て料金で1300円で気鉢兇鯊海韻憧僂襦いやー、これは面白い。警察とマフィアが互いにスパイを送り込むという発想が秀逸なのだけど、送り込まれた本人の苦悩、スパイ探しに躍起になるそれぞれの組織の内情、そこに生じる混乱と誤解がストーリーを何重にも面白くしている。『供戮呂舛腓辰鳩譴領しすぎではという感が否めないけれど、主演二人(エディソン・チャンとショーン・ユー)の美しい存在感に釘付け。映画の仕事に関わっていたら、会える日が来るのだろうか。展開はスピーディーで、一度見ただけでは見落としてしまう部分があちこちに。家に帰って『供戮鮓直すと、「そうだったのかー」な新発見が続々。10/29からの「気鉢靴瞭麕槊て」も観なくては、という気になるのだった。

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2004年10月23日(土)  SLに乗ったり地震に遭ったり
2000年10月23日(月)  パコダテ人P面日記 誕生秘話


2005年10月22日(土)  おばあちゃん99歳

ダンナのおばあちゃんが20日の誕生日で99歳になり、ダンナとダンナの妹とわたしでお祝いを届けに行く。「九十九歳のお祝いって何て言うんだっけ。つくも祭?」とボケ、「白寿だろっ!」と突っ込まれながら、いざ北鎌倉。

約束の時間より早めに着き、まずお昼ごはん。『かまくら口悦』は予約でいっぱいで、ぶらぶら歩いてお店探し。最後に来た四年前からお店は増えたけれど、古い町並みのしっとりした佇まいは損なわれていない。小道の奥にある洋館に惹かれて、『ブラッセリー梅宮』(後で聞けば、梅宮辰夫氏の弟のお店だそう)に入る。和洋仕立ての野菜、肉、魚が彩りよく盛り付けされた『四季のお弁当』は食べきれないボリューム。雰囲気と一緒に一品ずつじっくり味わう。

ダンナのお父さんの妹さんにあたるおばちゃん夫妻と暮しているおばあちゃんは、玄関先まで歩いてお出迎え。とてもチャーミングな人で、少女のように肩をすくめ、はにかんで笑う。「かわいいおばあちゃん」というのがぴったりな人。つくも祭ならぬ白寿のお祝いに贈ったのは、三越の淑女服売場を三周してオーディションの後選んだレリアン(老舗のブランドらしい)の萌黄色のカーディガン。繊細で品のある刺繍とボタンの飾り糸がビーズになっていたのが決め手。「ありがとう」を繰り返し、目を潤ませて感激してくれたおばあちゃんに、こちらも感無量。

おばちゃんに抹茶を立ててもらい、コーヒーやお茶を煎れてもらい、気がついたら三時間。おばあちゃんにときどき拡声翻訳しながら、いとこたちの近況や近所の人の話を聞いたり、北鎌倉を訪ねた有名人の写真を見せてもらったり。耳が遠いほかは至って健康というおばあちゃん。百歳のお誕生日もお祝いできるね、と話す。

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2004年10月22日(金)  クリオネプロデュース『バット男』
2002年10月22日(火)  大阪では5人に1人が自転車に『さすべえ』!


2005年10月21日(金)  小さな冷蔵庫 大きな冷蔵庫

先日受けたインタビューで、「会社をやめて一番変わったことは何ですか」と聞かれ、「家事をする時間が増えた」と答えた。あいかわらずダイニングキッチンの食卓でパソコンを叩いているので、家で食べることが増えたし、料理は気晴らしにもなる。

で、学生時代から使っていた120リットルの冷蔵庫では足りなくなった。鍋が入らなくてカレーを腐らせてしまったのを機に買い替えを決意。あまり大きくなるとレンジの置き場所に困るので、「レンジが置ける」が売り文句のサンヨー製にあっさり決定。容量は255リットルでほぼ倍増。

小さいながらも迷宮と化していた古い冷蔵庫の中から、いろんなものが出てきた。以前発掘隊が冷蔵庫の中を探検し、ひからびた食品を発見するパロディCM(たしかサランラップ)があったけど、120リットルの発掘現場でもなかなかスリリングな隊員気分を味わえた。「冷蔵庫で冷やすと発芽しやすい」と聞いたまま三年寝太郎になっていた桃の種やら、2001年の日付の調味料やら。

ちょうど古新聞を整理していたら、最近父親を亡くされた方の投書が目に留まった。固い物を食べ辛くなった父のために柔らかく煮たものを作っては冷蔵庫にストックしていたその人は、食べる人を失ってしまった冷蔵庫の中の食べ物を見るのが辛い、といったことを綴っていた。ちょうど冷蔵庫が届いたばかりのせいか、その光景がやけにはっきりと思い描けて、涙を誘われた。

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2002年10月21日(月)  アウシュビッツの爪痕


2005年10月20日(木)  神保町めぐり

会社にいたとき日本冷凍食品協会や角川書店の『ザテレビジョン』を一緒に担当していた営業のイコマさんに神保町でごちそうになる。「門出を祝って何かごちそうしてあげるよ」の約束が延び延びになり、退職3か月後に実現。まずは駅近くのお寿司屋『六法』でちらしをいただく。その昔、うちの会社(とつい今でも言ってしまう)は小学館ビルの中にあり、よく通ったお店だとか。値段は数十年前から値段が変わってないが、「私の髪は白くなりました」と、カウンターの中の板前さん。桶の中にしばし見とれてしまうほど、彩り美しくちりばめられたネタは、これぞ「ちらし寿司」な眺め。「握りの上と下を分けただけ、みたいなちらしじゃあ芸がないでしょう」と板前さんは誇らしげ。飛び子(でしたっけ)のプチプチした食感もたまらない。

お寿司屋さんのお隣は『さぼうる』。気になりつつも入る機会を逃していたが、イコマさんのおごりで無事デビュー。テーブルも明かりも時間が止まったようなたたずまい。小さな小さなテーブルに向き合い、仕事の話や映像の勉強をしているというイコマさんの息子さんの話。夜はお酒も飲めるようで、カウンターにはボトルがずらり。

イコマさんと別れて、『古瀬戸』(コゼット。ここも打ち合わせの人多し)でプロデューサーと打ち合わせ。道の途中にあった文房具屋の品揃えがなかなかかわいくて、十分ほど過ごす。原色のファイルケースがとても安くて(二百いくらかだった)、オレンジと黄色を購入。本屋をひやかしたり、カレーめぐり(なぜかカレー屋が多い)をしたり、カフェめぐりをしたり、神保町は散歩が楽しい街。

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2005年10月19日(水)  新宿TOPS 2階→8階→4階

新宿TOPS HOUSE1、2階のカフェは打ち合わせのメッカ。『談話室滝沢』がなくなってますます映画関係者で混み合っているという説もあるが、わたしもときどき利用する。今日は12時からの打ち合わせが1時に終わったが、同じビル4階のTOPS THEATERで夜芝居を観ることになっていた。さああと6時間、何しよう。とりあえず席に残り、お昼を注文。土日は1時まで、平日は2時までがサービスタイム。ドリンク付きのシチューが750円とはおトク。

本を読んで時間をつぶし、14時40分から新宿文化シネマで『NANA』を観る。めいっぱい甘いキャラの宮崎あおいちゃんが新鮮。何をやってもはまってしまうのがすごい。はまっているといえば、他のみなさんもかなり原作のイメージ。矢沢あい作品のディテールの細かさや遊び心が映像にも見え隠れしていて、観ていて楽しかった。20才前後の頃って世界はすごく小さくて、目の前の恋の叶ったり失ったりや、友だちとのすれ違いや喧嘩が大人になった今よりずっとずっと大事件だった。そのくせ夢はなんでもありで絞りきれていなくて、余計にバランスが悪かった。そんな頃のことがとても懐かしく愛おしく思い出されて、泣けた。

映画が終わると5時。南口の東急ハンズの家具売場をウロウロ。食卓でパソコンを打っているので、せめて椅子はデスクワーク用のものを買おうかと探しているのだけど、なかなかいいのに出会えない。とりあえず、背もたれ用ビーズクッションとハートのカバーを買う。ついでにハートのマグネットも。そして、ついにチョコレートのアロマエッセンスを発見。これでチョコ名刺にチョコの香りをつけられる。

開演30分前の6時半にTOPS4階TOPS THEATER到着。友人の川上徹也さんが脚本を書いたプレイメイト公演『フェイス イン フェイス』が目当て。ちょうど川上さんをつかまえると、「7時半開演ですよ」。さああと1時間。8階にもカフェがあるのを知り、はじめて足を踏み入れると、ビンゴ!手作りっぽい木のテーブルと椅子。ピアノの上に無造作に並んだ本。あちこちから伸びてる枝やグリーン。小花模様のテーブルクロス……新宿の真ん中に別荘地のコテージのような空間が出現。たっぷりサイズのドリンクは長居歓迎の証!? 8階にあるので名前は『cafe ユイット』。これから新宿で本を読むときはここに来よう。

いよいよ開演。川上さんのホンはいつも練りに練っていて薀蓄満載な上に器用に笑わせ、泣かせ、考えさせる。美容形成クリニックの院長が姿の見えないインタビュアーの質問に答え、当時の様子が再現される形で物語は進む。「ブサイクな顔にしてくれ」と風変わりな依頼をしたイケメン俳優(演じるのは『爆竜戦隊アバレンジャー』に出演していたイケメン俳優・西興一朗くん)について。顔という表層の下に隠された本性、本音、本当のこと……『フェイス イン フェイス(顔の中の顔)』が少しずつ暴かれていく。「病気を治すところではないので来院者を患者ではなくクライアントと呼ぶが、病んでいるクライアントも来る」と院長は語るが、病んでいるのは彼自身ではないかと観客が疑いはじめるところから面白さは加速する。伏線が次々と連結し、ぐるりとつながった瞬間は快感と嫉妬を覚えた。今月30日まで上演。

プレイメイト no.6 『フェイス イン フェイス』
2005年10月19日(水)〜10月30日(日)THEATER/TOPS)
作:川上徹也  演出:竹内晶子
出演:西 興一朗 新谷真弓(ナイロン100℃) 平賀雅臣
   ほりすみこ 濱田かずよ 杉下絵美 /近江谷太朗

役者・近江谷太朗と作家・川上徹也のプロデュースユニット「プレイメイト」。今回は「顔」をテーマに、サスペンスフルな笑える悲劇に挑戦。舞台は、美容形成クリニックの診察室。自分の顔が気に入らないイケメン俳優とちょっとクレイジーな形成外科医。2人が織りなす10年に及ぶ整形バトルと、愛を貫く看護士が絡んだ奇妙な三角関係を中心に、自分の顔を改造したがる人々のおかしみと悲しみを丁寧に描いていきます。

ところで、上演中の地震を初めて体験した。場内は暗い上に結構長く揺れたものだから、「怖い」「やだ」と泣きそうな声を上げる女性客も。昼は2階、夜は8階でトーストを食べたわたしは、仕上げに自分がこんがり焼けた図を想像して気分が悪くなったが、舞台の時間は止まらず、役者魂に感心。

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2003年10月19日(日)  100年前の日本語を聴く〜江戸東京日和
2002年10月19日(土)  カラダで観る映画『WILD NIGHTS』


2005年10月18日(火)  体にやさしくておいしい中華『礼華(らいか)』

フリーの脚本家になって、会社員のコピーライター時代よりごちそうになる機会は減った。売れてるセンセイは違うのか、それはさておき、今夜は新宿御苑にある『礼華』というお店でごちそうになる。『トゥーランドット游仙境』や『筑紫樓』で修行したシェフが開いたお店だそう。満席の店内は女性客が中心。内装も盛り付けもシンプルでモダン、女同士のグループで行きたくなるのがわかる。料理はヌーベルシノワというのか、新しさを感じる中華。紹興酒がぐいぐい進んだけど、ワインも合いそう。どの皿も美しくておいしかったので、先日のレストランキノシタに続いて、運ばれた順にご紹介。野菜がふんだんに使われ、薬膳料理っぽい品もあり、全体的に体にやさしいメニュー。かなりのボリュームなのに、驚くほどすんなり胃袋に収納。次回は自腹で参りましょう。

礼華(らいか) 新宿区新宿1-3-12壱丁目参番館1F(新宿御苑徒歩3分) 03-5367-8355


前菜盛り合わせ、生姜のきいたスープ、海老のマヨネーズ炒め。

名物のフカヒレの姿煮、パリパリの皮に包んだオイスターソース炒め、上海蟹で和えた豆腐。

チャーハンと杏仁豆腐。デザートまでぺロリ。



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2002年10月18日(金)  「冷凍食品 アイデア料理のテーマパーク」で満腹!


2005年10月12日(水)  シナトレ3 盾となり剣となる言葉の力

シナリオ作家協会 シナリオ講座第45期研修科が開講。わたしが受け持つのは昼間部で、大先輩の松田昭三さん、声をかけてくれた森岡利行さんと三人で一クラスを担当する。今日は初回ということで三人の講師が講義の方針を述べ合う回となったが、森岡さんは止むを得ない急用が入り、初対面の松田さんとわたしで講師席に着いた。

講師、受講生それぞれの自己紹介に続いて、自分はこんなことを教えたいと決意表明。森岡さんから預かったメッセージも伝えたが、わたしと森岡さんは「脚本家になることより脚本家として書き続けることの難しさ、厳しさ」を痛感しているので、生き残れる脚本(家)を育てたい考え。現場での脚本作りのプロセスを再現したり、脚本をよりよくするアイデアをブレストしたりすることで、基礎と応用の力を鍛える方針。

松田さんは「80点のシナリオを何本も書いていてもデビューできない。95点のものを一本書くことが大事」「映画が書ければテレビも書ける」「プロットの書き方を教わることはあまり意味がない」と話す。わたしは、自分の考えと異なる部分、重なる部分を挙げながら、「シナリオの書き方に王道はないし、どの講師からもいいとこどりして学べばいいのでは」と話した。

わたしは95点のものを一本書くことも大事だけれど、80点でも何本も書けることは才能だと思うし、寡作型の人にも量産型の人にも応じた指導をしたい。映画の仕事はいちばん好きだけれど、映画でデビューするのは狭き門だし、よりコンクールが充実しているテレビやラジオでデビューの壁を突破することも大事だと思う。ドラマを描ける力があれば、映画かテレビかラジオかの応用は効くはずだし、そうなるべきだ。プロットの書き方については、わたしも教える必要はないと思う。書きたいものがあればプロットは書ける。ただ、構成力で悩む人には、シナリオを書く前にプロット→ハコのステップを踏むことで、ストーリーの組み立て方を学んで欲しい。勢いでシナリオを書いて後から構成を練り直すタイプ、まず土台を固めてから肉付けしてシナリオに仕上げていくタイプ、これも人それぞれだし、自分のやりやすい方法で書けばいいのではと思う。

研修科の受講生はプロデビューを目指す人たちだという。デビューしたら好きなものだけ書いて生きていけるという幻想があるなら、早く夢から覚めて現実を見て欲しい。会社員を辞めてフリーの脚本家になってつくづく思うのは「会社勤めはラクだった」ということ。失敗しても得意先を怒らせても毎月決まった給料が振り込まれ、矢面に立ってくれる上司がおり、いろんな意味で守られていた。脚本家は一人で闘わなくてはならない。仕事を勝ち取り、信頼を勝ち取り、ギャラを勝ち取り、評判を勝ち取り、次の仕事につなげなければ生き残っていけない。

プロデューサーや監督や出資者や出演者それぞれの思惑が渦巻く中で「100%好きなもの」など書けるわけはない。けれど、「与えられた条件の中で、できるだけ自分のやりたい方向」に持っていくことはできる。それをかなえるのは、言葉の力。てんでばらばらな思いつきや希望や不満を自分の言葉に消化し、まとめる力。全員を満足させる打開策を見出すのは難しいが、「こう来るか」と全員を唸らせる代案を出す力は説得力になる。シナリオの世界は棘の道。王道も抜け道もなく、自分のやりたい方向は自分で切り拓いていくしかない。そんなとき、鍛え抜かれた言葉は盾になり剣になる。その言葉の力が強いほど、シナリオを書くのは楽しくなるし、書いたものも楽しくなる。

盾となり剣となる言葉の力。これから半年間の講義で、あの手この手で鍛え、磨いていきたい。受講生は10月末まで募集中。

2005年7月27日(水) シナトレ2 頭の中にテープレコーダーを
2004年9月6日(月) シナトレ1 採点競技にぶっつけ本番?


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2003年10月12日(日)  脚本家・勝目貴久氏を悼む
2002年10月12日(土)  『銀のくじゃく』『隣のベッド』『心は孤独なアトム』


2005年10月11日(火)  ユーロスペースで映画ハシゴ

先週の金曜に続いて、渋谷ユーロスペースへ。前回は、都内ではここでしかやっていない『いつか読書する日』と『運命じゃない人』の最終日ということで滑りこんだのだが、こじんまりとしたスペースと座り心地のいい座席のおかげでハシゴが苦にならず、今回も気になる二作品『空中庭園』『サヨナラCOLOR』をハシゴすることに。

脚本を読んだときから、言いようもなく惚れ込んでしまった『いつか読書する日』。こういう良質だけれど地味な作品はひっそりと上映して、いつの間にか終わってしまうんだろうなと予想していたら、7月公開から3か月のロングラン。この作品のどこがすばらしいか、どこが好きか、うまく言葉に出来ないのがもどかしいが、登場人物の誰もが、ささやかな人生をけなげに生きている感じが愛おしい。早朝の吐く息も、坂を駆け上る鞄の中で揺れる牛乳瓶も、日々の営みの大切な一部だという感覚。50才になったとき、もう一度見てみたい。


脚本を読んで唸り、観た人から面白いと言われ、劇場で確かめなくてはと乗り込んだ『運命じゃない人』。恋人に逃げられたばかりのある平凡な男のある夜の出来事を、視点を変えて描いていく。視点が変わるたびに新事実が明らかになり、面白さが加速していく点が、海外の映画祭でも高く評価されたのだろう。詐欺や盗みを働く登場人物のずるさが憎めず、むしろどんどんかわいく思える。そして、何の面白みもない男に見えていた主人公に、だんだん肩入れしたくなってくる。え、これで終わり?と肩透かしを食らったら、流れかけたクレジットが巻き戻されて本物の結末が用意されているラストまで、とことん楽しませてもらった。

視点を変えて描くといえば、角田光代さんの小説『空中庭園』もそう。「秘密を作らない」のがルールの一家それぞれの言葉で語られる、家族。恋は妄想というけれど、家族の幸せだって強烈な思い込みの上に成り立っている絵空事なのかもしれないと思わせる危うさ、怖さ。原作の行間に渦巻く行き場のない感情が映像の中で集約され、時限爆弾となって映画の時間を転がっていく。団欒のテーブルの下で起こっていること、無邪気な子どもの笑顔の裏側にあるもの、嘘に上塗りされた過去……内側に爆弾を抱えた理想の家庭がいつ爆発し、崩壊するのか、息を詰めて観て、結末に安堵の息をついた。一生自分につきまとう「家族」という不思議な集団を信じたい、たとえ思い込みと紙一重でも。タイトルを連想させるダイニングのランプシェード、「胎内」をイメージしたというラブホテルの内装など、美術にも物語を感じた。

『さよならCOLOR』は、シナリオを読んだ印象より、映像になったほうがずっと良かった。同級生であり担当医と患者という竹中直人×原田知世のキャスティングが魅力的。一方的に片思いをしていたマドンナと病室での再会。しかも彼女は癌に冒されている。内容はチョコレートが溶けそうに甘い。それを若いだけの十代二十代ではなく、仕事やしがらみを背負った三十代半ばの男女が繰り広げるから、甘さに苦さが混じって味に奥行きが出る。「愛することは長い夜に灯された美しい一条のランプの光だ」。揺らめくランプの炎は命の火にも思えて、この台詞が心に残った。

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2003年10月11日(土)  わたしを刺激してください


2005年10月07日(金)  国民行事アンケート「国勢調査」の行方

先日、出かけようとしたら、マンションの前にぽつねんと初老の紳士がたたずんでいた。「こんにちは」と声をかけると、「何号室ですか?」。5年に一度の国勢調査の季節。紳士は調査員で、チャイムを鳴らせど誰も出てこなくて途方に暮れていた様子だった。買い物を済ませたわたしが二時間後に戻ったとき、同じ場所にまだ紳士がいたので「ずっといたんですか」と驚くと、「いえ、出直してきました」。三十世帯足らずのマンション全戸の住人をつかまえ、調査票を回収するまで、紳士は何度足を運ぶのだろうと想像したら、気が遠くなった。

オレオレ詐欺もあるし、国勢調査を騙って悪さを企む者もいるかもしれない。「国勢調査です」と言われてもドアを開けない人だっているのではないか。「国のため」にやっている「いいこと」のはずではあるが、集める側と答える側の温度差はどんどん広がっていきそうだ。おそらく毎回下がり続けているであろう回収率は、今回さらに下がっているのではないか。全国で、オートロックや不信感の壁にはじかれて、何人もの調査員が立ち尽くしているのではないか。ポストに名前はあるのにいつ訪ねても留守だしメモを入れておいても連絡の来ない家の調査票を勝手に書いてしまえとか、「俺、やーめた」と自棄になったりとかしないだろうか。などと思っていたら、「回収がうまくいかないことに苛立ち調査票を燃やした」調査員をニュースで知る。しかも事前に役所に愚痴の電話をかけ、「これから燃やす」と予告している。けしからんことではあるけれど、そういうことだって起こりえるよなあと妙に納得する。

わたしが中学生ぐらいの頃、父・イマセンが調査員をやった。持ち回りの自治会長をやっていた年に調査が重なったからだが、ネクタイ労働を嫌って教師になった父がこのときだけネクタイを締めて各家を回っていたことや、「お上がやってるっちゅうことで、みんなハハーッて感じで丁重に応対してくれはる」と話していたことが記憶に残っている。

父に調査員の思い出を聞いてみようと電話してみると、母が出て、「私もやったよ。15年前かなあ」と話し出した。「70軒で6万円ぐらいもろたかなあ。主婦の小遣いて思たら多いけど、すんなり渡せて回収できるかどうかで効率は変わるからね。同じ自治会で顔見知りの人やったら話早いけど、このごろは近所づきあいも減ってるし、前より大変やと思うわあ」と言う。「回収率も下がってるやろけど、重複してる人もおるんちゃうか。一人で何軒も家持ってる人いるし。誤差はあるやろねえ。そんなんやったら抽出でええやん。なにもかも一斉にしようとするからあかん。続けることに意地になってるんやな。役所はいっぺんやめたらお金が下りなくなるから既得権は死守するねん」となかなか面白いことを言う。途方もない労力をかけた割に中途半端な国民全員参加になってしまうのであれば、抽出案が浮上することもあるかもしれない。

回収法も気になるが、質問の内容はあれでいいのか、はもっと気になる。外国にも国勢調査があって、「一週間に働く時間」より「一週間に愛について考える時間」を問う国があったりするのだろうか。架空の国の調査項目を考えてみるのも面白い。ちなみに、わたしは国勢調査がネタになったときのために(可能性は低いと思われるが)調査票はじっくり読んでしっかり記入。職業欄は記入例のおかげで迷わずに済んだ。「ねりまただし」を検索すると、すでにいろんな人がネタにしていた。例に登場する人名や社名は誰がどうやってネーミングしているのだろう。回収に現れた紳士調査員は調査票を受け取ると、「大切に役立てます」と封筒を高く掲げ、爽やかに立ち去った。なんだか、とてもいいことをした気がした。

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2005年10月06日(木)  行動する芸術家・林世宝さん

NY在住の友人夫妻サトちゃんユキちゃんが親しくしている台湾人芸術家の林世宝(リン・シィパオ)さんに会う。愛知万博に出品する「ペンで作った平和の門」に必要な使用済みペンが不足している、とわたしの日記で呼びかけた縁で、万博で来日した折にぜひ会いましょうということになった。
2005年03月18日(金)  あなたのペンが「愛・地球博」にそびえます。

万博での展示は、平日でも一時間に500人が写真を撮る盛況ぶり(この写真の撮影は林さんの友人でカメラマンの竹下征男さん)。正式名は『平和行進曲供|匏辰量隋PEACE MARCH "GATE OF WISDOM")』。ペンは予定の20万本を大きく上回る30万本が集まり、寄せられた善意を無駄にしないよう門のデザインを変更。大幅に伸びた作業時間を工面するため「食事とトイレのために1日2回降りる以外は14時間足場の上に上がりっぱなし」で納期に間に合わせた。だが、トラックに載せてみると高さ制限をオーバーしてしまい、9月1日の公開予定が一日延びたそう。 

智恵の門のキャッチコピーは「一本のペン、平和の愛(A piece of pen, A peace of love)」。副題は「あなたのペンからドラマは始まる」。「人生はすでにドラマだけど、アーティストとしてそれ以上のドラマを作りたい」と語る林さん。以前100万枚のペニーで平和の像(これが平和行進曲機砲鮑遒辰燭箸も、小切手で送られてくるもの、寄付は断り、「あくまでペニー硬貨」を寄せてもらうことにこだわったそう。「ペニーやペンを集めることで、心を集めたいのです。『和』です」。両手で「人」の字を象りながら「人と人が出会って何かが始まる。それが面白いね」とも言う。

今回のペン集めにも数々のドラマがあったという。万博開催に反対する団体から送られてきた文書(万博に参加する個人や企業に送られたもののよう)への返事として、智恵の門の趣旨を送ったところ、「万博には賛成しないが、門は応援する」と千本のペンが送られてきた。「万博には行かないので、門の写真を送ってほしい」と終始主張が一貫していたとか。

会期を終えた万博会場には、自動販売機の土台のコンクリートなど大量の瓦礫が残されていたそうで、その行方が気になる。テーマに掲げていた「自然との共生」は、祭の後まで続いているのだろうか。

智恵の門の色紙と墨画の作品集とあべ川餅(静岡名産)をおみやげにいただき、最近の作品のスナップを見せてもらう。ニューヨーク大学でアートを専攻した縁で、台湾人映画監督の蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)と李安(リー・アン)は友人。『愛情萬歳』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した蔡明亮は親友だが、『ウェディング・バンケット』がベルリン国際映画祭で金熊賞を取った李安は最近売れすぎて会えなくなったそう。不勉強なわたしは両監督とも知らず、「プロデューサーには一年に三百本観ろと言われます」と話すと、「李安は仕事がなかった頃、一年に五百本ビデオ観てた」とのこと。当時は「何を書いても相手にされなかった」が、今は「何が送られてきても相手にしない」立場になったとか。

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2004年10月06日(水)  ローマの一番よい三流のホテル
2002年10月06日(日)  餃子スタジアム


2005年10月03日(月)  Paulina Plizgaの着るアート

時間つぶしに入った原宿ラフォーレの一階入ってすぐの展示スペースで、久々にインパクトのある服に出会う。パッチワークした生地にペイントしたり、ファスナーを外付けしたり、服というよりアート。見入っていると、「3階にお店がありますよ」とフライヤーを渡され、そのままお店ysh(イッシュ)へ。デザイナーはポーランド出身フランス在住のPaulina Plizga(ポリーナ・プリズガ)。以前ポーランドを訪ねたとき、これまでのイメージを覆すようなオシャレなモノにたくさん出会い、とくにジュエリーのデザインの面白さには目を見張ったのだが、Paulinaの服を見て、その驚きを思い出した。

横長の布の縦の辺と横の辺にボタンを配置して巻くスカートを購入。手作りのため一点ずつ微妙に違うので、オーディションの末、鳥のイラストが決め手の一枚を選ぶ。普段買うスカートよりゼロがひとつ多いけど、作品を着られると考えるとトクした気分。しかし、わたしの足はスカートに対して15センチほど短く、折り返してブーツを履いても引きずりそうなのが難点。


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2000年10月03日(火)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/12/02)



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