セクサロイドは眠らない
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2002年05月23日(木) |
ずっとだよ。ずーっと。ヨウコちゃんは、今日までずっと待ってたんだ。ピエロは笑い声だけ残して。いなくなった。 |
あー。つまんない。
と、思う。
やってられっか。
と、思う。
男取ったとか、取られた、とかで、何か変な噂流してる子がいる。廊下で、耳寄せて、誰か何か言ってた。昨日、退社間際に、「お疲れ。」って声掛けてくれた子の袖引っ張って、「バカ。そんなこと言わなくていいのに。」って、わざと聞こえるように言うヤツがいた。
親に頼んで入れてもらった会社だから、そう簡単に仕事辞めるわけに行かないけれど。この職場、もうどうにも腐ってる。
ムシャクシャしながら、職場の近くの公園で買って来たパンを食べる。時折ちぎって、そこいらにいるハトに投げてみる。
どこでどう間違ったのかな。私の人生。
子供の頃は良かった。
私、いつも、みんなの真ん中で笑ってた気がする。クラスの人気者っていうのかな。男の子にも人気あったし。
だけど、今じゃ、少々可愛いといじめられるしさ。ほんと、いい事ない。営業の人だって、勝手に向こうから誘ってくれたんだ。私から誘ったわけじゃないのに。
子供の頃は良かった。世の中がキラキラ輝いてた。大人になったら、もっと素敵なことが待ってると思ってた。
「子供の頃は良かったって、思ってるかい?」 私の考えを読んでいたかのように急に声がするから、驚いて隣を見る。
「誰?おじさん。」 ニコニコと人が好さそうに笑ってるおじさんは、私、不思議と嫌じゃなかった。
「いや。アルバイトでね。この日曜日にオープンした遊園地のチケット配ってるんだよ。平日だと割り引き。」 「へえ。ちょうだい。」 「いいよ。恋人とでも行くといい。」 「ありがとう。」 「子供の頃を思い出すような。そんな遊園地なんだよ。」
こんな遊園地なんてあったっけ?と、チケットを見ているうちに、おじさんはいなくなっていた。
「決めた。今日の仕事はサボリ。」 私は立ち上がって、会社とは反対の方向に歩き始める。
どうだっていいや。あんな会社。
--
遊園地は、私の知らない間に出現していた。
平日なので、閑散としていた。
制服を着たチケット切りの女の子が、ニッコリと笑って、 「ようこそ。」 と言った。
私のチケットを見て、 「ご招待ですね。」 と言ったので、 「違うよ。」 と言ったけれど、 「これ、ご招待券ですよ。無料で入れます。」 と女の子が笑った。
なんだか知らないけど、ラッキーだった。
一人で歩く遊園地は、そんなに悪くなかった。オープン感謝期間ということで、ソフトクリームも、ポップコーンも、無料だった。ピエロのパントマイムに笑った。
--
気が付くと、すっかり夕暮れで。
怖くなった。
私は、慌てて遊園地の入り口を探して走ったけれど。
遊園地は広くて、子供の足ではなかなか入り口には辿りつかない。
子供の足?
そう。子供の足。
私の体は、手も足も、子供のように愛らしくて。
遊園地の職員達は、みな、見上げる背丈で。
「おじょうちゃん、どうしたの?」 ピエロが声を掛けて来る。
「ママは?」 「ママ・・・?いないわ。」 「まさか。子供一人じゃ入れないよ。」 「入れてくれたもの。」 「どれ。チケットを見せてごらん。」 「はい。」 「ほう。これは、招待チケットだね。」 「ねえ。私、誰に招待されたの?」 「誰?知りたい?」 「ええ。」 「じゃ、教えてあげよう。これはね。きみのお友達のヨウコちゃんからだ。」 「ヨウコちゃん?」
誰だっけ。
「覚えてないの?」 ピエロが訊ねる。 「覚えてるわ。多分。えっと。」 「そう!その通り。」
私は、急にソワソワした気持ちになる。 「ねえ。おじさん、帰らせて。私、帰らなくちゃ。ママが。」
そうだ。ママは怖いのだ。ちょっと遊びに夢中になって帰りが遅くなったら、ご飯抜きなのだ。
「駄目だよ。」 「なんで?」 「あっちでヨウコちゃんが待ってる。」 「でも、私・・・。」 「駄目さ。ヨウコちゃんはきみに会いたがってる。ずっと待ってたんだよ。ずっとね。」
ずっとだよ。ずーっと。ヨウコちゃんは、今日までずっと待ってたんだ。
ピエロは笑い声だけ残して。いなくなった。
私は、そこに取り残された。
どこかで子供達の笑い声が聞こえる。
「ヨウコちゃん?」
駄目よ。遊んであげない。あんたなんかと遊んだら、バイキンがうつるよ。
ひどく意地の悪い声。
「ヨウコちゃん?遊ぼう?」
行こう。早く帰らないとママに怒られちゃーう。 ちょっと、ヨウコ、あれ、まずいんじゃない? いいの。行こうよ。
違う。ヨウコちゃんは、そんな子じゃなかった。いつも一人ぼっちでいた子のはずなのに。それに、あの子達、私の友達のはずなのに、いつのまにかヨウコちゃんと仲良くなって。
「待って。置いて行かないで。」
遊園地は楽しいかい?子供の頃は良かったって、思ってるかい?
昼間のおじさんの声。ピエロの声。
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